ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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投稿が止まっている間にダイ大の新アニメが始まったり、ゲームコラボが盛んになったり…時の流れの早さを感じると同時に、ダイの大冒険の人気の根強さと、そして物語の素晴らしさを再認識しました。


誤字脱字修正、感想、いつもありがとうございます。


戦士に絡みつく邪糸、そしてベンガーナの戦いへ

暗い暗い部屋。

どこが出口で、どこまでが壁か。

そんなことすら分からない程にそこは暗い。

常人であれば吸い込むだけで発狂か、或いは全身から血を吹き出して死に至る瘴気に満ちたそこで二人の剣士が激しい火花と血花を咲き乱れさせていた。

 

闇夜に白刃が煌めく。

ひゅんひゅんと風を切り、そして金属と金属が激しく摩擦する。

散る火花が一瞬、剣士の顔を照らした。

照らされた顔は鉄兜に覆われていたが、覗き穴から伺える瞳はただギラギラと憎悪の炎で燃え滾っている。

その剣士が、無言の内にも必殺の気合と…命ある全ての者への憎しみと共に右手の白銀の刃を振るう。

ひゅうッ、と白刃の閃光が戦士の首元を駆け抜けた。

 

一瞬の静寂。

 

相手の剣士の動きが止まり、ぐらりと揺れ、血飛沫を噴き上げながら()()()と首が落ちた。

 

「ぐぶぶぶぶ……見事」

 

眼を見開いたままに転がる首を冷たく見下ろす魔装の剣士が、突然聞こえてきた不気味な声に振り向く。

 

「…ゴルゴナ殿か。こいつは中々手強かった。

練習相手にはちょうどいい…もっと用意してもらいたい所だ」

 

8つの目を光らせる背虫の魔神・ゴルゴナがそこにはいた。

この暗黒の部屋を用意したのは彼だ。

そして、今しがたこの魔剣戦士…不死騎団長ヒュンケルの練習相手を務めていた戦士を用意したのも勿論彼である。

 

「案ずるな…この生ける躯は何度でも蘇る」

 

八つ目が、ヒュンケルに勝るとも劣らぬ冷徹さで戦士の首を見、虫の腕で首を持ち上げて胴体へと放り投げる。

首が胴の間近まで転がり近づくと互いの切断からじゅるじゅると触手が伸び、水焦がれる砂漠の放浪者の如く無数の触手を絡ませあった。

 

「う…あ……あ゛………痛い…痛い…殺して…くれ…」

 

兜に包まれた首がガラガラ声で呟いた。

蜘蛛の魔人は笑う。

 

「ぐぶぶぶぶ…死にたいか」

 

「死に、たい…死なせて…くれ…」

 

「ならぬ」

 

苦悶を浮かべる首に蜘蛛は無情に宣告する。

 

「貴様は己だけ死を望むのか。

貴様と、生ある時に愛し合った女も同じ刻苦の獄に繋がれて現世を彷徨っているというに、何故に貴様は死を望む。

お前はそれ程に軟弱な男であったのか…?」

 

「……き、さ、ま………レイ、ラに…まで…ッ、殺、して………やる!こ、ろ…して…や、る、ぞォォ、ォォ……!ぁ、悪魔、め……っ!!」

 

窪んだ眼で魔人と魔剣士を睨みつける首が、濁った血を瞳と口から溢れさせて腐った唇から呪詛を紡ぐ。

それをゴルゴナは実に心地良さそうに眺めていた。

 

「ぐぶぶぶぶぶ!

さすがは大勇者アバンの〝仲間〟だ。

首だけになろうとも…我が術で縛られようとも我に吠えるその精神力…素晴らしい。

戦士ロカ……貴様が己に課せられた使命を果たした時…、その時は…お前の妻共々永遠の安らぎを与えてやろう」

 

笑いながら「まずはヒュンケルの相手が貴様の仕事」と宣ったゴルゴナが、腐敗の暗黒戦士へと活力を与えて無理矢理に立たせる。

大勇者のかつての親友は抗う術なく、不可視の蜘蛛の糸のように絡みつく呪力に操られるしかない。

 

「ぐ、ぐぐ…うううううッ!!殺、すッ!殺す…!殺す!殺す!」

 

ゴルゴナの呪力がロカの肉体のみならず、その高潔な魂までを穢していく。

暗黒戦士ロカは瞳から理性を失せさせ、大蜘蛛の魔神に向けるべき憎悪の矛先さえ変えられて、殺意漲らせた黒い眼球から血の涙を滴らすと、血塗られた剣を振り上げてヒュンケルへと一目散に駆け出すのだった。

ヒュンケルは目を細め笑う。

 

「ふっ…さすがはゴルゴナ殿。

いいぞ、向かってくるのだ…!戦士ロカ!アバンの仲間め!!

