ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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これでようやくディーノがダイになるフラグが整いました。
やっぱりデルムリン島でブラスじいちゃんに育てられてこそのダイだと思うので。
代償として、かなりバランが可哀想な感じになってしまいましたが…。

なんだかこのゴルゴナ、ドラクエVのゲマ的なポジションになりつつあるような…。
ものすごくダイに因縁深いボスになってきてます。



独りになった竜の騎士

狂った雷竜とバランとの戦いは、まさに激闘であった。

王国全土を焦土にする規模のボリクスのギガデインをかいくぐり、

十太刀ほども剣撃を浴びせたが、

闘気剣で斬りつけるだけではただアンデッドの異種再生を誘うだけだ。

得意とするギガブレイクは、ボリクスには効果が薄い。

紋章閃での貫通は異種再生の誘発こそ少ないが、

闘気の消費と与えるダメージの効率が悪すぎた。

 

「く…! ヴェルザーに匹敵するか…!

 いや、あの死霊使いの力が付与されている分、こいつの方が厄介だ!」

 

バランは奥の手のマックスバトルフォームを出し惜しむ。

魔獣の形態をとれば敵を全滅させるまで変身は解除されず、

彼の思考は闘争一色で埋め尽くされ、辺りは破壊に包まれる。

ボリクスのタフネスと再生能力、

そして雷竜の周囲に大発生しているアンデッドの群れを考慮すると、

竜闘気砲呪文(ドルオーラ)を使いたい所ではあったが

あれは手加減して撃てるような呪文ではなく、

戦場であるアルキードは……どれ程かはわからぬが甚大な被害をうけることは間違いない。

妻の記憶にある風景は全て失われるだろう。

 

「ぎ、ギギィ……! グルォオオオオオ!!」

 

”激しい炎”を腐敗臭とともに吐き出す爛れた口。

自らが生み出した亡者ごとバランを焼き払わんとするが、

 

「紋章閃!」

 

圧縮された闘気の閃光が炎を切り裂きそのままボリクスの腐肉を穿つ。

低く唸る雷竜が、痛みによって更に怒ると、

 

「イ、痛イィィィ……グアアアァァァ! ギガ、デインッ!!」

 

開け放った大口に唱えた電撃を受けた。

猛り狂い、雷と暗黒闘気を纏った口牙で

バランを食らおうとするボリクスの一撃はさしずめ雷竜版ギガブレイク。

アルキードを消し飛ばす覚悟がつかぬバランは、

 

「ぬぅ…! ギガデイン!」

 

もっとも頼りになる技で迎え討つ。

 

(ボリクスの雷牙…! 極めてギガブレイクに近い性質の必殺の牙…!)

「ならば! 私のギガブレイクを上乗せしてやる!」

 

(ドラゴン)の騎士の闘いの遺伝子が、ドルオーラを用いぬ突破口を見出す。

自分の経験とセンスがあれば、ボリクスの雷牙にギガブレイクを合わせ

その力をボリクスの口内で暴発させることも可能。

そう判断したバランは突進し、

 

「ギガブレイク!!」

 

高められた竜闘気と暗黒闘気、そして2つのギガデインがぶつかり合う。

真魔剛竜剣とボリクスの牙の間に激しいエネルギーの奔流を生み出し…

弾けた。

轟音とともに強力な閃光と爆発が起きて、バランを遥か後方に弾き飛ばす。

ボリクスの巨体と重量に遮られた衝撃波が逃げ道をバランに求めた結果である。

しかし、

 

「…勝った!」

 

ダメージは全てボリクスへと流れていた。

首どころか、上半身全てが吹き飛んだ腐敗竜。

残された後ろ足と皮一枚で繋がる尻尾が、だらりと垂れ下がっていた。

空中に静止していたボリクスのそれらも、

やがて力を失って眼下のアルキード城へと堕ちていった。

大物を倒した今、残すは異形の雑魚どもだけだ。

10秒もかからず雑魚を瞬殺したバランは、そのまま残心し感覚を研ぎ澄ますが、

 

「………気配がない。

 あの死霊使いは……いったいどこへ消えた?

