博麗靈夢は語り継ぐ   作:宇宮 祐樹

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 意識を集中させると、体がふわりと浮く感覚。上に上に、と集中すれば、地面との距離はだんだんと離れて行った。

 

 どうやら、私は玄爺に乗らなくても空を飛ぶ事が出来るらしい。まだ多少の慣れは必要なものの、慣れさえすれば玄爺に乗っているときと大差ないはずだ。

 これで異変が起きても困る事は無い。そんなことを考えていると、体の軸がぶれた。いけない、ちゃんと集中しないと。

 

 

 昨夜、夢を見た。

 

 何てことはない、普通の夢だ。お金持ちになったとか、おいしい物をお腹いっぱい食べた夢だとか、そういった類の物と同じような、普通の夢。

 ただ、その夢には知らない人が出てきた。金色の髪を持った、きれいな人物。顔はおぼろげであまり覚えていないけど、とてもきれいな人だったと思う。それだけしか覚えていない。

 

 その人が何か言った後に、白かった視界が黒くなりながらだんだんと起きていた。確か、覚えている辺りでは物語がどうとか、主人公がどうとか言っていたような気がする。

 私には何の事だかわからなくて、起きた後でもあまり実感がわかなかった。ただ、これだけ鮮明に覚えているとなると、只の夢、というのは少し考えづらいかもしれない。まぁ思い込みと言えばそれだけの話なのだが。

 

 問題は起きた後。

 上手く言い表せないが、私の頭の中が()()()()()()()のだ。

 

 夢から覚めた後の私の頭は、かなり混乱していたと思う。

 何せ、私の知らない事や知らない思い出がたくさん出てくるのだ。里であった上白澤さん――いや、今の私だと慧音と呼んでいた。慧音と何度か妖怪退治の依頼を受けていた記憶があるし、幼いころの記憶を辿ってみれば、あの魔理沙と遊んでいた頃の思い出しかない。

 魅魔や玄爺との記憶がなくなったわけでもない。この前戦った神綺やアリスの事もちゃんと覚えているし、私が玄爺に乗る事でしか空を飛べなかったこともはっきりと覚えている。

 

 記憶を書き換えられた、というよりは新しい何かが流れ込んできたように感じる。只の水に墨が一滴足されただけで全てが黒くなるような、そんな感覚。

 そうだ、あの夢の視界が白から黒に変わる感覚。あれに似ているかもしれない。自分が何時の間にか塗り替えられるような、初めて鏡を見た赤子のような、そんな気分だ。

 

 これも異変なのだろうか。自分の存在を曖昧にさせる異変とか。

 それだったら少し面倒だな。

 

 

「よう霊夢、体はどうだ?」

 

 午後。昼食を摂ってから縁側でひと段落していると、昨日と同じようにこっちの魔理沙がやって来た。いつもの黒いトンガリ帽子に、白いエプロン。昔から見慣れた光景だと頭の中では認識しているが、やはりはじめのうちはあまり慣れないらしい。

 

「まぁまぁ。疲れてたんでしょうね」

「お前がいつ、疲れるようなことしたんだ?」

 

 私がそう言うと、魔理沙はにかりとからかうような笑顔を見せて返してきた。

 ……やはり、私が覚えている魔理沙とは違う。でも、妙にしっくりくる。

 なんだろう、変な感じだ。

 

「それよりも、昨日出来なかったんだから、今日は頼むぜ?」

 

 そう言うと魔理沙は帽子の中をまさぐって、私に一枚の白いカードを見せてきた。

 一瞬、何の事だか分からなかったが、頭の中の知識がそれをすぐに教えてくれた。

 

 スペルカード。

 ()()()()()()()の最も主流な決闘方法であり、人間と妖怪との力の均衡を支えるもの――だと。

 どうやらこちらの幻想郷では異変を解決する際に、このスペルカードを使うらしい。あちらの幻想郷でもそんなような事はしていたが、こちらのスペルカードは明確にルール化していることが大きな違いとなる。

 ルールは要約すれば「自分の必殺技を作って相手を倒せば勝ち」と言った非常にシンプルなもので、その必殺技を出す条件として今魔理沙が手に持っている「スペルカード」が必要となってくるのだ。魔理沙の必殺技は、確か大き目のレーザーだった気がする。

 

 もちろん私は持っていない。

 筈なんだけど。

 

「あんたねぇ……そんなに私とやってて楽しいの?」

 

 そう愚痴りながら後ろのリボンへと手をやると、結び目の中に堅めの感触。それをつまんで引き抜くと、白く塗りつぶされたカードが手の中にあった。

 またこの感覚だ。

 

「おう、発案者のお前が言うことじゃねぇだろ?」

 

 そう言うと、魔理沙は箒に腰掛けて、徐々に身体を浮かばせる。空中で魔法陣を展開させ、腕を横に振り払うと、魔理沙の周りを漂う様にして光の球が二つ現れた。黙っている私を見て、魔理沙がにやりと口角を上げた。

 

 

