戦を終えて奥州に戻った俺達を出迎えた小十郎は、事のあらましを既に聞いているようで怪我が治りきってねぇ重綱に一刻ばかり説教をしたらしい。本人も病に罹って絶対安静を言い渡されてる身だというのに、説教をしている時の方が生き生きしているというのも考えもんだ。これ以上は互いに身体に触ると家臣が諌めに入って二人を休ませたものの、小十郎の怒りはしばらく続いていたってんだからな。テメェの代わりとして戦に向かわせた奴がこんな無茶をして、挙句に怪我まで拵えてきたとなりゃ怒りたくなる気持ちは分からなくもねぇ。だが、半分は八つ当たりであるのを俺が見抜いてねぇとでも思ったのかね。
「――……とまァ、戦はこんな調子だった。俺が出張るまでもねぇ戦だったが、おかげで前田にはデカい貸しを作ることが出来た。重綱のおかげだな?」
白石城の自室で横になっている小十郎ににやりと笑って言ってやると、アイツはとても渋い顔をする。重綱に手柄を立てられるのは小十郎としては面白くねぇんだろうな、竜の右目の代理としてでなけりゃそれなりに喜んだかもしれねぇが今回はそうじゃねぇ。それに、無茶をやっての手柄なんだから親としても複雑なもんだろう。
「しかし、真田もまた随分と成長したものですな。知略を考えるのは不得意とばかり思っておりましたが」
後に一体誰があれを考えて実行したのかと調べてみたら、何と西海の鬼の入れ知恵ではなく真田本人が考えた手であったらしい。あの猪武者がここまで考えて実行出来るようになったのかと思うと実に嬉しくなった。
「策そのものは大したもんじゃねぇ、ちぃと冷静になりゃ見抜ける程度のものだが……確かに相手を嵌めた手並みは見事だった。補佐に西海の鬼が付いていたようだが、あれだけ出来りゃ立派なもんだぜ。次の戦では楽しめそうだ」
「次、ですか」
目を細めた小十郎に、俺は頷いて答える。和議という形を取り大坂城は最大の守りであった外堀を埋められた。これで大坂城は丸裸同然、戦に耐えられる状態ではねぇことくらいは馬鹿でも分かる。しかし豊臣はきっと戦を起こすだろう。三度目の正直も結局敗れちまって終わった。今度は持てる全ての力を注いで倒しに来るはず……もう徳川と豊臣の因縁は和議程度じゃ納まらねぇほどになっちまってる。あちらも力を削がれた以上は死闘を覚悟で挑む、家康も別れ際にいつでも戦が出来るように用意だけはしておいてくれと言っていたからな。近々和議が破られることを予測しているんだろう。
「病はどうだ」
俺の問いに小十郎は黙って首を横に振る。一進一退、それを繰り返して結局良くも悪くもならない。何があっても治す、という意思が小十郎に無いのが一番の問題だと医者は言っていた。特に何事もなければもう治っていてもおかしくはないそうなのだが。
「次の戦にはお前を連れて行きてぇ。小十郎、もういい加減その病も治しちまえ。俺の右側に立つのはお前でねぇと落ち着かねぇ。……なァ、お前も溜まってんだろ? 次は激闘になる、早く良くならねぇと最後の戦まで逃しちまうぜ?」
無論、このような病など跳ね除けて右に立ちましょう、と小十郎は言わなかった。ただ渋い顔をして俯くそれは、何となくコイツも老いたんだなと思わせるものがあった。小十郎の場合、病んでいるのは身体でなく心の方か。心の病みが身体に来ている、こちらを解決しない限りはこの程度の発破じゃ効かねぇか。
「お前は一体何を望んでるんだ。かつてのような戦乱の世か。それとも真剣勝負を楽しむだけの武人になりてぇのか」
流石の俺も段々と嫌気が差して、こんなことを口にする。小十郎は俺のためにと今までいろいろと尽くしてくれた。だからこそそれに酬いるためにも、と地位も名誉も与えたつもりだ。元々小十郎はそれを欲しがっていた、きっと喜ぶと思っていたのに蓋を開けてみりゃこのザマだ。この泰平の世を持て余しているのは分かるが小十郎の望みが今ひとつ掴み切れねぇ。