貴様を何度でも細切れにできるとは嬉しいぞ!!」

 

ロカの憎悪に応えるは、もう一塊の憎悪の化身だ。

不死と憎しみに囚われた二人の天才剣士は、瘴気に満ち満ちる暗き部屋で、何時までも何時までも、踊るように互いを殺し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、次の戦いまでの間の僅かな憩いを過ごす人間達が、思い思いに過ごしていた。

ある者は故郷に残した愛しい人を思い、ある者は親しいものを殺された無念を胸に魔王軍への復讐心を滾らせる。

この中に明日の戦いに怯える者は一人もいなかったが、軍船を多く沈められた事もあって、即席のキャンプ地はみすぼらしく、殆どの者はテントも張らずに雑魚寝で夜を過ごし、寝ずの番の兵らがとる食事も栄養満点とはいかず、兵達の疲労は積み重なっていく。

アバンやクロコダインも、バラン達のお陰で一命を取り留め、回復呪文で傷が癒えたとはいえ、やはりコンディションは万全ではない。

あまりに重傷だとホイミ系でも癒やしきれず、後遺症が残る場合もある。

 

「…すでに傷はすっかり癒えたな。腕もそこまで上がるなら、もう大丈夫だろう」

 

バランが、アバンの腕を持ち上げ、ゆっくりと回して可動を確かめて診察する。

専門家でないから保証はできんが…と、そう締めくくったバランに、

 

「いえいえ、幾つもの戦を潜り抜けて来たあなたの診断は、そこらのお医者様の言葉より信頼できますよ」

 

アバンはニコリと笑って応えた。

短い言葉の中にも、その声色、抑揚などで、アバンという人の為人(ひととなり)が滲み、バランに伝わる。

なんとも穏やかで、人を安心させる。

深い知性すらも、声に溶け込んでいるかのようで、たとえ初対面であろうとも人の心を絡め取ってしまう…そんな人だと、アバンを見たバランは感じた。

 

(不器用な私とは対極的な人だ)

 

そう思った。

衣服を着直して、包帯の巻かれた体を隠したアバンは、メガネも掛け直してクイッと持ち上げ、そして乱れてストレートになってしまっていた髪も丹念にカールさせ、いつものアバンを整えていく。

そして、優しげでいながら、凛とした佇まいを取り戻したアバンは、あらためてバランへと向き直り、頭を下げた。

 

「あらためまして………ありがとうございます、バランさん」

 

「なんの。それはこちらのセリフだ…アバン殿」

 

威厳に満ちるバランの声も、その時はまるでソアラと相対した時のように優しさが含まっているのは、それは目の前の賢き勇者がディーノの師であるからか、それともアバンの持つ人柄がそうさせたか。

ひょっとしたらその両方かもしれない。

 

「あなたには…かつて私が、地上で暴れるハドラーに対処出来なかった時に、その相手を押し付けてしまった事がある」

 

「ハハハッ!何をおっしゃいますか!ラーハルトさんから聞きましたよ。あの時、あなたはもっともっと恐ろしい敵と魔界で戦っていた。私など、大した事は……う~ん、まぁちょっとはしましたけど――」

 

おちゃらけて笑うアバン。

つられてバランの顔も、また一段緩くなる。

 

「――それでも、あの冥竜王ヴェルザーに比べれば…地上の災厄は微々たるもの。私も、多くの神話伝承に通じていると自負していますが、冥竜王の恐ろしい逸話は枚挙に暇がない。真竜の闘いの伝説などは、地上でも多くの戦士が好む伝説ですしね」

 

「……そう言ってもらえると、私の心も楽になる。だが、何を言おうと…あの時、苦しむ地上を見捨てたのには違いない」

 

「それこそまさに不可抗力という奴ですよ、バランさん。それに、私だってあなたに謝らねばならぬ事があります」

 

「あなたが私に?」

 

バランの目がキョトンとする。

アバンは、またその柔和な顔を破顔させて悪戯小僧のように微笑んだ。

 

「勇者として讃えられるのはあなたである筈だったのに、御存知の通り、今は私等が勇者とチヤホヤされ…中には大勇者などと、過大に褒めてくださる人もいます。なんだか…あなたの功績を盗み取ったようで。…たはは、お恥ずかしいやら申し訳ないやら」

