ゴルゴナの大冒険 作:ビール中毒プリン体ン
ゆらりと空から見える海面の影が揺らめいた。
グノンが口を開け放ち、空を吸い込むがごとく大気を口腔へと導く。
ゴオオオン、ゴオオオオン、と天が唸って分厚い雨雲に太陽が完全に隠された。
「かはあはあぁ!!」
低気圧を呼び寄せる程の、
だが3割程でしかないパワーで放たれたグノンのブレスが揺らめく影を海ごと叩き割る。
大海が無数の水飛沫となって吹き飛び、
影の主…クロコダインの姿が露わになって天高く舞い上がった。
「ぐわあああああーーーーッ!!!?」
海中で意識を失っていたクロコダインは体中を襲う激烈な痛みによって覚醒を果たしたが、
既に彼のダメージは甚大で、しかも空では何も出来ない。
クロコダインの脳裏に、頼もしくも今は亡き巨鳥の友の姿が浮かぶ。
「ははははは! 無様な姿だな、クロコダイン!!
今の貴様は陸の上の魚も同じッ!! その首………貰ったァーーーーーーッ!!!」
黒い雲の隙間からどろどろと轟く雷光をハーケンが反射し煌めく。
力のままにぶん投げられ超高速で回転する両刃の鎌が、
クロコダインの首目掛けて正確に迫るのだった。
もはや獣王に為す術はない。
この斬撃を凌ぐだけの闘気も体力も、もう尽きた。
(ガルーダ……アバン殿、ポップ、ダイ…!
すまん…オレは……自分の仕事もろくに全うできんようだ)
軍団1万をベンガーナに導くことも出来ずに死ぬ己を不甲斐なく思い、
死んでいった兵士、そして生死不明の戦友達…、
鬼岩城へ決死の特攻を仕掛けるダイとポップ達…、皆の顔が浮かんでは消えた。
銀と白の光が眩い刃が迫る。
獣王の首に迫る。
死の間際に世界の全てがスローになり、
クロコダインの目には首を跳ね飛ばそうとするハーケンがはっきりと見えた。
あと数センチ、といったところであった。
眼前のハーケンが、甲高い金属音をたてながら明後日の方向へと軌道を変えた。
「っ!?」
「なに!!?」
クロコダインは己の死を確信していた。
グノンは己の勝利を確信していた。
それが思わぬ第三者によって覆されることになる。
グノンのハーケンを、海中からロケットの様に飛び出てきた鋼鉄の錨が弾いたのだ。
錨に繋がる鎖は海中へと伸びている。
「何奴だ! このオレの邪魔をするとは!!」
逸れたハーケンが主の手元に帰り、苛立ちも隠さず乱暴に掴み取ったグノンが吼える。
自由落下するクロコダインが大きな水柱を立てながら海中に消え、
彼と交代するように飛び出してきたのは、上顎から生える太い2本の牙を持つ巨大なトドマン。
「グフフフッ……余りに派手な爆発が近くで起きたものでな。
昼寝もできず叩き起こされた恨みよ!」
「戯言を! 名乗れい!!」
王冠のように豪奢な額当て、重厚な鎧、マント、
そして何より特徴的なのが鎧の左胸にあしらわれているドラゴンの頭の飾り。
「我が名は海戦騎ボラホーン!! 竜の騎士に仕えし忠実なる三騎士が一人!
平和を乱す魔王軍め!! この天下無双のボラホーン様が粉微塵にしてくれるわ!」
ボラホーンが声高に名乗ると、グノンの表情が僅かに歪み、
「竜の騎士…! 貴様が噂の竜騎衆か!?
だが一人でこのグノンに勝てると思うか! バカめ!!」
空で翼を威圧的に広げながら怒声を張る。
水没しかけたクロコダインは、海中で大きな甲羅を背負うドラゴン…、
ガメゴンロードに受け止められてそのまま海竜に連れられて海面へと再浮上。
「ボラホーンとやら…感謝するぞ!