 趣向を凝らした遊戯…と言っていたが、一体……」

 

不吉な風がアルキードの荒野に吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、アルキード周辺を探索したがあの黒い死人使いは見つからなかった。

バランは、一抹の不安を覚えながらもルーラでの帰還を選択した。

行きと同じように眼下に望むベンガーナを見ると、人々はバランが来た方角…

アルキード王国がある南方を見ながら大変な騒ぎ様だ。

ベンガーナにもアルキードからの使者は来ただろうし、

しかも先程バランとボリクスが起こした雷光はこの国の人々にも確認できただろうから、

この騒ぎっぷりもしかたないだろう。

 

(ベンガーナにも……アルキードの者の血縁は、きっといるのだろうな。

 そしてその逆も…。 私が間に合わなかったばかりに……)

 

空を駆けながらそこまで考え、すぐにバランは考えを改めた。

いや、改めざるを得なかった。

 

「!? な、なんだ…あれは! そ、そんなバカな!!」

 

もうじき見えてくるはずのテラン王国。

寂れた…しかしのどかで平和な、愛する家族が待つ優しい国。

のどかな風景が、一変していた。

 

「ば、馬鹿な!! こんなバカなことがあるものか!!

 おお、聖母竜(マザー)よ! 神よ!!!」

 

テランの空が煌々と明るい。

それは、日が沈み夕焼けが空を染めているから、だけではない。

テラン王国の全てが紅蓮に包まれ燃えていた。

既にこの距離からでも熱風を感じる。

火事……ありえない。

放火……それでもありえない。

戦争……それでもここまでにならない。

王国の全土を焼くなど、人智を超えた所業であった。

それができるのは、竜魔人となったバランか先のボリクス……或いは強大な魔族。

 

「ソ、ソアラぁぁぁ!! ディーノ!!!」

 

バランの耳に、今にも奴の”唸り笑い”が聞こえてきそうだった。

彼は確信した。 この悪魔の所業は、『奴』の仕業であると。

迫る炎など物ともせずバランは大火に飛び込む。

地表を飛翔呪文(トベルーラ)で滑り飛ぶバランの鼻に、肉の焼ける臭いが否が応でも感じられる。

原型を留めぬほどに破壊された人の死体が、そこら中で燃え盛っていた。

今もなお隆盛に燃え続けるテラン城に辿り着くと、

その正門付近に投げ捨てられるように倒れた人間達の姿が。

 

「近衛と……フォルケン王!」

 

急ぎ駆け寄るバランが素早く彼らの状態を診てやると、

 

(近衛達は…もうダメか…! だがフォルケン王はまだ助かる!)

 

バランは腰袋内の薬草を引っ掴むと、

己の血を葉になすりつけてからフォルケンの痛々しい傷口に貼り付け、口にも含ませる。

死者をも蘇生させるという伝説の竜の血の力が、薬草の回復力を助けているはずだ。

 

「う……バ、バラン殿か。 我が国に来てくれた…物好きな若者と…思っておったが…。

 急に体が楽になってきた………あ、貴方は何者だ…?」

 

弱々しく目を開いた老王は、100人にも満たない己の国の国民の名を全て覚えている。

若夫婦がテランに越して来たと聞いた時は随分喜んだものだ。

 

「私のことは後で説明しよう。

 そんなことよりも! これは一体どういうことなんだ、フォルケン王よ!」

「そ、そうじゃ…! し、城には……まだ生きている民が…!

 く、黒い魔族が……テランを襲ったのだ……! 奴は…まさに…あ、悪魔。

 奴は、まだ城にいるはずだ………た、頼む、バラン! 我が民を助けてくれ!

 そなたの妻……ソアラと、赤子も…!」

「!!」

 

バランの顔色が変わる。

思わずフォルケンを抱える腕が振るえ、老王を落としそうになってしまったがグッと堪え、

フォルケンを地に優しく寝かせると、「そこの女!」と叫ぶ。

 

「は、はいぃ!」

 

と狼狽えながら物陰から飛び出してきたのは幼子を連れた初老の女性。

 

「名は!」

「ナ、ナバラでございます!」

「よし…ナバラ! フォルケン王を頼む! 瞬間移動呪文(ルーラ)を使えるのならそれで逃げるのだ。

 使えずとも、できるだけ遠くに……街道沿いをひたすら歩き、テランから離れろ!」

 