 

微笑みながらも冷や汗をかいてみせて、そして頬をポリポリと掻くアバンの姿に、バランは今度こそ笑った。

 

「はははは!ご謙遜なさるなアバン殿。あなたは間違いなく勇者だ。大勇者だ。この地上を守り、導いてきたのはあなただ。何も恥じる事などない。さっきも言った通り…私はあなたに感謝しているのだ。そして、今こうして相対し、言葉を交わすうちに、感謝は尊敬に変わってきている。……私は…聖母竜によって、そうなるべく力を授けられ生まれた…竜の騎士だ。だが、あなたは違う。あなたは正真正銘、人の身でありながら、弛まぬ練磨によって知勇を鍛え、身につけ、そして…魔王ハドラーすら倒してみせた。勇者とは、まさにあなたが名乗り、讃えられるべき尊称。私には荷が勝ちすぎる。重き名だ…」

 

バランは心底そう思ったが、アバンは「褒めすぎですよ」と照れて笑う。

だが、アバンほど、勇者という肩書が似合う人はいないとバランは思うのだ。

無論、自分も凄まじい鍛錬と闘いの果てに、竜の騎士の力を磨いてきたのだが、そもそもアバンと自分では下地が違うというのも事実。

強者は強者を知る、とも言う。バランは、アバンと接してその力を感じ取り、そして、ただの人であるアバンの力は、たとえ今のバランでも油断出来ぬと思わせられる実力者だと思えた。

命を懸けて戦うことがあれば…きっとアバンは思いも寄らぬ戦いぶりで、こちらを翻弄し、そしてバランは大苦戦するだろうと簡単に予想できる。

下手をすればこちらが負ける。

この手の引き出し多き賢き戦巧者が相手の場合、武辺者を自認するバランが取るべき最良の戦術は、最初から全力で相手を叩き潰す事。

つまり、バランの見立てでは、「アバンとの勝負は竜魔人化しなくては心許ない…」と、そう思わせる程であった。

 

バランが、アバンの眼鏡の奥の理知的な瞳をジッと見つめる。

 

「それに何より…あなたは我が子ディーノの心を導いてきた師父だ。私にとっては、アバン殿は大恩人だ」

 

「ダイくん…ディーノさんに関しては、私よりももっとベリーベリーナイスな関わりをしたのは、ブラス老です。礼なら、彼に。ディーノさんの人柄のまっすぐさは、私と出会った時には既に健在でした。デルムリン島とブラス老…心優しいモンスター達。ゴメさん。あの島が、ディーノさんの持って生まれた素晴らしい心をまっすぐに伸ばしたのですから」

 

ダイの育ての親と、育った環境。そして、ダイを生んだ両親の血の事もきちんと尊重するアバンの気の使い方は、さすがは学者(賢者)の家系だった。生みの親の前では、ダイを本来の名で呼ぶのも忘れない。

そういう気遣いが、バランには嬉しかった。

 

「そうだな。そのブラス殿という御老人にも、一度きちんと挨拶にいかねば。……だが、アバン殿が大恩人であるのは、やはり変わらん」

 

見た目で判断してはいけないと、かつて弟子にも教えたものの、見た目通りの頑固さを見せたバランに、アバンは内心で苦笑する。

 

「……ならばここは、おあいこですね。バランさん。お互いの恩の貸し借りは同等という事にしませんか?両者共に恩人……ですから、これからは是非、対等のお友達ということで」

 

ウィンク一つ、茶目っ気たっぷりにしてみせたアバンは、手を差し出す。

その差し出された手を、バランはしっかりと握り返してみせた。

 

「友か………あぁ、喜んで、そうさせて貰おう」

 

「ありがとうございます。……いやぁ~いくつになっても新しい友達が出来るのは嬉しいことですね。あっ、そうだ。ならまずは、お近付きの第一歩に交換日記といきましょう♪」

 

ロカ以来ですよ~、等とアバンは喜び、いそいそと準備を始める。

 

「こ、交換日記?」

 

「ええ。ジニュアール家に代々伝わる、伝統の交換日記方があるのです。まずは書き方ですが…友達という事でフランクさをより強く意識し、あえて砕けた文体で書くのがマナーです。『おはようございます』なら『グッモーニンっ♪』などと書くとより早く親しくなれるのですよ!」

 

