ゴルゴナの大冒険 作:ビール中毒プリン体ン
原作で、やたらと一緒にいるコマが多かったイメージがあったので。
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この時点でミーナが赤ん坊だと計算合わないので少し修正しました。
「いい? よく聞きなさいマァム。
魔の森をずっと北に抜けて、ロモスの王都の東の山へ向かいなさい。
そこには……お父さんとお母さんの友達が住んでいる。
道はわかるわね?」
黒いややくせっ毛の長髪を垂らした、大人の色香を少し醸し出す清楚な女性が、
桃色の髪をした美少女に言って聞かせている。
真剣な顔つきのその女性……レイラに対して、少女は泣きじゃくりながら
「やだよぉ! お母さんも一緒に行こうよ!
私一人じゃそんなとこまで行けないよぉ!!」
母の胸に飛び込み、力一杯抱きつきながら懇願する。
だが、片手で抱きついた為に完全にその身を母に投げ出すことはできない。
マァムと呼ばれた少女の右手には幼い娘の左手が握られているからだ。
涙で目を腫らし、決して離れまいとする我が娘ともう一人の幼娘にレイラは、
「マァム……あなたは優しくて、とても強い子。
アバン様の特訓だって乗り越えちゃう頑張り屋さんで、ママとパパの自慢の子よ。
大丈夫………アバン様の首飾りと、
ママとパパが、村を襲う悪い奴なんてやっつけちゃうからね!
だからそれまでミーナと一緒に、ママとパパのお友達の所に避難してて。
ブロキーナっていうとっても優しいおじいちゃんよ。
心配ないわ………すぐに迎えに行くからね?」
優しく言い聞かせ、抱擁する。
それはまさしく慈愛に満ちた母の優しいぬくもりであった。
子供にとって母のぬくもり程安心できる物はない。
母の暖かさ。 お日様の匂いがいつもする母の香り。 母から聞こえる鼓動の音。
それらがマァムから不安を取り除き、安心をもたらしてくれる。
「ほんとに……ほんとに迎えに来てくれる?」
「ほんとよ~」
レイラが茶目っ気たっぷりに答えた。
「悪い奴に勝てる?」
「もちろん! ママが嘘ついたことある?」
レイラが元気いっぱいに聞き返す。
村全体から漂う異常な緊迫感と悲壮感を吹き飛ばす母の優しくも強い笑顔に釣られて、
マァムにも自然薄い笑みがこぼれた。
「ない……」
「そうよね! ママはとっても正直者の良い子だもん!
マァムだってママの子なんだからとぉ~~っても良い子よね?」
「うん……、わたし良い子……だと、思う」
「それに強い子よ。 後、とっても可愛いわ」
「うん……そ、そうかな」
「もう10歳……じゃなくて11歳のお姉ちゃんになったんだから。 ね?
ミーナのことを守るって、この子が生まれた時言ってたじゃない。
ほら、泣き止んで……。 マァムが泣いていると、ミーナも寂しくなってしまう」
レイラがミーナの柔らかい頭を優しく撫でると、
そのまま我が子の額へ軽くキスをしてやる。
「うん……! 泣かないよ。 私、ミーナを守る!」
未だしゃくりあげているが、それでも涙を拭ったマァムは優しいだけでなく気丈である。
11歳の子供にしては出来過ぎだろう。
未だ大泣きするミーナを今では慰めてやっている。
「大丈夫……あなた達は大丈夫よ、マァム…ミーナ。
アバンの印がきっと2人をお守りくださるわ。
私の可愛いマァム………元気で……また、後でね」
「うん………お父さんと一緒に迎えに来てね?
待ってるからね……お母さん!」
最後に母の頬へとキスをした愛娘は、
ネイル村村長の孫娘……幼娘のミーナを連れて魔の森へ駆け出していく。
「振り返っちゃダメ……走るのよ! マァム! ミーナをお願いね!」
今になってレイラの瞳にも涙が、ほんの少し滲む。
きっとこれが娘との今生の別れだろう。
ネイル村の生き残りは、マァムとミーナだけになってしまうだろう。
それを覚悟するくらい、突然に村を襲った魔剣士は強かった。
村の若い男手はほぼ全てがロモスの王都に徴兵され、残ったのは死病を患ったロカだけ。
後は老人と女子供だけで、あの邪悪の剣士は子供すらも容赦なく切り捨てていった。
村長が命をかけて守った孫のミーナと、自分の娘を逃せただけで御の字であろう。
「ロカ……! 今行くわ!」
病に倒れ、娘に武芸のイロハを教えることも出来ないぐらいに弱ってしまった夫は、
アバンが訪ねてくれた際、娘に指導する親友を見て実に朗らかな……
そして少しだけ悲しそうで悔しそうな顔をしていたのを、レイラはよく覚えている。
病程度に負けた不甲斐ない自分を責めていたのだろう。
そして、人生最高の親友に衰弱した自分を見せるのも辛かったに違いない。
それ程に死病に深く侵されたロカが、
村で誰よりも1人、善戦している。
娘のため……妻のため……1人の戦士としての己のため………、
ロカは残り少ない命を今まさに燃やしていたのだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…!つ、強い……!
