散りゆく華に餞を   作:夕霧

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第二話

 奥州に雪が降り始めた頃、俺は大坂城を包囲する一軍勢として大坂の地にいた。昔のように前線に出て敵を蹴散らしてぇとは思ったが、出陣する前に小十郎に大将たるもの前線に出て一兵として戦うのではなく、本陣に詰め全体の動きを見て軍を動かすものだと説かれ、大将は指し手でなければならないときつく言われた。昔は若さに任せて突っ走ることも出来たが今はそういうわけにもいかねぇ。それに戦のやり方も随分と変わっちまっているから大将が先陣を切って突っ走る時代では無くなっちまった。それが分かっているからこその小言とは思うが……まァ、俺も今回は無茶が出来ねぇと思っている。

 

 関ヶ原の戦いまでは傍らに小十郎がいて当たり前のように俺の補佐をしていた。だが、今ここに小十郎はいない。代わりにいるのは小十郎の名を継いだ息子の重綱だ。この戦が初陣となるこいつは初めての戦に緊張をしているようだったが、それでも小十郎のように眉間に皺を寄せて策を練っているのが可愛いもんだ。泰平を迎えたばかりの頃は俺の膝に乗せても何も分からずにきゃっきゃとはしゃいでいるだけだった重綱が、今では一隊の長として立派に振る舞おうとしている。この武者姿をアイツにも見せてやりたかったが、実際に見たらどう言うのかね。自軍他軍お構いなしに陣に詰めているような状況が不慣れであるせいか、暇になるときょろきょろと辺りを見回している。きょろきょろするなと後頭部を叩いて喝を入れたかもしれねぇ。アイツ、重綱にはやたら厳しいからな……才能があるから親父としては嬉しくても竜の右目としては面白くねぇんだろう。親が子に嫉妬をする……こいつもよくある話と聞くからな。馬鹿なことだ、とは一概に言えねぇのが頭の痛いところだ。

 

「政宗様、どうにも落ち着きませぬ」

 

 不安そうにする重綱に、俺は笑って背中を叩いてやる。何度も戦を繰り返している奴ならしっかりしろと言うところだが、初陣ならこれも可愛らしいもんだ。最初は俺も浮足立って無茶の限りを尽くし、小十郎にぶん殴られたもんだった。ついでに親父にも大将たる者が我を忘れて戦うとは何事かと怒鳴られた。温厚な親父に怒鳴られるということはなかなかあるもんじゃなかっただけに、流石にあの時は俺も落ち込んだもんだぜ。ま、こいつはそういう迂闊さがねぇからまだ良いが。

 

「こいつが戦場の空気って奴だ。ま、不慣れなお前には戸惑うだろうがしっかりと役目は果たせよ? 少なくとも小十郎に怒鳴られないようには」

 

「そうではありませぬ……、確かに緊張はしておりますが、浮足立っているのではありません。嫌な予感がするのです」

 

 不安げに俺に告げたそれに、笑っていた口元が一瞬で引き締まる。小十郎も勘が鋭かったが重綱は小十郎の勘を更に上回っている。今までも嫌な予感がすると言ったら必ず何か良くねぇことが起こっていた。出来ることなら初陣でそわそわしていて貰いたかったもんだが……開戦前にこの言葉、こいつは単純に事が済むと考えねぇ方が良いかもしれない。徳川は気前良く兵を集めて豊臣を叩き潰す気でいやがる。数の差は歴然、正面を切って戦ったとしてもこちらの不利を招くことはない。そう、誰もが思っているだけにこの言葉は聞きたくねぇ。とはいえ、無視出来る相手が放った言葉でもない。

 

「何がどう、嫌な予感がするのか説明出来るか」

 

 重綱はぐるりと軍を見渡し、ある一つの軍勢を指差した。あれは前田の軍勢、当主の前田利家が病に臥せっているとかで今回は大将を息子が務めていたはずだ。

 

「あの軍……おそらく壊滅的な被害を受けます」

 

「前田軍が、か」

 

「はい、そのような気がするのです」

 

