博麗靈夢は語り継ぐ   作:宇宮 祐樹

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 館の中に入ると、その中は一面の紅で彩られていた。

 多少の濃さの違いはあるけれども、床も壁も天井も全て赤い。時折掃除をしている妖精メイドの服は別に赤くなかったけど、それにしてもとてつもなく目に悪い内装だ。目の奥がじんじんと少し痛くなってくるのを感じて、手の甲で強くこすると涙が出てきた。

 

「どうかされましたか?」

 

 前を歩く咲夜さんが、こちらに振り向いて聞いてきた。一切の敵意の無い表情だった。

 

「別になにも。ただちょっと、目が疲れてね」

「あら、それは申し訳ありません」

 

 咲夜さんがふっと笑って頭を下げる。さっきとはまた違った、人当たりの良い笑みだった。

 個人的に、さっきの会話を見るあたり咲夜さんは悪い人じゃなさそうなんだよね。美鈴と私が闘っている最中に現れても、こちらに一切の敵意を見せなかったし。いや、見せなかったというよりは見せる必要が無かったのか? ともかく、彼女には闘う意志が全くと言って良い程見られなかった。

 

 現に今もそうだ。もし私が咲夜さんの立場だったならどこかしらで不意打ちをキメているだろうし、わざと危険は部屋に案内しているかもしれない。だけど咲夜さんはさっきから全くその素振りを見せないし、今向かっている方向には大きな力を感じる。つまりこちらを嵌めるつもりもない、と。

 案外、幻想郷の中では珍しく話の分かる人間なのかもしれない。

 

「本来なら私があなたの相手をするべきなのですが」

 

 なんて事を考えていると、咲夜さんが言った。

 

「お嬢様が「博麗の巫女を通せ」と言われましたので、仕方なく案内しているだけです。その点を、お忘れなく」

 

 咲夜さんの表情が、一瞬冷たいものに変わる。一瞬身構えたが、咲夜さんはすぐに人当たりの良い表情を取り戻し、薄い笑みを浮かべた。どうやらこういう人らしい。

 

 館の中をぐるぐると回り、ほどなくして私が通された部屋は、ずいぶんと広い空間だった。

 立派なステンドグラスから差し込む光が部屋中を包み込む。周りの床や壁は石のような素材で出来ており、両足のそこからは小さな魔力がひしひしと感じられた。空間操作系の魔術。西洋の魔術にはあまり精通していないが、おそらく空間を擬似的に広げるものだろうか。

 

「あら、やっと来たのね。待ちくたびれちゃったわ」

 

 重い扉の閉まる音の後に、少女の声が響く。声の方に意識を向けると、ステンドグラスの下にある玉座に一人の少女がぽつりと座っていた。十を過ぎて二つ三つ。大きく生えた黒い蝙蝠翼が、彼女が人外であることを主張していた。血のように赤く染まった瞳を向けられただけで、鋭い重圧が私の肩にのしかかってきた。

 

 吸血鬼。生き血を啜る、西洋の鬼である。

 知り合いにも一人いるが、吸血鬼というのは全く恐ろしいものだ。鬼だから無駄に打たれ強いし、血を吸うという全く厄介な特性によって二倍三倍にも面倒くさい。風見幽香と比べてもその面倒くささは一、二を争う程だろう。もっとも、知り合いの方はまだまだ未熟な吸血鬼だったらしく、本来の力には程遠いと言っていたが。

 

 そもそも血を吸うという行為自体おかしな話である。血というのは魂の対価、存在の証だというのにそれを自らの体内に取り込み、我が物とするのはどうもおかしな話だ。そのおかしさから吸血鬼の強さは来ているんだろうけど。

 

 結局何が言いたいかと言うと、吸血鬼は強い。それ故に、今回の異変を解決するのははとてつもなく面倒くさかったという事だ。

 

「あなたが今回の異変の首謀者ね」

 

 一応、確認。

 恐る恐る聞いてみると、吸血鬼の少女はくすりと笑った。

 

「ええ、そうよ。あなたが倒すべき相手はこの私、レミリア・スカーレットという名前の吸血鬼」

 

 そう名乗ると、吸血鬼の少女――レミリアはゆっくりとした動作で玉座から立ち上がった。

 

「あなたに倒されなければならない、今回の異変の主要人物……らしいわね」

 

 ……らしい、と。

 レミリアが気にかかる事を口にした。

 

「まあいいわ。早く終わらせましょう? その方がそちらにもいいことでしょうし」 

 

 レミリアの右手に紅い光が収束する。その光は一瞬強く輝いたかと思うと、レミリアの身長程の紅い槍へと姿を変えた。あんな力の使い方は見たことが無い。気を引き締めたほうがいいか。

 

 

 紅魔館の地下には、薄暗い牢屋があった。

 

 家主であるレミリアの父が造ったものである。元々奴隷や反逆者を閉じ込めるために造られた牢屋だったが、幻想郷に来た今では使用する意味がない。が、鉄格子の中には一人の少女が座り込んでいた。

 

 七色の歪な形の羽を持った、吸血鬼の少女。

 名を、フランドール・スカーレット。

 

 現在の家主、レミリア・スカーレットの実の妹である。彼女の持つ蝙蝠のような翼とは違い、フランドールの持つ羽根は黒い枝に様々な結晶のかけらの様なものが吊るされている奇妙なものだった。

 フランドールは何もせずに、ただ牢屋の隅で座り込んでいる。上の方で姉の力と何かの力とのぶつかりを感じても、何も動く事は無い。自分が動く必要は無い。そう自分に言い聞かせ、組んだ腕に顔をうずめた。

 

「ごきげんよう」

 

