ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

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アニメでも今まさに頑張っている大魔王バーン様応援キャンペーン


真・冥王ゴルゴナ

白刃のハーケンが煌めく。

真魔剛竜剣が唸る。

鎧の魔槍が、スパイラル・ソードが、鋼鉄の錨が風を切り裂いた。

熾烈な戦いが、かれこれもう一刻程も続いていた。

戦いは膠着状態…と言えば聞こえは良いが、圧倒的にバランと竜騎衆の不利に傾いている。

 

「ふぅぅぅ…!ハッ!!!」

 

グノンの空圧弾が音速で迫ると、

 

「っ!ぶはあああああ!!!」

 

ボラホーンのコールドブレスが吹きかけられ、その威力を急激に弱める。

グノンの得意とするブレスは、炎系と、そして超肺活量が可能とする真空の空圧弾。

灼熱の炎は、そのままボラホーンの氷によって相殺され、空圧弾にしても超低温の氷のブレスを撒き散らされると、急激な温度差が空気圧を変えてしまって威力が減退する。

 

「チッ!よくも俺のブレスに反応するものだ!――む!?小賢しい!」

 

もう何度目かのブレスの応酬に辟易していたところに、宙を飛ぶグノンの背後から気配。

即座にグノンの裏拳が背後をカバーし、「ぐぎゃっ!?」という鳥人の鳴き声が聞こえる。

脳天揺れて、宙から墜ちるガルダンディーを、巧みに利用する者が一人。

 

「ガルダンディー、右に墜落しろ!」

 

「ぐ、うぅぅ!む、無茶言うなよ!!こなくそ!!」

 

墜ちるガルダンディーが、羽で無理やり軌道を変えれば、それをラーハルトが踏み台にして、陸戦騎が空を跳ぶ。

「ぐぎゃっ!」という、先程グノンに殴られた時のような鳥人の声を残して、ラーハルトはグノンの頭上から槍の一撃を馳走せんと迫った。

 

「上をとったぞ!グノン!ハーケンディストール!!」

 

「小賢しいと言った!!ぬぅぅぅぁあああ!!!」

 

剛力のままに振り回したハーケンで、ラーハルト必殺の一撃を真正面から弾き返す。

 

「ぐっ!力は、やはりヤツが上か…!しかし…!」

 

翼で宙を飛び、大地を睥睨し続けていたグノンの体勢が、ハーケンディストールに対応する為に宙を向く。

その瞬間に、ボラホーンのアンカーブロウが、引き絞られた弓を放つように全力で投擲される。

雄叫びと共に唸って迫る鋼鉄の塊が、グノンの背をしとどに打つ。

 

「っ!?ぐ、ぅぅぅ!!」

 

それはグノンにとって大きな一撃ではない。

込められた闘気量も然程ではないし、ただ単に鉄塊が剛速球でぶち当たった…ただそれだけでは、グノンの今の肉体には蚊が射した程度でしかない。

しかし、くだらぬ一撃だからこそ、くだらぬ攻撃を貰ってしまったグノンのプライドを甚く傷つける。

歯を軋ませ、首をひねってトドマンを横目に睨みつければ、ボラホーン(トドマン)は「ぐふふふ」と不敵に笑っているではないか。

 

「っ!この俺の毛皮に…三下風情が!!!」

 

グノンが怒りの形相で超高速で下降する。

大上段の構えをとり、超高速でボラホーンに迫るグノン。

それはもはやボラホーンの反応速度限界を超えている。

 

「うおおおおお!!!」

 

だが、そのハーケンをボラホーンは最初から避けようともせずに受け止めた。

投げつけた錨を捨て去って、両手を交差させ、未だに不得意ながら闘気を操り、全力でのガード。

ボラホーンの両腕から血が吹き上がり、片方などは骨まで切断されて薄皮一枚で繋がる有様だが、しかしボラホーンは確かにグノンのハーケンを防御してみせた。

 

「…!その防御は…!!」

 

「み、見覚えがあろう!そうだ!

これはクロコダインから教えてもらった〝だいぼうぎょ〟よ!

俺ではまだクロコダイン殿のようにはいかんが、こうすれば…!」

 

未だ使える片腕で、ハーケンの柄をしっかりと握る。

 

「動けまい!」

 

「片腕を捨てて、俺の動きを…!」

(っ!バラン…奴はどこだ!!?)

 

今まで、竜騎衆がどれ程動き回って攻撃を仕掛けてこようとも、決してバランから意識を逸らす事はなかったグノン。

氷炎結界呪法が発動し、魔法を封じられたバランの脅威度は下がったが、それでも絶対にフリーにしてよい相手ではない。

 

「よくやった、ボラホーン!!」

 

「おまえの片腕、無駄にはせんぞ!!」

 

左右から迫る、バランとラーハルト。

 

「っ!挟撃!!」

(疾い…だが!)

「下郎!!いつまで俺のハーケンに触れている!!」

 

力任せのグノンの前蹴りがボラホーンの肉厚の土手っ腹を陥没させれば、「っ!?うぐおおおおお!!?」と血反吐を溢してボラホーンが吹き飛んだ。

 

(本命はバランなのだろう!?)

「しィっ!!」

 

鋭く息を吐きながら、体全部でラーハルトへと突進。

 

「っ!く…!」

 

ラーハルトは体勢を捻って跳躍し、背面跳びの要領でグノンの突進を避けつつも、彼の肩へと一閃をくれてやる。

グノンの突進を避けたのもさすがだが、それに加えてカウンターも食らわせるラーハルトの疾さは、まさに天下随一。彼のスピードは、魔界全土を見渡しても並び立つ者はそうはいない。だが浅い。

それはラーハルト自身も手応えで確信し、そしてグノンの目論見通りの事だった。

そして、その突進をグノンは急激な制動で無理やりに止めて、踏ん張る。

 

「はぁぁぁぁ…!!」

 

呼気を深く、腰も深くし、両足に力を込め、真魔剛竜剣を振りかぶるバランを迎え撃ち、バランも当初の予定から一切ブレること無く、グノンへと斬り掛かった。

竜闘気(ドラゴニックオーラ)が満ちる、渾身の一撃。

たとえ氷炎結界呪法で力が5分の1にまで落とされようと、それはグノンも同じだ。

 

「喰らうがいい、グノン!!」

 

バランの気炎が迸り、斜め上から振り下ろされる剛剣。

技の型としてはギガブレイクそのものだが、魔法力が皆無のそれを、バランはギガブレイクとは呼ばない。

威力ももちろん本来のギガブレイクとは比べるべくもない。

 

――ガキィィィン!