本気かウソか、冗談か。アバンは懐から(どこにしまっていたのか)一冊の乙女チックな表装の本を取り出して、フザけた笑いを浮かべつつ、しかも力の入った講義をバランに始める。

これにはバランも少々タジタジ。

 

「う、うむ…だが、今は事が事ゆえ…世が平穏になったらという事で……」

 

「むむ?そうですか…」

 

大げさに残念がってみせるアバンの姿は、どこまでもコミカルだ。

たとえ現状が切羽詰まっていようとも、こうした本気の冗談はアバン流の話術詐術の一つでもあるのだろう。

彼がこうして余裕ぶってみせる事で、この光景を遠巻きに見ていた者(クロコダインやポップ)達も……竜騎衆でさえも朗らかな顔となっているのだから、皆の心の緊張を解す良い役割でもあった。

 

(…フッ。本当に大した御仁だ。道化を演じ、人々の心を癒やす…これも狙いのうちか。……ディーノ……良き師に恵まれたな)

 

微笑んだ二人の勇者は、お互いの杯を、どちらともなく自然と近づけて鳴らし乾杯をし、貴重な酒で唇を潤す。

 

「美味い酒だ」

 

戦場の安物酒にすぎない。

しかし、この僅かな安酒は、バランにとっては極上の美酒に等しい。

息子も見つけることができ、そして、友と呼べる男とも出会えた。

 

(思えば…私には友はいなかった。良き部下はいても、竜騎衆は友たり得ない。そもそも、竜の騎士とは孤独な存在だ。本来ならば、愛する伴侶すら持つ事なく、故に、当然子を成す事も有り得ない。…私は、歴代の竜の騎士の中でも、飛び抜けて恵まれているのかもしれんな)

 

竜騎衆とは固い絆で結ばれ、特にラーハルトはディーノの義兄と呼んでもおかしくないぐらいにバランとの絆は強固だ。

愛する女・ソアラとも結ばれ、愛の結晶たるディーノにも恵まれて、フォルケンやナバラ…メルルとも良き関係を築けて、そして今度は友だ。

聖母竜から生まれず、生来、竜の紋章を持つという、規格外の竜の騎士はダイであるが、ある意味で真の規格外はバランなのだろう。

バランは一人で、神の時代から続く竜の騎士の歴史を、どんどんと塗り替えていく。

 

気付けば、アバンは僅かな酒に身を手伝わせてわざとらしくテンションを上げて、兵達と、そしてバランの為に、まるで講談でも聴かせるように朗々と語っているのがまた可笑しく、そしていかにもアバンらしい。

 

「―――ということがありまして私は対リンガイア戦線で大忙しだったのです。

いやいや、それはもう大変な戦いでした。

北の厳しい寒さ……乏しくなる食料……抜け駆けしたがるオーザム王国。

私のメガネも寒さのあまり曇る有様で………おっと、私の武勇伝はこれくらいにして…、

そんな時にあの子のことをパプニカ王国のレオナ姫から聞いたのですよ。

ものすっごい才能ある未来の勇者がデルムリン島にいるとね。

リンガイア包囲の指揮の途中だったのですが、

居ても立ってもいられなくなりまして、

フローラ女王の許しを得て私とポップはダイ君のもとに旅立ったのです!

私はそれはもう驚きました!

こんな子が、こーんな南の島に隠れ住んでいたなんて!

ダイ君はスペシャルハードコースをクリアし1週間で勇者になれる逸材だったのです!」

 

語りに語るアバンの背後にざっぱーーんと波打つ大波が見える………気がする。

兵達はヤンヤヤンヤと喝采を送り、バランもまた時折頷いて相槌を打ち、アバンの面白可笑しい講談に聞き入っていた。

 

「なるほど……アバン殿とブラス老は勿論、ポップ君にも感謝してもしきれぬな。そうか…ディーノめ、友にも恵まれたか」

 

短い間であったが、バランはアバンの知的で重厚な完成度を誇る人間性に、あらためて感服していた。

かつてバランが見た人間達の中でも、ソアラに次ぐ素晴らしい人間だと思える。

〝人の暖かさ〟ではソアラが上だとバランは個人的な理由(惚れた弱み)で確信しているが、そのバランから見てもアバン=デ=ジニュアール3世という男の完成度は、接すれば接するほど完璧に思えた。

