博麗靈夢は語り継ぐ   作:宇宮 祐樹

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 大魔法司書室。

 そう書かれた扉の前に魔理沙は立っていた。

 

 紅魔館の内部は危険な場所だと思われていたが案外そこまでではなく、出てくる敵は雑魚キャラの妖精メイドや、ちょっと強い自動防衛魔法の術式が組み込まれた魔導書くらいだった。こんなに大きな館なのだから多少の侵入者を排除する仕掛けが有りそうなものだが。

 魔理沙にとって他人の家に侵入するのは、魔法の実験に失敗する頻度で行っている。事あるごとには香霖堂に侵入して一生借りていくだけの簡単なお仕事。ただでモノが手に入る辺り、全くいい職業に就いたものだ――というのは、本人の談だったり。

 

 そんな大泥棒霧雨魔理沙が気になっていたのは、先程も遭遇した自動防衛型の魔導書だった。

 魔理沙とて腐っても普通の魔法使いである。魔法に関しての知識はそこらの魔法使い程度には有るし、普通の魔法だって魔法使い並には使える。そして、魔理沙から見て自動防衛型の魔導書はとても興味深い物だった。

 

 普通、こういった自動防衛型――もとい自律式の魔法は、デメリットが多い傾向にある。使っていても普通の術式の三分の一程度しか効果が発生しない、魔法陣を刻むためにかなり長い術式を覚えなければいけない、そしてそれらの管理を行うのがすごく面倒だったりする。

 それなのに、この館の主人か住人かは知らないが、そいつはこの自立式の魔法を組み込んだ本をさっきから頻繁に遭遇する程度には採用している。こういった場合は慣れない西洋魔術の本を読んで間違った解釈をしたか、もしくは元々がかなり高い魔力を有している手練れの魔法使いか。

 

 微かに漏れている魔力を辿り、到着したのがこの場所だった。

 

「他にも何かいるんだけどな――……なんか違うし」

 

 魔理沙が感じ取った気配は他に二つ、最上階あたりに居る一番大きな力と、そのすぐ隣に居る、小さいけれど妖精メイドや魔導書よりは大きな気配。しかし最上階に居る一番大きな力はどちらかと言えば妖怪の発するそれに似ていたし、隣に居る気配から見てもとても手練れの魔法使いとは思えない。第一、どちらからも魔力が感じられないのだ。

 

 辿り着いた先はほぼアタリだと言えるだろう。力が強い魔法使いほど、多くの本を溜め込む癖が有る。魔法使いの強さは持っている知識のそれと同類であり、強大な魔法使いは本の虫だったりすることが多い。たまに亡霊だったり泥棒だったりもする。

 

「関係ないな。邪魔するぜ!」

 

 ドアを蹴破る魔法使いもいた。

 中に広がっていたのは魔理沙の数倍の丈はあろうかという本棚と、そこにきちりと整列して並べられている幾つもの魔導書。そして、まるでバケツでもひっくり返したように積もっている山となった魔導書だった。

 

「……きったねー」

「勝手に入ってきて失礼ね」

 

 魔理沙の率直な感想に反応する声が一人、本の山の向こうから聞こえてきた。

 

「私の部屋なんだからいいでしょ、それに自分で戻って行くし」

 

 声の主は、魔理沙よりも少し上の女性だった。紫色の寝巻のような服装と頭の上にはナイトキャップをかぶっており、起きているはずの目はやけにとろんとしていた。

 そんな寝巻少女が指を一つ鳴らすと、さっきまで山の様に積まれていた本が全て浮きはじめ、本棚の透間を縫うようにして部屋の中を駆け回る。いつのまにかその少女と魔理沙が対面する形になっていた。が、彼女の手には分厚い魔導書。ついでに目線はその魔導書に向けられている。視線を落としたまま彼女は魔理沙に声をかけた。

 

「珍しいお客さんね。名前は?」

「霧雨魔理沙、普通の魔法使いさ」

「ただの人間じゃないの」

 

 なにおう、と魔理沙が吼える。

 

