この一戦の後、徳川と豊臣は一進一退の攻防を繰り広げ、しかし確実に豊臣の数を減らしていた。徳川の見立てでは然程苦戦すること無く倒すことが出来るはずだったというのに、こちらの被害は甚大になる一方で負けるのではないかという可能性まで出て来やがった。あちらの数は減らせている、だが、数を減らしたから戦に勝てるとは一概に言えねぇ。早くに勝負を決めちまわないと長引けば長引くほどに状況は不利になる。それに、重綱の機嫌も段々と悪くなる一方で、今朝からずっと小十郎と同じ仏頂面をしてるんだからな。何が気に食わねぇのか未だに理解が出来ねぇんだが、小十郎と同じ面をしているだけに同じ表情をされると部下がビビっていけねぇ。
「に、二代目、銃の確認作業終わりました」
「ご苦労様です、では休憩を取ってその後は昼食の準備をお願いします」
「は、はい」
相変わらず口調は柔らかいがあからさまに怒っているのが分かると部下もおっかねぇようだ。しかも少し前に敵の大将の首を刎ねて、その他にもかなりの首級を挙げている。これが余計にビビらせる要因になるようだが……あまりこの状態を続かせておいても良くはねぇ。
「おい、重綱! こっちに来い!」
呼び寄せた重綱はやはり表情は相変わらずで、何用でしょうかと問うそれが少しばかりおっかねぇ。顔には出さねぇが、小十郎が怒っていると俺も出来れば近寄りたくねぇと思っちまう。アイツはそんな顔をしているという自覚がないのか、どうなさいましたか、などと平然と言ってきやがる。顔、と言ってやっても首を傾げるばかりで全く分かってねぇ。仕方がないので肩に負担にならねぇように両の頬を思い切り左右に引っ張ってやり、強張っちまった顔を解してやった。
「ま、政宗様?」
「親父と同じ顔になってるぜ? 今報告に来た奴が怯えていたことにも気づかなかっただろ。仏頂面の原因は何だ、話してみろ」
きちんと指摘をしてやったら重綱は全く気付いていなかったようで渋い顔を見せた。
「被害がどの程度出ているのかを報告をさせておりましたが、日に日に数は増すばかり……死者を弔う場所さえも不足をするという事態に陥っております」
重綱が肩の傷を負ってから三日が経過している。この間にも被害は両者に増え続けるばかりで、最初は躯の回収をしていた豊臣側も昨日はもうその余裕もないとばかりに躯を放置して撤退を繰り返した。死した者に罪はない、と家康がそれらを回収して弔うように指示をしているからこそ戦場に死体が放り投げられたままではないのだが、重綱が言う通りきちんと弔える場所も無くなってきているのが現状だ。策を立て戦の準備を整える以上に躯を弔う作業がメインとなりつつあり、これ以上の犠牲を出さないためにもそろそろ決着を付けたいと誰もが思っている。どちらも一進一退ではあるが、豊臣に比べりゃこちらはまだ兵に余裕がある。これ以上引き伸ばしても互いにメリットがねぇことを考えりゃ、豊臣も死に物狂いで家康の首を獲りに来るだろう。そして真田もまた……俺との戦いを望んで突っ込んでくるはずだ。
「このまま戦が長引けば、死者の数はより増えるでしょう。そして犠牲となる民も」
「それを出さねぇためにも早急に叩く必要がある。もう一踏ん張りだ、この戦も時期に終焉を迎える」
だからそんな顔をするな、と言ってやりたかったのだが重綱の顔はまた元に戻っちまう。もう一度頬を引っ張ってやろうかと思っていたら今度はアイツの方が先に気付いて渋い顔を見せた。
「……この戦いに、何の意味があるのでしょう。勝っても負けても禍根は残ります、豊臣側に属した将は死罪になるか生き長らえたとしても更なる厳罰を与えられて恨みを拡大させるだけ……そして、無駄に犠牲ばかりを出す。豊臣は泰平のための礎となったのならば、何故泰平を乱すのでしょうか」
「言っただろ? 全ての人間が恩恵を受けているわけじゃねぇと。豊臣にいる連中は日陰者にされた者ばかりだ、武士としての生き方を剥奪された連中が武士として生きるために仕掛けた戦である以上は」
「泰平よりも武士の生き様の方が大切なのですか?」
何処か悲痛な響きを持ったその言葉に当たり前だろう、とは言えなかった。前々から思ってはいたが、時折重綱と会話が噛み合わない。いや、言葉が噛み合わないんじゃねぇ、歯車がきちんと噛み合わない。その原因は分かってる、見ているものの違いであることは。そいつは未来とかそんなものではなく、俺には理解の出来ねぇ何かだ。
「お前にも武士としての誇りはあるんだろ? だったら分からねぇ話ではねぇはずだぜ」
「確かに私には私の誇りがございます。しかし、それは」
