その後正月を過ぎ春になり、夏を迎える直前に再び大坂へと出向くことになった。小十郎は可愛げのないほど簡単に回復しちまい、たった一月程度で病が治るんならズルズル長引かせるんじゃねぇと頭を引っ叩いたのはともかくとして、だ。久しぶりの戦に小十郎の口元が歪んでいる。千代に浴びせられた冷水のおかげで俺は小十郎を正しく見れるようになっていた。建前を気にする小十郎が抑え切れない歓喜に震えている……これが俺が肯定し続けた獣の姿だと思うと、どうにもやるせなくなっちまう。
「小十郎、その面どうにかしろ。部下が怯えるだろうが」
「は?」
「戦が楽しみで楽しみで仕方がねぇって面してるぜ? 気持ちは分かるがその顔は抑えておきな。昔ならばまだしも、今の御時世その面は伊達以外の連中に見られると問題になっちまう」
俺の窘めを聞いていつもの仏頂面をする小十郎は昔と変わらずこういうところが単純だ。吐きたくなる溜息を飲み込み、代わりに小十郎の額を一発叩いておいた。
今は大坂城付近の宿場町で待機をしている。家康の計らいで特別に費用を負担してくれるというので甘えているんだが……ゆっくりと開戦まで湯治を楽しむ気にはなれねぇ。何故ならば、今大坂城には重綱が徳川の使者として向かっているからだ。内容はこの期に及んで和議を結ぼうとするもの、おそらく今回は面会もされずに門前払いを食うだろうとは話しておいたが、それでも良いから役目を任せてくれと重綱本人が申し出た。出過ぎた真似をするな、と説教をしようとする小十郎を諌めて躯になって帰って来ることだけは許さねぇと告げ、送り出してやったもののやはり不安は拭い切れねぇ。今頃重綱はどうしているのだろうか、そんな気持ちを抱えながらもう七日が過ぎた。これじゃ、まるで惚れた男の来訪を心待ちにする女と大差がねぇ、と自嘲しながらも最悪の知らせが来ないことをただ祈るしか無かった。
「政宗様、少しは落ち着いていただきたい。そのように座ったまま器用に貧乏揺すりなどされては家臣が不安がりましょう」
「Ah?」
小十郎に指摘をされて右膝を揺らして苛つくような態度を見せていたことに初めて気づいた。俺としたことが、重綱可愛さについつい気が立っちまっていたようだ。急いたところで事態が進展するわけでもなし、ならばここは気を静めるためにも風呂にでも入ってくるか。病み上がりの小十郎を誘って。
「小十郎」
風呂に行くか、と声をかけようとした時にタイミングよく兵が報告に現れた。重綱が戻って来た、俺の待ち望んだ報告が耳に入ってやっとそわそわとした気持ちが収まる。ややあって現れた重綱は傷一つなく、無事に役目が果たせたのだと分かってほっとしたもんだった。しかし、そんな俺の気持ちなど何処吹く風で重綱は珍しく機嫌が悪そうな顔をしてやがる。
「どうした、役目は果たせたんだろ?」
「……はい、上様が望む通りに交渉は決裂致しました」
「おい、気持ちは分かるが失敗することを望んでいたというような言い方をするな。いくらそれが本音であっても建前は必要なんだぜ?」
一応窘めてみるがやはり表情は変わらない。何が不満なのか分からねぇ、まさかとは思うが本気で豊臣が和議を結ぶとでも思っていたんじゃねぇだろうな。
「で、お前のその不機嫌な理由は何だ。すっかり親父と同じ面になっちまってるぜ?」
親父と同じ、そう言われて渋い顔をする重綱は、ぽつりぽつりと大坂城であった出来事を話し始めた。大坂城にまで無事に辿り着くことが出来た重綱を出迎えたのは猿で、豊臣の大将である秀頼は使者に会うつもりはねぇということを堂々と言われたらしい。重綱もこれは想定内だったからか特に食い下がることもなく、次は戦場にて相見えることになりましょうとそれだけを告げるとさっさと引き返そうとした。しかしここで猿が重綱を呼び止め、秀頼は会わないが真田は会うと言っているがどうすると聞いてきたという。重綱はその誘いに乗って大坂城へと入った……実を言うと、こういう展開になるんじゃねぇのかと思ってはいたんだ。もし徳川から使者を出せば真田も会おうという気にはならなかっただろうが、使者が伊達から来ているものだとするのならば真田も会おうと思うのではないのかと。根拠がこれといってあるわけじゃねぇ、全ては勘……だが今回はその勘が見事に当たったと考えて良さそうだ。
「……断られるとは承知の上ではありましたが、真田殿にもどうにか戦を回避するようにとお願いを致しました。しかし答えは否、もうどうにもならぬのだとそのように仰っておられたのです」