 

という甲高く空を裂くような、金属が激しく打ち合う音が響く。

 

「ハハハハハハ!たとえ竜闘気(ドラゴニックオーラ)が込められていようと…ギガデイン無しのギガブレイクなど、笑止っ!!!」

 

「くっ…!」

 

同じオリハルコン製とはいえ、武器の格として下回るハーケンが真魔剛竜剣を受け止めていた。

グノンが口の端を持ち上げた。

 

「ギガブレイク、敗れたり!!」

 

自慢の技を受け止められ、さぞバランは口惜しい…と思いきや、バランの表情は冷静そのもので、むしろ逆に笑みを返していた。

グノンの片眉が歪んだ。

 

「…っ!まさか、貴様も――」

 

「クワーックワックワックワッ!!そうだぜ!!まさかのこの俺様が本命よぉ!!」

 

ラーハルトとバランの挟撃すら囮。

ラーハルトに足蹴にされた直後から、ガルダンディーは即座にその翼で再度空を舞っていた。

真上から首筋を狙う一撃は、重力さえ味方につけての高速のものだったが…。

 

「かぁあぁああああああっ!!!!」

 

グノンもまた地上で翼をはためかせて、その反動を利用して高速で身を捻り、そして頭上へと炎のブレスを肺活量一杯に吹きかければ、

 

「う、うぅ!?ぐああああああ!!!」

 

ガルダンディーは丸焼きになって墜落した。

ごろごろと転がって消火作業に忙しいが、やはりグノンの炎は雑魚とは一味違う。

なかなか消えず、(やべぇ!?このままじゃ焼き鳥になっちまうぅぅぅ!!)とガルダンディーが死を覚悟し始めた時…、氷のブレスがガルダンディーを覆い尽くして炎は消えた。

 

「あが――が――が……」

 

今度はカチンコチンとなっていた鳥人の青年。

バキバキと身に纏わりつく氷を割りながら叫んだ。

 

「バカヤロー!!加減しろ!!!」

 

「ぐ…こ、こっちは、片腕をやられて、は、腹にまで穴が空いておるのだぞ……焼き鳥になる前に助けてやったのだ…感謝せんか」

 

血だらけのボラホーンが、よろよろと何とか歩いていた。

グノンを囲むように、よろけるボラホーン、少々焦げているガルダンディー、そしてラーハルト、バランが各々の武具を構え直す。

 

「…クックックッ…楽しませてくれる…」

 

バランとラーハルトこそ殆ど無傷だが、ガルダンディーとボラホーンは負ったダメージもいよいよ危険な領域になりつつある。

だがそれでも目に宿る力は少しも損なわれてはいないのは、さすが勇名轟かす竜騎衆だった。

そんな猛き者達を見て、グノンが薄く嗤う。

 

「あちらで我が軍団の総攻撃をくらっている人間達共々…まったく楽しいオモチャどもだ。

勇者と…その名を慕う者共……くくくく……いつの時代も、どの世界も、貴様らは我ら魔族の最高の遊び相手となる」

 

己を囲む四方の戦士達を鋭く見回してから、ずっと後方でビーストの群れと激しい乱戦の真っ只中にいるロモス軍を視てまた嗤った。

 

「あそこにいる人間共は、皆が相応の戦士なのだろう。

だが見ろ!回復呪文もアイテムを制限され、その猛者共も、一人また一人と獣の牙に斃れる…!

呪文を封じられれば、物を言うのは純粋な己の肉体の力っ!!!

それこそまさに弱肉強食の摂理の世…我らビーストの世界!!

この結界呪法の中では、たとえ竜の騎士のパワーでもこのグノンの肉体を傷つけることは出来ぬ!!!

竜の騎士バラン…貴様は俺には勝てん!!!」

 

猛々しく雄叫ぶようにして言い放ち、ハーケンを軽い棒きれのように振り回す。

グノンに一切疲れは見えない。

傷も無い。

眼前の魔族は、魔王とさえ恐れられたハドラーすら凌ぐ脅威的な肉体を持っているのだと、バランの、竜の騎士の本能が教えてくれる。

 

(斬り結ぶ中で、かすり傷程度ではあるが幾つかの斬撃をいれた筈…。

しかしその浅傷すらもはや皆無。

しかも、全力でこれ程の時間を戦っても、奴は息一つ乱れない……つまりは、奴の肉体は傷も体力も自然に治癒してしまうという事!実質的な不死身の肉体!)

 

その本能こそが、大魔王バーンさえも警戒する〝闘いの遺伝子〟だ。

神代の時代から連綿と続く竜の騎士の、闘争の歴史。

その中には、竜魔人にも匹敵し得る強大な敵の出現はままあったし、厄介な特性の肉体を持つ大敵もいた。

当代の竜の騎士バランが葬った強敵、冥竜王ヴェルザーもその一人だろう。

もっとも、彼の場合は魂が不滅であり、肉体は滅びる度に強力になって蘇るという特性であったが、そういった〝不死身〟〝不老不死〟〝不滅〟を謳う怪物の対処については『封印』という手段が最も効果的だ。

 

(だが…私に力を貸してくれた、あの時の仲間(精霊)達は既に皆死んでしまった。精霊の助力無しに封印は不可能…!残る手段は―――)

 

封印という手段をとることが出来ず、ならばもう一つの奥の手…つまり竜魔人化はどうかと言えば、バランにはその選択肢はとれなかった。

最強戦闘形態(マックスバトルフォーム)へと化身すれば、グノンは倒せるという確信がバランにはある。

あるのだが、竜魔人は攻撃的な欲求があまりにも大きくなり過ぎて、敵味方の判断がかなり極端、且つ苛烈となる。

攻撃の流れ弾的なものがかすったりする等の些細な事で相手を〝敵〟だと判断してしまうような事すらあるのは、かつてヴェルザーとの戦いで学んでいた。

仲間が複数いる場での竜魔人化はリスキーだ。

バランは、ロモス軍の人間達を守るために助勢したが、命まで賭けるつもりは無いし、あくまで()()()()であるのと魔王軍への敵意から協力している。

だから人間の戦士達がここで戦死しても(それは已む無し…)と思っているが、それでも竜魔人として敵味方の区別無く殺戮してしまうのは気が引けた。

 

「―――っ、来る!」

 

睨み合う事、数秒。

グノンが跳ねて翔び、一直線にバランへと斬り掛かる。

受けるバラン。

誰もが予想した通り、その一撃はバランの真魔剛竜剣によって完全に受け止められたが、

 

「…こ、これは!!?」

 

斬り掛かった方のグノンが驚きに顔を歪めていた。

先程の斬り合いよりも、バランの力が増していると、そう感じられた。

勢いを乗せたはずのグノンの初撃が、むしろバランに押し返されている。

 

(違う!これは…俺の力が落ちているのだ!!)

「ば、バカな…結界の力は均等にフレイザード以外の力を封じる!そこに差異は生まれぬはず!!」

 

「…フッ」

 

黙したままに、今度はバランがニヤリと笑ったのを見て、グノンは〝己が何かをされた〟のだと察する。

グノンの目が、耳が、嗅覚が、触覚が、自分の状態を素早く診てとる。

鋭い歯を食いしばった隙間から空気さえも急速に取り込んで、味覚をも使って空気中の毒物をも精査する。毒か。はたまた呪術の類か。

何らかの方法で、バラン達が自分(グノン)の体だけに弱体化を仕込んだのは明らかだ。

 

(結界によって魔法は全て、道具に至るまで使えぬ!ならば……!)

