ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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暗躍する者達

バラン率いる戦士団が、グノンの百獣魔団と激戦を展開していた一方で―――

 

ロモス軍の本隊の中にアバンとクロコダインの姿はない。

という事は、彼らは別に動いているという事で、グノンの指摘通りである。

だが、それを見抜いたからといって別段、グノンは特に慌てる様子もなく、巧妙に駆られた風でもなく冷静に、眼前の獲物に狙いを定めた。

これが意味するのは、もともとアバンの動きを看破していたか、或いは、こそこそ動き回られても問題無いぐらいに、魔王軍の守りが固いかだ。

 

「クククク…!ハドラー様!どうやらネズミが釣れたようだぜ!」

 

ベンガーナの大広間から大階段を昇り、更に奥へ上へ行くと城主の間となるが、そこにはグノンと百獣魔団の戦闘を見守るハドラーがいる。

そして、その傍らには氷炎将軍が鋭い目をギョロギョロと忙しく動かして、幾つもの悪魔の目玉の映像を検分していたのだが、そのフレイザードからの報告が、今上がった。

 

「ほお?どんなネズミが釣れた?」

 

「クカカカカッ!前に取り逃がした大物さ!ハドラー様にとっちゃ、いい加減見飽きた面かもなァ」

 

主従であり親子でもある二人の魔将は、口の端を釣り上げてニタリと笑う。

 

「ふん!アバンか」

 

「……アバンの野郎、手勢が少ねぇどころか…一人ですぜ。今なら大勇者を殺る好機と見たが…どうします?」

 

「アバンが一人…?フレイザード…貴様は、奴が何を企んでいると見る?」

 

問われて、フレイザードは、先程の笑みとは打って変わって氷のように冷静な瞳でジッと悪魔の目玉の映像を見て、そしてほくそ笑んだ。

 

「フッフッフッ…こいつぁ、驚いた。

アバンは凄まじい速さで、ベンガーナの都の周りを走ってやがる…。

地面に魔法円を描きながらなァ。

ベンガーナの都を()()()()()()()()でもこさえるつもりなんじゃないですかねぇ?」

 

オレ達と随分気が合うよなァ、などと言ってさらに口角を釣り上げる。

氷炎将軍の氷のように冷静沈着な分析力は、生みの親のハドラーとて重々承知していた。

恐らくフレイザードの言は正しいだろう。

 

「…アバンの結界呪法というと…破邪呪文(マホカトール)か。

デルムリン島では、あれの突破は骨が折れた…少々厄介だな。

あの魔法陣の中では、微々たるものとはいえ、魔に属する者は力を封じられてしまう」

 

さすがに旧知の仲で、ハドラーはアバンの呪文や技を良く知っている。

 

「…封魔と破邪、か。オレの氷炎結界呪法の効果がどうなるかが問題ですな」

 

フレイザードの指摘に、ハドラーも神妙な面持ちで頷く。

 

「うむ。映像を見るに、アバンの奴が仕掛けようとしている結界の範囲は、マズイことに我らが張ろうとしている結界呪法をも取り込んでいる。

マホカトールの内側で氷炎結界呪法を発動させた場合…どうなるかは予想できん」

 

「なら…やはり今が仕掛け時って事でしょうなァ」

 

確かに、とハドラーも考える。やはり似た事を考えるらしい。

 

(…今は、あの生意気なビーストマンも、バランを相手に釘付けだ。ヒュンケルの復帰は、どうやら今回の戦には間に合わなかったようだしな……そして、目の上のたんこぶであるゴルゴナもミストバーンもいない。不死騎団も、妖魔士団も…!軍は俺の思うがままに動かせる…!くく、くくくくく!!そして今!アバン共は、確実に消耗している!俺と子飼いのフレイザードだけでアバンを倒し、そして返す刃でバランをも始末する…!できる!俺にはできる!!!この状況ならばできる!!!あのビーストマンは強いが、それでもバランとの決着は中々つくまい!!全ての手柄を俺のものとすれば、もはや誰も()()魔軍司令の座は脅かせぬ!!!)

 

「―――くっ…く、くくく、ぐわははははっ!!好機は巡ってきたようだな!