だが、奴の言うとおりだ…! 空を飛ぶグノン相手では勝ち目は――」
悲壮な顔でトドマンを押しとどめようとする。
グノンと戦い、殺されるのは自分一人で充分だ、というクロコダイン流の配慮である。
だが、
「安心しな、リザードマン! 一人なわけがねぇし、きちんと空の対策もあるんだよ!
竜騎衆が一人、空戦騎ガルダンディー見参!!」
グノンとは異なる者の声が荒れる大空に響いたのだ。
ハッ、とグノンが後方を振り返る。
そこには曇天の空を悠々と飛ぶスカイドラゴンとそれに跨る鳥の獣人。
「空戦騎……! うっ!? あ、あれは…アバン!?」
スカイドラゴンの背、ガルダンディーの足元にもう一人……。
力無く項垂れてスカイドラゴンに身を預けるボロボロの人間はアバンその人だ。
「クワックワックワッ! こいつか? えらい勢いで海をすっ飛んでってからよぉ。
群がるマーマン共をぶった斬って優しい俺様が助けてやったのよ!」
ペロリ、と自分の武器…鋭いレイピアの刀身を舐めるガルダンディーは、
とても善人には見えないが一応は人間を守る気があるらしい。
グノンの表情が更に歪む。
「チィ…! 使えん部下共だ。
それにしても……貴様らも
クロコダインといい貴様らといい……魔王軍を敵に回すとは愚かな奴らよ」
海と空に油断なく目を配り、睨みつけるグノン。
とそこに、更に違う声が突然に乱入し、ボラホーンとガルダンディーの代わりに答えた。
「我ら竜騎衆は竜の騎士にのみ仕える
竜の騎士の望みを実現するための駒。
人々を守り、魔王軍を倒せと言われればそれに命を賭ける…。
陸戦騎ラーハルト、推参!!」
青い肌、とんがった耳、切れ長の目から涙のように下へ伸びる鋭い紋様。
明らかに魔族と思しき青年が、
海面に浮かぶ不安定極まりない船の残骸の上に微動だにせず立っていた。
彼こそがグノンに答えた声の主。
「……三人…いや、四人か…」
前後に展開する竜騎衆の動きを空気で感じ取ろうと気を張るグノン。
だが、彼の視線は前方100m程の空に立つようにして浮かぶ人物へ注がれていた。
黒雲からポツポツと雨が落ち、
それはすぐにザアザアとした大雨となって海に無数の波紋を画く。
グノンが言った四人目。
その影が一瞬轟いた雷光によって映し出される。
一見すると整った髭を蓄えた人間のようにしか見えぬ男。
左目に神具・
背に帯刀するは真なるオリハルコンの神剣・真魔剛竜剣。
「竜の騎士、バラン…!」
雨は豪雨となって、雷がけたたましく鳴り響いた。
もはやグノンの顔からは不敵な笑みは消えている。
グノンは脳から一時的にクロコダインもアバンも消し、ただ目の前の強敵だけを見た。
グノンの鋭い目とは対象的な静かな瞳でバランは佇み、
そして、
「ラーハルト、ガルダンディー、雑魚を任せる。
ボラホーンは海に落ちた人間達を可能な限り助けよ。
お前の相手は私がしてやろう………グノン」
背の豪剣を抜き放つ。
ゴロゴロと唸る黒い空から大きな稲妻が海に落ち、
二振りのオリハルコンの武具が白銀に輝く。
二人が空を蹴って同時に飛び出す。
鋭い金属音が天に響き渡ること数度、剣と鎌が正面から喰い合い、
竜の騎士と、その存在を超えるべく生み出された人造の魔人が膂力で押し合う。
「ほう…大した腕と力だ。 私とこうも斬り合えるとは」
バランと一見して対等に渡り合うグノンだが内心はそうではなかった。
(つ、強い…! 隙がない! どう攻めても、勝ち筋が見えん!!)
