ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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ロモス決戦 その三

太陽が天の最も高い位置で輝く昼時分。

キメラ達が喚いていた一方的な刻限を

律儀に守った勇者の師弟が魔の森からしっかりとした足取りで歩いてくる。

アバン、ダイ、ポップの3人を出迎えるのは、10万の魔王軍。

王都と魔の森の間に広がる大して広くもない平原を雲霞のように埋め尽くす魔物。

中央にハドラーと百獣魔団、

平原の東……アバンから見て右にアンデッドの群れ、不死騎団。

平原の西、左側に炎と氷と岩石達……氷炎魔団。

そして右左翼の両軍団の背後には二手に分かれた妖魔士団が魔法支援で陣取っていた。

ハドラーへ向かいゆっくり歩を進めるアバン。

その距離が100歩程のところで足を止め、勇者はかつての魔王をしっかり見据えて、

 

「約束は守ってもらうぞハドラー。

 これで、ロモスの人々に手出しはしない……そうだな?」

 

固い意思の込められた口調で”あの約束”の確認をすると、

 

「ふふふ……相も変わらず甘い奴だ。

 だが、ノコノコと現れた愚直さに免じてあの家畜どもは生かしておいてやる。

 オレが欲しいのは貴様の首一つ! あんな虫けらはどうでもいいわ!」

 

拳に力を漲らせつつ魔軍司令が言い切る。

(…これでロモスは安全だ……ハドラーは残酷な男だが約束は守る)

と、最低限の武人の矜持を持つ目の前の魔族を、アバンは一応信頼していた。

かつて自分を誘った謳い文句も、”自分の部下になれば世界の半分を与える”というもの。

そこにはアバンの生命の保証は一言足りとも触れられていない。

つまり、いずれ必ず殺す……と言っているのも同然であった。

だが、逆に口にした約束は守るのがハドラーだった。

この”意地になりやすく、どこか子供っぽいプライドの高さ”は

アバンが散々、戦いで利用させてもらった欠点でもあり美点でもある。

沈黙しつつ、アバンが魔軍司令を鋭く睨み続けていると、

やおらハドラーが邪悪に笑い出し、

 

「くくくく、アバン………懐かしいとは思わぬか?

 3人パーティの貴様らと、それを囲む我ら魔王軍………。

 17年前に戻ったようではないか。

 だが、今日は皆既日食ではなく……そして貴様の味方は未熟者2人!

 そしてオレの戦力は当時の比ではないぞ!

 それぞれ得意分野ではオレを上回る軍団長が4人!

 率いるモンスターは10万だッ!!

 どうだ? いつかの時と同じ言葉をいま一度貴様に贈ろうではないか……。

 オレの部下になれ! そうすれば世界の半分を与えてやるぞ…!!」

 

見渡す限りの魔物の軍勢。

空と大地をこれでもか言うほどに埋め尽くした光景に、

以前とは比べ物にならない程に肝が座ってきていたポップもちびりそうであった。

逃げ出さないだけかなりマシではあるが、

それは心から敬愛し信頼するアバンが一緒にいるからである。

ダイは、というと兄弟子と違いモンスター軍団を睨みつけ闘志に満ちていた。

デルムリン島にいた時とは

一目見て違いが分かるほどに鍛え上げられたダイとポップ。

体は一切の無駄なく引き締まり、ポップからは魔力が、

ダイからは闘気が満ちているのが感じられる。

そして当然アバンも、経験値が貯まり難い領域にまで成長している己に

厳しい特訓を課して僅かに1レベルだが成長していた。

ダイとポップに『特別(スペシャル)”ベリー”ハードコース』と補習まで教え込んでいる状況で、だ。

漲る闘気を迸らせてアバンが、

 

「………断る!

 もしYESと答えても、いずれは私の生命を奪うだろう!」

 

十数年前と変わらぬ答えをハドラーに突きつけた。

それを聞いてハドラーは、

 

「フフン、答えは変わらんか………オレの情けが分からんとはなぁ……!

 いいだろう! ここが貴様の墓場だ!