現状、豊臣は完全にやる気になっちまっている。言葉程度で上手く丸め込める状況ではない、それは重綱も分かっていた。無理に押すこと無く和議の話はそれで流したらしいが、どうしても聞きたかったことがあったらしい。あろうことかコイツは徳川に虐げられてずっと幽閉という憂き目にあった相手に向かって何故戦を起こすのか、とそれを聞いたと言うんだから小十郎以上の豪胆さだ。普通ならば刃を向けられてもおかしくはねぇ問い、しかし真田はそれをせずただ穏やかに笑って答えをくれたという。
「ただ静かに命を散らしたくはないのだと、今一度武士として戦場に生き命を散らしたいのだと……あの方は死ぬために戦をするつもりなのです。それに、豊臣に与する者らの大半はそのようなもの、本気でこの日ノ本を我が手にと考えている者はいくらもおりませんでした」
「死に花を散らしたい、か。なら余計に厄介だな、生きることを全く考えてねぇとなりゃ敵は鬼に化ける。ちぃと気を抜けばあっという間にこちらが食われちまう」
そういう目的であることは想像が付いていたとはいえ、本人の口からはっきりと聞いちまった対応も考えなけりゃならなくなる。戦の場合、生きて勝とうとする奴と死んで勝とうとする奴とでは後者の方がずっと勝ちを得やすい。生きることを目的の一つに数えない戦い方は時としてとんでもねぇ力を発揮するものだ。どんな無謀や無茶も押し通しちまう力がある、それに押されて壊滅的な被害を受けた、という例も決して珍しくはねぇ。死兵ほど厄介なものはない、戦の経験でそれを知っているだけに気が自然と引き締まる。真田幸村が鬼と化して戦場に出る……これほど高揚する話もねぇ。
「……政宗様、一つお聞きしたいことがございます」
「Ah?」
「政宗様は……此度の戦に関わる人間全てが戦を望んでいると思われますか」
重綱に問われたそれの意味を理解することが俺には出来なかった、反射的に当たり前じゃねぇか、と答えたそれが間違いであったことに気付いたのは重綱が酷く驚いた表情を見せたからだった。重綱が期待していた答えとは真逆のものを答えた……だが、伊達において戦場に出る連中は全て城で雇った人間ばかり、豊臣に与する連中もこの戦いを望んでいる。俺は嫌だ、とでも言うつもりだったのか? いや、重綱がそんなふざけたことを言わないのは分かっている。ならば、今の問いに何の意味があったんだ。
「報告は以上です……急ぎ、上様に報告をせねばなりませぬので失礼致します」
頭を下げてさっさと部屋を出て行く重綱を呼び止めることも出来ず、追って非礼を叱ろうとしていた小十郎を止めて問いの意味を考える。しかしいくら考えても答えは出ないままで……何となくすっきりとしないものだけを俺の中に残していた。
豊臣との交渉が破綻したことを理由に再び大坂城近辺で陣を張ることになり、夏を迎えた直後に開戦となった。前回の戦で和議を受け入れたあちらは徳川の突き付けた条件を呑み、城内の堀を全て埋められる形となった。本当は外堀だけ、という約束だったはずなのだが内堀まで完全に埋められてしまい、大坂城は籠城をする城には完全に不向きな城になってしまった。堀がないのならば侵入経路を絞ることは出来ない。真田丸を作って敵を誘い込むということも出来なくなる。となれば必然的に野戦に切り替えるしかなく、豊臣も野戦に切り替えて戦いを挑むつもりでいるようだ。
家康の奴、案外この状況を狙っていたのかもしれねぇ。奴は籠城戦は得意じゃねぇからあえて自分の得意な戦をするために堀を埋めて、連中の怒りと戦に発展するための理由を豊臣から引き出そうとしたのかもな。全ての堀を埋められて丸裸にされちまった大坂城では、埋められた堀を掘り起こす作業を行ったり浪人を集め直して人員の不足を補おうとしたりとそんな動きが頻繁に見られるようになったと貰った書状にはあった。徳川は豊臣に対し、浪人を解雇するかあるいは拠点を移すかのどちらかを迫ったのだが豊臣はそいつを蹴って戦をすることに決めた。埋められた堀も少しは掘り起こせたようだが戦に使える程度にはなっていねぇ。城攻めをされちまったらそれで終わり……状況は前回よりも格段に不利になっている。負け戦にしかならねぇと見て豊臣を離れた奴も多いというからな、こちらの勝ちは決まったようなモンだがだからと言って胡座をかくことは出来ねぇ。重綱に言った通り、戦を仕掛けようとしている相手はどれも鬼だ。命を惜しまず、その命が散る直前まで戦い続ける戦の鬼。こういう輩は一筋縄ではいかねぇと相場が決まっている。あちらは十万、こちらは二十万と数は倍ほどあるが、数さえ多ければ戦は勝てるというわけじゃねぇ。そいつは過去の戦で嫌というほどに思い知らされた。