「っ!ぬぅぅ…!こ、こいつか!!」

 

そして見つけたのは、自分の体に突き刺さる小さな羽根。

赤い羽根が、グノンの二の腕にひっそりと刺さり、血飛沫にも似る赤いモノを垂れ流していた。

今すぐに引っこ抜いてやりたいが、鍔迫り合いの真っ最中ではそうもいかず、しかも、翼をどれだけはためかせてもこびりついていた赤い羽根は、やすやすとは取れそうもない。

忌々しそうに眉を歪めたグノンを見て、五体満足とは言い難いガルダンディーが嫌味に笑う。

 

「クハハハハハッ!!オレの羽根は特別製だ!魔法が使えなくなる結界だろうが関係ねぇ!

白い羽根は魔法力を…そして、その赤い羽根はテメーの体力を奪うのさ!!

簡単にはとれやしねぇ…!

さっき、オレ様がくれてやった本命の一撃は…そいつなんだよォ!!」

 

お世辞にも善人面とは言えぬ凶相で煽るガルダンディー。

 

「うぬ…雑魚の分際で…!」

 

視線だけで射殺さんばかりにグノンが睨むが、直後に「おおおお!!」という気声と共に全身から闘気を拭き上げて猛烈に押しまってくるバランが目の前にいたのではガルダンディーなぞに構ってはいられなかった。

 

「ぐぅ!?ぬ、ぅぅうううう!!!」

 

一気に数十mは押し返されてグノンの全身の筋肉が軋む。

まるでジェット噴射のようにオーラを噴き出したバランの勢いは留まらず、尚もグノンを押し込んでいく。

大型ネコ科を思わせるグノンの足先から鉤爪を引き出し、力を込めて踏ん張るグノンだが、それでも地を削って後ずってしまい、そしてそんな隙を逃す程、竜騎衆はヤワではない。

ラーハルトが閃光のように走った。

 

「…!ここだ!ハーケンディストールっ!!!」

 

「ぐおおおおおおお!!?」

 

魔槍の一閃が完璧なタイミングでグノンを袈裟斬りに裂く。

当然、グノンはよろけ、踏ん張っていた力は緩み、そこに鍔迫り合いを押し切ったバランの剛剣が襲い来る。

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

「っ!!!」

 

身震いするようなバランの殺気が真魔剛竜剣にのってグノンの胸を深く切り裂いた。

通常ならば、この連撃で大ダメージは確定だ。或いは、これで勝負が決してもおかしくない。

しかしグノンは一瞬ぐらりと仰け反ってから、吹き出る血を筋肉の収縮で抑え込むと、そのまま傷口は見る間に癒えて痕も残さず、そして何事もなかったかのように勇ましく構えた。

 

「気の毒だったな…良い攻撃だったが……俺には通用せん!!」

 

「く…や、やはり…不死身!」

 

決定打に欠いていた。

このまま戦い続けるのでは、恐らく何時まで経ってもグノンは倒せない。

 

「クックックッ…この羽根も、引き抜けぬのならば…こうするまで!!」

 

――ブチィ!

 

肉が食いちぎられる嫌な音がして、ガルダンディーの赤い羽根はグノンの肉片ごと大地に転がった。

ガルダンディーの頬が引きつり、ボラホーンの目が見開かれる。

 

「な、なんて奴だ…!」

 

「ガルダンディーの羽根を…自分の腕ごと食いちぎるとは!」

 

戦慄する同僚二人とは対照的に、ラーハルトはあくまで冷静にグノンの凶行を見る。

 

「…なるほど。再生するというならば…あの方法は効率がいい。

理にかなっている」

 

「言ってる場合かよ、ラーハルト!

チッ…俺の羽根をいくらぶっ刺してやっても意味がねぇってことか。

食いちぎられりゃ、すぐに怪我も体力も回復しちまう」

 

「…どう致しましょう、バラン様」

 

打つ手なし、という感情をありありと顔に浮かべてボラホーンが主を仰ぎ見れば、やはりバランも難しい顔だ。

 

「厄介だな」

 

溜息と一緒に吐き出したようなその言葉に、全てが集約されているようだった。

せめて氷炎結界呪法の影響が無ければ、バランにもやりようはあったようだが、もはや()()姿()では打つ手は無い。

しかしバランは、ここで何時までも足止めされているわけにもいかないのだ。

彼はさっさとここを片付けて、そして鬼岩城に向かったという息子の元へ馳せ参じたいのが本音。

この戦場にいる者らを皆殺しにする覚悟を決めるか、ここでダラダラと戦い続けるか。

 

(たとえ、敵の結界の中であろうと…恐らくは竜魔人に変身はできる!私の中に流れる血が、そう教えてくれている。レベルアップを重ねた今の私ならば…或いは竜魔人となっても闘争本能を制御しきれるかもしれぬが…ヴェルザーとの戦い以降、竜魔人となった事はない…!万が一…理性を失い、ディーノの仲間達を殺してしまったら――)

 

そう思うと、やはり迷いが生じてしまっていた。

ソアラとの結婚の際の一悶着はあったとはいえ、バランにとって人類はやはり守るべき弱い種族であり続けた。

アルキード王との確執も、アルキード滅亡後の指名手配の件も、裏で魔王軍(ゴルゴナ)が糸を引いていたという、半ば確信の予想があるからなのか、バランは人間に受けた仕打ちも大魔王とゴルゴナの策略だと転嫁出来ていたのが今回の戦いでは逆に災いとなっていた。

人間への愛着を持っているから、人間達を犠牲にして勝つという選択肢がとれない。

その人間達が、息子ディーノの恩師や仲間とくれば尚更だった。

 

戦いはまたも振り出し…膠着状態へと戻ってしまった。

そこに、

 

「バランさん!竜騎衆の皆さん!ご無事でしたか!」

 

そこに、正門前の戦域へと戻ってきたアバン達が合流するも、残念ながら事を大きく動かすには、やはり決定打に欠けている。

それも当然の話で、アバンは元々、爆発力よりも搦手を得意とし、また賢者としての資質が大きく様々な秘呪法に長けているから、氷炎結界呪法の中では単純なステータスダウン以上に戦力を封じられてしまっている。

しかしそれはそれとして、仲間の合流というのは味方の心を鼓舞してくれるものだった。

 

「おお、アバン殿!クロコダインも無事のようだな!」

 

重傷を負っていながらも元気に動き回るボラホーンが真っ先に笑顔を返せば、アバンもクロコダインも頷いて応え、アバンは友たるバランと状況の摺合せをする。

 

「バランさん。私達の方は予定通りに別働隊を叩くことができました。

これで魔王軍の戦力を少しは削れたでしょう。

ハドラーまで倒せたのは予想以上の戦果でしたが……しかし、こちらは一筋縄じゃいきそうもありませんね」

 

「さすがはアバン殿だ。

しかし…恥ずかしながらその通りだ。こちらは手こずっている。

助勢、感謝するぞ。

―――………これで5対1…卑怯とは言うまいな、グノン」

 

グノンを囲む陣形に、颯爽とアバンとクロコダインが加わって得物を構えた。

バランの言葉に、グノンはただ不敵に笑ってハーケンを振り回して衰えぬ戦意を示し、

 

「ハドラーめ…あれだけの大言を吐いておきながら情けない奴!!