 弟子と仲良くあの世で学芸会でも開くが良い!!」

 

どこか嬉しそうにしつつ、「百獣魔団!!!」と名指しで号令し……

その瞬間、

 

「オオオオーーーーーッ!!!」

 

空気を震わす遠吠えをあげつつ突っ込んできたのが巨漢のリザードマン。

地響きをたて、部下の軍団とともに走ってくる獣王が、

 

「我こそは百獣魔団の長、獣王クロコダイン!!!

 勇者アバン、素っ首貰い受けるッ!!!」

 

斧を振り上げながら叫んだ。

しかし、

 

「お前の相手はおれがする!」

 

小柄な少年がパプニカ王家のナイフを構え、獣王の行く手を阻む。

 

「貴様如き小僧がこのオレを止められると思っているのか!

 むぅんッ!!」

 

雲霞を振り払うかのように斧を薙いだが、

少年は軽々と飛び上がりそれを避け、越える。

そして、

 

「大地斬っ!!」

 

クロコダインの頭上目掛け力の刀殺法が振り下ろされた。

獣王は咄嗟に、

 

「な、なんとッ!?」

 

左腕を頭上に突き出して、刃を手甲で受け止める。

ナイフが手甲を軽々砕き、獣王の鋼鉄の皮膚を引き裂く。

 

「ぬうッ!」

 

気合とともに左腕を大きく振るうと小柄な少年は木の葉のように振り回され、

骨近くまで突き刺さっていたナイフがずるりと抜けてすっ飛んでいったが、

彼は器用に空中で身をひねるとそのまま危なげなく着地するのだった。

クロコダインが、

(なんという小僧だ……! 身のこなし…パワー…太刀筋の鋭さ…どれも一流ではないか!)

驚愕し目を見開いた。

腰をやや低く身構え直した獣王は、

 

「オレの名はクロコダイン。 お前の名を聞かせてもらいたい」

 

油断と侮りを消してそう尋ねた。

もはや子供、小僧として見ておらず、獣王の目には手強い戦士として写っていた。

 

「おれの名はダイ! アバン先生の4番弟子だっ!」

 

少年……ダイが力強く名乗り返すとクロコダインは、

 

「……アバンの使徒……というわけだな……!」

 

ニヤリと笑い闘気を漲らせた。

怒涛のように押し寄せる百獣魔団を、時に切り伏せ時に魔法で一掃しているアバンは、

器用に動き回りながら後衛のポップを匠に守っている。

守られるポップも的確なポジション取りと援護を行っていて

イオラの連発で雑魚をまとめて倒し続けている。

大物がダイに行ってしまったことで少々焦りがあるが、

それ以上に…

(ダイ君の、難易度をさらに上げての修行はほぼ完了……。

 卒業試験がわりに丁度いいかもしれませんね)

という期待があった。

 

「ポップ! ダイ君の一騎討ちに邪魔が入らないよう

 モンスターを近づけさせないで下さい! 雑魚は私達で引き受けます!」

 

ダイは、師のその声を聞いてさらに勇気付けられ、

(先生とポップが、おれのために頑張ってくれている!)

気力が充実してくるのを実感するのであった。

僅かな間も休ませまいと襲い来る百獣魔団。

それ以外の軍団が動く気配がないのは、ある意味当然で

アバンらの周辺は獣、鳥、虫、スライム系で埋め尽くされて

他のモンスターが入り込む余地などない。

魔法の援護射撃なども勇者よりもモンスターに命中する確率が遥かに高い。

(まずは百獣魔団とやら……私達がこれを凌げば間髪入れずに氷と炎の群れか、

 あのアンデッドの群れが来るのでしょうね……

 やれやれ…これはなかなかベリーハードですよ)