理性的で理知的。

人間は賞賛されるだけの素晴らしい生き物ではないと断じるだけの冷静さと公平性。

そして、それを理解しつつも人間という種への信頼と愛情を失わず、可能性を信じ、その上で魔物や魔族に対しても偏見を持たない。

一個一個の人格、精神を見抜き、評価する。

力なき正義を無力と言い、正義なき力もまた無力だというアバンの価値観。

戦士としての技量、体力…魔法使いであり僧侶としての魔力、見識。

破邪の呪法すら修め、進む勇気も退く勇気も持つ、まさに人類史不世出の大英雄。

彼の全てが賞賛に値する。

彼の素晴らしさに比べれば、竜の騎士とて霞む。

そういう評価でアバンをまとめたところに、

 

「あっ。バランさん」

 

アバンが何かを思い出したかのように言った。

 

「なにかな?」

 

また一杯、酒杯を空け、空になる度に群がる兵士にまたまた注がれてしまいながらバランは返答する。

と…。

 

「交換日記の件…よろしくおねがいしますね?」

 

「………う、うむ」

 

あの話は本当に生きていたのか。

このタイミングで蒸し返すのか。

バランでさえ、アバンのペースに巻き込まれ、そして流されてしまう。

 

(な、なるほど…本当に恐るべき人だ…)

 

計り知れない…まさにその言葉がピッタリ似合う男、それがアバンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベンガーナの戦いが始まったのは朝焼けの頃合いだったろうか。

払暁の陽光が、雲間から薄く差して、その光と共に最後の人類軍は進撃を開始した。

先陣を受け持って駆け抜けるのは、竜の騎士バランとその従者達。

 

「魔王軍ども!貴様らが追い求める竜の騎士の首はここにあるぞ!!

死を惜しまぬならばかかってくるがいい!!

寄る者から、我が真魔剛竜剣のサビにしてくれる!!」

 

威風堂々と、剛剣を八相に構えて、名乗りあげるバランの姿は、まさに神話かおとぎ話に出てくる勇者そのもの。

アバンとはまたベクトルの違うその勇姿に、敵味方を問わず、惚れ惚れと目を奪われる。

 

以前、偵察した情報では、ベンガーナの城壁は度重なる戦でボロボロのままという事だったが…いざ来てみれば魔王軍によって急ピッチで修復と増改築を繰り返されていたようだ。

ベンガーナは街もすっぽり覆い守る大城壁によって囲まれていて、ベンガーナの街中へ進む為には、まずはその城壁の突破が必須。

堅牢な城壁には、威容な黒鉄の大門が備わり、ベンガーナ唯一の出入り口となっていた。

大門は、暗黒闘気が練り込まれたオリハルコンメッキによって、太陽の光さえ反射せぬ異質な黒に輝くという、不気味かつ無比の門で、短期間での急拵えとは思えぬ防御力を持ち、まず人間には砕けない代物。

だが、竜の騎士ならば話は別だ。

接近を許せば、バランならばこの大門を突破出来るに違いない。

そうはさせじと、バランの名乗りを受けて、城壁の上に蠢く影達が一斉に空へと飛び立った。

街中からも、城からも、その影共は次々に空へ飛び、夜明けの光を一瞬で黒く塗りつぶす。

 

「っ!凄まじい数ですなぁ~、バラン様!!驚いたぜ…ありゃ全部アンデッドだ!くせぇくせぇ!ここまで腐った臭いが漂ってきて、鼻が曲がっちまうよなぁー!クワーックワックワッっ!」

 

空の騎士・ガルダンディーが口笛なぞを吹きつつ軽口を叩いてみせたが、頬には薄っすらと冷や汗が伝う。

魔王軍の凄まじさは、軽薄な彼にも危機感を募らせるに充分だったが、相変わらずの軽口っぷりに、同僚であるラーハルトもボラホーンも、思わず笑みが溢れる。

 

「皆、油断をするな!ゴルゴナのアンデッド達は、滅びて尚、瘴気を撒き散らす!

ロモス軍の戦士達よ、僧侶魔法の心得のある者はキアリーとトラマナを常に唱えろ!

ガルダンディー!私と共に空で奴らを迎撃する!

