博麗靈夢は語り継ぐ   作:宇宮 祐樹

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■『プロローグ』
01


 

 意識が浮かぶ。

 閉じていた瞼をゆっくりと開くと、朝の光が射し込んでくる。その眩しさに目をこすりながらも起き上がり、大きな伸びを一つすると、視界がすぅと晴れた。

 縁側から覗く景色はいつも通りで、神社を囲む雑木林は日の出の白い光をあふれさせ、どこからともなく小鳥たちのさえずる音も聞こえてくる。空気も澄んでいて、木々の隙間から見える空は青かった。

 うん、今日も快晴。

 大きなあくびを一つ、そのまま上に着けた寝間着を脱いで適当なところへ。そうして枕の左に畳んでおいた白の小袖に手を伸ばし、一緒に緋袴も取る。寝間着は後で畳めばいいや。

 下をぱぱっと変えて上に小袖を羽織り、部屋の隅にある衣装箪笥へ。一番上の棚からサラシを取って胸に巻く。途中で緩むと汗ばんで嫌なので結構きつめに。これだから胸が成長しないんじゃないかとも思うが、今は割愛。小袖の前を閉めて帯を結う。横に垂れている髪が気になったので、いつも通り余りのサラシで軽くまとめておいた。

 

 最後に、赤いリボンで髪を結ぶ。

 首を軽く左右にふると、紫の髪が揺れた。

 

「うん、いい感じ」

 

 最後にいつもの一言。

 こんな感じで私、博麗靈夢の一日は始まる。

 

 

 得体の知れない違和感を感じていた。具体的には私が起きた時からで、今もその違和感は続いている。

 原因は不明。過去に何度か障気や魔力に当てられてこんな風になったけど、今回のこれはそれとは全くの別物の感じがする。

 特に体調の不良や生活に支障が出るほどじゃないけど、かといって全く気にならないというわけでもない。こりゃ参った。何とかして解決しないと後々大変だぞ。

 とは言うものの、原因が分からないのだからどうしようもない。一度妖気かと勘違いして辺りを軽く霊力で探ってみたが、そういったものは感じられなかった。朝だから調子が出ない、という事もあると思うけど。

 

「いただきます」

 

 とりあえず違和感の正体は放っておいて、朝餉を食べることにした。昨日の残りの鍋に火を通し、小皿に盛りつけただけの簡単なもの。朝はあまり食べられないタイプなのだ。

 

 そういえば食糧の残りが少なくなってきた。今日には買い出しに行っとかないと昼には尽きるかもしれない。でも人里ってここからだとかなり遠いから、またいつも通りに玄爺に頼もうかしら。

 

 朝食を終えたら、いつも通りる~ことに掃除を……させられるかなあ。あの子が来て3ヵ月くらい経つけど、未だに境内の掃き掃除くらいしか出来てないし、他のを任せると何をしでかすか分からないし。とんだ厄介者を貰ったもんだ。何がメイドロボよ。

 とりあえず掃除とか周辺の事やって、買い出しは午後からにしよう。る~こと一人に任せるよりは、その方が気が楽だ。

 

 

 

 洗いもの、洗濯、掃除。

 一通り午前の日課を済ませても違和感が晴れる事は無かった。

 

 思い過ごしだ、と考えて普通に日課をこなしていくも、違和感は現在進行形で続いている。日課のうちになれるはずだったけど、全く慣れない。むしろ、慣れることが出来ないというか、全く体が受け付けないような気がする。いや、違和感だから当然なのか。

 

 とりあえず今は一通りの過程を終わらせてお茶を一杯。それでもなお違和感は晴れず、何か不気味な、得体の知れない雰囲気を漂わせている。どうすればいいんだろうか。原因も、それらしきものも全く掴めていない。

 

 一度、調子も出てきたことだしもう一度妖気の探索を試みようとしたが、それらしき妖気は見つけることが出来なかった。私とて博麗の巫女、こういった事は得意分野の筈なのだが今回ばかりは全く見当もつかない。唯一気がかりになったとすれば、やはり朝から晴れない違和感のみ。全くもって謎である。

 

 湯呑みを持つと温かい感触。それを傾けながら、現状の整理に努める。

 

 そういえば、魅魔が居ない事に気が付いた。

 

 普段ならこの時間に起きてきて小言の一つや二つでも言いそうなものだが、全く起きる気配すらない。というか、いない。部屋の掃除をするために魅魔の寝床を開けてみても、その中身は空っぽだった。

 まぁ別段不思議、ってわけでもないし、魅魔が居ない事は違和感の正体とは全く無関係だと思う。

 魅魔は強い悪霊だし、それが急にいなくなったから体調が崩れたのかも、とかも考えたがそれとは感覚が違う。あっちは体調が悪くなるのに対して、こっちはただ違和感が感じられるだけ。体調が崩れるよりかはマシだけど……でも結果的に魅魔は関係ない。

 

 ついでにる~こともいなくなったことに気が付いたが、そっちは本当に関係がない。ただ、朝の掃除の手伝いが居なくなったのは少し残念だった。どちらにしろすぐに戻って来るだろうけど。

 

 まぁ結果的にこの二つはいい。

 一番困るのは玄爺がいなくなったこと。

 

 これは大問題だ。

 私はなぜかいくら特訓しても飛べない体質だったので、代わりに玄爺に補助をしてもらう事で空を飛べたのだが、その玄爺が居ないとなると、それはつまり『飛べない』という事になる。

 人里までは徒歩で行ける距離だし、今後の買い出しについてはあまり心配はいらない。問題となるのは、異変を解決する時にどうするか、という事だ。

 私が飛べなくなったという事が広まると、妖怪達がこぞって異変を起こしまくるかもしれない。そうなると処理も大変だし、何より私が飛べないから対処するのも一苦労だ。

 だから、玄爺はできる限り一緒にいてほしいし、どこかに行くときは私に一声かけるように言ったんだけどなあ。

 