 不意に声が聞こえ、おもわずフランドールが顔を上げた。そこには、自分以外何もないはずの牢屋の中に、空間の裂け目が出来ている。両端は赤いリボンで結われ、裂け目の奥には無数のおぼろげな目がこちらを見つめていた。フランドールの顔が訝しげなものに変わる。

 すると、裂け目の中から一人の女性が顔を出した。長い金の髪を持った、紫色のドレスの女性。妙な裂け目から現れたその女性は、手にした扇子を広げると口元に寄せ、薄い紫の目をフランドールに向けた。

 

「上には行かれないんですか? 何かと面白そうですが」 

 

 その女性の問いかけに、フランドールは沈黙で返す。やがて耐えかねた女性が一つ溜め息を()くと、閉じた扇子をくるくると遊ばせながら、動かないわね、と小さく呟いた。

 

「あなたは?」

 

 フランドールが小さな声で問いかける。薄く、か細い声だった。女性は扇子をもう一度広げると、再び口元に寄せる。一種の癖の様なものらしい。

 

「私の名前は八雲紫。幻想郷を管理している一妖怪でございます」

 

 そう言うと紫は軽く頭を下げた。フランドールは帽子と腕の隙間から彼女の表情を窺ったが、彼女はただ表面上に笑顔を浮かべているだけだった。奥にある何かと、底知れぬ威圧感がどうにもフランドールの肩にのしかかった。彼女は良く分からない、というのがフランドールの八雲紫に対する初対面の感想であった。

 

「それで、本当に上に行かなくても宜しいのですか? あなたのお姉さまが闘ってらっしゃるのに」

 

 その問いに、フランドールは首を振って返した。背中の枝が一回大きく伸びたかと思うと、すぐに力無くしおれていった。枝から吊るされている結晶のかけらが壁に当たり、かしゃかしゃと耳障りな音を立てた。

 

「私が外に出ると、みんなが迷惑するから」

 

 そう言って、フランドールが右手を掲げる。そのままフランドールが右手をいっぱいに開くと、手のひらに紅い球体状の物質が一つ生成された。フランドールはその球体を軽く握り、手の内で遊ばせる。八雲紫はその球体を見て、やはりか、と肘を突いた。

 

「その能力ですね。あなたのお姉さまがお話になったのは」

「……知ってるの?」

 

 八雲紫の言葉に、フランドールが反応する。

 

「ええ。あなたは生まれつき物の『目』を可視化できると」

 

 的を射た紫の言葉に、フランドールは顔を上げた。

 フランドールの生まれつき持つ能力――ありとあらゆるものを破壊する程度の能力――は、物体の「目」と呼ばれるものを無条件に破壊することが出来る能力である。物体のすべてには「目」と呼ばれる最も緊張している部分があり、彼女はそれを自分の手の内に生成することが出来るのだ。

 

 しかし、彼女はこれをあまり好かなかった。まだ何も知らない彼女が力を使うたびに、身の回りの様々なものが破壊されてゆく。それを知ったフランドールの父――レミリアの父――は、彼女を危険と判断し、地下へと幽閉したのである。同族からも恐れられる力。フランドールはそれを知ったとき、自分の力をひどく拒んだ。死んでやろうとも思った。

 

「でもこんなもの無い方がマシよ。これのせいで私、散々な目にあってるもの」

 

 その発言にはフランドールの全てが詰められていた。本当に散々な目にあった。父親からは畏怖の目で見られるし、館のメイドや妖精たちにも怖がられて避けられる。唯一の救いであるレミリアも父親から重圧をかけられて、フランドールにあまり多く顔を合わせられる事も出来ない。思い出しても散々だ、とフランドールは重く溜め息を吐いた。

 

「そんな事はありません。人が生まれ持った力は、必ず何かに使うことが出来ます」

 

 その言葉に、フランドールは一瞬固まった。

 初めての肯定の言葉だった。八雲紫は自分のこの忌み嫌った能力を怖がらずに、肯定してくれた。いままで散々否定されてきた自分の能力を、たった一人でも認めてくれた。だからこそ、()()()()()()()()()()()

 

「例えば……そうですね。今闘っているお姉さまの手伝いをしてあげるとか」

 

 後は、少し背中を押してあげるだけ。

 どっちつかずの不安定な彼女は、今にも倒れそうな棒切れのようなものだ。

 少しだけそちらの方向に押してやれば――その心理は、完全にそちらに向いてしまう。

 

「本当にいいのかな……」

「大丈夫ですよ」

 

 紫が、優しい笑みでフランドールの顔を覗き込む。それはまるで、聖母のような、慈悲深い笑みだった。

 

「さ、早く鍵を壊してしまいましょう。あなたなら出来ますよね?」

 

 フランドールは手の内にある紅い球体を、思いっきり握りつぶした。ガラスが割れるような甲高い音と共に、牢屋にかかっていた鍵が、がしゃりと割れた。きぃ、と存外軽い音を立てて鉄格子の扉が開く。

 久しぶりに使った力。フランドールの予想よりも、かなり制御できているみたいだった。

 

「ほら、力も問題なく使えるでしょう?」

「うん」

 

 手を開いたり閉じたりしながら、フランドールが頷いた。長い間動かしていない体だが、歩いたりする程度ならば問題なく動かせるようだ。立ち上がったフランドールは腕を伸ばしたりして体の調子を整えると、そのまま部屋の扉へと手をかける。

 

「大丈夫。誰もあなたを怖がったりしませんよ」

 

 耳元で紫が囁きながら、フランドールは思い切った表情でドアを開く。

 その後ろで、八雲紫は、にやりと裂けそうな笑みを浮かべた。

 

 

 

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