ラーハルト、ボラホーン!おまえたちは、このままロモス軍と共に突撃!!」

 

「はっ!」

 

「ははっ!おまかせを!!」

 

飛翔するアンデッドの群れに対抗するかのように、ガルダンディーとルードが天高く飛ぶ。

 

「空は俺らのもんだぜ!!死人は土の中にでも潜ってな!!」

 

スカイドラゴンのルードが炎を吐き出し、ガルダンディーが瞬速の剣技で、アンデッド共に生やされている歪な翼を切り落としていく。

頼もしい程の手際の良さだが、本来、ガルダンディーという男は獲物をいたぶる性質がある男だ。

その男が、バランと同じ戦場であるとはいえ、こうも一撃必殺を旨として戦っているのは、それだけこの戦場が危険だからだろう。

 

「ガルダンディー、上だ!」

 

バランがギガデインで死者の群れを引き裂きながら、部下に注意を促せば、即座に鳥人の青年は上空へと翼のはためかせて、羽根の矢を射出。敵を打ち落とす。

 

「さすがはバラン様だ…!まるで後ろにも目がついているかのようではないか!我らも負けてられぬ!ラーハルト、俺は右をやる!」

 

「ならば俺は左だ。ぬかるなよ、ボラホーン!」

 

飛べぬ者は地を駆けて、空から落ちる者にとどめを刺し、そして地面から湧き出てくるアンデッドの群れの頭を砕いていった。

ボラホーンの凍てつくブレスが死者を氷漬けにし、そして凍ったところを、巨漢のトドマンが振り回す重々しい錨が、まるで鎖分銅のような速さで粉微塵にし、ラーハルトの閃光としか思えぬ槍捌きは、瞬き一つの間に数十の敵を両断していく。

彼らの後ろから突撃する人間軍は、ダイやアバンらの無双っぷりをも凌駕しそうな程の彼らの活躍に、ただただ感嘆の声を上げた。

 

「す、すごい!」

 

「これなら…本当にベンガーナ攻略ができてしまうかもしれないぞ!」

 

「あれが、伝説の竜の騎士の力なんだ!!」

 

「アバン殿の弟子の、勇者ダイ殿のお父上だというからな!」

 

「ああ!やはり血は争えないな!!素晴らしい勇者じゃないか!」

 

「アバン様にダイくん、それに…バラン殿がいれば…打倒魔王軍、見果てぬ夢ではない!」

 

命を捨てる覚悟などとうに出来ている者達であるが、グノンとの一戦では一方的に叩きのめされ、大いに士気を下げていたロモス軍。しかし、目の前で起きている英雄譚に勇気付けられ士気も鰻登りである。

バランを中心に、兵達は凄まじい活躍をみせ、数万はいようかという死者の群れを散々に打ち破る勢いだった。

魔王軍先鋒の不死騎団を蹂躙され、慌てたのは百獣魔団の戦目付役だ。

 

「グ、グノン様!た、大変です!」

 

慌てて踵を返し、ベンガーナ城の大広間で出撃に備えている獣王へと報告する。

かつてロトの子孫達と戦う前もそうであったように、女の獣人に身の世話をさせてふんぞり返っていたグノンが、ギロリと戦目付のエビルホークを睨んだ。

 

「何用だ!戦の寸前…我が闘志を高めようという、この時に!!」

 

「も、申し訳ございません…!し、しかし…その、先鋒を担っていた不死騎団が、ま、まさかの、壊滅でございます!人間どもは破竹の勢いでベンガーナの大門まで迫っており…このままでは――」

 

「このままでは何だ?まさか、俺の百獣魔団が敗れるとでも言うのか!?」

 

グノンの目が釣り上がり、エビルホークから「ひっ」と小さな悲鳴があがった。

慌てて弁解する。

 

「そ、そのような事は!」

 

「だまれ!!先鋒の不死騎団は、所詮はゴルゴナの小手先の技によって乱造された、雑魚の群れだ!…不死騎団本隊は未だ動いておらぬ。それは貴様も知っているはず…」

 

「それは存じておりますが、し、しかし、それにしても人間どもの勢いは油断ならぬものがあり、ここはベンガーナを退いて人間の勢いが弱まるのを――」

 

その瞬間、グノンのハーケンが飛んだ。

エビルホークは、言葉の続きを紡ぐことなく、胴と首が断たれて、そのまま鮮血を拭き上げてドサリと倒れる。

 

「腰抜けが!!退くだと!?たかが目付役風情が、俺に戦を指図するか!!」

 

百獣魔団の長、獣王グノンが吠えた。

その遠吠えはベンガーナの隅々にまで響き、国中に控えていた獣共が一斉に腰を上げ、獰猛に唸りだす。

 

「出撃ダ…!」

 

「出撃!百獣魔団、出撃…!グルルルルル!」

 

「ガオオオオオッ!!主ガ、戦場デ死ネト、命ジテオラレル…!」

 

