散りゆく華に餞を   作:夕霧

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第一話

 今から十四年ほど前、天下統一に王手をかけていた豊臣秀吉が同盟相手である徳川家康によって斃されたことがきっかけで関ヶ原の戦いが起こった。この戦いは主を殺された豊臣の家臣の私怨と豊臣の残党を一掃しようという徳川の思惑による争いではなく、いつの間にかその戦いは天下を二分する大戦に発展していた。豊臣の代表として筆頭に立ったのは石田三成、覇王の左腕で家康のかつての友であった男だ。この男は主を殺された復讐のためだけに勢力を拡大させ、腹心の言葉のままに戦火をばら撒き続けた。そして家康もそれに答えるかのように絆の名の下に同盟を求め、一大勢力を築き上げちまった。この戦いを制した方が天下の覇者、つまりは戦乱の世の終わりを意味していたわけだがこの戦いが実に呆気ねぇもんで、事前にいろいろと悪さをしていた西軍が内部崩壊を起こし、最終的には小早川秀秋の裏切りが決め手となって戦は半日で終了しちまったんだから笑うしかねぇ。真田との雌雄を決している間もなく、事実上戦乱の世に終止符を打ったこの戦いで俺は成すと決めていたことを何も成せなかった。

 

 あの頃の己を省みれば、俺もまた石田のように喪失した怒りに振り回されて征くべき道を完全に見失っていたと思う。きっかけは豊臣の小田原攻めに乗じて覇王の首を獲りついでに北条も落とそうとしたあの戦が、俺が天へと昇る道を完全に塞いじまった。あの当時、織田が倒れてすぐに豊臣は勢力拡大をし、一年足らずで西国のほとんどを傘下に収めちまった。どんなに強い勢力であっても一年足らずで日ノ本の半分を下すことは出来ねぇもんだ。魔王の侵攻によって疲弊した国々が続く侵攻に耐えられずに陥落したんだろうと、今思えば有り得ねぇ思い込みで敵を軽んじた。だから大して連中の力を調べもせずに無謀な戦いに望み、そしてその結果あろうことか石田一人に伊達の軍勢が悉く潰されるというとんでもねぇ事態陥らせてしまった。

 

 奥州平定を果たしてからその後の戦運びは笑っちまうほど順調で、引き分けたことはあっても負けることは一度も無かった。奥州を平定するまでには何度も負け戦をしたし、家が潰れる寸前まで追い詰められたこともある。無謀に振舞っているように見えて実は慎重に動いている、そうやって確かに勝ちを築いてきたはずなのに何故あの時はおかしな油断をしちまったのか……あまりにも順調過ぎて、慢心していたのかもしれねぇな。小十郎ですら読みを誤っていたし俺の言うことに異議を挟む奴は一人としていなかった。もうこの時点でこの結果は確定したようなものだったのだろう。

 

 伊達の大敗は奥州全土にも影響し、相次いで謀反や離反が起こった。石田によって齎された大敗は全て俺が背負うべき罪である――そう考えて身の振り方を考えなけりゃならなかったってのに、あまりにも有り得ねぇ状況での敗北と、かつ大き過ぎる被害に現実を直視することが出来なかった。後悔や悲しみ、そんなものを全て怒りに変えなけりゃ進めねぇほど俺の心は折れちまってた。立ち止まればそれは武士としての最後、もう後はなくただ滅ぶだけだ。だが、俺の弱さで部下を路頭に迷わせるわけにはいかねぇ。だからこそ立ち止まることが出来なかった……どうあっても俺は怒りのままに進むしか無かった。

 

 本当、十四年経った後に思えばあの頃の俺は青かったし馬鹿だったとも思う。そこで怒りを堪えて全てを飲み込み、きちんと現実を見据えていりゃあまだ定まりかけた盤上を引っくり返すことは可能だった。だが、冷静になった時にはもう既に遅く、どう足掻いても俺が天下人になれる道は残されていなかった。

 

 あの戦いで勝者となった家康が日ノ本に君臨し、誰もが渇望した泰平の世を築いている。もうあと少しで十五年目になろうとしている今じゃ俺もすっかりと戦を忘れて泰平の世を享受していた。初めの頃は戦のない世の中がただ退屈で、仕事の合間を縫っては小十郎を相手に打ち合いをやってみたりとそんなことをやっていた。だが、その状態も一年続けばいい加減慣れてくるもので、どうせ戦をしなくても良いのならばといろいろと趣味を増やしてみることにし、かねてより挑戦したいと思っていた料理にも手を出して今じゃすっかり城の料理人より上手くなっちまっている。小姓相手に時折南蛮菓子なんぞを拵えてやって、そいつを振る舞うんだがこんな小さなことを楽しんでやれるとはあの頃は想像もしていなかった。穏やかに流れていく日々をのんびりと過ごす、そんな退屈な生き方なんか出来ねぇと思っていたってのに……人は変われば変わるもんだ。