フレイザード!すぐに出陣の用意だ!!」

 

「ハッ!そうこなくっちゃな!」

 

またも笑いあった両者は、表現としては良く笑い合う親子と言えたが、その笑顔は邪悪で、そしてお互いの考えは敵の死で埋め尽くされ、そして感情は「味方をも出し抜き手柄を独り占めしたい…」とか、そういった負の方面だけに染まりきっている。

 

「不死騎団、妖魔士団、氷炎魔団…出撃!!!」

 

ハドラーは、いかにも勇ましく笑いながら出撃の下知を飛ばす。

だが、その笑顔とは裏腹に、彼の心には常に()()死神(キルバーン)の言葉が張り付いて離れない。

ハドラーの心には一切の笑み等存在していなかった。

日々、ただただ募る焦燥感。

常に頭の中に浮かぶは、鎌を携えた不気味な男の、仮面の微笑み。

 

『だけど…、気をつけた方がいい、ハドラー君。

誰も彼もがキミの頑張りを正しく理解しているわけじゃあない』

 

『…もうすぐ復帰するって噂のヒュンケルやボリクスあたりは何と言うだろうねぇ。

特にあの場にいなかった雷竜殿は〝自分と超竜軍団がいなければ何も出来ない〟

なぁんて思ってるんじゃないかな?』

 

大魔王直属にして、不要となった者、厄介な敵対者を抹殺する者。処刑人。粛清人。

そう恐れられる男、キルバーンが発した発言は、裏を考えれば考える程、ハドラーはドツボにはまってしまうのだ。

死神が巻いた種は、ハドラーの心に着実に根を張り、芽吹こうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供が木の棒で地面に絵を描くようにして、鞘を地面に当てがって大の男が地に絵を描く。

だが、その規模は都市を一個飲み込むほどに壮大で、そして図面に引かれた円のように綺麗な円が描かれようとしている。

「ほ~~~っ!」とか「ちょえええええ~!!!」とか「うひょぉぉ~~!」などという、奇っ怪でコミカルな掛け声をあげつつ、その大魔法円を描くのは勿論アバンだ。

 

途中で遭遇(エンカウント)するモンスターを、まるでボーリングのピンのように弾きつつ、アバンは一切止まることなく、スピードを緩めることすらなく、激走する。

だが、

 

「ちょええええ~~!―――…む!?」

 

アバンが何かを見つけ、急ブレーキをかけて止まった。

直後、そのまま走っていれば通過したであろう場所に、大爆発が起こる。

さらに今アバンが立っている場にも、立て続けに巨大な火炎弾が次々に降り注いだ。

 

「ふっ!はっ!ほっ!」

 

それを華麗なステップで避けていくアバン。

最後のワンステップで大きく後退し、剣を鞘から逆手で抜き放ち、そのまま腰を落として構えると、刃に闘気が急速に漲った。

 

「アバンストラッシュ!!」

 

己を狙って迫る大業火を、オーラの刃が切り裂いた。

大爆発がまた起きて、塵芥と煙が辺り一帯を覆い尽くす。

しかしアバンの眼鏡の奥の理知的な瞳は、一点を見つめて逸らされる事はない。

 

「あなたなのでしょう!?出てきなさい、ハドラー!!」

 

達人であれば、太刀筋の個性から使い手を特定できるように、呪文であっても魔力から使い手を特定できる事がある。

大勇者と讃えられる程の超達人であり、そして何度も同じ人物から同じ呪文の応酬を経験した事のあるアバンなら、襲撃者の正体を見抜くなど容易だった。

 

「ぐふふふふ…!!」

 

案の定、アバンが良く聞き知る声が煙の向こうから聞こえてくる。

 

「ハドラー…!まさか、軍の司令たるあなたがここに出てくるとは…驚きましたよ。鬼岩城でふんぞり返っているかと思っていましたが…まだ魔王時代の誇りは持っていたようですね」

 

「ぐははははははははっ!

間抜けにも一人のこのこと、我らが魔王軍の拠点となったベンガーナの周りを彷徨きおって!

飛んで火に入るなんとやらだな!

古い付き合いだ…特別にこの魔軍司令様が、わざわざ自ら出向いてやったぞ…!

感謝の涙を流しながら…今日こそ死ぬがいい、アバンよ!」

 

大量のモンスターを付き従え、重厚なマントを翻し煙を払いながら、ハドラーが宿敵へ向けて一歩また一歩と堂々と迫る様は、さすがはかつての魔王だった。

日々の気苦労で器を矮小化されたとはいえ、アバンというライバルと相対する時、ハドラーの心はかつての力強さを取り戻すかのように血が沸く。

ハドラーとアバンは視線をぶつけ合い、アバンは剣を、そしてハドラーは拳から名剣にも劣らぬ自慢の爪を生やし、構え合う。

 

「好都合はこちらも同じ……!