グノンの咆哮はただの合図ではない。

獣兵達を闘争の狂気に追いやる、雄々しき獣王の狂咆だった。

 

「ゴルゴナがこしらえた捨て駒の死人共は、奴ら(ロモス軍)に再び殺される事で任務を全うした…!バランならば、ゴルゴナの手管は知っておろうが、毒に対処すれば魔法力を…数に物を言わせたゾンビ共の肉壁は体力の消耗を強いる…!ゴルゴナらしい、二段構えの悪辣な策よ…ククククククッ!竜の騎士よ、クロコダインよ!ベンガーナが貴様らの死に場所だ!」

 

グノンは堂々とした将でありながら、こうした非道作戦をも躊躇なく取り入れる。

将の本分は勝つ事にこそあると確信し、そしてその為に尽くす知略と工夫は、どんな鬼畜の所業であろうと正道であると考えるのがグノンだ。

武人としてのプライドも高い獣王でありながら、その在り方はクロコダインとは異なり、ゴルゴナやフレイザードに近い。

獣人の魔族らしく、縄張り意識も強いが、初戦で百獣魔団だけでの単独勝利にケチがついた以上、ここは連携を重視し、勝利という結果に重きを置く事だけの冷静さが彼にはある。

ゆえに、他の軍団との連携にも抵抗はない。

己の戦場への誇りと拘りはあるが、勝利を目指した上での援軍や協力態勢などは、寧ろ、勝つ為の布石として望むところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンデッドの群れを突破し、ベンガーナの大門に取り付いたロモス軍だったが、やはり魔法力と体力の消耗は激しい。

 

「…ゴルゴナめ。相変わらず卑劣な作戦だ。死者を冒涜するだけに留まらず、二度目の死までも細工し利用する……反吐が出る!」

 

因縁深いからこそ、バランは宿敵とも言える蜘蛛の魔人を嫌悪する。

バランと竜騎衆ならば、その小細工の突破は容易い。

だが、彼らほどの戦士であろうと、多少なりとも心身は疲れてしまって、その時点でゴルゴナとグノンの目論見は成功しているのが解るだけに、バランには一層癪であった。

 

「しかし…その邪悪な策…全て斬り伏せてくれる!!」

 

掲げた真魔剛竜剣に雷光を招来し、たかだかと構えてバランは跳んだ。

 

「ギガブレイクッ!!!」

 

ベンガーナの大門は、並の人間の魔法も闘気も全て弾くほどに堅牢だった。

だが、竜の騎士の必殺の一撃を受けては、オリハルコンといえども所詮はただのメッキ。

読んで字の如く、メッキは剥がれて、轟音と共に大門は粉々に砕け散る。

この超破壊力は、同じ勇者であってもアバンには出来ぬ芸当だ。

竜の騎士だからこそ出来る、最強の大技だった。

 

「おおっ、ベンガーナの門が…砕けた!!」

 

「俺達でベンガーナを落とせるかもしれない!」

 

「よ、よし!やってやろうぜ!」

 

「ダイくん達を援護するつもりなだけじゃなく、勝つつもりで戦おう!!」

 

おぉ!という声援が巻き起こる。

だが、そんな淡い希望を飲み込むかのような濁流がロモス軍に押し寄せる。

 

「っ!!?な、なんだ!!」

 

「あれは……獣の群れだ!!!!」

 

「なんだあの数は!…あれじゃ、津波じゃないか!!!」

 

「だ、だめだ!左右に散る暇なんてないぞ!!」

 

理性の一切をかなぐり捨てた(ビースト)の群れ。

それが突如、打ち破った大門から怒涛のように溢れてくる。

地上で起こるビーストの大波。

それこそが、百獣魔団の単純明快にして最強の戦術であり真骨頂だ。

 

「っ!皆、固まれ!こちらも矢のようになって、モンスターの群れを突っ切るのだ!」

 

バランが真っ先に飛び出し、そしてラーハルトもそれに続いて、暴走群集へと突撃する。

バランとラーハルトが刃の切っ先となり、その両翼をガルダンディーとボラホーンが固め、ロモス軍は強力な盾となり剣となってくれている彼らを全力で支え、そして追走する。

避けられぬのなら、敵の群れを引き裂くしかない。

 

「所詮は考えなしの獣の暴走…!どちらが狩られる立場か、この陸戦騎が教えてやる!ハーケンディストール!!」

 

