ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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ハドラーの憂鬱

魔軍司令ハドラーは現代より21年前に地上侵攻を開始し、

15年前にアバンに討たれるまでに世界中で大乱を巻き起こした強力な魔族である。

当時において、自他共に認める『魔王』でありその実力とカリスマは本物であった。

彼の目的は地上支配で、人間を滅ぼすことではない。

人間も、家畜としてだが支配の対象に入っており、

愚劣な存在であるからこそ管理・保護の必要があるカースト最下位の虫ケラ、

との認識を持っていた。

もっとも、捕らえた人間を地底魔城の闘技場で殺し合わせたり等で余暇を潰したりはしていたが、

それも自分の所有物として当然の権利だと彼は思っていたからだ。

 

そんな栄光を持つ元魔王のハドラーは、

ロモスでの戦い以来、少々戦歴がパッとしないと思い詰め気味である。

カールとベンガーナを滅ぼしたものの、

その手柄の大部分は超竜軍団と魔影軍団に帰するものと魔軍司令は理解している。

ハドラーは消耗しきった両国を、

軍団長不在で一時指揮権を預かった妖魔士団、不死騎団、氷炎魔団、

の3軍でダメ押しをしたに過ぎない。

さりとて勇者達が籠るロモス王国に攻め入るには、

前回以上の軍備を整える必要があると彼は思案している。

しかも竜の騎士とその部下達は未だ健在で、

魔王軍の一部将兵はその存在に怯え神経の消耗を強いられているし、

リンガイアが新たに獲得した南方領土の統治は

始まったばかりであり未だ不安定である。

流民・難民の居住区の振り分けすら完了していないのだ。

 

「くそっ、人間どもめ!無駄に数だけは多い!

 だが下等な虫けらとはいえバーン様の領民となったからには杜撰な対応も出来ぬ…。

 放っておくわけにもいかぬが…魔王軍には文官が少なすぎる!」

 

ゴルゴナと妖魔士団がその手の仕事は大量に引き受けてくれてはいるが、

統括する立場上、書類の山は魔軍司令に降り積もってくる。

雑務に埋もれながら諸々を考慮したハドラーは、

全世界の支配を望んでいる主君の為に

まずは地上の支配を安定させるべきと動き出していた。

 

まず手の空いた軍団を旧カール、旧ベンガーナ、旧パプニカに派遣し

竜の騎士探索ついでに人間狩りを再度徹底させる。

抵抗すれば即殺し、降伏するならそのまま家畜として受け入れた。

降伏した人間達の様子をしばし観察すると、

人魔共存のリンガイア王国の空気に馴染ませれば

人間の軍団を勇者に差し向けて戦わせることも可能に思える。

なにせリンガイアの一部では既に、

 

「勇者達が抵抗をし続けると人間全体の印象が悪くなり、今の好待遇も脅かされるのでは」

 

という意見が市民の間でチラホラとあがり、広がりつつある。

それは魔王軍の水面下での情報操作の成果で、

主に薄気味悪い冥王の助言を取り入れた結果であった。

人間達の間に着実に勇者への反感が植え付けられつつある。

 

 

 

歯向かうものには徹底的な苦痛と死。

従うものには一切の犯罪もない、空腹もない、寒さもない住処。

分かりやす過ぎる程の飴と鞭は人間達に浸透していく。

人々は魔王ハドラーの乱の時より絶えず続く世界中での戦争に疲れていたし、

真っ先に人間の国・リンガイア王国が丸ごと魔王軍についたのも効いた。

人間は集団性の強い生き物である。

 

「彼らがそうしているから、自分もそれを享受する。 しても許される」

 

多くの人々が魔族による支配を受け入れつつあり、

そしてロモスと勇者達を煙たがるようになっていた。

ハドラーの統治と戦略は確実に実を結びつつあったのだが…。

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

鬼岩城―――玉座の間。

そこに腰掛けるのは筋骨たくましく、見るからに勇壮な魔族・魔軍司令ハドラー。

重厚な肩鎧からマントを流し、ドッシリと玉座に腰掛けている姿は威厳がある。

彼の両脇を固めるアークデーモンやガーゴイル達も緊張を緩めず直立していた。

しかし彼の心はその威厳とは真逆で、

そこには保身と虚栄心、嫉妬や劣等感が渦巻いている。

激務の合間、彼はこの玉座でクタクタの心身を休め物思いに耽ることが多くなっていた。

 

(……………最近は………大魔王様のお言葉が無い。

 ”バーンの印”が光らなくなって早1ヶ月、か。

 ヒュンケルだけでなく、他の6大軍団長共も…

 そしてバーン様もオレを軽視している節が多々ある…。

 だが、それにしてもだ!特にあのグノンとかいう獣人の態度はなんだ!無礼な新参者め!)