それに私こそ、今日こそおまえとの因縁にケリをつけさせて貰うぞ、ハドラー!」

 

両者同時に駆け出す。

剣と拳を振り上げながら、しかもほぼ同時に二人は呪文を唱えていた。

 

「ベ・ギ・ラ・マーーー!!」

 

「メラゾーマ!!」

 

まるでデルムリン島の対決の再演だ。炎と閃熱がぶつかり、混じり合い爆ぜる。

だが爆発も何のその、二人は爆発へ自ら飛び込むようにして拳と剣を交わす。

ギィィンという音が何度も何度も響き、爪と剣が火花を散らした。

 

「海波斬!」

 

「ぐぬ!?」

 

最速の剣がハドラーの足元を砕き、よろけた所に、

 

「そこだ!大地斬っ!!」

 

「ぅお!!!?」

 

アバンの力技がハドラーの拳にクリティカルヒットし、ヘルズクローが根本の肉ごと切断されて魔族の青い血が吹き出る。

 

「さ、さすがは俺のライバルだ…!」

 

ハドラーが称賛混じりながら頬を引きつらせた。

やはりアバンは強かった。

かつての戦いよりも、また一段、強くなっているのは、やはり相次ぐ戦乱の中で、皮肉にもアバンのレベルアップが順当になされているからだ。

ハドラー一人では、もはや仕留めきれない程の強さを確信し、魔軍司令は最後のプライドを捨てる決意を固める。

 

「…く、くくくく!アバンよ…貴様がどれほど強かろうと、所詮は人間だ。

竜の騎士バランならば蹴散らせても、貴様では我が軍団の総攻撃は撃退できまい!」

 

「フッ、ハドラー…やせっぽちのプライドを捨てたようだな。

一対一では敵わぬと知って、部下に泣きつくとは」

 

そして、長年の宿敵はズバリそれを指摘するのだから、ハドラーの心までも引きつった。

 

「な、泣きつくだとぉ!!!お、俺は魔軍司令だ!!!

部下を使うのは当然の戦術だ!!」

 

「おっと、そうだったな。今のおまえは魔王ハドラーではない。

大魔王の小間使いに成り下がった今のおまえでは、それも当然…と言ったところかな」

 

「ぬ、ぐぅぅ!!だ、黙れ黙れ!貴様程度に!人間風情が知ったような口をきくな!

者ども、かかれぇぇぇぇ~~~~!!!!」

 

口先一つでハドラーの冷静さを削いでいく。

これは立派にアバンの戦術の一つだった。

誇り高いハドラーにとって、アバンの舌先三寸は相性が悪く、特に今の状況のハドラーにとって、アバンの図星を突いてくる悪口雑言は常以上の効果があった。

 

「何を言おうと所詮は一人!このまま、妖魔士団と不死騎団で嬲り殺しにしてくれるわ!!!」

 

ハドラーの宣言に、しかしアバンは不敵に微笑む。

 

「私が一人だと思ったら大間違いだ、ハドラー!」

 

アバンが懐から出したアイテムを見て、ハドラーの目も大きくなる。

 

「む!?まさか…そ、それは!」

 

アバンの手には幾つもの小さな筒が握られている。

指の間にも器用に筒を挟み、両の手合わせて十本以上の白亜の筒。

 

「ふふ…そう、魔法の筒です!デルパ!!!」

 

通常、一本の魔法の筒には一体のモンスターが封印されるが、これはアバンが改良したもので特別製だ。

かつて魔王時代のハドラーが、カール襲撃に用いた魔法の筒もハドラー特製であり、一本に複数のモンスターを保存できたが、アバン印のこいつはそれ以上の性能であった。

デルパのキーワードに反応し、魔法石が輝いて幾筋もの光が筒から飛び出し、アバンの周囲に降り注ぐ。

 

「お、おおおお!?き、貴様は!!クロコダインと、旧百獣魔団!!!?」

 

驚愕するハドラーの言葉通り、突如彼の目の前に現れたのは巨漢のリザードマン。

そして百以上もの旧百獣魔団の最後の精鋭モンスター達。

 

「ふふふ!ハドラー!!我らの要たるアバン殿を、むざむざ一人で行かせると思うか!