 根拠のねぇ言葉、だが予言めいたそれに伊達の人間なら出鱈目を、と言う奴はいない。何故ならそれが当たると皆分かっているからだ。勘の鋭さが高じて時折予言めいたことを口にすることもある。そしてその予言は百発百中と来た……前田軍はとんでもねぇ被害を受けることになるんだろう。そしてその被害というのもどのような形で受けるのかは凡そ検討が付く。

 

 今回、前田はある役目を任されている。大坂城には砦があり、そこには真田と西海の鬼がタッグを組んで城を守る要としていると情報を得ている。真田丸と名付けられた砦はその名の通り、真田が大将として立っている。実を言うとそこが大坂城にとって一番攻め入るにあたって手薄な場所であり、敵が守りを固めるのもこの場所だろうという当たりはついていた。だからそこに砦を構えて守りに走ることは何らおかしなことではなく、これも予想出来ることだった。砦を陥落させるためにまずは塹壕を掘り、土塁を築けと家康は役目を与えた。そうやってじっくりと戦う準備をこちらも整えてそこで改めて戦に発展させる、それが家康の考えなんだが……この予言を聞いた以上考えなけりゃならねぇ。

 

 真田と西海の鬼が組んであの砦を守っている……となりゃ、からくりの一つや二つは仕込んでいると考えるべきだ。それに、あの砦の前は篠山、つまりは丘になっているから死角になりやすくそこから妨害を仕掛けてくることも考えられる。一切の攻撃をさせないつもりでいるようだが、今回の総大将は重綱と同じく戦の経験がない。あの風来坊が流石に出て来るかと思ったがその気配もねぇと来た。わりと重要な役目をこなすことが出来るのか、俺もちぃと不安ではあったが……のんびり構えている暇は無さそうだ。

 

「考えられる手としては、作業をする前田軍をわざと攻撃をして挑発をし、攻撃のしやすい場所へと誘い込むというやり方だろう。こちらとあちらでは軍勢の数が圧倒的に違う。前田軍は一万もの兵を揃えているが、対する真田と西海の鬼の軍勢は合わせても五千程度、二倍も違う軍を相手に戦う時は力任せに挑んじゃならねぇ。こいつを使って勝ちを導かなけりゃならねぇんだ」

 

 とんとん、と己の頭を指で叩く。猪武者であることが許されるのはこちらが圧倒的に有利な場合、あるいは策を考えてくれる奴が他にいる時だ。今、この場で策が練れるのは俺しかいない。重綱の策は使えねぇこともねぇがやはり机上の空論、他の奴では小十郎の代わりは務まらねぇ。今は考えて少しでも幕府側の兵力を削らねぇようにしなけりゃならない。

 

「前田は挑発に乗りますか」

 

「乗るだろうな。あの戦乱の世を生き抜いた連中を相手にするにゃ、前田の大将は経験がなさ過ぎる。頭数ばかり多くても戦に勝てるわけじゃねぇ、状況によっては少人数の方がかえって勝ちやすい場合もある。もし、誰かが挑発に乗って怒りのままに進軍をしたとしたら……その時にあの若い大将の言葉を聞く奴が一体どれほどいるのかね。俺には前田利家の代わりを務められるとは到底思えねぇ」

 

 お飾り、とまでは言わねぇが、立ち位置としてはそれに近いんだろう。小十郎の代理と言っても重綱も今回はそんな立ち位置だ。ま、完全にお飾りにするつもりはねぇが小十郎ほど頼るつもりもない。ルーキーにはちぃと荷の重い役目を与えているのはうちに限らず前田も同じ……少し、家康と話をしなけりゃならねぇかもな。

 

「重綱、付いて来い」

 

「は? はい」

 

 伊達の陣を離れてやってきたのは徳川の陣、家康は今後の動きについて部下と話し合っているようだったが、俺の姿を見た途端家臣を下げて俺を出迎えてくれた。

 

「独眼竜、何かあったのか?」

 

「今はまだ何もねぇ、が、前田の軍が危ういかもしれねぇと話にな」

 

 重綱が語ったことをそのまま伝え、敵が用いるであろう策を話してやると、家康は可笑しそうに笑いお前が迷信を信じる質だったとはな、と失礼極まりないことを抜かしやがる。根拠のねぇ迷信は俺も信じない。だが、根拠のある迷信ならば俺はそいつを信じる。