前回は待機と前田の救出が主、今回はのんびりと本陣で様子を見守るわけにはいかなくなるだろう。それにこれが俺にとっても真田にとっても最後のチャンス、ここで雌雄を決することが出来なければもう次はねぇ。だからこそ、この戦は下手の打てない戦だった。
「小十郎、真田は」
「誉田村を拠点とし、迎撃の準備を整えているとの報告が……ですが、この場より更に程近い道明寺村では後藤又兵衛の部隊が進軍の準備をしていると」
「後藤……? 聞かねぇ名だな」
後藤又兵衛、そいつは元々黒田家の家臣であったらしいのだが黒田家が豊臣から追放されたと同時に家を離れて浪人になり、各地を放浪していた男であると小十郎は話していた。豊臣に仕えることを望んだというがあの竹中が相手にせず、関ヶ原の戦いが終わるまでの間ずっと豊臣に無視された存在であったという。念願叶ってようやくここに来て豊臣に仕えることが出来たようだが……真田との戦いの前に、煩わしい奴は排除しておきたい。
「……それと、先程徳川より伝令が参りました。道明寺、誉田の制圧を指示するものでしたが……忠輝様を総大将とし、政宗様には後見役として本陣に留まるようにとも」
渋い顔をして告げる小十郎に、俺もすぐには返事が出来なかった。真田との雌雄を決することを望む俺が本陣に残り、他の奴らに真田の首を持てと命令をする……これほどナメた話もねぇ。絆を口にする家康が他人の絆を取り上げようというその根性が気に入らない。だが、これが十五年若けりゃ俺も直接抗議に出向いて家康に六爪を堂々と突き付けただろう。それに無視しようと考えなかったのは忠輝の後見役、ということだ。
この忠輝、俺の娘の許嫁であり俺の息子になる予定の男だ。徳川との縁者になり伊達家の地位を盤石なものにしようと考えたからこその取り決めだが、今回はそいつが仇になったようにさえ思う。忠輝の後見役となるのは義父になる者であれば当然のこと、未来の息子になる男を放って戦場に出ることは有り得まい……奴の言いたいことはおそらくこうだ。だとしても真田との一戦を取り上げるとはいい度胸をしてやがる。
「家康は、俺に敵になれと言いてぇのか。真田との戦いを取り上げるとは……」
「その心配はいらぬと思いますよ、政宗様」
穏やかな、小十郎にも似たような声に眉間の皺を解いて声の主を見た。ほんの少しだけ笑みを浮かべる重綱は、俺に戦えるチャンスが来ることを告げている。その根拠は何なんだ、と言うのは意味のないことだ。アイツはおそらく俺と真田が戦う姿を見たのだろう。
「この戦で真田殿は命を落とすことはありませぬ。すぐに、政宗様と雌雄を決する時が参りましょう。……政宗様、この一戦先鋒には重綱をお使い下さい」
「Ah? お前を?」
「先の戦では何の手柄も立てておりませぬ。それに、未だ片倉小十郎の名は父上にお返ししておりません。名に恥じぬ仕事をするのは当然のことかと」
笑ってそんなことを言う重綱の額を、俺は遠慮なしに弾いてやった。痛い、という顔をして額を押さえる重綱の本心がそうじゃねぇことくらいは分かっている。確かに戦に浮かれているところはあるが、それが見抜けねぇほど冷静さを失っているわけではねぇ。
「で? 先鋒にと言う理由は何だ。その下手な嘘で通そうとしたら絶対に認めねぇからな。納得出来る理由を話せ」
今までの態度を見て、その言い訳で通ると思うのは大間違いだ。コイツが戦を快く思ってねぇということを見抜いていないと思ってんのか。戦に狂うにしても前回の戦ではコイツは手を汚してはいなかった。場の空気に酔っておかしくなった、とそいつを口実にするのならば狂った目を嘘でもしておけってんだ。
「先鋒に私が出ること、その未来を見ました。……私が出なければ良からぬ未来を呼び込んでしまうことも」
「良からぬ……? そいつは何だ」
もう少し具体的に話せ、と言う俺に小さく首を横に振る。沈んだ表情で話せないと言うそれには苛立ったが、いいから話せと言わなかったのは珍しく小十郎が重綱の味方をしたせいだ。
「政宗様、それ以上問うてはなりませぬ。先見、というものは見たものを何でも正直に伝えれば良いわけではありませぬ。言の葉は魂を縛るほど強い力を持つもの、みだりに口にすることによって言の葉の持つ力に乱され悪しき未来を呼び込むこともあるのです。話せねぇというのは、そういうことだろ」
「はい、その通りです。本当は、先を見たことも告げるべきでは無かったのですが」