このクロコダインと百獣魔団が、常にアバン殿をお守りしていたのだ!!」

 

真空の斧からバギの魔力が放たれて軍団の動きを阻害し、獣王が迫る敵軍に腕をかざす。

筋肉が膨れ、闘気が豪腕へと収束していく。

 

「いきなりいかせてもらうぞ!ぬぅぅぅん!!―――獣王会心撃!!!」

 

そして、奇襲まがいの、いきなりの獣王の最強技が炸裂した。

 

「うおおおお!!?獣王会心撃…と、闘気の渦かっ!!!何をしている!!さっさと魔法で迎撃を――」

 

誇り高い獣王が、まさか初手で最強技を放つとは思わず、しかも軍団を前進させて、己のすぐ背後と左右にまでズラリとモンスターを並べ、その威容を見せつけていたハドラーは、味方が邪魔でろくな回避ができないし、妖魔士団を前進させたが為に、軍団お得意の一斉魔法攻撃は味方前衛がいかにも邪魔だった。

なにより、既に放たれている〝高速で迫る強烈な闘気流〟を見てから、魔法なり闘気技なりで相殺を狙えるのは、それこそ神々の領域にまで辿り着いた極々一部の猛者だけだ。

ハドラーの命令は無体なものと言えて、ハドラー本人でさえ逃げを選択したのはその証拠だろう。

そしてその肝心の〝逃げ〟だが、武道家的な資質を持つハドラーは身のこなしには定評があるし、咄嗟に踏んだステップの身躱しは、成功していれば獣王会心撃を紙一重で躱せたはずだった。

しかし、その自慢の回避も、敢え無く味方の肉壁に塞がれるという始末で、二重三重の小さなミスが積み重なって彼を妨害していた。

ハドラーは激昂しながら部下達を薙ぎ倒し、そして青ざめる。

 

「――ぁぁあ!?ま、間に合わん!!邪魔をするなぁ無能共め!!っ!!!あ、あああああああ!!!!?」

 

そして、直後に多量の味方ごと、ハドラーは闘気流に包まれる。

もともと軍団長は、得意分野においてはハドラーを上回るという触れ込みだが、なんとハドラーは真正面からそれを受け止め、踏ん張った。

ハドラーは魔法を得意とするが、闘気の使い手でもあるのは流石元魔王といったところで、世に闘気と魔法を十全に使いこなせるのは、やはり特別な才能が必要なのだ。

拳に闘気を漲らせ、受け止めて、そして必死に踏ん張るが、怪力の戦士として…そして闘気の使い手として、やはりクロコダインはハドラーを凌駕する。

ハドラーが徐々に押され始めた。

 

「クロコダインさん!もう一発お願いします!」

 

「おう!!」

 

そこにアバンの入れ知恵。

最高のタイミングで、もう一発の闘気流が炸裂した。

 

「し、しまったぁ!?こ、これは…グノンさえも怯ませた、あ、あの…――!!」

 

「もう一つの渦をくれてやる!」

 

逆回転のもう一つの闘気流が、正回転の闘気流と摩擦を起こし、交わる。

まるで、闘気のハリケーンが目の前で起きたようなものだ。

極大の闘気の暴風が、全てを引き裂いていく。

 

「…獣王―――激烈掌っ!!!」

 

クロコダインも闘気の出し惜しみは無しだ。

極大呪文にも負けぬ恐ろしい全体攻撃。

妖魔士団と不死騎団の先鋒を、切り裂きながら遥か上空へと打ち上げて吹き飛ばしていく。

 

「あ、あああああああああ~~~っ!!!!?」

 

ハドラーもまた押し負けて、とうとう木の葉のように宙を舞い、それを待っていたとばかりにアバンが腰を深く落とし、剣を大きく引いた。

吹き飛びながらもそれを見たハドラーの顔が、鼻水さえ垂らして情けなく歪む。

 

「げぇ!!?その構えは!!!」

 

「これで…終わりにしたいものだな、ハドラー!!」

 

「あぁぁあ!や、やめろぉぉーーーー!!!」

 

「アバンストラーーーーッシュ!!!」

 

「う、うおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

渦巻く二つの闘気流に、闘気技の最高峰とも言える奥義が加わって、破滅的なエネルギーがハドラーを襲う。

本能的に、何とか両腕をクロスさせてなけなしの防御を試みたが、哀れにもハドラーは両腕を切断されて、胸板さえも深々と切り裂かれて更に遠くへ吹っ飛ばされたのだった。

そして、指揮官が空を舞って尚、極大の闘気の嵐は続く。

 

「まだ、まだまだまだっ!ぬおおおおお!!!」

 

後先考えぬ闘気の放出。

クロコダインの激烈掌は、まるで軍団全てを飲み込む勢いだ。

叫び声をあげながら、モンスター達が次々にボロ雑巾のようになって空へ打ち上げられ、そして叩きつけられ絶命する。

妖魔士団と不死騎団の本来の団長が不在の今、その指揮権はハドラーが持つが、その司令官が真っ先にやられてしまえば、妖魔士団も混乱するし、不死騎団などは碌な知性を持たぬためにまさに烏合の衆と化す。

 

「今です!百獣魔団の皆さん、私に続いてください!!」

 