 

 そうは言っても全ての人間に同じことが言えるわけじゃねぇ。道が塞がれたからと俺自身未だ天下を諦めてはいねぇし、俺の右目も未だ時代に馴染んでいるわけじゃねぇ。小十郎もこの泰平の世を迎えてから俺と同じように趣味に没頭をするようになった。畑ももっと改良をしてより良い作物を作りてぇと精を出していたし、好んで吹いていた笛もきちんと師事をして今じゃ奥州一の名手になっちまってる。妙なところボケちゃいるが、それでも器用な男だ。そうやってこの泰平の世を享受しているのかと思いきや、実は全くそれが俺の思い違いであったことに後々になって気付かされた。アイツは今の世の有り方が退屈で堪らねぇようで、俺に隠れて城に剣豪を名乗る人間を呼び寄せては真剣勝負をしてやがったらしい。テメェよりも強い奴と真剣勝負をする……それは小十郎にとって何にも勝る快楽であり、抗えない欲でもあった。俺はそれを知っていてそれでいいと言い続けたからこそ、小十郎は戦場では敵を見ると俺の背を守りながら楽しんで勝負をしていた節がある。大敗したことによって考えを改め、滾るテメェの心を凍らせちまったようだがそれはあくまで右目としての立場であり、片倉小十郎そのものの心ではなかった。だから戦に出られねぇ、そして真剣勝負を楽しむことが出来ねぇのは小十郎にとって何よりの負担であり苦痛でしかなかった。俺に黙って真剣勝負の果てに人を殺していたことも、そいつを知っても尚俺は小十郎を咎めることが出来なかった。

 

 俺はアイツの狂気を肯定し、育てて来た。泰平の世を願いながらもこんなに平和な世の中が来るとは想像もしていなかったのかもしれない。だからこそ小十郎の狂気を野放しにして抑えさせる術を振り払ってきた……その結果、小十郎は今の世の中では生きることが出来ず、何をしていてもつまらねぇという顔すらするようになった。そしてその挙句には病と来た。ある日突然俺の前で血を吐いてぶっ倒れ、それから一年近く床に臥せっている。病状は良くも悪くもなく停滞したままで、しかし治る兆しも全くねぇ。医者の診立てでは長期の休養が必要、心穏やかに過ごして身の回復を促せば治るとは言うが……今の小十郎は多分あの頃よりも生きる気力がねぇんだろう。アイツは戦場で果てることを夢見ていたし、俺の背を守ることに命を懸けていた節もある。今の世の中ではどちらも果たせねぇ、ともなれば今の世に見切りをつけて次の世に旅立ってしまおうと考えるのは不思議なことではない。

 

 とはいえ小十郎の本質を必要とする出来事が全く無いというわけでもなく、出来ることなら早く元気になれ、そう思っていたんだが……時の流れは小十郎の回復を待っちゃくれなかった。

 

 小十郎が倒れた直後、ある情報が徳川からこちらに流された。今は廃墟となっている大坂城に豊臣の嫡子を名乗る男が住み着いた、と。奴は豊臣秀吉の跡取りを名乗り、徳川に対して戦を仕掛けようとしている節があると家康から直接文を貰った。関ヶ原の戦いで西軍に属した連中のほとんどに戦を起こそうと呼びかけているらしく、それに賛同をする人間もちらほらと見るようになった。あの戦いで西軍についた奴のほとんどが何らかの事情で処罰を受けている。例えば西海の鬼は家を取り潰され武士と海賊の二足の草鞋を履く状態ではなくなり、毛利はあの当時は中国のほとんどを支配下に置いていたが、領地を減らされ安芸一国のみの統治者となった。あの野郎、西軍が負けることを見越して裏で徳川に情報を流していたって言うんだからな。そいつがあったからこそ改易にならずに済んだと聞いてそのしたたかさに呆れ返ったもんだ。他にもいろんな罰を受けて改易や死罪になった連中もいる。そして西軍で重要な役割を担った真田幸村もまた思い処罰を受けていた。

 

