博麗靈夢は語り継ぐ   作:宇宮 祐樹

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■

 

「やっと来ましたね。もう少し早く動くと思っていたのですが」

 

 地上に降り立った矢先、門の前に立つ彼女が口を開く。

 

「博麗の巫女――……とおまけ一人」

「誰がおまけだっ!」

 

 からかった口調の彼女に対して魔理沙が強く言い返す。あちらも私と同じで異変解決は私だけだという感覚らしい。もしくは、初めての異変だから私以外の人物を知らないのか。はたまた、魔理沙が異変解決に加わるのが今回で初めてなのか。そう考えていると、魔理沙の強い声が響いた。

 

「こちとら朝からこんな霧が出て迷惑してんだ! さっさと通して話の分かる奴に会わせるんだな!」

「ええ、良いですよ」

「だろうと思ったぜ! お前なんか一捻りで――ん?」

 

 あまりにもさらりと言い返したので、魔理沙が若干転んじゃったじゃないか。それにしても彼女、これだけの時間で魔理沙の性格を掴んで手に取るように転がすとは、見事だ。一緒に魔理沙いじりの権利でも与えてしまいたい。

 

「私が通すなと言われているのは博麗の巫女だけですので」

 

 さらりと言い放たれる一言。

 逆に言えば、自分が守るはずの館の住人だけで魔理沙は事足りると言うこと。

 

「通りたければ、お好きにどうぞ」

 

 魔理沙もその言葉を解っているのか、迂闊に動けずに身じろぎしている。

 でも、魔理沙の性格だったら突っ込むと思うんだけどなぁ。今の魔理沙の話ではなく、前の魔理沙でも、今の魔理沙でも。こういったときは必ず、私の事を心配しながら前に前に突き進んでいくタイプだから。今の魔理沙との付き合い自体は短いけど、内にある記憶がそれを教えてくれた。

 

 魔理沙は一回こちらを見たかと思うと、何かを決意した顔で彼女の横を突っ切っていった。

 ほら、やっぱり。魔理沙はそうでなくちゃね。

 

「……ずいぶんと簡単に見捨てられましたが、ご感想は?」

「見捨てる? そんなわけないじゃない。私が進ませたの」

 

 それはそれは、と彼女は嘲笑う様にして呟いた。

 こんな人間の心情なんて妖怪には分からないだろうし、分かってほしくも無い。だからこそ妖怪は妖怪なのだし、人間は人間で面倒臭く、人間らしいのだ。もし魔理沙との立場が逆だったら分からなかっただろうけど。

 

「では改めまして……私の名前は、紅美鈴(ホン・メイリン)。この紅魔館の門番を勤める者です」

 

 そう一礼した美鈴の後ろには、不気味に光る、趣味の悪そうな紅い館。中に存在している無数の大きな力のうちの一つは、おそらくこの館の主のものだろう。西洋の手練れの魔法使い。もしくは、吸血鬼。一丁前にこんな大きな館を立てておきながら、幻想郷で異変を起こすとは、どうやら私の怖さが分かっていないらしい。

 ん? ――私、今なんで吸血鬼って思った?

 

「今回の異変ではスペルカードの使用を義務付けられていたのですが」

 

 突然美鈴がそんなことを言い出し、さっきの妖怪との戦闘の事を思い出す。

 

「どうやら博麗の巫女は肉弾戦が好みの様で」

 

「……どこから見てたの?」

 

「あんな強烈な殺気では、嫌でも感じ取ってしまいますよ」

 

 困ったような、はたまたからかっているような顔をして美鈴は溜め息を吐いた。自分が守っている門の前でそんな物騒な騒ぎが起こっていることに対してか、博麗の巫女である私がスペルカードを使っていないことにか。はたまた、あの妖怪に苦戦したことに呆れているのか――分からなかったが、美鈴はこちらを一瞥すると、指の骨を鳴らし始めた。

 

「さて……博麗の巫女が、まさかあれほどまでの格闘を出来るとは思いませんでした」

 