 

「コイツの勘が、百発百中でなけりゃこんなことで言いには来ねぇさ。重綱の“嫌な予感がする”は、まず間違いなく的中する。時折とんでもねぇ精度で予言めいたことも口にするから油断が出来ねぇんだ。前田は壊滅的な被害を受ける、と重綱が言った……向こうには西海の鬼がいる。敵は頭を使った攻撃をしてくるぜ?」

 

「元親の手強さについてはワシも知るところだ、油断することはない。無論、真田の手強さについても分かっている。だが、前田に任せた役目はこちらにとっても重要なもの、今更取り下げるわけにもいかない。それに他の家にも任せたとなれば前田の不興を買うだろう。前田を敵に回すことはしたくはない、慶次の故郷でもあるからな」

 

 どうあっても役目を解くことはしねぇ、と。他の家と共同でやらせることもない……家康はその展開を読んでいながら前田に任せる、ということか? まさかとは思うが、わざと前田に任せて兵力を減らそうとしてるんじゃねぇだろうな。前田は泰平の世を享受し争いごとを起こす気配がないとはいえ依然として一大勢力に数えられるほどの力を持っている。あの風来坊の故郷であるのも間違いじゃねぇが、天下人が口にする理由としてはそれが正しいとは思わなかった。ここで力を削いで徳川の世を盤石なものにする……そんな意図が透けて見える。穿ち過ぎなのかもしれねぇが、この戦は家康にとって危険視する勢力の力を削ぐ意味もあるのかもしれない。この場にいる連中の大半は力を持った勢力だからな。豊臣相手に失礼のないように、という意味でないのは間違いない。

 

「OK、なら好きにやりな。ただな……家康、自軍を敵に回すようなことはするんじゃねぇぞ?」

 

「無論、そのようなことをするつもりはない。我らは絆で繋がった軍勢だ、ワシは絆を裏切らない」

 

 絆、ねぇ……本人がそう言うのならば仕方がねぇ、これはどう口にしたところで変わるもんじゃねぇだろう。

 

「前田が壊滅的な被害を受けたらどうなる」

 

 試しに重綱に聞いてみたら、アイツは一瞬ぼんやりとした表情を浮かべたがすぐ渋い顔をして小さく首を横に振る。

 

「次の敵は前田になるかと……それも、此度以上の激戦となると」

 

 Hum……ともなりゃ伊達はのんびりと待機をしている、というわけにもいかねぇな。ここでわざと前田を壊滅的な被害に遭わせて戦を起こさせることで戦乱の世に戻す、という手もあるが……ここまで関わって知らぬ存ぜぬは通せねぇ。小十郎は怒るかもしれねぇが、重綱の前じゃ出来る限り正しくありたい。小十郎の子であるせいか、俺はどうにもコイツを可愛い弟のように見ちまうんだ。兄貴として間違った道を教えたくはねぇ。

 

「家康、伊達の配置を変えてくれ」

 

「独眼竜、まさか」

 

「前田の邪魔はしねぇ、前田が何かケチをつけてくるようなら俺と真田の間柄について持ち出せばいい。真田と俺は雌雄を決するべき仲、そいつが守っている砦に俺が行かない手はねぇと駄々をこねたとな。それに……アンタの狙い通りにもなるだろ」

 

 何が、とは言わなかった。家康はそれを肯定も否定もせず、苦笑をしてなら任せると許可を出した。そいつを聞いてこれ以上は話すことはねぇとそのまま重綱と二人で陣を後にする。不安そうな表情を見せる重綱の頭をぐしゃぐしゃと撫で、大丈夫だと言ってやるがそれでも憂い顔は変わらない。

 

「政宗様……この場にいると、様々な未来が見えて気持ちが悪うございます。今までこれほどはっきりと見えたことはなかったというのに……人の死ばかりが、色濃く見えるのです」

 

「未来……?」

 

 吐き気を覚えたように口元を抑える重綱に、怪訝そうな顔を向ける。

 

「お前、何を見てるんだ」

 