 

ハドラーは、数日前のある出来事のことを思い出していた。

着任の挨拶もそこそこに切り上げて、

魔界のモンスターを率い出撃していったグノンのことだ。

防衛に専念し、万全の体勢で勇者達を迎え撃つつもりであったハドラーの命令を一蹴し、

 

「奴らは今、行軍の半ば……しかも海上。人間は翼もエラも持たぬ!

 今こそが攻め時!魔軍司令殿の作戦は承服しかねるな!」

 

いきなり真っ向から歯向かってきた男の傲慢さに、

 

(ま、またこの類の奴かっ!!問題児が増えおった!)

 

魔軍司令の胃がキリキリと痛みだした。

ハドラーの静止も振り切って麾下軍団と共に出撃していった百獣魔団長は、

自身と麾下軍団は軽微な被害に抑えロモス連合には大打撃を与えた。

オマケに竜の騎士バランの所在と戦力までも掴んできて、初陣としては及第点だろうが、

グノン本人としては完勝で飾りたかった初陣を汚された怒りは大きいし、

バーンもまた新生百獣魔団の戦果を聞いて

 

「ふむ…悪くはないが、少々物足りんな。ベンガーナ戦に期待しておくとしよう」

 

グノンの肉体の馴染み具合を鑑みても、

今はまだこの程度か…と笑みを消して納得するのみだった。

しかし、長年の懸念だったバランの動向も掴むことはできたし、

ベンガーナ防衛はずっと気楽になったと言える。

 

「グノンめ!大魔王様のお声掛りだと思って調子に乗りおって!

 舐め腐った獣人(ビーストマン)風情が!

 威勢のいいことを言ったわりに竜の騎士に追い払われ、

 結局はアバンもクロコダインも討ち損じたではないか!」

 

グノンの報を耳にしたハドラーは一人、鬼岩城で憤慨したという。

戦果報告も悪魔の目玉で軽く知らせただけで、グノンは鬼岩城へは帰還せずにそのままベンガーナへ後退。

彼の地にて、自分が名乗るべき獣王の異名を未だ名乗るクロコダインと、

そして乱入者・竜の騎士バランの両名を思い返しては、

 

「おのれ…!肉体が完全に馴染めば必ずや我がハーケンの錆にしてくれる!」

 

と怒気をばら撒きながら寝る間も惜しみ鍛錬に励むグノンの姿が目撃されている。

態勢を立て直して引き続き大勇者と獣王を攻撃する腹積もりらしかった。

ハドラーの防衛構想的にはそれで良いのだが、

自分への報告が明らかに雑なのが彼は気に食わなかった。

 

(オレを侮る青二才共め…。

 ……バーン様は明らかにオレよりもミストバーンとゴルゴナを重く見ている。

 悔しいが、それはまだ…オレ自身理解出来る…。

 しかし!グノンやヒュンケル如きがバーン様の寵愛を得ることは我慢ならん!

 奴らだけは気に食わぬ!

 だが、1ヶ月ものバーン様の沈黙は…ひょっとすると…!

 ま、まさか…バーン様は、オ、オレのことをもはや見限っているのでは………。

 い、いや……バーン様は3度までは許すと仰ったではないか!

 まだたった一回の敗北だ。ま、まだオレは見捨てられてなどいない。

 見捨てられるわけがない!

 だがロモスのあの時から明らかに風向きがおかしいのは確かだ……!

 あの一回が響いている…………!

 クロコダインだ………あ奴のせいだ!

 オレが見出した2人の将の片割れが裏切るなどと………く、ぐ、ぬぅぅ…。

 オレの面目は丸潰れだ!!!!)

