博麗靈夢は語り継ぐ   作:宇宮 祐樹

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■『東方紅魔郷』
01


 

 足の甲で陰陽玉を蹴り上げて、上に飛ばす。一定のリズムで片足ずつ蹴る足を変えながら陰陽玉を遊ばせて、一回大きく蹴った後にくるりと一回転。落ちてきた陰陽玉を背中側に蹴ると、自然にかかとでもう一回自分の前へ。胸で陰陽玉を捕まえた後に、膝の上から足の先まで転がして自分の手へと軽く弾ませる。

 体の調子は変わらない。先日まで感じられた違和感も、今では気にするまでも無い程に無くなっていた。体調は良好、下準備も万全。

 

「さて、じゃあパパッと終わらせちゃいましょうか」

 

 高らかに声を上げ、地面を蹴るとふわりと浮かぶ感覚。

 いつもなら眩しい太陽が踊っているはずの夏の空は、紅い霧に包まれていた。

 

 

 異変である。

 

 通称に異変と呼ばれるものの定義は、「普通には考えられないような出来事」や「普段とは異なり変わっていること」であり、幻想郷における異変は「博麗の巫女が解決する、何らかの原因がある大規模な事件」――という頭の固い事は置いといて。

 

 この異変は、「これまで初夏だった幻想郷に突如として紅い霧が発生した」という異変である。こちらの世界に来て初めての異変ではあり、少々不安が残るが何とかなるであろう。

 

「とは言ってもねぇ」

 

 そう呟きながら、隣で浮かんでいる陰陽玉に目をやる。別に見当たる以上は見られなく、いつも通り私の横をついてきながらくるくると一定の周期で回っているだけだった。 

 

「不安よね」

 

 今回から初めてとなる、スペルカードを使用した異変解決。事前に相手をしたのは魔理沙以外におらず、頭の中に有る記憶だと、まだ幻想郷の妖怪たちはそのようなルールをあまり肯定的に受け取っていないらしい。ともなると、ある程度の戦闘は覚悟しなければならないと言う事になる。

 

「ま、その時はその時か」

 

 ぽんぽん、と浮いている陰陽玉を軽く叩きながら、赤い霧の発生している中心部へと向かう。

 

 

 異変を解決する際は、まずその異変の首謀者の目的を推測しなければならない。

 

 過去の異変で言えば、一番例になるのは岡崎夢見あたりだろうか。確か彼女は並行世界の学界から追放されて此方の幻想郷に時空移動船を飛ばし、それを夢幻遺跡と称して自分の研究となる材料を釣った……ような気がする。一年か二年か前の事だったからあまり覚えてはいないが。

 

 他の奴らは暇だったから妖怪を集めて私をいじめたとか、魔界の観光ツアーだったりだとか、とにかくどうでも良い事が多い。私の周りの奴らこんなんばっか。特に幽香とかありえない。暇だから妖怪を興奮させたとか、バカじゃないのだろうか。

 

 閑話休題。

 

 今起こっている異変は、この赤い霧のせいでいつもより気温が低い事。そして、赤い霧は地表ではなく幻想郷を包み込むドームの様な形になっているので、少し暗い――言い換えれば、太陽からの直射日光を防いでいると言う事。  

 

 見た所この霧には少量の魔力が含まれ、魔理沙の魔力とは質感が違うために使用者は西洋の魔法を使えると言う事が分かる。また、これだけの範囲に影響を及ぼす霧を発生させるとなると、相手は相当の手練れと見える。 

 

 よって、この異変の首謀者は西洋の手練れの魔法使い。おそらく、最近幻想入りした妖怪が此処を自分のものにしようとでも企んでいるのだろう。

 

「ま、私の前でそんな事をするなんて……ん?」

 

 そんな事を考えていると、視界の中に一つの黒い物体が現れる。警戒して速度を落としていくと、その黒い物体はふわふわと浮遊しながら私の前でぴたりと止まった。

 

 しゅるしゅると黒く球体上になったものが解けてゆく。その中から現れたのは、私より二つ三つ下の小さな女の子だった。きらきらと輝いている肩位までにかかった髪と、深紅のリボンが印象的だった。

 

「あなた、博麗の巫女よね」

 

 その妖怪は私を見るなり、そう訊いて来た。

 挑発のつもりだろうか。

 

「だったら、どうするの?」

 

 それに乗るようにして、こちらも訊き返す。 

 

「じゃぁ、これ」

 

 そうすると、彼女は白く光るカードを私に向けた。

 ああ、ちゃんとスペルカードルールでやるのね。

 

「言っとくけど、私の前で勝手な事出来ると思わないことね」

 

■ 

 

 向かって来る光の弾を左で浮かんでいる陰陽玉を寄せてはじき、右で浮かんでいる陰陽玉を足の甲で蹴りつける。あっちが一瞬驚いた顔を見せた後、その場所を陰陽玉が突っ切って行った。

 外した。ち、と舌打ちして、左でつかんだ陰陽玉を盾にしながら弾幕の間を縫うようにして避ける。隙を見て札を弾代わりにして放つも、効果は無し。あとは蹴った陰陽玉が戻ってくるのを待つしかできない。

 

 これが魔理沙との戦闘で見つけた私のスタイルに一番合っている弾幕ごっこの形である。どうも弾をバラまくだけではほとんどが無駄弾になってしまうし、無駄弾が増えると私が札を生産する速度も追いつかない。つまるところ面倒なだけである。 

 

 弧を描くようにして戻って来た陰陽玉を足で受け止め、そのまま彼女へと蹴りつける。流石に二度目からは予想が出来ているのか、彼女は自分の顔に向かってくる陰陽玉を、右手ではたき落とした。バランスを失った陰陽玉が、ふらふらしながら私の足に戻って来る。