しかし……クックックックッ…手柄首が揃ったではないか。

寧ろ好都合よ…!クロコダインをも始末し、獣王の称号を我が物とし…貴様ら全員を大魔王様への供物としよう…!!!」

 

獰猛に吠え、吐いた台詞の通りに尚闘志を燃え上がらせる。

グノンとの戦いは、アバン、クロコダイン両名を加えて第二幕へ…。

そう思われた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

耳にした者を不快にさせる、ピュウピュウという不愉快な風音が戦場に静かに響いた。

それは静かだが、確かな不穏の予兆を孕んだ闇の風だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊迫した空気が極限まで引き締まって、弾け、両陣営が動き出す、その寸前。

暗雲迫り、黒々とし始めていた空に、どこから湧き出たのか、カラスの大群が現れたのだった。

 

「なんだ!?」

 

「カラスだ!な、なんだあの数!!鳥人のオレ様のファンか何かかァ!?

鳥界隈でも、随分と有名になったみてぇだな…このオレも!クワックワッ!」

 

「冗談を言っている場合かガルダンディー!

戦の爪痕に死肉狙いのカラスは湧いても不思議ではないが…今この時に来るだと…?

お、おかしいぞ!」

 

竜騎衆がいの一番に、その異様さに気付く。

そして次に異変を察したのはグノンだ。

 

「カラス…?チッ…なるほど。

時間切れのようだな………。勇者共…貴様らとの遊戯もこれまでだ」

 

「なんだと…?」

 

怪訝な顔のバランに言うと、漲らせていた全身の力を抜いてしまい、身に纏っていた凄まじい獣性までも霧散させる。

そして、既に終わった戦には興味がないとでも言いたげな、つまらなさと勝利の確信を同居させた、傲慢なまでの勝者の顔でバラン達を見た。

 

「おい!あれを見ろ…カラスが……群れ集まって、形を!!なんなんだありゃ!」

 

ガルダンディーが指差す先には、まさにその言葉通りにカラス達が天に絵を描いているのだ。

数え切れぬ大群の黒鳥が、死臭を纏って空に描いたのは〝顔〟だ。

 

「あれは……!!」

 

ひと目見れば二度と忘れぬ異形の魔人の顔を、アバンは戦場の空に見た。

黒きローブで全身を隙き無く覆った背虫の呪術師が、八つ目を瞬かせて地上を睥睨する。

 

「ゴ、ゴルゴナ!!!あれも奴の呪文なのか…!?」

 

呪文とは全く異なるゴルゴナの怪しき術が、カラスを操って天空に蜘蛛の魔人を投影する。

そのカラスとて、果たして本物か幻かはアバンにすら解らない。

今まで彼らが勝手知ったる呪文では作り出せぬ不気味な空に、戦場にある者達は敵味方問わずゴクリと唾を飲んで畏れを抑えこんでいた。

味方であるフレイザードなども、

 

「ヘッ…旦那のご登場か!

…全くよォ…魔法の発動そのものを封じちまうオレの結界の中で、あんな投影呪文を使うとはな。

いや…呪文じゃねぇ。旦那の術は…オレ達が知る呪文とは全く異質!だからこそ結界の中でも使う事ができるのだ…!

確かに考えてみりゃ、旦那の死者を使役する力…あれが呪文とは別物だ。

死者を蘇らせす魔法には蘇生呪文(ザオラル)系があるが…齎す効果も、規模もまるで違う。

つまりはオレの氷炎結界呪法の中では、敵は呪文を封じられつつも、旦那は自分の術が使いたい放題…相性は抜群ってわけだ。ククク…こりゃ面白ェな」

 

氷炎将軍の異名に恥じぬ分析を行いつつも、城主の間の大窓から黒い空へと尊敬と畏怖の眼差しを向け、眺める。

不気味で、そして静かながらも頭に直接語りかけてくるような、呻き声にも似た邪悪な声が戦場に木霊した。

 

「勇者達よ」

 

死者の苦悶と怨嗟が染み付き、纏わりついたその声は、もはや声ではなく呪詛そのものだった。

 

「偉大なる魔界の神、大魔王バーン様より、お前達へお褒めの言葉を預かっている。

〝勇ましき戦いぶり…見事。そなたらが苦しみ、藻掻き、足掻く様は余を充分に楽しませ、満足させる演物(だしもの)であった。ついては褒美をとらす…受け取るがよい〟

……ぐぶぶぶぶぶ、確かに伝えたぞ、地上の戦士達よ」

 

ゴルゴナが言い終わるや否や、ゴルゴナを構成していたカラス達がぶわりと飛散し、蜘蛛の魔人の像を崩して一斉に人間達目掛けて飛んでくるのがバランには見えた。

 

「…!こちらに来る!皆、注意しろ!」

 

バランが叫ぶと同時に、カラス達の速度があがる。

異常であった。

ただの鳥がだせるわけのない速度で、黒い矢となって漆黒の大群が押し寄せる。

黒い霧…と言うにもとても足りない…黒く塗りつぶした空間そのものが、地と空を這うようにして急速に勇者達を覆っていった。

呪文やマジックアイテムで払おうとしても、それはフレイザードの呪法によって封じられているのは既知の通りで、皆は必死に剣と槍、斧を振り回して闇を追い散らすが、気付けば、彼ら皆は暗黒の空間に飲み込まれたかのような異常空間へと誘い込まれていたのだった。

 

「こ、ここは…!?」

 

古今東西、あらゆる知識を修めるアバンですら見当がつかず、暗黒空間を必死に観察しているが、回答など出てこず、出るのは冷や汗のみだ。

 

「地平の彼方まで続く漆黒の世界…太陽もなく、月もなく……魔界ですらない…!」

 

竜の騎士の先達の知識を受け継ぐバランもまた同様。

大勇者二人がそうであるから、他の者らも答えなど出るわけがなかった。

 

「バラン様!あ、あれを!!」

 

ラーハルトが悲痛を滲ませた声で叫ぶ。

内に熱意を秘めていようと、常に冷静である竜騎衆最強の男が、このような声を出すなど、バランでさえも聞いたことがない。

それだけの重大なナニカを、ラーハルトは見つけたらしい。

 

「……っ!ま、まさか…あれは―――…ディ、ディーノ!!!?」

 

