ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

33 / 42
いつも誤字訂正してくれる方々とても感謝しています。
ありがとうございます。
物臭な私には大変ありがたいです。


ロモスの人々

世界の南西に位置するラインリバー大陸は、デルムリン島から最も近い位置にある大陸だ。

ロモス王国が大陸全土を支配し君臨する大地である。

次々に滅び去る大国達と同様、()の国も先の大侵攻によって滅亡寸前であった。

しかし、勇者アバン率いるアバンの使徒達の決死の活躍と、

勇者達の優しさと決して諦めぬ勇気に心打たれた獣王クロコダインの寝返りもあって

ロモスは命脈を繋いだ。

現在、魔王軍の魔の手から逃れている唯一の人間国家である。

勇者アバンが1週間の時を費やして大陸に超巨大魔法陣をしき…

ラインリバー全土を破邪呪文マホカトールで覆うという超人的所業、

クロコダインと彼を慕う百獣魔団の残党1万の奮闘で

ロモスは魔王軍の散発的な攻撃を跳ね除けていた。

 

「ふぅ………これで終いか」

 

返り血に染まった巨躯のリザードマンが足元で息絶えるバルログを見て溜息をつく。

周りには数百、数千のモンスターの死骸、残骸が転がっていて、

そこら中から血の匂いが漂う。

獣王クロコダインは、魔王軍を裏切った1ヶ月前から激闘の日々に身を置いていた。

アバンが張った結界内から人間の魔法使い達と共に

マッドオックスらのギラの一斉砲撃で大体の数を減らし、

クロコダイン直属のモンスター隊(大魔王の邪気を跳ね除け自由意志で動ける精鋭)

の直接攻撃で片を付けた。

 

「いやぁ、老体にはこたえるわい。

 まったく魔王軍の奴らもしつこいのう。

 毎日のようにやって来おって!」

 

人間の部隊を率いる副長のアキーム、

の横にいた老兵が総隊長であるクロコダインに軽口を叩く。

 

「こんなものは序の口さ、じいさん。

 魔王軍は底が知れない…………多分偵察の一環だよ、これは」

 

クロコダインも老兵と同じように気さくに返す。

兜を脱いだ騎士がつるっぱげの坊主頭を晒して、

 

「バダック殿、負傷者の回収をお願いします。

 自分は総隊長殿と一緒に百獣魔団の方を回収します」

 

老兵・バダックに言うと、おう!と景気のいい返事をしながら走り去っていった。

その背を一瞥しすぐさま息のある部下を死体の山から探し始める。

 

「じいさんも大分無理をしているな」

 

「ええ………バダック殿はパプニカの御主君も未だに見つからず……。

 しかもロモスでは老体に鞭打って最前線………頭が下がる思いであります。

 自分がバダック殿と同じ年齢になっても、

 同じように立ち振る舞う自信はありません」

 

虫の息のリカントの傷口に薬草を擦りこみ、

木の実と一緒に潰した薬草の絞り汁を飲ませながらアキームが言った。

肩にライオンヘッドを担ぎ、脇にビッグホーンを抱えるクロコダインの顔は冴えない。

 

「……毎日5千以上の襲撃が1ヶ月、北から東から……。

 今や総隊長殿の百獣魔団も1万を切り……

 我ら人間の兵も少年兵から老兵まで含めてようやく1万。

 このままでは…………………」

 

大国ロモスの全てを絞り出した全兵力が、

人間とモンスター合わせて2万に満たない。

しかもその内まともな戦力として数えられるのは、

半分を占める百獣魔団のモンスターで人間の戦士は3000程だ。 

のこる7000は年少、老人、傷病者である。

一ヶ月絶え間なく夜討ち朝駆け奇襲強襲。 援軍はなし。 敵は減らない。

人の意地を!と集った彼らでさえ疲れていた。

 

兵たちが各々大量の聖水を持ってそれぞれ死体と土地に振り撒き浄化する。

ゴルゴナの屍術へのせめてもの対抗策として始めたこれも、

ロモスの国力を更に圧迫するのだ。

 

「だが、オレ達は1ヶ月ロモスを持たせた。

 アバン殿とブロキーナ殿………

 そして合流してくれたマトリフ殿達の修行はもうじき完成するはず。

 ダイが竜の騎士の力を使いこなし、アバンの使徒達が団結すれば勝機はある」

 