それに、この剣技……………アバンの奴とそっくりだ………まさか…」
中年になりかけた、かつて精悍だった男が鋼の剣を構えながらも息荒く両肩を上下させる。
彼の前に立つのは全身を威圧的な鎧で覆った青年。
いや、見た目からは人族か魔族かすら分からぬが、とにかく彼の発する声は若々しい。
「ふっ………戦士ロカよ……褒めてやろう!
そのように衰えた体でよくも俺とこうも斬り合う。
そして、さすがはアバンの仲間………カール騎士団の元団長……よくぞ見抜いた。
俺の剣の流派………、それはアバン流刀殺法!
俺は………アバンの一番弟子、魔剣戦士ヒュンケル!!」
「な、なにぃ!?」
親友の名を、突然村を襲った悪の剣士の口から聞き衝撃を隠せない。
だがロカが愕然とする最中にも弟子を名乗った魔剣士の攻撃は緩まず、
「そらそらそら! 伝説の勇者の仲間はそんなものか!」
「ぐ…、くそ!なんて鋭さだ………!」
寧ろ苛烈さを増していく突きの嵐に、歴戦の戦士ロカが防戦一方となる。
純粋な腕だけでもヒュンケルは凄まじい天賦の才能を見せつけている。
ロカが病を得ていなければ、膂力と経験は圧倒的に優っているはずであったが、
今となっては経験以外の全てが劣る。
それにもう一つ。 ヒュンケルの剣の異常な切れ味である。
(くそぉ…!まともにあの剣を受けちまったら俺の剣じゃすぐに叩き切られる!
あの剣は尋常な代物じゃねぇーぜ!!)というわけであった。
ロカは、ヒュンケルの剣を一目見た時から、それの危険さを理解していた。
魔剣士の鋭き突きを、ロカは流すように捌き自分への致命傷を避け続けているが、
なにせ鍔迫り合いすらまともに出来ないのだ。
ロカの精神的圧迫は大きかった。
(だ、ダメだ……! う、腕が言うことを聞かねぇ!)
体力が限界に達しそうになったその時、
「バギマ!!」
「うっ! ぬぅ!?」
魔剣士の横合いに刃の突風が吹きすさぶ。
ヒュンケルの鎧に魔法は効かず風の刃は意味をなさないが、
バギ系が巻き起こす風圧はしっかりと彼を押しのけ目に砂塵を運ぶ。
その隙を逃すロカではない。
「っ! 助かったぜ、レイラ! でりゃあああ!!!」
渾身の一撃を急所であり鎧の隙間である首筋めがけ叩き込む。
しかし、咄嗟に身を引いたヒュンケルの首を切り落とすことは叶わず
鎧の胸元に掠るのみに終わるが、
「速いな…! だが、アバン流殺法はてめぇだけの専売特許じゃねぇぞ!
ぬぅぅ…!! (アバン…! 俺に力を!!) グランドクルス!!!」
鋼の剣を地に突き立てたロカが、柄と鍔をクロスに見立て闘気を集束させると、
光の闘気が破壊的な光線となって飛び退いたヒュンケルを追撃する。
それは、ロカが現状で放てる限界の闘気。
「なに!?」
まさか一目見て半死人と分かるロカから
闘気の遠距離攻撃が来るとは思っていなかったヒュンケルは回避が遅れ、
「うおおおお!!」
けたたましい爆発に飲まれていった。
すかさずにレイラがロカへ走り寄ると、ベホイミの光で夫を癒やす。
「ふぅ~、助かったぜレイラ……。
アバンの奴に昔、教わっといてよかったぜ……。
どうだ…? 俺も、まだまだイケるだろ。 ちったぁ惚れなおしたか?」
往時とは比べ物にならない程、痩せこけてしまった愛嬌のある凛々しい夫の顔。
こんな時でも、ロカは元気いっぱいであった。
そんな夫を見て妻もまた微笑む。
「ずっと前から惚れっぱなしよ。 10年前からずっと……ね」
「……へへっ、そうか!」
いい歳になっても、病人になっても、ロカの笑顔は悪ガキに似たそれであった。
しばし見つめ合う2人。 だが、
「驚いたぞ。 まさかそんな体で闘気を使えるとは」
「「!!」」
突如聞こえてきた声の方……ロカが放った闘気光が作った爆煙が晴れていくと、
そこには…………魔剣士が無傷で立っていたのだった。
彼の鎧に魔法が効かないのは、村長が今際の際に伝えてくれていたが、
「と、闘気も効かないのか……!」とロカが驚きの声を上げると、
「ふん……そうではない。
俺の鎧は魔法のみを弾く。 物理攻撃や闘気技までは無効化できん。
鎧の魔剣とて、強度以上の衝撃には耐えられん………。
それが………まともな威力を持っていれば、の話だが」
「な…!!」
魔剣士が否定する。
それは、ロカの戦士としての死刑宣告………終焉の宣言であった。
「哀れだな、ロカよ………。
貴様が死病に侵されていなければ、
或いは俺は今の一撃で大ダメージを負っていたかもしれん。
残念だ………全盛期の貴様と闘い、そして俺が上だと証明してやりたかったがな。
もはや貴様の生命の全てをかけても、俺を倒すことは出来んということだ」
「な、なにを!!」
ロカが、ろくに力も入らぬ膝を無理矢理に立たせ剣を構える。
もはやその剣の重みさえロカの病み衰え消耗した体には重荷であった。
レイラが支え、今ではベホマを当ててロカの負担を軽減しようとしていて、
ロカがチラリと、視線だけでレイラに何事かを語りかける。
それは最後の別れであり、謝罪であり……二度目の愛の告白でもあった。
(レイラ……俺の最愛の人よ。 済まない……あいつを止めるには俺だけじゃ無理だ。
マァムのためにも、おまえを残しておいてやりたかったが……その命、くれ!