 真田幸村、かつては互いに頂を目指しいずれは雌雄を決すると心に決めたrivalだった。関ヶ原の戦いでもう後がないあの状況、どうしても真田と戦って雌雄を決したかったが結局それも叶わなかった。アイツは俺との勝負の最中、武田が攻撃を受けていると聞き、俺との勝負を捨てて総大将として武田の窮地を救うことを選んだ。俺としちゃあ面白くもねぇ展開だが、真田の行動を責めることは出来ねぇ。もしあの時窮地に陥っているのが伊達だったとしたら、真田との勝負を捨てて引き返したことだろう。上に立つ人間とはそういうもの……分かっているからこそ、俺は真田を追わなかった。

 

 奴はあの戦いで生き残り、武田は改易されて滅亡し、戦の直前に病没した虎のオッサンを手厚く葬ることも出来ないまま九度山で蟄居をすることが決められた。真田は俺と戦う前に相当の首級を上げていたようで、そして西軍内での立場も重かったことから本来なら死罪になるはずだったのだが、真田の兄貴が徳川に下って真田の助命を嘆願したらしい。そのおかげで奴は死ぬこと無く九度山に幽閉される形になったわけだが……アイツもまた、豊臣に付こうとしている節があると文にはあった。

 

 この十四年、何度か真田に会いに行こうと考えたことはあった。だが、俺とアイツは慣れ合いを良しとする間柄じゃねぇ。俺がのこのこと会いに行けばそいつは侮辱でしかねぇと思うからこそ足を運ぶことはなかった。気を利かせた小十郎が真田の様子を報告してくれたりもしたが、あの初心がガキをゴロゴロ拵えているってところに俺としては違和感を覚えたもんだぜ。石田の参謀であった大谷の妹である利世という名の女を嫁にして、その後は側室をいくらも持って子を産ませた……当然子を成すには子が出来る行為をしなけりゃならねぇんだが、ちぃと品のねぇ話をしてやると真っ赤になって破廉恥だと騒ぐあの男にそんな甲斐性があったとは誰が思うだろうか。

 

 奴も奴で退屈な日々を過ごしているのかと思いきや、人並みの生活を送っていたというわけか。ま……そいつは良いんだが、豊臣の跡取りとやらの口車に乗る辺り真田は死ぬまで大人しくしているつもりはねぇんだろう。アイツと出会ってから片時も忘れたことがなかった、真田幸村との勝負……奴もそれを望んでいてくれると有り難いんだが。

 

「政宗様」

 

 青葉城の自室で家康の文を片手にぼんやりとそんなことを考えていると、開け放っていた戸の外から重綱が声を掛けて来た。片倉重綱、小十郎の倅で歳は十七になる。小田原での戦いの望む直前に生まれた子で、重綱が生まれる前はいろいろとすったもんだがあったんだが……まァ、それはさておき、そろそろ戦が起こりそうだと聞いて病床から起き上がれない小十郎の代わりに俺の補佐に立っている。顔立ちは親父に瓜二つ、今の歳は小十郎が俺の傅役になったばかりの歳頃とそれほど変わらないが、あの時のまんまの顔をしているからおっかねぇもんだ。頬に傷がないだけで顔はそのまんま、しかも親父に負けず劣らず有能な人材であるからどれだけ小十郎はテメェのコピーを残したかったのかと思っちまう。小十郎と俺とは十ほど歳が離れているからいずれは小十郎が先に逝く。その時に俺の側に誰もいないということがないように、とテメェのコピーを妻の腹を借りて生み出した、とそう思えてならねぇ。ま、性格は穏やかだからまんま小十郎ってわけでもねぇか。本人も小十郎と瓜二つと言われるのを気にして前髪を下ろし髪を結うなどして違いを出そうと努力しているからな。そういう可愛らしさは小十郎にはねぇ。

 

「重綱か。どうした」

 

「今し方、徳川より使者がお見えになりました。急ぎとのことでしたので、書状をお預かりしております」

 

 使者が来たというのに俺の前に顔を出さなかった、伊達の主たる俺ではなく重綱に書状を渡してさっさと帰るとは何を考えてやがる。こんな非礼、いくら相手が天下の主とはいえ許されたもんじゃねぇだろう。

 

 

「Ah? 使者が俺のところに顔を出さねぇとはどんな了見だ」

 

「お会いになられたとしても、会話らしい会話は出来ぬでしょう。相手は風魔殿でしたから」

 

