とらなのVRMMO ~魔法はゲームの中だけなの~【改訂版】 作:戯言紳士
「みんな!お母さんが、もうすぐ、朝ごはんができるって!」
休日は早朝から、高町家にある道場で、師範である士郎さんに、姉弟子にあたる高町美由希さんと一緒に、御神流の稽古をつけてもらっている。
今日は実戦形式で、模擬戦を何度も行ったのだが、7時を迎えようとした所で、いつものように、なのはが道場に顔を出し「朝食の準備ができそうだから、その辺にして戻って来なさい」という、桃子さんの伝言を伝えに来た。
「それじゃあ、今日はここまでにしようか。」
毎回、なのはが呼びに来るまでが、稽古の時間となっているので、今日の稽古はこれで終了。
◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆
俺は、稽古でかいた汗を、シャワーで流してから、高町家の食卓に着いた。
「ごめんね。毎回、私が先にシャワー使っちゃって。」
「美由希さんは女性なんですから、気にしなくて良いって、毎回言ってますよね?」
「まあね。でも、この歳になると、トキ君みたいな男の子にそう言われるだけで、少し若返った気分になるんだよ。」
「美由希さん、まだ、22歳じゃないですか。」
「"まだ"じゃなくて"もう"22歳なんだよ。恭ちゃんは19歳で結婚して、今はドイツだし...。どこかにいい人いないかな?」
「俺に聞かれても困るんですけど...。」
「そうだよね。」
食事中に、20代の女性の悩みを聞かされても、それに答えらるような人生経験はないので、それらしい言葉をかけるわけでもなく、素直な気持ちを言葉にした。
「はいはい。そういった話は、後で私としましょうね。」
「それに、なのはを見てごらん。美由希が刻也君にアプローチしてるんじゃないかと思って、なのはが凄い表情で睨んでいるから。」
桃子さんの助け舟の後に、士郎さんが興味深い事を言ったので、なのはを見てみたのだが、
「べ..別に、私はそんな勘違いなんかしてないし、お姉ちゃんを睨んでなんかいません。お父さんは、刻也さんに変な事を言わないで!」
美由希さん...ではなく、寧ろ、士郎さんの事を睨みつけていたのだが、長くは続かず、
「ふにゃ~。」
寝不足なのか、なのはは大きな欠伸をしてしまった。
「ふむ。どうやら、僕の勘違いだったみたいだね。すまない、なのは。」
なのはの欠伸で、場の雰囲気が緩んだ所で、士郎さんが訂正をいれて、この話は終了した。
「それにしても、なのは。昨日は、寝れなかったのか?」
小学校の遠足や社会科見学。中学でも修学旅行の前日は、今日みたいな感じだったので、今日もSLOをやるのが楽しみで、寝られなかったんじゃないかと思い、聞いてみた。
「べ..別に、今日の事が楽しみで、寝れなかったわけじゃないよ。刻也さんが帰った後も、みんなでお話したり、情報を集めていたら、寝るのが遅くなっただけだもん。」
「それ、一緒じゃないのか?」
「ちがうの!確かに、いつも寝る時間よりは遅くなったけど、ちゃんと寝たもん。」
これ以上続けても、なのはは認めないだろう。
こういった頑固な面も、昔から変わらないな。
「なのはがこんなに楽しみにするなんて、そんなに凄いゲームのかい?」
この話も、ここで終わるだろうと思っていたのだが、意外な事に、士郎さんからこんな事を聞かれた。
「凄いですね。本当に自分がそこにいるみたいな感じで、見える風景も現実と全く変わりません。それに、身体を動かす感覚も現実と変わらないので、戦闘とかは、結構良いトレーニングになるかもしれません。」
「ほう、そこまで言えるのか。だったら僕も、仕事がなかったら、どれ程のモノかやってみたいものだね。」
「士郎さんだったら、レベル1でも、ドラゴンとか倒せそうですね。」
まだ、ドラゴンを見つけた事はないが、士郎さん程の力量があれば、時間はかかると思うけど、本当に倒せる気がする。
「はは、そういうのはある程度システムで管理されているんじゃないのかい?」
「そうですね。ダメージとかは、完全にシステムで管理されると思いますけど、少なくとも身体の動きは、初期ステータスでも現実と変わらないので、士郎さんなら、敵の攻撃は全部避けられるでしょうから、1でもダメージが与えられるなら、勝てる気がします。」
「それは、僕を過大評価し過ぎているよ。」
士郎さんはそう言って話を終わらせ、空になった皿を、台所に置きに行ってしまった。
「だったらさ。トキ君も相当強いんじゃない?」
士郎さんが立ち去り、まだ半分は残っている朝食を食べようかと思っていたのだが、さらに美由希さんが話を続けてきた。
「どうなんでしょう。他のプレイヤーとは、今まで絡む事がなかったので、俺がどの程度の強さなのかは分かりませんが、対峙したモンスターで、苦戦した事はありませんでしたよ。」
