「ねぇ、ボクは可愛いですか?」
そうだな。幸子は可愛いなぁ。
お父さんはおもちゃのヘアピンをつける7才のボクに大喜びで感嘆の声をあげる。
子供のボクから見てもボクを溺愛しているのがひしひしと伝わってくる。
ええ、世界一可愛いわ。
お母さんは9才ボクの頭を撫でながら微笑む。
ボクに似て可愛らしい顔のお母さん。まるで宝物のようにボクを大切にしてくれた。
うん幸子ちゃんは超可愛いよ♪
いつも11才のボクを中心に集まる友達。
小学校中の生徒達がボクを持て囃す。皆良い人ばかりで学校が毎日楽しい。
ボクが可愛いという真理に、神様にすら祝福されたような日々に、人生の全てが輝いて見えていました。
そして毎日の美容だけでなく勉学すらおろそかにしなかったボクは、エスカレーター式の中学校へと入学しました。
ボクと同じ学校に通える人たちは幸せ者ですね♪ 新しい世界に胸を踊らせ、今まで通っていた小学校の校門とは違う、お嬢様が通うような素敵な門をくぐった。
そして見た事の無い顔ぶれの新しい仲間達に囲まれて入学式を終え、新しい教室や新しい仲間達に目を輝かせながら皆の自己紹介をワクワク胸を弾ませながら順番に聞いていく。1人1人の紹介をノートに書きながらボクの番を今か今かと待ちわびた。
そして待ちに待ったボクの番、皆さんお待たせしました♪ ボクですよ!
元気よく立ち上がり、教室に振り返り、そして最高に可愛い笑顔をみんなに向けた。緊張や不安なんて無い。可愛いボクの話を皆は聞いてくれるんだから!
「はい、ボクの名前は輿水幸子! 幸せの子と書いて、輿水幸子です♪ 可愛いボクと同じクラスになるなんて幸せ者ですよ皆さん!」
そうして、ボクの中学校生活が始まった。
輝かしいスタートに幸あれ!
これはそんな可愛いボクと、これから出会うお姫様達のシンデレラストーリー!
ーーーーーー
半年後、中学校端の個室トイレ。
1人、冷たい空気の個室の中で、自分で作った御弁当箱を広げる。会心の出来栄えを再び確認する事で笑みが零れた。
……ボクが作った御弁当、やはり可愛いですね! 作った人に似るんでしょうか!
タコさんウィンナー、うさぎリンゴ!
ふふふ、とても可愛いじゃないですか!
味は……当然美味しい!
お母さんに頑張って習ったかいがありました!
最初目玉焼きがフライパンに張り付いたり、跳び跳ねる油にびくびくしすぎて落としたり散々でしたが、そこは流石のボク! 料理を3年でマスターしたと言っても過言じゃありません♪ なんたってもう40種類位おかずが作れますからね!
サニーサイドアップ、
ホットスプリングエッグ、
スクランブルエッグ、
玉子焼き、
たまごかけごはん!
はいこれで5種類! 玉子ひとつで無限の可能性があります。
玉子は安くて栄養満点で、糖質が少なく調理のバリエーション豊かで、なんて素晴らしい食材なんでしょうか!玉子は最強ですね♪ 美味しいですし!