「次が、右目として政宗様の傍らに立つ最後となりましょう。もう、政宗様の背を守る役目もそれで終わり……戦での政宗様の采配、お聞き致しました。小十郎無くとも戦は進められるのです、並の軍師が隣にいても伊達の不利にはなりますまい」
「Ah? 何言ってんだ、お前」
「関ヶ原の戦いの後より政宗様に白石城の守りを命じられ、今までこの城を守って参りました。……いつ、この役目は解かれるのでしょう。貴方の御側にはいつ戻れるのでしょうか。……小十郎の役目は、もう終わったのではないのですか」
小十郎の口にしたそれに俺は開いた口が塞がらなかった。どんなに俺に忠義を持っていても、テメェについて考えねぇ奴は一人としていない。もっと禄が欲しい、位が欲しい、一国一城の主になりてぇ……そんな欲があるからこそ努力をしているというのに、小十郎が口にしたそいつは俺の考えていることとは全く真逆だった。小十郎は竜の右目という二つ名を誇りにしていた。俺の右側に立てることが何よりの幸せなのだと。そいつは俺も分かっていたし、俺も小十郎が隣にいることに安堵を覚えていた。が、それとこの待遇に関しては別のことだと割り切っていたというのに……まさか今になってそんなことを言われるとは思っちゃいなかった。
気が弱くなった病人の戯言、と流してやれりゃあ良かったのかもしれねぇ。だが、これを小十郎が言ったとなりゃ俺も堪らない。小十郎の胸ぐらを掴んで無理矢理身体を起こし顔面を殴りつけた俺は、己の短絡的な行動に苦々しくも思ったがそれでも殴らずにはいられなかった。
「俺が白石城を任せた意味……お前何にも考えてねぇんだな。この城は青葉城にとって守りの城、他の勢力から攻め込まれた時に要になる城だ。今回の戦で言えば真田丸ほどの重要な意味を持つ城の守りをお前に任せている……分かるか、この意味が」
「政宗様」
「お前が、ここで務めを果たすことは俺の背を守るのと同義だ!! この城を任せられるのはお前しかいないと見込んだからこそお前に委ねた!! お前ならば俺の背を立派に守り抜くことが出来ると……それを、何故俺の右目が分からねぇ!!」
これが俺の本音、地位や名誉をくれてやりたかったこともあるが、それだけならこの城の城代を任せることはまずしない。離れていても小十郎が守っていると分かれば俺も安心出来る……距離が出来たからと心は変わらねぇ、そう思っていたってのに……コイツの目はここまで曇っちまっていたのか。
いや、曇らせたのは紛れもない俺だ。怒りのあまりに突っ走る直前の読み違えから何かが狂っちまっていた……それは俺だけでなく小十郎も然り、コイツは俺の七本目の刀だと吼えておきながら俺は手入れをすっかりと怠っちまったようだ。なら、曇った刀身をもう一度叩き直さなけりゃならねぇ。火を入れて叩いて、また刀身の曇りを取ってやらなけりゃ。
「小十郎、片倉の家督は重綱に譲れ。お前は隠居をしろ」
きっぱりと言い切った俺に小十郎が驚愕という顔をする。だが、小十郎に申し開きをさせるつもりは俺には全くねぇ。
「隠居後、お前は青葉城に上がり俺の政務を手伝え。……どうにも俺は思い違いをしていたようだ、七本目の刀は手入れをせずとも曇り知らずである、とな。だが刀は刀、手入れを怠れば曇り鈍になる。今のお前は鈍そのものだ……だから俺がもう一度、火を入れて叩き直してやる。曇りなき刀身へと戻してやる。お前にはまだまだ生きて俺を支えて貰わなけりゃ困るからな。いいか、次の戦までには最低でもその病を治せ」
「はっ……承知致しました」
