狩人が斬り裂く 作:雑穀
薙刀を構え、跳びかかってくる少女マキに狩人は銃口を向け、発砲する。
「おっと」
しかしマキはそれが着弾しそうになる寸前、身体をわずかに逸らして回避した。そして勢いを殺さず、狩人に薙刀を振るう。
狩人はバックステップにより後方に回避するが、マキの攻撃は終わらない。
「オラオラオラァッ!」
上段下段、横降り刺突、それらが同時に行われたかのように見える攻撃の嵐。狩人は足さばき、及び槍による防御で何とか防いでいる。
しかしジリジリと追い詰められ、とうとう左腕に一太刀受けてしまった。その痛みはまるで熱した刃で斬りつけられたかのようで、傷口が大火傷を負った。幸いなのは、それによって出血量が少なかったということくらいだ。
「オラァッ!」
大きな横なぎの攻撃。狩人は体勢を低くしながら前方にステップし、薙刀とすれ違うようにして攻撃を回避する。そしてマキの背後で転身し、その背中に鋭い一撃を見舞おうとする。マキは薙刀を振り終わった姿勢からまだ次の動作には以降できておらず、このままでは攻撃を受けてしまう。
しかし、その口元には余裕で獰猛な微笑を浮かべていた。
狩人の突き出した槍、それは容易く受け止められてしまう。しめ縄で首を縛られた、巨大な狗の頭が大きな口を少しだけ開け、槍を噛んでいる。
狩人は驚いた。このような巨大な獣の接近に気付けないほどの素人ではない。しかし、驚いている暇はなかった。狗の口、歯と歯の隙間から煙が立ち込めて出てきた。そこからは焼けた硫黄のような不快な臭いがする。
狩人は咄嗟に狗の頭を蹴り、その衝撃で槍を引き抜くと全力で後退した。
そして次の瞬間、先ほどまで狩人が立っていた場所は爆炎に包まれた。それは、巨大な狗の頭の巨大な口から放出されたものだった。
犬中マキは後ろに向き直り、狩人を見据える。その彼女に傍らに、狗の頭がいる。
見れば見るほど奇妙だ。しめ縄で縛られているところから下には本来獣が持っているはずの手や足がなく、獣皮の帯のようにフワフワとしたものがあるだけだ。これは獣というよりは狗の頭を持った剛毛の蛇と言ったほうが相応しい外見である。
「ホォー。あたいと
『
恐らくはあの首だけの狗の名前だろうか。どのような意味を持った名前なのかは狩人の知るところではない。
しかし、あの滅灰から感じるモノにはよく覚えがある。この地にきてからほとんど毎日肌を障る、あの忌々しい『狗神憑の穢れ』と同じ気配だ。
「まあ、どれだけ避けるのがうまくても、お前のたどる結末は二つしかないけどな……」
滅灰が口を開く。大の大人五人を一度にかみ砕くことができそうな大口、その喉の奥には赤い光がみなぎっている。
危機感と共に熱を感じた狩人はその場を飛びのき、滅灰の口から吐き出された火炎を避ける。火炎による攻撃は空振りに終わったが、その熱は大地を焦がし、その圧力は進行方向にあった大木を何本も吹きとばした。
狩人は刹那の間に思った。この攻撃の直撃は絶対に避けなくてはならない、聖杯の墓地に潜んでいた恐ろしい番犬の突進にも匹敵する威力だと。
「滅灰の炎の火傷で動けなくなったところを引きずられていくか!」
無論、厄介なのは滅灰の炎だけではない。マキの重たく鋭い斬撃は近接戦闘という枠組みならば炎より厄介と言えよう。
「あたいの薙刀でボコボコにされて引きずられていくか! 二つに一つだ!」
斬撃、それに織り交ぜられる火炎。特に火炎は広範囲にわたって発射されるため、狩人の得意とする素早さが活かせず、そこを狙って薙刀の攻撃が叩きこまれる。銃弾も常人離れした動体視力を持つマキには止まって見えるため当たらない。
小さい傷、時に大きなを負いながら追い詰められていき、とうとう巨木に退路を塞がれるといった事態に陥ってしまう。
「貰った!」
マキの上段攻撃。退路のない彼には回避できない攻撃。狩人の捕縛が目的である以上、致命傷を負わせることはないだろうがこれを受ければ確実に負ける。
狩人は左手の銃を手放し、槍の手を添えて切っ先をマキに向ける。
「!」
マキは思っていた。このまま薙刀を振り下ろせば確実に自分は勝てるはずだ、しかし何かがストップをかける。彼女の精神が、獣めいた野性的な勘が攻撃の手を止めた。
次の瞬間、槍の切っ先がその機構によって分離し、銃口が出現する。
マキは並々ならぬ危機感を感じる。銃弾なら先ほどから何発も避けている、この変形する奇妙な武器には多少驚いたが弾丸が出てきたところで避ければ良い。しかしこの攻撃は避けられないという確信があった。
「滅灰!」
マキは半身たる滅灰に呼びかけ、自分と狩人との間に滑り込ませる。
狩人が引き金を引くと、銃口が火と共に粉々に砕けた銃弾が射出される。獣をよろめかせる散弾が滅灰の身体に浅く突き刺さり、滅灰は短い悲鳴を上げた。
狩人は間髪入れずに第二射の構えに入る。滅灰なら砕けるなどのことはないだろうが、最悪圧力に押されて自分が巻き込まれるかもしれないと踏んだマキは素早く後方に下がった。
