ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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ロモス決戦 その五

()った……!)

ヒュンケルはそう確信した。

袈裟斬りの形で肩口から斬り進み

心の臓を通り越えてそのまま斜めに両断してくれる。

魔剣戦士はそう思ったがしかし、

 

「ぬぅ!!」

 

アバンが裂帛の気合とともに闘気を込めた両の手でネクロスをがっしり掴むと、

ヒュンケルがいかに力を込めようともそれ以上斬り進むことができなくなった。

ピクリとも動かない、というわけではないがかなりのパワーで固定されている。

その時、アバンがまばゆい光に包まれて、

斬り裂かれつつあった肩口の傷が徐々に塞がり始める。

 

「ベホマの光…? フッ!」

 

小馬鹿にするように笑ったヒュンケルは、左手だけをネクロスの柄から離し

 

「闘魔傀儡掌!!」

 

魔剣戦士の左腕からどす黒い、

糸状になった暗黒闘気が瞬間的に伸びてアバンへと絡みついていき、

ヒュンケルが左手の指を一本折り曲げただけでアバンの舌の筋肉が硬直し、

ネクロスの刃を抑えていた手の指が無理矢理に開いていく。

 

「……っ! あ…ぐ………っ!!」

 

回復呪文は、軽傷ならば瞬時の回復も可能だが

今しがたアバンが負ったような深い傷ならば例え最高位のベホマといえど、

長く唱えなければ全快はしない。

アバンが唱えたベホマは、闘魔傀儡掌によって妨害されて徐々にその光を失っていき、

抵抗虚しく指も震えながら強制的に開かされて魔剣が解き放たれ

 

「終わりだ! アバン!!」

 

ヒュンケルがそう叫んだ瞬間、

魔剣戦士の背後を一陣の風が横切っていき、

そこに僅かな違和感を感じた彼であったが、それをすぐに塗り潰し、

すぐ目の前の死に掛けにとどめを刺さんとしたが突然両手から力が抜けていき…

それを自覚した途端ヒュンケルがごぼり、と大量の血を吐いて兜の隙間から溢れさせた。

 

「な、何が…起き、た……ッ!?」

 

気づけば闘魔傀儡掌も消え去り、

ふらついた足取りで己が意図しないのに数歩ヨロヨロと後ずさる。

そのまま持ち主に引きずられ、ずる…とネクロスがアバンの体から抜けると、

解放されたアバンは傷口を押さえながらある一点へ視線を送っていた。

そこはヒュンケルではない。 彼を通り過ぎたところ。

 

「ダイ君…!!」

 

(ダイだと? あの青二才がオレに何かしたというのか)

そう思ったヒュンケルがダイを見ようと振り向く……寸前、

ヒュンケルの膝が折れて、

いつの間にか雪原に溜まっていた己から垂れ流れた血だまりにそのまま突っ伏し、

ヒュンケルの意識はそのまま暗転した。

倒れ伏した彼の背には大きな斬撃の跡が一筋刻まれている。

それは深く、広く、皮一枚で胸と腹が繋がっているに過ぎない程の致命傷で、

おびただしい量の血を今もドクドクと吐き出し血の池を作っていた。

 

「ば……バカなッッ!!! オレでも小僧の動きを捉えられなかったぞ!

 い、一瞬だ!! 一瞬で、あのヒュンケルの背を斬り裂いた!!

 そ、それに……あ、あぁ…あ、あ、あれはァ……あの紋章はッ、

 ドラゴン!!! (ドラゴン)の紋章!!!」

 

戦場に設置されていた

一段高い指揮用の移動台座から全てを観ていた魔軍司令が恐れおののく。

彼のような若い魔族ですら知っている天界の伝説。

今、軍団最強の魔界の英雄ボリクスが戦っているはずの竜の騎士。

その証を額に顕現させた少年が目の前にいたのだ。

一度に2人の竜の騎士が世に出現するなどありえないことで、

少なくともハドラーの知る伝承ではそうなっている。

 

「あ、あいつが(ドラゴン)の騎士だとでもいうのか!?