真剣な声色に交じる歓喜……どうやらこいつは叩き直すまでに時間がかかりそうだ。小十郎にとってはこの城も地位も、下手をすりゃ家族さえも足枷に過ぎなかったのかもしれねぇな。考えてもみりゃ俺さえいればそれで良かったような人間だ、俺の側にいさせて好きなように畑仕事をさせてやった方が真剣勝負を楽しもうと狂うことも無かったかもしれねぇ。こんなに早く泰平が来ると信じていれば俺ももう少しやり方を変えた。いや……俺すらも信じていなかったのならこれも仕方がねぇ話なのかもしれない。
これで小十郎も立ち直るだろう。なら、次に見舞うのは重綱の方か。家督を継ぐことを話しておかなけりゃならねぇ。小十郎をそのまま休ませて俺は今度は同じように床に臥せっている重綱を見舞う。顔色は小十郎よりも悪く、痛みが続くと苦しそうだが俺を見て微笑むことが出来る気力があるのなら大丈夫だろう。起き上がろうとしたそれを止めて、負担にならねぇように髪を撫でてやる。
「どうだ、具合は」
「今日は、多少痛みが柔らかくきちんと眠ることが出来ました。食欲も戻って参りましたし、順調に回復をしていると医者からも言われております」
「そうか、なら怪我が治ったら片倉の当主として立たせても問題はねぇな」
目を丸くする重綱の顔が小十郎と重なって、それが非常に可笑しくなっちまった。全く、こういうところは親子だな、リアクションが同じと来てる。
「何か……父は不興を、いえ、私のせいでしょうか」
「いや、そうじゃねぇ。今の小十郎を片倉の当主としておくには不足と考えた。アイツは、俺の隣にいねぇとどうも駄目らしい」
俺の説明に不安げな顔をしていた重綱は、何処か納得したように頷いてみせた。
「そう、でしょうね。父は政宗様の御側でなければ生きることすら見失ってしまうのでしょう。戦のあった頃はそれが当たり前であったと聞いておりますから。……戦、とはそれほど楽しいものなのでしょうか。私には分かりませぬが、戦場にいた父は実に輝いていたと。政宗様の御背を守っていた頃が最も生き生きしていたとも」
家臣の誰かが話していたのかもしれない、戦場の小十郎を。確かに今の小十郎と比べりゃ戦があった頃の小十郎は格段に輝いていた。獣のように獲物の前で目をギラつかせ、牙を剥き出しに襲いかかっていったあの様は今でも色鮮やかに俺の記憶に残っている。片倉小十郎という獣は俺にとって誇るべき宝であり、獣であるからこそ右目とするに相応しいと思った。……そう、あの頃は。今は右目にしたことを後悔している、というわけじゃねぇが、少なくともあの獣性を肯定し続けたことを後悔していることは間違いない。今の小十郎は平和の中で生きることが難しい。人としての面をもっと伸ばしてやれれば少しは変わっていただろうか、と思っちまう。
「此度の戦、私は怪我を負ったことで直接誰かと切り結ぶことを経験せずにいられました。未だこの手は綺麗なままです。ですが、次に起こる戦では同じようにはあれませぬ……人を斬って、私は私のままでいられるでしょうか。政宗様、私は父にはなりたくないのです」
不安げに向けられるその目に、俺はただ苦笑を漏らした。親不孝なことじゃねぇか、と普通の奴が親ならそうも言っただろう。だが、相手が小十郎ともなると重綱の気持ちが分かって困っちまう。確かに小十郎にはなりたくねぇだろうな。何も小十郎の全てを否定しているわけじゃねぇ、あの獣に振り回されてどうにもならなくなっちまっている小十郎にはなりたくねぇと言っているんだ。長い間ずっと小十郎の様子を見続けてきたからこそ出る言葉である、というのは分かる。だが、こいつは案外平気なんじゃねぇのかとも思う。
「お前は何のために戦に出る。俺が出ろと命じたから戦に出るのか」