クロコダインが体力の限界となって激烈掌もそよ風に等しくなったその瞬間、混乱の極地となった魔王軍に、アバン率いる元百獣魔団が突っ込んだ。

もはや呼吸をするのも苦しい程に疲労したクロコダインへ、アバンは視線だけで労いの思いを伝えれば、クロコダインは静かに親指を立てて微笑む。

 

「あ、あとは…頼む、アバン殿…」

 

「おまかせを!」

 

陣形も乱れ、頭を失った魔王軍は、面白いように蹴散らされていく。

少数のアバン隊が、敵の大軍を蹂躙するという光景が展開されていた。

モンスターの断末魔があちこちで響く。

このまま押し勝てるかもしれない。

戦況がそういう状況にまで傾いたその時、ベンガーナを地震が襲った。

 

「む?この揺れは…!」

 

アバンが敵を斬り伏せながら、目ざとく震源を探る。

 

「……地面が、盛り上がる!」

 

ベンガーナの外周…そう遠くない大地が盛り上がり、そして、鋭い爪のような()()()()塔がせり上がってくる。

 

「燃える塔…!?」

 

「アバン殿…あ、あちらを!!」

 

よろよろと起き上がったクロコダインが、ベンガーナの都の向こう側…ちょうど炎の塔の反対側にあたるであろう地を指差した。

 

「あっちには氷の塔……?」

 

アバンとクロコダインが戸惑っていると、

 

「っ!こ、これは…!腕が重くなった…?いや、違う…剣が重く感じる!

クロコダインさん、お体の調子はどうです!?」

 

「ぐ…、ただでさえ、立ち上がるのも辛かったが……、ダ、ダメだ。

た、体力が…落ちてしまったかのように…自分の体が重い!」

 

アバンの叡明な頭脳が答えを導き出しつつある。

 

「まさか――っ」

 

その時、混乱から徐々に立ち直りつつある不死騎団のアンデッドが剣を振り上げ襲い来て、

 

「イオラ!!」

 

咄嗟にアバンは爆熱呪文を唱えたが、魔法力(MP)不足でもない筈が、なぜか呪文は発動しなかったのだ。

「っ!?」と、声なく驚きながらも即座に剣技に切り替え、最速の剣・海波斬で骸を切り裂く。

しかし、やはり剣の太刀筋さえも、いつもの自分の切れ味ではないのがアバンには良く解る。

 

「ま、まさか…先程、一瞬あの2つの塔の頂を、光が結んだように視えましたが…」

 

「な、なんなのです、アバン殿!」

 

様々な秘呪法に通じ、凍れる時の秘法すら知りうるアバンには、全く同じとはいかないが似た禁呪法にすぐに思い至った。

 

「あれは……おそらく禁呪法の一つです!

ルカニやボミオスなどと同じ系統の……敵対者のステータスを下げてしまう、弱体化呪文の極大結界でしょう!」

 

しかも、この結界は呪文さえも封じてしまう。

忌々しげにアバンは、そう付け足した。

 

「お、恐るべき結界呪法…!

これも…あのゴルゴナという不気味な妖術師の仕業なのか…!」

 

息荒くなるアバンと、元百獣魔団のモンスター達。

そんな彼らをジッと見つめる、ギョロリとした目玉がベンガーナの城壁には無数にいる。

そのうちの一体…アバンの戦いを見守っていた悪魔の目玉が、そんなアバンの呟きを耳ざとく聞き届けたか、ひどく不愉快な大笑いを披露した。

 

「ギャーーハハハハハハッ!!チゲぇよぉ!!

この結界は旦那のもんじゃねぇ…このオレのもんだ!!!」

 

人の神経を逆なでするこの馬鹿笑いを、クロコダインはよく覚えていた。

城壁を這う悪魔の目玉を、ギロリと睨む。

 

「その声は…フレイザード!!」

 

「くくく…よぉクロコダイン。変わりねぇみたいで安心したぜ。

図体だけのワニ野郎が、まさかアバンの魔法の筒の中にこそこそ隠れていたとはな…。

だが、裏切り者のテメェにはお似合いの隠れ場所だったなァ…クカカカカ!」

 

「……戦場に姿を見せず、主であるハドラーを矢面に立たせるとは…相変わらず、貴様も卑怯な奴だ」

 

「卑怯だぁ?違ぇな……これはハドラー様も折込済みの作戦だ。

しかしハドラー様も情けねぇよなァ!あれだけ大見得切って2つの軍団まで動員しておきながら…アバン一人討ち果たせず返り討ちとはよ。

…まぁオレが生きてるから、ハドラー様もまだ生きてるんだろうが…。

ハドラー様の時代も終わりかねぇ…?