「あなた、スぺカ嫌い?」

 

 わざとらしい振る舞いが鬱陶しくなって、つい聞いてしまった。

 美鈴は一瞬呆気にとられたような顔をすると、すぐさま気味の悪い、それでもなお機嫌の良さそうな笑みを浮かべて笑った。

 

「ええ。あんなものはただ自身を拘束するためだけのものに過ぎない。確かに見ている分にはきれいですが、私自身は――反吐が出るほど嫌いですね」

 

 なるほど。やはり、妖怪は妖怪か。

 美鈴の言い分も分かる。彼女だって妖怪なのだし、スペルカードといった縛られたルールでは自分の本領が発揮できず、ましてや得意分野でもない勝負で負けるのは腹立たしい事だろう。私だって魅魔に将棋で負けたら苛立つし、魔理沙に一方的に魔法でいたずらされたら殴りたくなる。あ、今の魔理沙じゃない方ね。

 

「そう、じゃあコレで相手してあげる」

 

 そう言って、右手の拳(こぶし)を左の掌(てのひら)に打ち付ける。

 

「あなたが負けたら、今度からルールに従うのよね?」

 

「そうなりますか。今回限りではなく?」

 

「ああ、いや、言葉が違ったわ」

 

 どうやらまだ話が分かっていないようだ、このバカは。

 

「あなたが負けたら、私(・)に従ってもらう」

 

■

 

 今回はスペルカードだけで事足りると思っていたのだが、まさか相手側から肉弾戦を要求してくるとは思わなかった。しかも、相手の立ち廻りを見る限り、中国の方の武術と同じ様な立ち方を見せてくる。中国武術ねぇ。参考資料ぐらいは見たけど、体内の気を練ったりとか、外の気と中の気との濃度の差を使うとか、訳の分からないことが書いてあったくらいしか記憶が無い。さて、どう攻めようか。

 

 脚の発条(バネ)を使って跳躍、そのまま拳の間合いまで接近。私の移動が速いのか、はたまた人間程度がこれだけの速さで動いたのに驚いたのかは知らないが、美鈴は一瞬驚いたような顔を見せた後、すぐさま私の拳を左手で防ぐ。掴まれた左手の感触は存外に硬く、左手に力を入れて自分の体を持ち上げると、美鈴の腹部をめがけて思いっきり足を振り抜いた。

 

 ガギン、と鈍い音。

 足に纏った霊気と、美鈴の妖気がぶつかり合った音だ。

 

 美鈴が後ずさり、私は反動で上方向に打ち上げられる。空を飛ぶ時と同じ要領で霊力を操作し、ストンと地上に着地すると、美鈴はこちらを今にも殺しそうな目で睨みつけていた。あちらもまさか人間程度にこれだけ押し込まれるとは思っていなかったのだろう。だから妖怪は妖怪なのに。

 

「なるほど、これは中々」

 

 咄嗟に妖気を展開したとはいえ、かなり大きな衝撃が美鈴の内臓を襲っている筈だ。それこそ揺さぶられるような衝撃の筈だが、やはり妖怪だからなのか、それほどまでのダメージは入っていないらしかった。口元に滲んだ血を拭き取ると、今度はこちらの番だと言わんばかりの迫力で接近してきた。

 

 正面に飛んできた拳を右腕で流すと、脇腹に蹴りが飛んでくる。それも左の掌で受けると、太もものあたりに重い感覚。美鈴の左足が右の太腿(ふともも)を踏みつけると、さっきのお返しだと言わんばかりに鳩尾を正確に狙った蹴りが飛んできた。流石にマズイ。踏まれた方の足を軸にして回転すると、渾身の蹴りが目の前を通った。あまりに大きすぎる妖気の所為か、一瞬だけ視界が揺らいだ。 

 

 美鈴の武術は、とても綺麗だった。型にはまっているというか、つながっているというか。反撃の隙を与えないとはいえど、只乱暴に技を振るうだけではない。独特の流れを掴んでいるような感じだった。おそらく、武術的な要素を含んだ戦いにおいては、あの幽香といい勝負をするんじゃないだろうか……と、戦いの最中に他人の事を考えるのは失礼か。