「違います、政宗様が御命じになられたから参じたのではありませぬ」
「お前にはお前の信念があって戦に出たんだろ? なら大丈夫だ、そいつが揺らがねぇ限りお前はお前のままでいられるさ。もし、どうしても狂いそうになっちまったら俺のところへ戻って来な、ぶん殴って正気に戻してやる」
にやりと笑ってみせると、ようやく安心したような顔をした。狂っちまうことが不安、か。あの戦乱の世では疑問にも思わなかった悩みだ。あの頃は戦場に出て当たり前のように暴れるのが普通、戦って人を殺してそいつが評価された。今でこそ戦が遠い存在になって人を殺すことが罪でしかなくなっちまったからそう思うのかもしれねぇ。いや……そうじゃねぇのかもしれねぇな。小十郎だけではなく、この俺もまた何処か狂っちまっているのかもしれない。己で認識している狂いなど僅かなもので、実はどうしようもねぇほどに狂っちまっているとしたら? 戦場で感じた高揚感、そいつを再び次の戦で感じたとしたら……俺は狂うことを恐れて目の前に現れた重綱を殴り飛ばして正気に戻してやれるだろうか。寧ろそれを肯定して小十郎の狂気同様肯定しちまんじゃねぇのか。お前はそれでいい、そう言って重綱を鬼にしちまうんじゃ。
「政宗様」
重綱に呼ばれてはっとする。つい考え事に没頭しちまったようだ、と少しばかり気まずくなる。無論それは噯にも出さなかったが、俺の考えなどお見通しだとばかりに重綱は柔らかく笑ってみせた。
「もし、政宗様が私よりも先に狂ってしまったら……私が殴りに行きます。殴って正気に戻します」
「Shit! 本当、お前って奴は……俺の心を読むのは親子揃って同じだな。何だ、俺の心を読める力もあるのか?」
少しからかい気味に言ってやると、重綱は笑って首を横に振る。俺が分かりやすいだけか、と思うのも少しばかり不愉快だったのでそれ以上何も言わずに頭を撫でてやった。とろとろと眠っちまいそうな顔をする重綱に眠っちまえと言い、髪を撫でながら眠りに落ちるのを待つ。あまりにも幼子のように安らいだ顔をするので可笑しくなっちまったが、それでもこの表情を維持させてやることが出来るのかと思うと俺の胸中は少しばかり穏やかではいられなくなる。小十郎と同じ道は歩まない、それがコイツが選んだ道なんだろう。何を考えているのかは小十郎以上に分からねぇ、だが、選んだ道が平坦な道でないことだけは何となくだが予想出来る。コイツも小十郎と同じで道の選び方は上手くねぇ。そこは要領良くやればいいのにと思っていてもそいつが出来ねぇ。だからこそ小十郎なのだ、と言ってしまえばそれまでなのだが、名前だけでなくその気質まで受け継ぐことは無かったのにな。
「政宗様」
鈴が鳴るような声に振り向くと、薬湯を持った千代が控えていた。重綱よりも二つほど若いこの娘は重綱の愛妻であり、常に柔らかな表情を浮かべる重綱が本心から柔らかい笑みを見せる娘でもある。小十郎と同じになりたくねぇと務めて穏やかな表情でいるのは俺も分かっているんだ、作り笑いで接していると分かるのはこっちも気分が良くねぇが、それでも親父のコピーに見られないようにするための苦肉の策であるのが分かるとそれを咎める気にはならず、逆にささやかな抵抗が可愛らしくさえ思えちまう。そんな中で唯一心を許し本心で表情を作れる相手……小十郎の妻であった蔦とは真逆にこの娘も実に穏やかな顔をしていた。