 

怒りと焦燥に身を焦がし、疲労した精神を更にすり減らす。

玉座の肘置きを握る手にも思わず力が入り、ミシリ、と悲鳴を上げた。

 

バーン本人は別段、ハドラーを見放したつもりもない。

が、いかんせん大魔王の興味はゴルゴナの研究結果や提案などに注がれていて、

ロモス決戦以来特に見るべきところもないハドラーの平々凡々たる成果に、

過剰に賞賛する気もないし叱責する気もない。

わざわざ時間を割いてハドラーと話す必要がない、と思っているだけだ。

寧ろ、曲者揃いの魔界の英雄らを率いて、

大魔王の予定と予想通りに頑張ってはいると一定の評価はしていた。

だが、当然ハドラー本人はそんな主の心は知らぬし、

放置しているという意味では大魔王はハドラーをおざなりに扱っている所が無いではない。

ハドラーという男は本質的には生真面目で、そして常識的なのかもしれない。

本来、総司令官である彼が最前線で手柄首など求めずとも良いのだが、

生来の真面目さ、魔族特有の弱肉強食の思想、胡乱な部下達…。

元魔王としての誇りと、そしていかに魔界の神が相手とはいえ

今では魔王の座から転落し、指揮官でしかないという微かな屈辱。

それらの要素のお陰でハドラーの生来の大器は矮小化してしまっていた。

 

だが、魔軍司令の心の焦りが表面化し始めた大きな切っ掛けは、別にもう一つある。

それは、先般ふらりと鬼岩城にやって来た死神・キルバーンの存在だ。

 

―――

――

 

いつものように鬼岩城の玉座にどっしりと座り、壁面上部に映る世界地図を見ながら、

その日もハドラーは頭を悩ませていた。

日に数百件は報告に上がってくる「竜の騎士を見た」という民草の証言の裏付け調査、

同じく、日に数十件寄せられる行方不明のパプニカ王女の情報の真贋見極め、

滅びたカール王国跡地を漁っているこそ泥4人組への対処を求む配下からの声…。

人間達からの、不足する生活用品の嘆願。

それらに対処せねばならないし、

ロモスの動向にも毎日目を光らせるのも怠れない。

 

(こそ泥4人組なぞ、オレの命令を待たんで見つけ次第殺せば良いではないか…)

 

そう思わないでもないが、

竜の騎士や勇者に繋がるかも知れぬ怪しい者は報告せよ、との命を下したのはハドラーだ。

部下は、勇者と縁深いカールでコソコソしているその4人を(怪しい…)とふんだのであろう。

そんなこんなでハドラーは今日も今日とて激務の嵐に晒されていた。そんな時…。

ゆったりとしつつも不気味な音色を吹き鳴らしながら死神が現れたのだ。

 

「このメロディーは…”死神の笛”の音…!?

 お、おまえがキルバーン…!

 魔王軍の死神と恐れられ、

 大魔王バーン様直属の殺し屋としてその意にそぐわぬ者を闇に葬るという…

 あの噂に高い男が…こいつか…!!?

 し、しかし…なぜこの男が鬼岩城に…!!」

 

情報としてだけ知っていた秘された同僚を目の当たりにし、

ハドラーは魔族の青い顔をさらに青くして総身に汗をかく。

手にしていた報告書もハラハラと数枚、床に落ちていった。

同時に髪の毛も数本、パラパラと床に落ちていった。

そんなハドラーを見ながら死神は、ウクク…、と笑って

 

「グッドイブニ~~~~ング、ハドラー君。

 こうしてキミと顔を合わせるのは初めてかな?

 いやぁ…でもこうして現場に来てみると……なかなか大変そうだねぇキミは」

 

ニタニタ顔の仮面の向こうからため息混じりの同情の声が聞こえる。

 

「……い、いったい何の用だ」

 

ハドラーのやや震えた声に返事をしたのは、

キルバーンではなく彼の肩にしがみついていたひとつめピエロ。

 

「キャハハッ! キャハッキャハッ!