クククク…新しい時代に適応できねぇバカは消えるのが運命ってこったな。

古くせえ武人のテメェにも教えておいてやるぜ、クロコダイン………。

戦場に卑怯もクソもあるかよォ!!戦術も解らねぇバカは黙って消えろ!クカカカーー!!」

 

「戦場に立ってこその武人であり将だ!

城に籠もってばかりでは部下の信用は得られんぞ、フレイザード!!」

 

「……やっぱわかってねぇなァ、クロコダイン。

オレぁここにいるのが仕事なんだよ。

オレの氷炎結界呪法は、氷魔塔と炎魔塔が、オレの(コア)と作用して起動する結界!

一度発動しちまったら、もはや塔を破壊しても結界を消す事は出来ねぇ!

オレはここにふんぞり返ってるだけで一線級の働きをしているって事なんだぜ?」

 

「…口を滑らせたな!

ならば、この厄介な結界は…おまえを倒せば消えるということだ」

 

「……ククククク…まぁ、そういう事だが…。

出来るものならやってみやがれ…ってとこだな。

オレ様は、ここでゆーーっくり待っててやるが、グノンと新生百獣魔団は…てめぇの部下共みてぇに甘くはねぇ!

精々、百獣魔団を突破して、このベンガーナの城主の間まで、がんばって来てみな!

楽しみにしてるぜ……あばよ!ウヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」

 

情報を引き出し終えたと見たアバンが、海波斬の衝撃波で、耳障りな声を奏でる悪魔の目玉を両断し、そしてクロコダインを見、互いに頷き合った。

 

「この結界呪法は極めて強力だ。

恐らく、私のマホカトールでは、外から覆っても意味をなさないでしょう。

それが禁呪法というものですからね…」

 

「呪文が発動出来ぬとくれば…バラン殿のギガデインすらも封じられたという事。

急ぎ、フレイザードを仕留めねば」

 

「フレイザードは…炎のような獰猛さと、氷のような冷徹さを持つ禁呪法の怪物…という事でしたね?」

 

「ああ。卑怯で冷酷な男だが、切れ者でもある。

あの口振り…恐らく、いや、間違いなく城へ続く路も罠があるだろう」

 

「……クロコダインさん、立てますか?」

 

「あぁ、何とかな。アバン殿に貰ったフェザーは使えなくなってしまったが、まだまだ薬草はある」

 

薬草を、もっしゃもっしゃと口に詰め込みながらクロコダインは微笑む。

闘気技と怪力が武器のクロコダインは、氷炎結界呪法の中で、最も力を発揮できる戦士。

今は彼が無理をする必要があるという判断は、アバンとクロコダイン双方が同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っていう顛末だ」

 

ベンガーナの玉座に、足を組んで腰掛ける炎と氷の怪物が、悪魔の目玉の通信能力を介して、一人の魔人と言葉をかわしていた。

 

「それでいい。

その口上ならば、アバンは塔の破壊よりも、貴様のコアを打ち砕かんと動くに違いない」

 

塔を破壊しても氷炎結界呪法を消すことは不可能……先程フレイザードが言った事は、無論ウソだった。

結界を止めるには、フレイザードを倒すしか無いと勘違いさせた。

ルーラ系も封じられ、ガルーダも失ったアバンとクロコダインは、ショートカットも出来ずに城を攻める事になるだろう。

自分も頭が回る方だとフレイザードは自負していたが、旦那と呼んで慕う魔人の悪辣な知略には心で口笛を吹いて敬服する。

 

「それで?オレと氷炎魔団はどう動けばいいんだ、旦那。

バーン様は、我が軍団に何を期待していらっしゃるんだ」

 

悪魔の目玉の映像の向こうで、黒衣の魔人が肩を揺らす。

 

「ぐぶぶぶぶぶ…今回のお前の役目は時間稼ぎである。

氷炎結界呪法で敵の力が鈍った今…人間どもは泥沼の戦いに引きずり込まれたのと同義。

今、魔王軍が欲するは時間。

時を稼ぎさえすれば…もうじき、こちらは()()()()からな…。

グブブブブブブ…。竜の騎士と大勇者の苦しむ顔が目に浮かぶ」

 

フレイザードが言葉をかわす者…それは彼が、大魔王以外で唯一尊敬する魔なる者・ゴルゴナだ。

ハドラーの動向に不安と不満を感じつつあったフレイザードは、既にゴルゴナとの連絡を密にするようになっていて、保険をかけていたという事だった。

 

「鬼岩城の方は順調なんですかい?」

 

「あぁ…すこぶる、な。

我やミストバーンが手を出さずとも、もはや魔影軍団と鬼岩城だけで、勇者ダイを追い詰めつつある」

 

「そいつァすげぇや。…でも、それは鬼岩城あっての手柄だろう?