 だが竜の騎士はカール戦線でボリクス達と戦っているはず………!!

 それにあの小僧の名は、たしか………そうだ、ダイだ!

 バランとは違う個体の竜の騎士とでもいうのか!!」

 

ハドラーは全身に脂汗をかき、動揺を隠せぬ様子で、

魔軍司令のその様と…そして少年の額に輝く紋章を見つめる八つの瞳が怪しく光る。

 

「間違いなくあの紋章は竜の騎士…………。

 グブブブブブブブブ………! まさか生きていたとはな!」

 

「どういうことだゴルゴナ! おまえはダイを知っていたのか!?」

 

ゴルゴナの知識と経験は自分を上回っており、

だからこそ参謀として側に置いていたのだ。

知っていたのならばさっさと教えろ、という視線を背虫の冥王へ向けると

 

「………魔軍司令殿……フレイザードだけでは竜の子には勝てぬ。

 我の出撃をお認め下さいますな?」

 

「な、なに!? 待て! い、イカンッ!! どけぇ!!!」

 

ハドラーの言葉と視線を相手にせず、そのままゴルゴナの体がフワリと浮かぶと、

慌ててハドラーが周囲の親衛隊を殴り飛ばして指揮台座から飛び降りる。

 

「腐…病…葬…怨…魔………腐…病…葬…怨…魔………!!

 ヒュンケルが倒れた今、不死騎団の指揮権は我が元に還る(・・)

 妖魔士団………不死騎団………勇者どもに殺到し、圧殺せよ!」

 

暗黒の瘴気を固めて黒雲とし、それに悠然と身を預けると、

黒雲が発する腐毒が直下の移動台座とその周囲のハドラー親衛隊に降り注ぎ、

「うっ、うがっ、うぎゃああああ!?」「ひ、ひぃぃ! ぐ、ぐる…じい!!」

「ひいいいい!か、体が溶けるぅぅぅ!ハドラー様ぁぁぁぁ!!」

断末魔をあげてガーゴイルやアークデーモン達が腐り崩れていく。

それらをハドラーはただ黙って見つめ、

(お、恐ろしいやつ……! 逃げるのが遅れていたら……オレも……)

恐怖に引き攣った蒼白の顔となる。

もはや完全にハドラーを眼中から消したゴルゴナは瘴気の上から、

 

「ぐぶぶぶぶぶぶぶ……大蠍の赤い心臓、アンタレスが燃えておる……。

 天に燃ゆる金蠍宮(スコーピオン)の火の心臓よ…。我が従属にかりそめの命を与えるべし…。

 百獣魔団よ………冥府の底より来たれ」

 

世の摂理に逆らう悪魔の文言を呪詛のように唱えると、

やや離れた前線……勇者たちの周辺で、

 

「あ、あぁ!! う、うわあああ!!

 し、死んだモンスターがっ、い、生き返ったぁぁ!?」

 

ポップが怯えながら叫んだ通りの事象が起きた。

 

「こ、これは………う、ぐ…!

 なんという、お、恐ろしい………魔法、なのか!? 信じられん……!」

 

ヒュンケルに負わされた傷を再度ベホマで癒しているアバンだが、

血を多く流し過ぎたし、なにより単純に傷が深すぎる。

視界と足がふらついて定まらないが、すかさずポップが走り寄って来て

 

「せ、せんせぇぇぇっ! ほ、ほんとに良かった!

 で、でもあれ……一体どういうことっすかぁ~~~!!」

 

恩師を案じ、支えながらも縋り頼る。

アバンと共に倒した1万体近くの百獣魔団の死体達が、

負った傷もそのままにズルリ、ズルリと立ち上がり、迫ってくる。

上空からはサタンパピー達が………、

地響きを立てながら不死騎団の骸骨達が………、

 

「クカカカカカッ!! 勇者どもォ! てめぇらはおしまいだぜ!