クロコダインはダイやポップの異常な上達ぶりを

この1ヶ月で嫌というほど見せつけられてきた。

時折実戦にも参加して戦の勘を磨くという荒修行もこなしていて、

特にポップを追い回すマッドオックスに跨るマトリフ老の姿は瞼に焼き付いている。

 

負傷者を人間・モンスター問わず

急造の砦に担ぎ込み終わった頃には辺りは暗くなってきていて、

クロコダイン、アキーム、バダックらはようやく人心地ついて少しの酒を酌み交わした。

が、とても戦勝などという雰囲気ではない。

今回もどうにか魔王軍の強行偵察を追い返した………その程度のレベルの勝利だ。

酒ももはや貴重品で、

大樽で飲める程のクロコダインが

人並みのカップでちびちびと酒を舐めるように飲んでいる。

アキームが、

 

「魔王軍は依然強大。

 ギルドメインやホルキアで、

 徹底的な残党狩りが行われていると斥候の報告にもあります。

 それほどの余裕がありながら、

 なぜロモスに本腰を入れないのでしょうか」

 

クロコダインの正面に胡座をかいて尋ねる。

獣王は、

 

「オレは頭の出来が悪い………大魔王の考えは分からん」

 

言いながら干し肉を千切って、窓の外のガルーダへと放る。

宙で華麗に咥えた側近の怪鳥を見つつ、

だが、と前置く。

 

「竜の騎士が現れ未だに魔王軍にとっての脅威として世界に潜んでいるのが一つ。

 もう一つは、恐らく大魔王はオレ達で試しているんだ」

 

「……なにをじゃ?」

 

バダックの返しに、薄赤色のリザードマンはポリポリと頭を掻いて、

 

「うーむ、オレもいまいち要領を得ないんだ。 スマン、じいさん。

 やはりオレは頭が悪いな…………。

 なんと言うべきかな…………。

 ………………………つまり、大魔王の戦力がどこまで通用するのか。

 それを敢えてオレ達のレベルを上げて試している気がするのだ。

 魔王軍がその気になればオレ達を容易く殺せるはず。

 なのにまるで…………、

 ダイに対しても…………紋章の力を引き出させようとしているような……。

 ダイやアバン殿達に戦力を小出しにして、

 まるでわざと経験を与えているように見えないか?」

 

お陰でオレも少々レベルアップできた、と言ってガハハと笑う。

 

「まぁ、奴らがオレ達を舐めている内に強くならねばならん、ということだ。

 じいさんだって大分強くなったんじゃないか?」

 

「ぬっふっふ、よくぞ聞いてくれたクロコダイン。

 わしのパプニカ一刀流もまるで若い頃のような冴えが戻ってきたわい!

 大地斬ももうちょいで使えそうな気がするわい! だはははは」

 

「自分も朝一のアバン殿の朝礼特訓には参加しておりますが……

 未だに海波斬で躓いております。

 いやはや、本当にダイ殿達は凄まじい才能をお持ちですな。

 確かに彼らを守りきれば人類にも希望がある………。

 そう信じられます」

 

笑顔の下手なアキームが、やや微笑んだ。

 

「ホルキンス殿は既に海波斬をマスターしたらしいぞ。

 いやぁ流石は元カール騎士団団長。 すごい!」

 

もう一人の副長ホルキンスを真似てか、老兵が海波斬の型をとる。 

元気で明るい老人であった。 老いて尚盛んとは彼のことだろう。

クロコダインは彼らを見て思う。

人類はかなり追い詰められている。

絶望的……と言っても過言ではない。

だと言うのにバダックとアキームを始め、

ロモスの戦士達は疲れていても諦めてはいない。

傷ついた百獣魔団にも分け隔てなく回復を施し、

そして今共に飲み食いしている人間と部下達。

これこそ自分が求めいた光景だとクロコダインは確信している。

だからこそ苛烈に人類を攻める今の魔王軍が気に食わない。

(オレは……この光景を守るのだ)

バダックらを見て獣王が豪快に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美しい朝日が昇り、早朝独特の澄み切った空気が心地良い。