 死神キルバーンが来たんだから、きっと誰かさんが不始末でもしでかしたのさぁ!」

 

ギクリッ、とハドラーの肩が揺れた。

 

「アッハッハッハ…、いやいやそんな。

 ボクってそこまで大層なもんじゃないヨ。 今日ここに来たのも気紛れさぁ。

 総司令官たるハドラー君と一面識も無いってのは、

 同じ釜の飯を食う仲間としてどうかと思ってねェ」

 

内心、不安で一杯のハドラーを知ってか知らずか、キルバーンは仮面から覗く瞳を歪めて笑う。

死神は床に散らばった数枚の紙を拾い上げ、

 

「ふ~~~ん、ハドラー君はすごいなぁ。

 ボクってこういう事務作業は苦手だからさ…尊敬しちゃうな」

 

チラリとそれらに目を通しながらハドラーに手渡す。

 

「む…そ、そうか。

 オレも好き好んでやらんが、魔軍司令としては当然のことだからな」

 

社交辞令だろうが何だろうが、大魔王直属の殺し屋に褒められるのは悪い気がしない。

自分を咎めに来たのかと疑っていたハドラーの心持ちも少し軽くなりつつあった。

しかしそんな気分は直ぐに霧散することになる。

 

「だけど…、気をつけた方がいい、ハドラー君。

 誰も彼もがキミの頑張りを正しく理解しているわけじゃあない。

 大魔王バーン様は寛大な御方だ………それにキミの才能を買ってもいる。

 この前の敗北なんて気にも留めないサ。

 だけどねぇ」

 

死神はコツコツとブーツの音を室内に反響させ、

ゆっくりとハドラーの周囲を歩む。

 

「…もうすぐ復帰するって噂のヒュンケルやボリクスあたりは何と言うだろうねぇ。

 特にあの場にいなかった雷竜殿は『自分と超竜軍団がいなければ何も出来ない』

 なぁんて思ってるんじゃないかな?

 ウッフフフフ……ただのボクの想像だけどね?」

 

冗談めかして発せられるキルバーンの言葉に、

ハドラーは脂汗を滲ませながらやや俯き、マントの下で拳を強く握り締める。

ハドラー自身、軍団長を統制しきれていないことを自覚しているし恥じている。

判断ミスもしているというのは、自他共に認めるところだ。

いつ取り返しのつかない大失態を演じるか己で不安がっている。

 

(な、なんだ…!何が言いたいのだ、こ、こやつは!

 ま、まさか……本当に、オ、オレの…処罰を…!?

 様子を見に来たとは……オレの不手際の調査か…!?)

 

「おっと。忙しい魔軍司令殿のお邪魔をしちゃったかな?

 頑張ってくれたまえよ、ハドラー君。ボクはキミを応援しているよ…。

 困ったことがあったら何時でも連絡してくれたまえ。

 それでは鬼岩城の皆さん………シーユーアゲイン……ウフフフ」

 

ゆらゆらと手を降ったキルバーンが

死神の笛を再び吹き鳴らし影に溶け込むようにして消えていく。

その様を、ハドラーも彼の周囲の親衛隊達も、ゴクリッ…と息を呑みながら見守るのみ。

一体キルバーンは何を言いたかったのか。

本当に気紛れだったのか。

ハドラーの心に、その日から抜き差しならない焦燥の楔が打ち込まれたのだ。

 

――

―――

 

ハドラーの脳裏に、過日のキルバーン来訪の一件がフッとよぎる。

あの日以来、恐ろしい己の未来を夜な夜な夢に見てしまうのだ。

ヒュンケルが、グノンが、地べたに這いずるハドラーを冷たく見下し罵り笑う。

力なく伸ばしたハドラーの手を見ながら、

ミストバーン、ゴルゴナ、ボリクスはただ冷たく背を向けて立ち去り、

そして振り返ればアバンとバランが剣を片手に迫ってくる…そんな光景だ。

それはまさに悪夢。

決して現実にさせてはならない悪夢だ。

 

「親衛隊!」

 

「は、ははっ!」

 

ハドラーが控えるガーゴイルへ向け声を荒げる。

 

「フレイザードを呼べ!奴の傷も完治している頃だ!

 すぐさま左肩(レフトショルダー)の間の円卓に奴を招集せよ!」

 

波風立たせぬ統治。

そんな堅実で地味な成果だけではもはや諸将の尊敬は集められない。

ハドラーは思い、焦る。

魔軍司令の座を揺るぎなきものにする為には、

己と己に忠実な手駒だけで大金星を上げる必要がある、と。

 

(死神も言っていた……ヒュンケルの復帰が近い。

 それにクロコダインの穴を埋める人員は、氏素性も定かでないあの生意気な獣人!