「まだ始めたばかりだもんね。いきなり強い敵が襲ってくる事もないか。」
「そうですよ。何かのイベントでも発生しない限り、この地点じゃ強敵なんて現れません。」
「だよね。」
今度こそ、ここでSLOの話は終わり、俺は残りの朝食を食べ始めた。
◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆
「でもさ。仮想現実なんてモノが、実現可能になっちゃったんだね...。」
これは誰に向けられたモノでもなく、単なる美由希さんの呟きだったのだが、なのはが余計な事を言ってしまった。
「今日のお姉ちゃん、なんだか年寄臭いよね。」
「なんだと!そんな事言うのはこの口か!!」
「にゃ~~っ!!」
どうやら、美由希さんが自分で言う分には構わないみたいだが、人に言われるのは嫌みたいで、ちょっと離れた場所に座っていたなのはに向かって、身を乗り出し、昨日アリサにやられたように頬っぺたを引っ張られた。
しかし、食事中にやるような事ではないので、
「賑やかなのは構わないけど、2人とも、もう少し静かに落ち着きを持って、食べましょうね♪」
「「イエス、マム!!」」
高町家のヒエラルキーのトップに君臨する、桃子さんのもっともな指摘に、思わず軍属の女性上官に対する対応をして、速やかに朝食を口にしていった。
こうして、高町家での朝食を終えたのだが、待ち合わせの時間には、まだ1時間ほど早いので、なのはの部屋で時間を潰す事にした。
SLOをプレイするのに必要なヘッドギアは、持ってきているので、自宅に戻る必要はないため、部屋の本棚から適当に漫画を見繕い、ベッドを背もたれにして、漫画を読み始めた。
一方、この部屋の住人であるなのはは、漫画を読んでいる俺と、部屋にある置時計を交互に見ては、そわそわして、全く落ち着きがなかった。
「刻也さん。そろそろ時間だよ!」
そうこうしている内に、時間はちゃんと経過したらしく、時刻は8時30分になっていた。
「それじゃあ、行くか。」
「うん!」
読んでいた漫画を本棚に戻し、荷物を持って、高町家を後にして、テスタロッサ家へ向かった。
その道中、荷物を持っていない方の腕を、なのはに奪われ、暑さが増してくるこの時期にも関わらず、腕を組んで移動する事になった。
こういう事をする事自体は、昔から変わらないので構わないのだが、歳を重ねる毎に、道行く人の視線から、怨念めいたモノを感じるようになってきているので、人目の付く場所では控えてもらいたいと思っている。
◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆
現在の時刻は8時50分。俺達はテスタロッサ邸に到着した。
―― ピンポーン!
「はーい。すぐに開けるから待ってね!」
インターホンに出て、俺達の対応をしたのはアリシアだった。
― ガチャッ!
「いらっしゃい!もう、みんな来てるよ。刻也となのはが最後だね。」
「「お邪魔します。」」
10分前に着いたにも関わらず、俺達以外は、もう揃っていたらしい。
ともあれ、全員揃っているのであれば、準備が出来次第、すぐにでも始められるな。
出迎えてくれた、アリシアの後に続き、テスタロッサ家のリビングまでやってきた。
「あなたが刻也君?昨日、電話越しで話をしたけれど、直接会うのは初めてよね。
私が、アリシアとフェイトの母親"プレシア・テスタロッサ"よ。」
「ご丁寧にどうも。鏡 刻也です。
すみません。プレシアさんがご在宅と知っていたら、手土産を持ってきたんですけど。」
そしてリビングに入ると、昨日電話越しで見た、プレシアさんがあらためて自己紹介をしてくれたので、俺も頭を下げてから自己紹介をした。
「気にしなくても良いわよ。始める前に、言っておかなければならない事があったから、この時間まで家に居ただけだから。この後すぐに、会社の方に行かないといけないからね。」
「そうなんですか。大変なんですね。」
「そうね。それだけに。遣り甲斐を感じれられるから、充実してるんだけど、娘達との時間が減るのは、残念なのよね。」
「ねぇ!みんな揃ったんだから、早くやろうよ!」
「はいはい。分かったわよ。」
プレシアさんのこの発言に、どう返答すればいいのか考えていたら、我慢できなくなったアリシアの言葉で、プレシアさんは全員を集め、説明を始めた。
「初めに、私からあなた達にSLOをプレイする前に伝える事があります。
いくら私が開発に携わっていても、昨日の今日で何の理由もなく、6人分のヘッドギアとアカウントを用意するのは、不可能でした。
そこであなた達には、今後導入する予定のシステムの、選考試験者..つまり、テスターという名目で、何とか席を用意出来ました。」