ガルーダに両肩を掴まれながら砦を眼下に見下ろすクロコダインは、

戦場特有の血と埃、鉄と火の臭いが混じる風を受けながら砦から戦場を空から巡って、

ラインリバー大陸の沿岸を遠くに見る。 敵影は無い。

 

「…………朝駆けは無し、か」

 

だが、

 

「む?」

 

ルーラの光を彼方に見てやや警戒する。

しかし、

(南側………あちらはロモス城だな)

と思い少し気を緩めた。

ぐんぐんと大きくなるその光は案の定、

 

「ポップ!」

 

「おっさん! 今日もお互い無事で何よりだぜ、へへへっ」

 

鼻先を擦るバンダナの少年、アバンの使徒のポップであった。

ルーラもトベルーラもほぼ完璧に習得したようで、空を飛ぶのも様になっている。

少年の急激な成長を見て頬を緩めるクロコダインだが

ポップの鼻を擦る腕を見て、

 

「ほう………またえらく派手な魔法を覚えたようだな」

 

その威力を容易に想像できてクロコダインは思わず目を見開く。

 

「へへっ、まぁな。 ったくあのジジイときたら、

 ルーラの時といい今回といい無茶な修行ばっかなんだからさぁー!

 アバン先生もストップ掛けてくれないしやんなっちゃうぜ」

 

ポップは衣服の表面だけが焦げた腕をぶんぶん振って

先生と師匠の愚痴を言うがその顔には師達への尊敬が溢れていた。

 

「ダイはどうだ」

 

「マァムに、ようやく素手で勝てるようになってきたぜ。

 ただし紋章込みでだけどな……。

 紋章のパワー使って、やっと3本中1本ってとこかな。

 ミーナには同じ条件で勝ち越した。

 覇者の剣使えば、さすがにダイが安定して強いんだけどな…………。

 ホントとんでもねぇゴリラ女……」

 

ポップの仲間達を茶化す発言を、クロコダインは優しい眼差しで受け止める。

彼の言葉には仲間を貶めるような気配が欠片もなく、

だからこの程度の悪口もかなり心地よく獣王の耳に届く。

余談だが、ミーナがダイに素手で負けた時、

「あたしより強い同い年くらいの男の子はじめてみた!」

とつぶらな瞳をキラキラさせて、それ以来ダイにベッタリになった。

ダイ、ミーナ、ゴメちゃんで

城下町に遊びに行くこと(ミーナ曰く”でーと”)も最近は多いようだ。

 

「そうか。 とうとうマァムと並んだか。

 あの紋章の力も使いこなせるようになってきたのだな……それならば希望はある」

 

クロコダインのその言葉に、ポップの剽軽な表情が少し陰った。

それを見て、どうした、と獣王が声をかけてやる。

 

「…………なぁ、おっさん。

 やっぱダイは竜の騎士ってやつなのかな」

 

「………そうだろうな。 マトリフ殿もそう言っていたし、

 何よりダイのパワーに覇者の剣以外耐えられないのが証拠と言えるだろうな」

 

そう。 成長したダイのパワーは常識を遥かに超えていて、

並の武器では全力についてこれずにボロボロになって崩れる。

ロモスに伝わる伝説の武器・覇者の剣だけが彼のフルパワーに耐えうるのだ。

 

「でも、竜の騎士は伝承では一つの時代にただ一人。

 カールで魔王軍相手に暴れた竜の騎士が出たっていう………、

 フローラ様もホルキンスさんも見たって話、さ」

 

うむ、とクロコダインが相槌を打つ。

 

「魔王軍でも話題だったよ。

 確かバランとかいう名だったかな」

 

「…………ダイはデルムリン島に流れ着いた孤児…ってのはおっさんも知ってるよな。

 …………………やっぱそのバランって奴がオヤジなのかな」

 

「かもしれん……………可能性は充分ある。

 というよりもそう考えるほうが自然だろうな………………。

 魔影軍団と、魔王軍最強の超竜軍団相手に引き分けたと聞くが、

 恐らく無傷ではあるまい。 魔界最強格のドラゴン、ボリクスが相手だったのだ。

 フローラ女王から聞いた話からしても想像を絶する。

 一国を覆い尽くす雷の嵐の中で繰り広げられる戦い…………お伽話だな。

 ……………………………無事だといいのだが」

 