 やはり、空を飛ぶという感覚は慣れないものだ。いつもは玄爺に頼りきりだったから、今になってそのありがたみが分かる。無い物ねだりをしても仕方がないのだが。

 それにしても、いきなり撃ってくるとはひどい奴だ。まぁあの豪快な性格の魔理沙からすれば分かりきった事なのだが、いくら知識があったとしても飛び始めには少し時間がかかる。そのせいでいきなり負けになるかとヒヤヒヤしていた。

 

「どうした、いつもの勢いが無いじゃないか!」

 

 私よりも上から魔力の弾を撃ち続けている魔理沙が、からかう様に言った。

 

「あんたが元気なだけでしょ、私は病み上がりなんだから」

「そんな言い訳で巫女の仕事が勤まるのか?」

「自営業だから問題ないわよ!」

 

 そう叫んで返し、牽制程度に霊力で作った球を魔理沙に撃ち込む。あちらにはあまり効いていないようで、とうとう痺れを切らしたのか、帽子の中から一枚の白いカードを取りだし、高らかに叫ぶ。

 

「そっちが来ないなら、私から行くぜ! 恋符『マスタースパーク』!」

 

 マスタースパーク。

 どこかで聞いたような言葉が告げられると、魔理沙のいる上空から一瞬の光が漏れる。

 

 次の瞬間、光が私の視界を埋め尽くした。

 

 これが、スペルカード。

 大雑把な魔理沙の性格そのままに、溜めておいた魔力を一気に解放することで巨大なレーザーを発射する、というものだった。あちらの世界では幽香が同じ様な事をやってのけたが、それと同等ぐらいだろうか。人間の領域でここまで出せるのはなかなかいない。

 最大限の力を振り絞って横に回避しようとするも、ゆっくりと迫って来る光の渦は私から標的を外そうとしない。レーザーが大きい分、魔理沙の手元一つの動きがかなり大きく反映されるのだ。幾ら引き離そうとしても光の渦は周りのものを巻き込みながら私へと迫って来る。

 

 ふと前を見れば、灯篭。

 このまま直撃すると、頭がかち割れるかもしれない。

 

 空気を蹴って、前転をするように空中で回転。そのまま足に硬い石の感覚を感じると、リボンの奥から白く光るカードを取り出して、足の発条を思いっきり伸ばす。視界には地面を削りながら迫って来る光の壁が見えた。思わず躊躇いそうになるが、気にせずに突っ込む。

 

「……夢符『封魔陣』」

 

 ぼそりとスペルカードの名前を呟くと、手にした白いカードが光る。詠唱する、というよりは使用者の意志によって自由に発動できるらしい。開かれた結界は四角く形を成していくと、そのまま光の壁を引き裂くようにして大きくなっていった。

 私が光の壁を抜けると同時に、魔理沙の手元から放たれていたマスタースパークが消滅する。どうやら今ので魔力切れらしい。焦る魔理沙の顔が視界に入る。私はそのまま地面を蹴って魔理沙と同じ高さまで跳んだ。

 

「ちょ、まっ、ストップ!」

「弾幕ごっこにストップも何もないでしょ」

 

 両手を振ってわたわたする魔理沙の眉間に、とりあえず針を刺しておいた。

 殺傷力がある訳では無いから、大丈夫。たぶん。

 

 

 結局あの勝負は私の勝利に終わった。今は縁側でお茶を飲みながら魔理沙と二人、会話をしながら陽が沈むのをただ待っている。此処の立地は夕焼けが綺麗に見えるのは変わらないらしい。

 

「いやぁ、今日はちょっと驚いたぜ」

 

 湯呑みを傾けながら魔理沙が言った。

 

「あんな正当じゃない手段を使い始めるなんて、思いもしなかったからな。なんだ、戦い方でも変えてみたのか?」

 

 言われて、そういえばそうなのか、と改めて思う。

 此処に来る前は真正面からの殴り合いとかも経験していたし、あっちの方の弾幕ゲームでもああやって体を最大限に動かして戦っていたから、ついそのクセが出てしまったのだろう。お蔭で魔理沙はあまり慣れない動きについて行けなかった、と言っている。

 

「たまには体を動かさないとね。それに新鮮味があって楽しかったでしょ?」

 

 適当に返すと、魔理沙は嬉しそうに笑いながら「まぁな」と返した。

 この子は、いつも楽しそうに笑っている。弾幕ごっこに負けても、魔術の研究に失敗しても、いつもそのニカニカした笑いを絶やさない。不自然な懐かしい気持ちが浮かんできて、少し、どこかおかしくなりそうだった。

 前の世界での魔理沙はこんな笑い方しなかった。いつも気味の悪い笑みを浮かべていたし、私の嫌がる事を好んでやる女だった。姑か、とかも思った。

 

「じゃぁ、私はそろそろお(いとま)するぜ」

 

 湯呑みを置いて魔理沙は立ち上がると、箒にまたがって自分を宙に浮かし始める。私が空を飛ぶのとは違う原理らしい。魔理沙の湯呑みをお盆の上に片付けていると、魔理沙はじゃーなー、と叫びながら西の方へと飛んで行った。

 毎度毎度のことだが、愉快な人だ。そう思いながら、私は既に空になった湯呑みを持って東の空を見つめていた。

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