何かを言いかけた重綱の言葉を遮るように大砲の音が響き渡る。攻撃の音、これは開戦の合図だ。もう互いに後がねぇ、特に豊臣はそうだ。家康の頼みを聞いて本陣で待機をしてやったが、これ以上はもう邪魔は許さねぇ。真田との戦いを奪うつもりならば伊達全軍は今この場で徳川に攻撃を仕掛ける、そう言い切ってやった以上は家康も野暮はしねぇだろう。話をしっかりと聞いてやりてぇが戦が始まるのならばそうも言ってはいられない。
「続きは戦が終わった後だ、今は出るぞ」
重綱の返事を待たずに俺は早急に準備を整えて出陣する旨を告げる。俺から離れて準備に当たっていた小十郎はいつの間にか俺の右側に立っていた。今までの戦はどれも不完全燃焼、俺もだが小十郎もやっと暴れられると口元の歪な笑みが抑え切れてねぇ。この獣を肯定し続けるのは良くねぇと分かっていても、存分に暴れて来いと送り出したくなっちまう。コイツの狂気を俺は好んでいる、結局はそれが良くねぇと分かっていても……俺も大概だ。千代に怒られちまうだろうなァ。
「状況は」
「敵は天王寺口、岡山口にて構えております。徳川より、天王寺口にて真田勢と戦うようにと」
「HA! 御膳立てのつもりか? 随分じゃねぇか、家康の奴ァ」
散々焦らした挙句、ここでぶつかれとは御膳立てが過ぎるんじゃねぇのか。一体何処までが読み通りなのか分からねぇが、俺を待機させても真田が討たれることはないと確信していたようにも思うぜ。家康の手の上で踊るのは癪だが、もうここを逃せば奴と刃を交える機会はない。俺とアイツの決着を永久に逃すことになる。ならば粋なはからいと誇示された御膳立てに乗ってやるしかねぇ。ぼやっとしていりゃあ真田の首を誰かに獲られちまう。
「真田は天王寺口で構えてるのか」
「はっ、全軍をつぎ込んで政宗様を待ち構えております。政宗様、かかる兵は全てお任せ下さい。政宗様は真田との勝負を」
「お前も俺に御膳立てか? 気を遣い過ぎだ」
にやりと笑ってやると、小十郎は何も言わずにただ口元に笑みを浮かべた。何処か寂しそうな羨ましそうな、そんな表情が入り混じった笑みを久しぶりに見たような気がする。俺のために、と小十郎が捨てたものはあまりにも多い。捨てきれなかったものはあるようだが、小十郎は好敵手を腹の底から求めていた。そういうものを特に求めていなかった俺には分からねぇ感情だが、一生のうちに真田のような存在と出会えることは僥倖であると小十郎は言う。コイツは俺に、テメェが叶えられなかった想いを託しているのかもしれねぇ。
「小十郎、命令だ。好きなだけ暴れて来い。軍の統制については心配するな、お前が我を忘れて暴れても指揮が取れる奴はいる」
「綱元に頼むおつもりですか? 後で厭味を言われるのはこの小十郎であることをお忘れなく」
「そのくらい耐えてやれ、それでこれからの楽しみが買えると思えば安いもんだろ? 小十郎、これが最後の戦だ。思い残しは全部ここで出し切っちまえ、もう次はねぇ……この先にあるのは長い泰平の世だ」
御意、と短く口にした小十郎の顔つきは実におっかねぇものだった。通りかかった兵が短い悲鳴を上げちまったのも分からなくはねぇ。今の小十郎の顔は般若も竦むような鬼の面をしている。この調子ならば、戦場で踊る鬼と言われた小十郎の姿を拝むことが出来そうだ。
「おめぇら、最後の戦だ! 派手なpartyを楽しめよ!」
俺の声と共に上がった声は遠い昔に聞いたもの、感覚が次第に十五年前に戻っていく。乱世を駆け抜けて天下を目指したあの頃の己、青過ぎて絶望を知る日が来ることなど全く考えていなかったあの時に帰ったような気がして俺の心は高揚していた。だからだろうか、一人憂い顔で俺を見つめる重綱を無視してしまったのは。
本陣を出て全軍で天王寺口へと到着した途端、豊臣側が先制攻撃としていきなり全軍突破を仕掛けてきやがった。応対の遅れた徳川もまた同じように号令をかけて敵の相手をしている。敵味方入り乱れての乱戦は心地が良い。将も兵も無く誰もが命の獲り合いをする……この皮膚がざわつく感じが堪らねぇ。
「小十郎!」
「承知! 突破口を開きますゆえ、真田の許へ参られよ! 雑魚は全てお任せを!」
互いに馬から飛び降りて、すかさず刀を抜いて走り出した小十郎を追うようにして真田を目指す。弱ってすっかり老いちまった、そう思っていた背中は何処にもなく、十五年前の小十郎が今確かにここに戻って来たとそんな感覚を覚えちまった。三十間近の小十郎の姿と重なって苦笑が漏れたが、すぐにそれは不敵な笑みに変わる。小十郎によって蹴散らされた兵は黒焦げになって倒れている者や急所を斬られて死んだ者とまちまちだ。だが、いずれも一撃で倒されており、病に臥していたことが嘘だと思えるほどに凶暴さが全身から出ちまっている。
「おっと、ここから先は通さないよ」
