救済する者   作:愛すべからざる光

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第五話 酒房の清純者

酒井とノアは本多忠勝らに付いて行きながら移動し、ある民家の中に入って話をしていた。

 

移動している途中にノアがお姫様抱っこで二代を運んでいたのだが、気絶していた二代が目を覚まして一悶着あったのは余談だ。

 

 

 

 

 

 

「――というわけだ。昔の記憶なんぞ、悪い記憶しかない」

 

「いいかぁ、そういう昔を忘れて心機一転、左遷でいじけてたお前に対し、ようやく十年ぶりに我らが会おうと言い、昔なじみの場所まで予約とって用意したというのに――」

 

と、奥の卓を囲んで親父組三人と少女一人、少年一人という面々がおり、忠勝が酒を飲み干したジョッキを声と同時に卓へ叩きつけた。

 

「酒井、若に迷惑掛けてないだろうな?」

 

「あのな、俺がノアに迷惑掛けているわけないだろ! なぁ、ノア?」

 

忠勝の言葉に対して酒井は笑いながら答え、ノアに聞く。

 

「迷惑をかけているといえば……YESです」

 

少し考えて言うノア。

 

「ちょ、俺がいつ迷惑かけているんだよ」

 

ノアの答えに納得できずに聞く酒井に対して、忠勝や榊原は「ほらみろ」という表情を浮かべていた。

 

「いえ、私自身ではなく、武蔵さんや奥多摩さんに迷惑をかけているのですよ」

 

「ほぅー、武蔵の自動人形にか」

 

「へぇー、自動人形にですか」

 

ノアの言葉に忠勝榊原が興味深そうに聞いている。

 

「えっとですね。業務の仕事を奥多摩さんに頼んだりして、自分は街に出て視察というなの遊びをしながら和菓子を食べて仕事をしないと聞きました」

 

「げっ!(心当たりしかないんですが!)」

 

ノアの言葉に明らかに動揺している酒井。自分の内心で思い当たる点がありすぎて困っているようだ。

 

「私と武蔵さんが酒井学長の行動を監視してハッキリと分かりました酒井学長はとるに足らない存在であると」

 

「ぐはぁッ!」

 

ノアの話を聞いた酒井は仰向けに倒れて衝撃を受けたようだ。

 

「父上にノア殿、出来れば改めてご紹介を――」

 

 

 

 

~ 本多・二代 side ~

 

 

剣を学ぶ本多・二代にとって、父である忠勝を含む松平四天王は特別な存在だ。

 

現在、三河は人払いや新名古屋城の稼動による怪異の多発によって、人が少なくなっている。数少ない人間の重臣として残っているのは父や榊原だけで、他は自動人形に襲名権を奪われたり、辞退して去っていた。

 

今日は昔なじみの人と会うという……実質、松平四天王のリーダーとされる御仁。

 

昔に会っていたことがある。話もしたことがある。が、十年以上前のことで、よく覚えていないし、相手の存在の価値も意味も解っていなかった。単なる猫背のオヤジだとばかり。

 

そしてもう一人、酒井と一緒に訪れてくれた人物、ノアという人物だ。二代の中で彼は特別な存在であり、恩師であり、初恋の相手でもある。彼なしの人生などありえないほどの存在価値を二代は思っている。

 

今、目の前には酒井、隣にはノアがいる。ノアと肩が触れ合いそうなぐらいの距離で酒井の言葉を聞いている。

 

「あ、俺、酒井・忠次ね。君のお父さんとかよりマジ偉いから。俺と君のお父さんは地元組で、そっちの榊原と、ここにいない井伊は編入組。三十年前だっけ、武蔵アリアダスト教導院が武蔵に出来た時に、こいつら余所から入ろうとして入れなかったの」

 

「あの時期は、アリアダストが開放的であることを示すために異国人の編入を第一としてましたからな。私や井伊君は神州のためを思って編入を辞退したまでです」

 

「うわ言い訳上手いね、ともあれ学生時代は殿先生、――元信公が学長兼永久生徒会長だったから、俺が総長で、君のお父さんが特攻隊長」

 

「副長っていえよ馬鹿野郎」

 

「んで、井伊が副会長で、この榊原がまた口先だけの男でなぁ」

 

「口先……」

 

榊原は麦茶を飲んでいたが、二代やノアの視線を受けると慌てて手を振り、

 

「べ、別にそんなことは無かったですぞ! 書記で、文系としての能がありましたしな!」

 

そうだっけなぁ、と父と酒井が頷いていた。

 

「そうですね。榊原さんは文系能力に長けていたと思いますよ。私は文章でしたか見たことありませんが、武蔵の書記・軍師のネシンバラが高く評価していましたね。これにサインを頼まれましたのでお願いします」

 

「おほほ、お安い御用ですよ。いくらでも書いてあげます」

 

上機嫌になっている榊原はノアから渡された本に自分のサインをしていく。満面の笑みで複数サインをしていく榊原は誰が見ても嬉しそうであった。

 