 バーン様が手ずから選出した新百獣魔団長は、ボリクス達同様オレを侮りきっている!

 今しかない!

 指揮権を預かる妖魔士団と不死騎団…そして我が子、フレイザードの氷炎魔団!

 この3軍でもって勇者どもの首をぶんどり、ロモスも滅ぼしてくれる!

 そうすれば魔軍司令の座は盤石…!

 青二才共にもでかい顔をさせないで済むわ…!グフフフフ…!)

 

現在は陰りを見せているが、ハドラーは元々優れた男だ。

武勇に偏っているが、知勇兼備でパワー・魔力・スピードが高レベルでまとまった万能型である。

しかし突出した要素を持っていない。

大魔王6大軍団長の選出理由に、そもそも「一芸においては魔軍司令を凌ぐ猛者」という条件があるので攻・魔・知などで軍団長に遅れを取るのは仕方がないのだが、

曲者ぞろいの現在の6軍団では、年齢、実績においてもハドラーを上回る魔族が何名かいる。

それ故に、下等種の人間で、しかも宿敵アバンの弟子であり、

人生の半分も生きていない若造・ヒュンケルに遅れをとるのだけは我慢ならないのだ。

今の彼の自信と誇りの源は、大魔王から与えられた『魔軍司令』という地位のみ。

だが最近は、ひょっとしてその魔軍司令という地位ですら

 

(ただの肩書で、自分の実態は軍団長不在の団を率いるだけの補欠なのでは)

 

という自嘲の思いが一瞬去来するが、すぐに頭を振ってそれを霧散させる。

 

「お呼びですか、ハドラー様」

 

様々に思いを馳せるハドラーの耳に聞き慣れた男の声が飛び込む。

円卓の間にて一足先に待っていたハドラーに声をかけつつ、

彼の子供同然の氷炎将軍は親の許しを得るでもなく()()()と己の席に腰を掛けた。

フレイザードの、完全に粉と化していた頭部は綺麗に復元されているし、

噴き上がる魔炎と魔氷の気は猛々しい。すっかり完調であるように見える。

 

「ふむ……岩石生命体のお前が、

 頭部を破壊されたぐらいで随分と修復に時間がかかったな」

 

「ハンッ、もうザボエラあたりから話は聞いたでしょう。

 あの武闘家の小娘からオレに送り込まれたエネルギーは生命エネルギー!

 あのガキの拳を伝ってオレの体中に光の闘気が送り込まれたんだ!

 見かけによらず恐ろしい闘気量………コアまで消滅しかけたぜ」

 

故に研究に没頭していたゴルゴナに代わり、

ザボエラ、ザムザ親子によって彼は長期にわたって治療を受けることになったのだった。

なにせ禁呪生命体に生命エネルギーは天敵である。

 

「ザボエラからは治療の状況は聞いていたがな………。

 自分の耳で聞くまでは信じ難かったのだ。

 禁呪から作り出した岩石生命体は実質不死に近い。

 それがあんな小娘に頭を殴りつけられたくらいで、と思ってな」

 

「ケッ!ハドラー様もあの武闘家共と闘ってみりゃ分かるさ。

 あいつら相当にレベルが高ェ。

 ゴルゴナの旦那だって手を噛まれたんだろう?

 アバン一人に手こずってたアンタじゃ、大分荷が重いぜ」

 

口角を釣り上げて笑うフレイザードの裂けた笑み。

思わずハドラーも、

 

「ぬぐッ! き、貴様! 生みの親を侮るのか!」

 

我が子まで己を軽んじるのかと、瞬間、頭に血が上った。

 

「クカカカカカッ!そうじゃねぇさ、ハドラー様よォ…!

 オレは親のアンタに似てるだけだ。

 アンタがなんでオレだけを呼んだのか……大体は分かる。

 デケェ金星が欲しいんだろ?

 クククククククク……やっぱオレとアンタは親子だよなぁ………

 アンタもだが、オレもいい加減大金星が欲しくてね………。

 オレ達には手柄が必要だ!

