魔物語   作:フール

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阿良々木君ってこんないい子だっけ……


プロローグ

僕、阿良々木暦が彼と始めてであったのは、桜もほとんど散り落ち、葉桜の季節に移行しようとしていた四月も後半の昼過ぎ。より具体性を持って言うなら四月の二十九日の昼過ぎだった。

 

この日僕は同級生でありクラスメイトでも羽川翼と街を歩いている途中、尾のない猫の屍骸を見つけた。そして、その屍骸を埋葬したのだが、彼と出会ったのは埋葬が終わり二人で手を合わせ、冥福を祈っている時だった。

 

ガサリと後ろで何かが倒れるような音がした。いきなりの音で少しだけビクリと肩を震わせ、後ろを振り向けば一人の男が木にもたれかかり倒れていた。先ほどまで確かに誰もいなかった空間にだ。

 

黒目、黒髪の普通の青年。年の頃は僕と同じくらいだろうか。平凡で普通で凡庸な、そんなイメージを受ける青年だ。

 

身に纏っていた服もあくまで普通。忍野のようにアロハでもなければ、春休みに戦ったヴァンパイアハンターのように一目を引くような服装でもない。普通に街中にいそうな服。

 

しかし、そのありさまが“異様”だった。着ている服が普通でもその状態が異様ならば意味がない。

 

彼の服は、ズボンはこれ以上ないと行ってくらいボロボロだった。ジーンズはとこどころで大きく破れ、右脚部分に限っては膝から下がないありさま。シャツも所々で破れ、何処かしら焦げ臭い匂いを漂わせていた。何処しらの内戦地区にでも言ったのかと言った有様だった。

 

しかし、その衣服の異様さもさることながら、最もその青年が異常だと思ったのは彼の右手に握られている槍だった。

 

真っ赤な、真っ赤な、まるで血のような赤くて紅くて朱い朱槍。そんな槍がしっかりとその青年の右手に握られていたのだ。

 

「あいたたたた……」

 

と、彼は起き上がる。どこまでも平凡で普通で凡庸な声だった。

 

「あいつらセコイだろ。そもそも何で五対一なんだよ。悪魔よりも悪魔だろ! そして、あの詐欺師には財布盗まれるし……。いや、この件で俺が学ぶべき教訓は詐欺師はやっぱり信用するなっていうことだな。……いやいや笑うなよ。こっちとりゃ死にかけてたんだぜ、あくまでも。……やっぱりついてないぜ。いや、“ついてる”けどよ。……ん、あれ、君たちは……」

 

そう誰に言うわけでもなく、そして独り言のような雰囲気でもなく、まるで誰と会話をするように独り言を言うと、こちらを振り向く。

 

そしてこちらに気づく、

 

「ねぇ、君たち。何か食べ物恵んでくれない? 腹が減りすぎて死にそうなんだ」

 

警戒する僕と羽川に対して、唐突にこういったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、ありがとう。ありがとう! 本当に助かったよ」

 

羽川がたまたま昼間に食べなかった弁当を彼に差し出すと彼は美味しいそうに弁当を食べ始めた。その勢いは物凄く、まるで三日三晩物を食べていない様な様と言っても過言ではないような食べっぷりだった。

 

朱槍はいつの間にか音もなく消えており、今彼の右手には箸が握られている。しかし、衣服はそのままボロボロのズタボロのままだった。

 

羽川は聞く、どうしてそんな場所に居たのかと言うことと、どうしてそんなに服がボロボロなのかと言うことを。

 

彼は笑って答えた。どこまでも普通の笑みで、

 

「いやー、最近流行りのダメージジーンズを自作しようと思ってさ。高いじゃん、あれ店で買うと。しかもさ、買うって言ってもボロボロなんだよ。普通に履きちらせば出来ると思ってさ。だから、作ろうと思ったんだよねぇ。でも、やめた方が良いよ。ボロボロになりすぎて失敗してしまったよ」

 

本当にその通りならただの馬鹿だ。ジーンズどころか服にさえダメージが入ってるし、ジーンズに限っては右膝から下が無い様な有様だ。それに破いたと言うよりかは切ったとか切られたといったような言葉があっているような鋭利な切り口もあるありさま、僕はそのことが気になったが聞けずにとりあえず、ズタボロだが大丈夫か、と聞いて見た。

 

「あぁ、うんうん全然大丈夫! ほら服はボロボロだけどさ、体は傷一つないし!」

 

そう彼は服を腹まで捲って笑う。確かにそこには綺麗な肌があり傷一つも見当たらない。

 

「どうにかこうにか、紙一重いや、この場合は布一重かな、どうにか無傷だよ。心配してくれてありがとうな!」

 

彼は屈託のない笑みでそう言う。その笑みを見てるとどこまでもいい人そうに見え、どこまでも普通の青年に見えた。先ほどの朱槍さえも見間違えかと思われるくらいに、彼と喋っているとどこまでも普通に思えた。

 

「さてと、ご馳走様でした。えーっと……」

 

彼の言葉が止まる。

 

その様子を見て羽川が自己紹介をした。それに習い俺も自己紹介をする。何てことない、名前と歳を言ったまでだ。

 

「羽川さんと阿良々木君か。うんうん、いい名前だね。そして、お弁当ありがとうね。本当に美味しかったよ。本当に君たちは命の恩人だよ。いや、本当に」

 

そう感謝の言葉を述べた後、彼は立ち上がる。彼の短めの髪が軽く風に揺れた。

 