一方、日本酒ピッチャーを掲げた酒井は笑みを浮かべて二代に問う。

 

「ダ娘君、そろそろ体育会系親父の洗脳解ける年頃でしょ? 反抗期でしょ? うちの教導院来ない? 君みたいなの、かなり欲しいなぁ俺。本多・正純もいるよ? 憶えてる?」

 

ダ娘……、と、二代は口端を歪めてつぶやく。だが、今の言葉には見知った名前があった。

 

「正純とは、中等部以降、あまり顔を合わせておりませんぬが、武蔵に行ったと聞いておりました。今は何やら副会長になっているとか……」

 

「そうですね、正純は副会長ですよ。私も二代が来てくれれば嬉しいですよ」

 

この一瞬、二代の心はすぐに武蔵に行こうという考えで決まっていた。酒井の言う事よりもノアに言われたことで、すぐに決心がついてしまった二代。

 

「――では、すぐに支度してくるで御座る」

 

「待てい、二代」

 

その場から立ち上がり、すぐに自分の部屋に戻って荷造りを始めようとする二代の首根っこを掴み座らせる忠勝。

 

「今回は安芸までの安全とかを調べるのをお前に任せてあるんだぞ。そのお前がいなくなってどうするよ」

 

「あぅ、申し訳ないで御座る」

 

忠勝から容赦ない鉄拳を頭に喰らい、その部分を痛そうに撫でる二代。

 

「安芸まで行って戻る際だが、そこからは先は降りるなり何なり好きにしろと言っただろう」

 

「好きにとは――」

 

酒井の問いに、父が答えた。

 

それは、先日に父と決めたこと。これから先の己の身の振りとして、

 

「――全部、自分で決めろってことだ。だから、そのとき誘え。二代が武蔵やお前が必要だと思ったら、そっちに加わるだろう。我の名を襲名しよう思うなら、また別のこともするであろうよ。そういうことだ」

 

父が言った。

 

「これから先、世が動く。――娘くらいは、好きに動かせてやりてえもんだ」

 

「いいよなあ」

 

……え?

 

酒井の目が、こちらを向いた。酒井は、わずかに眉をたてて笑みで、

 

「松平家最強、いや、極東側の東国側において"東国無双"と言われた本多・忠勝が選んだ逸材だ。――育てて面白かったろう? どれだけ期待してんだホントに」

 

「お前、我を褒めてるようで二代しか興味ないな」

 

「当たり前しょ。引退決めつつまだ副長やっているジジイより若い子の方が騙しやすいし。しかし"西国無双"の立花(たちばな)宗茂(むねしげ)が三征西班牙の大友で襲名されちまったから、こっちはコネで何とかならないかと思ってんだがなぁ」

 

酒井が一息つく。対する二代は、内心の振るえをとどめるのに精一杯だ。

 

松平四天王の元リーダー。十年のブランクをおいた彼を試すため、父の命令で私服の彼に先ほど仕掛けた。それも、加速術式の準備を整え、父から相手の癖を聞いた上で、だ。

 

だが結果はノア殿に抱擁されて撃退されてしまった。

 

術式移動していたにも関わらず、気配すら感じさせずに。

 

……自分に確かな力があるのかどうか、不安があり申す。

 

先ほど名前の出た立花・宗茂は、昔に西国無双と呼ばれた西国の強者、立花・道雪(どうせつ)の養子であり、既に各地を転戦していると聞く。

 

いずれ自分も、と思っていることが、とうとう現実になる。

 

ノア殿の隣に立ってるよう励み申す。

 

~ 本多・二代 sideEnd ~

 

 

 

 

 

遠く、店の外から足音が響いてきた。二代が店の出口を見て、入ってきた足音の主を、

 

「――鹿角(かづの)様」

 

「Jud.」

 

答え、座敷の上がり口で足を止めたのは、長身の侍女服姿の自動人形だ。耳の位置から上に伸びる黒の角型感覚器を見た酒井は、手にしていたジョッキを思わず取り落とし、

 

「げぇ、鹿角……」

 

「Jud.――下らない。どなたかと思えば酒井様ですか、それと――」

 

彼女、鹿角は半眼で視線をもう一人の方に向けた。

 

「お久しぶりです鹿角さん。相変わらず美しいままで」

 

「ノア様も更に磨きがかかったと思いますが」

 

はい、と答えるノアは鹿角の前で膝をつき、手を取り、優しく彼女の手を包んだ。

 

「鹿角さんも暖かいですね。あの子と一緒だ」

 

彼女の手の体温を感じ、そしてこの場にいない人のことを思う。数秒そうして手を離した。

 

「すいません、いきなり手を握ってしまい、紳士として恥ずべき行為でした」

 

「いえ、お気になさらず」

 

鹿角はノアに握られた手を多少見た後に言う。自分でも理解できていないものが内心で渦巻く鹿角に酒井が話す。

 

「おやおや、鹿角もノアの前では何も言えないようだね」

 