「出やがったな、猿飛。テメェの相手はこの俺だ、政宗様の邪魔は誰にもさせねぇ!」
嬉々として忍に襲い掛かっていく小十郎は完全にあの頃に立ち戻っている。姿さえも若く見えるのは俺の目がおかしくなっちまったからじゃねぇ。心があの頃に完全に戻っちまったから姿までそう見えるんだ。ついでに言えばあの忍ですらもあの頃に戻っちまってる。激しく刃を交える二人を横目に真田を目指して走る俺を忍は追うことをしなかった。あの足止めは建前、奴は本気で殺し合える相手に小十郎を選んだのだろう。俺が真田と戦うことが最も多かったように、小十郎もあの忍と刃を交えることは多かったはずだ。真剣勝負をやるには丁度良い、と判断したのかもな。随分とナメてくれるが……俺は俺で決着を付けなけりゃならねぇ。
雑魚を蹴散らしながら走る俺の前に現れたのは真田幸村、かつての戦装束ではなく珍しいことにきちんと鎧を着込んでいたが、コイツの姿は立派にあの頃のままだった。迸る炎は猪武者のそれではない、あの時に感じた王者の風格を再び俺に見せつける。
「あの頃のアンタも悪くねぇが、今のアンタと刃を交えたかったもんだな。王の素質を開花させたか、今この時になって」
「王などと……政宗殿もお変りなく、あの頃に感じていた覇気を今も尚まとっておられる」
天下人を目指して成し遂げることが出来なかった俺を変わりないと言ってくれるか、真田は。嬉しい限りだ、立場も何もかもを忘れて純粋に刃を交えたくなるぜ。
ゆっくりと真田が二槍を構える。その姿はあの頃と同じ、しかし寸分も変わらねぇのかと言えばそうでもない。あの頃よりも技は磨かれ、ただ槍を構えただけの姿が美しくさえ思える。一分の隙もないそれは達人の証、この十五年の間に真田は武術を磨きその域に達したのか。
「政宗殿、疾く参られよ。我らが宿命、今ここで果たしましょうぞ!」
「OK、真田幸村……これがlast chanceだ、引き分けなんざ温いオチを付けることはしねぇ。俺が死ぬかアンタが死ぬか、勝負の終わりはそれまでだ!」
「無論! 貴殿の首はこの真田源次郎……否、真田左衛門佐幸村が獲る!!」
猛々しく吼えたそれが開戦の合図、俺は走りながら一刀を抜き、同じように槍を構えたまま走る真田と切り結ぶ。刃が重なり爆ぜる火花は俺の胸の内に燻り続けたこの時への想いが弾けたもののようにさえ思えた。どれほど望んだことか、今日のこの日を。この日本一の兵と吼えたこの男と再び刃を交える日を、俺は十五年もの間待ち続けた。望んだはずの泰平よりも、俺はこの瞬間の方を望んでいたのだから救われねぇ。今この時だけ、俺は国も何もかもを捨てて一人の男に戻る。もう、永遠に刃を交えていたいなどとは考えねぇ、今はただこの男を殺すことだけに魂を燃やしたい。
真田が常人では目で追えねぇほどの速さで突きを繰り出す。消えてさえ見える矛先はあの頃の俺では見ることも叶わなかっただろう。だが、俺も十五年の間遊んでいたわけじゃねぇんだ。その攻撃を躱しながら懐に飛び込むチャンスを窺う。防戦一方、見る奴が見りゃあそう見えるだろうが、防戦が必ずしも守るためのものであるとは限らねぇ。
「どうした、伊達政宗!! 手も足も出ぬとは申さぬだろう!!」
挑発めいた言葉に俺はにやりと笑う。この野郎、一丁前に挑発することを覚えたか。ま、今までの攻撃を見ているだけでもそんな兆しはあった。ったく、生意気なもんだぜ……だが、悪くはねぇな。
消える矛先は炎をまとい始めたものの、それでもじっくりと攻撃を防いでいる間に隙が見えるようになった。俺は軽く地を蹴って槍と槍が離れて懐が大きく開く瞬間を狙って真田の懐に飛び込む。槍の間合いは剣よりもずっと広い、槍使いが剣の間合いに入っちまったらそれだけで打つ手が無くなる。間合いの取り方は重要である、とは小十郎から剣を教わった時に聞いたこと……今更基礎を思い出すとはな。小十郎の助言も聞いておくもんだ。
「なっ……」
すかさず下段から斜めに剣で斬りつけたのだが、この程度の行動はあちらも読めていたのだろう。地を蹴って間合いを取り、咄嗟に槍でガードをして俺の攻撃を受け流しやがった。だが、間合いを完全に取ることが出来ず、今度はこちらの番だとばかりに懐に飛び込んでの攻撃を続けた。剣の間合いに入り込んじまっているせいか、真田は防戦一方、こちらが剣での攻撃を仕掛けても受け止めるか受け流すかのみだ。どうした、アンタはその程度なのか、と煽ろうかと考えてすぐにそれを止めた。相手の行動は俺の出方を窺っているようにも見える。俺が先程やったように、反撃の隙を見極めようとしている、か。全く以って可愛げがねぇぜ。攻めて攻めて攻めまくる、それが真田幸村だったと思ったんだが頭を使うことを覚えちまったか。まァ……それも悪くはねぇ。