それはそうだろう。どんなに権力を持っている役職に就いていたといても、娘がやりたがっているからという理由で、6人分も用意出来る訳がない。
「それで、導入するシステムって、何なんですか?」
「昨日も言ったのだけれど、こういったゲームにはプレイヤー同士のトラブルは付きものなの。今でさへ、そういった対応を専任された職員達は、毎日のように忙しなく仕事に追われているわ。
そこで導入する予定なのが、ブラックリストシステムよ。」
「ブラックリストシステムですか?」
「そうよ。簡単に説明すると、嫌な思いをさせられたプレイヤーの名前をそこに記述すれば、金輪際ゲーム内で遭遇する事がなくなるの。」
「でも、キャラを作り直されたら、また出会うんじゃないの?」
「公表してないけど、ヘッドギアには重複する事のない番号が割り振られていて、ブラックリストに記述した時に、その番号もあなた達には見えないところで登録されるから、大丈夫よ。」
なるほど。嫌な思いをしたら登録すればいい。登録された相手にはそれは分からないし、万が一キャラを作り直されて名前が変わっても、裏で番号を控えているから遭遇する事はないのか。
「細かく説明していくと長くなるから、あなた達はブラックリストに登録すれば、どんな条件でも登録されている間は、二度と遭遇しなくなるいう認識で、プレイしてくれればいいわ。」
「「「「「「はーい。」」」」」」
確かに、システムの詳細を聞かされても、訳が分からなくなるだけだろうし、登録すれば二度と会わないと言う事だけ、分かっていればそれでいいな。
「私からは以上よ。あと念押ししておくけど、のめり込む余りに学業を疎かにしたら、こっちの方で、ログインをロックしてプレイ出来なくするから、そのつもりでいなさい。」
これも、もっともな事なので、全員が同意した事を確認してから、プレシアさんは一人一人に、ヘッドギアを渡していった。
「それじゃあ、刻也君のヘッドギアを貸してもらえる?このシステム組み込んじゃうから。」
全員にヘッドギアを渡し終えた後に、俺のヘッドギアを貸して欲しいと言われた。どうやら俺にも、ブラックリストシステムを先行導入してくれるらしい。
話を聞いていた限り、あって損するようなシステムではないので、プレシアさんにヘッドギアを渡した。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。.........あら?」
渡したヘッドギアを、プレシアさんがPCに繋ぎ、俺達にはよく分からないが、導入作業を始めてからすぐに、プレシアさんが何かに気が付いたのか、声を上げた。
「どうかしたの、お母さん?」
「刻也君。もしかして、SLO内で"クロノス"って名前で行動してるのかしら?」
フェイトの疑問に答えずに、俺に質問を投げかけてきた。
「そうですけど...。何で分かったんですか?」
「さっきもちょっと言ったけど、このヘッドギアの番号で、β版をプレイしてのが、クロノスって名前のプレイヤーだったのよ。」
「それでですか。」
「でも、どうしてお母さんは、そんな事を聞いたの?」
「刻也君..いえ、クロノスと言えば、β版で唯一全ての生産スキルを極めたプレイヤーとして、会社内で有名なのよ。」
「刻也さん、β版もやってたんですね。」
「確かに、本サービス開始以前から、何かやり始めてたわ。」
どうやらその時から、俺の行動に不信を抱いていたらしい。
「それ以外にも、こっちが推奨していたレベルを大きく下回っていたのに、全くダメージを受けずにボスモンスターを倒してみたり、適性レベルではあったのだけれど、十数人で倒す事を想定していたボスモンスターを、クロノスと召喚モンスターの6人で倒したりと、色々私達を驚かせる動きを見せてくれたのよ。」
「...刻也さん、今朝お父さんに言ってた事を、自分でやってたんだね。」
「俺は、レベル1でドラゴンに勝てるとは思えないぞ。」
何か変な事を言ってしまったのだろうか?
PCを操作しているプレシアさんの表情は分からないが、なのは達からは呆れ顔をされている。
「まあ、刻也だし。」
「それくらいの事なら、していても不思議じゃないよね。」
「寧ろ、その程度で済んでた事が驚きやな。」
この後もプレシアさんの作業が終わるまで、β版での俺が仕出かした?事の話が続き、
「刻也はゲーム内でも刻也だった、って事よ。」
という、アリサの言葉をもって、プレシアさんの作業が終了し、俺の手にシステムを導入したヘッドギアが返ってきた。
「それじゃあ、私は会社に行ってくるから、あとは思う存分、楽しみなさい。」
やる事をやり終えたプレシアさんは、そう言い残し、仕事へ行くために家を出ていき、それを玄関まで見送った俺達は、リビングに戻り、揃ってSLOを起動した。