勝ち筋どころか、退くことすら困難な程のプレッシャーがグノンを襲っていた。
グノンの肉体は竜の騎士の真の姿、竜魔人を参考に造られた筈。
理屈で言えば、グノンがバランに劣るわけがない。
しかし、目の前の竜の騎士はその理屈から大きく逸脱した強さを持っている。
その理由は簡単だ。
バラン自身が常に激しい特訓と戦いを繰り返しレベルアップしているからだ。
未だ肉体に慣れきっていないグノンでは、レベルアップを繰り返したバランには敵わない。
そして武器のレベルもまた違うのだ。
如何にハーケンがゴルゴナ謹製のオリハルコン武装だとはいえ、
相手は、オリハルコンの真の持ち主である神々が竜の騎士の為に鍛え上げた真魔剛竜剣。
魔界一の名工、ロン・ベルクならば真魔剛竜剣にも競り合えるだろうが、
鍛冶師が本職ではないゴルゴナでは分が悪い。
肉体の強さは同等。 武具の材質も同等。
だが、バランと真魔剛竜剣は、圧倒的に格上なのであった。
海面からその戦いを見守るクロコダインも、
「す、すごい…! 両者とも、凄まじい腕前だ……!」
素晴らしい程の両者の武力に賞賛の声をあげるのだった。
グノンとバラン…更に打ち合うこと二十数合。
「ぬううううん!!!」
グノンが一際大きな力を込めて押し込み薙ぎ払うと、
バランの体が数mほど圧されるが、それでも竜の騎士は涼しげだ。
バランの目が鋭くなり、構えを大きく上段にとると、
「どこで冥王の奴が見ているか分からん。 このまま仕留めさせて貰おう」
なるべく力量を隠したままの決着を試みる。
甲高い、キィィィン…という音がバランの額から響き、ドラゴンの紋章が光り輝いた。
「む!?」
獣の本能がグノンに危険を報せ、ハーケンで防御の構えをとったその時…、
バランの竜の紋章の輝きが集束し光線となる。
極限まで圧縮された
「うぐおおおっ!?」
そのままグノンの心臓目掛けて胸部プロテクターをも貫き、
その下の毛皮へも竜の紋章を焼き付けた。
身を焼く鋭い痛みがグノンを襲うが、
「ぐ……、はああああああっ!!!」
痛みに悶ながらもカウンターで獄炎の吐息をバランへ吹き付ける。
竜魔人ベースの肉体に超魔生物の理論を組み込んだグノンのボディに眠っていた闘気と、大猿系モンスターの柔軟な皮膚組織が紋章閃を無効化……とまではいかないが捌いていた。
「ぬぅ!」
竜闘気に覆われるバランには致命傷たり得ない炎のブレスだが、
それでもバランに熱いと感じさせる程度にはとんでもない威力だ。
(なんと…、心臓を貫けると思ったが……反撃する余力すらあるか)
眼前を埋め尽くす炎を、手にした豪剣で切り裂き霧散させたが、
「なに…? 逃げただと?」
既にグノンはルーラの光に包まれて遥か空の彼方へと飛び去りつつあり、
その後姿だけがバランには見えた。
全力のトベルーラならば追うのは不可能ではないと思えたが、
(苛烈な猛将型に見えたが、機を見るに敏! 敵ながら見事な引き際だ)
視線だけはグノンから外さずに真魔剛竜剣を背に収める。
グノンの背を見送るバランの耳に、獣の雄叫びが聞こえてきて、
その瞬間、ラーハルトやガルダンディー、
そして息も絶え絶えなロモス船団と戦っていた百獣魔団が徐々に後退を始めたのだった。
どうも今の遠吠えはグノンの撤退の合図だったらしい。
「へっ、逃がすかよ!!」
スカイドラゴンのルードの手綱を鳴らし、逃げる百獣魔団を追撃しようと勇む空戦騎。
だが、
「よすのだ、ガルダンディー。 百獣魔団は余力を持って退却している。