まさか、全部ミストバーンと魔影軍団の手柄にゃ、なりはしないでしょうな」

 

「ならぬ。安心するが良い」

 

「…ハドラー様はどうします?」

 

「貴様が無事という事は生きているのだろう。親衛隊に回収させるがよい。

…ハドラーは先走ったとはいえ、バランをベンガーナに釘付けにした功績の一端は奴にもあると…バーン様は知っておられる。

よもや三本目の指を折られる事はあるまい。

ぐぶぶぶぶ…お叱りぐらいはあるかもしれぬがな」

 

大魔王の懐刀の一人のその言葉に、フレイザードは人心地つく。

これで一応はハドラーの命は保証されたも同然だ。

ハドラーが、最近相次ぐ失態から処刑でもされては、禁呪生命体のフレイザードも無事では済まない。

フレイザードとしては、暫くの間はハドラーには生きていてもらって、そのうちに手柄を認めてもらい、大魔王バーンの絶大な超魔力で、独立した一個の生命を与えてもらう…そういうつもりでいた。

それに、半ば見捨てているとはいえ、仮にも産みの親であるから、最低限の忠節と恩は感じている。

 

(…まぁ、ここでオレが失敗しなけりゃ、ハドラー様の計画は成功する。そうすりゃ一応の格好はつくだろう?ハドラー様よォ。…ヘッ!これが最後の恩返しってヤツだぜ…孝行息子で良かったなぁ。クカカカカっ!)

「そいつを聞いて安心しましたよ。

なら…オレはせいぜいここでノンビリと勇者共を待つとしますかね」

 

「…万が一、アバンやバランが貴様のもとまで辿り着いたら――」

 

「解ってますよ。

このスイッチを押せば、この城主の間をオリハルコン製の檻が覆うってんでしょ?

氷炎結界呪法の影響下で、オリハルコンの檻に閉じ込められたら打つ手はねぇからな。

…たとえ竜の騎士でも、な。ク~クックックック…!」

 

「ぐぶぶぶぶ、その通り。解っているならば良い。

…ではな。健闘を祈っているぞ、氷炎将軍よ…グブブブブブ」

 

嗤う二匹の怪物。

もはや、ゴルゴナが張り巡らせた蜘蛛の糸は、そこかしこに存在する。

多くの戦争を経験した地上魔王軍のレベル上げに満足した大魔王は、ここらで別の催し物を所望している…そういう事らしい。

ドラゴンの息子を捕え…大勇者の親友と一番弟子を暗黒に染め上げ…。

もうじき、見世物が始まるのだ。

魔王軍にとって、堪らなく面白い、最高のショーとなるだろう。

天と人の世の終わりは近づき、魔の時代の足音が着実に迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーりゃりゃ…ハドラー君…予想通りとはいえ、良い負けっぷりだったねぇ」

 

「キャハハハ!大負け大負け!一人だけカッコ悪ぅ~~い!」

 

黒装束に身を包み、大鎌を携えた死神が、やかましい使い魔を従えてベンガーナの戦場にフラリと現れていた。

死神の大鎌についた()()()()()()()を丁寧に拭い去りながら、半死半生の魔族に近づく足取りは軽やかだ。

骨が砕け、肉が裂け、蒼い血で地を汚しながら、這っていた魔族の男を見下ろしている。

 

「はーーーっ…はーーーーーっ…!っ、ぐ…ぅ…ご、ごふっ!

し、死神…キルバーン…!な、なぜ…ここ、に………!」

 

上半身もボロボロだが、ハドラーの下半身は見るも無残だ。

キメラのつばさも、飛翔呪文(トベルーラ)の魔法も、あの闘気流の中ではうまく機能しなかったのだろう。

着地に失敗し、その衝撃はもろに両足にきていた。

膝から下の骨と肉は圧潰し、太ももからは大腿骨が押し出され、腰骨までが肉から露出し、内臓を一部引きずって這う有様。

死神は「うくくく」と笑いながら彼へ応えた。

 

「そんなの、とぉ~~~ぜんさ~~…」

 

死神の笛をヒュンヒュンと振り回し、そして最も美しく輝く角度で、振りかざし、まるでハドラーに見せつけるようにしてゆっくりと首筋へと近づける。

 

「っ」

 

もはや死に体のハドラーの、瀕死の顔から更に血の気が引く。

 

「キャッハハハハ!今の顔、面白ぉ~い!」

 

「こらこらピロロ。あんまりハドラー君をイジメちゃダメだよ」

 

血を口から溢れさせ、ハドラーは血の涙を流す勢いで、絞り出すように言葉を漏らす。

 

「お、俺を…始末しにきた、というわけか…」

 

それももはや仕方のない事。

ハドラーはそう思い、死神の処刑を受け入れるつもりであった。

だが、

 

「違う違う。うくくく…ちょっとからかい過ぎちゃったかな?