「左遷からのこのここんなところにやってきて若い未来ある少女と少年に対してサービスもせずに酒飲みとは、たいした大人だと判断できます」

 

「……ダっちゃん、十年前と同じで、相変わらずこの女、ダっちゃんとこ?」

 

「しょうがねぇだろ、コイツが一番うちの女房の料理の再現出来るし、女房の剣筋の再現出来るし、礼儀作法とかも、人に教える分はちゃんと出来てなぁ」

 

Jud.と、鹿角が頭を下げた。

 

「現在は、私が二代様の基本師範を務めております。二代様も年頃の女性ですが、忠勝様ときたら風呂に入ろうとか焼き肉屋行こうとかかなり駄目ですので。――情けない」

 

「ああ、昔からダっちゃんのダは駄目人間のダだからねぇ」

 

酒井が言った間だ。その眼前に、右目の正面三センチの位置に、鋭いものが突きつけられた。

 

竹櫛(たけぐし)だ。

 

焼き鳥を刺していた一本の竹櫛が、宙に浮き、こちらの右目に向けられている。

 

見れば鹿角が右の手を肩の高さに突き出していた。

 

「――重力制御の有効範囲内として充分です。忠勝様はこんな駄目でも当家の主です。愚弄はおやめ下さい」

 

「ダっちゃん、この女、相変わらず“自分はいい、他人は駄目”の鬼ルールかよ。主だったら何とかしろよ。十年以上これってのは、自動人形として人格壊れてるだろ」

 

「我、口喧嘩は弱くてなぁ」

 

忠勝の後に鹿角が口を開こうとしたがノアが割り込んできた。

 

「ていっ」

 

「うっ、イタ、何をするんだノア」

 

軽く酒井の頭をチョップした。

 

「自動人形にもそれぞれちゃんとした人格があるんです。それを「壊れている」なんて失礼極まりない、以後、気をつけて下さいね、酒井学長」

 

「Jud.jud.分かりましたよ」

 

「――学長」

 

「すいませんっす!」

 

曖昧に答えた酒井に冷めた笑顔浮かべて、ちゃんと謝らしたノア。ノアの笑みの後ろに般若の仮面を見た酒井は一瞬で土下座をした。

 

「ありがとうございます、ノア様。酒井様も以後、お気をつけ下さい」

 

ノアの事を一度見て、酒井の方に向き直った鹿角は言葉とともに、竹櫛が皿に降りて他の櫛と並ぶ。

 

それと同時に、鹿角が一礼して告げた。

 

「そろそろ二代様の船の準備をお願い致します」

 

Jud.Jud.と、忠勝が立ち上がり、二代も一礼して身を立たせた。

 

さてなあ、と背を向けた忠勝は、しかし、右の手を軽く上げ、こう言った。

 

「――では、我はここまでだ。この先、しっかりやれよ」

 

 

 

 

 

 

そして女二人と男一人、どれも武者の力を持つ三人が料亭から出ていくのを、酒井、榊原、ノアが見送ろうとしていた。

 

「二代、ちょっといいかな」

 

「はい、なんで御座るか?」

 

別れ際に二代を呼び止めてノアの真正面に立たせる。

 

「ちょっと手を出しくれないかな」

 

「……?」

 

ノアに言われるがままに右手をノアに向けて出す二代。

 

「――はい、これプレゼントね」

 

「ブレスレットで御座るか」

 

手首の方にブレスレットを付けてあげるノア。そのブレスレットを珍しそうに見る二代は嬉しそうである。

 

「そのブレスレットには色々と加護が付いているから、大事にしてね」

 

「はい! 大事にします! 片時も離さず付けているで御座る!」

 

ブレスレットを大事に握り、ノアに詰め寄り笑みを浮かべている。詰め寄ってきた二代を抱きしめながら頭を撫でるノア。

 

「また会えるのを楽しみにしていますよ、二代」

 

彼女の耳元で呟くノアに対して体を一瞬だけ震えさせる二代。

 

「せ、拙者も、た、楽しみにしておるで御座る。(み、み、耳元はヤメてほしいで御座る)」

 

二代が動揺しているのを確認して離れる。抱き合っている状態から離れた二代は、あっ、と

寂しそうな声を漏らしていた。

 

「今度会ったら色々しようね」

 

彼女に一声かけて忠勝と鹿角がいる方へ優しく押してあげた。今の一言で何かを思ったのか、ブツブツ言いながら忠勝達と合流した。

 

「じゃあな」

 

「失礼いたします」

 

忠勝は手を上げて言い、鹿角は一言の後に一礼して歩いて行く。その後姿を三人で見守った。

 

「では、私もここで退散します。酒井学長と榊原さんはまだ話したそうなので、私一人でお先に失礼しますね」

 

最後の言葉のあとすぐにノアが二人の前から消えていた。ノアの周りにあった落ち葉が少しだけ風で舞っている。

 

「ノア君には隠し事はできませんね」

 

「空気を読める奴だな、たく」

 

榊原から、少し歩こうと言われ、歩きながら話しをする二人。

 

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