 嫌な予感がする、とそいつを主張するから勘の鋭さだと思っていたが、重綱は未来が見えると言った。俺も小十郎も雷を操るという異能を持っている。こいつもまた力があって、親父とは違い氷の力を持っていた。こういった普通の人間が扱うことが出来ねぇ力を持つ奴はそれ以外にもオプションのような形で妙な力を持っていることがある。随分と昔に海神の神子と呼ばれた娘に会ったことがあったが、その娘は確か未来予知が出来たはずだ。それもかなりの精度で。同じような力が重綱にもあるとしたならば、今までこいつが主張したことが的中していた理由が分かる。それに元々小十郎の一族は神職者だった、神に仕える者というのはそういった力を持ちやすいと聞く。小十郎には特にそういう能力はねぇが重綱の方に一族の血が色濃く出たとなれば理解出来ない話じゃねぇ。

 

 意識を失いそうな面をしてくらりと揺らいだ重綱の身体をしっかりと支えてやる。ぐったりと俺に身を預ける重綱は薄く目を開いたまま呆けた顔をしていた。俺には見えねぇ何かを見ているんだろう、ぼーっとしていると小十郎が言っていたそいつも実は未来を見ていただけで、呆けていたわけじゃねぇのかもしれない。

 

「親子揃って、難儀なモンを持ちやがって……小十郎よりお前の方が案外大変かもしれねぇな」

 

 小十郎の獣の性よりもこの力の方が振り回されちまって重綱には苦痛かもしれねぇ。ともあれこのまま放置しておくわけにもいかねぇと、重綱を背負って本陣に戻り陣の配置換えを行うことになったと伝えて真田丸の正面に前田軍を挟むようにして待機をする。これにどういうことかと前田軍が言って来やがったので、俺は堂々とrivalがいる砦側に俺が待機しねぇでどうする、とさも当たり前のように言ってやった。俺の傾きは前田利家も分かっていることだ、それに真田との関係は大体何処の勢力も分かっている。だからなのか大した言い訳も必要とならず、こちらは一切手を出すつもりはねぇと言ってそれで納めた。実際連中が作業を始めてもこちらは一切手出しをせず、ただ傍観するのみ……動く時は連中が我を忘れて攻め入ろうとした時だ。

 

 砦の前はなだらかな丘、地図上では想像しか出来なかったが丘の先がどうなっているのかを見ることが出来ねぇ。陣から砦の形状が分かるのは上半分程度、一応黒脛巾組を飛ばして情報を得ようとしたが真田忍隊の方に分があるのか、情報を持ち帰ることが出来た奴は一人もいなかった。辛うじて得た情報は、砦の入口は袋小路になっているということ、とても狭いので軍勢で押し入れば身動きが取れなくなるのは目に見えていること……この細工はおそらく西海の鬼だろう。からくり作りが得意中の得意だったあの男にとっちゃ、この程度の砦の建造は朝飯前なんじゃねぇか。不完全でも見取り図を書かせ、俺はそいつを睨んでいる。ともあれあちらの意図が透けて見えるような中に飛び込む愚行だけは犯したくねぇが……前田のお坊ちゃんは気付けるかねぇ……。

 

 家康に命じられた作業をこなしている最中、丘の上から早速仕掛けてくる奴らがいた。敵を撃ち殺すのではなくただ火縄銃で威嚇射撃をするだけ、一応前田の奴らもやり返してはいるものの次から次へと現れるので作業が思うように進まない。一日中こんなことを繰り返している敵方の動きに、俺は口元が緩むのを抑えられなかった。

 

「政宗様、何故敵はわざと攻撃を外しているのでしょうか」

 

 丸一日眠り続けて目を覚ました重綱が俺の隣に立ち、敵の動きを見ながらこんな質問をする。撃ち殺しちまった方が早いのではないか、と言いたげな問いが初々しくて可愛く思っちまう。

 

「お前も気付いたか、わざと攻撃を外しているってことは。なら、逆に考えてみろ。もし敵が前田の人間をこれでもかというくらいに撃ち殺していたらどうなるか」

 

「それは……伊達に増援を依頼し、敵の攻撃を防ぐ間に作業を進めるのではないかと」

 