「この十五年、この二槍を鍛え上げたつもりであったが……やはり容易くは勝てませぬな」
にやりと笑うその顔に、俺は嫌な予感を覚えて即座に飛び退いた。真田は俺の攻撃を受け止めるつもりだったのか、槍の矛先を地面に付けてそいつを軸にテメェが回転をして蹴りを入れようとしやがった。行動に移す前に飛び退いたから良かったものの、気付かなければ思い切り蹴り飛ばされて肋をやられていたかもしれねぇ。
危機一髪だった、とほっとするのはまだ早い。アイツは一回転では終わらず反動を付けて駒のようにその場で回り始めている。足に炎をまとっているところから察するに、あれも何かの技の一つなのだろう。雷を当てて止めさせた方が良いような気はするが、どんな曲芸をしてくれるのか見てみたいという気持ちが湧く。
「大紅蓮脚!!!」
駒のように高速回転を続けていた真田がこの状態で俺のところへと突っ込んで来やがった。普通の攻撃なら受け止めてやろうかとも思うが、流石にこれは反則だ。慌てて飛び退いて避けても奴は暴走して何処かへと行っちまうのではなく確実に俺のところへと突進をしてくる。次第に速度を上げて、まるで馬にでも乗っているかのような速さは好んで近付きたいとは思えねぇ。それに、迂闊に受け止めりゃあ刀が折れる。まだ六爪を繰り出していないところでその展開は遠慮したい。
「Shit! なんて荒業を出して来るんだ、アンタは!」
「この程度、荒業のうちにも入りませぬぞ!!」
しかもあの状態で喋ることが出来るというのがまた気味が悪い。まともに相手をしようとすれば弾かれるのは目に見えている、これは間合いを取って雷を当てた方がいい。しかし、そうは思っても俺が間合いを取ろうとすれば奴もまた俺を追うようにして間合いを詰めるので技を繰り出すだけの時間が取れそうにもない。走りながら構えても良いんだが、それでは狙いが定まらない。援護が欲しい、と思っちまうのは修行が足りねぇ証拠だ。サシの勝負で援護を求めるとは俺もまだまだ未熟だな。
「HELL DRAGON!!」
とりあえず当たらなくても良いからと技を放ってみたら、あちらが避けようとしてバランスを崩し自滅さながらにその場に引っくり返っていた。何でもやってみるものだ、と思うがここはチャンス、軽く地を蹴って派手な転び方をして未だ体勢を立て直せていない真田に突っ込んでいく。その首もらった、とばかりに跳ね飛ばそうとしたらしっかりとガードをされてしまい、流石は真田だ、と口笛を吹く。
「卑怯でござるな、至近距離であのような技を放つとは」
「それも策略の内だ。大体卑怯かどうかはアンタに言われる筋合いはねぇな。冬の戦で敵を狭いところに誘い込んで撃ち殺すように命じたのは何処の誰だ。アンタがそんな知恵をつけているとは思わなかったぜ」
「いつまでも何も変わらずにいることは出来ませぬ。それに気付けなかったからこそ武田を導くことが出来ず、滅亡に追いやってしまった……某が現状に甘んじた故に御館様の上洛どころか甲斐一国すら武田のものにしておくことが出来なかった。この十五年、同じことを繰り返さぬようにとどれだけ研鑽を積んだか……卑怯な手と言われようが勝ちを得るためならばどのような手でも使ってみせましょうぞ」
HA、らしくねぇ……これじゃまるで小十郎だ。アイツも俺が天下人になれなかったことを未だに気に病んで、それがテメェに責任があると思っている節がある。確かに真田は現状維持を続けてそこから先に進もうとはしなかった。そいつが十五年幽閉されるという未来を作っちまったのは否めねぇとは思う。が、それでも真田には真田の役割があって、求められていることがあったはずだ。小十郎のように勝ちを得るために容赦のない手を使うことを甘んじるほど、この男は一人で羽撃けねぇ男では無かったはずだ。
「人の補佐に回る道を選んだのか、真田幸村。アンタのその物言いは自らが頂に立つ男の物言いじゃねぇぜ。人の補佐に甘んじて、自らの力を封じ込める……この十五年でアンタが学んだのは豊臣を天下人にするためのあり方か。そうじゃねぇだろ、アンタが頂に立つための研鑽だろうが!」
力任せに振り払った剣を真田は受け止めきれずに吹き飛ばされた。だが、それで転がることはなく、反動に任せて立ち上がりすぐに攻撃の構えを取る。
「政宗殿は、頂に立つためにこの十五年をどのように過ごされた。自由に情報を手に入れることが出来る立場ではござらぬが、佐助より政宗殿のことはよく聞いておりました。……徳川に下り、それ以降特にこれといった行動を起こしている様子は無いと聞いております。政宗殿、貴殿は頂を諦めたのか」