「本当ならお礼代わりに金銭を支払うベキなだろうけどね。すまないが、実は詐欺師に財布ごととられてしまってね。文字通りに一文無しなんだ」

 

その言葉に羽川は反応し、お礼何ていいですよ、見返りを求めたわけじゃ無いので、とまるで聖人のようなことを彼にいった。

 

「わぉ、羽川さんって良い人なんだね。まるで聖人みたいだよ。……でも、そんなんじゃ悪魔に足元救われちゃうかもだぜ。それに君たちが良いと言っても俺が良いとは思えない。借りは返すのが大人の見せる見本だ。……そこでだ俺は君たちに救われた。だから、もし君たちが困った時に今度は俺が力になろう。そう約束しするし、そう契約する」

 

うんうん、と自己満足そうに頷く彼に羽川は言う、そんなこと悪いです、と。

 

聞くだけでは話半分の言葉だが、そんな反応をするあたりが羽川らしかった。

 

僕も羽川に続き彼に言う。弁当は羽川のであり、僕は何もしてないと、

 

「いやいや、羽川さんが良くても俺が良くない。阿良々木君は確かに直接的には何もしてないが、君がいなかったら彼女は俺をおいて逃げてると思うよ。だって、怪しいだろ、木の上から落ちてきたボロボロの服を着た人間なんて」

 

彼はそう言って笑った後、羽川に弁当箱を渡して今度は僕の方を向く。どこまでも普通な動きだった。

 

「本当に申し訳ないんだけど、君たち、この辺りで雨風凌て野宿する場所知らない」

 

彼の動きがどこまでも普通で、良い人に見えたからだろうか、僕は思わず、気づけばこう言っていた。

 

“よければ僕の家に来ないですか? 一晩くらいなら泊まれると思います”

 

羽川は驚いた様に僕を見た。そりゃそうだろう、あって間もない見ず知らずの男を止めるなんて正気とは思えないことだ。しかも、その彼はボロボロの衣装を纏っているとまできている。

 

これが忍野の様なおっさんだったら、僕はきっと止めていなかっただろう。僕と同い年くらいのこの彼が野宿をすることが心の何処かに抵抗があったわけでもない。

 

でも、僕の中の何かがこの人は安全だと告げていた。だからだろう僕自身も分からぬうちにこんな言葉が出てたんだ。

 

「いやいや、悪いよ。流石にあって間もない人の家に泊まるのは……。俺なんてほら、雨風凌げれば廃墟でも大丈夫だし、明日には仕事で別のところに行かないとだしね」

 

“しかし、そんな服装じゃ警官に補導されるかも知れませんし、お金が無いのなら服もご飯も買えないですよね。僕の家ならご飯もありますし、服もサイズは小さいかも知れませんが僕のがあります。妹が二人いて五月蝿いとは思いますが、野宿するよりかは何倍もマシだと思うのですがどうでしょう?”

 

今考えても僕らしくもないと思う。見ず知らずのしかもボロボロの彼を家に泊めようとするなんて、でも、頭の中、いや心の中の僕が、本能的に彼を帰してはいけないと警鐘を鳴らしていた様な気がした。

 

「うーん……じゃあ、そこまで言ってくれるのならご好意を受け取らせてもらうよ。今日一晩だけどよろしくね、阿良々木暦君」

 

彼はゆっくりと右手を差し出す。彼の手はどこまでも普通だった。

 

今、思い返せば彼を泊めたことは間違いではなかったと……。

 

帰り際、羽川は彼に聞いた。

 

貴方のお名前はなんですか?

 

彼は少し腕を組んで悩んだ後、

 

「うーん……。ジョン スミス」

 

と笑いながら明らかな偽名を口にするのだった。

 

 

 

結局彼は、その日一泊だけウチに泊まった。二人の妹は僕が誰かを泊めるのが珍しいのか、彼にマシンガンの様に話しかけ、最後にはすごく仲良くなっていた。後から聞いた話だが、二人の妹とも、彼が仲良くしてくれたお礼なのか僕と羽川と同じ様に一つだけ力になってくれると約束して契約してくれたらしい。

 

僕の親は何も言わなかった。どうやら何と無くだが彼が困っていたことを見抜いたみたいだった。

 

そして、次の日の朝彼はこの家をでて行く時に玄関に手をかけながらこちらを振り向いた。

 

「阿良々木君、本当に助かったよ。一宿一飯の例として特別だ。特別に三つ。三回君の力になろう。そう約束するし、契約する。俺の名に賭けて……いや、命を賭けてね。火憐ちゃんも月火ちゃんも正義の活動頑張ってね」

 

彼はそう言って玄関を開ける。

そんな時だった。別れの言葉を言っていた火憐が彼の背中に問いかけた。

 

“なぁ、兄ちゃん。助けてくれるとは言ったけど、もし私たちがピンチなったらそうすればいいんだ? 兄ちゃん、携帯も持ってないんだろ? まぁ、私たちがピンチなるってことはないけどな!”

 

何故か自身たっぷりな様子で言う火憐の言葉に対して、彼は後ろを振り向かずに答える。

 

「うーん、そうだな。祈る……いや、それだと神っぽいな。うん、こうだな願ってほしい。そうすれば俺は君たちの力になろう」

 

そう笑い彼は今度こそ出て行った。

 

どこまでも平凡で、どこまでも普通で、どこまでも凡庸な彼と僕はこうして出会ったのだった。

 

これが彼との出会いであり、これから先もしばらく続く付き合いの始まりだった。季節も晩春、この日も空は雲一つない快晴だったことを最後に記そう。

 

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