散りゆく華に餞を   作:夕霧

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第六話

 ぞろぞろと現れた連中は俺達を取り囲み、まるで謀反人を討つ構えをしているようにさえ見える。今のやり取りを見ていればこうなるのも道理、俺もまた同じように指示をしただろう。

 

「家康、豊臣は」

 

「秀頼殿は自軍の負けを認め自害をなされた。戦は集結、豊臣に属した者は皆捕らえている。……独眼竜、真田を討てないのならば引き渡してもらおう。この戦に幕を引かなければならない」

 

 幕引き、ねぇ……全く以て無粋な奴だ。俺と真田がどういう関係にあったのかを分かっていて尚もそれを口にする……いつからコイツはこんなに野暮な男になっちまったんだろうか。天下人になると、こうも野暮になるのかとうんざりする。

 

 渡す気はねぇ、と口にする前に重綱が動いて守るように真田の前に立ちはだかった。どういうつもりだ、と誰も吼えねぇのは重綱から発せられる鬼気に当てられているせいだろう。この場にいるのはあの戦乱の時代を生き抜いた猛者ばかり、あの時代を知らねぇルーキーが気一つで猛者共を抑え込んじまってる。あの家康でさえ微笑を浮かべながらも冷や汗を一筋頬に流していた。下手な手を打てばこの場の全てが殺される、そんな危機感を持っているのはすぐに分かった。

 

「それは、徳川に叛意ありと見做して良いのか」

 

 しかし相手は天下人、鬼気一つに当てられたからと簡単に怯んじまうようではこの国を統べる主にはなれねぇ。顔色一つ変えずに問う姿は立派なもんだが、一歩も引かねぇ重綱もまた立派なもんだ。

 

「伊達は徳川家に叛意を翻すことはございません。外様大名でありながら伊達家を重用して下さる将軍家に対し、何故刃を向ける必要がありましょうか。しかし、真田殿をお渡しするわけには参りませぬ。これから真田殿には生きて償っていただかねば」

 

 生きて、その言葉に家康の口元から笑みが消えた。戦闘開始、そんな言葉が頭によぎる。小十郎の好きな真剣勝負、それが今この場で起こっている。打つ手を一つ間違えれば今度は伊達が泰平の世を覆そうとした大罪人として扱われる。絶対に間違うことが出来ねぇ交渉、分かっているのだろうか。よもやアイツが伊達をひっくり返すようなことはしねぇと思うが。

 

「冬の戦で前田の兵を尽く討ち取った相手が真田であることは忘れたのか。お前を傷つけたのも真田であることを」

 

「死して幕を引く、単純にして明快ではありますがそれをして引ける幕はこの戦のみでしょうに。真田殿を殺したとしても禍根は残り、また新たな戦の芽となるでしょう。憎しみを力で叩き潰せば必ず返りが来る……その返りは望まぬ悪しき形となって戻るという事実から何故目を背けようとなさるのですか」

 

 アイツの言葉に家康は表情を少しも変えようとはしない。真田を殺す、そして豊臣の協力者は全て殺す、絆の力によって許すのではなく断罪をする……これは何も家康が冷徹だからというわけじゃねぇ。何故殺すのかは俺も理由が分かっている。殺さなければ殺された連中や徳川に味方した人間の気が済まない、それを晴らしてやるためにも見せしめに殺す必要があるのだということは。それに、この戦で豊臣方に付いた連中は武士として死ぬことを望んでいる。長い間自らの価値を殺され、死んだように生きることを強いられた連中にとって武士としての矜持を守る意味がある。どうあっても望む生き方を実現させてやれなかった家康はここでそいつを叶えてやろうとしている、それが唯一の慈悲であると。

 

「お前も分かっているのだろう、この戦で豊臣方に生きることを望む者はいないことを。周辺の村から強引に駆り出された兵は皆解放した。この場に残る者らは武士としての矜持を守るために死を望んでいる。……ワシは、今まで彼らを死んだように生かすことしか出来なかった。この望みはワシの手で叶えてやらねばならないんだ」

 

「そうして望みのままに死を与え、そして残された者達に悲しみを与え憎しみを育て……その結果また何処かで戦を招く。憎しみは病のように伝播して禍根を残していく……いつまでこんなことを続けるおつもりなのですか。何故上様はそれを絆と考えるのですか。武士の矜持などという些末なもののために、殺すことを安易に選択なさるなど愚の骨頂ではありませんか!」

 

 些末、些末と言いやがったのか、アイツは。おいおい……流石の俺もこいつには頭が痛くなっちまう。今までずっと武士としての教育を受けてきたんじゃねぇのか。なのにその矜持を些末と言い放てる神経が俺には理解出来ねぇ。小十郎の教育が全く良くなかったんじゃねぇのかとさえ思っちまう。家康もまさかそんな括りをされるとは思わなかったのか、呆気に取られた顔をしていた。

