ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
無事に新しい武器と防具を買い終えたベルたちは、その場でベルに装備させた後、エレベーターに向かっていた。
そんな中、エレベーターに向かう途中にベルは、何か違和感のようなものを感じているのであった。
(この通路ってお店に向かうときに通った道のはずだよね?何かさっきと雰囲気が違うような…?)
疑問に思った僕は、歩きながら周囲に目を配らせる。
僕の一歩前を歩くレフィーヤさんとアイズさんは、どうやら僕が感じている異変に気が付いていないようである。
(やっぱり僕の勘違いかな…って、あれ?)
何かが僕の視界の端で、黒く光ったような気がした。 その方向に視線を向けると、とある装備品が飾ってあった。
(あの玉…さっきここを通ったときにあんなもの置いてなかったはずだけど…?)
ベルの視線の先には、小さな黒い
その玉には銀色の飾りが周囲に施されており、一見して凝った細工だとわかる。
どうやら首飾りになっているらしい、直径三センチ程度の漆黒の玉に、何故か僕の視線は引き寄せられていた。
そして気付いていたら僕は、その玉の方へと近づいて、それを掴もうと手を伸ばしていた。
その黒い玉に触れた瞬間、突然それは白く輝き始めた―――!!
「なっ!?」
その変化は劇的であった。
玉の色が徐々に黒から白へと変わっていったのである。
その光景はまるで暗闇が光に埋め尽くされるようだと、僕は感じた。
その現象に驚愕を隠せない僕であったが、本当の驚きはむしろここからであった。
元々黒かったはずの玉が半分ほど白色に染まったときに、よりいっそう眩しく輝く。
その光により僕の視界は真っ白に塗りつぶされた。
あまりの眩しさに僕は目をつぶってしまう。
数秒後、光が弱まったのを感じ目を開けてみると、何と周りの風景が一変していた!
先程まで確かにバベルの中のお店にいたはずだが、今の僕が立っている場所は、白と黒――光と闇が混ざりあった、どこか神秘的な空間であった。
(い、一体何がっ!?ここはどこなんだ…?確かあの黒い玉に触れた瞬間、白く輝き出したと思ったらいつの間にかここに来ていた。…やっぱりこの不思議な現象はあの玉と何か関係あるはず…。でも、これからどうすれば…)
この不思議な現象について考える僕であったが、突然
『貴方は英雄になりたいですか?』
見渡す限りベルしかいないはずの空間で、不意に女性の声が聞こえた。
冷静で、無機質で、どこか人間味を感じさせない神秘的な声。
自分の理解を超える現象の連続にいつもの僕なら激しく動揺し、冷静ではいられなかっただろう。
しかしなぜだろう、今回の僕は落ち着いていた。
たぶん僕の心はその女性の声を聞いた瞬間、この不思議な現象は僕を害するものではないと感じたからだ。
(この空間、そして女性の声からは僕に対する敵意や悪意は感じない…。むしろ歓迎されているような…?まずは彼女の問い掛けに答えないと…)
僕はそんなことを考えながら、彼女の質問に自然と答えていた。
「はい、僕は英雄になりたいです」
普段ならそんなこと恥ずかしくて言えない僕の夢であるが、今だけは恥ずかしいと感じることはなかった。
そして僕がそう返答すると、この不思議な空間の色合いが変化したように感じた。
(さっきより空間がより白くなった…?僕が返答した瞬間に黒が白に変化したけど、これは一体…)
立ち尽くす僕の頭の中で、またしてもあの声が聞こえてきた。
『英雄へと至る道はとても過酷なものです。自分よりも強大な敵に挑むことや理不尽な数の暴力に晒されることもあるでしょう。そんな試練がこれから貴方を待ち受けており、命を失う可能性も今までとは比べ物にならないほど高くなります。英雄を志したことを後悔する日がいつか来るかもしれません。それでも貴方は…本当に英雄になりたいのですか?』
相変わらずその無機質な声から感情は読み取れないが、それでも僕の身を心配してくれているのは伝わる。
ここは彼女の忠告に従い、今すぐ馬鹿な考えを止めるべきだと僕の本能が告げている。
(今なら英雄になりたいっていう夢も、夢のままで終われる。彼女の言う通り、今ならまだ僕の覚悟を撤回できる…。自分の一生を、命を、全てを懸けてまでなれるかどうかわからない存在を目指す……そんな馬鹿な選択はせず、賢明な生き方をするべきだ。それが正しいと頭ではわかっている…)
―――それでも。
―――それでも僕は英雄になりたいと、あのとき自分自身に誓ったのだ。
―――僕を救ってくれた祖父のような強い英雄になってみせると…!
