救済する者   作:愛すべからざる光

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※誤字・脱字があれば報告をお願いいたします。


第四話 町中の哲学者達

酒井とノアが教導院から歩き出して、早五分、正純とも合流し、山道の輸送の中継基地である関所の道上を三人で歩いていた。

 

三人は、ときに笑い、ときには首を傾げつつ言葉をかわし、山道を行く。

 

「――って話で、トーリが明日、コクるんだってなノア」

 

「そうですね。夜にも教導院の方で騒ぐから、正純も来れるよね?」

 

酒井とノアが、口端に笑みを作り、誘っていた。

 

「私は副会長です! ノアもノアで、何で止めないんだ!」

 

「総長兼生徒会長の提案ですからね、簡単には断れなかったのですよ(私がトーリのやることに対して、否定したことないんですよね、実際)」

 

「大丈夫だって。連中と同類だって見られるだけだよ」

 

「じゃあ駄目じゃないですか。――大体、総長兼生徒会長がいきなりコクるとか公言してみたり教導院で騒ぐとか……」

 

困ったように言う正純に対し、酒井は笑い、ノアも同じように笑っている。

 

「正純は、鈴さんと同じで梅組のストッパーだから、私は相当正純のことを信頼しているだけどな」

 

「そんな役割いらん!!」

 

ノアの発言に正純は、バシッ、と手でツッコミを入れていた。その光景を見た酒井はさらに笑っている。

 

「先日だって、多摩表層部の方で「ミトのことでしょう?」その事件だ」

 

「そういえば、あったねぇ、でも、あれさ」

 

酒井は横目で、ノアと正純のことを見る。ノアはニコニコしており、正純は軽く引くを彼は確認し。

 

「――あの食通貴族、ミトツダイラ家が欲しくてネイトに言い寄ってたの、知ってた?」

 

「……は?」

 

六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)からかは解らないけどさ、襲名狙ってミトツダイラ家と婚姻関係を結ぼうとしていてさ、俺とノアはネイトから相談されてたんだよ」

 

じゃあ、と正純が眉を歪めた。

 

「あの騒ぎは、酒井学長の手引きで?」

 

「おいおいおいおい疑うなよ。俺じゃないぞ。君の隣でニコニコしている奴が犯人だよ」

 

「えぇー、の、ノア、お前だったのか!?」

 

正純は思わず一歩引いて、ノアから距離をとる。正純の反応に笑みを崩さずに答えるノア。

 

「はい、そうですよ。ミトがとても困っていたので、ついつい」

 

「ついついで、あんなことされてたまるかッ!?」

 

「誰も被害を受けずに済んだのですから、いいではないですか?」

 

「あの後、取引先の人が「副長怖い副長怖い副長怖い」とブツブツ言いながら、病院に運ばれたんだぞ!」

 

笑みを浮かべたまま、自分は悪くないです、と答えるノアに正純は声をあげて怒っていた。あの後どれほど私が苦労したか、と小さく呟いた言葉をノアは聞き逃さなかった。

 

「何だか迷惑掛けたみたいだから、明日の朝・昼・晩は私が料理を作るよ。許してくれる?」

 

「……それでいい」

 

「(何だかんだで、正純君も餌付けされてるみたいだね)」

 

急に機嫌が良くなった正純は、スキップでもしそうなぐらい嬉しそうにしていた。酒井はその光景を見て苦笑いでいる。

 

「で、あの食通貴族をどうやって懲らしめたんだ?」

 

「一対一で、話をしただけですよ、ミトもその場に居ましたけど……(言えない言えない、相手の目の前で、ミトに色々させて発情させてたなんて……)」

 

「ありゃりゃ、お前さん、討論も強いから、精神的に追い込んだんだろさ」

 

酒井が煙草を吹かしながら、事件の全貌を聞き、呆れていた。正純も同じように呆れており、困ったもんだ、と呟く。

 

「そういえば気付いているか、ノア」

 

「えぇ。やはり変ですね」

 

二人は急に真剣な表情をしたので、正純は驚いていた。先程までふざけあっていた人が、急に雰囲気が変わったからだ。

 