小十郎の妻である蔦は家族に関心が持てない小十郎にかなり手を焼いていたようで、武士として出世をするために嫁が必要だから娶った、俺が跡取りを持てと言うから子を作った、と家族を利用するためのモノとしか見ていないことにかなりのストレスを抱えていたらしい。それとなく俺も大事にするようにと言ったんだが、当然小十郎の反応は俺が大事にしろと言ったから大事にした、と役目の延長のようなものでそれが尚更蔦には耐え難かったようだ。小十郎と共にいることに疲れ果てた蔦は四人の子を産み、その後は少しずつ少しずつ衰えて、最後は花が枯れるようにして散ってしまった。すべき役目はもう終えた、ならばもうここで終わりにしても良いだろうと言わんばかりの死に方であったように思えてしまう。小十郎は涙の一滴も零さずに妻の遺骸をじっと見ているだけだったが、アイツは何を考えていたのだろうと今になって思う。悲しいと抱き締めて泣いて詫びるというのは小十郎には似合わな過ぎて考えられねぇ、だが、何も感じていないのかと言えばそうではなかったと思う。後に重綱から聞いた話だが、葬儀を終えるまでずっと小十郎はいつもの仏頂面のまま片時も離れずに死んだ妻の側にいたという。特に何も思わずにしれっとした態度でいるのならばぶん殴ってやるつもりだったが、小十郎は小十郎なりに実は大切に思ってたんじゃねぇのかと……千代を見ていると何故だかそんな風に思えちまう。我ながら都合の良い想像だとは思うがな。
「重綱なら今眠った。悪かったな、夫婦水入らずを邪魔しちまってよ」
にやりと笑って意地悪く言ってやると、千代は頬を染めてそのようなことはございません、と言った。この娘も蔦と違って隙が多く可愛らしい。重綱の嫁になるにはある意味相応しい女だと俺は思う。小十郎の息子として過度に期待を掛けられる中でそいつを感じることなく側に寄り添ってくれる女……重圧に押し潰されそうになった時こそこんな女に側にいてもらって甘えたいと思うんだよなァ……。俺も、愛じゃどうにも……いや、そいつはともかくとしてだ。
「随分と腹が膨れてきたな。体調は落ち着いてきたのか」
「ええ、おかげさまで……一時期は辛かった悪阻もすっかりと落ち着き、今は子が生まれるのを待つばかりです。義父上も孫の顔が見れると楽しみにしておられますので……少しは持ち直して下されば良いのですが」
「小十郎が? 孫の顔を?」
困ったように笑う千代に、思わず聞き返しちまった。小十郎が孫の顔を楽しみにしているなんざ初耳も良いところだ。そんな話、一度だって聞いたことはねぇ。重綱でさえ言わなかったそれは口止めでもされていたのだろうか。
「アイツ、そんなことは一言も口にしたことがねぇぜ? 孫の話題を振っても素っ気ねぇ態度をするばかりで興味を持っているとはお世辞にも」
「ふふ、政宗様や重綱様の前ではそうでしょうね。年甲斐もなくはしゃぐ姿など見せられないと、きっと仰られるでしょうから」
ますます分からねぇ。そりゃ、小十郎は少しでも俺の手本になるようにとだらしのねぇ振る舞いは徹底してしなかった。重綱にも同様で、俺以上に厳しく接していたはずだ。妻もだが我が子にも興味がねぇ、そう思っていたのに思わぬ話にこちらの理解が追い付かない。
「義父上は、とても分かり易くて分かり難い方なんです。義父上は建前をひどく気になさるでしょう? だから思っていることとは真逆のことをしてしまう、喜んでいる時ほど素っ気無い態度を取り、悲しんでいる時ほど楽しそうに振る舞う――天邪鬼、と言ってしまえばそうなのですけど、でもよく見ていればそれが本当か嘘かはすぐに分かりますわ。義父上の目は嘘を吐きませんから」
この言葉に、俺は頭を鈍器でぶん殴られたような心地になった。ずっと長いこと、俺は千代よりも小十郎の側にいたはずだった。そう、小十郎は建前を気にして本心を表に出さない面倒臭ぇ性格をしていることも分かっていた。そうだ、蔦と所帯を持ったばかりの頃は本当は喜んでるんだろ、とからかっていたのに……いつからだ、俺はいつから小十郎の本心を見抜けなくなっていた。いつから小十郎が表に出したものが全て本心だと考えていた。
