ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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肥大する悪

永遠の曇天と雷雲、嵐が渦巻く乾いた大地…

もはや故郷とさえ思える程に居心地がいい魔界の第7宮に帰還したゴルゴナは、

地上をほったらかしにして研究に没頭していた。

時間にして1ヶ月程度であったが、その間に地上は慌ただしかったらしい。

 

ハドラーの攻撃によってカールとベンガーナが完全に滅亡し、

両国の残党は辛うじて健在であるロモス王国へと亡命した。

魔王軍を裏切った百獣魔団(既にボロボロの残党だが)と

その団長もロモスにて人間の味方となるのを公言していて、

自然とロモスが反魔王軍の最後の砦となったのだった。

俗にロモス決戦と言われる先の戦で魔王軍の大軍を退けたことで

人類は希望を持ちさぞ結束している……と思いきや

ロモスに集った数はお世辞にも多いとは言えない。

 

その最大の理由は、ギルドメイン統一を成し遂げ

平和と繁栄を謳歌している親魔王軍国家リンガイアの存在である。

人間、誰しも安寧が欲しい。

絶大な強者が統治しそれを保証してくれる大国が目の前にあるというのに、

わざわざ熾烈な闘いを繰り広げる国に住みたいとは思わない。

しかも先の敗戦が嘘のように魔王軍の大軍は未だ健在で、

ロモスは大陸際で辛うじて侵攻を食い止めているに過ぎない。

10万の軍勢を失うことさえ魔王軍にとっては軽傷なのだ、

と人類社会が思うのは当然であった。

 

飢えと襲撃による死の恐怖に怯えて日々を過ごすよりも、

衣食住と安全が与えられるのなら魔物の庇護の下に入りたい。

人間の意地と誇りだけで飯は食っていけない。

それを心の支えにして「飢えて死ぬ方がマシ」と言える人間は少なく、

大半の普通の人々はリンガイアという新天地に居場所を求め、

また魔王軍もそれを受け入れ、

衣食住の保証まで声高らかに謳っている為にロモスに集う人々は少数派だ。

脱落者も日に日に増えていて、人類は確実に追い詰められている。

 

 

 

 

 

 

そして人類側が知る由もないが、

最悪なのは魔王軍の重鎮・ゴルゴナの研究が新たな段階に移行したことだ。

透明なカプセルを満足気に見る冥王が、

 

「キアーラ、状態はどうだ」

 

古代ジパングの貴族ちっくな麻呂眉の少女に言う。

 

「全く問題ありませんね。 安定していますよ。

 んふふ………いやぁ、とうとうやりましたねゴルゴナ様!

 珍しく体を張って色々材料とか情報集めた甲斐がありましたねぇ」

 

豊かな胸を揺らしながら背を反らして自慢気に答える彼女だが、

 

「……実際に動き回っていたのはゴルゴナ様だけだと思うがのう」

 

とムー人最年長のオティカワンは思わずツッコまずにはいられなかった。

 

「そんなことはどうでもいいのです。

 夫の手柄は妻の内助の功あればこそ。

 つまり夫の手柄と稼ぎはあたしのものなのです!」

 

「いつ結婚したのよ………はぁ、キアーラ、あなたね……

 ゴルゴナ様が大魔王軍で大幹部だからってあからさますぎよ?」

 

それに蜘蛛よ?とフロレンシアが計器を読みながら言ってやると、

 

「あたし、爬虫類とか虫とか昔から飼ってましたから大丈夫です!

 フロレンシアこそ意識が低くて甘くて危機感足りてないです。

 いいですか?

 あたし達は今まで大蜘蛛のお腹の中で

 あったかーくしてグーグー寝てればゴルゴナ様が勝手に色々やってくれてましたよ。

 でも、もう分離しちゃったんです!

 別個体になった今いつ何が理由で切り捨てられるか分かったもんじゃありません!