冷えたにも関わらず美味しさを保ったお弁当を、おかずごはんおかずごはんと口に運んでいく。卵焼きの中のチーズが口の中でトロリと溶け、ほのかに甘い味が舌を包んでいく。
ああ、学校で疲れて空腹になったお腹に栄養が広がっていく。
体に、血にエネルギーが行き渡るのを感じる。
自分の御弁当の出来映えを全身で感じとっていた。
そんな時、ボクしかいない静かなトイレの扉がガタリと開かれる。楽しそうな雑談を交わしながら誰かがトイレに入ってきた。
ここは外れのごみ焼却炉前にあるトイレなので人が来るなんてめったに無いんですけどね。まあ、絶対に人が来ない訳じゃありませんし、そういう時もありますか。そしてボクは気配を静かに消す。
息を潜め、物音を立てぬよう静かに顔を伏せた。
すると、その入ってきた人たちの声はとても聞き覚えのある声だった。
「ねぇ~? 幸子の奴、マジウケるよね~」
ドクンッ。
入ってきた人物の聞き覚えのある声音にボクの鼓動が高鳴る。
この声は、うちのクラスの……。
「編入してきた時の自己紹介、マジ引いたわ~(笑)ボク可愛い何回言ってんだよってさ! どんだけ自分好きなんだよって感じ?」
「最初ギャグのつもりかなって思ったよね~」
……クラスメイトの言葉に、ボクは高くなりそうな呼吸音を抑える。唇を噛み締め、出来るだけ気配を消して、彼女達が出ていくのを待った。
「あれから話しかけてやったら自分の話ばっかだしさ~。超つまんないの!」
「ていうか”ボク”ってなんだよって思ったよね~!」
早く、早く出ていって……。
続く罵倒に、思わず耳を塞ぎ混む。俯いて体の震えを抑えながらこの苦しみが終わるのを待った。しかし彼女らの楽しそうな声は一向に止む事が無く、ボクは耳をぎゅっと塞ぎこもうと手を寄せた。
「ねぇ聞いてんの? 幸子」
ドクンッと心臓がさらに大きく鳴る。下卑た笑い声をあげていた彼女らは、気が付いたらボクのいる個室の前に立ち止まっていた。
なんで、ボクだって? ここに来るのは誰にも見られてないはず……。いつもここに来るまで十分に周囲を警戒し、皆の視線を躱しながらここに来る。昼休みの間、ボクがここにいる事は誰にも知られてはいないはずなんだ。
あまりの動揺に弁当箱の蓋を落としてしまう。
カタンッという音が響き渡った。
「あはは! やっぱいたし! ウケる~」
「ねぇなんでこんな所で食べてんの? 教室で皆と食べようよ~?」
トイレのドアをガタガタ引っ張り出す彼女達。ボクは誰にも迷惑をかけずに一人でここにいるだけなのに、何故かそれを許してはくれないようだ。次第にドアを引っ張る力が強くなる。
なんで……別に1人でご飯を食べる位いいじゃないですか……!
「もしも~し? 幸子ちゃ~ん、返事してよ~!」
「いるんだろ? 無視すんなよ~!」
ガタンガタンと執拗に引っ張られるドア。
壊れるんじゃないかと不安になる程激しく引っ張られた。
やめて下さいよ。今は休み時間で、皆には何も関わらず一人でご飯を食べているだけなのに、どうしてそれを妨げようとするんですか。
ガタンガタンッ!
ガタンガタン……。
お願いしますやめてくださいやめてやめてヤメテヤメテヤメテヤメテ!!
ガタンガタン! ガタン、
……。
ガンッ。
「チッ」
最後にドアを蹴ったような音がした後、足音はトイレから出ていった。その音が聞こえなくなるまでボクは息を殺し続ける。
ドクンドクンッ。
心臓が痛い、痛い位鳴り響く。息が続かない。気が付くと手のひらが汗で湿っていた。
…………ふぅ。
深呼吸をすると少しだけ心臓が落ち着いてきた。なんとか、やりきった……。
どうしてこの場所がバレたのかは知らないけれど、それでもなんとかやり過ごす事が出来たのは良かった。あの人たちにこんな人気の無い所で見つかったら、どうなるか解らない。次は、どこか新しい場所を探さないと……。とにかく、良かった。
そんな風にボクは安緒する。危機がさり、一安心。
…………バサァ!!!
突如、一安心したボクの頭の上から白い粉が降ってきた。
……。
…………。
………………。
頭から真っ白になる。
身体や服だけで無く、ボクが作った御弁当も真っ白になってしまった。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
でも、脳が後から自分の状態を冷静に判断してくれた。
……頭の上から、大量の灰が降ってきたのだった。
「幸子ちゃん、おしろいでも着けたらもっと可愛いんじゃない?」
ギャッハハハハ!!!