「なら、小十郎は」
「本当は、重綱様のこともきちんと可愛がりたいと考えておられるのです。けれど、今まで父親としての役目を放棄したのに今更どの面を下げて息子と接すればいい、と仰られて……このような時、義母上が居て下されば義父上も少しは違ったのかもしれませんが、それは義母上にとっては酷なのかもしれません」
蔦が亡くなる半年ほど前に嫁入りをした千代は、蔦が小十郎の許へ嫁いだことを後悔するような話も多く聞いていたという。もし別の相手ならば少しは幸せな人生を歩めただろうか、と、そのような恨み事とも取れるようなことを。
「……小十郎は、蔦を愛していたのか」
はいともいいえとも言わず、ただ寂しそうな顔で笑う千代は軽く目を伏せた。
「……誰も、義父上のことをきちんと理解して下さる方はおられなかったのですね。政宗様でさえも」
胸の奥まで抉られるような言葉、それに怒りを示して言い返すことが出来なかった。葬儀の時にちらりと見た仏頂面の小十郎は本当はどういう顔をしたかったのだろう。もう、蔦が死んでそれなりに時が過ぎた。小十郎の病はその後に罹ったもの……アイツも、蔦と同じように耐え切れなくなったのか? 誰にも明かせねぇ胸の内にあるものを持て余して、自然と病んでいった……俺は一体何を見ていた。何も見ていなかったのは俺の方じゃねぇか。
「なァ……俺が、小十郎を連れて行くと言ったらお前は怒るか?」
「え?」
「隠居をし、重綱に家督を譲れと言った。今の小十郎では片倉を背負うのは無理だ。もう一度俺の側で、竜の右目として七の刀として仕えさせようと思ってる。……それは、重綱にとって酷なことか」
俺の問いに柔らかく笑って千代はゆっくりと首を横に振る。だが、はっきりと良いことだとは言わなかった。ただ頭を下げて義父上を宜しくお願い致します、と言う姿は何もかもを見通した上でこれが最良なのであると飲み込んだ風に見えた。血の繋がりのある娘じゃねぇというのに、まるで実の娘のように見える。重綱だけではなく小十郎にとっても拠り所となれる娘なのかもしれねぇ。如何にも武家の女といった蔦よりも、千代のような女の方が小十郎は小十郎としていられただろうか。俺ァ、分かっているつもりで何も分かってなかったんだな。目を曇らせたのは俺の方、だとしたら小十郎を責めることなど出来はしねぇ。よくもまァ、このザマで天下を獲ると吼えたもんだ。全く、鄙の大名と誹られても文句が言えねぇ。
俺も今一度曇った視界を晴れさせなけりゃならねぇのかもしれねぇな。いや、そいつをしなけりゃならねぇ。これからまた大戦が待ち構えている。今度は真田との勝負が実現するだろう。実に十五年ぶり……曇らせたままの視界じゃ奴には勝てねぇ。真田幸村に勝つにはあの頃以上にクリアな視界がなけりゃならねぇ。己の右目すら見通せないようでは真田との勝負は負けも同然だ。
「城に戻る。……後で一等に良い薬草を届ける、そいつを煎じて二人に飲ませてやりな」
二人には悪いが、ここでのんびりと見舞いをしている余裕はねぇ。早けりゃ来年の春先にでも事は動き出す。今のうちにやっておかなけりゃならねぇことは腐るほどある。何もかもが手付かずで真田と対峙することだけは避けたい。泣いても笑ってもこれが最後の勝負……今度こそ、奴とは勝敗をつける。
頭を切り替えて白石城を出た俺の前に忍が書状を持って現れる。家康から届いたそいつはまさに俺が今考えていた戦の話だ。豊臣方が戦に向けての準備をしている節がある、夏には開戦となりそうだ、とあるそれには参陣するようにと気の利かねぇ命令まで添えられていた。奴との戦いが戻って来た……曇った視界に光が差した、そんな心持ちになった。