 

「それだけなのね」

 

 突然、残念そうな様子で彼女が言う。

 

「博麗の巫女だから、もっと面白いものを期待していたんだけど」

 

 これじゃあ期待はずれ。

 彼女はそういうと、いつの間にか右手に持っていた白く光るカードを掲げた。

 

「夜符『ナイトバード』」

 

 その瞬間、彼女の背中に羽が生えたような感覚。

 まるで背後から生えた翼のように展開された弾幕が、彼女目の前の空間を薙ぐようにしながら、波のように襲い掛かって来た。なるほど、だからナイトバード、と。

 一つの波の密度は意外と高く、一見すると縦に6列ほど展開されており、羽が迫って来る、と言うよりかは弾の壁が何枚も迫って来る、と言った方が良いだろう。陰陽玉を目の前に掲げながら弾幕を防ぎ、何とか回避しようと試みる。

 

「それで避けたつもり?」

 

 突然耳元からそんな声がしたかと思うと、横っ腹に衝撃。

 彼女の蹴りが入ったらしく、体勢を立て直そうとすれば近距離で翼の弾幕を展開してきた。いつの間にこんなに近くに、と驚きながらも迫る弾幕を紙一枚で回避する。

 

「あら、これも避けるのね」

 

 少し驚きを見せながら彼女が言った。

 

「逃げるばかりが能だと思っていたけど、まさかこっちのスぺカ切れでも狙ってたの?」

 

 そうか、そんな戦術もあるのか。

 実際これだけ避けれるのは経験則としか言いようがないのだろう。何せ向こうの世界では、被弾は死を意味するのだから、それこそ死ぬ気で避けるようなものだ。それに比べれば、こんな見かけ倒しやただばら撒いているだけの弾幕なんてただの飾りに過ぎない。

 

 だけど、今一発蹴りをもらったのはまずかったかも。流石は妖怪と言うべきか、未だに蹴られたところがじんじんと痛む。スペルカードルールは非殺傷じゃなかったのか、と思いつつも、こちらも牽制用にリボンの隙間から白いカードを一枚手の内に忍ばせておく。

 

「それなら、これで終わらせてあげる」

 

 それと同時に、彼女が二枚目のスペルカードを唱える。

 

「闇符『ディマーケイション』!」

 

 

 霧雨魔理沙は退屈をしていた。

 

 目の前では、先程知り合った氷の妖精――確か、名前はチルノと言ったか――が意気揚々と自分のスペルカードを唱えて弾幕を展開していた。隣では彼女の友人らしき妖精がおどおどとしながら彼女の隣をふわふわと浮遊している。彼女等は妖精ではあるが、一定以上の知力は持っているらしく、友人らしき妖精と会話が出来るくらいの知力は持っているらしい。と言ってもそれだけで、実際は人間の子供位の精神年齢なのだが。

 

 魔理沙は今回の異変を解決するべく、霧の発生地――つまり、魔力の発生地へと向かっていたのだが、その発生地の手前である霧の湖で彼女たちと遭遇したのだ。彼女等は異変に直接かかわっている訳では無く、普段よりも気温が低いせいで氷精の方がはしゃぎだし、友人の方がそれに付き合っている時に魔理沙に遭遇。氷精の方が魔理沙にちょっかいをかけて、どういう訳か魔理沙が弾幕ごっこを教えることになったのだ。

 

 幻想郷でスペルカードルールは今や常識にもなっているものである。それを適用せずに襲ってきたとなると、この氷精はどうやらスペルカードルールの事をあまり知らないらしい。

 自分でもありがた迷惑だと思いながらためしに彼女にスペルカードを撃たせてみたが、結論からいえば彼女はスペルカードルールのルールを知らなかった。

 

「あのなー、チルノ。お前、それじゃあ弾幕になってないぜ」

 

 弾幕を張っている目の前で、魔理沙が呆れたように言う。

 

「あれ? 何で当たってないの?」

「当たるも何もなぁ」

 

 良く見てみろ、と言ったように魔理沙は親指で自分の外側、何故か目の前の空間を避けるように展開されている弾幕を指した。具体的にいえば、チルノから円錐状に展開された弾幕は一定以上を過ぎると複数に分裂し、そのまま飛んでいくのだが、それではチルノの前の空間――現在魔理沙が居るところが完全な無防備になってしまう。

 

「これじゃあ、此処にもぐりこまれて終わりだぜ。もっと頭を使わないとな」

「じゃあどうすればいいの?」

 

 弾幕を展開したまま、チルノが問いかける。

 

「基本的に『弾幕を張る』ってのはただ『弾をばら撒く』ってだけじゃなくて、『相手が避けにくいポイントを作る』って事なんだ」

 

 珍しく人差し指を立てながら、魔理沙が説明する。

 弾幕はパワーだぜ、などと言っている魔理沙からはあまり考えられない発言であった。

 

「今のこれだと、相手が避けにくいポイントは私から後ろの空間だろ? だけど、チルノの前ががら空きになっちゃって、そこから簡単に攻撃されちまう」

 

 ばーん、と指で拳銃の形を作りながら魔理沙がチルノに向ける。

 

「じゃぁどうすればいいの?」

「簡単だよ、その隙間を無くせばいいのさ」

 

 チルノは一瞬考えると、はっと何かをひらめいたようにして、両手で冷気らしきものを集めた。次の瞬間、巨大な青い球が現れ、魔理沙の目の前に迫る。いきなりの事で多少驚きながらも魔理沙が回避し、頭に乗ったトンガリ帽子を手で支える。

 これで目の前の隙が無くなり、魔理沙が後ろに後退させられた。小さな氷の礫が魔理沙を襲う。

 

「そうそう、そういう事だよ! やっと面白くなってきたな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

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