ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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グノン

大召喚器。

精神を投影させる念象投影器を

大魔王陣営の技術力を使い可能な限り再現したものだ。

その性能はかつて彼が使用し、異魔神の精神を常に鎮座していた器とほぼ同じ。

宮殿の薄暗い一室。 荘厳な装飾が施されたこの大部屋にそれは設置されていて、

巨大な受け皿にも見える召喚機の前には伏して祈る冥王の姿があった。

ゴルゴナはくぐもった不気味な声を部屋に反響させていたが、

その声にはほんの少しの郷愁が含まれていた。

 

「ぐぶぶぶぶぶ………久しいな、グノン」

 

「…………何用だ。 俺を笑うためにわざわざ死者を呼んだか、冥王」

 

冥王に答えた声には力強さと鋭さを感じるが

どこか覇気は感じられぬ気の抜けた感じで、何より不機嫌そうである。

 

「ぐぶぶぶぶ………不貞腐れているようだな。

 勇者アルスに殺されたのが余程堪えたとみえる」

 

「………………貴様」

 

「慌てるな。 お前を辱めるために呼び出したのではない。

 このゴルゴナとて、勇者アルス共に殺されたのだ………お前を笑うことは出来ぬ」

 

「なに!?」

 

投影器に浮かぶヴィジョンが揺らめいた。

グノンは、目の前にいるこの大蜘蛛が嫌いだった。

というよりも、四大魔王は全員仲が良くない。

ヒュンケルとフレイザード程の”会えば一触即発”とまではいかなかったが、

魔人王ジャガンはその出自もあって他の魔王に噛みつく狂犬であった。

それはともかく、グノンはこの大蜘蛛が好きではない。

だがその力は誰よりも恐れ認めていた。

竜王のように甘さもなく、魔人王のように人間を捨てきれない半端者でもない。

故に驚いた。

そして疑問に思う。

 

「お前が殺された……?

 ならば俺を呼び出したお前は何者だ。

 貴様は己が死すらも操れるのか、冥王」

 

「流石に我であっても己の死は覆せぬよ。

 我は死の淵から掬い上げられたのだ………グブブブ」

 

「ほう。 異魔神様が我々を救ってくださるというのか。

 俄には信じられぬ。 あの方は我らなど歯牙にも掛けていないように見えたが」

 

グノンの脳裏には飽食の怪物・海王リヴァイアサンの姿がよぎった。

知恵無き単細胞生物となったリヴァイアサンは

敵味方の区別なく永遠に侵食と増殖を繰り返す破壊の権化だ。

勇者アルスが海王を討てなかった時は、四大魔王総出で対することになっただろう。

その一瞬の思考を遮ったのは、聞き慣れた呻き笑い。

 

「ぐぶぶぶぶぶ…………異魔神が我らを蘇らすわけがあるまい」

 

ああやはり。

グノンは納得する。

だが、死者を蘇らすなど生半可な者では出来ない。

死者を操るゴルゴナ以外でそれが出来る者など異魔神以外には考えられないが、

ゴルゴナが異魔神に敬称をつけず呼び捨てにしている時点で、

もはや自分達と異魔神の縁は切れているのだと察した。

グノンは武人というよりは軍人然とした男でその思考はドライであった。

忠義を軽んじるわけではないが、それよりも己を活かせる場を求める。

彼もまた異魔神という存在を過去に押しのけた。

 

「貴様を蘇らせた何者かに、俺を推す……ということか」

 

「流石は獣王だ。 話が早い………。

 我を蘇らせたるは大魔王バーン…………!

 お前に、かつて異魔神に与えた肉体以上の器を用意した。

 その器でもって蘇り、我と共に大魔王バーン様を支えようではないか」

 

グノンの揺蕩う魂を見上げながら冥王が言う。

 

「異世界で力を蓄え…………

 いずれアレフガルドに戻りしその時こそ勇者アルスに雪辱戦を挑むのだ。

 先手は貴様に譲ってやる…………我はアルスよりも導師タオに用がある。

 …………………貴様とて死に微睡むのを是としているわけではあるまい。

 獣王グノンは死して尚、勝利を渇望する男。

 お前は”退く”ことはあれど”諦め”などという負け犬の感情はあるまい。

 それに…………この世界にも獣王を名乗る者がいる。

 貴様以外にケモノの王を名乗らせておくのか?」

 

グノンは即答をしなかった。

静寂の部屋に召喚器の駆動音がブゥゥゥゥン――と響くのみだった。

だが、1分ほどもしてから

 