つまらぬ反撃を受けるかもしれん。 今は力を温存しておけ」
竜騎衆の絶対の主、バランにそう言われては暴れん坊のガルダンディーも否は言えない。
歯切れの良い返事をし、サッと踵を返す。
「ラーハルト、ガルダンディー、ボラホーンと共に救助にあたれ。
メルルの占い通りならば、この者たちの中にディーノに繋がる手がかりがある」
「ははっ」
「おまかせあれ!」
暗雲晴れつつある空。
雲の隙間からは徐々に太陽光が降り注ぎ、傷つくロモス軍を優しく照らす。
バランと竜騎衆がこの場に颯爽と現れたのは、
彼らの家族たる占い師メルルの助言による。
最近、めきめきと的中率を上げ、
また占いの内容もあやふやのものから明確なものへと変化しているメルル。
彼女が、
「ベンガーナ……南………海…………、
今はまだ…この程度しか読めません。 ごめんなさい、お義父様、お義兄様」
そう言ったものだから、バラン達は矢も盾もたまらず隠れ家の神殿を飛び出した。
今までのメルルでは『南』とか『島』とかが精一杯であったのだ。
充分すぎる手がかりが掴めたことになる。
そしてメルルの指し示した場に来てみれば、魔王軍とロモス軍が海戦の真っ只中。
バラン達はメルルの占いが的中したことを悟った。
問題は、一子ディーノの手がかりを魔王軍とロモス軍……どちらが握っているか…、
であるが、ラーハルトとメルルが人間に紛れての情報収集をしていた折、
大勇者アバンの使徒に歳が12程の少年がいると聞いていたのが幸いだった。
アバンに目をかけられ魔王軍と正面から戦える少年。
少年の歳はディーノと重なる。
そしてメルルの占い通り来てみれば、注目していたアバンがいたのだ。
バランとラーハルト達は躊躇うこと無くロモス軍に肩入れした……、
というのが今回の顛末であった。
「おらぁ! 人間ども! グズグズしてんじゃねぇぞぉ!
魔王軍がいつ来るか分かんねぇんだ! さっさと船を進めて上陸しろ!」
船団上空を飛び回り、恫喝じみた叱咤激励をルードの上から飛ばすガルダンディー。
魔王軍として誤認されても文句は言えない雰囲気である。
「ガルダンディー! もう少し丁寧に言えんのか!
この者達はディーノ様の仲間かもしれんのだぞ!」
当然、ボラホーンの叱りが海から飛んできた。
航行可能な軍船に、助けることができた者達を分けて乗せ、
怪我人満載の彼らはそのまま海を北上しベンガーナの南岸につける予定だ。
当初こそ乱入してきた獣人と魔族混成の超戦力を警戒していたロモス軍だったが、
「救援感謝する。 お陰でアバン殿やじいさん……多くの仲間が助かった」
気を失っているアバンに代わりクロコダインが代表で礼を述べ、彼らを受け入れた。
クロコダインと旧百獣魔団のお陰で、
モンスターを受け入れる土壌がロモス軍にはあったのだ。
が、より正確に言えば例え疑って拒否したくとも、もうロモス軍には戦う力は無かった。
大乱戦、大波、嵐、爆発、降り注ぐ炎、這い登る水棲モンスター。
あの大混乱の中で、軍の准エースであったホルキンスとアキームは行方不明。
死体が海に消えたのか、あるいはグノンの空気弾に巻き込まれ消滅したのか。
それは分からないが、死体が見つかっていないだけで戦死の可能性は濃厚だ。
それほどの乱戦だった。
獣王の目に浮かぶ涙。
(兵たちよ……ホルキンス…アキーム…無念であったろうな。
ベンガーナに辿り着くことも出来ず、真価も発揮できぬ海でやられる…。
すまん…すまん…! オレが不甲斐ないばかりに!)