初老の女性に、ろくに動けぬ老いた傷病人を連れて歩いて逃げろ、というのは些か酷だが。

ナバラと幼子がこくこくと頷いたのを見て、バランは城内へ駆け込んでいく。

 

「ソアラーー!! ディーノ!!」

 

城内には女子供が避難していた。

己が妻子以外にも生き残りがいないか気を配るバランだが、

その目に写るものは……死体、死体、死体、死体。

焼け爛れた死体達は、皆、一様にその胸に何かを抱きすくめた姿で炭化しつつある。

我が子を最後まで守り死んでいった母親達のそれであった。

 

「――ッ!!!」

 

バランの心に”込み上げてくる”ものがある。

それは母達への称賛であり、それでも守りきれなかったという事実への憐れみの情。

この凄惨な光景を生み出した”あの死霊使い”への留まることを知らぬ怒り。

そして……焼死体の中にソアラとディーノがいないことへの安心。

 

(私も……随分と醜い)

 

醜い感情を自覚しながらも、

それでも格別に愛しい妻子を最優先としてバランは城内をくまなく探す。

焼け落ちてくる瓦礫を払いながら突き進むと、

やがて地下の宝物庫に辿り着き……

 

「ソアラ!! ディーノ!!」

 

扉を開け放ったバランの声に喜色がにじむ。

が、すぐにそれは悲痛な色を帯びた。

ソアラは床に倒れ、そして彼女が常に慈しんで抱いていた赤児が…

我が子ディーノの姿がどこにも見えない。

 

「ソ、ソアラ!!」

 

バランの声に反応したソアラが朧気に意識を取り戻す。

叫んで駆け寄ろうとしたバランに気付いた彼女は

苦しそうに頭だけをもたげ、

 

「来てはダメ!」

「なにを言う!?」

「そ、そこに罠が! 気をつけてバラン!」

 

咄嗟に足を止め、素早く足元を注視するとそこには半透明状の魔糸が張り巡らせていた。

うぬ…!とばかりに一気呵成に魔糸を豪剣で切り裂いたバランだったが、

 

「余計なことをしてくれる………手間を掛けさせおって」

 

「あ! あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

聞き覚えのある邪悪な声が聞こえた直後、

ソアラに激しい黒きスパークが襲いかかりその美しい体を蝕んだ。

 

「ソ、ソアラ!! やめろぉぉぉ!!!」

 

瞬時に気配を掴んだバランが真魔剛竜剣を下段に構え跳び進む。

が、

振り上げようとした剣をピタリと止めた。

ズズズ…と、徐々に空間にハッキリと姿を現しだす黒き背虫の魔族の姿。

 

「き、貴様…!!」

 

その魔族の異形の虫腕にかかえるように抱かれているもの。

白い布に包まれた、人の赤ん坊。

見間違えるはずがなかった。

それは間違いなくバランの一子、ディーノ。

 

「ぐぶぶぶぶ……よくぞその剣を止めたな。

 あと少し遅ければ、貴様の子が真っ二つになっていたぞ?」

 

肩を揺らす冥王を、射殺さんばかりの怒気が篭められた視線を向け、

すぐさま左腕を伸ばし我が子を取り戻さんとしたバランだったが、

 

「ぐぶぶぶ……無駄…無駄…!」

 

フッ、と消えたゴルゴナはそのまま宝物庫の鉄扉付近まで瞬間移動し、

薄気味悪く笑い続ける。

ゆっくりと大きく鋭い爪を布上で滑らせ、抱きかかえるディーノの柔らかな頬へ浅く突き刺す。

 

「ふぅ、ふえええええ! ふあああああぁ!」

 

ほんの少しの血が柔肌に滲み浮かび、赤児が泣く。

 

「やめろ! その子はまだ赤ん坊だぞ!!」

「あ、あぁ…! お願い…やめて! 私ならどうなってもいいからディーノだけは!」

 

必死の父母を嘲笑う冥王のくぐもった声と幼子の鳴き声が、宝物庫に虚しく響く。

 

「グブブブブブブ…!