「………………質問がある。 答えろゴルゴナ」

 

グノンが言うと、冥王は黙って頷いた。

 

「俺は貴様の屍術によって縛られるのか」

 

「我の力が及ぶところではない。 受肉後には貴様はあくまで我と対等だ」

 

「大魔王バーンに俺を使いこなす器量は」

 

「ぐぶぶぶぶぶ………貴様自身で確かめよ」

 

「そちらの世界からアレフガルドに帰還する目処はあるのか」

 

「この世界の天の神々が旅の扉を保有しているのを確認している。

 我の念象投影器とバーン様の超魔力があれば可能である」

 

お前と会話出来ているのが良い証拠だ、と最後に言った。

 

「……………フンッ、いいだろう!

 俺をそちらに呼べ。

 紛い物の獣王の首………俺がねじ切ってやろう」

 

グノンが言い終わるやいなや召喚器がより強く光と音を発して、

遥か彼方の異空へと繋がる魂の道を開きだす。

横向きに倒された浮遊するカプセル型のポッドが

ゆっくりとムー人の手によって運び込まれて、音を立てて透明なシールドを開放した。

冥王が磨きぬかれた床に邪悪の六芒星を灯火によって描けば、

遥か宇宙のアンタレスが煌々と光る。

カプセルの中に横たわる肉人形の無機質な目が、ドクリ、と熱を持った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そちがグノンか。

 ふむ…………ゴルゴナがお前を薦めた理由がわかる。

 よき面構えよ」

 

「はっ………恐れいりまする」

 

片膝をついて深く頭を下げる豊かな毛皮を持つ獣人。

己の両膝をつくのを許さぬ自尊心の高い男ではあるが、

目の前の老爺の威厳に

異魔神とはまた違う威圧を感じて彼は躊躇なく片膝を地につけていた。

 

「お前の肉体は我が軍でも最高のものだ。

 そなたも気に入るだろう……………」

 

しかし、と区切って獣人を見る瞳を隣りに控える冥王へと向けた。

 

「随分と見た目が変わったな。

 これはお前が手を加えた結果か?」

 

「ぐぶぶぶぶ……………いえ、有機ゴーレムは空の器にございます。

 かつて異魔神が宿った折もその姿を大きく変容させました。

 注がれた魂によって姿形は自由自在。

 異魔神は巨大な二足の化け物に…………そしてグノンは生前の姿に」

 

「へぇー、それはスゴイ。

 じゃあ死者の魂を入れれば肉体を完全に失っていても

 ぱっと見、完全に蘇ったように見えるんだね」

 

感心したキルバーンが声を弾ませて言う。

ミストバーンは変わらず黙りこくっているが、

珍しく何かを考えこむような気配がある。

(ならば私は………生来の肉体無き私は、

 アレに宿れば一体どういう姿になるのか)

彼はそう思わずにいられない。

器が魂によって変化する現象にミストの興味は強く引かれていた。

 

「グノン……………

 魔界のモンスターを中心とした新たなる百獣魔団をお前に任せよう。

 余を裏切ったとはいえ、クロコダインは獣王の名に相応しき剛の者。

 見事クロコダインを討ち果たした時……余から獣王の名をお前に贈ろう」

 

「はっ………おまかせ下さい。

 獣王の名…………俺がこの手で勝ち取ってご覧に入れます」

 

ケモノの王。

それを自負している彼は、獣王を名乗れぬ現状に大いに不満があるが、

だが目の前の老王の溢れ出る威厳と魔力の波動。

(間違いなくホンモノ……なるほど、ゴルゴナを従えるだけはある)

グノンはそう確信している。

だからこそ、新参の将という今を受け入れる。

(出世競争も悪く無い………俺こそが魔王軍一と内外に名を轟かせてやる)

グノンの目が野心に溢れてギラリと光る。

 

そうそう、と大魔王が何気なく言う。

 

「余の元に馳せ参じたお前に、余からの贈り物がある。

 受け取るがいい」

 

バーンが手のひらを開き、柔らかな所作でグノンへ振り下ろすと、

 

――ズ…ズ…ズ…

 

と暗黒の渦が宙に生じる。

徐々に渦が吐き出す物体…………それは、

 

「……あ、あぁ! あ、あの輝きは………オリハルコン!?