 

「どういう教育してきたんだ、お前は」

 

「……厳しくその辺りも教えてきたつもりだったのですが……今一度、教育を施さねばならぬようですな……」

 

 がっくりと項垂れたい、そんな顔をされちまうと俺もどうとも言えなくなる。だが、重綱に矜持がねぇとはどうにも思えねぇ。武士の矜持を些末とは言ったが、何の信念も拘りがないわけではないはずだ。

 

「重綱、その言葉の真意は何だ。武士としての矜持が分からねぇわけじゃねぇだろ」

 

「ええ、武士とは何ぞや、と幼い時分より教わって参りましたゆえ……ですが、こうして馬鹿げた戦を平然と起こしそれに乗って傍迷惑な心中に付き合ってやることが武士の矜持というのならば些末なものでしかありません。守るべき本当に大切なものを見失うのであれば、私はそのようなものは不要です」

 

 俺に背を向けたまま、きっぱりと言い放つアイツにはやはり何か信念がある。守るべき本当に大切なもの、小十郎ならば間違いなくそれは俺だと答えるだろう。重綱は何と答える。あの様子では俺ではないことくらいは分かっている。では、アイツが守りたいと思うものは一体何だ。

 

「大切なもの……お前が、真に守りたいと思う大切なものとは何だ。武士の矜持よりも大切なものか」

 

 家康の問いに、重綱はしっかりと頷いて家康を見据えたまま口を開いた。

 

「真に守るべき大切なものは命です。これを置いて他に大切なものなど何があるというのでしょうか」

 

 さらりと言い放ったそれに、言葉を失ったのは俺達の方だった。考えてもみれば、アイツはこの大坂での戦で人の命を奪うこともあったが基本的には誰かを守るためにずっと動き続けていた。冬の戦では前田を守り、この戦では先鋒にと願ったのも人が死ぬ未来を変えたかったからだとそう俺に明かしていた。アイツは一貫して誰かを守ろうとして戦って来た……命の火を容易く吹き消さねぇようにと。それに対し、俺は一体何を考えて戦っていた。命を守ろうなどと考えていたのだろうか。いや、少しは考えていたと思いたいが大部分を占めたのはもっと利己的なこと……そして真田との雌雄を決すること、命を守ろうとは本気で考えていなかったのかもしれねぇ。

 

 この戦で死んだ人間は積極的に戦いに挑んだ者ばかりじゃねぇ。重綱が真田に言ったように、徳川と豊臣の戦に巻き込まれて死んだ人間もいる。重綱が調べさせていた戦の被害者の数は日に日に膨れる一方で、多くの人間が不幸になった。こういう人間を出さねぇために戦のない世を求めたはずなのに、それは戦の弊害と何故俺は割り切っていたのだろうか。重綱のように、命が大事と堂々と俺は言えるだろうか。俺ばかりではなく、この戦で戦った連中の中に、武士の矜持よりも命が大事だと言える奴がどれほどいるのか。

 

「私は上様や政宗様が生きた戦乱の世を知りません。ですが、人々が泰平を享受し心穏やかに生きられる世は知っています。私は命を守るためにこの泰平を、武士の矜持などで容易く掻き消したくはないのです。残ってしまった禍根は簡単に消えることはないでしょう。ですが、禍根を残す原因が人であるのならば、憎しみを溶かすことが出来るのもまた人と考えます。慈悲や慈愛、この先に必要なのはそのようなものでしょう……終わりにしなければならぬのです、命を守るためには戦乱の世は真の意味で幕を引かねば」

 

「ワシに許せ、と言うのか。不問にせよと」

 

「はい。上様が絆の力を説くのであれば、今こそ絆の力で真の泰平を築く時かと。……今までは泰平の世は犠牲の上に成り立っていました。誰もが幸せに笑って暮らせる世ではなく、多くの者が泰平を享受する中で苦しみに喘ぐ者も少なからずおりました。不完全な泰平を維持するのではなく、私は誰の犠牲もなく笑って暮らせる世を作りたい。それは敵対をした方々であっても変わりません。そして……上様であっても」

 

 この言葉に酷く驚いた顔を見せる家康は、本心の表情であると思えた。天下人になって家康はとにかく腹の底を見せようとはしなくなった。日ノ本の主である以上は仕方のないことだとも思っていたが、絆を説くわりにひどく孤独に見えたのは俺ばかりではなかったのかもしれない。アイツは自らが犠牲になることでより泰平の世を盤石にしようと考えていた……これは思い込みでも何でも無く事実そうなのだろう。いつ江戸城に出向いても家康を見る家臣の目が心配そうで、自らを過度に殺して君主を演じていることを嫌でも悟らされた。特に戦国最強は何も言わねぇが心配しているのは見ただけで分かったくらいで……家康は本当に何を目指しているのかと分からなくなっちまっていたと思う。