 アルキード王を拷問したらあっさりとその女のことを知ることが出来た。

 あの男は、軍勢を整えテランへおまえを討伐しに行くつもりだったようだぞ…バランよ。

 地上の希望……竜の騎士を討伐しようとは、

 人間の愚かさの……なんと愛おしいことか」

 

バランとソアラの表情は、心中の複雑さを物語っているようだった。

冥王の虚言かもしれない。 そうであると信じたい。

だが、その一方で2人は…アルキード王ならばそうしかねない、とも思っていた。

 

「ぐぶぶぶぶぶぶぶ………そして、テランに来てみれば、

 その女が竜の騎士の子を産み落としているというではないか……。

 運はこちらにあるようだな………

 バランよ…我が子が大切ならば、我の軍門に降るがよい。

 断れば………」

 

大蜘蛛の三本の爪が、ゆっくりとディーノの産毛しか生えていない柔らかな頭に添えられ、

 

「熟れたトマトのように、我が子の頭蓋が弾けるのを見たくはあるまい?

 ………我に従うならば、その意志を見せるのだ。

 真魔剛竜剣をこちらに投げ渡せ」

 

張り詰めた糸のような緊張が部屋を支配し、

ディーノの恐怖に染まった泣き声だけが響き渡り続ける。

泣き叫ぶ我が子を抱きしめることもできないソアラは、

ただそれだけで拷問を受けているかのような心持ちであった。

そして、それはバランも同じなのだ。

 

「………」

 

黙って、右手の豪剣を緩慢な動作で持ち上げ、そのまま冥王へと放り投げると、

重々しい金属音がディーノの泣き声を僅かにかき消した。

足元に転がってきた『それ』を冥王は2本の左腕で拾い上げ、

 

「ぐぶぶ……これが真魔剛竜剣か。

 素晴らしい輝きだ………王者の剣とは趣を異にする見事な業物だ」

 

バランは機を伺っているが、

しかし、剣に魅入っているように見えて冥王は僅かの隙も見せてはいない。

このままではズルズルと死霊使いの言いなりになってしまうが、

しかし、バランはそれでもソアラとディーノを守りたかった。

 

「我には分かるぞ……おまえの葛藤が。

 だが、安心するがいい………我ら魔族は人間とは違い、流れる血で差別はせん。

 力あるものは全て受け入れる……。

 魔王軍に忠誠を誓い続けるならば……おまえも、おまえの妻子も…

 魔王軍が保護してやろうではないか」

 

闘志を失いつつある竜の騎士が、冥王の言葉にぴくりと反応した。

 

「魔王軍? おまえはヴェルザーの残党ではなかったのか?」

 

「ぐぶぶぶ……ヴェルザーは我が軍にとっても、いずれは倒さねばならぬ敵であったのだ。

 我は魔界の神に仕える冥王・ゴルゴナ。

 そして、我の主の名は…………大魔王バーン。

 竜の騎士である貴様ならば、名前くらいは聞いたことがあるだろう」

 

大魔王バーン……。 その名は、確かにバランも聞いたことがあった。

地上への野心を見せたことはなく、”魔界の秩序を保つ生き神”。

むしろヴェルザーの地上進出の野心を封じ込めてきた”天界側”の若き魔界神である、

というのが竜の騎士の代々の認識であり、それはつまり天界の意識だ。

 

「なるほど……どうやら、三界の神々は見事に欺かれていたというわけだな。

 ………天が力を失っている証拠、か」

 

俯くバランが、力無く呟いた。

未だ隙を探しだすのを諦めてはいないが、闘志は確実に萎えてきている。

 

「お前の愛しき者の身の安全は、この冥王が保証してやる……ぐぶぶぶ。

 ”落ち目”の天界よりも…我らとともに覇業をなそうではないか。

 大魔王様とともにな」

 

守られるかどうかもわからない冥王の口約束。

それでもバランは従うしかない。

バランにとって、ソアラとディーノの方が全世界よりも尊い。

人間の愛を知った竜の騎士は、愛を守る為に無限に強くなれる…。

が、愛の為には世界を滅ぼす選択もできる自由意志を手に入れていた。

バランは瞳を閉じると、

跪き、倒れるソアラを優しく抱き寄せ肩を抱く。

ソアラは泣いていた。

伝説の竜の騎士に、悪の道を選ばせつつある

自分と我が子の存在に……罪悪感に押し潰されそうになりながらも、

無力な自分は夫に縋るしかできない。

「自分はどうなってもいい」と、そう言って悪の道を思い止まらせたいが、

ディーノの命がかかっている今はソアラでさえも黙っているしかなかった。

ソアラはただ魔王軍の悪魔の如き所業に涙するしかない。

竜の騎士とアルキードの王女が、冥王に屈服するように共に俯いていた。

 