暗黒の世界に、ポツンと浮かぶ人影が6つ。

不可視の磔台に縛られているかのように、その6人は宙に固定されている。

その中の一人…少年の姿をした幼い戦士は、アバンやクロコダインに聞いた一人息子の容姿そのもの。

バランもラーハルトも、そしてガルダンディーもボラホーンも、ひと目でその少年がディーノなのだと確信できた。

そしてその驚愕はバラン達だけでなく、アバンもクロコダインも同じだ。

見えない磔に括り付けられている6人全員が、彼らの大切な仲間だった。

 

「ダイ君!ポップっ!!マァム、ミーナさん!!…あ、あぁ…マトリフと老師まで!!?」

 

「なんたる事だ…!や、敗れたというのか…!ダイ達が!!」

 

愕然となる大勇者一行を、くぐもった唸り嗤いが包む。

 

「グブブブブブ…そうだ…その通りだ。

お前達人間共の狙いなど、我ら魔王軍はとうに見抜いておったわ。

大魔王バーン様の御力と叡智の前には、貴様らの乾坤一擲の大博打はまさに愚行でしかない。

貴様らの全ての希望は、所詮は泡沫の夢…盲人の迷妄…。

ぐぶぶぶ…現実を見るがいい…大勇者よ。竜の騎士よ。

貴様らの、()()と言う名の無知蒙昧な暴挙が…未来ある若人と、老い先短い老いぼれ共を死に追いやる………それとも、子供と老人共を玉砕覚悟の捨て石にでもしたのか?

だとすればなかなかに愉快な知恵と言える。

アバン…貴様辺りの入れ知恵か?さすがは切れ者よ…グブブブブ!」

 

実際の戦力は、勿論、既にダイやポップ達が上。

そんな事は、発案者のアバンも、そして嘲ってみせたゴルゴナも知ってのことだが、それでもゴルゴナのこの侮蔑はアバンの良心の呵責にズキリと食い込むものがあった。

アバンは顔を歪め、一瞬、言葉に詰まったが、それを庇うようにしてバランが無明の闇を睨んだ。

 

「相変わらず口の減らぬ奴…!いい加減に姿を見せたらどうだ…ゴルゴナ!!」

 

闇の世界に響く力強き声に応えるように、だんだんと目の前の暗闇からボゥっと浮かび上がる八つの眼光。

その眼光は、まるで黒い空に浮かび上がる八つの凶星だ。

天高く、そして大きく輝く八つ光が、バラン達を見下ろしている。

やがて闇から這い出るようにして、ゴルゴナが全貌を人間達に披露すれば、それはひたすらに巨大。

ドラゴンよりも巨大な蜘蛛の怪物が、呻いて嗤いながら闇に鎮座していた。

 

「そ、それが貴様の本性か…!!」

 

「ぐぶぶぶぶぶ……ようこそ、我が地へ。

ここは我が真の力発揮せし場所……冥界なり」

 

冥竜王ヴェルザーや雷竜ボリクスをも上回る巨体を、のっそりと這いずらせる大蜘蛛がバラン達を鋭く睨む。

もはや暗黒のベールも脱ぎ去ったその姿は、まさにモンスターであり、冥府の王の威容を姿で語る。

 

「ディーノを放せ、ゴルゴナ!貴様が欲しいのは私の首一つのはず!」

 

かつての因縁を知るからこそ、バランは大蜘蛛の八つ目を睨み返して言い放った。

だが、ゴルゴナは牙を剥き出して嗤う。

 

「確かに貴様は欲しい。

ぐぶぶぶぶ…神々が創り給うた最強の戦士…。

貴様を思うがままに切り刻めば、神の奇跡の全てを我が術として修める事も叶うであろうからな。

どうだ、勇者達よ。いい加減、観念し…大魔王様に頭を垂れよ。

魔界の神にその身を預け、恩寵に預かるのだ。

バーン様は強き者全てを愛し敬う。

出自も種族も関係など無い…魔王軍では全ての強者が永遠の安寧と栄光に浸れるのだ。

強者を妬み、引きずり下ろし、弱者同士がいつまでも(いが)み合い、憎悪を押し付け合う…そういう人の世など何の価値がある?

神々の創り給うた理不尽の世を砕き、大魔王様の元…真の平等の世を共に生きようではないか」

 

「…!」

 

バランは忌々しそうに、言葉もなくただ恐ろしげな眼光を大蜘蛛へと注ぐ。

 

「貴様達、魔族の言う平等の世…それは強き者が全てを得、弱き者は永遠に虐げられる世の事だろう!」

 

「ぐぶぶぶぶ…是(なり)

 

それがどうしたと言わんばかりにゴルゴナは静かに笑い、バランは眼尻を釣り上げ、

 

「愚か者め…!人はそれを…地獄と呼ぶのだ!!」

 

そして手にする真魔剛竜剣の超速の抜刀術で大蜘蛛へと斬りかかる。

 

「っ!!」

 

瞬時に間合いを詰め、大蜘蛛の腹を深く切り裂いた。

冥界においては無限の力を発揮し、空間さえ支配する冥王ゴルゴナ。

圧倒的優位に立つゴルゴナだが、グノンとの戦いで消耗した筈のバランの闘志溢れる姿に、表情の読めぬ蜘蛛の八つ目はやや驚愕に見開かれたように見えた。

 

「ぐぶぶぶ…やはり素晴らしい。

真なる竜の騎士…見事」

 

しかし腹を割いてやったはずの大蜘蛛の姿はスルリと煙のように立ち消えて、蜃気楼のように揺らめいて五体満足なゴルゴナが奥から再度姿を表す。

 

「幻術…!?この私が発動さえ見抜けぬとは…!」

 

斬りかかったバランこそが驚愕する。

バランの目を持ってしても術の発動が全く見えなかったのだ。

ゴルゴナの技の速度、精度、規模…そのどれもがかつて戦った時よりも強大だった。

 

「ぐぶぶぶぶ…だが、愚かなのは貴様の方だ、バランよ。

今の一撃で解ったであろう…我が力を…そして!

貴様達の仲間、弟子、子…それらが我が掌中にある今、我に逆らうという事はどういう事か!」

 

この世ならざる声でゴルゴナが叫んだ。

それは命が軋む音だった。あらゆる命の終わりを詰め込んだ、断末魔のような気声だった。

思わず耳を塞ぎたくなるようなその声に、

 

「ぐぅ…!」

 

「う、うぅぅ!!」

 

「何という声…!これほど悍ましい声がこの世に存在するとは!」

 

「クワァァァ~~~!?あ、頭がいかれそうだぜ!!!」

 

勇者達も苦しみ悶える程だった。

 

(音波攻撃の一種か…!?)

