狩人が斬り裂く   作:雑穀

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狩人が降り立つ

 満月より、少し欠けた楕円状に膨らんだ月が輝く夜空。日本某県某市、檻ノ宮大旧杜『深淵四層』。ここに、濃厚な血の香りが霧のように広がっていた。

 

―――グルルルァァ……!

 

 大地に伏すのは獣。否、獣のような『モノ』であった。人間と犬を狂った比率で混ぜ合わせたような、ひどく冒涜的な存在。その腕は女性の胴体ほどもあり、その口はワニのように大きくノコギリのような牙が並び、その巨躯は成人男性の二倍ほどはあった。

 この地上において、この『モノ』ほど強い生き物はいないであろうことを思わせるような存在、それらが数多地面に倒れこんでいる。まるで、金持ちの家の床の上に敷かれた毛皮のカーペットのように。

 

 あるモノは胴体に治癒不可能な傷を負わされ

 

 あるモノは脳天に弾丸を撃ちこまれ

 

 また、あるモノはハラワタを地面にまき散らして

 

 死んでいた。

 

「……」

 

―――ガアアアァ……!

 

 生き残った獣は恐れていた。仲間の屍の中で、一人、ぽつんと立っているその男を。

 顔は見えない。擦れて翼のように見える帽子とマスク、それとサングラスで隠れているからだ。極軽装、実用的且つ頑丈な服装の上からコートを羽織っている。

 

 右手には歪んだノコギリを

 

 左手には大きな古式銃を

 

 いずれも、夥しい量の血によって赤く濡れていた。全て返り血だ。この場の惨状を生み出したのは、たった一人、この男なのだ。

 

―――ガアッ!

 

 獣は男に向かって飛びかかった。

 勇気ではない。獣にそんなものはない。言わば背水の陣。

 この侵入者は強い。生き残りの獣よりもずっと強い。だがだからと言って逃げられない。ここは大旧杜、獣を閉じ込める生簀。どれだけ走ろうとも、どれだけ力を入れようとも、獣は決して狭い『深淵四層』から出ることは叶わず、いずれ追いつかれる。ならばこそ、目の前の敵を倒すより生き残る道はない。

 

 巨大な捕食者であるはずのモノは、窮鼠と化していた。

 

「フッ」

 

 だが、現実は非情である。

 男は獣が眼前に迫ってきた瞬間、地面を蹴って小さく跳ねた。そして獣の脇をすり抜けて背後にまわるとノコギリを振り下ろす。

 

―――ギャッ!

 

 獣はたまらず悲鳴を上げた。ノコギリの刃が獣の肉を削ぎ落し、傷口をズタズタにする。洗練されていない無骨な刃、しかし獣に大きな苦痛を与えた。

 

―――ウガァッ!

 

 獣は痛みを振り切るように急転換、その遠心力をもってして爪に力を乗せて一気に男を切り裂くつもりだ。男はまったく動じない。攻撃を避けるつもりがないように。

 だが次の瞬間、男の持っていた古式銃が火を吹き、粉々になった弾丸を獣に叩きつける。

 獣はたまらずに体勢を崩す。すかさず男はノコギリを地面に落とし、右手を獣の手のように構えて腹部に突き刺す。

 

―――グゥッ!

 

 男の右手は獣の腹部を貫き、内臓を藁でも束ねるようにしっかりと掴んでいた。そしてそれを引っ張る。渾身の力を込めて、獣の内臓を引っ張り出す。

 

―――ギャアアアァァァ……!

 

 獣は吹き飛び、臓物と血液をまき散らして絶命した。その亡骸が痙攣するも、十数秒後にはピタリと止まった。

 結局のところ、窮鼠は猫を噛まなかった。ネズミがいくら命を絞ったところで、猫には児戯でしかないということだ。

 

「……」

 

 男は獣の臓物を放り捨て、ノコギリを拾う。辺りを見回しても生き物の気配はまるでない。皆死に絶えてしまった。

 

「……」

 

 狩人は天を仰ぎ、月を見る。

 ここがどこなのか、どうしてここにいるのか、彼にはわからない。だが一つだけ、確信して言えることがあった。

 

 ―――ここは、良い狩り場だな

 

 

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