うつむき加減に目を逸らす重綱の様子を咎めることも出来ず、俺は小さく溜息を吐いた。小十郎には病に臥している間に重綱の能力については話をしている。そして俺の見解と同じように、一族の血が色濃く出たのでしょうとそうも言っていた。小十郎の親父は弱いながらも先見をすることが出来たとかで、片倉にはそういう奴がわりと多くいたそうだ。だから小十郎はそう告げられても驚くことをせず、ただ渋い顔をするだけだった。難儀な性質を持っちまったもんだ、とでも言いたげな。
「OK、分かった。なら立派に務めを果たして来い。だが、死ぬことは許さねぇぜ? 生きて戻って来い」
「…………。……御意」
軽く頭を下げてその場から離れていくアイツの間が気になった。何故即答で答えなかった、まるでありゃあ……これから死にに行くようなもんじゃねぇか。まさか、そういう未来を見たんじゃねぇだろうな。
咄嗟に動いて重綱の腕を掴む。俺に突然掴まれて驚いた顔をする重綱の胸ぐらをしっかり掴み、俺はその疑問を口にする。だが、結局重綱は何も答えない。沈黙こそが肯定、と先鋒を取り止める旨を告げようとしたら小十郎にしっかりと背後から口を塞がれて引き離されちまった。
「早く行け、ぐずぐずするんじゃねぇ」
「申し訳ございません」
今度は駆けて離れていく重綱を呼び止めることも出来ず、俺はそのまま小十郎に引きずられるようにして床机に座らせられた。こんな無礼を働いて普通なら切腹を申し付けるところだが、やったのは小十郎だ。これを非礼と言うのならば切腹しますが何か、とでも言いたげな顔をされるとこちらもだったら望み通り腹を切れ、とは言えなくなる。それにコイツ、本気でやるから頭が痛ぇ。過去何度切腹騒ぎを起こしてそれを諌めに行ったことか。どうせポーズだろうと放っておくと腹を本気で切るからな。一度やられて青褪めたこともあった。ま、この俺に冷や汗を掻かせた罰として、小十郎には一月の間畑仕事禁止という厳罰をくれてやったが……どうやら今回もその罰が欲しいようだ。病が治ってからはかつてのように畑仕事に勤しんでいることくらい分かってんだ。
「お前、畑仕事禁止の罰が欲しいみてぇだな。今回は半年程度くれてやろうか?」
「八つ当たりはお止め下さい。先鋒に、我が配下を送りましょう。重綱を守るようにと命じ、死しての帰参をさせぬようにと命じます」
「それもアイツの見た未来に折り込み済みだったとしたら?」
尚も食い下がる俺に小十郎が溜息を吐く。全く、駄々を捏ねやがってと言わんばかりの面がやはり腹が立つ。ぶん殴ってやろうかと思ったが、小十郎は臆さず俺に向かってこんなことを言った。
「信じて待つ、これも大将には必要な資質ですぞ。人の思いもまた未来を揺るがす力を持ちます。必ず生きて戻る、そのように信じれば重綱の見た未来とは異なった未来を運ぶやもしれませぬ」
「信じて待て、か。HA……それが出来れば止めに入ろうなんざしねぇよ」
テメェのガキだというのに随分と冷静じゃねぇか、と悪態を吐くことは止めた。それを口にしたところで無意味であることも分かっている。そして悪戯に小十郎を傷つけるだけの文言であることも。
「弱りましたな、政宗様はこの小十郎の力すらも信じてはおられぬご様子。尤も、長らく病床に臥した小十郎が言うことではありませぬが」
「Ah?」
「重綱は、この小十郎の息子ですぞ? 敵に首を簡単に獲られると、本気でお考えではありますまい」
にやりと笑う小十郎に、俺は白旗を揚げるしかなかった。なるほど、子供の実力を信じているから心配はしねぇ、と言うのか。全く……そういう態度は日頃からやっておけってんだ。いつも興味無さそうな面しておいて、こんな時だけ親の顔して親馬鹿を見せやがる。本当に面倒な奴だ。
「OK、ならお前の配下に伝えておけ。『お前を信じるから必ず生きて帰って来い』とな」
「御意」
俺の側を離れる小十郎の背を見て小さく溜息を吐いた。先見をすることを知っても冷静でいられるあの神経が分からねぇ。いや、今見えているものが本当とは限らねぇか。千代に窘められたばかりだしな。
この後、俺は伊達の陣営を出て小十郎と共に徳川の陣営に入り、総大将を務めている忠輝の隣に立った。総大将という重い役目にコイツはすっかりと縮こまっており、コイツが俺の娘と所帯を持つのかと思うと情けなくも思った。とはいえ、戦なんざ経験したこともねぇ奴が総大将になればこんな反応なのかもしれねぇな。そもそもコイツは家康の息子ではあるが跡取りというわけでも何でもねぇんだ、俺とは違って大将としての心構えが無くてもおかしくはねぇ。
「しっかりしな、総大将! この俺が後見人に付いてる。お前を全力で補佐してやるから思う通りにやりな」
「は、はい、宜しくお頼み申し上げる」