ボクは君を助けに来たのさ。ハドラー君」

 

思いがけぬ言葉が死神から返ってきて、ハドラーは俯いていた首を持ち上げた。

 

「た、助け…!?」

 

「そうさ…前にも言ったろう?ボクは君の頑張りを認めてるってサ♪

ほら、ピロロ…ハドラー君に回復呪文を――って、そうか。今は結界があって無理だった」

 

「も~、キルバーンのうっかりさん。どうすんだよぉ~?」

 

クスクス笑い合う死神と使い魔を、ハドラーは深い諦観のもとに眺めているだけだ。

そんなハドラーの反応が、どうやらピロロはお気に召さないらしい。

頬を膨らませて、「もっと笑いなよ~」等と小さな魔法ステッキでツンツンとダルマ状のハドラーを突っついて弄ぶ。

 

「おやめよ、ピロロ。これ以上、敗者に鞭打つのは気の毒だよ」

 

「はぁ~い」

 

テヘッと舌をだし、キルバーンの隅に隠れるひとつめピエロは、どこまでも他者を小馬鹿にした態度だった。

だが、それでもハドラーは俯くのみ。

 

「…ハドラー君。相当応えたようだね。

一つ、君に聞きたい事があるんだけど…答えてくれるかな?」

 

「…なんだ」

 

どうせ残り少ない命だ。

そう思えば、ハドラーの肝は座って、おどおどした魔軍司令の顔は鳴りを潜め始める。

まるで、かつての魔王のような堂々っぷりだ。

 

「おやぁ?まさに死のうとする今…随分良い顔になったものだ」

 

「く、くくく…もはや、この傷では…俺の命は…あと、数分というところ…。

魔軍司令の座も、もちろん…命さえ…命さえ、今…終わるのが…解れば…もはや恐怖はない、からな…」

 

血を吐きながら、ハドラーは自嘲気味に言う。

 

「君に…チャンスをあげようか?」

 

「チャン、ス…だと?」

 

「そう。チャンスだよ。君が言った通り…このままでは君は死ぬ。

助けだって来ない所を見ると…どうも見捨てられたんだろうね」

 

そう死神が言うと、微笑みながらピロロがちらりと地平を見た。

そこには、ハドラー親衛隊であるガーゴイルやアークデーモン達の死体が転がる。

まるで大鎌にでも両断されたような、モンスター達の死骸が。

 

「……フフフフ。かつて魔王と畏れられ、今では魔軍司令という重責までこなしていた君も…最期は戦場の片隅で、誰にも看取られる事なく、手足をもがれて芋虫みたいにのたうち回って死んでいく。

世間は冷たいよね。フッフフフフフフ」

 

「…!」

 

諦めに染まっていたハドラーの瞳に、火種が燻る。

このまま、敗北を続けて、長年のライバルに片手間で始末されて、その死も見届けて貰えぬでは、魔王ハドラーとして世界を恐怖に陥れた沽券に関わった。

魔軍司令となって、長く埋もれていた武人としての魂が、そのような最期を否定する。

 

「こ、この…ままでは―――」

 

歯が軋む程に、ハドラーの表情に力が戻る。

死神は、ハドラーが選択する路が見えているかのように、ただ愉快そうに彼を眺めた。

 

「―――このままでは、死んでも死にきれん!!

お、俺に…チャンスがまだあるというならっ……俺に、チャンスを与えてくれる者が、神でも悪魔でもいい!!そう!たとえ、死神でもな!!

…ぐっ、ごふっ!はぁーーーっ!はぁーーーー…!

アバンも…その使徒共も……奴らの成長速度は速い!速すぎる!

もはや…バーン様からいただいたこの体でも、追いつけぬ!

もっと強い力が必要なのだ!!そう…あの、グノンのような…竜魔人バランのような……!

誰にも負けぬ…地上最強の力が…!!!!

それをくれるというなら…俺は、死神にでも……、この魂、くれてやる!!!!」

 

ハドラーの魂からの言葉は、死神をいたく満足させるものであった。

キルバーンは、仮面の上からでも解る程に目を弧にして微笑んでいた。

 

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