「NO! 馬鹿なことを抜かすんじゃねぇぜ、真田! 俺はいつでも頂を目指している!」
ならば何故この十五年今の立場に甘んじたのか……真田の言いたいことは分かる。だが、世の移り変わりを知らねぇ真田とその中で生きた俺では言い分があまりにも違う上に噛み合わない。現状に甘んじなければならなかった、言い訳をするのならばそれに尽きる。かつてのように戦を起こそうにも誰もが待ち望んだ泰平を上手く築いてしまっている。こいつを崩して戦を仕掛けるというのは徒に敵を作ること、何より民からの信頼も得られなくなる。かつて戦をしていたのは己が楽しむためではなく泰平の世を作るためだった。こいつが崩れねぇ限り戦を起こす大義名分がない。天下人になる夢を捨てたわけじゃねぇ、だが……いや、それも全て甘んじた言い訳なのかもしれねぇな、真田にとっては。刃では伝わらず言葉にしても伝わらない、それほどの時間が俺達の間には流れている。刃を交えて全てが伝わればそれでいいのだが、そんなに上手くはいかねぇようだ。
「十五年、人が変わるには十分過ぎる歳月か。俺の知る真田幸村は自ら死を望むような男じゃなかった」
「確かにそれは言えましょうな。某が知る伊達政宗は、頂を目指し天を翔ける真の竜であった。気付いておられぬのでしょう、政宗殿の目は随分と柔らかくなった」
柔らかく、か。そんなつもりはねぇが、そう映るのならそうなのかもしれねぇな。互いに変わっちまった……そのことに失望をして勝負を捨てることが出来ねぇのは、やはり俺が命を懸けて倒したい男が真田だからなのだろう。何があってもここは変われねぇ、そしてそれは真田も同じ、か。宿命のライバルとはよく言ったもんだ、全く……厄介なもんだぜ。
「勝負を捨てて家康の首を獲りに行くか?」
「まさか。貴殿とこうして相見える日をどれほど待ち侘びたことか……貴殿を倒さずして徳川殿の許へと走ることは有り得ぬ!」
「嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか、だがアンタを殺すのは俺だがな!」
互いににやりと笑って武器を構えた。語る言葉はこれが最後、これ以上の言葉は何を口にしても野暮なだけ……いや、もう語る必要もねぇ。後は奴の首を獲るだけだ。十五年、この時を待ち続けたのは俺も同じこと、引き分けなんざ誰が止めても許さねぇ。今日この日に全ての決着を着ける!
互いに地を蹴って激しく刃を交える。真田が槍を突き出せば俺はそれを紙一重で避けて間合いを詰めて剣を振るう。俺と戦うことを望んでいたと言うだけあって間合いを詰められても動じることなく槍の柄を短く持ち、まるで棍のように扱ってきやがる。槍の間合いの広さをカバーするための手、か。本当に可愛げがねぇほど頭を使うようになったもんだ。
真田の一撃が俺の頬に傷を付ける。しかし、そんなものはお構いなしに刀を振るって下段から上段に切り上げてやった。既の所で躱されちまったから致命傷にはならなかったが、浅手とはいえ真田に傷を与えることが出来た。
「いいねいいねぇ……アンタ最高だ、真田幸村!」
「某も未だかつて無いほどの滾りを感じております。政宗殿、この幸村の魂の滾り、全力で受け止められよ!!!!」
「来い、真田幸村ァ!!!」
雄叫びを上げて突っ込んでくる真田に、俺は六爪を抜き放って同じように突っ込んでいった。こんな時は防御をするものだ、と小十郎なら言うだろう。だが、ここはあえて攻撃を選択したい。奴の滾りを俺も感じてぇ、それに俺の魂の滾りも奴に思う存分ぶつけたい。今この瞬間、ぶつけるのならここしかない。
互いに名を呼びながら繰り出した一撃は互いの身体に無数の傷を付ける。身体から迸った青と赤の光が天へと昇り、それは見る奴が見れば竜と虎が互いを食らいあっている光景に思えたことだろう。全ての力を使い果たしてでも真田の首が欲しい、こんな思いを抱くことは大将として失格なのは分かっている。だが……もうここしかねぇんだ、俺の望みが叶えられる瞬間は。
俺の六爪が奴の肩を抉り、腹にかけて切り裂いた……と思った。しかし、致命傷を与えられるほどの傷ではなく俺の身体に真田の槍が致命傷に近い場所に刺さる方が先だった。倒れたのは俺の方が先、しかし真田も酷い傷を負ったためにその場に膝を突いて荒く息を吐いている。
負けた、か。参ったな、致命傷じゃねぇからこの傷で死ぬことはねぇだろうが身動きが取れねぇ。昔のように奇跡みえぇな力で起き上がるのも難しそうだ。ここで首を獲られることになればきっと小十郎は怒り狂うだろう。伊達の人間を露頭に迷わせちまう……それでも首を獲られることが嫌じゃねぇんだから俺も大概だ。久しぶりの勝負に酔って感覚がおかしくなっちまってるのか?