すっかりと緊張しきって声も裏返ってやがる。こりゃ、お飾りにしてこちらで動かした方が効率は良いのかもしれねぇな。ともあれ先鋒で出た重綱のこともある、ここでただ後見役に徹するわけにもいかねぇだろう。後藤とか言う奴は知らねぇが、裏には真田がいる。真田の本質は猪武者、あんな策で敵を翻弄するよりも戦場に出て戦うことを好む。つまり――真田もまた野戦が得意、ということだ。
忠輝が徳川の軍師と共に打ち出した方針は進軍する軍勢を先発隊と後発隊に分け、先発隊が主に前線に出て戦い後発隊が後方支援を行うというもの、何を考えてそういう攻め方を選んだのかは今ひとつはっきりとはしなかったが、こんなやり方をしてもこちらの方が人数が多いこともあり不利になることはないだろうと特にこれといった口出しはせずに状況を見守ることに徹した。
半時ほど経過をして本陣に飛び込んで来た一報は、先発隊が後藤率いる軍勢と交戦したという話だ。そして更に一時が経過して、今度は大将である後藤又兵衛の首を重綱が討ち取ったという報告だった。どうやら後藤の軍勢はこちらの先発隊が動いていることに気付いておらず、囲み討ちにされたとかでしかも相手に気取られぬように奇襲をかけるよう提案をしたのは重綱であると聞かされて流石の俺も口元が綻んじまった。戦を知らねぇ初心な子供、とそういう気持ちが何処かにあったが、そんな活躍が出来るんなら一人前と認めていい。小十郎も仏頂面してるが何処か嬉しそうでそわそわしてやがる。ったく、少しは表情を崩せば良いのに体面ばかり気にしやがって。
だが、問題なのはこの後だった。順調に後藤の隊を潰した先発隊の前に現れたのは真田が率いる一軍、数の上ではこちらの方が圧倒的に多く、重綱も隊を二分して真田隊を鉄砲で挟み撃ちにしたと報告を聞いたが真田が撤退を始めたという話を聞いて嫌な予感を覚えた。しかも毛利の軍勢が真田に加勢すべく誉田村に向かっているという報告もあり、合流されれば危険な展開になる。それこそ先発隊が全滅するくらいの展開は招きそうだ。そしてもう一つ、後藤が死ぬ間際に先発隊と後発隊を分断させているらしく、今戦えるのは先発隊しかいないということになる。
「忠輝、今の状況を聞いてどう思う」
「ど、どうとは」
不安そうに見上げるその表情に小さく溜息を吐いた。これは駄目だ、使えそうならば、と思ったがこの調子ならお飾り以外に使い道はねぇ。手柄だけくれてやって徳川の顔を立てておく……そうするしかなさそうだ。
「誉田村に毛利が加勢に来ている。その数は一万二千、そこに真田の軍勢が加わりゃ先発隊は太刀打ちが出来なくなる。軍を動かす、お前はそこにいて事の成り行きを見守りな。小十郎、出るぞ。伊達を動かせ」
「お、お待ち下さい! 総大将たるこの私がこの場で見ているだけではなりますまい!」
だから連れて行け、とでも言うつもりだったのだろうか。だが、俺はそいつを聞いてやることはしなかった。何故ならばそれに続く言葉を完全に殴り飛ばすことで封じていたからだ。この報告を聞いて何も判断出来ねぇ奴が責務を果たそうなんざ片腹痛い。のこのこと前線に出られても忠輝の命を守ってやることなど出来やしねぇ。それに、悠長に教えをくれてやることも出来ねぇからな。
「そこにいろ、こんなことをやっている時間も惜しい。前線に出て俺が指示を出す、お前はそこにいて事の成り行きを見守れ。もし、こちらが瓦解したという報告を受けたら即座に撤退を指示しろ。……いいな」
反論など許さねぇとばかりに殺気を叩き付けてやると、奴は必死に頷いて俺達が出て行くのを見守るだけだった。いろいろと言いたいことはあるが今は目の前の戦に集中しなけりゃならねぇ。俺達のやり取りを気にせず兵に出陣の号令をかけていた小十郎は鉄砲隊を主に配備していた。真っ向から遣り合っても勝てる、そんな根拠のねぇ過信はしねぇ。真田が撤退を命じた、この状況は何故か前回の戦を彷彿とさせる。前田を挑発して思う場所に誘導した、あのやり口を。
「小十郎、真田は誉田村まで撤退をすると思うか」
「最終的には村まで撤退を致しましょう」
最終的……やはり小十郎も俺と同じことを考えているか。病ですっかり衰えちまっていたらどうしようかと思ったが、この読みは変わらずで助かる。鉄砲隊を多く配備したのも真田が何処で仕掛けるつもりかを把握していたからだろう。もし槍や刀を持った連中を揃えていたら俺が鉄砲隊を多く配置しろと命じたところだった。
「道明寺と誉田の途中、人の手が入らず繁茂している場所があると軍議で話が出ておりました。どの程度のものかは分かりませぬが、身を隠すことが出来るほどのものであれば迂闊に近づくのは命取りになりましょう」