「ふっ………ようやく諦めたか。 それでよい。

 では………我らの居城へと案内しようではないか……

 竜の騎士バラン…奥方……そして亡国の王子・ディーノ殿下……ぐぶぶぶ」

 

勝利を確信したゴルゴナが、ディーノの頭から爪を退け、

己の黒き衣の中に赤児を包み隠そうとした時、それは起こった。

 

「む!?」

 

バランがいち早く”相棒”の動きを察知した。

ゴルゴナの左腕に掴まれていた真魔剛竜剣が突如強烈な光を放ち始めたのだ。

 

「な、なんだと!? これは……ぐああぁぁぁぁ!! 我が…や、焼ける!!

 この光は、あの時の………バ、バラン!! 貴様何をした!!」

 

それは真魔剛竜剣が、かつて天の精霊の血を浴び内包していたモノ。

意思ある剣が、死した仲間から受け取った力を解放したのだ。

死して尚バランを守ろうとする精霊と、無二の友を守ろうとする神剣の意地の反撃であった。

そしてそれを見逃すバランではない。

 

「う、うぐおおおおおォォォォォォ!!!?」

 

即座に跳躍し、全開の竜闘気で満ちた手刀で2本の左腕を瞬時に切り落とし、

 

「真魔剛竜剣よ…、お前にはいつも…! 助けられてばかりだ!」

 

宙へ投げ出された豪剣を掴むとそのままディーノを掴む右腕へ気合一閃。

 

「ぐああああああ! ば、バカな!?」

 

一秒にも満たない間にゴルゴナの腕が3本、宙を舞っていた。

解放されたディーノの小さな体を、バランはしっかりと掻き抱くと、

竜闘気が篭った蹴撃をゴルゴナの顔面に叩きこみ、

そのまま冥王の体を床に叩きつけると膝で頸部を締め上げる。

片手でディーノをしっかりと抱き上げ、

右手だけで真魔剛竜剣を高々と掲げると、

天上を吹き飛ばし地下まで届いた稲妻が剣に炸裂するのだった。

 

(は、速くなっている!? しかも…この地下にまでギガデインを!)

「ギガブレイクッ!!!」

「う、うおおおおおお!?」

 

間髪入れず、至近距離からゴルゴナの顔面に自慢の必殺剣を見舞う。

構えと助走距離…闘気と魔力の練り込みも不十分の、万全ではないギガブレイクであったが、

それでも直撃すればただでは済まない。

剣圧が冥王の顔を切り裂き瞳を1つ潰すと、

闘気と魔力の爆発が彼を遥か上空に吹き飛ばし巻き上げた。

 

「うぐ、ぐ…! おのれぇい! この冥王がただでやられるか!

 我に楯突いたこと……後悔させてやるぞ……バラン!!」

 

竜闘気の渦の中で、残った手に瞬時に力を集束させ

 

「死ねい!!」

 

闘気とも魔法力とも違う神仙術の破壊光弾をカウンター気味に冥王が放つ。

大ダメージを受け体勢を崩されながらの冥王の反撃。

冥王の攻撃は毒を持っていた。 瘴気と邪気というとびきりの毒だ。

そもそもゴルゴナ自身が瘴気を纏い、腐毒を放ち続けている。

呼吸をするだけで…近くにいるだけでか弱き者は生命力を徐々に削られてしまうのだ。

ディーノは竜の騎士の血が流れているとはいえ、まだ乳飲み子で脆弱そのもの。

今もバランの腕の中でディーノは、確実に泣き声は力を失い顔色も悪くなってきていた。

避けなければマズいが、我が子を庇いつつ片手でギガブレイクを放ったバランもまた、

冥王同様に体勢を崩してしまっていて、

しかもギガブレイクの余波が

宝物庫の床に幾筋もの亀裂を生じさせて、それに拍車をかけていた。

 

(しまった! マ、マズい!!

 これ以上はディーノの身が危うい!)