娘を守るためにも……!)
一瞬の視線の交差で妻は察する。 コクリと頷き、
(ブロキーナが、きっとマァムを守ってくれる。
私は……アバン様の仲間であり戦士ロカの妻! どこまでもあなたと一緒よ!)
2人は全てを理解し合った。
「………女に支えられねば立ち上がることもままならんとは。
それ以上の醜態を晒すのも辛かろう。
………今、楽にしてやる!」
兜から覗く眼光が一際険しくギラついたと見えた瞬間、
ヒュンケルが魔剣を突きの構えで大きく引き始める。
「この技で死ねる貴様は幸運だ。
これはアバンを殺すために俺が編み出した秘技!
死ねい! ロカ!」
弓のように引き絞られた全身のバネが一気に収縮を解放し、
「ブラッディスクライドォッッ!!!」
立つので精一杯のロカへと超高速回転の魔技が迫る。
もはやロカに為す術はなく、
ズシャリ!と鈍い穿孔音が辺りに響き、ロカの土手っ腹を魔剣が深々と抉っていた。
だが、
(こ、こいつ……! なぜ避けん!! ……ハッ! お、女が!)
ヒュンケルが気付いた時には、レイラが己の頭部めがけて飛びかかってきて、
「ロカを囮に!! お、おのれぇぇ!!」
ヒュンケルの兜を、一線を退いた女とは思えぬ力で掴みかかる。
オリハルコンに次ぐ硬度を持つフルフェイスの兜がミシミシと悲鳴を上げる。
魔剣士が即座に剣を引き抜こうとすると、
「おっと……! に、逃がさんぜ!! ヒュンケルさんよ……!」
「お、おのれぃ!! くっ! は、はなせ、ロカ! 死に損ないめ!」
ロカがヒュンケルの腕を最後の力で掴み、離さない。
「貴様らは無駄死だと何故分からん!
「舐めないで! 全生命力を捧げる最終魔法………! 非力な私でも!!!」
叫んだレイラの指に命を変換した更なるパワーが宿り、
信じられぬことに女の細指が兜に孔を穿っていく。
だが、
「こ、この……!! 舐めるなァーーー!!!」
ヒュンケルが頭を振り上げた瞬間、頭部から触手のように波打つ刃のムチが、
しがみつくレイラの胸へ蛇のようにしなって襲いかかり、
「!? あっ!」
レイラの心臓を貫き、彼女にか細い悲鳴を上げさせた。
しかし、
「レイラ! は、離すな……頑張れ!! お、俺もついてるぜ!!!」
共に死にゆく夫から血反吐混じりの声援が届くと、
彼女は最後に夫を見てニコリと笑う。
「あ、あなた………愛してるわ、永遠に……!」
そう告げたレイラ、そして告げられたロカ。
両名の脳裏に様々な記憶が花火のように瞬いては消えていく。
カールでおちゃらけるアバン。 怒る大臣。 笑うフローラ。
魔王ハドラーの襲撃と、そこからの二人旅。 そしてネイル村で、ここで僧侶レイラと出会い……。
スケベで偏屈な大魔道士マトリフ、武神・拳聖ブロキーナらを加えて魔王と決戦。
……の直前にロカとレイラが密かな、しかしバレバレの恋愛の末にマァムを授かり……。
悪い思いの全ても良き思い出となって駆け抜けていく。
(マァム………母さん、約束破っちゃったね……ごめんね………)
「メ ガ ン テ !!!!」
僧侶レイラの最後の魔法が発動する。
「う、うおおおおおおおおおおお!!!!?」
全ての命の力が破壊の力となって、敵を襲う。
ニヤリと笑ったロカと、微笑むレイラ………そして魔剣士が光の渦へと消えていき、
命の光が轟音と共に天へと昇っていった。