いつの間に戻ってきたのか、彼女達は再びトイレから出ていく。
……そうか。
ここは学校のすみの、焼却炉前のトイレですものね。お見事ですよ。ボクの作戦を逆に利用したんですね。
御弁当をしまい、ポケットから手鏡を取り出す。頭や服についた灰を落とさないと。
鏡に映るボクを眺める。
……流石ボク。
灰を被ってもお姫様のように可愛いじゃないですか。
指で口角をあげ、ニコッと鏡に微笑んだ。
ーーーーーーーーー
学校の下校時間、ボクは下駄箱の前でカバンから靴を取り出す。
靴いれの袋まで可愛いですね。持ち主に似るんでしょうね。
「あ、君帰り~?」
見覚えの無い子達に話し掛けられる。
しかしその顔を見てボクはさっさと靴を履いた。
その子達はボクの良く知る、下品な笑みを浮かべていたからだ。
「あれ?シカト~? 反応してよそこの可愛い人~」
カカトを整え、昇降口へと歩みを始める。
天を見上げると今日はくもりで、まだ早い時間なのに空が暗い。
「……反応無いし。可愛くないから反応無いのかな?」
アハハと笑い声が響く。
ボクはその言葉にぴくりと反応し、思わず振り返った。
「ええ、今帰りですよ! さようなら!」
笑顔で振り向き別れを言う。
挨拶も可愛いですね?ボクは。
「あ、こっち見たし。ウケる」
全く見覚えの無いその人達は何が面白いのか再び笑い出す。
指をさし、ニヤニヤと嫌な笑みを向けてきた。
……人を笑顔にしてしまうボク、仕方無いですね。
軽く頭を下げて昇降口から歩み去った。
駅の改札を通り、電車に乗る。
電車を降り、階段を登る。
携帯を開くと着信もメールも無い。
小学校の友達は今では誰もボクのメールに返事をくれなくなった。学校を卒業すれば、疎遠になるのは仕方無い事ですよね。
街に出て、そしてボクは塾に向かい歩き出す。
今日は、雨が降りそうだな。
カバンに折り畳み式の傘が入ってるかを確認する。
……確認ついでに、気付いたら入れられていたカバンの中のゴミを公園のごみ箱に捨てる。
今日は匂うタイプじゃなくて良かったです。
流石の可愛いボクも臭くなるのは不味いですから。カバンを教室に置いてトイレに行ったのは迂闊でしたね。でもちょっと抜けてる方が可愛いですかね? ボクの可愛いさは欠点すら補ってしまうのです。
……かたかた。
ゴミを捨てる手が震えている事に気付く。
思わず手を押さえ、無理矢理震えを止めようと頑張る。
頑張る、頑張る、頑張る。
止まらない、手の震えが、体の震えが、止まらない、止まらない。
”幸子は可愛いね”
誰かが言った、その言葉が頭に浮かんだ。
小学校の頃、家族が、友達が、皆がボクに向けた祝福の言葉。
その言葉が頭をガンガンと痛めつけるように響き渡る。
幸子は世界一可愛いよ。
ギリギリギリギリ。
幸子ちゃんは可愛いな。
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ。
手を握る左手が、変色する位強い力で右手を握り潰す。
ボクは可愛いですから!
……………。
……。
そして、手の震えが止まった。
頭の上から吊るされていた糸が途切れたように脱力し、ボクは立ち尽くす。
もう、止めよう。
自分の中で自分を偽るのは、もう。
もう理解していた。ボクは神様に選ばれてなんか、いなかった。あの輝かしい毎日は欺瞞だった。
ゴミ箱を見下ろしながらボクは唇を噛み締める。
小学校を卒業して、全て変わった。
違う、正しく見えるようになった。
今の世界が正しい世界。
頭から灰をかぶせられ、知らない子にすらバカにされ、小学校で友達と思ってた人達すら誰もいなくなる。
これが現実、ボクは友達がいないし塾等習い事を山程しないと要領が悪く能力が身に付かない、それがボクだ。
ようやく見えた現実に、中学に入学した時の自己紹介からやり直したいと願ってしまう。
自分の程度をわきまえて、人生をやり直したい、そう思った。
なんでボクは……なんでボクはあんな事を言ってしまったんだろう。
なんでボクはあんな”勘違い”をしてしまっていらんだろう。
夢から覚めたように、視界がクリアになっていく。今を知り、現実を知ったボクは夢から覚めたように思考が、表情が冷たくなっていった。
ボクは、可愛くなんか…………。
「君可愛いっすね」