 

バランが竜闘気を纏って己を盾に我が子を守っても、

ディーノへ届く衝撃と瘴気の全てを完全にキャンセルすることは出来ないのだ。

迫る光弾を見つめるバランの瞳。

その時、視界が突如ブレた。

 

「っ!?」

 

バランの体が真横に突き押されて、破壊球の着弾地点から大きくズレていく。

そして、バランを押し出し…代わりにその場にいたのは…。

 

「ソ…ソアラァァァァァァ!!」

 

目があった彼女が、最期に儚げに笑った。

愛する夫と我が子の窮状を理解した彼女は冥き稲妻と瘴気にその心身を蝕まれながらも、

最後の力を振り絞りその身を盾とした。

光飲まれていき、直後に爆発が起きる。

ややあって爆風が消え去ったその跡にはクレーターがあるのみで、

もはやソアラの痕跡はこの世から消え失せていた。

 

唖然とする竜の騎士。

バランは信じられなかった。

あれ程愛し、守りたかった者が目の前で消滅してしまったことを。

何を犠牲にしても守りたかった幸福が、永遠に遠のいてしまった。

もはや、ソアラはその太陽のような笑顔をバランに振りまくことはない。

 

「ソ…ソアラ……! ソアラ!! う、おおおおおおおお!!!!」

 

限りない怒りが、バランの人の心を覆い尽くす。

湧き出る憎悪が、バランの人の心を染め上げていく。

底なしの悲しみが、バランの人の心を引き裂いていく。

 

(ちっ……あの女! 無駄に自己犠牲精神を発揮しおって……!

 大人しくしていれば殺さずに済んだものを…………。

 いっそ、原型が残るように真っ先に殺すべきであったか。

 あのザマではアンデッドとして使役もできぬ……)

 

地下宝物庫から望める空は、すでに日が沈みきって夜の帳が下りており、

大きな月を背後に背負った冥王が、邪悪な雲の上から七つ目を光らせながら考えていた。

 

ゴルゴナは、最初からバランの妻子を殺すつもりはなかった…というのが本音だ。

彼は人の心の機微というものを理解している。

愛するものを持つ人間の制御は容易い。 それをこちらで捕らえてしまえばいいのだから。

かつて、魔人王ジャガンを誕生させた折にも

ジャガンの母、王妃フレイアを捕らえ…それによって父王ローラン4世を意のままにしたのだ。

このバランにも似たことが出来るはずだったのだ。

だが、ゴルゴナは竜の騎士の妻を甘く見ていた。

アルキードにて温室育ちの姫との情報を得て、

その先入観からあそこまで能動的に動く人間とは思っていなかった。

だが、今思えば男を作り駆け落ちするような女だ。 

その行動力は並ではないと予想できたはずだったが、できなかった。

せめて、骨や肉でも残して死んでくれていれば地獄の秘術によって甦らせることもできるが、

見ての通り消滅して死んでしまった。

霊魂だけを縛り、ゴーストとして使ってもいいが肉体のあるなしは人の心に大きく影響する。

 

(ソアラのゴーストを使っても……バランを制御できるとは思えん。

 人は良くも悪くも”肉”に支配されている……。 それは生命の繁殖として正しい。

 だからこそ目に見えるよう、見知った人間の姿形が、

 おぞましく腐り果て苦しむ姿を見せるのが効果的なのだ。

 不確かな霊魂だけでは、バランのような強靭な精神の持ち主は迷いを断ち切ってしまう。

 …………認めねばなるまい……我の読みが甘かった)

 

ここで冥王は策を転換する。

ソアラとディーノを人質としてバランに恭順を誓わせるのではなく、

彼の腕の中にいるディーノを敢えてバランに守らせ、

動きを制限し徹底的にバランをいたぶるのだ。

そして全ての抵抗の手段を奪い、その肉体を得る。

 

(それならばまだ容易い………もはや邪魔立てする精霊もいない。

 だが、真魔剛竜剣……どうやら魔剣ネクロスと似た存在……魔剣族に近いものか。

 神々が自ら創りし神剣とは伊達ではないな……自我を持つオリハルコンの剣とは。

 二度と復元できぬよう、打ち砕き…消滅させてくれる。

 神の奇跡とて……可能性が0ならば助けようもあるまい……。

 貴様を助けるあらゆる可能性を潰し、その肉体をホルマリン漬けにしてやるぞ、バラン)