 ゴルゴナの旦那が動き出しちまったからなぁーー!!

 ク~~クックックッ……ブリザード、氷河魔人! もっとだ!!

 全てを凍てつかせるのだァ!!」

 

そして、厳重に勇者たちを囲む氷炎魔団が更なる猛攻を加えてくる。

猛吹雪のダメージに回復を阻害され未だ傷と体力が癒えきらぬアバンは、

(い、いかん……これは……まずい。

 な、なんとか……ポップとダイ君だけでも………逃さなくては!)

危機感を募らす。

その時、

 

「う、ううううう……!!!」

 

魔物たちを睨み続けていたダイの額が強く光輝き、

少年の小柄な肉体を誰の目でも分かるほどの強力な闘気が包み込む。

 

「うおおおおおおっ!!!」

 

ケモノのように吠えたダイの内から更なる闘気が噴出し、

餌に群がるように寄ってきた魔王軍達を吹き飛ばす。

這いずり寄ってきていたアンデッド達がバラバラになって消し飛び、

膨大な闘気流が氷炎魔団の前衛を消滅させる。

そしてそれだけの闘気の余波は、とうぜんポップとアバンにも襲いかかり、

 

「まずい……! ポップ、伏せなさい!!」

 

「うべぇっ!」

 

闘気弾で地面を抉り小さめの穴をあけたアバンは、

反射的にポップの頭をそこに叩きつけて伏せさせる。

 

「な、なんだァ!! あのガキ……! まだこんなパワーを!!

 伊達にヒュンケルを瞬殺してねェってことか……!」

 

距離があったため、闘気はフレイザードの体表を軽く炙っただけで

ダメージこそほぼ皆無だがダイの迫力に気圧される。

(クロコダインとヒュンケルを立て続けに破ったあのガキはヤバイ。

 ………アバンの方が仕留めやすく手柄もデケェ……、

 それに、ゴルゴナの旦那はあのガキが光りだした途端に動いた。

 旦那の狙いは十中八九ダイとかってガキ………つまり!)

瞬時に判断したフレイザードは、

 

「氷炎魔団はアバンと魔法使いのガキを狙え!!

 そいつは妖魔士団に任す! 氷炎魔団、突撃! アバンを仕留めろ!!」

 

氷の瞳を見開いて号令を下す。

 

「ぐぶぶぶぶぶ……そう、それでよい。

 貴様ではダイの相手は荷が勝ちすぎる。

 幼き竜の騎士よ…………貴様の相手は我がしてやる……」

 

黒衣から爪を鋭く突き出したゴルゴナは、

そのまま腕を天にかざすと

 

「腐…病…葬…怨…魔…ぐぶぶぶぶ」

 

見る見るうちに爪の手のひらの先に純粋な破壊エネルギーの球体を生じさせ、

 

「てぃやぁぁぁーーーッ!!!」

 

眼下のダイ目掛け撃ちだす。

 

「……! お前が…お前がモンスター達を苦しめているのか!!

 許すものか……、お前だけは!!」

 

ダイの闘気に散らされたゾンビモンスター達は、

消滅したものはまだ幸福であった。

多くのモンスターはただ体が千切れ、ひしゃげ、

より悲惨な苦しみを伴ってダイに向かわされる。

モンスターは友達。 そう育ってきたダイにとって、

彼らの怨嗟の声とおぞましい姿を見るのは耐え難いことだ。

高速で迫るゴルゴナの光弾をにらみパプニカナイフを逆手に持つと、

 

「アバンストラッシュッッ!!!」

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)が込められた奥義を叩きつけ、

冥王の光弾とストラッシュがぶつかった瞬間、大きな爆発が起き轟音が響く。

(大した威力だ……。 父には劣るが、あの年であれだけできれば上出来といえよう。

 ………確実に捕らえるためにもっと追い込みをかけるか……)

 

「ぐぶぶぶぶ……我を相手にしている余裕があるのか?