―――でも、今はそれだけではない…。
こんな自分に優しく接してくれる【ロキ・ファミリア】の人たちを思い浮かべる。
そして真っ先に思い浮かんだのは…僕に向かって優しく微笑んでくれるアイズさんの笑顔だった。
―――僕は、
―――僕はっ、
―――僕はッ…!!
―――アイズさんを笑顔にできるような…そんな優しい英雄に。
―――そして、今の自分にはおこがましい願いだけれども…。
―――フィンさんやリヴェリアさん、ティオナさんやティオネさん、レフィーヤさんや他のファミリアのみんなを…僕の新しい家族を、いつか自分の力で守れるような…そんな本物の英雄に。
―――僕はっ、
ベルがそう宣言した瞬間、空間全体がよりいっそう白く輝き始めた。
そしてその光により闇は完全に消え去った。
最初は黒と白が入り交じっていた空間だったが、今は完全に白一色の空間へと変貌したのである。
『私の忠告を真剣に考えた上でのその決断…どうやら英雄へと至る決意は十分に堅いようですね。そして貴方から伝わってくる意思の強さ…これなら資格を十分に満たしています』
先程と同じ女性の声が真っ白の空間に響き渡る。
ただし先程とは違う点が存在した。
何とベルの目の前に光の粒子が集まってきたのである。
凝集した粒子は、徐々に人の形を描き出す。最終的には、女性の姿へと変化するのであった!
「あ、貴女は…!?」
『驚きましたか?先程までは姿を現さずに声だけで失礼しました。今、貴方の瞳に映るこの姿が本来の私の姿です』
半ば透き通り、神秘的な雰囲気を身に纏った女性。
突然ベルの前に現れた彼女は、神が創った人形と言われても納得してしまうほどに美しかった。
人ならぬ美貌…美の神に匹敵するほどの端麗な容姿。
彼女の瞳と髪の色はこの空間と同じ白色。その白い髪は腰に届くほど長く、その白い瞳は何もかも見透かしているようであった。
そんな彼女を前にしてたらどんな人間でも緊張するはずである。
それが女性に慣れていないベルであるのなら尚更、いつもよりも緊張して赤面する未来がは容易に想像できる。
しかし今回のベルの行動は、その予想から大きく外れるものであった。
この空間でいきなり声を掛けられたときに自然体で答えていたのと同様に、今回も緊張して顔を赤らめることなかったのである。
強い意思を宿す紅の瞳は、深い叡知を宿す白の瞳を真っ直ぐと見据えて答える。
「そうだったんですか…。でも、どうして初めは声だけだったんですか?」
『…今の私はとある事情により、この姿を維持できる時間が限られているのです。そのため初めからこの姿だと、すぐに時間切れを迎える可能性がありました。そういう理由もあり、初めからこの姿で現れることが不可能だったのです。やはりお気を悪くしましたか?』
「えっと、僕は別に失礼だと思っていませんから大丈夫ですよ。ただ特別な事情でもあるのかなって気になっただけですから。それで、そのとある事情というのは一体…」
『申し訳ありません、もうあまり時間がありませんので、私の事情についての説明は省かせていただいてもよろしいでしょうか?』
「あ、僕こそすみません。時間があまりないみたいなのに余計なことを聞いてしまって…」
『貴方が謝る必要はありませんよ。それでは、ベル・クラネル…今から貴方に加護を授けたいと思います』
「加護、ですか…?」
『今から授ける加護は貴方の運命…因果律に干渉し、英雄へ至るための試練を与えることでしょう。また、この加護により魔法が発現しやすくなります。きっかけさえあればすぐにでも魔法を使えるようになることでしょう。…以上が加護の説明となります。それでは加護を授けますので、お立ちになったまま目をつぶってください』