「アンタの、勝ちだ……真田幸村。死にたがりに負けるほど、鈍っちゃいねぇと思ったんだがな」
「たまたまにござる……某も、この傷では余力がござらぬ。家康殿を討つ前に誰かに首を獲られましょう……しかし、悪くはない気分だ、と言うのは……らしくないだろうか」
「HA……らしくねぇな、アンタは生命力の塊みてぇなもんだったろう。だが……俺も首を獲られることが悪くねぇと思ってる……大概だな」
互いに笑う俺達の周りには敵味方入り乱れて戦っている。こんな様子を見て首を獲りに来る空気の読めねぇ輩は幸いにもおらず、真田に首を獲られるのは確定したようなもんだ。負けたのは悔しいが、これも戦ならば仕方がねぇ。動くことがままならない以上は運命は正しく受け入れる……みっともなく足掻く真似はしねぇ。
「持って行け、真田幸村」
「持って行きたいのは山々だが……まだ、貴殿の首を獲れる状況ではなさそうだ。戦わねばならぬ者がおるゆえに……」
ゆっくりと立ち上がった真田が俺に背を向けて対峙した相手は重綱だった。小十郎を思わせるような厳しい目をして真田を見ているが、この状況について怒りを覚えている様子はない。地に横たわる俺を助けにやってきたのは成実の奴、すぐに安全な場所に運ぶようにと無粋なことをするので見届けさせろと喚いて阻止をした。悔しいが今の俺には重綱を阻止するだけの力がねぇ。俺の手で討たせろ、と言ったところで身動き一つろくに出来ないこの状況では重綱も耳を貸さないだろう。ならばせめて俺以外の奴に討たれるというのならば俺はその瞬間を見届けなければならねぇ。報告だけで奴の死を聞くなんざ、冗談じゃねぇ。
「以前も思ったが、やはり片倉殿によく似ておられる。姿のみならず、その魂もまた」
「姿形はよく似ていると言われますが、中身は全く似ておりませんよ。説得力は無いでしょうが、これでも好戦的ではないのですよ、私は」
数の首級を挙げた奴が言うセリフじゃねぇ、と口にしたくなった。いつの間にか勝負を終えた小十郎が駆けつけ、自らの羽織を裂いて俺の傷を止血する。何故安全な場所に運ばないのか、ということは言わない。きっと俺が考えていることが分かっているからだろう。奴の最期を見届けたい、という俺の願いを汲んでくれるのは有り難い。
「真田殿、あまり時間がありません。未熟者ゆえ真田殿のお相手には不足でしょうが、お手合わせ願えますか」
手合わせ、と言いながら重綱から発せられる殺気は尋常なものではなかった。氷のような冷たく刺さる殺気、普通の人間ならこれを当てられた瞬間失神してしまうんじゃねぇのかと思うほどにおっかねぇ。今の俺には少々耐えるのが辛いが……真田はどうかね。あの二人は氷と炎、相対する属性の持ち主だ。互いにぶつかり合える属性ではねぇ以上、決着ははっきりと付くだろう。
構えたまま走り出した重綱は、姑息な手を使うこともなく真っ直ぐ真田の懐に飛び込んでいく。何を馬鹿なことをやっているんだ、と言いたくなったが小十郎は何も言わずにただ見ているだけだ。この行動に真田が迷うこと無く攻撃を仕掛けようと槍を突き出したがそいつが重綱を捉えることはなく、正面にいたはずの重綱がいつの間にか真田の右側にいやがった。
「なっ……」
常人ならば目にも止まらねぇ速さで刀を振るい、真田に攻撃を仕掛けている。そいつを紙一重で避けたものの、それでも重綱の攻撃は止むことがなく無慈悲にも真田を追い詰めて殺そうとしている。重綱と過去に何度も手合わせをしたことがあるが、あんな剣は初めて見た。小十郎は剣の達人であるがゆえに舞を見ているようだと表現されていたが、重綱の剣は舞というよりも地獄の鬼を連想させる。十五年前に鬼を自称した奴は腐るほどいたが、そのいずれも鬼だと思ったことは無かった。だが、あの剣はどうだろう。一分の隙もなく振るわれる剣は、勝負を微塵も楽しまずに相手を斬るためだけに的確に振るわれる無慈悲な剣は鬼を思わせて自然と恐怖を心の奥底から呼び起こしちまう。
「此度の戦で、重綱を見た者が何と呼んでいるか御存知でしょうか」
「Ah?」
「片倉の、二代目の小十郎は鬼神の如き男である、と。『鬼の小十郎』、そのように呼ばれております」
HA、やはり誰もが同じく思ったか。真田が防戦一方になっているのは手負いであるからばかりじゃねぇだろう。おそらくは俺と同じことを考えて攻撃を躊躇ってるんだ。平素の奴であったならば重綱相手に十分戦えただろうが、心に死に場所を求める仄暗い陰を持っちまったアイツにはきっと鬼の姿が俺達よりも更におっかねぇものに見えているはずだ。
「悔しいですが……天才ですな、重綱は」
悔しい、ねぇ……ったく、息子の成長を喜ぶよりも悔しがる辺りが小十郎だというか……まァ、親父に認められたのなら良かったじゃねぇかと俺も言ってやれる。
「くっ……」
押されに押されて旗色が悪くなってきた真田は苦し紛れに炎を放って隙を狙う。先程俺が真田に向かって雷を放ったのと同じことをやりやがった。しかし、その炎は一瞬で氷に掻き消され全く無意味な攻撃になってしまった。アイツの力は元々強いが今日はいつにも増して強い。手負いとはいえ真田の放った炎を一瞬で掻き消すなど、日頃のアイツでは出来ねぇはずだ。
「……楽しいですか、勝負は」