 こちらにそれを依頼するかどうかは分からねぇが、おそらくは今以上に守りを固めて作業を行うことになる。ただでさえ前田と真田・長曾我部の連合軍の数は二倍もの差がある。そして前田の後ろには伊達もいる。つまりこちらは守りを固めながら作業をするには十分過ぎる環境にあるということだ。こうなりゃ普通に相手を殺して、ということをやっちまうと不利になるのはあちらであるのは明白。このナメた攻撃を続けることによってあちらが得られるもの……それは前田軍の怒りだ。

 

「敵にとって一番困るのはお前が言った通りのこと、守りを固められることだ。もう少し言えば塹壕や土塁が完成しちまうこと……そいつが出来ると今度は真田丸に攻め入るのが有利になる。ここは大坂城にとっては突かれると痛い場所だ、だからこそどんな手を使ってでも死守しなけりゃならねぇ。そこで連中が考えたのはあえてナメた攻撃をすることによって前田の怒りを買うことだ。怒りってのァ恐ろしいもんでな、一度頭に血が昇っちまうと冷静であれば絶対にやらねぇことを平然とやらかしちまう。家康は塹壕や土塁を作ることを優先し、完成するまでは攻撃を仕掛けるなと指示をしている。だから前田は守り以外の攻撃をしちゃいない。しかし、これで怒りが高まって見境がつかなくなってくると家康の指示も脆いものになっちまう」

 

「前田の平静を失わせることで攻め込ませようと?」

 

「そういうことだな。黒脛巾組が仕入れてきた情報だが、こいつを見てみろ。砦の入口付近の構造が袋小路になってんだろ? ほら、ご丁寧に橋まで掛かってやがる。しかもその周りは歩いて渡るにはちぃと難があるほどの深い堀と来た。これじゃ壁をよじ登って進入するのは困難……はっきりとした見取り図じゃねぇが、これだけで敵が何をしようとしているのかは予測が付く。前田をこの袋小路に誘い込んで一掃しようとしてんだ」

 

 実に分かり易い手ではあるが、怒りによって視界を塞がれるとこの分かり易い手が案外有効になっちまう。俺も昔、怒りに任せて動いたことがあるからこそその危うさは身に沁みて分かっている。あの時は小十郎が何度諌めに来たか……ま、あの時のように冷静さを欠いて事に当たるつもりはねぇ。病床の小十郎がゆったり眠っていられねぇという状況を作ったらアイツが血を吐きながら出て来ちまう。流石にそいつは困るから無様な戦は出来ねぇ。

 

 しかし……あの猪武者がこんな手を思いつくようになるとはな。西海の鬼の入れ知恵かもしれねぇが、衰えるどころか成長しているのを感じて嬉しくなってくるぜ。真田幸村はまだ死んでなかった、武士としての魂は燃えたまま……今すぐ飛び込んで奴と剣を交えてぇ。忘れたと思っていた胸の滾りを感じ、抑えられなくなりそうな自分がいることに苦笑する。泰平の世、そいつを望んでいたはずなのにいざ迎えてみるとこの状況を望んでいたことに気付かされるんだからな。全く……戦人(いくさびと)というのは何処までも馬鹿で困るぜ。

 

 前田が動くんじゃねぇのか、そんな予想が的中したのは二日目の昼を過ぎた頃だった。敵の妨害にしびれを切らした前田が篠山を制圧すると言い出した。流石に放置するわけにもいかず、あちらの陣営に出向いて敵の思惑に嵌ると説得をしたんだが若い前田の大将は聞く耳を持たず兵を出して交戦を始めちまった。挑発に現れていた敵兵の軍勢の三倍もの兵を出して攻撃をさせ、あちらが待っていたとばかりに引き上げたところを追跡したという。その結果返って来たのはやはり予想通り、全滅の一報だった。

 

「なっ……我が、前田軍が負けるなどと……あのような謀反人に」

 

「おいおい……ちぃとナメ過ぎてねぇか? アンタが敵にしてるのは戦乱の世を駆け抜けた猛者だぜ? アンタのようなルーキーが数で攻めたところで勝てる相手じゃねぇ。あんな分かり易い挑発に乗って兵を出した結果がこれだ、何も驚くに値しねぇさ。アンタの親父であっても俺と同じことを言う」

 