 だって鬼畜外道のゴルゴナ様ですよ!?

 フロレンシアこそゴルゴナ様に色目使った方がいいんじゃないですか譲りませんけど」

 

キアーラは熱弁を振るった。

 

「……同化してた時とて、私は切り離されて見捨てられましたが?」

 

遠い目で自虐的なトピアポ。

オティカワン老が、

 

「無駄口を叩くでない。

 必要とされれば我らは永遠に大魔王様とゴルゴナ様にお仕え出来よう。

 だが、不必要となればすぐに永遠の命は取り上げられる。 それだけじゃ」

 

賢人の中でも年長ということもあって流石に的を得た発言をする。

グブブブ…と微かに冥王が笑いだし

 

「その通りだ。 貴様らが我と主に存在の必要性を証明する限り、

 貴様らは永遠に我等と共にある。

 大魔王様は褒美も望むがままに下賜なさるだろう」

 

八つ目で部下達を見渡す。

そんなゴルゴナの横でキアーラは1人、

(え。 じゃあゴルゴナ様と結婚したいって今度の褒美にねだればいいってことですね。

 他の皆は今度のご褒美でそれを貰うんでしょうけど…………

 もうあたしは永遠の命と美貌は大魔王様から貰ったしなぁ~~~。

 ……やっぱゴルゴナ様貰うしかないじゃないですか)

ニマニマと笑っている。 

ザボエラは丁度、ふとした拍子にその笑顔を見てしまい……

個人的な趣味をどうこう言うつもりはないが、

(キアーラ殿はちょっとおかしい(ホンモノだ)わい……)

と鼻水を垂らして頬をヒクつかせていた。

 

透明な槽から溶液が排出されると

中の有機ゴーレムはズシャリ、と2本の足でしっかりと立ち、

ガラス球のような無機質の瞳をギョロリとさせ目の前の主を見ているようだった。

 

「ぐぶぶぶぶぶぶ……素晴らしい。

 人間との混血である竜の騎士ダイ………

 奴の不純物混じりの血こそが我らの道を切り開いた。

 人間の不完全さが、完成されていた竜の騎士の性能の新たなる伸び代となったのだ!

 そして混じりし人の血が、聖と魔の力の媒介となった。

 竜の騎士と人の血……その配合率は正しく神の奇跡の産物………!

 それを今度は我が利用してやったのだ………グブブブブブブブブ!」

 

そう。 この有機ゴーレムはとうとう神の兵器の領域へと手が届いた証明。

人造竜魔人とも言うべき存在を造り出すことに冥王が成功したのだ。

研究所の培養カプセルに浮かんでいた肉人形はエリミネーターの雛形……

つまりはかつてムー帝国で稼働していた有機ゴーレムと同じ見た目だが、

そのボディの性能は桁違いであった。

竜魔人の堅牢さに加えてマホイミ対策も施してある。

新たに、魔界に住む”魔力を喰らう異形生命体”の組織を組み込んだ。

そのモンスターは大魔宮(バーンパレス)の心臓部・魔力炉に使われているのと同種で

全ての魔力を吸収してしまう性質を持つ。

回復呪文も受け付けぬが、だからこそ過剰回復をせぬし、

物理攻撃で負った傷はイマジン細胞が癒やす。

絶滅危惧種、というわけではないが数が多くないのが異形生命体を使うにあたっての問題だが、

人造竜魔人は簡単に量産は出来ないハイエンド機なので問題はない。

超魔細胞とイマジン細胞。

竜の騎士の聖の力と魔界樹の邪の力。

まさにこの肉人形は全てが調和していた。

 

「不老不死、超再生、吸魔能力…………そして竜魔人に匹敵する強靭さ。

 ………………ぐぶ、…………グブブブブブブブ!

 見たか! 神どもめ(・・・・)!!

 見るがいい! 太陽王!! 人の叡智を信じられなかった愚かなる兄よ!!