 

すぐさまアバンが、

 

「く…皆さん、しっかり!今すぐ回復を―――」

 

アバンは懐中のマジックアイテムを取り出し仲間の回復を試みようとして、未だ戦意に満ちていた強い表情が一瞬にして転じた。

 

「ぐぶぶぶぶ…金縛りの術…」

 

ゴルゴナの勝利宣言にも似た呟き。

アバンの腕がピクリとも動かない。

指先一つさえも動かすことが出来ない。

何とか動くのは口と目のみで、視線だけをやっと動かし、パーティーを見渡せば全員が必死の形相で動こうと試み、そして失敗に終わっていた。

 

「大勇者アバン。貴様の顔にも、ようやく絶望の色が滲んできおったな。

良い顔をしているぞ……グブブブブブブ!

かつて地上で見せたそれ(金縛り)とはわけが違うぞ。

冥界においては我が力は無限に高まる…!我こそは冥王!冥府魔道の王(なり)

全ては我が意の儘…見よ…!」

 

大蜘蛛が腕を振るう。

十字に貼り付けられたブロキーナとマトリフが、瞬き一つする間にバラン達の前へと滑るように迫る。

 

「マトリフ!老師!!」

 

アバンは動かぬ手を伸ばし、動かぬ足で跳ぼうとした。

だが、身体は無理に動かそうとしても僅かに震えるばかりでとても動かないのだ。

アバンの知性さえも今は無意味。

 

「ア、アバン…」

 

その時、磔にされているマトリフが苦しそうに口を開いた。

 

「マトリフ!すみませんでした…私の策の為に…」

 

「あ、謝らなきゃならねぇのは、こ、こっちの方だ…すまねぇ…。

俺とブロキーナがついてながらこのザマだ…」

 

「アバン…次世代の希望の星を…守れなかった。

老いた身を盾にしてさえも…ダイ君達を逃がすことさえ…すまない」

 

ブロキーナも、トレードマークだったサングラス状の丸メガネが割れ、全身に痛々しい傷を負って、息も絶え絶えといったふうに謝罪を繰り返す。

 

「っ…!ふ、二人とも…」

 

互いに死を覚悟の、決死の反撃作戦だった。

とはいえ、こうして目の前で、十年以上の付き合いのある命を預けあった仲間が、半死半生の姿で虜囚となるを見るのは魂を裂かれんが如きの光景だった。

 

「ぐぶぶぶぶぶぶぶぶ」

 

ゴルゴナの目が光った。

 

「あ、ぐ、ぐああああっ!」

 

「う、ぐぅぅぅぅっ!」

 

するとバランやアバン達の眼前で、二人の老練な戦士は抵抗もままならず、苦悶の表情のまま石像と化し…、

 

「マトリフっ!老師!!」

 

そして、アバンが叫んだ次の瞬間、石化した老人二人は地面へと落下し、砕けた。

瞬間、アバンの顔から全ての色が失せる。

敵地にありながら、完全なる茫然自失。

極限の虚脱。

今が金縛り状態でなければ、膝は崩れて突っ伏してしまっていただろう。

破片に駆け寄って掻き集めてやる事も出来ない。

苦しみの表情を浮かべたままのマトリフ達の砕けた顔面が、今もアバンの瞳と目線が絡むような錯覚に陥る。

 

「な、なんということを!おのれぃゴルゴナ!ぐ、ぅぅぅううう!!!」

 

クロコダインも怒りに身を任せ一矢報いんとしたが、それもまた徒労でしかなかった。

 

「ぐぶぶぶぶ、無駄、無駄、無駄…貴様ら程度では指一本動かす事は出来ぬ」

 

嗤うゴルゴナに対し、あまりに非力な勇者達。

それでも、アバンは完全に停止しそうになる思考を微かにでも回転させて、必死に考える。

これはゴルゴナお得意の幻惑かもしれない。

アバンの優れた知恵は、その可能性も大いにあると常に思考している。

しかし、無力を痛感し、そしてあまりにも生々しく砕けた仲間の石化した死体は、アバンからさえも冷静沈着な思考能力を曇らせ、叡智を鈍化させた。

 

(考えろ、考えるんだ、アバン。マトリフだって常に冷静でいろと常々言っていた!どんな苦境でも、諦めてはいけない!し、しかし…――)

 

魔王ハドラーとの苦しい決戦の中でも、人間同士の大戦争の中でも、アバンはいつもこうやって己を叱咤して苦難に立ち向かい続けた。

しかし、頼れる仲間であると同時に尊敬する人生の先達二人の無残な亡骸は、アバンの心をかつてない程に追いつめ、その心は折られつつある。

だが、竜の騎士は未だ諦めていない。

諦めるわけにはいかなかった。

それが天の騎士の運命であるがゆえに。

 

「ゴルゴナ…!この外道め…許せぬ!!」

 

バランが吠えた。

だが、巨大な蜘蛛は竜の騎士の威圧もそよ風が如く受け止め、嘲笑う。

 

「ぐぶぶぶぶ…許せぬならどうする?バランよ…。

いつかのように、精霊や、真魔剛竜剣の聖なる力に頼ってこの事態を打開してみるか?」

 

ゴルゴナが言いつつ巨腕を振るえば、次に前へとせり出した磔台は――

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!ディ、ディーノ!!」

 

それはバランとよく似た黒髪を持つ少年勇者…ダイその人であった。

バランが愛息の真の名を叫び、続けてクロコダインも野太い声でその名を叫べど、ダイは意識朦朧として返事をしない。

 

「ディーノ…!起きろ、ディーノ!!!…いや、勇者ダイ…目を開けるのだ!お前は強き竜の子のはず!しっかりしろ、ダイ!!!」

 

ディーノという名を知らぬ息子へ、もう一つの名で必死に呼びかけ続けるバランへ、ゴルゴナは嘲るように言った。

 

「ぐぶ!ぐぶぶぶ!辛うじて生きているが…子竜はもはや虫の息だ。

我が操りし怨霊に、その身と魂を徐々に蝕まれ喰われる…それがディーノの…勇者ダイの末路よ…!」

 

鬼のような形相で冥王を睨みつけるバラン。

そしてバランの忠臣である竜騎衆達も、主と同じように憎悪すら込めてゴルゴナを睨む。

 

「ディーノ様!ぬ、うぅぅ!!う、動け…動かぬか!俺の体よ!!!」

 

「お、おのれぇ…ゴルゴナめ!次はディーノ様をあのような目にあわす気か…!」

 

「くそ…あん畜生は、きっとマジでやるぜ…!ど、どうすりゃいいんだ!」

 

主と同様に蛇蝎の如くゴルゴナを憎み、恨み、並々ならぬ殺気をぶつけてやるが、それで事態が好転するわけもない。

磔台で力なく俯くダイには、今も怨念めいた呻き声を漏らす霊魂が取り付き、ダイの生命力を徐々に奪っていく。

 

「さぁどうした、バラン…貴様が心底より追い求めた息子はここにある。

グブブブブブブ…、貴様の力で取り戻せるというならば、見事ディーノを救い出しその腕に抱くがいい…。

だが、それにしくじった時…我に歯向かった()()を、貴様は受ける事になるのだぞ」

 

「ぬ、ぐ…ぬぅぅ!」

 