 ……まぁ、そのうち出てくるでしょ。

 

 

 昼食を食べ、午後の予定通り買い出しに。

 やはり玄爺はどこにもいないらしく、仕方なく徒歩で人里へと向かう。

 

 参道自体は長い石畳の階段で、普通に歩く分には何の問題も無い。遠い、といっても実際の距離はそれほどでもなく、距離と言うよりは階段の方がきつい、と言うのが多いだろう。なにせ神社から人里まで全て階段だから、一般人では上って下りてくるだけでも三十分程度はかかる。もっとも、わたしもその一般人の中に入っているので、思ったよりも時間がかかってしまう。

 それよりも問題なのが妖怪の方で、博麗神社の参道は人が通らない事も有ってか下級の妖怪が群れていることが多い。私自身もいつも玄爺に乗って人里へ向かうので気づかないのだが、たまに博麗神社への参拝客が襲われるという事件が起き、その所為で博麗神社の参道が危険だと言うレッテルが張られ、ただでさえ少ない参拝客がさらに減ってゆくという悪循環になっているのだ。そろそろ整備しなければ、と思いつつ、軽めの用意を済ませて神社を出る。

 幸い今日は妖怪の気配も無く、ものの二十分で人里まで到着することが出来た。

 

 この時間帯の人里はようやく活気づいてきた頃で、行きかう人の数が少し増える頃。まずは野菜と出来れば魚。お米は……どうだろうか。あればあったらでいいから買ってしまおう。

 幸い、資金は生活する分にはあるのだ。日頃、妖怪退治や異変解決を請け負っているので収入にそこまで困った事は無い。賽銭箱の中がもっと増えればいいな、とは思ったけど……。

 

「お、霊夢じゃないか」

 

 一通り野菜を買い終え、適当に散策していると、そう声をかけられた。

 

 声のする方を振り向くと、変な格好の女の人と目があった。

 身長は私と同じ……か、少し小さいぐらい。深い青色のワンピースを着ていて、透き通るようなこれまた淡い水色の髪をたなびかせていた。手には分厚い本が数冊抱えられており、整った顔立ちと合わさって眼鏡でもかければとても似合いそうな顔だな、とも思った。

 

 その見も知らぬ女性は馴れ馴れしく私に近づいてくると、片手を上げて「おはよう」と挨拶をしてきた。いきなりの事に戸惑いながらも、同じように片手で挨拶を返す。

 ……ところで、誰この人。

 

「今日も買い出しか? 神社の経営も大変だな」

 

 私にはあまりわからないよ、と手を上げて首を振る女性。

 

「……別に、そんなに大変じゃない。慣れよ」

 

 会話を途切れさせないように何とか返す。やや、少しぎこちなかったかな?

 

 話しぶりから察するに、どうやら彼女は私に面識があるみたいだ。それも街中で手を上げて声をかけてくるぐらいには友好的だと見える。元々博麗の巫女という存在自体が人里に知られているという事も有るが、彼女はそれを考えずに個人的に仲良くなったと見える。

 

 それにしても、本当に彼女には覚えがない。何処かで似たような天使っぽいのは見たことあるんだけど、それは魔界にいたはずだし。第一髪の色しか合っていない。他に記憶をあさってみてもそれらしき人物は見つからず、心の中で腕を組んでうんうんと唸っていると、彼女の方から呼びかける声がした。

 

「何せこの上白澤慧音、学問一筋だからな。今頃他の分野に手を出しても失敗するのがオチだ」

 

 ははは、と控えめに笑う彼女――もとい上白澤慧音はそう言った。

 

「そんな事はないわ。何事にも挑戦するのも学問じゃない」

 

「……ほぅ、らしくない」

 

 なんとか知り合いぶろうとして返すと、上白澤さんから訝しげな視線を向けられた。

 やばい、選択を間違えたかもしれない。

 

「普段の怠惰な霊夢からはまったく想像のつかない言葉だったな、今のは」

 

 怠惰ってなんだ、失礼な。

 そう喉まで出かけていた言葉を、怪しまれないようにぐっとこらえる。

 上白澤さんは空いたほうの手を顎に当てて、首を縦に振った。何とか感心してもらえたらしい。結構ギリギリだと思ったけど。

 

「……じゃぁ、私はこれで」

 

 とりあえずこのままいると、いつボロが出るかわからないので、一刻も早くここから離れないと。

 上白澤さんも「そうか、それじゃぁな」と小さく手を振って返してくれたので、こちらも振り返しながら神社へ続く道へと歩いて行く。途中で上白澤さんの目がだんだんと細くなったのが見えたが、気にしないでおいた。

 

 十分に振り返した後に一つ溜め息を吐いて、安堵。なんとか切り抜けられたけど、これからもあんなことがあると怖い。物覚えが悪くなったのかな、と考えをつけて一歩目を踏み出すと、突然後ろから大きな声がかかった。

 

「今日は飛んで行かないのか?」

 

 良く響く上白澤さんの声。

 振り向くと、上白澤さんは腕を腰に当て、まるで疑うような目線をこちらに向けていた。

 まずい、ボロが出た?

 

「……いや、いい」

 

 数秒間沈黙が続いた後に、上白澤さんは踵を返して人里の方へと戻っていった。何だったんだろう。

 ボロが出たかと焦ったが、今度こそ切り抜けられたようだ。全く、ビックリさせやがって。

 

 前を向きながらこちらに手を振る上白澤さんに再び手を振り返すと、私は神社へと続く長い階段を歩き始めた。

 

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