 我は、我らは到達したぞ! 神の領域に! 科学は限界を超える! 超え続ける!」

 

冥王がタガが外れたように笑いだす。

これ程の大笑いは、長年を共にしてきたムー人達とて見たことがない。

その笑い声は、冥王の名に相応しい暗黒の奈落の深淵から響いてくる怨嗟を思わせる。

楽しげな恨みこもりし呪いの声。

邪悪なる愉悦の嬌声。

盟主の笑いに釣られて、6人のムー人達もやがて笑い出す。

全てを投げ打って邁進してきた研究。

1万2千年の恨みが込められた笑い声。

1万2千年の狂気が実りを結んだ喜び。

1万2千年の渇望が満たされる充足感。

1万2千年越しの悲願成就への明確な道筋が見えた瞬間………

いや、まさに今、彼らは一つの到達点に辿り着いたと言える。

 

「キヒ、キィーヒッヒッヒッヒッヒッヒ…!

 ま、まっことにめでたいですなァ~~~~! は、はは……」

(ひ、ひぃぃぃぃ、なんじゃコイツラの笑い声……まるで死の言葉(ザラキ)じゃ!

 き、聞いてるだけで………わ、わしが……ち、ちびりそうじゃ…!)

 

小柄な魔族の老人は、ガタガタと震えながら愛想笑いを忘れない。

7人のマッドサイエンティスト達に囲まれて、今日も彼の研究は充実していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、竜魔人級の強さを秘めた肉体の不老不死化に成功した。

 ………………そういうことか」

 

「ハッ」

 

実験の成功を見たゴルゴナはすぐさま地上のバーンの元へと戻った。

そして今、大魔宮(バーンパレス)の玉座の間にて背虫を更に丸めて大魔王の前に付している。

大魔王の左右には白の影と黒い死神………いつも通りの彼らが控えていた。

しかし、両幹部の目は驚嘆に見開かれ、その視線は主と冥王を2度、3度行き来した。

 

「……………人造竜魔人、か」

 

ポツリと大魔王が言った。

数拍の静寂が玉座の間を支配すると、やがて

 

「………フッ………フッフッフッフッ………ククッ、クハハハハハ……。

 はっはっはっはっはっはっはっはっ!!」

 

威厳と冷静さを決して失わぬ大魔王が歓喜に笑った。

その笑い声だけで大魔宮(バーンパレス)が揺れる、

と錯覚できるほどの威圧と魔力が込められた魂の底からの笑い。

 

―――ズズズズズズ

 

いや、正しく揺れた。 天地魔界が彼の笑いに怯えたように揺れたのだ。

ミストバーンですら

「バ、バーン様……!」

思わず声を出し、キルバーンの肩の上ではピロロが

「ひ、ひぇぇぇぇぇ!」

頭を抱えて死神の影に隠れていた。

これ程の笑いはどれ程ぶりか……。

バーン本人とて自分で少々驚いてしまう。

おっとイカンな………、そう言って笑いと共に解放されていた魔力と闘気を抑える。

 

「ふふふふ………昂ぶりすぎたな……。

 お前は中々に余を楽しませるのがうまい………。

 その人形……………すぐに使えるのか?」

 

大分落ち着いた様子のバーンが

微動だにせず己を見つめてくる大蜘蛛の魔人を見つめ返す。

 

「エリミネーターは命令に従うように

 細胞にプログラム……呪印を組み込んでいましたが、

 しかし、人造竜魔人は肉体と魔的防御が強すぎるのが逆に問題です。

 強化しすぎたイマジン細胞が呪印を食い無効化してしまいます」

 

「……では制御が効かぬと言うつもりか?」

 

「簡単な命令ならばこなせましょう………。

 しかし、仰るとおり複雑な命令となると実行は不能でございます」

 

欠陥。

明らかにそれがあると思えるが、

淡々と説明する冥王の言葉に滲む自信は一切揺らいでいない。

それがわかる大魔王は寧ろ笑みを浮かべる。

 

「ほう………このような紛い物で余をぬか喜びさせたのか?」

 

「ぐぶぶぶぶぶ…………。

 有機ゴーレムは器……………”空の器”にございます。

 器にはそれに相応しきモノを入れてやれば良いだけの話」

 

ミストのことを言っているのか?