何処か怒りを含んだその声色に、あの力の強さは怒りが原因かとやっと分かった。ずっと苛立っている様子だったが、力を増幅させるほどに怒りが深かったことを気付くことが出来なかった。何を怒っているんだ、と開戦前に抱いた疑問が今ここで再び蘇る。
「何を」
「人の命を我欲のために消す行為は楽しいか、と聞いている!」
アイツが放った一撃に槍が一本砕かれ、真田は残った槍をしっかりと掴んで反撃に打って出る。しかし、どんな攻撃を仕掛けてもそれは容易く躱されるか流されるかをして重綱には届かず、重綱も攻撃を仕掛けるものの真田に傷を負わせようとはしていない。何をやっているんだ、と思いつつも……何故だか予期しない方向に話が転がりそうな予感があって俺の胸に不安が湧いた。
「なっ……某が、人を殺すことを楽しんでいると!? そのようなこと、断じて」
無い、と言おうとしたのだろう。しかし、それが言えなかったのは重綱が本気の一撃を放ったからだ。俺の目でも捉えられなかった剣、それが真田の右腕を美しいほどに落とす。突然右腕を斬られて痛みに声を上げた真田は、これでもかというほどに汗をかいて槍を強く握り締めていた。この様子を重綱は止めを刺すこと無く黙って見ている。早く首を獲れ、もたつくな……と小十郎も何も言わなかった。
「旦那!」
聞き覚えのある声にその方向へと顔を向けると、小十郎と戦っていたはずのあの忍がいた。小十郎がこの場にいるのは奴を仕留めたからじゃねぇのか、と目で訴えると小十郎は実に渋い顔をして俺と目を合わせようとはしない。何か、説明の出来ねぇことがあった……と考えるのが妥当だろうが……、どういうことだ。一応理由を聞いてみると、重綱がおっかねぇ顔をして割り込んで来たから勝負を続けられなかった、と言い……この調子だと本当のことは口が裂けても言うつもりがねぇんだろう。
重綱は駆け寄ろうとする忍に刃を向け、無言で下がれと睨みつけている。主の危機であるにも関わらず気圧されたのかあの忍は自らの意志で下がっていた。これを見た後重綱は性懲りもなく攻撃を仕掛けようとする真田の槍を綺麗に切り落とし、思いきり蹴りを入れてその場に転がした。
「がっ……」
苦しんで悶えていてもお構いなしに近づき、真田の額にある鉢巻を取る。何をするつもりなのかと思えば切り落とした真田の腕に巻き付け止血を施し、傷口を凍らせて応急処置をしてやがる。何を考えているんだ、と思わず怒鳴ったら今度は俺に殺気が向いた。黙れ、と睨み付けられるのはおっかねぇ。小十郎ですら非礼を咎めねぇのだから……くそ、アイツとんでもねぇものを腹に抱えてやがったな。
「貴方の目には何が映っているのですか。この戦場をよく御覧なさい、何が見えますか」
胸ぐらを掴んで無理矢理真田の身を起こさせ、辺りを見るようにと言う。いつの間にかこの周辺で戦っている奴らはほとんどいなくなっており、残されているのは俺達ばかりになっていた。何処へ行ったのか、とは言わねぇ。戦う相手がいなくなったから相手を探して何処かへと行ったことは容易に想像が付く。
「……人は、皆いなくなってしまったのか」
この答えに重綱が真田の頬に拳を叩き入れた。その場に転がった真田の髪を掴み、よく見ろと言わんばかりに戦場の光景を見せる。
「……地に転がる躯、この大半は大坂城の周辺の町や村から強制的に連れ出された者らです。御存知ですか、此度の戦で手柄を得るために偽首として多くの民の命が犠牲になったことは。そして、数多くの民が乱取りなどの強奪、戦火に巻き込まれて家も何もかもを失い、命さえも奪われかねない状況になったことは。男は戦に駆り出され、女は男の慰みものになり……御存知でしたか?」
重綱の言葉に真田がはっきりと驚いた顔を見せたのを俺も見ていた。気付かなかった、と言うところが奴らしいぜ。戦にそういうものは付き物、かつては俺もそうならねぇようにとかなり気を配ったものだが、ある程度は割り切らなけりゃならねぇと目を瞑ったところも多かった。この程度のことで動じるとは、そういうところは初心のままだったのか。全く……真田らしい。
「大坂城に出向いた際、私は貴方に一つ問いを致しました。『この戦は誰もが望んで起こされたものなのか』と。……貴方は無論、誰もが望んでのことだと自信を持って答えられましたね。その事実を知り、かつこの光景を見ても尚同じことが言えますか」
何も答えられられない真田の髪を離し、重綱は小さく息を吐いた。この程度でショックを受けるとは、と言いたくなっちまったがそれは口に出来ない。重綱の怒りがそこにある、そいつに気付いているせいだ。
「何を甘いことを言ってやがる……これが戦だろうが。そう、俺はお前に教えて来ただろう」
俺があえて言わなかったことを小十郎は堂々と口にした。相変わらず空気が読めねぇというか恐れを知らねぇというか……当然殺気立った目は今度は小十郎に向く。
「ええ、幼い頃からこれが戦だと教わって参りました。……だから何だと言うのですか。戦なら何をしても許されるとでも? 一体いつの時代の話をしておられるのですか、いつまで過去に縛られていれば気が済むのですか。その考えがこんな事態を引き起こしていることに何故気付かぬのです!」
普段怒鳴りもしねぇ重綱に怒鳴られて小十郎が言葉を失っていた。珍しいこともあるもんだ、と思えるほど重綱の放つ怒りは温くねぇ。鬼気にも似たそれに当てられたら俺でも竦んじまう。それに恐怖が正気を連れ戻しちまう。