 苦笑をしながら答える重綱は、一言断りを入れて部屋に入り預かった書状を俺に差し出した。風魔……ああ、なるほど。あの男を差し向けたとなりゃ俺に会ったとしても会話が成り立たないから意味がねぇ。すぐに俺の手に渡る相手に渡しても大差がねぇから重綱に手渡したってわけか。重綱なら引き止めてあれやこれやと聞きはしねぇだろうからな。急ぎならば尚更か。……しかし、伝説の忍と言われた風魔小太郎を雇ってまで書状を送ってきたとは……あまりいい予感がしねぇな。

 

 家康の名で届けられた書状を開き、書状を改める。内容は思ったよりも早く事が動いたために冬に戦を起こさざるを得なくなった、差し当たっては大坂城を攻めるので出陣を願いたい、とある。この書状は家康がしたためたもの、きちんと花押もある。個人的にやりとりを交わしていた文にも戦が近いことが書かれていた。となりゃ、これが伊達を貶めようとして撒かれた偽物ではないだろう。偽物だったとしても、わざわざ風魔を使ってこいつを寄越した時点で足取りは辿れちまう。風魔そのものが痕跡を残さなくても、風魔に運ばせたというところがいろいろと絞れる要因にもなる。

 

「重綱」

 

「黒脛巾組に調べさせておりますが、徳川も戦の準備をしている模様。関東の大名はいずれも出陣の準備を整えているようです。徳川が筆頭となって伊達を陥れようと画策しているのならば話は別でしょうが、この状況下でそれはないと考えても良いかと」

 

 確かに、将軍家である徳川が伊達を陥れるために戦の用意をしてみせるとは思えねぇ。重綱は念の為に九度山にも草を放ったようだが、様子を見に行った時には既にもぬけの殻で誰もそこにはいなかったそうだ。見張りに立っていた連中が慌てて探している様子もねぇと言うから真田の足取りはしっかりと分かっているんだろう。

 

 真田は豊臣に下った。この泰平の世を覆し、再び戦乱の世に戻そうとしている。豊臣が徳川相手に派手な戦を仕掛けようとするのは、豊臣の覇権を今一度この手にと望むからだろう。だが、傘下に付いた連中はどうだ。己が手で泰平を築こうと考えているんだろうか。豊臣が集めたのは西軍の連中、その中でも特に待遇が酷かった連中を中心に声を掛けたと聞く。それを思うに話に乗った連中は新たな豊臣が掲げた志に賛同したからではない、何か思惑が別にあるからこそ豊臣に味方をした……その思惑とは徳川への恨み、そいつを晴らす絶好の機会と考えたんだろう。実際、西軍の連中は徳川相手に戦を起こせるほどの力はねぇし、家康も簡単に戦が起こらねぇようにと上手く力を削ぎ落としていた。監視の目も厳しく少しでもおかしな行動をすれば詰問され、謀反の兆し有りと判断された瞬間に首を落とされるということも少なくは無かった。家康はそれを由とは思わなかったようだが、絆だけで何もかもを成り立たせることが出来ると考えるほど馬鹿でもなかったらしい。表向きには絆を説き、平和な世の中を作ったがその裏で犠牲になっている人間がいることを民は知らない。西軍の連中はまさに泰平の世を築くための犠牲だった、今はそう思えるようになった。

 

「……政宗様」

 

「Ah?」

 

「何故、今頃になって豊臣が徳川を討たんと動いたのでしょう。関ヶ原の戦いが起こり、もう十五年近く経とうとしています。確かに豊臣は徳川に討たれました。ですが」

 

 重綱が言わんとすることは何となく分かる。もう恨みを抱く必要もねぇだろう、そう言いたいんだろうよ。そいつを察したからこそ俺は軽く扇を上げて言葉を遮った。重綱は十七、あの戦が起こった時にはまだ二つと物心も付いちゃいなかったから余計に分からねぇんだろう。生まれは戦乱でも生きてきたのは泰平の世だ。のんびりと生きていてもそう命を奪われる機会は訪れねぇ、だから理解するのは難しいはずだ。

 

「憎しみの連鎖が終わってねぇからだ。豊臣は徳川に二度破れている。一つは徳川の謀反、そしてもう一つは関ヶ原の戦いだ。その後の豊臣家は滅亡し、長い間その存在も忘れ去られたばかりか民は力による圧政を布いた豊臣を悪しき時代の一つと考えるようにもなった。考えてもみろ、誰かが謀反を起こして俺を殺したとする。そいつが新たな奥州の統治者に納まろうとしたらお前はどうする」