「シロジロに頼まれていたけど、やっぱり今回は変です」

 

「何が変なんだ?」

 

鳥居型の端末を弄りながら言うノアに、正純は聞く。

 

「――ほとんど空の貨車ばかり、って、シロジロから聞いたんだけど、意味解る? 正純君」

 

「それは……」

 

はっとして、正純が声を上げた。

 

「武蔵への荷はあっても、武蔵からの荷が無い、ってことですよね。つまり、三河からの買い付け発注が少ないということですね」

 

「正解、いつもはもっと、こっちからの荷もあるんですけどね」

 

正純の答えにノアが答えた。

 

「――まるで、三河が死ぬ前に形見分けして、自らを世間から隔絶しようとしてるみたいですね」

 

「おいおい、おっかないこと言うなよ。ただでさえ三河は鎖国状態で、交流不許可とか言って武蔵とも距離を取ってるくらいなんだからさ。だがまぁ……」

 

よく解らんねぇ、と酒井が頷いたときだ。

 

不意に、上から影が来た。頭上。雲のような、大きな影が空を渡っていく。

 

「あれは――、船か」

 

三人が見上げた船影は一つではない。

 

K.P.A.Italia(ケーピーエーイタリア) 所属 教皇総長インノケンティウス所有するヨルムンガンド級ガレー“栄光丸”護衛は三征西班牙(トレス・エスパニア)の警護隊だね」

 

ええ、と正純が口を開いた。

 

P.A.Oda(ピーエーオーディーエー)は浅井攻めに集中しているうちに、神格武装の一種である新型大罪武装(ロイズモイ・オプロ)の開発要求ですね」

 

酒井とノアは頷き、ノアが口を開く。

 

「世界のパワーバランスの一端を担う、この世界に八つしかない都市破壊級個人武装。七大罪の原盤とされる人間の八想念をモチーフした武装で、使用者は暗に“八大竜王(はちだいりゅうおう)”と呼ばれていますね」

 

流石だね、と酒井が言い、続けるノア。

 

暴食(ガストリマルジア)淫蕩(ポルネイア)強欲(フイラルジア)悲嘆(リピ)憤怒(オルジイ)嫌気(アーケディア)虚栄(ケノドクシア)驕り(ハイペリフアニア)。――この八想念が、六世紀にグレゴリウス一世によって七つにまとまります。虚栄は驕りに含まれ、悲嘆と嫌気は怠惰にまとまって、さらに嫉妬(フトーノス)が追加されて七つです」

 

お見事、と酒井が言う。正純も頷きながら感心していた。

 

「そして十年前に元信公(もとのぶこう)が聖譜所有国に八つの大罪武装を送りました」

 

暴食(ガストリマルジア)M.H.R.R.(神聖ローマ帝国)

淫蕩(ポルネイア):K.P.A.Italia

強欲(フイラルジア)英国(イギリス)

悲嘆(リピ)三征西班牙(トレス・エスパニア)

憤怒(オルジイ)上越露西亜(スヴィエートルーシ)

嫌気(アーケディア):三征西班牙

虚栄(ケノドクシア)六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)

驕り(ハイペリフアニア):六護式仏蘭西

 

「三征西班牙と六護式仏蘭西が二つ持っていますが、これは八大罪が七大罪になるとき、まとめられた積みに対応してます。つまり、出力が低めの設定です。――出力が低めといっても、三征西班牙が大罪武装を持ち込み新大陸にいる機獣達を全滅にまで追い込んだという話を聞きます。神格武装や聖譜顕装と同等ですが、自由度が違いますね」

 

と言い終わると“栄光丸”を見て、

 

「今回教皇総長がわざわざ来るのは、七大罪の“嫉妬”を作らせようとしているって噂です」

 

ふーん、と酒井が反応し、両手を組んで考え事をしている正純。

 

「あの教皇総長はいいとして、二人共、大罪武装につきものの噂って、知ってる?」

 

「つきものの噂……、ですか?」

 

Jud.Jud.Jud.、と酒井が三回頷いた。

 

「――大罪武装は、人間を部品にしている、ということですよね?」

 