 ヒュンケルにデケェ面をさせねぇ為にもな!」

 

フレイザードの炎の目が血走る。

生まれて1年足らずの彼は、生まれた瞬間から知性と人格を獲得していたが、

当然、彼の人格には歴史がない。

あらゆる行動の指針、柱となるべき経験と記憶が彼には存在しない。

彼に存在するのは、他人のそれらに相当する……

それらと比べても遜色ないモノを手に入れたいという強烈な飢餓感であった。

 

(他の奴らに、オレという存在を証明する手柄が欲しい!!)

 

彼の行動理念の全てはそこ(承認欲求)に行き着く。

 

「幸い、前回のロモスでの戦ではヒュンケルの野郎もしくじったから良いようなものの…、

 奴だけが無事だったらと思うとゾッとするぜ!

 今のうちに俺達だけで勝ち星を挙げて、とっととあの人間にデカイ差をつけねぇとな…。

 そうすりゃ魔界の英雄ボリクスも新参者の獣人(ビーストマン)も…デカイ顔はさせねぇ!

 あのゴルゴナの旦那だって俺達に一目も二目も置くぜ」

 

そうだろハドラー様、

とニタリと笑う我が子の瞳の奥に潜む狂乱の炎が、ハドラーには一瞬垣間見えた。

 

「…うむ」

 

少々気圧されながらも、ややぎこちない顔で同意をする。

 

「お前の言う通りだ。

 4軍団を投入したロモス会戦を凌いでみせた、

 大勇者アバンと、その使徒共の勇名は更に高まった」

 

「だが、そのアバン共をどうやって倒すつもりですか、ハドラー様。

 盤石で挑んだ前回だって負けちまったんだぜ。

 しかも攻め上ってくる勇者共に竜の騎士まで合流しちまった。

 雑魚共は百獣魔団が片付けたらしいが、状況は好転してないんじゃないですか?

 それだけに勝てばまさに大金星だがよぉ……」

 

ちょっとやそっとでは勇者を討つどころではなく、ベンガーナ失陥まで有り得る。

むしろ、前回以上の戦力が欲しいくらいなのだが、手柄の独り占め的にこれ以上の戦力動員は難しい。

大局的な情勢は圧倒的有利の大魔王軍だが、彼らには彼らなりに苦しい事情(手柄争い)があるものなのだ。

 

「ベンガーナ防衛戦の初戦は、先の海戦からベンガーナに撤退している百獣魔団にやらせる。

 アバンとクロコダインを討ち漏らし、竜の騎士にむざむざ背を見せたとでも言ってやれば、

 あの血気盛んな獣人(ビーストマン)は勇んで打って出たがるだろう。

 忌々しいが、グノンと新生百獣魔団の強さだけは認めねばならぬ…。

 奴らを利用せぬ手は無い…せいぜいアバン共を疲れさせてもらおうではないか」

 

そうすればお前のアレが完成するだけの時間が稼げるというものだ。

ハドラーはそう言っていかにも残酷そうに笑った。

 

()()の出番か…なるほどな…ちと時間的に厳しいかと思ったが…。

 ククク、それなら確かにイケますぜ」

 

彼の子もまた残虐さを隠しもせず裂けた口を尚釣り上げて微笑む。

 

「疲れ切り、5分の1にまで力を封じられれば竜の騎士でさえ敵ではないわ!

 お前の結界が完成したと同時に氷炎魔団が突撃を仕掛けるのだ。

 妖魔士団と不死騎団には『塔』を守らせる」

 

強く握った拳を振り上げ力説するハドラーを見つめる、氷と炎の瞳。

瞳同様、相反する属性の腕を組みながら、

情熱的かつ獰猛な感情と冷静冷徹な思考を巡らせる。

 

「しかし、ハドラー様。俺の呪法の中じゃ妖魔士団なんざ頭でっかちの役立たずに成り下がるぜ?

 オレ以外は力も魔法もからっきしになるんだからな。

 …………まぁ妖魔士団は結界外に配置すりゃいいか」

 

「クックックッ…もうすぐだ。アバンとの因縁もようやく終わる…。

 ベンガーナが奴の墓場になる…!フハハハハ!」

 

ハドラーの顔は自信に溢れているように見えたが、

同時に酷く危ういものを孕んでいると思えた。

 

(…自信…というよりは、テメェ自身に言い聞かせてるだけじゃねぇのか?

 こいつは考えておいたほうがいいかもな…)

 

フレイザードの氷の瞳は、そんな生みの親をただ冷たく見つめている。

 

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