ラーハルトの、神速の槍が獣を瞬時に十数両断し、それでも止まらずに陸戦騎の天下無双の槍捌きは、次々にビーストの頭を貫く。

ガルダンディーとボラホーンも、堅実に敵の勢いを逸し、徐々に獣の群れの暴走は、その流れを左右に分かたれつつあった。

 

バランを先頭に、人間達は集い固まり、その周りを激走するアニマルモンスター達の濁流が流れていく。

 

「このまま突撃をいなせそうですな、バラン様!」

 

錨をブン回しつつ、ボラホーンがバランにそう言った瞬間、そいつは疾風のように現れた。

 

「っ!!いかん!竜闘気(ドラゴニックオーラ)、全開っ!!!!」

 

バランは己の体に凄まじい量の竜闘気を纏いつつ、一点を見つめた。

 

「な…!?あれは、グノン!!まさか…!!」

 

ラーハルトも気づいた。

だが、超絶技巧の槍術と速度を武器とするラーハルトは、回避は出来ても防御技能には欠け、ましてや仲間を身代わりに守るスキルも無い。

ここは主・バランに任せるしかないのが、忠臣ラーハルトには口惜しい。

 

グノンは、先の戦いで見せた時のように、胸部の筋肉までも膨張させてみせた。

猛烈に息を吸い込む。と、一気に空が振動し、雲が乱れて渦巻く。

ゴオオオン、ゴオオオオン、と天が唸って、瞬く間に分厚い雨雲に成長した雲が太陽を飲み込む。

 

「かはああああああっっっ!!!!!」

 

低気圧を呼び寄せる程の、グノンのブレス。

超圧縮された真空の大炸裂弾が、ロモス軍の真上から音速で降り注ぐ。

しかし、迫る真空ブレスに向けて、バランは自分の両手を、まるで竜の顎のように構え、両掌に膨大な竜闘気を漲らせる。

 

(竜魔人化しなくては、全開のパワーは放てん…!だが、あれならば()()で!)

 

「ヌゥぅぅ…!竜闘気砲呪文(ドルオーラ)!!!!」

 

極大の光線がバランの両掌から放たれる。

本来のドルオーラの半分ほどの威力でしかないが、だが、それでも収束した竜闘気の砲撃はとてつもなく威力を誇る。

竜の騎士としてレベルアップを重ね、より強靭な肉体となった今のバランだからこうして撃つ事ができたが、従来、ドルオーラの使用には竜魔人化が必須条件となり、ある種のリミッターとなっていた。

歴代最強の竜の騎士であるバランでさえも、人間の姿のまま全力のドルオーラを撃てば、両腕は砕け散り、下手をしたのなら命も失うであろうし、そもそもドルオーラの威力を調節して撃ち出すという事すら、豊富な戦闘経験値を持つバランにしか出来ない技術だった。

 

鮮烈な光の渦が、グノンのブレスを貫き霧散させ、そのまま光線は天へと吸い込まれて、雲をも裂いた。

 

「す、すごい…!!ダイ君にも負けていない…いや、それ以上だ!!」

 

「あ…う、ぁぁあ…!?こ、これが…伝説の、竜の騎士の…神々の力!」

 

「まるで、神話だ!!」

 

たとえ味方であると解っていても、人間には畏怖の対象であった。

そして、敵であるグノンにとっては、バランが示した力は喜びでもある。

 

「ははははははは!!今のはほんの挨拶代わりだ……待ちかねたぞ!!バラン!!!!」

 

新たなセルゲイナスに仁王立つグノンが、大音声で叫ぶように言いながら、まっすぐにバランを睨み、対してバランは無言のまま、真魔剛竜剣を構え直しグノンを睨み返す。

ラーハルト、ガルダンディー、ボラホーンの竜騎衆らも、一点の油断無く、己の得物を構えた。

 

「…アバンとクロコダインの姿が見えぬな。……フンッ!大方、別働隊でこそこそと動いているのだろうが……。まぁいい。オレは、バランの首を獲って手柄とせん!!」

 

グノンのハーケンが陽光に光る。

 

「ゆくぞ、竜騎衆よ。油断するな…奴は、強い!」

 

「ふふふ…四人がかりか……よかろう!かかってこい!!」

 

この異世界の地でも、勇者と、その仲間達は四人。

そういう不思議な法則と奇縁に、グノンは心底で思わず笑った。

アルス、キラ、ヤオ、ポロン。

勇ましき少年・少女らの幻影が、似ても似つかぬ厳しい男らの後ろに視えた気がした。

 

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