 鋭い目で睨まれたが、それでも何も言わないのが俺が天下の二番目という位置にあるからだ。腹の中を見せねぇとはいえ家康は伊達を何だかんだと言って頼りにしている。俺が同盟を組む際に立場は対等と言ったことをきちんと覚えているようで、奴は伊達家への待遇を格別のものにした。おかげで俺にもそれなりの権力があり、おいそれと言い返すことが出来ねぇ立場になった。……はずだったんだが。

 

「何を申されます、後方で待機するしか出来ぬ御方が敵の卑劣な策略に嵌って死した我が兵を嘲笑うなど笑止千万。ご老体は黙って見ていて下され、あの程度の謀反人如き前田が叩き潰してくれましょうぞ」

 

 ご老体……、俺はまだ三十代だ! このガキ、優しくしてやれば付け上がりやがって……年寄り扱いされるほど俺は耄碌しちゃいねぇ。……そこまで言うんなら構わねぇ、馬鹿が何処まで出来るのか見せてもらおうじゃねぇか。

 

「なら、尻の青いガキが真田相手に何処までやれるか見せてもらおうじゃねぇか。言っておくが、アンタらが全滅するまで伊達は動く気はねぇぜ?」

 

「ご冗談を。では、真田の首を持ってご挨拶に参りますゆえ」

 

 結局こんな言い合いになっちまって引き止めることは出来なかった。前田の方には人の言うことを聞ける人間に育てろと一筆書いてやろう。今のまま育っちまったら馬鹿な藩主の完成だ。

 

「政宗様」

 

 不安げに声を掛ける重綱の頭を軽く撫で、前田の陣から伊達の陣へと戻る。助けに行くと思っていたのに動かないと言った……コイツが見たという未来通りに事が進んでいるのが不安なんだろう。

 

「おい、おめぇら! 前田はこれから真田丸に攻撃を仕掛ける。おそらく連中は甚大な被害を出す……奴らが総攻撃を仕掛けたら動く、そのつもりでいろ!」

 

 俺の声に上がるのは戸惑いの声ばかり、前田を囮にするのか、と言わんばかりの反応がまたアレだが小十郎がいねぇとどうにも手間がかかっていけねぇ。

 

「あの、筆頭……前田を囮にするんですか?」

 

「違う、前田を助けに行くんだ」

 

「え、でも……伊達は馴れ合いをしねぇんじゃねぇっすか?」

 

 そりゃ、不必要な慣れ合いはしねぇ。が、今回の場合は話が別だ。下手に前田を崩したとなると今度は援軍が来ちまう。その援軍は前田の立ち位置から考えても徳川方、家康の采配を見る限り家康は野戦は得意だが攻城戦は苦手と見える。この罠にかかるほど家康は馬鹿じゃねぇが、家康が送った奴が馬鹿じゃねぇとは限らない。前田と同じ展開になって兵力が更に削られることになると戦の雲行きが怪しくなる。

 

「馴れ合いで助けるわけではありません。此度の戦の場合、敵の数は圧倒的に少ないですがあちらの士気は高い。ここで前田を崩しこちらの兵力を確実に削ったともなれば豊臣方の士気が高まるのは必至、ともなれば戦はよりし難いものになるでしょう。先を考えればここで前田を見捨てることは不利になる、戦を有利に運ぶために前田を助ける必要があります。そのように考えて政宗様は前田を助けると仰られたのです」

 

 穏やかだがしっかりとした物言いに部下達は納得したような声を上げた。小十郎とは真逆のタイプ、だが抑えるところはしっかり抑える、か。全く、可愛い奴だ。

 

「立派になったじゃねぇか、重綱。俺の膝の上に乗ってはしゃいでいた頃のお前からは考えられねぇぜ」

 

 にやりと笑ってこんなことを言うと、途端に重綱は真っ赤になって何を仰っておられるのですか、と慌てふためている。小十郎じゃ絶対に見れねぇ顔、それが可笑しくて笑い声を上げたら周りも同じように笑って、重綱に涙目で恨みがましいと言わんばかりの顔をされちまった。そこに恥ずかしさも見え隠れしてんだから可愛いもんだ。何というか、小十郎が俺を見る目が時折親のように見えることがあったが、その理由が分かったような気がするぜ。幼い頃を知っている奴の成長を見られるのは嬉しいような気持ちになる。それは親が子の成長を喜ぶのと同じようなもの……実の子に同じ感覚を覚える日が来るのかね。それはそれで寂しいような気がするが。