 

左腕を2本、右腕を1本、瞳を1つ失い、全身を聖光と電撃呪文の魔法剣で焼かれ…、

最善の策が潰えてもゴルゴナの戦意は衰えていなかった。

 

しかしそれはバランとて同じ。

寧ろ愛する人を目の前で殺された彼の戦意は、既に殺意にまで昇華され

ゴルゴナの抹殺だけを望む殺戮生物へとその心を変貌させていた。

バランは空いた腕で左目の神器をもぎ取り…、

 

「貴様だけは必ず殺す…ゴルゴナ!」

 

血が滴るほどの歯軋りをしつつドラゴンファングを掲げようとした時、

「だめよ、バラン」と……優しげに言う妻の声がはっきりと聞こえた。

 

「っ!!? ソアラ!」

 

バランの手がはたっ、と止まり…

その時、バランの腕の中で弱々しくディーノが「ふああぁ」と泣いた。

力のない弱りきった我が子の声。

バランの狂える怒りを、ディーノへの愛が抑えこみ、

 

(そ、そうだ…私は何をやっている……!

 竜魔人となれば、この子を巻き込んでしまう。

 そして、そうなればディーノは確実に死ぬ!

 ソアラを失って悲しむあまり…ソアラが残した宝を……私は失う所だった!

 今は…戦ってはならん………この子はすでに限界だ。

 私にできること……それは、逃げて逃げて…逃げ切ることだ!

 魔王軍の手が届かぬ所に……!)

 

ゴルゴナからの再度の”逃げ”を選択させた。

 

「ルーラ!!」

 

飛翔呪文(トベルーラ)を遥かに上回る速度と、

竜の騎士バランが初手で逃げをうつ…という予想外の行動は、

ゴルゴナの眼前を通りぬけることを成功させた。

 

「なんだと!? まさかいきなり逃げるとはな……!

 竜魔人化は思いとどまるだろうとは思ったが……」

 

瘴気の黒雲から飛び降りたゴルゴナは、神仙術による飛行に切り替えこれを追う。

速度だけならこちらの方が優っているからであった。

 

闇夜の空を、赤児を抱いた竜の騎士と、それを追う異形の魔族が駆ける。

普通の人間ならば呼吸困難になりそうな風圧で、空を飛び続ける両者。

だが、弱っているディーノにとってこの速度は危険だ。

しかし弱めればゴルゴナに追いつかれ、彼の射程に入ってしまう。

 

「く……! しつこい奴だ!」

「ぐぶぶぶぶぶ…世界を震撼させる竜の騎士にそう言ってもらえるとは光栄だな。

 返礼として、面白いものを見せてやろう」

「なにぃ!?」

 

見よ、とゴルゴナが指さした方角。

バランが冥王から気を逸らさずに僅かに視線を向けると、

 

「あ、あれは……! バカな! 奴は昼間、確かに倒したはずだ!!」

 

月明かりに照らされた”それ”は闇夜を巨大な翼で飛翔する腐敗竜。

 

「ボリクスゾンビ!!!」

「ぐぶぶぶぶぶ… その通り。

 我の従僕を滅ぼしたいのならば、灰も残さず消し去るべきであったな。

 討ち漏らしがあればそこから再生し……あの通り五体満足となる…グブブブ!」

 

まさに前門の虎、後門の狼。

退がれば冥王に……進めば雷竜に補足される。

 

「ぐぶぶぶ……逃げ惑え!」

「グオオオオオオッ!! ギガデいン!!」

 

背後から無数の光弾がばら撒かれ、

進むべき空路には極大の電撃が網のように降り注ぐ。

 

「う、く…くそぉ!!」

 

巧みな魔力放出によって軌道をかえるバランだが、

その度に小さく苦しそうに呻く我が子に気が気でない。

(ディーノ…すまん! もう少し耐えてくれ!!)

 

だが、回避行動に僅かとはいえ専念したばかりに、

ゴルゴナが一気にその距離を縮め、

 

「ぐぶぶぶ! 捉えたぞ!! てぃやああーーーー!!!」

 

一際巨大な光弾を残った両手に発生させ、バランへと叩きつけるように撃ち放った。

 

(なんたる威力…! ドルオーラには及ばぬが、小島程度なら消し飛ぶぞ!!)