ダイの父親かもしれないもう一人の竜の騎士は、

超竜軍団との激闘以後ようとして行方が知れない。

アバンとダイを中心としたロモスが人類の最後の砦に変わりはないが、

正当なる竜の騎士は紛れも無く天界公認の最後の砦だ。

もしバランと合力できればこれ以上なく心強い。

僅かな間、目を閉じてダイの身の上やバランの安否を思うも、

 

「それで、ポップ。 何か用があって来たんじゃないのか?」

 

すぐに常通りになったクロコダインが友の少年に言った。

あんな急いで覚えたてのルーラで飛ばしてきたのだ。

ぶらりと雑談をしに来たとは思いにくい。

ポップは、ああっ、と思い出したようだ。

 

「重要な会議があるからロモス城まで戻ってくれってさ」

 

「そうか、わかった。 アキームとじいさんは?」

 

「その2人もだってよ」

 

「指揮官不在になってしまうが、構わんのか?」

 

「あんまよくねぇけど、どうも大事な話し合いみたいだぜ、今回のは」

 

ふぅむ、と下顎をさすったクロコダインは、少し考えこみ、

 

「まぁ、お前もルーラを覚えてくれたし、いざとなればすぐ戻れるか。

 少しならオレがいなくても百獣魔団ならば持ちこたえられるだろう」

 

すぐには動けぬ怪我人達と砦を守るようガルーダ達に言い聞かせ、

ポップのルーラで一同は直ぐ様ロモス城へと戻る。

城の大会議室へ行くと、既に主要な面々が席につきクロコダインらを待っていた。

 

「待たせてしまい申し訳ない」

 

のっしのっしと歩きながら開口一番、皆に謝る獣王に、

 

「私達こそすみません、クロコダインさん。

 北の守りを任せっきりで、しかも戦明けですぐにお呼び立てして……」

 

円卓から立ち上がったアバンが頭を下げるが、

いいさ、と獣王は微笑んで軽く流すだけだった。

アキームとバダックはホルキンスと不規則ながら交代制をとっていて、

ずっと砦に詰めっぱなしだったクロコダインと比べれば負担は軽かった。

円卓にはアバン、フローラ女王、シナナ王、クルテマッカ7世、ホルキンス、アキーム、

クロコダイン、バダック、マトリフ、ブロキーナ、ミーナ、アバンの使徒達……

が腰掛けて話し合いが自然と始まる。

 

その内容は、簡単に言えば

「アバンの使徒達の修行が完了したのでこちらから攻め込もう」というもの。

もはや勢力差は明白で、まともに戦っていては人間の敗北は避けられない。

多くの人間達が戦うことを放棄してリンガイアにいる今、

ロモスと勇者達が敗れれば人類は永遠に自由を失い、

やがては全ての尊厳を奪われて真の家畜と成り下がる。

それがロモスで抵抗を続ける最後の戦士である彼らの共通認識であった。

 

「何とかして魔王軍の本拠地を攻略したいところですが………

 軍団は勿論のことアルキードを消し去った大爆発は余りに脅威だ。

 あれが竜の騎士の裁きなのか、あるいは魔王軍の仕業か…………

 どちらにせよ我々に謎の超破壊力が向けられれば私達は為す術なく全滅です」

 

「今それを言っても始まらねぇ。

 魔王軍がその気なら今頃俺達は大陸ごと消えてるぜ。

 奴らが余裕ぶっこいてるってんならそれに乗じさせて貰うだけだ。

 リンガイアが占拠した都市ベンガーナは、

 魔影軍団の攻撃やらその爆発の衝撃やらから立ち直っていない。

 魔王軍が城壁諸々を修復しちまう前にこっちから攻撃する」

 

マトリフがクルテマッカ7世へ視線を投げると、目だけで何かを伺っているようで、

クルテマッカも何やら察して、目だけで「好きにするといい」と返し頷いた。

彼らの陣営で最も知恵に優れたアバンとマトリフが中心となって話し合いは進むが、

もはや何をしようと破れかぶれの感が拭えない。

全ての作戦が最上とは程遠く、

作戦とも言えぬ薄氷を踏む思いのものばかり。

 