 

「ま、そういうことだ。前田を助けなけりゃこの戦は不利に傾く。勝利が約束されたような戦で白旗揚げるような状況になったら恥ずかしいじゃねぇか。それにな、目の前で前田を見捨てたともなりゃ伊達の名にも傷が付く。味方がやられているのに助けにも出向けなかった臆病者、俺はそう言われるのが一番許せないんでね」

 

 どんな状況であっても言う奴は言うが、出来る限り隙は作りたくない、というのもある。昔ならそいつが害になるのなら戦を仕掛けて黙らせるという手もあったが流石に今はそれでは罷り通らねぇ。ま、前田に恩義を作っておくのも悪くはねぇという気持ちもあったんだがな。

 

 程無くして前田は全軍突撃の指示を出し、やられた兵の弔い合戦とばかりに真田丸へと攻撃を仕掛けた。敵の思う壺だと忠告してやったのに連中はそいつを無視して吸い込まれるように真田丸へと駆けて行く。当然こうなったら俺達も黙って見ているわけにはいかねぇ、こちらも俺を筆頭に軍を出して真田丸へと急ぐ。

 

 丘を超えた辺りで見えてきたのは思った通りの狙い撃ちをされて逃げ場を失っている前田軍の姿、その中には小生意気な糞ガキの姿もあり、大将としての務めを忘れて右往左往している姿が実に気味が良かった。だが、このまま見殺しにするとどうにも重綱の予言が的中しちまう気がする。兵力を大幅に削るよりもあのガキ一人が死んだ方が前田利家の怒りに火を付け憎しみを呼ぶ結果になりそうだ。

 

 援護をしろ、と指示を出す前に突然重綱が一人で駆け出した。この状況で単騎駆け、死ぬつもりかと追おうとした俺を止めたのは側近である鬼庭綱元、指示の遅れた俺の代わりに成実が鉄砲隊に狙撃兵を狙って逃げ道を確保しろと指示を出す。あちらの鉄砲隊の腕もなかなかだが、こちらもそれに劣るとは思わねぇ。こちらの攻撃に袋小路に追い詰められた連中は次第に撤退を始め、攻撃を続けようとする馬鹿は前田軍にはいなかった。しかし、こちらの援護があっても攻撃を完全に防ぐことは難しく、しかも敵が逃げられないようにと入口付近の銃撃が尤も激しいせいか撤退がなかなか完了しない。

 

 ふと俺の頬に冷気が触れる。奥州のような冷たい冬の風、もう時期的には冬だとは言っても大坂の冬は奥州ほど冷たくはない。何だ、と戸惑った俺の目に飛び込んできたのは三方を囲むようにして作られていた真田丸の攻撃を阻止するように天高く聳える氷の壁だった。あれを作り出したのは間違いなく重綱だ、あんなもんを作り出して攻撃を止めたのは良い判断だったと思うが……あんな力の使い方をしたら身動きが取れなくなっちまうだろうに。

 

「行くぞ、おめぇら! あの壁に阻まれて敵はしばらく動けねぇ!! 重綱がお膳立てをしてくれた!! 行って、動ける奴らは一人残らず助けるぞ!!」

 

 俺の号令に軍が動き出す。正直に言うと前田なんざどうでも良かった、ただ重綱を助けたくて兵を動かした……小十郎には怒鳴られるだろうが、俺はアイツを失いたいとは思わない。敵の妨害はあったもののそれを蹴散らして辿り着いた時、あの糞ガキを守るようにしてその場に倒れる重綱の姿を見つけた。俺の馬はすかさず重綱の襟首を噛むと、そのまま自らの背に落ちるように糞ガキごと放り投げる。しっかりと受け止めた俺は、前田の連中が逃げられそうなのを確認するとそのまま撤退を指示した。真田の前にいながら逃げろと指示する俺の姿を奴はどう見ただろう。何か喧しく喚いていたが氷に阻まれて何も聞こえやしねぇ。だが、言いたいことは分かる。どうせ逃げるのか、とか、勝負に来いとかそんなことを言っているんだろう。真田の思考パターンなんざもう考えるまでもねぇ。