今だ。今、まさにディーノを、息子を助けねばならない。

ドラゴンファングを振り上げることも出来ず、雷を招来する事も出来ず、竜魔人と化身する事は出来ないが、まるでバランの形相は竜魔人が如くだった。

歯が砕けん程に食いしばり、渾身の力を込めて、全身の闘気を結集して、そしてとうとう…

 

「ぬぅあああああああああっ!!!」

 

バランを縛っていた謎の呪力を打ち破って、バランは真魔剛竜剣を高々と掲げてみせた。

 

「ほぉ…我が術を破るか!…さすがは神の祝福を受けし竜の騎士よ…!」

 

驚いたようにみえるゴルゴナだが、その姿にはどこか余裕を感じさせるのは、やはり何もかもがこの魔人の術中であるからに違いない。

だが、それが予感できても、今のバランは勇者パーティーにとっては間違いなく最期の希望。

一縷の望み。

クロコダインも、竜騎衆も、そしてアバンも、バランに全ての希望を託すしかなかった。

 

「す、すごい…!バラン様のあの気迫!い、いけるぞ!

バラン様ならゴルゴナの悪辣な罠を突破できる!」

 

ボラホーンなどは歓喜し、主の勇姿に打ち震えたし、ラーハルトもガルダンディーも同じ気持ちだった。

だが、

 

「素晴らしき力だが…良いのか?

竜の騎士よ…真魔剛竜剣が闇を払う光を纏う時、その光にあてられた魔も怨霊も祓われる。

()()()()?」

 

ゴルゴナは、まるでバランが己に一矢報いるのを待っているかのように…聖なる光を望むかのように、バランの動きをただ見守るばかり。

 

「……!」

(ゴルゴナめ…一体何を仕掛けている!)

 

これにはバランもたじろいだ。

たじろぎ、そして蜘蛛と竜の視線は交差し、バランは精神を研ぎ澄ます。

息子を人質にとられ、心身は激しく疲労し電撃呪文も冥界には届かぬ今、神代の剣・真魔剛竜剣に賭けるしか手はない。

 

(このまま見ていても、ディーノはあの怨霊(ゴースト)に命を蝕まれる!罠があろうと…やるしかない!)

「真魔剛竜剣よ!」

 

掲げ、なけなしの竜闘気(ドラゴニックオーラ)を愛剣へと注ぎ込めば、激しくも清廉な光が刀身に宿る。

主の心に応え、聖剣が邪悪な冥界を引き裂かんと瞬いた。

囚われのダイにも、その光は降り注ぎ、取り憑いていた霊を祓わんとした。

…その時だった。

 

「きゃああああああああああっ!!」

 

女があげるような、耳をつんざく金切り声が勇者達の耳朶を打つ。

それは、女の悪霊が呪詛の為にあげるような声ではない。

まるで全身を焼かれた人の女があげるような、痛ましい声。

 

「っ!?」

 

それを聞いたバランは咄嗟に剣を曳き、そして愛剣に満たしていた残り少ない貴重な闘気を霧散させてしまった。

真魔剛竜剣から光が消える。

 

(ば、馬鹿な…!!!)

 

そして狼狽した。

戦鬼たる事を宿命付けられた竜の騎士たる己が、戦いの中で一瞬戦いを忘れた事もだが、何よりも祓おうとした霊魂から聞こえたその声。

忘れよう筈はない。

決して、生涯忘れない。

 

「ま、まさか―――」

 

わなわなとバランの身体が震え、そして大蜘蛛が肩を揺らして笑い出した。

さも愉快そうに。

 

「ぐぶぶぶぶぶぶぶ…!酷い男だ。

()()()()()()を、聖なる焦熱で焼き払わんとするとは!!

ぐぶぶぶぶぶぶぶぶ!」

 

「ソ、ソアラっ!!!!!?」

 

「あ、あぁ…バ、バラン……い、痛い…苦しい…全身が、焼ける…あぁ…」

 

ダイに纏わりついていた魂が、徐々に生前の姿を取り戻し、そして力なく倒れ込むようにして地へと堕ちた。

バランの顔から怒りが消えて、ただ悲壮一色となっていく。

探し求めた一粒種と、そして亡妻の幻影と相見えたその瞬間から、羅刹が如くの戦鬼から一人の父、夫へと戻ってしまっていた。

 

真魔剛竜剣を投げ出し、両手を伸ばして落ちゆく妻を抱き救おうと駆け出していたのは、竜の騎士の本能ではなく唯一人の男としての本能に突き動かされた証だった。

ソアラが地に叩きつけられる寸前、バランは跳び、そして十数年ぶりに愛する妻をその腕に抱いたのだ。

 

「ソアラ…!ほ、本当に、ソアラなのか…!!

す、すまない!すまない…!!わ、私のせいで!」

 

「バ、ラン…」

 

薄く透き通る魂の姿の妻。

死んだ時の姿のまま。

若々しく美しい、儚げで優しそうな、たおやかな花。

それが己のせいで全身を焼かれ、痛々しい。

声を出すのも辛そうに、ソアラは必死に何かをバランへと伝えようとしていた。

 

「…バ…ラ、ン」

 

「ソアラ…!喋ってはいかん!」

 

「だめ…バラン……これ、は…あ、あの…ゴルゴナの……さく、りゃ、く――」

 

愉快そうに夫婦の愛劇であり喜劇を眺めていたゴルゴナの八つ目がギラリと光った。

 

「――あっ!?うっ、ぐぅ!!あ、ああああああああっっ!!!!」

 

「ソアラッ!!!!」

 

ソアラの魂が内側から焼ける。

魂がバラバラになりそうな程に、奥底から呪力で縛られる。

 

「や、やめろ!やめろゴルゴナぁぁぁ!!!!」

 

腕の中に抱いているのに、妻を襲う苦しみを全く癒せない。苦痛から守ってやれない。

そして、間違いなく妻を苦しめている元凶である大蜘蛛に対しては、もはや冥界というフィールドでは打つ手はなく、元凶を断てないのがバランには理解できてしまった。

血の涙を流すかのような、そういう顔で大蜘蛛を睨むバランだが、もはやその目には闘志よりも懇願の感情こそが大きくなってしまっているのは、バラン自身意図せぬ事だった。

 

「ぐぶぶぶぶぶぶ…この地は冥界。

そして我は冥王………竜の騎士よ…貴様の妻が安寧に浸れるかどうかは全て我の指先一つで決まるのだ。

死者は須らくこの冥王の下僕たるべし……ぐぶぶぶぶ……貴様の妻ソアラとて、死した身なればその宿命からは逃れられぬ。

いつかは使える日も来るであろうと、こうして我が手元で飼っていた甲斐があったというものよ」

 

ゴルゴナの、無表情の虫の顔に浮かぶ勝利を確信したが故の傲慢。

大勇者アバンもうなだれ、竜騎衆達も希望は潰えたと消沈し、そして大敵たる竜の騎士の心ももはや萎え始めているのがゴルゴナには解った。

 

(グブブブ!さて、これにて〝詰み〟だ・・・竜の騎士よ)

「見よ…バラン、そして我が冥府の奴隷ソアラ…貴様らの息子が、石となって砕ける様を」

 

「っっ!よ、よせ、ゴルゴナ!!!」

 

「あ、あぁあ!やめて…お、お願い…お願いします…冥王よ、ど、どうか…それだけは…!」

 

竜の騎士とアルキードの姫が、傷つき疲れ切った腕を必死に伸ばした。

自分達の最愛の子を取り戻そうと、守ろうと、届くはずのない腕をそれでも必死に伸ばす。

 

「ならぬ。

お前達勇者は大罪を犯した……大魔王様に逆らうという大罪をな。

……バーン様はチャンスは与えてくださった。

人魔共存がなったリンガイアという先例も知っている筈。

それでも、バーン様が差し伸べた救いの手を払い除けたのは誰だ?