「遮蔽物があれば鉄砲は使えねぇぜ?」
「この一帯に森は無く、遮蔽物となるようなものは何もないと調べは付いております。それに」
「向こうには武田の副将を務めた奴がいる……鉄砲隊を率いるのはそのためだな? 奴が罠を仕掛けている可能性を考えてのことだ」
真田の側近にして総大将の地位を一時任せられた真田が副将の役職を与えた男、猿飛佐助。怒りに我を忘れて突き進んだあの時ですら、あの猿の手並みはなかなかなものだと舌を巻いた。奴の本職は忍、本来なら副将なんて立場を任せられる身分でもねぇ。警戒すべきはあの男の策略ではなく見通しの悪い草原に仕掛けられた罠の方だろう。なるべく草原に飛び込まずに敵を倒す……待て、まさかとは思うがこいつ……
「お前、先発隊を囮に使うつもりか?」
どんなに遠距離での攻撃が叶ったとしても敵が何処かに隠れていて見えなけりゃ意味がねぇ。先発隊にわざと踏み込んでもらい、敵が襲いかかってくるのを待つ……当然先発隊は不意を討たれる形になるから命はねぇが、敵を殺すことならばまず出来るだろう。
「理想は先発隊が罠にかかった直後に到着をすること……その状況に合わせることが出来れば被害を抑え敵の殲滅を行うことが出来ます。政宗様、今は一刻の猶予もございません。問答は後程にし、今は急ぎましょう」
「テメェ……状況によっては仕置きを覚悟しろよ。重綱まで死んだら畑仕事生涯禁止だけで済むと思うな」
「……っ、無論、甘んじて受けましょう」
コイツ、畑仕事生涯禁止で一瞬絶望的な顔しやがった。そこは我が子が死ぬかもしれねぇというところでそういう顔をしろよ、馬鹿が。ったく……いや、小十郎の言う通り問答をしている時間が惜しい。想像通りの仕掛けをして来やがったら洒落にならねぇ。全軍を率い急いで本陣を出て道明寺村を追い越し誉田村へと向かう道を急ぐ。前方より聞こえる音は戦の音、そして派手な爆発音も辺りに響いていやがる。何も遮るものがないから火の手が上がっているのも見えるときた……形振り構わねぇ戦い方をしやがって、先発隊は無事か? 伊達の人間は……重綱は。
不意に頬に感じた冷気に重綱の気配を感じた。死んでいたら、と頭に過ぎっちまったがその考えはこれで否定をされた。やっと戦の様子が肉眼ではっきりと捉えられるようになると、猛攻を仕掛ける真田の軍勢と押されながらも必死に戦う先発隊の姿が見えた。弾込めを指示し、後は鉄砲が当たる範囲にまでひたすら馬を駆けさせる。
「先発隊、全軍撤退だ!! 撃ち殺されたくなけりゃすぐに引きな!!」
俺の声に全員が撤退を始める。それを追い始めた敵に向かって味方の隙間を縫うように射撃を開始する。敵もこの銃撃には堪らず撤退を始め、草原の間から無数に生える太い氷柱に身を隠してやがる。あれはおそらく重綱が作ったもの、氷柱に串刺しにされて絶命しているのがいくらも見える。それ以前に夏であるのに自然に氷柱が地面から生えることは有り得ねぇ。誰かが意図的に作り出したもの、それも氷の力で作ったと考える方だ自然だ。
「身を隠す遮蔽物になっちまってる……くそ、あれをどうにかしなけりゃいくら撃っても無駄だ」
「ご心配には及びません、どうか氷柱を狙っていただきたい。今にあの氷柱はまとめて崩れますゆえ」
穏やかなその声に視線を向けると、傷を負ったのか左手を血に染めている重綱が立っていた。大丈夫か、と声をかけようとすることを制した重綱は、俺に狙うようにと指示を出せと目で合図し反撃の機会を伺う連中が潜むその場所を見つめる。
「全員、氷柱に照準を合わせろ!」
俺の合図で一斉に銃を向け、更に合図を待つ。ゆっくりと右手を天に掲げた重綱は、一度ぐるりと戦場の様子を見回し、そしてわざと音が響くように指を弾いた。ぱちん、という軽い音と共に氷柱は一瞬で氷の粒に変わる。身を隠していた敵は突然のことに誰も対処が出来ず、ただ呆然としていた。
最高の演出じゃねぇか、こりゃあ戻ったら褒美の一つもくれてやらなけりゃ俺の気が済まない。俺は大きく息を吸い込み、そして高らかに待ちくたびれる連中に合図を出した。
「撃て!!」
一斉に鳴り響く銃声は轟音であり、その音が心地良くさえある。一瞬対応が遅れてしまったことが命取り、まともに銃弾を浴びて血を噴きながら踊り狂う敵の姿が俺の心に狂気をそっと齎す。飛び込んで刀を振るい、思うがままに雌雄を決してしまえ。そこに獲物がいるだろう、待ち望んだ最高の舞台がここにある。さァ、何もかもを放り投げて真田との勝負を――
「政宗様!!」