射出された散弾に肝を冷やすが、それらはマキの目の前で燃え尽きて消えた。細かく砕かれた水銀弾は射出時の高熱に耐えることができなかったのだ。
滅灰を退かせ、マキは狩人を見る。彼女が退いてすぐに拾ったのか、銃は腰のホルスターに収まっている。注目すべきは槍、いや槍だったものだ。切っ先にあった刃が柄の横にずれ、まるで着剣した銃のようになっているが、元が槍という柄の長さも手伝い薙刀のようにも見える。
常人には到底考えつかないような、大胆で型外れした武器だ。
「!」
狩人は素早く輸血液で回復し、躍り出る。先ほどまで片手で使用していた槍、今は両手で柄を持ち刺突ではなく横凪の斬撃を繰り出してくる。マキが薙刀で防ごうとするが、狩人は刃が薙刀の柄に接触したところで銃槍の柄を軸に回転、銃口を彼女の顔面に向けていた。
マキは咄嗟に上半身を後ろに反らせ、発射された散弾を回避。そしてそのまま後ろに思い切り仰け反り、バク転の容量で地面に手をつけて跳ねて狩人から距離を取ろうとする。
狩人はそれを逃さない。マキのバク転に合わせるように前にステップし、追撃する。防御姿勢が少し遅れたマキは、何とか攻撃を防ぐことができたものの、刃の切っ先が乳房と首の間を浅く掠めたことに肝を冷やした。皮膚の上から数ミリ削られ、そこからは血が流れ出る。
立て続けに繰り出される狩人の攻撃は、槍のときよりも範囲が広く、素早い。先ほどとは打って変わり、今度はマキが押される側となった。
「ざっ! けんなっての!」
つばぜり合いとなり両者が動きにくい状態になったところを見計らい、マキは滅灰を動かして頭上から火炎を噴かせる。これで負傷を負わせることができる、あるいは避けられたとしても自分から離して戦闘の立て直しはできる。そう踏んでいた。
だが狩人は、力を緩めてつばぜり合いを解いた後、後方に下がるのではなく足さばきにより身をかがめながらマキの真横に移動し、刃の無い端を振ってマキの脇腹を叩いた。至近距離からの火炎ということは、本体が巻き込まれないようにするために対して大きな炎は出してこないと踏んでの行動だった。
「ぐっ! この!」
マキはわき腹の鈍痛に耐えながら片手で薙刀を振るう。だが、それは悪手だった。
銃槍の銃口が、すでにマキを定めていた。鈍痛と、焦りから先ほどまでの勘が働かなくなっていたのだ。引き金を引いたとき、射出された散弾が彼女の身体に容赦なく叩きつけられる。
攻撃の勢いが殺されたマキは地に膝を着き、狩人はその隙を狙って柄から離した手を鋭く構えた。
「!」
しかし狩人は追撃を中断して後ろに下がる。その直後、彼のいた場所を轟音を率いた何かがかすめる。ソレはその先にあった大木を容赦なくなぎ倒した。
(マキ、マキ)
マキの耳に囁くような小さな声が聞こえてくる。見ると、その耳元には滅灰と異なる、とても小さな狗の頭がひっそりと憑いていた。
(大きな口をきいた割に、随分と押されているじゃない?)
「うっせーよユズリ。これから大逆転する予定だったんだ」
声の正体は、遠方で待機していたユズリだった。彼女は苦戦するマキを見かねて援護射撃を行った。そう、大木を斬り裂いた物の正体はユズリの放った、大砲のような威力を持つ華奢な矢だったのだ。
「しっかし、この短時間であたいの動きを学習して、更にユズリの不意打ちまで避けたときた。こりゃ、本気出さないとダメだな」
(はぁ。援護するから気がすむまで暴れなさい。ただし、彼を殺さない程度で)
体勢を立て直したマキは、構えを解いて直立、滅灰を消す。目を瞑り、深く呼吸をして、長く吐く。
狩人は危険を察知して止めに入ろうとするが、その行く手を阻むように無数の矢が放たれる。
「「
秘密の言葉が呟かれる。すると、彼女が纏っていた熱気が幻のように消え去った。
「「
四つ目の言葉が呟かれたとき、マキの周囲に温かい熱が波紋のように広がる。
「「
その熱は、五つ目六つ目の言葉が紡がれる毎にジワリジワリと強くなり、七つ目の言葉が紡がれた時に周囲の植物に火が燈った。
「「
八つ目の言葉が紡がれたとき、その熱は先ほどの滅灰の吐いた炎の温度を優に超えていた。
「「コ…ト…」」
九つ目、そして最後の言葉が紡がれたときだった。巨大な火柱が上がる。夜空を焦がさんと上るそれは爆発を伴った。
そして炎が晴れた後、その爆心地にいたマキの姿は豹変していた。
艶やかだった黒髪は燃え上がる炎髪に代わり、白雪のように白かった肌は褐色に染まった。胸元の傷も、散弾によって点在していた傷も嘘のように消えた。両手、そして見えていない両足は獣のような剛毛に覆われ、爪は刃のように鋭くなった。薙刀には炎が宿り、刃は真っ赤に発光している。
開かれた瞳は更に獰猛に燃え盛り、鋭くなった犬歯が三日月のように開いた口から覗く。
人間と獣と炎を獰猛でありながら黄金の比率で混ぜ合わせたような姿、ある種の美しささえ感じさせる。
半人半獣の物の怪と化したマキは、言葉を発する。
自身→自信
専門用語ばかりですので、別の回で説明を入れます。