「泰平の世なのです、今は。望む望まざると、遠い戦乱の世に誰もが目指した泰平の世が今なのです。私はあの時代に生きた者ではありません、だから真田殿のお気持ちも、父上のことも理解が出来ません。しかしそれでも政宗様はあの時代に生きた方々は皆泰平を願って戦を起こしたのだと教えて下さいました。そして、真田殿のように徳川に歯向かった謀反人として罰を与えられた者もまた、この泰平の礎となった者達であると」
そう、これは俺が重綱に言ったことだ。敵だから悪、味方が正義、そうではなくて敵も味方も立場の違いであって目指したものは同じなのだと……俺はそう重綱に教えていた。真田が酷く驚いた顔を見せるのは、そのように言われていたことなど考えもしなかったからだろう。ましてや俺が、とは想像もしていなかったと見た。
「民は皆、この泰平の世に感謝をしております。確かに関ヶ原の戦いで西軍に与した者を悪く言う者は少なくはない……しかし、望んだ泰平は戦のない民が笑って暮らせる世の中ではなかったのですか」
「そうだ……確かにその通りだ。だが、某はその泰平の中で生きていきたかった……槍を置いてでもこの泰平の世で己の力を振るいたかったのだ。それすらも奪われて、死んだように生きることを科せられて……甘んじよと貴殿は申されるのか」
「……この泰平は、まだ完全なものではありません。犠牲の上に成り立たねば維持出来ぬような、不完全なもの……誰の犠牲も払わず、本当の意味で誰もが笑って暮らせる世を作りたい。貴方が望んだのはそのような世ではなかったのですか? 己の力を振るえぬことが気に入らぬからと、死に場所を求めて望んだはずの泰平を道連れに民に絶望を与えることが日本一の兵のすることですか!! どれほど否定しようと貴方のした結果がここにあるのです! 今一度よく見なさい!!」
ああ……くそ、いちいち耳が痛ぇ。真田に対して言っているだけかと思ったが、こりゃ俺にも言ってるな。小十郎も気付いているんだろう、小十郎にも言われていることを。渋い顔をしているのは甘いことを抜かすなと呆れているからじゃねぇ。
そうか……そうだよな、今はあの乱世ではなく泰平の世だ。誰もが望んだ平和があった。なのに俺達は泰平を維持することを考えず、積極的に戦うことばかりを考えてその道を選んじまった。重綱が怒るのも無理はねぇ、俺もこれには言い訳が出来そうもねぇしな。あの頃ではこんな光景は当たり前だった、だがその当たり前を当たり前でないようにと願ったのは他でもない俺達だ。こんな光景を作り出さないために剣を振るっていたはずだというのに……すっかり冷水を浴びせられちまった気になっている。あの時代を知る誰かではなく俺達が望んだ世に生きているコイツの言葉だからこそ、耳どころか胸まで痛くなっちまう。
一体何のために刃を交えて戦っていたのだろう。楽しんでいたのは認める、だが我欲のために戦に出ていたわけじゃねぇ。誰もが笑って暮らせる世を作りたい、そう思ったからこそ戦に明け暮れて天下を獲ろうとしていた。払う犠牲を当たり前のものではなくこんなことがいつまでもあっちゃならねぇと感じなくなったのはいつからだったのだろうか。気付いちまった、俺はもう大分昔から目が曇っていて何も見通せなくなっちまっていたんだな。石田に負けたあの一戦も起こるべくして起こったこと、我が身を省みることも出来ずに八つ当たりのようにして戦火を広げた己が今になって恥ずかしく思えた。昔もそう思っていたはずなのにな……今の方がより恥ずかしいと感じる。
項垂れる真田には攻撃の意思は無かった。もうこれ以上は戦う気もねぇんだろう。首を獲るには絶好のチャンス、だが重綱がここまでやってそのまま首を獲るとは思えねぇ。
「……重綱殿は、某にどうしろと」
「生きて償いなされ、安易な死など認めませぬ。泰平の世を乱した極悪人として、生きるのです。武士としての役目が欲しいのならば私が差し上げましょう。片倉の家臣として、今一度やり直されると良い」
さらりと言ってのけた重綱に驚いて真田が顔を上げていた。ついでに忍も酷く驚いた顔をして言葉を失っているが、それはこちらも同じだ。絶対にろくなことは言わねぇと思っていたが……そうか、アイツ端からこのつもりだったな? 我儘を言った時には聞いてくれと言われたが、こうなる未来を見ていたからこそあんなことを言いやがったのか。
「何を馬鹿なことを! お前は」
「小十郎、これも定められた未来の一つって奴なんだろう。とやかく言うだけ無駄だ」
だから諦めろ、と言ってやったら胃が痛いという顔をして溜息を吐いた。謀反人を家臣として雇い入れる、それは即ち匿うのと同じこと……発覚すれば伊達の立場は圧倒的に悪くなる。下手をすりゃ改易も免れられねぇだろう。それが分かっているからこそ小十郎は止めたのだろうし、俺もこの流れがなけりゃ同じように怒鳴ったところだ。
「それは看過出来ないな……徳川への裏切りと見做さざるを得なくなる」
しかし、こういう悪巧みをやろうと考えると必ず横槍が入るもので、いつの間にか家康が大勢の家臣を引き連れてこの場に現れた。そればかりか家康に加担をした各地の大名までいやがる。ここでもたもたとしているうちに戦は終わっちまったようだ。全く間の悪いこと……さて、これからどうしたものか。悪い方向に転がらなけりゃ良いが、と思わずにはいられなかった。