「おいおい、おじさんが答えようとしたことを、ったく」

 

髪を掻きながら、Jud.、と答える酒井。

 

「でも噂だからね、噂」

 

「……」

 

酒井が笑いながら正純に言う。その横で真剣な表情を浮かべて“栄光丸”の方を見ているノアがいる。

 

「……お、もう着いちゃったか」

 

話しながら三人が歩いていたら関所に着いた。

 

「さてと正純君、ここまででいいよ。あとは戻って遊んでていいから」

 

「あ、はい。あと、酒井学長、松平四天王だったら知っているかと思いますが、もし、忠勝公(ただかつこう)の息女にあったらよろしく言っておいて下さい。私、昔に同級生だったことありますから」

 

「忠勝さんの息女というと、二代(ふたよ)ですね」

 

「ノア知っているのか?」

 

「はい。武の方の本多ですね」

 

「ああ、いたなぁ。……今日来るかな? まぁ、会ったら言っておくわ」

 

有り難う御座います、と言いつつ。

 

「この後は、調べようと思ってることがあるので、それに専念します」

 

「へぇ、何を?」

 

「“後悔通り”です。それを調べると皆のことが解るから、って言われて」

 

正純は内心で思う。これも一つの踏み込みだな、と。

 

すると眼前、酒井が一つの反応を示した。

 

笑ったのだ。隣にいるノアも笑みを浮かべて嬉しそうにしている。

 

……え?

 

いきなりの笑い声に正純は言葉を失っていると、酒井は笑みの会釈を送ってくる。

 

「いいねぇ。――トーリは明日の告白というイベントを控え、皆もその祝いやら何やらの準備をするだろうし、夜には教導院でお祭り騒ぎだ。そして東宮だった東君はその身分と力を捨て、今日から武蔵での生活を再開し、三河は殿先生の指示で今夜、花火や祭だと言う。どれもこれもバラバラなようでいて、……新しい動きと、祝いの動きだ」

 

一息の後に、酒井が言葉を続けた。

 

「“後悔通り”を知ることが、正純君の新しい動きになるといいね」

 

一息。

 

「俺にもまだまだ解らないことは多いけど、それでもまぁ、……正純君が俺や、ノア、トーリ達の側に来ることを、俺は祈ってるよ」

 

酒井はそう言いながら関所へ歩いて行く。その後ろ姿を正純は見つめていた。すると肩を誰かに触られ、振り返るとノアが笑みを浮かべて正純に言う。

 

「正純の一歩は確かな一歩だよ、今日は付き合えないけど頑張ってね」

 

正純の頭を一度だけ撫で、酒井の後を追いかけていくノア。関所を越える前に、一度だけ正純の方を見て、手を振りながら関所の向こうへ行ってしまった。

 

「きっと私が悩んでいたことも解っていたんだろうな。ほんのしたことでも気遣いができるのか……優しいな」

 

正純はそう言うと来た道を戻りながら、後悔通りへと移動した。重い足取りで行くのかと思い込んでいたが、ノアのおかげで多少軽くなっている。

 

 

 

 

 

 

 

関所を越え、森の中の一本道を酒井(・・)だけが歩いていた。

 

歩いていると前方の木の陰から人影が三つあった。

 

一人は、中年過ぎの、細い眼鏡を掛けた男だった。

 

一人は、同い年くらいの、体格のいい男だった。

 

もう一人は、二人目の背後に控えた少女だった。

 

「おや、松平四天王の内、榊原(さかきばら)康政(やすまさ)本多(ほんだ)忠勝(ただかつ)の二人がお迎えとはね。――俺もまんざらじゃないってことか。井伊はどうしたよ? 榊原、ダっちゃん」

 

彼の言葉に、榊原と呼ばれた細い初老(しょろう)が、わずかに顔を上げる。

 

「それがな。酒井君、実は井伊君が「井伊については他言無用だ。忘れたか榊原」――なんですよ」

 

榊原が言っている途中で体格のいい初老の忠勝が割り込み、うやむやにされてしまった。榊原は唇を迷わせ、一度だけ酒井の方を見て、頷きと共に口をつぐんだ。

 