誰かに怒鳴られてはっと我に返った。そしてその直後に左頬に走った痛みは想定外で、踏ん張ることも忘れてそのまま落馬をしてしまう。殴られた、と気付くまでに少しばかり時間をかけてしまったのが憎らしい。小十郎のような声、だが小十郎ではなかった。……ああ、なるほど。そういうことか。
「テメェ……っ、政宗様に何をしてやがる!!」
飛び起きて俺を殴り飛ばした男の胸ぐらを掴み腕を振り上げる小十郎を止めた。俺を殴ったのは重綱、開戦前銃撃を受けたコイツと話していた内容をコイツもしっかりと覚えていた。狂いそうになったら殴りに行く……まさか本当に殴られるとは思わなかったが、約束を果たす辺りが可愛いもんだぜ。
「Thanks、重綱。おかげで目が覚めたぜ」
にやりと笑って馬に飛び乗った俺を見て重綱が優しく笑っている。何となくだが小十郎の表情と重なって可笑しくなっちまった。頭を撫でてやり怪我の治療をしてもらえ、と下がるように促すと重綱はそのまま首を横に振って静けさを取り戻した戦場をじっと見つめるだけだった。まだやれる、と言いてぇんだろうが、左手から滴り落ちる血は止まってねぇ。存外深手を負っているのではないのか。
「まだ引く状況ではありませぬ。それに、現状で下がることは無理からぬことかと」
遠巻きに見えたのは新手、毛利軍だ。出来ることならここで片を付けてしまいたいと思ったがやはり上手くは行かなかった、か。ま、俺としてもこんなところで真田に死なれても困る。奴と剣を交える舞台はここじゃねぇ、そう状況が言ってるんだ。
「真田、いるんだろ。出て来い」
俺の呼びかけに草むらから姿を現した真田に鉄砲隊が銃を向ける。それを下ろさせたのは小十郎、ようやく相対することが出来たrivalに口元が歪むのが抑えられねぇ。ちぃと老けたがそれでも衰えたような感じはねぇ。そればかりか覇気が上がって王者の風格というものを生意気にも身に付けるようになっていた。あの頃の真田も良いが、今の真田と出会いたかったと思う。かつての真田は甲斐の虎の後をくっついて歩くだけの小僧で将としての覚醒もしていなかった。その状態のまま甲斐の虎は病床に臥し、真田は結局何かを見出すことが出来ねぇまま泰平の世を迎えて人里離れた場所での蟄居を余儀なくされた。この十五年、どういう生き方をしてきたのかは分からねぇ。だからこそ、この十五年が惜しく思える。こんなに変わっちまえるのならば、六爪を引っ下げて戦いに行くべきだった、と。
「お久しゅうござる、政宗殿。未だ、某との勝負を覚えていて下さり感激致しております」
「堅苦しい挨拶は抜きだ、俺らにそんな野暮は必要ねぇだろ? アンタは俺のGOAL、そいつは今も昔も変わらねぇ。アンタはどうだ」
「無論、某も政宗殿と雌雄を決することを忘れてはござらぬ!! 我が生涯を掛けて槍を振るうに相応しき相手……それが貴殿、政宗殿でござる!!」
本当に嬉しい事を言ってくれるもんだ、互いに立場は変わっちまったがそれでも求めるものは同じ、か。やはり俺の戦はこの男との勝負が決まらねぇうちは終われねぇ。どんな状況であっても結局俺が望むのは真田との勝負、何処までも馬鹿で困る。今はもう、あの頃ほど簡単に物事を割り切って突き進めるほどの若さも無くなっちまったってのにな。奴も同じ……俺との勝負を望む、か。
「なら、誰にもその首獲らせるんじゃねぇぜ? その首を獲るのはこの俺だ」
「無論、目的を成すまでは誰にもこの首を獲らせは致しませぬ。政宗殿、貴殿の首は某が獲る! この勝負、貴殿に預ける……次に相見える時に言葉は不要、この槍にてお相手致す!!」
「OK、真田幸村! 首を洗って待ってな!!」
俺の答えに満足したように笑って姿を消した。あの忍が真田の姿を消したのだろう、連中はこの場から退却をした、生き残った奴がこの場にいるかもしれねぇが大将がこの場から去った以上退却を始めるだろう。奴らの行き場は誉田村、このまま押し込んで勝負を決めちまっても良いが……そいつはあまりにも面白く無い。それに、こちらの忍が何か良い情報を持ち帰って来たようにも思える。それはおそらく真田にとっては良からぬ情報だ。
「政宗様、若江での戦闘は徳川が勝利したと報告が。八尾で長曾我部と対峙した軍は壊滅、あの西海の鬼もまだ衰えてはおらぬようです」
一勝一敗、というとこか。長曾我部が勝ったというのならばあの鬼は次の獲物を狙って動き回っているところか? それとも若江で徳川が勝利した一報を受けて城に引き上げたか……
「西海の鬼は」
「大坂城へ引き上げた模様、若江の豊臣方は壊滅状態であったと報告がございます。おそらくは孤立することを避けたのではないかと」