「えっと、これでいいんですか…?」
ベルは彼女の言葉に素直に従い、目をつぶった。
彼女は浮遊しながら目を閉じているベルに近づき、お互いの鼻がくっつきそうになる位置まで距離を縮める。
そして彼女はベルの顔を数秒見つめた後、無防備なベルの額に口づけをするのであった。
『これで無事、貴方に加護を授けることができました。もう目を開けていただいてよろしいですよ』
「い、今のってまさか…」
『口づけですか?古来より私たちが加護を授けるときは、対象の額に口づけをするのが決まりなんです。もしかして、私に口づけされるのは額であっても嫌でしたか?』
「い、嫌じゃありませんでしたけど、額でもいきなり口づけされたら心臓に悪いですよ」
『そうでしたか。ですが貴方の心はずっと落ち着いていましたよ?』
「え、そんなはずは…」
(あれ?言われてみれば今の僕は確かに落ち着いてるような…。いつもの僕なら情けないことに、女性にこんなことされたらテンパってしまうはずなのに…。まぁこれ以上考えても仕方ないか。それよりも気になることがある)
「あの、どうして僕に加護を授けたのですか…?それに加護を与えることができる貴方は一体何者なんですか?加護を授ける存在なんて、まるで…」
『すみません、今はまだ貴方の質問に答えることができません。ただ私の正体については貴方の予想通りだと思いますよ。…どうやらもう時間切れのようです。それでは、貴方が最初の試練を無事乗り越えることを心から祈っていますね。また会いましょう、≪
(最初の試練…?それに≪
ベルが意味深な言葉の意味を尋ねようとしたが、それは叶わなかった。
なぜなら突然、よりいっそう空間全体が眩しく光輝いたのである!
そして光の輝きが止んだ空間には、なんとベルの姿はいなくなっており、たった一人…彼女だけが残っていた。
『…ベル・クラネル。貴方にこのオラリオの未来を託しましたよ』
その言葉は誰にも届くことはなく、白い空間に消えていった。
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これは白い
彼女は、真っ白の空間に存在していた。
彼女は、未来を見通すことができた。
彼女は、ある都市の破滅の未来を知ってしまった。
彼女は、その運命を自分の力で防ぐことができないと理解していた。
彼女は多くの人がただ無力に死んでいく未来を見て、彼女の心に絶望が芽生えた。
彼女の絶望が伝染するように、その空間は白から黒へと変化していく。
その光景はまるで希望が絶望に塗り潰されるようだった―――。
そして彼女は、暗闇の空間に存在していた。
彼女は、その運命を防ぐ――決まった未来を改変する方法を長い間考えていた。
彼女は長い間考え続け、その破滅しか待っていない運命を変える存在に行き着いた。
それは運命を覆す唯一の存在、≪英雄≫と呼ばれる者である。
そして彼女は、英雄の誕生を待つことにしたのだ。
彼女が英雄の誕生を待ち続け、長い年月が経った。
そしてついに、運命の歯車は回り始める―――。
彼女が存在している暗闇の空間に、突然暖かな白い光が差したのだ。
彼女の周りに存在した絶望の暗闇は、その白い光が消し去ってくれた。
彼女は、その白い光がずっと待ち望んでいた『
彼女は、その『希望』に手を伸ばし、英雄になることを望むか問いかけた。
『希望』は、眩しく光り輝きながら肯定してくれた。
それに伴って闇は完全に光により消え去り、残されたのはずっと昔に彼女が存在していた真っ白の空間だった。
こうして彼女はその『希望』――ベル・クラネルに加護を授けた。
そして彼に、破滅の運命が待ち受ける都市―――迷宮都市オラリオの未来を託すのであった。