代わりと言うように、忠勝が半歩を前に出た。

 

「――見せろ」

 

瞬間。忠勝の背後にいた少女の姿が消えた。

 

対する酒井はが、浅く顔をあげて言う。

 

「は? おいおいおい、お前の言う“見せろ”って、大体ろくなことじゃ――」

 

言葉が終わるより早く、酒井の背後に先程の少女が移動していた。そして抜かれた刃が酒井に向けられて放たれていた。その軌道は止まることなく酒井に動いてゆく。

 

だが、酒井は視線を少女に向けて避けようとしようとはしなかった。そのまま何気ない態度で構えている。彼が何故動かずにいるか。

 

何故なら――

 

「――久し振りだね、二代」

 

「――ッ!!?」

 

彼女の口から驚きの色を含んだ悲鳴があがった。

 

酒井の背後にいた二代のさらに背後にノアが、音も無く、気配も無く、現れて二代の後ろから抱きついていたのだ。ノアの両手が前で交差するので二代の動きは止まってしまった。

 

「ノ、ノ、ノア殿!!」

 

驚きのあまり手に持っていた刀な落としてしまっていた二代。

 

「ずいぶんと速くなっていますね、驚きましたよ。色々と成長していて私は嬉しいですよ」

 

驚く二代を気にもせずに抱きしていた腕に力を込めて、さらに密着した。その行動に二代は耳まで赤くなりながら、ノアの腕の中で悶えている。

 

「私もそろそろ二代に負かされてしまいますかね」

 

「そ、それは無いと思うで御座る! 拙者(せっしゃ)なんて、まだまだで御座る。それより放してもらえるで御座るか?」

 

ノアの言った言葉に驚きつつ、否定する二代。耳まで真っ赤にしながらも言葉で放してもらえるか言う二代に対してノアは。

 

「イヤでしたか?」

 

「違うで御座る!! せ、拙者の、む、胸が爆発しそうなぐらい早くなっているで御座るよ!」

 

ノアの方が背が大きいので、後ろを振り返った二代は、ノアを見上げる形になってしまい、何よりも顔が近いので動揺を隠しきれないでいる。二代が背伸びするだけで唇と唇が、くっついてしまうぐらい近いのだ。

 

「フフフ、相変わらず可愛いですね」

 

「せ、せ、拙者が、か、か、かわ、可愛いでござるか!」

 

「えぇ、とても」

 

「――ッ!(もう無理で御座る!!)」

 

ノアは笑みを浮かべながら、さらに二代に近寄った。鼻と鼻がくっついてしまうほど近く。

 

二代の方は、もはや心臓が臨界点を突破状態だったので、自分が何を考えて、何を言えばいいのが解らなくなってしまっていた。近寄られたことにより、ノアの黄金とも呼べる瞳を間近で覗いてしまい、吸い込まれるような感覚を味わってしまっていた。彼の瞳を見つづけることができずに気絶してしまった。

 

「可愛らしい反応でしたね、二代」

 

自分の方に倒れてきた二代を優しく支え、頭を撫でていた。彼女も気絶しているのに関わらず、とても幸せそうな表情で撫でられていた。

 

「さてと、ダっちゃんところの娘さん、完全に惚の字だね」

 

「若なら全然いいから心配するな酒井、よく父親の前であんな光景を見せられるな」

 

「凄いですね、ノア君」

 

外野にいた中年三人はそれぞれ感想を述べて、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

場所は戻り、右舷二番艦・多摩の表層部右舷側商店街。

 

「ハイ、そういうわけで今ので大体揃いました? 明日の打ち上げ用の御料理の食材は」

 

という巫女服姿の浅間の言葉に、ついてきていた三つの影は頷いた。

 

行き交う人々には三河から上がってきた者や、南側の陸路からやってきたK.P.A.Italiaや三征西班牙の学生達もいる。

 

そんな中に立つ四人の内の一人、直政が艦内整備用のレンチを右の義腕回して弄びつつ、他の三人、アデーレと鈴、そして浅間を見た。

 

「人数分とはいえ、一気に買いすぎじゃないかねぇ」

 