 

「もう、良いではないですか。今は泰平の世、戦乱が当たり前であった世ではないのです。戦に戦を重ねて悲しみさえも力でねじ伏せる必要はないのですから。これからは皆が力を合わせて泰平の世を作らねばなりません。誰かが犠牲になって成り立つ偽りの泰平ではなく、真の泰平を。これこそが、上様が望む絆であり未来ではないのですか」

 

 臆さぬ物言いに家康はしばらく黙っていたが、堪え切れないとばかりに大笑いを始めた。戦場に響き渡る家康の笑い声、家臣共は揃って戸惑っている。余程可笑しいのか涙を零して笑う姿は遠い昔に見た、関ヶ原の戦いに挑む前の幼い家康を思い出させた。

 

「聞いたか、忠勝! これはいい、やっと、やっとワシが望む世が訪れそうだ! そうだ、全てはお前の言う通り……ワシが望んでいたのはそんな世だ。ああ、嬉しいな……忠勝、これが次の世を担う者だ。ワシの想いは、ワシの望んだ絆は正しく次の代に受け継がれていた」

 

 腹の底から嬉しい、そんな顔をしながら笑う家康は涙を拭い捕らえた連中に解放するようにと命じていた。当然家臣からの反発はあったが、これ以上の禍根はもう徳川の世には必要ない、と言い放ち半ば独断で全員を解き放ってしまった。この展開に戸惑っているのは豊臣に与した連中、どうしたら良いのか分からないという顔をしているのがまた何とも言えねぇ。殺されるつもりでいたのが妙なところで生き長らえてしまった……そりゃ、そんな顔をするのも道理だ。

 

「おい、家康……いいのか? 俺も殺すつもりだったんだろ」

 

 捕まっていたらしき西海の鬼が戸惑ったように声を上げる。家康は黙って首を横に振り、どうするつもりもないことを示してみせた。逃げるに逃げられない、かといって今更戦う気もない、ただどうしていいのか分からねぇと戸惑う連中に重綱は自ら近づき声をかけた。

 

「もし武士として生きることを少しでも望むのならば、どうか力を貸しては頂けないでしょうか。今の世は泰平の世、しかしまだまだ不完全で真の泰平を迎えたとは言い難い状況です。これよりの武士は泰平の世を築き守る礎とならねばなりません。今一度、武士として……今の世で望んだ泰平を求めてはみませんか。誰もが笑って暮らせる幸せで平和な世を今度こそ我らの手で創り上げましょう」

 

 静かに笑って口にしたそれに、誰もがすぐには反応出来なかった。だが、流れた沈黙は短く、上がった雄叫びは歓喜の声……やっと望んだ生き方が出来る、と沸き立っていやがる。生き残った連中はかなりの数だが……まさか連中全部を受け入れるつもりじゃねぇだろうな。あの数を家臣にと言われると、流石にこっちも困っちまう。

 

「馬鹿なことを申すな! 謀反人であるそやつらが何の咎めも受けず、武士に戻るなどと許されん!!」

 

 重綱が鬼気を解いたせいか、やっと我に返った一人が銃を携えて抗議の声を上げた。しっかりと重綱に照準を合わせ、引き金を引こうとしている。その声に振り向いた重綱は避けることをしなかった、いや、避けるだけの暇が無かったと言った方が正しいだろう。俺も飛び出して庇ってやれるほど軽い怪我でもねぇ、咄嗟に小十郎が動いたが重綱の盾になるには遠過ぎる。小十郎が飛び込むよりも先に引き金を引いて弾が当たる方が早いだろう。

 

「死ね、家康様を誑かす鬼め!!」

 

 どん、という音と共に引き金が引かれ銃が火を噴いた。しかし、その弾が重綱に当たることはなかった。何故ならば代わりに弾を受けたのは家康だったからだ。この状況を見た家康が咄嗟に間に入り、間一髪で重綱の代わりに弾を受けた――何故、という疑問は不思議と誰の口からも溢れなかった。今のやり取りを見ていて家康が何を思ったのか、そして家康がこの状況を見てどう動くのか、納得は出来ていなくてもそいつを察したからこそであると思う。

 

「い、家康様……何故、そのような鬼を」

 

「日ノ本の未来を考え、あえて泰平のために苦難の道を行こうとする者を排除する理由など何処にあるんだ。やっと、本当の意味での泰平が訪れようとしているんだぞ? ……それに、重綱に傷一つ付ければ奥州の竜が牙を向く。伊達家を敵に回せるほど、今の徳川には余裕がない」