そんな風に立ち尽くすボクに、急に軽そうな声をかけられる。そしてつい、その言葉に反応してしまった。
振り向くとオレンジスーツで茶髪の、見るからに軽薄そうな大学生かその位の男性が立っていた。
ニコニコ薄い微笑みを浮かべてボクの顔を見つめ、そして小さく頷いた。
「うん、めちゃくちゃ可愛いわ! ねぇ、良かったらちょっと話良いっすか? そこのカフェででも。勿論奢りっすから!」
……13才をナンパするなんてロリコンなんですかね? 笑顔もチャラ男のそれですね。ネクタイも派手だし、スーツが凄まじく似合わない。
ナンパなんてされたのは初めてですが、普段なら一蹴して出直させる所だろう。
でも、
もう、なんでも良い。
このナンパ男は、遊びでもボクを可愛いと言ってくれる。今はそんな”おべっか”が、ボクの心には渇いた土に垂らされた水滴みたく染みていく。例え知らない男に言われたとしてもジワリと荒れた心に吸収されていく。。
「いいですよ? ボ……、私に目をつけるなんて解ってるじゃないですか」
「マジすか!? いや超嬉し~っす! 貴方みたいな可愛い娘、ずっと探してたんすよ!」
そういうと男はボクを手振り大袈裟に喜びを表現している。こんな何人に言っているか解らない軽い賛美が、今は心地よかった。
「当たり前じゃないですか。私は可愛いなんて世界の常識ですよ」
「うんうん、不遜な態度もまた可愛いすね~!」
「ふふ~ん。もっと誉めても良いんですよ。私は可愛いですか?」
「可愛い! めちゃくちゃ可愛いっす!」
「どんな風に可愛いんですか? 顔ですか? 立ち振舞いですか?」
「顔も可愛い! 立ち振舞いも可愛い! さらに声まで超可愛い!」
楽しそうに盛り上がる男。
体を大きく使って表現している。
ははっ、そうですか。私は可愛い、ですか。
「……本当にボク、可愛いですか?」
涙が流れてた。
男がボクの顔を見るとビクッと飛び上がる。
「ボク、可愛いですか? ボク、こんなボクは……本当に、可愛いですか?」
急いで顔を手で隠す。
やばい、今、きっと凄い酷い顔をしている。可愛くない顔をしている。
ヒックと嗚咽が止まらない。
焦れば焦るほど涙が溢れ出す。
こんなの、ボクじゃない。
こんな初対面のチャラ男に、涙を流して錯乱して、こんなの可愛くない。可愛くない!
ボクは可愛くない。
家族の言葉を真に受けて、親戚や友達に騒がれて、勘違いして中学までそのノリで名乗り出て、皆の前で自慢して。
恥ずかしい。
恥ずかしい恥ずかしい、ボクは勘違いの痛い女の子だ。
所詮ボクは自分で自分を可愛い言ってただけの自称カワイイ、本当のボクは可愛くなんてないんだ……!
男がどんな顔をしてるか涙で見えない。
もしかしたらもう呆れて何処かにいってしまうかもしれない。でもボクは涙を止める事が出来なかった。
もう、嫌だ……。
ボクの欺瞞に満ちた過去も、
恐怖に震える今も、
いつまで続くか先が見えない未来にも、
もう目を背けたくなってしまった。
誰か、ボクを認めてよ。
誰か、ボクを受け入れてよ。
ボクは、可愛く無いですか?
「貴女はまるでお姫様のように可愛いっす!!!」
ビクッ。
突然の公園中に響き渡るようなデカい声で叫ばれて、ボクは思わず顔をあげる。
何が何だか解らないでいると、
そこにはチャラ男が湿った土にスーツなのにも関わらず膝をつき、真剣な顔でボクを見つめていた。
周囲には男の大声でこちらに振り向く人たちがいた。
「……可愛いっす」
……。
きょとんとするボクに、男は周囲を気にもせず膝まずいたままハンカチを両手で渡してくる。ボクが受け取りかねていると、そのままボクの涙を拭いた。
「貴女が可愛いと思った事、ウソじゃありません。その証拠に、この都会の人混みの中からも、綺麗に輝く貴女を見付ける事が出来たんですから」
男は言いながらも照れて苦笑し、ボクにそのままハンカチを手に握らせてくれた。
そして立ち上がり、頭を下げながら男は言う。
「自分に、貴女が可愛いという事を世界に証明する、お手伝いをさせて下さいませんか?」
これがボクとプロデューサーとの出会いの日だった。
この見た目チャラチャラした男との出会いが、ボクがこれから素晴らしい出会いを果たすきっかけになる。
この日、ボクはお姫様になった。
大国で皆に守られたお姫様ではなく、
戦いの耐えない小国の、先陣をきって戦うお姫様に。
続く