直政の言葉が示すのは、皆が持つ紙袋の山だ。四人とも腕はおろか、肘にも釣っているし、腰のハードポイントにも懸架している。

 

「ガ、がっちゃんやゴっちゃんとか、……い、いてくれると、良かった、けど」

 

他の三人に比べ、比較的少なめ軽めの鈴が、荷物を抱え直して言う。

 

「ナイトもナルゼも、あの二人、運送の仕事してますから。今頃は艦の間を飛び回ってると思うんですけど、頼んでおくべきでした」

 

浅間の言葉に眼鏡の少女アデーレが、はぁ、と吐息した。

 

「まぁ、浅間さんもお疲れ様です。巫女服で、浅間神社の仕事、今は忙しいですよね?」

 

「はい。春先の契約関係の仕事が多くてカウンター業務が多忙ですね」

 

「でもノアのおかげで、楽になったんじゃないかね?」

 

「えぇ、ノア君が考えてくれた術式で八割の業務仕事が楽になりました。それによく手伝いに来てもくれますし、万々歳です!」

 

荷物を持ちながら体全体を使って喜びを表現しようとして荷物を落としそうになっている浅間。

 

「とりあえず、あたしらにこのまま付き合って、今日の“幽霊探し”には来るんだろ? あたしもチーフの泰造爺(たいぞうじい)に夜番の休み貰うけど――」

 

と、直政が浅草方面を顎で示した。貨物艦である浅草や品川では荷物の出し入れが行なわれている。

 

「まぁ、あっちがあるけど、ちょっと地摺朱雀(じずりすざく)で手伝ったら、すぐ行くよ」

 

直政が言い終わると、空が騒がしくなってきた。浅草と品川方面や各艦の間に、白い霧の尾をたなびかせて空を突っ走り始めた影が幾つかある。飛行種族や魔女達(テクノヘクセン)だ。

 

「武神が監視を止めたから、配達業者の連中がレースと模擬戦やり始めたね」

 

「あ、ナルゼとナイトも今飛んでましたよ? あれ、こちらに向かってきてます」

 

浅間が言っている間に、二人が四人の前に現れた。箒に乗りながら四人の前にゆっくりと降りて来た。

 

「アンタ達も“幽霊探し”参加するんでしょ?」

 

ナルゼが四人に言いながら手に持つ荷物を見ていた。

 

「えぇ、ナルゼ達も参加するんですよね?」

 

「うん、そうだよ。その為に今の内に仕事を片付けておくつもりなんだ」

 

常に笑顔でいるナイトが答えてくれた。

 

「ところで、二人共どうしたんですか?」

 

「あれ? ノアから話し聞いてないの?」

 

アデーレの問いに疑問を持つナルゼ。どうやら話が噛み合っていないようだ。

 

「ノアに「皆が大量に材料とか買うと思うから運ぶの手伝ってあげて」って、言われてるのよ」

 

「そうそう、でも報酬にノーちゃん手作りチョコレートケーキを作ってくれるんだよ。いいでしょ?」

 

『な、なんだってー!』

 

ナイト、ナルゼ以外の四人は驚きを隠せなかった。

 

「わ、わ、わたし、ここ、二週間は食べて、ません」

 

「あたしだって二週間と三日は食べていないさね」

 

「じ、自分は一ヶ月も食べてないんですよ」

 

「わ、わ、わ、私なんて一ヶ月と三週間も食べてないんです!」

 

女性陣の反応を見るからに“美味しい”ということなのだろう。荷物を持ちながら見るからに落ち込む四人。

 

「まぁ、一人一ホールずつ貰うから分けてあげるわよ。心配しなくてもいいわよ」

 

「それにノーちゃんもそうするつもりだろうしね」

 

その言葉聞き、パッと、四人は笑顔になりながら二人に、ありがとう、と言い感謝していた。

 

「それより、アンタ達の荷物持って行くから貸しなさい」

 

「はいはい。ガッちゃん行こう!」

 

四人の肩や肘に持っていた荷物を持ち、飛んで行った二人。

 

「ノアさんのケーキ楽しみです!」

 

「わ、わたしも」

 