二人以外にも、多くの兵達…クロコダインについてきたモンスター達。
戦友達の無念の死を、
生き残った者達は思い思いに悼むが歩みを止めるわけにはいかない。
自分達は、最初からどれ程被害を出そうとも全員が捨て石となって、
ベンガーナに魔王軍の注意を向けなければならない。
その働き次第でダイ達の鬼岩城攻略も難易度がグッと変わってくる。
そんな、内心で慟哭するクロコダインを慮りながらも、
「……お前は魔王軍の百獣魔団の軍団長、クロコダイン。
なぜ人間達に与し、魔王軍と戦っていたのだ」
バランはそう切り出した。
「オレは……ダイとポップという少年に戦場で出会った。
奴らは素晴らしい人間だった。 どんなに傷ついても諦めず、
そして怯えながらもポップ…非力な魔法使いの少年は友のために体を張り続けた。
オレは震えたよ。
こんなにも、弱い人間が誰かのために強くなれる…。
丁度、タイミングも悪かったというか言うべきか、良かったと言うべきか。
魔王軍の裏切り行為を知ってしまったオレは、ダイの為に戦う道を選んだのだ。
………まぁ、簡単に言えば人間に惚れたんだよ。 はははは」
笑うリザードマンの瞳は優しい。
それを見るバランの目からも、自然と険しさが消えていく。
「人間に惚れた…か」
クロコダインのその言葉を受けて、自然と思い返されるのはソアラのこと。
バランにとって彼女は、人間の素晴らしさの全てを詰め込んだ人であった。
一人の女性としては勿論、人間としても純粋に惚れ抜いた。
「クロコダイン、一つ聞きたい。
そのダイという少年………どこか普通と違う少年なのではないか?」
「普通と違う? ………まぁ、違うな。 かなり強い。
アバン殿の薫陶を受けている正当な弟子だからな」
「いや、それもあるが……そう、例えば………
額に不思議な紋章が浮かび上がったりはしないか?」
「っ! そうか、バラン殿がそう言うということは…やはりダイは竜の騎士か!」
クロコダインが驚くが、
彼の発言にバランは獣王以上に驚く。
「やはりっ! ダイという少年は竜の騎士なのだな!?」
「ああ、オレ達はそう見ている。
ダイは、感情が昂ると額にドラゴンのように見える紋章が光り輝くのだ。
今ではアバン殿との修行で紋章の力を自在に使えるが、どうしてどうして!
紋章が出た時のダイの強さはまさに天下に敵なしだ」
バランが瞠目し、天を仰ぎ見る。
「おお…、マザーよ! ディーノをよくぞ守ってくださった…!」
「バ、バラン様……お、おめでとうございます…!」
バランの背後に無言で立ち続けていた魔族風の青年が、
鋭い目をうるませながら跪き、肩を震わせていた。
そんな彼らを見て、何やらクロコダインも察したらしい。
「……やはり、バラン殿はダイの父親か?」
以前、ポップと話していた予想は正しいようだ。
「うむ。 私と11年前に生き別れた息子、ディーノに違いない。
年齢と、お前から聞かされたその話……二つも合致すれば充分だ。
竜の騎士は本来、世に一人。
二人目がいるとすればそれは……我が子以外には有り得ない」
おおっ、とクロコダインも表情を破顔させる。
大損害を受け、戦友を失ったばかり…、
暗い雰囲気に包まれるクロコダインの心を晴れやかにする暖かな朗報だ。
「ディーノの師、アバン殿にも礼を言いたい。
彼が目覚めるまで、ディーノについて知っていることを教えてくれぬか、クロコダイン」
「いや、オレよりも本人に聞くのが良かろう。
ダイは……ディーノ殿は仲間と共に魔王軍の本拠地、鬼岩城に向かっている。
竜の騎士であり、父である貴方なら正に千人力だ」