「全力で……がむしゃらにベンガーナを攻撃する。

 魔王軍とリンガイアに危機感を抱かせる程にな。

 で、その間に勇者達の少数精鋭で鬼岩城を攻撃、撃破………。

 現状、俺達が見出だせる勝ち筋はコレしかねぇ」

 

マトリフの表情はいつものスケベじじいのそれではなく、

まさに大魔道士の名に相応しい冷徹なものであった。

 

「………ようは囮だ。

 敵の本拠地に近いベンガーナを攻撃するんだ。

 どんなに魔王軍が油断していようと反撃の速度と量は半端じゃねぇだろう。

 ま、それだけに意識を逸らすことが出来るってなもんだが。

 ………………………良くて、ベンガーナを落として全滅。

 悪けりゃベンガーナに取り付くことも出来ず全滅」

 

どれだけ粘れるかね、と目を細めて考えるマトリフの思考は一切の情を切り離している。

マトリフの発言に、弟子のポップを筆頭としたアバンの使徒達は一瞬ギョッ、となったが、

 

「決死隊を募るほうがいいのでは?

 士気は伝搬しますから、覚悟のない者は隊にいれるべきではないと思います」

 

「今更決死も何もないぜ、アバンよ。 ロモスにいるのは酔狂な物好きだけだよ」

 

彼らの心優しき先生が大魔道士に同意したようだった。

ダイとポップは思わず、「反対だ!」と言いたくなったが堪えた。

兵士の一人一人が、

どういう思いでロモスに残留してるかを日々の触れ合いから知っているからだ。

死にたくない。 大魔王に全ての尊厳を奪われてもいいから安穏と暮らしたい、という者は、

とっくにロモスを捨てている。

ロモスに今もいる人間達は、言ってみればプライドが高いのだ。

人として当たり前の日々を生き、死ぬ。

人としての最後の誇りを捨てるくらいなら死を選ぶ………そういう者だと知っているからこそ、

ダイとポップは情に流されずに口を噤んだ。

 

皆が冷徹な作戦を無闇矢鱈に批難しなかったのは、

それを提案した先生と師が相応の覚悟を持っていると理解できたから、というのもある。

アバンは特に、囮の軍を自分が率いると言って聞かなかった。

 

「巨悪に太刀打ち出来るのは勇者の一太刀。

 そして、新たなる勇者はダイ君………君です。

 教えられることは全て教えた。 もう君の力は私を超えているでしょう……。

 ダイ君、ポップ、マァム……そしてミーナさん。

 君達はマトリフ達と一緒に鬼岩城に乗り込むのです」

 

そう言って突入隊に指名した人員の中にはクロコダイン達もいたが、

しかし獣王は、

 

「オレは鬼岩城の場所を知っているが、ルーラを使えるわけでもない。

 おおまかな場所を地図に記せば、

 あの異様な大城はすぐに目につくだろうからオレがいなくてもわかるさ。

 アバン殿はダイ達に欠かせぬ主柱。

 それに、囮の要である百獣魔団はオレ以外の手には余るだろう。

 オレにやらせてくれ」

 

やんわりとアバンの指示を断った。

アバンがマトリフと共にこの非情の作戦を練り更に皆に実行させようとしたのは、

偏に自分が死という責任を負うからこそだった。

再度、己が……と言い出しそうなアバンを制したのはマトリフの一言。

 

「………正直、お前さんがそう言い出してくれるのを待ってたぜ。

 ありがとよ、クロコダイン」

 

アバンは眉根を寄せていて、その顔はやや険しい。 不満であろうことは目に見えた。

だから彼が口を開く前に、

 

「まぁ聞け、アバン」

 

ピシャリ、と先回りした大魔道士は反論を遮り、

大会議室の一同をゆっくり見回してから口を開く。

 

「噂に聞くあのゴルゴナの肥やしにしかならねぇガキとジジイを除いて、

 百獣魔団を合わせれば1万と少し。

 それでも数の上では話しにならん………。

 だが、今のロモスの軍は半端な強さじゃねぇ。 

 全員、降伏するのは死ぬより辛いって言い張る死兵共だからな。

 しかし、ほぼ万全の魔王軍相手じゃまだ囮すら務まらん。 まだ重要なピースが欠けている。

 群れが強くなるか弱くなるかは頭次第……だよな、クロコダイン」

 