 オリハルコンの…ハーケン……!」

 

見慣れた己の得物の醸し出す得も言われぬ光沢に、思わずグノンの腰が浮くが、

う、と気付いて即座に自制をきかし、腰を落とす。

それを見て大魔王は、

 

「くっくっくっ…………よい、よい。

 戦士であればオリハルコンでできた武具に心奪われるものだ。

 それはお前の旧友、ゴルゴナに命じ造らせた物だ。

 余は、既に神々の金属ですら自在に調達し鍛造できる……それだけの勢力を築いた。

 どうだグノン。

 お前達の旧主、異魔神と余とでは……どちらが強い」

 

グノンの肩がぎくりとした。

何とも直球で、そして答えにくい質問であった。

バーンとしては、単純に異界の魔神と自分とでより強いのはどちらなのか……

単純に力を絶対の価値観とする魔族の戦士として気になるのは当然であったし、

最近朧気ながら考えるようになった

異界侵攻の目安にする冷徹な思考の故でもあった。

(まだ天界どころか、”蓋”すら破壊しておらぬというのにな…)

取らぬ狸のなんとやらで、我ながら少し呆れる大魔王だが

心はどうしても未だ見ぬ強者ひしめく異界に翼を付けて飛んでいきがちであった。

より強き者を求める。

―――これも魔族の(さが)、か。

グノンとゴルゴナ、2人の異界の魔族を眼下に静かに笑う。

 

言いづらそうにしていたグノンだが、やや間を置いて、

 

「恐れながら………………、

 大魔王様と異魔神では、魔力においては同等かと」

 

グノンが言う。

 

「では魔力以外の点では、余は異魔神に劣るか」

 

グノンの胃がやや悲鳴を上げる。

この身体……失敗作なのではないか!?

とゴルゴナに文句を言いたいような気分だが、

それ以前にとんだ対面式に文句を言いたい彼である。

だが、彼とて尊大の塊のような男。

動揺する姿を見せて大魔王軍の先達らに侮られたくはない。

物怖じせずにバーンと旧主の差を言ってやりたいが、

だが、グノンは異魔神が具体的に活動している姿を知らないのだ。

彼はせいぜい超魔力で海王から知恵を奪った成果しか知らない。

常に恐ろしい威圧感と魔力を漲らせていたが、

異魔神は一切の実体がない。

そして威厳や魔力は遥か高い次元で同等だとグノンには感じるのだ。

 

「い、いえ! そうとも思いませぬ!

 恥ずかしながら俺は異魔神の魔力しかその力の程を測る基準を知りませぬ。

 異魔神は肉なき神。

 魔力と知恵だけの存在でした故」

 

大魔王が感情無き視線でグノンを見ている。

 

「では余と異魔神とで、作り上げた勢力はどうだ。

 余の軍と異魔神の軍ではどちらが優れている」

 

「………それは比べるまでもありませぬ」

 

「ほう」

 

「異魔神の魔王軍は、ハッキリ申しましてゴルゴナが作り上げたもの。

 異魔神は……組織力、部下の心を繋ぎとめようとする(すべ)…………そういったものは皆無。

 奴はまさに虚空より飛来した異形の破壊神。

 力は圧倒的でしたが王を名乗る器ではありませんでした。

 どちらが強いかは計りかねます。 されど!

 優れているのは間違いなく大魔王バーン様でございましょう!」

 

グノンが大魔王を見上げながら言い切った。

新しい主に追従するわけではないが、主たるに相応しいと見込んだバーンへは

多少はこういう機転も利かすのがグノンという男だ。

彼は武辺一辺倒ではない。 機知にも富み策謀も嗜む。

大魔王は満足気に頷いた。

 

「よくわかった。

 ハーケンをとれ、グノン。

 お前には期待しているぞ…………ふふふ」

 

「ハッ! おまかせ下さい!」

 

ガシッ、と怪しく銀に輝いたハーケンを掴みとる。

その重さに懐かしい心地よさを感じ勢い良く1度振ると、

(重さも掴み心地もかつての物と大差ない。 ゴルゴナめ……クソ)

この出来では流石に製造者たるゴルゴナに感謝せざるを得ない…

と思い、グノンは少し顔を顰めて、

 

「…………………………感謝する」

 

冥王をチラリと見て言った。

 

「ぐぶぶぶぶぶ………」

 

ゴルゴナはただ呻き笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい鎌だなぁ…………羨ましい。

 僕もおニューの鎌に変えようかな」

 

グノンとゴルゴナが退出した後、キルバーンがポツリと言う。

(マキシマムくんに頼んでみるか)

死神は金属生命体から手足をもぐ方法に頭を巡らすのだった。

 


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