言われてバランは言葉に詰まる。
クロコダインの言うとおり、いや、言われずとも息子のもとに向かいたい。
息子が魔王軍と戦っているというのは、何よりの朗報。
妻を殺され、妻の故国を滅ぼされ、息子と引き裂かれたバランにとっても魔王軍は憎き敵。
一目散に援軍に駆けつけてやりたいが……、
「……クロコダイン、お前達はどうするつもりだ」
息子の恩人と友がまとう空気に剣呑なものを感じ取り、
それを躊躇わせる。
バランの問いにクロコダインはしばし沈黙し、
竜の騎士と獣王は少々の時間、見つめ合っていた。
が、やがてクロコダインは観念したように溜息を一つつくと素直にバランへと告げる。
「オレ達はこれからベンガーナを攻撃する」
「ベンガーナを…? ………………この戦力でいくつもりか?」
「ああ」
「…………無謀を通り越して、ただの自殺行為といわざるを得んな。
グノンはベンガーナ方面に撤退した。 アンデッドが大量にいたという情報もある。
つまり、少なくとも百獣魔団と不死騎団……ゴルゴナがいる可能性もあるのだぞ。
お前の後釜のグノン……あれが全ての力ではあるまいよ。
ゴルゴナも同じだ。
奴はまだ何かを隠している……。
底知れぬ不気味な男……元百獣魔団長たるお前が知らぬはずはあるまい」
船が波間に揺れ、潮風に乗ってカモメの鳴き声が聞こえてくる。
陸は近い。
バランに、クロコダインは笑って答えた。
「百獣魔団がいるのはオレ達も把握していたが……、
アンデッドとなるとヒュンケルかゴルゴナか……だが寧ろ好都合。
ベンガーナにいる戦力が多ければ多いほど、ダイが楽になる」
「この程度では時間稼ぎすら怪しい。 悪いことは言わん…やめておくことだ」
ボロボロの船が三十数隻。
乗っている者達で無傷な者はいない。
「無謀は百も承知。
だが……どれ程絶望的であろうと、やらねばならぬ時が男にはある。
オレ達が一人でも多く、一秒でも長くベンガーナで暴れれば……ダイの為になるのだ」
クロコダインの目は、捨て鉢な者の目ではない。
見渡すと、他の兵たちも皆がそういう目をしている。
捨て石という己の本分を理解しつつも捨て鉢にならぬ心。
強い意志の篭った、燃えるものを秘めた瞳。
バランが、ラーハルトの顔をチラリと見、互いに頷く。
「ダイの為………ディーノの為と言われては、このバラン…捨て置けん。
私と竜騎衆も助勢しよう」
「なに? それは心強いが……だが、それはいかん。
オレ達は捨て石だ。 本命のダイ達を助けてやってくれい」
「お前達に出会っておきながら何もせずに素通りしディーノと出会えば、
あの子に何を言われるか分からん。
お前がそこまでしてやろうと思える子だ……さぞ、真っ直ぐに育っているのだろうな…。
私を卑劣漢にしてくれるなクロコダイン。
胸を張ってあの子に会いたいのだ」
バランとクロコダイン。
二人の視線が再び真っ直ぐに交差し、そしてどちらともなく二人はゆっくりと頷くと、
自然と手が差し出されてガッシリと握手を交わしていたのだった。
「わかった…頼むぞ、バラン殿。
お主がいれば、ベンガーナ攻略も夢物語ではなくなったわ! わははははは!
皆で生きて、ダイに再会しよう!」
ロモス軍残存兵力……アバン、クロコダイン、バダック、兵3000。
そして竜の騎士バランと竜騎衆三名。
ベンガーナで彼らを待ち受けるのは、グノンと…
果たしてヒュンケルか、ゴルゴナか。
だが、誰が待ち受けていようと、それが救いようのない程の凄惨な戦いとなることは、
誰もが容易に想像できることだった。