孤立を避ける、か。あの鬼も慣れ合いを由とはしねぇ奴だが流石にこの状況では孤立を恐れるか。戦は数が全てではねぇと言ってもだ、智略でどうにか出来る範疇は限られている。余程の奇策でも練らない限り、何万もの敵を少数で打ち倒すのは不可能と言ってもいい。ただでさえ豊臣は数が少ない、それに寄せ集めであるから統制も取れていないと見た。氷柱が弾けた後、こちらが撃てと号令を出す前に真田が伏せろと声を荒らげていた。しかし、それに従ったのは僅かばかり、残りは行動が出来ずに蜂の巣になっちまった。おそらくは何処かから調達をしてきた兵だろう、それも何処かの村から強引に連れてきたか……案外二つの村の農民をけしかけて仲間に引き入れたのかもしれねぇな。向こうにはそれくらい朝飯前にやっちまう悪党がいる。
遠巻きに見えていた毛利軍が引き上げていくのを見て、こちらも本陣に引き返すことにした。拠点としていた誉田村は捨てられる、そこに長く留まるのならば城に戻って策を練り直した方が良い。それに、こちらも先発隊がやられて追撃をかけられる状況でもねぇ。追撃をかけても不足しない程度の人数はあるが、分断されてようやく合流をした後発隊を出しちまうと五分五分の戦いになる。もし相手がそれを狙っていたとしたら、今度は本陣が危ない。毛利が出ている以上は裏の裏まで読んでもまだ足りねぇ、あらゆる可能性を全て読み切らなけりゃ勝てねぇだろう。
「重綱、大丈夫か」
「はっ、冬の戦と違い弾は抜けております。出血量は多いですが大したことはございませぬ」
平然とした顔をして抜かすのがまた癪に障る。コイツも親父と同じ、建前を重んじて本音を零さねぇ。小十郎は仏頂面だがコイツは笑顔を仮面にする。痛いと言って泣き喚くようでも困るが、全く何も腹の底を見せねぇのも困る。
「少しくらいは我儘言っても良いんだぜ? 我儘ばかりでも困るが、全く言わねぇのもまた話は別だ。それを言ったからと怒りゃしねぇよ」
「重綱の我儘はもう少し後に聞いていただくことになるかと……その時は、どうか怒らずに聞いていただければ」
もう少し後、か。我儘を言わねぇコイツが口にする我儘、それも未来として見たものなのか俺には分からねぇ。が、小十郎の言う通り言葉にすることで未来が揺るがされるというのならば……聞いてはならねぇんだろう。聞いて良いことなら自発的に口にする……と思いたいが。
「で、お前は何を見たんだ。先遣に出る前に見たものはこの戦の事なんだろ。終わっちまった未来を口にするのも憚られることなのか」
「いえ……、この戦で六右衛門を始めとした多くの者が死ぬと見えました。ほぼ確定された未来、言の葉に乗せればより現実になる……そう見えたからこそ口に出来なかったのです」
六右衛門とは小十郎が重綱の側に置いた配下のこと、この六右衛門は小十郎を心酔していて唯一殉死の約束を取り付けた男でもあった。小十郎もまた配下の中では一番に信頼をする男であり、言うなれば竜の右目の右目といったポジションだろうか。
「お前は俺が六右衛門を寄越すことを分かっていたのか」
小十郎の問いに重綱が首を縦に振った。六右衛門は、と探す小十郎の視線の先に傷を負った六右衛門がおり、仲間に手を借りてやっとの思いで歩いている姿があった。傷は酷いが生きてはいる。見た感じでは致命傷ではなさそうだが……重綱の様子を見る限りでは命に別状のある怪我ではなさそうだ。
「まさか、その怪我は六右衛門を助けたから、か?」
はいともいいえとも言わない重綱は、何も言わずに本陣へと向けて歩き出す。どういうことなのかと小十郎に聞いてみたら、先見をして未来を変えるということはかなり危険なことであるらしく、その反りが何処かで来るものだと説明をした。本来アイツは無傷であったのかもしれない。死ぬべき奴の命を助けてあの傷を負ったとするのならば先遣にやったのは間違いだったのではないかと思っちまう。
「……なァ、アイツは何をやろうとしているんだ」
この戦で何かを成そうとしている、それは俺も気付いてはいた。だが、一体何をするつもりなのかはアイツは意地でも話さないのだろう。もし話しても良いことなら今頃何も言わなくてもアイツは口にしていたことだろう。
「分かりませぬ、しかし……無謀はさせるつもりはありません」
重綱を見る小十郎の目は親父を思い出させた。任せておいても大丈夫だろう、そう思う一方で何故だか不安が消えない。弟のように息子のように可愛がってきた奴が何を考えているのか分からない、それに無性に嫌な予感を覚えてしまう己を気のせいだと笑い飛ばすことが出来なかった。