荷物を持ちながら両手をあげて、楽しみそうにする二人を、浅間と直政が見守っていた。

 

「トーリ君もトーリ君ですけど、ノア君も慕われていますね」

 

「ノアが慕われてるのは当たり前さね、しかし、世間では織田だの大罪武装だの末世(まっせ)だのと煩いけどさ、まぁ、そんな中、一人の馬鹿の告白が通るかどうかはホント、通し道歌じゃないけど……」

 

レンチを首後ろに担いだ直政が、午後半ばの空を見上げて言った。

 

「怖いさね。……よくやる気になったもんだ、あの馬鹿」

 

そして視線を落とした直政が、浅間を見て口を開く。

 

「アンタ、うちらよりも付き合い古いよな。喜美んとこと」

 

直政に問われた浅間は、わずかに考えてから頷いた。

 

「まぁ、古いと言っても、親の関係ですし、幼い頃の記憶なんて結構曖昧ですけどね」

 

「でも小等部以前からの付き合いはアンタとノアぐらいだろ。他は皆、小等部以後。だから皆、まぁ、トーリがどういう人間は知ってるわけだが――」

 

「ま、正純さんが、ち、違います、あと、あ、東さんも」

 

鈴の言葉に、浅間は首を下に振った。

 

「正純さんは去年の転入生で、東君も中等部からの編入なので、トーリ君のことを完全には解っていないと思います」

 

でも、と浅間は首を傾げながら直政を見た。ふぅ、と吐息を吐く直政は言う。

 

「――ここにいるあたし達は、トーリと同じように、ホライゾンにことを知ってる」

 

その言葉に、浅間は、皆と共に沈黙する。一体、何を言えばいいのか、と。

 

沈黙が続きながら鈴が言う。

 

「あの、こ、この道の先って」

 

鈴が首を横に振っている理由は、

 

「あぁ、トーリとノアがいつも朝に寄っている軽食屋があるんだよな。でも安心しとけ、この時間、鈴が恐れる相手は外に出てるさ。――彼女、午後の墓参りしてんだ。知ってんだろ」

 

直政の台詞に、浅間は内心で驚きを得る。

 

「ちょっと驚きです。マサが、彼女のことに興味を持ってるなんて」

 

「――彼女の墓参りを知ってるアンタと変わりないさ。それにノアが毎朝、毎夜に墓参りしてるのを知ってるはずさね。嫌でも覚える。それに――」

 

「それに?」

 

レンチを肩に担いだまま空を見た直政にアデーレは聞いた。

 

「早朝や午後の仕事の一服に外殻の非常階段で入れてると、聞こえてくるんだよ。あの歌が」

 

「あの歌と言いますと……」

 

それも知ってるだろ? と、既に歩き出した皆の先頭となった直政が、

 

「通し道歌。あたし達が、ホライゾンと一緒に遊んだときに唄った歌さ」

 

記憶にあるのは、黒の髪と青の目の少女だ。線が細く、しかし、今思い返しても、芯が強く、優しすぎると思えるときが幾度かある娘だった。

 

「生まれが、大変な人でしたからね。……隣にいたトーリ君が、どんどん馬鹿になっていったわけですよ。あれだけシビアな生まれだと。まぁ、それを知ったのも――」

 

「彼女がなくなってからですが」

 

その言葉に、皆が俯くのを浅間は見る。

 

「今回の告白で清算の始まりか、それとも継続化、それとも心機一転なのか……どうなんでしょう」

 

「少なくとも、……オッパイ揉もうと思ってるのは確かじゃないかと」

 

「ハ、ハイっ、そこしんみりしてるときにシビアな現実言わないっ」

 

シリアスな雰囲気が漂っていたが、一瞬で吹き飛んだ。

 

先程まで暗い表情を浮かべていた皆は笑っていた。

 

「そういえば総長が言及していましたけど、総長に揉まれたことあるんですか?」

 

浅間は驚いた表情をした後、すぐに慌てて首を横に振る。

 

「いえ、ノア君しかないですよ!」

 

「そりゃ、そうさね。アサマチったらブラ着けてきた時にトーリの奴に後ろから揉まれそうになったのを、ズドンしたんだからさ。しかも追撃に四回もだよ」

 