「くっ…!」

 

いつの間にか海面となっていた眼下に着水し、そして…

 

「うおぉぉ!!?」

 

けたたましい音とともに大爆発が起きる。

巨大な水柱が空に昇るように吹き上がり嵐のような大粒の雨が降りしきると、

ざぁっと辺りを濃厚な水霧が覆い隠し視界を阻害する。

そこに、

 

「ギャゴゴゴオオオオオオ、オオオオ!!!」

「!? し、しまっ――」

 

間近まで迫っていた雷竜が巨大な前腕を振り下ろし、バランの腕を深く爪が切り裂くと、

バランの腕から赤児が零れ落ちてしまうのだった。

 

「ディ、ディーノォーーー!!!」

 

脇目も振らず、海中に突撃するかのような速度で降下しようとしたバラン。

だが、前腕を振りぬいたボリクスは、そのまま回転するように巨体を捻り続けると、

バランの背に暗黒闘気を帯びた尻尾を叩き込んだ。

取り乱してしまった瞬間に直撃した尻尾は、

バランを海中深くまでふき飛ばす痛恨の一撃となってしまう。

急ぎ海中で体勢を立て直そうとしたバランを追って、

雷竜が腐った巨体を派手に海に沈めてき、そのまま巨大な口でバランを挟み込むと、

噛み砕こうと万力のように絞め上げてくる。

だが、

 

「邪魔をするなぁーーーー!!!!」

 

ディーノ探索を妨害され続けた竜の騎士の逆鱗に触れた。

急激に噴出した莫大な竜闘気に、

ボリクスは頭部をミンチにされ海上までその巨体をふっ飛ばされる。

海中から巨大な水柱が、再度立ち昇る。

と、その水柱が内側から破裂し、

そこには猛るバランが怒りの形相で周囲の海面を見渡していた。

 

「む……」

 

幕霧が晴れ、

その光景を見たゴルゴナは全てを察した。

 

「バランめ……ディーノを落としたな……。

 あまつさえ見失うとは情けない奴…………だが、これはいかんな」

 

これで、もはや次善の策も潰えてしまった。

更なる策が無いでもないが、既に”退き時”に彼には思えた。

王手までかけた絶好の機会を、続けて二度も失敗しているのだ。

一度目は気絶していたはずのソアラが目覚め、バランに罠を教えてしまったこと。 

焦っていたバランは彼女が言わなければ間違いなく引っ掛かり、

雁字搦めの状態異常に侵され魔牢に囚われていただろう。

二度目は真魔剛竜剣の横槍。

あれが無ければそのまま竜の騎士一家を魔王軍入りへと導けたはずだ。

オマケのラスト、三度目。

ソアラが自棄となって消滅して死んだ。

 

(運は我にあると思ったが………ままならぬものよ)

 

そして今また、ディーノという枷が消えてしまった。

これ以上の攻撃はバランの怒涛の反撃を誘発してしまうだろう。

日も高い内から連戦に引きずり込み体力と魔法力も大いに消耗させてはいる。

偶発的とはいえ妻ソアラを殺害し精神的にも追い詰めた。

だが、バランにはまだ

竜魔人化する体力は残されており余力はある…という冥王の見立てであった。

全力戦闘が可能な竜の騎士と正面切って戦うなど、ゴルゴナは御免なのである。

 

「………………我が事は敗れた………。

 ボリクスゾンビめ……余計なことしてくれたな。

 ”知恵足らず”めが………………帰るぞ」

 

雷竜への言葉は半ば八つ当たりであったが、

そうと決めたゴルゴナの撤退は速かった。

腕を一振りし、半壊した雷竜を冥界へと仕舞い込み、自身はリリルーラでかき消える。

後に残されたのは、我が子を必死に探し続ける竜の騎士のみ。

この、たった一日のうちにバランは…想い出深い土地と妻子を失った。

今日という日を、バランは絶対に忘れないだろう。

仲間、故郷、家族を奪った

異形の黒き魔族・冥王ゴルゴナの名も、バランの魂に刻み込まれたのだった。

 


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