 

 腹を撃たれてその場に座り込んだ家康を重綱が支えている。弾は貫通していないようでその場が騒がしくなった。結果的に主を撃つことになったそいつは手討ちにこそされなかったものの、きっと未来(さき)は明るくないだろう。思うところはいろいろあるが……まずは重綱を守ってくれたこと、感謝をしなけりゃならねぇ。

 

「ワシは流れ弾に当たって怪我をしてしまった。急ぎ戻り治療を受けねばならん。ゆえに、今この場で起こったことはワシは何も与り知らぬこと……さあ、戻ろう。ワシも腹が痛い」

 

 笑ってこんなことを言う家康を徳川の家臣達が担いで運び、謀反人として捕らえていた連中を置き去りにしてそのまま引き上げちまった。与り知らぬ、か。許してやるんじゃなく見なかったことにしてやるから後は好きにしろ、そう言うつもりか。まァ、この状況ならばそれが一番納まりが良いのかもしれねぇな。許す、となるとやはり問題が大きくなっちまう。捕らえていたものに逃げられた、とでもしておく方がまだ都合がいいか。

 

 これで戦は終わり……随分と長く戦をしていたような気がする。やっと戦が終わった、と実感出来たのは今が初めてにさえ思えちまう。

 

「真田、生きてるか」

 

 半死半生といった様子の真田に声をかける。アイツは疲れたとばかりにその場に寝転がり、大きく溜息を吐いた。

 

「辛うじて……、片倉殿の御子は片倉殿以上に苛烈でござるな。流石は政宗殿が可愛がられることはある……貴殿にも似ておりますな、目指すもののためにあえて険しい道を征くところなど」

 

「HA、そりゃあおしめも取れねぇ時分からいろいろ仕込んでるからな。戦の話を寝物語に聞かせながら寝かしつけてやったのもいい思い出だぜ」

 

 きっと本人が聞いたら顔を赤くして抗議するんだろう、昔の話だと言ってな。真田の手当に駆けつけた忍が呆れたような顔をしているが、どうせあんな顔をされるのならもう一つばかり語ってやるとしようか。

 

「重綱はな、アンタの話がお気に入りだったんだ」

 

「某の?」

 

 首だけを俺の方に向けた真田は驚いた顔をしている。まァ、確かに驚くのも無理はねぇ。こんな話、知るはずもねぇからな。

 

「今は亡き武田の猛将真田幸村、二槍を操り俺が認めた日本一の兵――幼い頃は俺とアンタの勝負を話してやると嬉しがっちまってなァ、決まってアンタの方を応援するからそりゃあ妬けたもんだぜ。それに……口にこそしねぇがアンタみてぇな男になりてぇと、そんな憧れもあったようだ」

 

 重綱の中では真田は憧れの人、一度お会いしてみたい、とは過去に何度も聞いたセリフだった。だからこそ余計に今の真田には腹を立てたのかもしれねぇな。憧れた男がこんな戦を起こして身勝手な死に方を選ぼうとしている……その気持ちは分かるような気がする。真田も何とも言えねぇ複雑な顔をしているしな。

 

「……ならば余計に――違えることは出来ませぬな」

 

 穏やかに微笑んで天を仰ぐ真田は、何もかもが吹っ切れたような顔をしていた。終わった、と奴の顔を見て自然とそんなことを思う。俺と真田の戦もここで終わった、いや、もう随分と昔に何もかもが終わっていたのかもしれねぇ。この勝負は俺の未練、そいつを果たそうとして何もかもを投げ捨てようなんざ……重綱にぶん殴られても文句は言えねぇな。

 

「小十郎、俺も限界だ。ちぃと眠る……後は適当にやっといてくれ」

 

「なっ……政宗様? 政宗様、お気を確かに!」

 

 小十郎の喧しい声が耳に響き、そんなに心配するんじゃねぇよと言ってやることも出来ないまま意識を落としていた。致命傷ではないにせよかなりの重症であったらしく、目を覚ましたのは江戸城の城下にある伊達の屋敷で、半月ほど眠ったままだったと聞かされた。真田の方が重症ではあったが半月の間にすっかりと治っちまったらしく、切り落とされた右腕が生えてくることは流石に無かったが左手で何でも出来るようにとすぐに訓練を始めたと聞いて逞しいもんだと思った。結局家康が見逃した連中についてとやかくいうことは無かったが頃合いを見計らって手のひらを返されることが無いとも言い切れない。可能性がある以上ここでゆっくり休んではいられねぇと急ぎ奥州に帰り、万一の事態に備えていろいろと偽装をすることにした。全てが終わった、と安堵出来るにはまだまだ時間がかかりそうだ……そんなことを思っていた。




次回最終話です。
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