「ああ」

 

獣王に確認するように問うたマトリフに、リザードマンが短く答えると、

大魔道士は先を続ける。

 

「囮には、最初の予定通りアバンも参加してもらう。

 ベンガーナをアバン、クロコダイン、ホルキンス、アキーム、バダック率いる死兵1万で攻撃。

 これは敵さんからしたら、かなり本気に見えるだろう。

 なにせ大勇者と百獣魔団長、カールとベンガーナの元騎士団長までいるんだ。

 アバンの使徒の不在は1万の兵で覆い隠す。 悟らせちゃいけねぇ。

 …………………バダックの爺さんはおまけだけどな」

 

「マトリフどのぉ! はるか年上に爺さん呼ばわりされたくないわ! しかもおまけってなんじゃい!」

 

「だはは! 冗談、冗談!」

 

鼻水を垂らして急に冗談めかす。 

張り詰めてばかりでは糸も切れやすい。

これもロモスで意地を見せようとする老人同士の友情がなせる、場の”和ませ”と言えるし、

何よりマトリフが次に発言する己の畜生ぶりへのワンクッションを置きたかったのかもしれない。

 

「えー、で、だ。 大暴れしていい感じに魔王軍を惹きつけられたら、

 アバン…………お前はリリルーラでダイ達に合流するんだ。

 これで鬼岩城攻略はグッと楽になる」

 

マトリフはその表情を揺らがせることなく、旧知の友を見る。

各亡国の代表達もマトリフの言葉を脳に浸透させ咀嚼し理解すると、

沈痛な面持ちになり奇妙な沈黙が場を包む。

ようはアバンに、クロコダインら1万の兵と共に戦い、

全滅寸前まで粘ってすぐさま鬼岩城での戦いに参加しろ、ということだ。

心身ともにかなりキツイ。 アバン以外にはリリルーラが使えないというのも最大の理由だが、

彼ほどの精神でなければ味方を目の前で見捨てる自責の念には耐えられないだろう。

(何とも酷いことを私にやらせる……ですが……さすがです、マトリフ)

大魔道士の冷徹さに度々救われてきたし、彼の性根は知っている旧知のアバンは、

 

「わかりました。 クロコダインさん達もそれでよろしいですか?」

 

4人の戦士を見ると、彼ら囮専念組はさも当然という顔で頷いたが、

とうとうポップが椅子を蹴って立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!

 本当にこんな作戦でいくのかよ! こんな……!

 おっさんたちを捨て駒にするみたいな作戦!」

 

とうとう堪えきれなくなった様子のポップが怒りを露わにする。

師としては弟子の情に流される”熱く”なりやすい彼の性分はいただけないが、

一人の人間として見ればどこまでも好ましい。

マトリフは(俺みたいな冷血漢は天国にゃいけねぇな……行っちゃいけねぇ)

そう思っていた。

だが、内面はそうでも外面は違う。

 

「みたいな、じゃない。 完全に捨て駒だ」

 

「なっ…!」

 

「ポップ……いいか。 もう俺達人間には後がない。

 俺達が負ければ人類は終わりだ。

 人間は家畜になるぜ? 三流魔王が昔、そう言ってたからな。

 人間の存在を家畜としてだけ認める……ってな。

 『それでもいい。 生きていればいい。』

 そう言うならさっさとリンガイアにケツまくって逃げろ。

 どうせ何もしなくても負ける。

 だったら最後に足掻いてみる……今、ロモスにはそういう奴らが集まってんだ。

 お前のやることはそういう奴らに同情し、命を大事にって声かけることか?」

 

マトリフの発する視線と声はゾッとするほどで、まるで氷であった。

師の言葉と眼光は、ポップの怒り一色だった感情に水を差す。

 

「で、でもよ師匠!

 勝つために何でもやっていいってわけじゃないだろ!

 それだったら俺達も魔王軍と変わらないじゃないか!」

 

ポップは声を荒げ食いつく。

 

「ポップ……」

 

アバンの使徒の紅一点……マァムが弟弟子を慮るように呟いた。

そんな彼女の一言を自分への同調の証と思った弟弟子は、

 

「マァム! お前も何とか言ってやれよ!