「残念だけどあなたにかまってるような暇はそんなにないの」

「な……こっちが異変解決してやろうってのに、なんだその態度は」

「異変? ああ、レミィがやってる変な事ね。残念だけど私からしたら他人事よ」

 

 さっさと出ていけオーラ全開の彼女に魔理沙の言葉が詰まる。ってか何気に今回の異変の最重要情報を掴んだ気がする。今すぐ霊夢に伝えたいところだったが、どうせ霊夢はあの中国妖怪と交戦中だろう。

 それに、霊夢にその情報を渡したらどうせまた霊夢が異変を解決してしまう。その事は魔理沙の中の何かが許せなかった。魔理沙の心に有る何かが。

 

「そ、そういや、さっきから魔導書が攻撃してきたんだけどさ」

「ええ、私の本ね。面倒だから自律式にしてるけど」

「ああ、やっぱりお前だったのか」

 

 何か納得した様子の魔理沙に、彼女の視線がじとりと向いた。よく見れば彼女の目の下には深いクマが出来ている。

 

「私だから何?」

「いやなに、ただ珍しいなー、って」

 

 そういうと彼女は読んでいた魔導書をぱたんと閉じて、そこらへんに投げた。投げられた本は何かの力をうけてすぅ、と彼女の右に有る本棚へと吸い込まれていった。

 

「私の名前はパチュリー・ノーレッジ」

「……ん?」

「名前は魔術を組む時において、最も重要な要素よ」

 

 魔理沙はそんな事は知っているが、彼女――パチュリーもそれくらいは分かっているようだった。パチュリーは魔理沙の方へ手招きすると、くるりと踵を返して本棚の奥の方へと歩いて行った。出遅れた感覚の魔理沙が後を追う。

 

「一体何するんだ? さっきまで毛嫌いしてたのに」

「あなた、アレに目をつけるなんて良い根性してるじゃないの」

「そ、そうか……?」

「だから、あなたを腐らせたくないのが理由」

 

 パチュリーはそうやって笑い、魔理沙の方に振り返った。

 

「これは私が魔法使いだからする事。ただの気紛れだと言う事を肝に銘じておくことね」

 

 

 打撃音と同時に腕に激痛が走る。

 腕に大きいのが一発入ると、空いた脇腹に回し蹴りを入れられた。そう認識した瞬間、私の体は地面に叩きつけられていた。肩と肘にかけて激痛が走り、それを追撃する形で美鈴が拳を振りかざす。咄嗟に横に転がると、一瞬前まで私の頭があったところに、大きな穴が空いているのが見えた。容赦ないなあ。

 跳躍して美鈴と距離を取り、再び腕を構える。美鈴は私の方に目を向けると、呆れたような顔で溜め息を一つ吐いた。

 

「まだやる気ですか……? しぶといですね……」

 

「生憎と、人間は生きやすいのよ」

 

 ――それに、幻想郷をこのままにしておくのは博麗の巫女としての私が許さないから。

 心の中でそう呟いて、もう一度美鈴へと足の発条を使って跳躍。懐に忍び込んで右の拳を振りかざすけれど、その拳はいとも簡単に止められる。けど、それは予想の範囲内。弾かれるような感触の後、浮いた左足を使って、美鈴の眼前にふわりと飛んだ。

 右足で美鈴の太腿を踏みつけ、そのまま左足で美鈴の右肩を踏みつけて高く跳躍。振り抜いた足を真上に上げて、そのまま思いっきり美鈴の頭へと振り下ろす。固い手ごたえと強い衝撃が踵を襲い、身体が一瞬だけ宙に浮く。

 

「その程度」

 

 っ、マジかこいつ!