「ちょ!? 何言ってるんですか、マサ――」

 

ははははは、と五回笑って浅間の肩を叩く直政。

 

「あ、私その日は朝練引きずって遅く来たんですけど、教室の窓が全部破壊されてたのは、そういう理由だったんですね。よく総長無事でしたね」

 

「そ、それ、は、トーリ君、だもん」

 

「それは確かにな」

 

「ははは。というか、マサだって触られそうになった時に地摺朱雀(じずりすざく)呼んで、ボコボコにしてませんでしたか?」

 

いいじゃねぇか、と直政が言った。

 

「――ひょっとしたら明日から、こういう話もしにくくなるかもしんねしさ」

 

そうかもしれませんね、と浅間が返す。鈴やアデーレも頷いていた。

 

「ま、そこらへん、喜美も解ってんだろ。さっき解散する際に、別れ際に、トーリが“後悔通り”に行って見るって言ってたからな」

 

「トーリの馬鹿は、あれから十年、“後悔通り”を歩いたことがない」

 

解ってるよな? と直政が言葉を続ける。

 

「今日の朝だってワザと遅刻したんだろうさね。ヤクザ事務所から帰ってくる時にノアの奴にも言われていたしね。「また逃げましたね」ってね」

 

「そうですね。順番的に次は右舷の方、“後悔通り”を通る可能性が高かったですね」

 

浅間が答えると、アデーレが奥多摩の方を見た。眼鏡の奥の目を細め、

 

「では、あの、喜美さんが階段に座ったままだったりするのは――」

 

「馬鹿な弟が、“後悔通り”を通れるかどうかを見守っているのさ、馬鹿な姉として」

 

馬鹿な女さ、と直政が一歩を先に行きながら言う。

 

「それでいてあたし達も馬鹿さ。ここにいる皆、いや、うちのクラス全員は、あの馬鹿女やノアに頭が上がらない筈だ。何しろ――」

 

何しろ。

 

「トーリを向こう側に行かせなかったのは、あの馬鹿女、そしてその行動を支えたノアなんだから」

 

その言葉に、皆が歩きながらも息を詰める。周囲の、商店街の物音や賑やかさも気にならぬという風に、しばらく無音が続き、だが、

 

「そうですね」

 

と、ようやく浅間は自分の言葉を得た。

 

「ノアが喜美の行動を予想していたからこそ、トーリは立ち直れた……喜美が目を覚まさせ、ノアが二人を後押しした」

 

皆より先を行く直政が語りだす。

 

「ノアの手紙……あたしも見たけど、泣いてしまったさね。自分でも何でだか、解らなかった。浅間やアデーレだって泣いたよな?」

 

振り返って聞く、直政に浅間やアデーレはビクッと、体が反応した。

 

「あ、あの手紙は、字が綺麗とかいう問題ではなかったです。まるで自分の命を掛けて書いた気持ちが字から伝わってくるのを感じました」

 

「だ、だって、あんな、一生のお別れのような文章を見たら、泣いてしまいますよ!」

 

「わ、私も、読んで貰って、泣い、ちゃった」

 

三者共に泣いたことを話した。

 

そのことを聞いた直政は、やっぱりな、と言いながら言う。

 

「四年後に何事も無かったように戻って来たときは、驚きと嬉しさで、発狂していたね」

 

「荒れましたね」

 

頬を指で掻きながら思い出している直政に浅間も便乗する。

 

「ノアさん自身は悪くないのですよね……」

 

「と、トーリ君が、てがみ、捨てちゃった、のが、げんいん」

 

「あの馬鹿が、ノアが送った手紙を(ことごと)く捨てていたってね。その枚数156枚!」

 

「トーリくん曰く、「英語で書かれたらわかんねぇよ!“NOA”じゃなくて、カタカナで“ノア”って書けよ!」その後、私達がボコボコにしましたね」

 

うんうん、と頷く面々。

 

「でも、全ての始まりが、――ホライゾンなんだと私は思います」

 

「ホライ、ゾン……」

 

鈴が、うつむきながら口を開いた。

 