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「―――ル!しっかりして下さい、ベルっ!?」
「ベルっ!!」
ベルの意識が戻ったときにまず初めに聞こえたのは、自分の名を心配そうに呼ぶレフィーヤとアイズの声であった。
「…あれ、レフィーヤさんとアイズさん?どうしたんですか、そんなに心配そうな顔をして…?」
「もう!何寝ぼけたことを言っているんですかっ!?今まで私たちがどんなに呼び掛けても、石像のように固まっていたんですよ!!私たちがどれだけ心配したのか、ベルはわかっているのですかっ!?」
「えっ、僕って今まで固まっていたんですか…?」
「…うん、その白い玉を手にしたまま、まるで時間が止まっているように固まってたの。肩を揺すっても反応がなかったから、凄く…凄く心配した」
「そうだったんですかっ!?あの、本当に心配かけてすみませんでした!!」
鬼気迫るレフィーヤとアイズさんに詰め寄られ、ベルはいつの間にか掴んでいたその玉から手を放し、二人に頭を下げる。
その瞬間、慌てて頭を下げたベルの手から白い玉がこぼれ落ちてしまった。
「しまったッ!?…って、あれ?」
白い玉は自由落下して床に激突すると思われたが、幸運なことにその玉は首飾りだったため、ベルの首にぶら下がるのであった。
(危なかった、落とさずに済んでよかったよ。でもいつから僕は、こんな首飾りを着けたんだっけ?何か、大切なことを忘れているような…)
「突然すみません、僕ってこんな高そうな首飾り、いつからしていたかお二人は覚えてますか?」
「いきなり何を言っているんですか?そんなの、
「今朝からずっと……。あの、アイズさんも同じですか?」
「…う~ん、今朝のときから着けていたのかな…?ごめん、あまり自信ないがないかも…」
レフィーヤさんによると、僕は最低でも今朝からこの首飾りを着けていたようである。
ただアイズさんは首を傾げ、どうやらレフィーヤさんの返答に対して疑問を感じているみたいである。
「…ねぇ、ベル。その玉ってどこで手に入れたの…?」
「これですか?それが、僕にもよくわからなくて…」
「自分が装備しているものなのに、どこで手に入れたのかを忘れたのですか?」
白い玉に関心を示すアイズさんに、僕の言葉を聞いて呆れ顔のレフィーヤさん。
僕はこの二人の顔をまじまじと見つめてから、自分の首にかかっている白い玉に視線を向けた。
( …僕はこの玉に、何か大切なことを誓ったような気がする。でも、まるで頭にもやがかかったように思い出せない… )
唯一記憶に残っている情景は、闇と光が入り混じった空間と、そこで自分は誰かと話したということだけ…。
「あの、アイズさんはこの首飾りについて何かわかりませんか?」
僕と同じく、この首飾りに違和感を感じているアイズさんなら何かわかるかもと思い、聞いてみることにした。
「…ごめん、私にもよく分からない。ただ…」
「ただ…?」
アイズさんの答えを期待して待つ僕に、アイズさんはどこか寂しそうな表情をして答えた。
「その首飾り…白色の玉を見ていると、とても懐かしい気持ちになってくる。まるで――――――」
その先に紡がれた言葉は、あまりにか細い声であったため、僕は聞き取ることができなかった。
「あ、あの…」
「…?」
「い、いえっ!何でもないです…」
先程アイズさんが見せた表情。
今までに見たことのないようなアイズさんの悲しげな瞳を思い出したら、僕は何も聞き返すことはできなかった。
思わず口ごもってしまった僕のことをアイズさんは小首を傾げ、不思議そうに見つめていた。
三人の会話がちょうど途切れた時。
正午を告げる大鐘が鳴り響くのであった――――――。