 

 対してこちらの技を出してみても、それは全て受け止められる。しかしこちらの方には若干の綻びが見えた。攻撃が流されることはあっても、こちらの攻撃が完全に止められる訳では無い。どちらかと言えば、止める筈の攻撃を無理して流しているような感じが見て取れた。現に今も、こちらの攻撃が止む事は無く、相手側の攻撃も止む事は無い。競り合いが無い、ともいう。

 

 なるほど。

 

「なるほど」

 

 

 一打一打に重みを入れていけば、段々と美鈴のペースが乱れているのが感じられた。幾ら流すのが上手いとは言えど、流す力にも限界がある。その限界を超えればどうなるか、と言えば――受け止めるしかない訳で。ただ美鈴自身もこの弱みを理解しているし、崩れることはあっても中々隙を見せない。こちらの考えにも気付いている様だし、さて――。

 

 左の腕を目がけて掌打。美鈴がそれを左腕で受け流す。

 右の膝を目がけて回蹴。美鈴がそれを右腕で受け流す。

 開いた胴体に思いっきり力を込めて右手の拳を入れると――振り抜いた拳が空を切った。

 

「な……?」

 

 突き出された拳は美鈴の体の横をすり抜けて、そのまま美鈴の左腕が私の右腕に絡まる。そのまま腕が折れるんじゃないかと思うくらいの力で美鈴は私の右腕を押さえつけると、私の体の中心に美鈴の掌がそっと置かれた。まずい、この戦い方でこの構えは。

 

 ドン、と鈍い衝撃。

 発勁(はっけい)。

 

 構えられた美鈴の掌から衝撃が放たれ、私の体が後方に飛んだ。そのまま地面に叩きつけられて、二、三転する。内臓を引き出されてそのまま叩きつけられたような感覚に陥り、喉の奥から込み上げてくる何かをなんとかして抑え込んで、膝を突いた。

 

 発勁。

 中国拳法の一つで、身体の内にある『気』を放出する技。その威力は通常の打撃に比べると段違いであり、一瞬の大きな衝撃ではなく、地震の様にだんだんと大きくなる衝撃を持つ。それ故に損害が大きくなるのは内臓の方で、非常に厄介な技である。

 

 お腹のあたりに触れると、美鈴の掌が有った部分がズキズキと痛んでいる。あれだけの衝撃波の発地点なのだ。良くて変色、悪ければ内臓破裂か。死んでない辺り内臓自体は無事なんだろうが、年盛りの乙女の柔肌になんて事を。

 

「しかし……困ったものね」

 

 かすれた声でひとりごちる。

 私は確かに美鈴の顔面に拳を喰らわせようとしたら、何時の間にか発勁を受けていた。確かに顔を捉えたはずなのに、気が付いた時にはもう美鈴の気は無く、腹部に掌が中てられていた。

 私が疲れていると言う訳でもないし、気を紛らわすような瘴気はこの赤い霧の中には感じられない。おそらく、相手は何かしらの気を感じ取る能力を持っていると見たほうがいいかもしれない

 

「さっきまでの威勢はどうしたんですか?」

 

 目の先の美鈴は首をこきこきと鳴らしながら、からかう様子で私に問いかけてくる。

 こりゃ、ちょっと面倒な相手に喧嘩を売ったかもしれない。

 

■

 

「博麗の巫女はうちの門番と交戦を始めて、予備の魔法使いはうちに入ってきたわ。これでいいのよね?」

「はい、これで全ての準備は整いました。あとは語られるものを流れるだけ」

「あなたの言っていることがよく分からないのだけど?」

「私はただ決められた線を辿っているだけです。今はそれを少し早めて辿っている」

「早めているという割には随分と手際が良いのね。あなたは、何度目なの?」

「私はただ一度目です。今までも、これからも」

 

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