 

「見損なったぜ、真田幸村ァ!! アンタと俺の決着は一対一(サシ)で行われるべきだろうが!! アンタは俺が倒すべき相手、たかが十四年でアンタはどうでもよくなっちまったってのか!? こんな姑息な罠で俺の首を獲りに来るんじゃなく、アンタがかかってきな!! 俺はいつでもアンタと戦える時を待ってる!!」

 

 きっとあちらも氷に阻まれて俺の声は聞こえないはずだ。しかし、俺の言いたいことは伝わったんだろう。氷の壁をぶち破って俺の前に立とうとするが、隣にいた長曾我部と真田の忍に二人がかりで止められている。相変わらずの猪武者、この程度の挑発に乗ってくれる辺り蟄居で何もかもが変わっちまったんじゃねぇと安堵した。だが、今は真田を待っていてやるわけにはいかねぇ。ぐったりと意識を失う重綱を本陣に連れて行かなけりゃならねぇんだ。どうにも何発か弾を貰っている、早く医者に見せなきゃ命に関わる。再度撤退を指示しそのまま本陣へと駆ける俺に真田が声を張り上げて待てと言ったように聞こえた。俺は振り返ることもなくそのまま撤退をし、前田の本陣にあの糞ガキを放り投げた。

 

「馬鹿な真似をやりやがったことは家康に咎めてもらえ。だが、アンタを助けたコイツは俺にとって大事な奴でね、コイツが命懸けで助けたから生かしてやっているだけだというのを忘れるな。もし、コイツが死んだら俺は前田を全力で叩き潰しに行く……忘れるんじゃねぇぜ?」

 

 久しく出すことの無かった殺気を存分に叩きつけてやり、必死に頷くだけのガキに構うことなく今度は伊達の本陣を目指した。到着してすぐに医者を呼び寄せ重綱を託したところ、銃弾は二発食らっていたようで背と右足に食らってどちらも貫通していないと診立てられた。すぐに弾を抜いて傷を縫ったんだが、その間一度も騒ぐこと無くただ苦しそうな顔をするばかりで実に大人しいものだった。大抵こういう時は無意識に暴れるもの、だからこそ大人しいというのがかえって不安を煽っていられねぇ。

 

 結局この後豊臣は真田丸を守り通したものの他方からの攻めが成功したことによって戦は不利になり、和議という形を以って戦は終了した。大坂城をぐるりと囲む堀の水嵩を減らすことが出来たのが勝因となったのだが、その堀も同じことを起こさないようにと埋め立てられるらしい。

 

「独眼竜、前田を助けてくれたことを感謝する。甚大な被害を出したが利常は無事だった」

 

「そりゃ良かったな。だが、こっちには大きな痛手が残った。家康、重綱が死んだら俺は前田を叩き潰しに行く。俺が右目の代役に考えられる唯一の男だ、俺は俺の右目を抉る人間を容赦はしねぇ……そのつもりでいてくれ」

 

「あの状況を見過ごしたワシに、許してやれ、とは言えんな。だが、お前が敵になることだけは避けたいんだが」

 

 苦笑する家康とそれ以上のことは話さず、戦が終わったのならばこのままいる意味もないと早々に奥州に引き上げた。重綱自身は銃弾を受けてから三日後に目を覚まし、今も無理をさせねぇようにと安静にさせている。流石にこの無茶には俺も怒鳴ったが、重綱は

 

「利常殿が亡くなることで、あの未来が現実になると見えたのです。この泰平の世を崩すわけには参りません」

 

 と言って無茶をしたことにはこれといって何も考えていないようだった。怪我をしてねぇのなら殴ってやりたかったが、殴っても聞く耳は持たねぇんだろう。コイツも小十郎と一緒で頑固だからな……一度こうと決めたことは余程の間違いでもない限りは覆さない。何を言っても無駄だ、と諦めたものの……小十郎からの説教は免れられねぇだろうな。

 

 病人に無茶をさせたくはねぇんだが……ま、これもしょうがねぇな。重綱にとってもいい薬だ。

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