アバンは己の懐中の”聖石”の数を確認する。

聖石とは、かつて2番弟子であるマァムに卒業と同時にプレゼントした

魔弾銃(まだんガン)に使用した魔力を蓄える魔法石のことである。

魔力回復アイテムとして多忙の合間を縫って製作したが、

アバンのしるしに使用されている輝聖石の簡易版でもある聖石は、

輝聖石ほどではないが作成しても熟成に時間が掛かる。

結局完成したのはポップが5個、自分が5個の計10個。

ハドラー曰く10万の軍勢相手では何とも心許ない数である。

勿論、薬草や聖水やら毒消し草やら満月草やら

大量にアバン秘蔵の”ふくろ”に詰め込んでいるが、それでも不安は拭い切れない。

その間にもダイとクロコダインは一進一退の決闘に従事しており、

アバンとポップはもはや数えきれない程のモンスターを倒していた。

すでに1000匹は超えたと信じたいところであったが、怪しいところだ。

体力や傷、魔力は回復できるが精神はそうではない。

いつ死ぬかもわからぬ真剣勝負を

何時間も連続して行い続けるのは厳しいものがあり、

しかも相手はまだまだ9万体以上いる。

事前に数を教えられないよりは幾分気が楽ではあったが。

万が一の可能性として、

ダイと激しく切り結んでいる獣王を倒せば軍団が瓦解する可能性も、無くはない。

だが総司令官であるハドラーが現場で指揮をとっている以上、

そのままハドラーが百獣魔団をまとめ上げる可能性の方が強い。

(だが、クロコダインを倒せば士気の低下は否めない!

 頼みましたよダイ君!)

アバン、ポップの師弟コンビは見事なコンビネーションで戦い続ける。

そして、その期待を受ける少年……ダイはというと、

 

「ぐ、ぬぅ……! こ、小癪な……!」

 

スピード主体の攻撃でクロコダインを翻弄していた。

手数の多さに斧で受け切れなくなったクロコダインがたまらずに、

 

「く……、唸れ! 真空の斧よ!」

 

叫んで武具から突風の刃・バギを放ってダイを吹き飛ばそうと試みたが、

 

「来たっ! 逆にここがチャンスだ!

 アバン流刀殺法、海波斬!!」

 

アバンに徹底的に鍛えられたダイの身体能力と判断力は、

歴戦の勇士・クロコダインの隙を見逃さない。

ナイフから放たれた真空波が逆に獣王のバギを真っ二つにし、

 

「ウオオッ!? 風を裂いて……!!?

 ぐっ!!!」

 

獣王の鎧をも一文字に切り裂き、

臓腑に響く重い衝撃に思わずクロコダインがよろける。

そしてその隙を逃すダイではない。

パプニカナイフを素早く逆手に持ち替えると右手と刀身に光の闘気を充填させ、

 

「アバンストラッシュッ!!!」

 

己を弾丸のよう加速させ瞬時にクロコダインの胴へと肉薄し、

 

「ッ!!!」

 

鋼の肉体を深く斬って駆け抜ける。

瞬間、クロコダインの胴から血が吹き出し、

彼は呻きながら先程とは違い大きくよろけ後ずさる。

 

「ぐお、おおお……み、見事、だ…!

 弟子風情と…侮る心が、あ、あったとは思わん……! お、俺の敗けだ……!」

 

それでも斧は手放さず、また膝も折らない。

深手を負ったとはいえ、クロコダインのタフネスの前に

完成されたアバンストラッシュでもその生命を奪いきれてはいなかったが、

紋章の助力無しでここまでの破壊力を発揮できたのは、

偏に特別(スペシャル)ベリーハードコースの鍛錬のおかげであった。

傷口を抑えながら獣王が、「オオオオーーーーーッッ」と吠えると、

百獣魔団の絶え間ない攻撃が止み、アバン達を覆っていた囲みも徐々に緩む。

クロコダインが、

 

「さぁ、俺の首を獲って手柄としろ……!

 ダイ………未来の勇者よ……お前にならくれてやっても惜しくはない」

 

斧を投げ捨てて、息も荒くダイへ言う。

遠巻きに観ていたフレイザードは、

舌打ちを一つし「まだ戦えるだろうが……!」と苦々しげに一人呟いていた。

クロコダインも、この戦いが後のないものであったり仲間の命を賭けたものであったなら、

どれほど無様であろうとも諦めずに喰らいついて戦うだろうが、

魔王軍の他の軍団長達は皆、無双の実力者であり、

(自分だったら敗けはしない……)という自信家達でもある。

敗残者へ向ける視線は冷たく厳しいものがあり、

自分が死んだとて大事はないという思いと、

敗けて醜態を晒すならばいっそ英雄たる勇者の手で散りたいという願いが、

クロコダインに(さっさと首をくれてやる…)という答えを出させていた。

ポップはその決着をみて、

 

「よっしゃあ! さすがダイだぜ! お~し、とっととやっちまえ、ダイ!