 こんな大勢の人を見捨てるやり方で勝ったとしても、

 そんなの魔王軍と変わりないじゃねぇか!」

 

姉弟子へと発言を求めた。

優しいこの少女ならば自分にきっと同意してくれる。

そうポップは思っていたが、しかし

 

「…………全員で鬼岩城を目指せば必ず魔王軍は全軍で迎え撃ってくるわ。

 あなたも魔王軍の強さはロモス決戦で嫌というほど味わったでしょう、ポップ。

 …………特に冥王ゴルゴナは、

 私とミーナ、老師とアバン先生の四人がかりでようやく追い払えたのよ。

 そこに超竜軍団と魔影軍団が加われば……………………勝てない。

 無駄死にするだけよ」

 

思いも寄らず否定された。

 

「な、なんでそんなこと言うんだよ!

 今度は俺達だって師匠もいるし、おっさんも…ホルキンスさんもアキームさんもいる!

 1万人も味方は増えてるし、レベルだってあがってる! 皆で行きゃ勝てる!

 なんでみんなそんな冷てぇんだよっ!!!」

 

魔法使いの少年は思わず目を強く瞑り叫んでいた。

アバンを始め、皆が口惜しいような…

悲しげな顔つきとなって静寂がロモス城の会議室を包み込む。

たっぷりと十数拍ほど間が空いただろうか。

やがてマトリフが、

 

「いい加減にしろバカ弟子………………。

 いつまでガキみてぇな我侭言ってやがる。

 魔法使いってのはパーティ内で誰よりもクールじゃなきゃいけねぇ……教えたはずだぜ。

 アバンが……マァムが本気で冷たい奴かどうか、分からないお前じゃねぇだろ?」

 

冷ややかな眼光を弟子に注ぐが、

その声にはほんの僅か、温かみがあったように思える。

ポップは、ハッとなり、気付いた。

よく見れば誰も彼も、強く拳を握りしめている。

アバンもマァムも唇を噛み切りそうなほど噛み締めている。

撃発しそうな感情を押し込めて、身体を震わせている者もいた。

そんな中、ポップに続いてダイが席を蹴って立ち上がり、

 

「クロコダイン! バダックさんにホルキンスさん、アキームさんも。

 おれ達………すぐに鬼岩城を落とす!

 だから、ちょっと待っててくれ!

 すぐに………みんなで駆けつけるから……!」

 

元気を振り絞った笑顔で年長の友人達に言った。

 

「フッ、ありがとう、ダイ。

 だが、案ずるな。 オレ達も結構強いつもりさ。

 もしかしたら魔王軍を蹴散らして、

 お前達より早くベンガーナを落とすかもしれんぞ? ワッハッハッハッ!」

 

「はははは、まさしくその通り。

 ダイ君におんぶにだっこでは

 元カール騎士団長としてロカ先輩にも申し訳ないからな」

 

「そうなればわしらが鬼岩城に応援に行ってやるからな!

 まっておれよダイ君!

 なぁにわしは姫さまと再会するまでは死ぬ気はないわい!」

 

クロコダイン、ホルキンス、バダックの言葉に、

アキームはむっつり顔で力強く頷く。

ポップの身体はワナワナと震えて、

 

「…………そうだな……そうだよな、ダイ。

 みんな……冷たいとか、勝手なこと言って、ごめん。

 パパッとハドラー達ぶっ倒してさっさとおっさん達助けよう。

 ダイ、俺達なら出来るよな……!」

 

グスッ、と鼻をすすり涙目でダイに抱きつく。

弟弟子の心の強さを見て、自分の不甲斐なさを自覚し、

そして年下の親友ダイの頼もしさが余りにも誇らしくて自然と涙が滲んでいた。

感情豊かに己の心を吐露するポップの存在は、皆の心を暖かくする。

 

(ありがとう、ポップ、ダイ)

 

獣王は勇者のために、自分のために涙を流してくれる友人達のため。

人間と魔物の真の共存のために命を捨てる決意を改にし、

元騎士団長、元戦車隊隊長、元姫の側近の3人もまた、

勇者の勝利のために命を捨てるのに躊躇いはなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。