 美鈴の目が光ったと思うと、私の右腕を強引につかみ、そのまま力強く自分の方へと引き寄せた。美鈴との距離が近くなり、瞬間的に左胸のあたりに強い衝撃を受ける。完全に予想外だった。視界が一瞬だけ黒くなり、そのまま体が空中に放り出される。視界には、美鈴の踵を上げる姿。

 

 踵落としのカウンター。

 そろそろ、体に力が入らなくなってきた。

 

「あの……そろそろやめません? 死にますよ?」

 

 地面に大の字になって寝転がっていると、美鈴がそんな声をかけてきた。

 

「残念ながら私は死にぞこないでね。死ぬに死ねないのよ」

「今なら館で治療しますよ。あまいデザートも用意します」

 

 そんなんで揺らぐ訳が無いだろう。

 私だって、博麗の巫女なんだ。

 だから、こんな門番程度で足止めを喰らってる訳にはいかないの。

 

「あなたには勝てる」

「……おもしろい冗談ですね。笑っちゃいますよ」

「勝手に笑ってればいいわ。勝つのは私」

 

 だってそれは必然なのだから。

 今度は美鈴の方から仕掛けてきた。横から飛んでくる回し蹴りを右腕で受けると、美鈴の体がふわりと宙に浮いた。そのまま左足の蹴りが飛んできて頬のあたりを掠ると、美鈴は右足を軸にして回転。逆の方から左足の踵蹴りが飛んでくる。体を沈ませることで回避し、そのまま美鈴の側面へと回り込む。一瞬だけの、隙が出来た。

 

 美鈴の戦い方は思った通りの綺麗な格闘術に、さらに勢いを増したような戦い方だった。受けるところは受けて、躱せるところは躱すことが出来る。ただ、その織り込みが厄介なだけで、変に技を入れられてモロにダメージを喰らう。そうして体にダメージが蓄積し、戦闘不能まで追いやられる。美鈴は、おそらくそういう戦い方をしていたのだろう。実際これは面倒だし勝ちにくい。

 

 

 だけどそれは、言ってしまえばそれだけだった。攻撃の一つ一つは受けきれるし余裕で避けられるから、技が途切れる瞬間を待てばいいだけ。私の体力が切れるか、あっちの攻撃が途切れるか。

 完全に()()()なら、負ける気がしない。

 がら空きになっている美鈴の脇腹に、そっと手を添える。そのまま地面に両足をつけて霊力を込め、思いっきり掌から気を放出する。美鈴の体は横に飛んでいき、館の門を突き抜けていった。発頸を見よう見まねでやってみたが、案外できるものだった。だけどこれを積極的に使おうという気にもならないなあ。もっと工夫すれば出来るんだろうけど、でも結構微妙じゃないかこの技。

 

 舞い上がった砂煙が晴れて見えたのは、仰向けになって倒れている美鈴の姿。

 それともう一人、メイド服を着た一人の女性だった。

 

「何寝ているの。門番のくせに寝てたらダメでしょ」

 

 メイド服の女性が美鈴に辛辣な言葉を浴びせると、美鈴はいやはははと笑ってごまかした。どうやら美鈴の知り合い……というよりは、外部の敵から守るべき人物なのだろう。それにしては結構尻に敷かれている様だが。

 

「いつも働いてる分いいじゃないですか。たまにはこうしてても」

「それにしても寝たままは行儀が悪いわ。寝るならもっと別の場所にして」

「いや、それが起きれないんですよね」

 

 そりゃそうだろう。だって、ありったけの霊力と振動で体中の気の流れを狂わせたやったんだから。現に美鈴は喋るだけでも精一杯だろうし、メイド服の女性の問いに対しても声だけでしか返していない。

 メイド服の女性は美鈴との話を終えると、まっすぐこちらへと歩いてきた。

 

「先程の戦闘、見事でした。是非一度お手合わせして頂きたいものですね」

「御託は良いわ」

「あら、そうでしたか」

 

 少しきつめに言うと、メイド服の女性が素っ気なく返す。

 

「私はこの紅魔館のメイド長を務めている、十六夜咲夜という者です」

 

 そう言いながら、メイド服の女性――咲夜さんはゆっくりと頭を下げる。

 

「レミリアお嬢様が貴女をお待ちになっておりますので、付いてこられるよう」

 

 そのままくるりと踵を返し、咲夜さんは館へと入っていった。

 

 

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