 

「それは無論、刺し違える覚悟でその者を始末致します」

 

「そういうことだ。豊臣の復讐劇はまだ終わってねぇってことさ、十五年経とうが貶められた恨みはしっかりと腹の底に収まってる。徳川と戦えるだけの準備が整ったから今事を起こしただけで、この間に戦が出来ると踏んでいりゃいつだって戦を仕掛けただろう」

 

 尤も、その豊臣の後継者を名乗る奴が本当に覇王の血筋の者であったならば、という前提は付くがそれは言わなかった。後継者の存在が偽物だろうが本物だろうが、そこはもう関係がねぇ。豊臣が徳川相手に戦を仕掛けようとしている、それだけで戦をする理由は十分だ。もうどうにも出来ねぇ状況だというのならば戦うしかない。

 

「重綱、民は関ヶ原の戦いで西軍に属した連中を悪く言うが、そいつは違う。善も悪も立場の違い、たまたまあの戦で家康が勝利をしたから徳川が正義と見做されるだけで、もし豊臣方が勝っていたら俺達が悪党だった。あの時代、どの勢力も目指したのは戦のない泰平の世、やり方こそ違ったが主だったところの行き着く先は大抵そこだった。中には滅びを目的とした奴もいたし更に日ノ本の外に戦火をばら撒こうとした奴もいたが、そういう連中は大抵生き残れなかった……西軍の連中が悪党なんじゃねぇ、目指すものは同じだったが目指した方向が違ってすれ違っただけなのさ」

 

「目指すものは、同じ……ですか」

 

「ああ。この泰平は徳川や東軍に就いた連中だけが築いたわけじゃねぇ、西軍にいた連中も今の世の中に一役買ってるんだ。奴らのような犠牲があったからこそ日ノ本は群雄割拠の流れを断ち切り泰平を手に入れた……俺達が泰平の世の礎であるとするのならば、奴らもまた礎だ。重綱、そこは見誤ってくれるなよ? 小十郎がどう教えているのか分からねぇが、代行でも俺の右目として立つのならば周りの言うことは鵜呑みにするな。お前はちぃと素直過ぎるところがあるからな、人の言うことよりもテメェの目で見たものを信じろ」

 

 小十郎も仕事に関係ねぇことに関しては妙に素直なところがあったが、重綱はそれ以上に素直で聞き分けの良い子だ。小十郎と同じ顔をしてるってのに表情はいつも穏やかで、鬼気迫るといった雰囲気が欠片もない。これで顔が小十郎と似てなかったら本当に小十郎の子なのかと疑いもしただろう。重綱は「はい」と短く返事をしてそれきり何も喋らなかった。何かを考えているような面をするが、その目は何処か遠くを見ている。時折コイツは何処か遠くを見るような目をすることがある。それが一体何を見ているのか、俺には掴めなかった。小十郎はぼーっとしていると言うがおそらくはそうじゃねぇんだろう。ゆとりがあるのならばそれについて詳しく聞いてみても良かったんだが今は早急に支度を整えなけりゃならねぇ。重綱に急ぎ戦の準備をするようにと申し付けて、俺は書状と共に沿えられた大坂城の見取り図を見た。

 

 廃城になって久しいが、十五年の間徳川の気付かぬうちにあちこち整備がなされていたらしい。誰にも気付かれねぇようにこっそりと修繕を行う、おそらくはつい最近始めたことではなく長い時間をかけてゆっくりと籠城する城を作り上げたんだろう。案外家康が天下人になってすぐに行動を起こし、この機会を狙っていたのかもしれねぇな。いや……案外家康がわざと見逃したということも考えられる。奴も口には出さないが、いずれ何処かで綻びが出るんじゃねぇのかと案じていた節がある。その綻びが今になって現れたのではなく、本当に綻びに変わっちまう前にあえて膿を出して一掃しちまおうという策なんじゃねぇのかと。突然の豊臣の宣戦布告に戦の準備を慌ててしているのではなく、こうなることを見越して最適の時期に戦を起こすことを選んだんじゃねぇのか。アイツも天下人になってから、腹の底をとことん見せなくなった。言葉で語る以上に腹の底では仄暗い何かが渦巻いてるのかもしれねぇ。

 

「……何を考えてやがる、家康の奴は」

 

 答えの出ない居心地の悪さを抱えながらも、今は目の前の戦に集中するしか無かった。この答えを探して見つけるだけの時間はねぇ、今はとにかく戦に勝つことだけを考えなければ。

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