「や、優しい人、だったの」

 

鈴が小さな声で言った。その上で、あのね、と前置きする。

 

「し、知ってる? ノア君やトーリ君、私を呼ぶとき、初めに、いいですか、とか、御手とか、おーいとか、あのさぁ、とか、絶対言うの。そして、わ、私に手を差し述べたり、触れるとき、あ、あの、手を、こ、こうやって」

 

浅間を含む皆の視線の先、鈴の手が、自分の制服の腰のあたりを拭うように触れた。

 

それは手を拭うような動きに見える。衣擦れの音を含むものだ。

 

「これ、あ、合図なの。――私、眼、み、見え、ないから、いきなり名前、呼ばれたり、触れられると、び、びっくりして、迷惑掛けるか、ら、だ、だから、先に別の声や音、って」

 

「あぁ、あたしらも、真似してそうしてるっけね。小等部の時にノアや馬鹿がそれやってるって気づいたときは、ノアがそういうところ気にするのは知っていたけど、あの馬鹿細いところで点数稼ぐもんだと思ったけど……」

 

ううん、と慌てて鈴が首を横に振った。

 

「ホライゾンが、それ、始めたの」

 

息を吸う。

 

「トーリ君、ホ、ライゾンが居なくなっても、……忘れ、なかった、の。四年間いな、かったのに、忘れなかった、の」

 

そっか、と直政が言った。悪かった、とも。

 

「ホライゾンか……面倒見が良くて、気が利いてた子だった。ノアとそっくりだよ」

 

「ノア君の後ろに良く付いて行って、まるで兄妹のようでしたね」

 

直政と浅間が言った。言った後、すぐに正面から声が来た。

 

「あれ? 君達も結局こっちで買い物?」

 

この声は、と顔を向ければ、正面尾歩道を幾人かの男子生徒が歩いていく。

 

やはり紙袋を抱えたネシンバラやウルキアガ、シロジロにハイディといった面々だ。

 

「何だいアンタ達、明日をどこまで祭にする気だい」

 

「あ、僕達のは今夜分だから。でも、――食材とか被りそうだなぁ」

 

ネシンバラの苦笑に、皆もつられて苦笑する。

 

「でもノアさんが料理するなら大丈夫だと思いますよ」

 

「確かにね」

 

「それもそうだね」

 

アデーレの発言に直政、ネシンバラが頷きながら答えた。

 

「ノア君がここを紹介してきたから、ここに来たんだよね」

 

と、ハイディが逆側の歩道、左舷の店の並びを見た。

 

皆がつられて見る先には、一軒の軽食屋がある。パン屋と兼業の店で、今の時刻は準備中。店主の女性は店先の掃除をしながら隣接商店の主人達と談笑していた。

 

浅間は、鈴がこちらの背後に回ったことに気づく。だからそれとなく、小さな声で、

 

「鈴さん、去年以降、ここに来たこと無いんでしたっけ」

 

「うん。……違ったら、こ、怖いから」

 

そう、と頷いた浅間は、腰のバインダースカートに軽く触れてから鈴の肩を支える。

 

そのときだった。軽食屋の女店主が振り向いた。彼女はこちらに気づくと笑みを見せ、

 

「何だい何だい、今日は朝から教導院の客が多いね。ノアも来たけど、まだ時間外だよ?」

 

「あ、すいません」

 

と返答したのはハイディだ。ハイディは頬に手を当て、浅く一礼してから、

 

「あの、……ひょっとしたら、明日、お騒がせするかもしれませんが」

 

「宴会でもやる気かい? だったらP-01sにも頑張ってもらうとしようかな」

 

はは、と笑う彼女にハイディが言葉を告げるのを浅間は聞いた。

 

「宴会……、そうですね。はい、大丈夫だと信じてます」

 

一息。

 

「楽しい宴になることを、皆、祈ってますから」

 

 

 

 




更新が遅れてすいません。

ちょっと右眼を怪我してしまって、片目で生活しているので、何かと不便すぎて、手が回りませんでした。

くそ、学校の友達には“中ニ病乙”と言われて、片目で何が悪いぃぃぃぃ!!

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