一瞬、大魔王は思ったが、ミストバーンの正体については秘中の秘。

キルバーンもゴルゴナも流石に知らぬ筈であった。

もっとも、知られた所でどうとでもなる…と彼は確信しているのだが

それはさておいて大魔王は愉快そうに尋ねる。

 

「相応しきモノ………か。

 フッフッフッ…………さて何を注ぐが良いか」

 

「グブブブ……恐れながら…………。

 先の戦いで大魔王軍6軍団はその一角……獣王クロコダインを失いました。

 いまや彼は難敵となって我らの前に立ち塞がっております」

 

ゆっくりと片手を薙いで言外に、続けよ、と示すバーン。

 

「再調整中のヒュンケルの穴は我が埋めることが出来ますが、

 我が強いケモノ共を率いるにはそれをねじ伏せる更に強い獣性と野生が必須。

 裏切り者共を血祭り上げるに相応しきは新たなる百獣魔団。

 それによって魔王軍の健在ぶりを世に示す事にもなります」

 

「…………フッ、なるほど。

 確かに軍団がそっくり寝返ったまま放置しているのが現状。

 あの程度の裏切り、蚊に刺された程ではあるが……面白く無いのは確かではある。

 人造竜魔人………それを新たな軍団長とし新生百獣魔団を創る…………。

 くっくっくっく……………うむ、面白い遊戯だ」

 

片手の空のグラス。

ミストバーンが魔界でも屈指の美酒を主に注ぐ。

トクトクと音を立てる真紅の波を見つめながら、

 

「……………器に何を吹きこむつもりだ」

 

目だけで笑った大魔王が問うた。

ゴルゴナはたっぷりと間を置いて、かつて……と切り出す。

 

「我が故郷の世界。

 アレフガルドにて、我とともに異魔神に仕えし四大魔王在り………。

 その1人………………

 クロコダインと同じ武名を持つその男は武運つたなく勇者に敗れましたが、

 その者の魂、未だ勝利と戦に飢えて冥界を彷徨っておりましょう。

 かつて異魔神を呼び出した大召喚器を用いて、

 その魂を呼び寄せゴーレムを使い受肉させまする」

 

「………わざわざ異界から死者を呼び寄せる。

 その価値があるのか?」

 

バーンの問いかけに深々と頷き肯定する。

 

「強き肉体には強き魂を。

 その者の名は獣王グノン………必ずやバーン様のお役に立つでしょう」

 

それを聞いて魔界の神は、よかろう、とあっさりと許可を出す。

話の中程で既に許可を出す気になっていたのだ。

失敗してもリスクは無く、成功した時のみリターンがあるあまりにも緩い賭け。

魂の呼び寄せや定着に失敗しても人形の使い道は腐るほどある。

いざとなればミストのスペアにしてもいい。

 

「思うようにするがいい。

 これが成功すれば余の軍勢は更なる飛躍を遂げる。

 異界の戦士をも余の部下とし………天界を食らった後は………………。

 お前の故郷にでも行ってみるか。 ん?」

 

ゴルゴナをからかうように笑う。

その瞬間、大魔王の脳裏に果てしなく広がる異世界のヴィジョン。

異界の神々、異界の魔王、異界の勇者。

果てしなく続く三千世界。

 

………………太陽。

余はそれを手に入れた後何を成す?

魔界の恒久的な統治。 それは当然だ。

地を滅し、天を滅ぼし魔の時代を手に入れた後………余は………。

 

大魔王が、静かに笑った。

 


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