他でもない貴様ら勇者よ……ぐぶぶぶぶぶぶ」

 

ゴルゴナの無慈悲な宣告。

 

 

 

――ピシリ

 

と、ダイの表皮を石が覆い出した。

 

「やめろっ!!や、やめてくれ!私の身はどうなってもいい!ディーノだけは!!!」

 

「あ、ぁぁ…」

 

バランがとうとう、その感情を言葉に出した。

そして、もはや〝この流れは止められない〟と悟ってソアラはただ落涙するのみ。

ソアラは思う。

自分という消えぞこないの魂が、夫の足を引っ張ってしまったと。

自分が腹を痛めて生んだディーノを守るという大義名分が、夫を崇高な存在から堕落させようとしていると。

だが何より、夫に誇りを捨てさせる事になろうと、ディーノを救い守ってやって欲しいとも思ってしまっていた。

それが、母としてのソアラの紛れもない本心であり願いでもあった。

だからこそ、ソアラはもう泣くしかできないでいる。

 

(あぁ…神よ…もうしわけありません……私は罪深い女です。私などいなければ…竜の騎士様をこのような目に合わさずに済んだのに)

 

心で天に祈り、慟哭し、懺悔する。

 

 

 

水は、一度流れれば低きにただひたすらに流れる。

 

 

 

 

決壊した心は、もはや流れ落ちるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

そしてゴルゴナは言う。

決定的な言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

「――…だが、大魔王様の御慈悲は未だ潰えておらぬ。

此度、頭を垂れて我ら魔王軍の軍門に降るというならば……大魔王様は〝どのような望みでも叶えてやる〟と仰せである。

ぐぶぶぶぶぶぶぶぶぶ……竜の騎士バラン、大勇者アバン…竜騎衆…そして魔王軍の裏切り者・クロコダイン。

これが、最後の機会だ。

……我ら魔王軍に平伏し、忠誠を誓え。

さすれば……そう。まさに、()()()()()()()でも叶うのだ。

……囚われた仲間を助ける事も…砕けちった同志を救う事も…死した妻に、再び命を与えることも。

………そして、人類の助命と保護すらも、な」

 

 

 

 

 

 

 

それは悪魔の囁きだった。

聞くに優しく、甘美で芳醇な堕落の誘い。

 

以前ならば、常ならば、即座に切って捨てたような敵の言葉。

聞く耳を持たない敵の甘言。

だが、もはやここには「くだらない」と言ってのけるだけの精神を保った戦士はいなかった。

誰もが打ちのめされ、心が折れた。

 

「………………その言葉に……偽りはないというのか」

 

ようやく絞り出した竜の騎士のその言葉は、否定の言葉ではなかった。

 

「………ぐぶ、グブブブブブブブ!

我が言葉であれば信用は出来まい。

だが安心するがよい……今の言葉は大魔王様の御言葉であるが故……嘘偽りは無い」

 

「………そう、か…」

 

いつの間にか、ゴルゴナの金縛りの術は消え失せていた。

だが、もう誰も立ち向かい刃を向ける者はおらず、勇者達は皆力なく膝をつく。

折れた心は、肉体に蓄積した疲労とダメージを、一気に肉体の持ち主へと実感させる。

その顔からは覇気は失せて、誰もが憔悴していた。

 

蜘蛛の悪辣なる罠の糸が、とうとう勇者達を絡め取った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、それら一連の様子を、ゴルゴナの術によるものか、それとも悪魔の目玉によるものか、大魔王バーンは玉座から悠然と眺めている。

全ての謀は冥王ゴルゴナの手のひらの上。

そして、そのゴルゴナでさえも大魔王バーンの掌中で踊る存在だったが、バーンとゴルゴナという二柱は互いにそれを承知で、そして望んでいた。

今のゴルゴナにとっては、バーンの手のひらの上というのは実に居心地の良い安住の地であり、それだけの大器がバーンにはある。

 

「くっくっくっく…ふふ、ははははは…」

 

気品すら感じさせながらも、実に愉しげに微笑んでいる魔族の神がそこにいた。

 

「見よ…ミストバーン。

竜の騎士がひれ伏し、乞うておるわ」

 

「…は」

 

寡黙な従者は、上機嫌な主の様子を見、己もまた気分が良くなるのを感じていた。

聞く者によっては、短い返事にも喜色が混じっているのが解るだろう。

たとえばゴルゴナやキルバーンだが、しかし、珍しくバーンの側にキルバーンは控えていない。

代わりに、同じように邪悪に染まりきった戦士が傍に控えていた。

 

「ヒュンケル。お前の待ち人は、どうやらもうじき余の元へ馳せるであろう。

その時…余の前でアバンとの血闘を演じてみるか?ん?」

 

「バーン様がお望みとあらば」

 

鎧の魔剣の鎧形態で身を隙なく覆い、マントと邪剣ネクロスを背に負った魔剣戦士がそこにいる。

暗黒闘気が魂奥底まで染み付き、血と死臭が肉と骨の奥底まで染み付いたヒュンケルは、大魔王バーンが求める暗黒の戦士としてとうとう完成された。

冥界を映す大水晶。

そこに映る、光の闘法のかつての師が項垂れる姿を、ヒュンケルもまた主君と同じように愉しげに見つめる。

バーンは、そんな魔剣戦士を見るといっそ優しげにも見える邪悪な微笑みを浮かべて、己の千年計画がいよいよ最終段階に来たのを実感していた。

倒れる勇者。

俯く竜の騎士。

暗黒に染まった光の剣士。

 

そして…。

 

「くくくく…神の涙までが余の掌中にある。神々の奇跡が尽く、余の元に…」

 

バーンは飲み干したワイングラスを消し去ると、まるで何かを掴むように宙空へと細い腕を伸ばし、握る。

 

「今ここに…魔の時代来たる…!」

 

物静かな老人然とした先程のまでの空気を一変させ、覇気満ちる凶悪な眼でバーンは世界を、天を見る。

大魔王バーンには、確かに暗黒の時代の足音が聞こえていた。

 


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