 これで残る軍団長は3人! やりましたね先生!」

 

とはしゃいでいたが、その瞬間

 

「フィンガー・フレア・ボムズッ!!!」

 

巨大な5発の火炎球がダイ、アバン、ポップらを襲い、

それだけに留まらず周囲のモンスター達をも爆炎で包み込んでいた。

当然、ダイの近くにいたクロコダインも、

 

「ぐおおおおおっ!? こ、この技は!!

 フ、フレイザードッ!!? 貴様、味方ごと!!」

 

その身を焼かれながら火炎球の弾道を辿り、

その先に殺気すら込めた視線を投げかける。

獣王の言った通り、そこには

 

「クカカカカカッ!! すまねぇな、クロコダイン。

 助けてやろうと思ったが、ちょいとばかし狙いがそれちまったぜ」

 

行く手を塞ぐ獣の群れを蹴散らし走り寄って来ていた氷炎将軍が

少しも悪びれることもなく立っていた。

 

「き、貴様ァ~~~ッ!! オレの部下をよくも!!」

 

自身が5発のメラゾーマの巻き添えになったことよりも、

道中蹴散らされ、また目の前で焼き殺された部下達のことを思い怒る。

しかし、

 

「ク~クックックックッ! 落ち着けよ……てめぇが不甲斐ないのがいけねぇのさ。

 諦めが良すぎるってもんだぜ、クロコダインよ。

 それに……………しびれを切らしたのはオレだけじゃねぇ」

 

フレイザードが指差した先………、そこには

 

「ヒュ、ヒュンケル!」

 

道を塞ぐ百獣魔団を、読んで字の如く道を”切り開いて”きた魔剣戦士が佇んでおり、

彼の手には今しがた首を跳ね飛ばされた暴れザルの生首が握られていた。

 

「お前までも………! よ、よくもオレの部下を……味方を!」

 

「ふん……クロコダインよ………

 アバンの弟子に死を懇願するとはな……失望したぞ。

 それほど死にたいのならば、このオレが引導を渡してやってもいいぞ?」

 

ルーラを唱えたでもない2将は、

味方を背後から焼き凍死せしめ、あるいは斬り捨てながら

極々短時間でかなりの距離を踏破しここまで来ている。

アバンも、デルムリン島にてモンスターを蹴散らしながら

高速で全力ダッシュをした例があるにはあるが、

常人ではおよそ信じられぬ事実である。

血を垂れ流しながらもクロコダインが、

 

「なるほど……オレを処刑しようというのか……! だがッ!」

 

左腕に渾身の闘気を溜め、その腕を一瞬肥大化させる。

だが2将は動じることなく、

 

「おいおい、落ち着けよ。 てめぇを処刑しようってんじゃねぇ。

 ハドラー様の命で連れ戻しに来たのよ…………、

 ヒュンケルッ!!」

 

フレイザードがクロコダインの気を引き、

その隙をついて、

 

「海波斬!!」

 

音速の剣撃波をクロコダインの足元に放ち、煙塵を巻き上げ、

視界とバランスを奪った挙句に、

 

「おネンネしてなッ!!」

 

懐に潜り込んだフレイザードの爆炎(フレア)パンチを、

死んでも構わないとばかりに鋭くみぞおちに打ち込まれて流石の獣王も昏倒した。

犬猿の仲である氷炎と不死の団長であるが、その割には良いコンビネーションと言えた。

突然の仲間割れに呆気にとられたアバン達……、

であったが、それ以上に衝撃的なことが目の前で起きて、一同は唖然とした。

 

「ア、アバン流刀殺法………!!?」

 

「な、なんで先生の技を!!」

 

「まさか………その名、その声、その太刀筋……!

 似ている………! ヒュンケル、あなたなのですか!!?」

 

ダイの、ポップの驚嘆。 そして……、

余りに突然の、意外な場面での1番弟子との再会。

常に冷静さを失わないアバンでさえも

一瞬思考が止まる程の……まさしく青天の霹靂。

 

「…………久しいな、アバン。

 そうだ……! オレはヒュンケル………!

 貴様の1番弟子にして、魔王軍6団長の1人……、

 不死騎団長ヒュンケルだ!!!」

 

瞳の輝きしか覗けぬその兜の隙間からは、

憎悪の眼光がぎらぎらと燃えたぎっていた。

 


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