 百獣魔団の死体はまだまだある………そして不死騎団も到着した。

 グブブブブ! かかれ、かかれ……安らかな死が欲しければ我が命に従え!」

 

「き、貴様ぁ~~!! うわっ!!?」

 

尚もダイはゴルゴナを射殺さんばかりに睨んでいたが、

大量のアンデッドが波のように四方八方から襲いかかる。

 

「う……うう……痛い……殺して………殺してくれェ……」

「助けて……いやだぁ………もうオレを起こさないで……グガガガ…」

「死なせてくれ……痛い……全身が焼けるうぅ………痛い、痛いィィ」

 

動く骸となったモンスター達から絶えず聞こえる恨みのコーラスが、

ゴルゴナの耳にはとても心地よく聞こえ、

そしてダイにとっては心がバラバラになりそうな程に苦しく聞こえる。

 

「やめろ……やめろぉぉ!! やめてくれ皆!! やめてくれよぉぉぉ!!」

 

涙を流しながらダイは枯れ葉を薙ぎ払うかのように

ナイフで、素手で、呪文でモンスター達を殺す。

竜の騎士として覚醒しているダイに雑魚モンスター達が敵う道理はない。

だが、竜の騎士の力は確実に浪費されるのだ。

 

「グブブブブ……もっとだ。 もっと激しく、執拗に………。

 まだ死ぬことは許さぬ……甦れ、百獣魔団よ。 ダイを攻撃せよ」

 

飛び散った肉片と滴る血から異形のアンデッドモンスターが生まれ、

新たな脅威となってダイへ再三攻撃する。

アンデッドを破壊すればその残骸から

2体3体と異種再生をするよう改造されての強制蘇生。

ダイとモンスター達にとっての悪夢は終わりを見せない。

(ヴェルザーを破った竜魔人形態………、やはり変身は出来ぬようだな。

 幼さ故か……混血故か……どちらにせよ、

 ならばダイに打つ手はない………このまま削りきり生け捕りにしてくれよう)

もはやダイの周囲は異形の怪物で埋め尽くされて、

空からは数百体のサタンパピーが

アンデッドごとダイ目掛けてメラゾーマの集中砲火を浴びせている。

アバンとポップも同じように地上と空を氷炎魔団に囲まれて、

フレイザードは波状攻撃を繰り返し

獅子狩りの要領で勇者と弟子を追い詰めていた。

 

 

前方で繰り広げられる勇者達と魔王軍の戦いを見ていたハドラーは、

朽ちた部下の死体を不機嫌そうに踏み潰し、

 

「チッ! ゴルゴナめ………オレを軽んじおって!

 ………だがまぁいい、奴がアバンどもを追い詰めているのは確かだ。

 それに、前線にはフレイザードもいる。 ゴルゴナ一人の手柄にはさせんぞ。

 フ、フフフフフ………あの小僧がドラゴンの紋章を発現させた時は驚いたが、

 お陰で気に食わんヒュンケルも戦死し、

 そしてオレの指揮のもと勇者と竜の騎士の一匹を始末したことになる!

 バーン様もお喜びになり、オレの地位も安泰というものだ!

 もうボリクスにもゴルゴナにもでかい顔はさせん!」

 

魔軍司令の勝利を確信した高笑いが混沌の戦場の空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃあ、これは急いだほうがよさそうだね。

 あの馬鹿でかい、勝ち誇った感じの笑い声は聞き覚えがある。

 あそこに敵の親玉がいるようだ………全速力で行くよ、マァム、ミーナ」

 

はい!と元気よく返事をする道着姿の美少女を伴った老人が

更に走る速度を上げ、もうもうと煙立つ戦場へ向かっているのをまだ誰も知らない。

 


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