ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
バベルでの買い物を無事終えたベルたち一向は、白い玉の件で一悶着はあったものの、今は北のメインストリートに向かっていた。
実はバベルを後にする前、【ヘファイストス・ファミリア】の店員にその首飾りについて尋ねてみたが、あまり芳しい情報は得られなかったのだ。
唯一得られた情報は、その首飾りが【ヘファイトス・ファミリア】が作製したものではないということだけであった。
ベルが訪れた【ヘファイトス・ファミリア】で売っていないということは、必然的に今朝からベルは着けていたというレフィーヤの意見が正しいということで事態は収束したのである。
ちなみに問題となったその首飾りはというと、現在もベルが身に着けているのであった。
昼食を取るために、北のメインストリートにあるお店を目指して歩くベルたち。
しかしベルたちは誰も気が付かなかった。
ベルの首にぶら下がる白い玉―――。
それから放出された透明な魔力が、ベルの体に入っていく現象に…。
この現象がベルにとって何を意味するのか―――?
その答えが判明するのはもう少し先の話となる。
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「あ、あの!あれは事故のようなものなので、別に気にしなくても…」
「あんなにお腹を鳴らしといて気にしないでと言われも、説得力はありませんよ」
「ううっ、あれはその…」
バベルでの買い物が終わり、次はどうしますかというレフィーヤさんの問いかけに答えたのは、グゥ~と鳴り響く僕のお腹の音であった。
アイズさんたちは恥ずかしさで真っ赤になる僕の顔を優しい目で見つめ、昼食にしようと提案したのである。
(うぅ、あのときは死ぬほど恥ずかった…。お腹が鳴った原因はたぶん、挨拶が忙しくて朝食を満足に食べれなかったせいだから、こればっかりは仕方ないよね…)
恥ずかしい姿をアイズたちに見せてしまったことにガクッと肩を落として落ち込むベル。
そんなベルを心配したアイズが、優しくフォローをする。
「…大丈夫、ベルと同じで私もお腹が空いていたから」
「…その、気を使わせてしまいすみません、アイズさん」
「ううん、私もベルと同じくお腹が空いていたの…。だから、もう気にしなくていいんだよ?」
「アイズさん…!!」
「もう、アイズさんはベルに甘すぎです…。ところでアイズさん、私たちはどこのお店に向かっているんですか?」
「…北のメインストリートに、ジャガ丸くんのお店があるって、ティオナに教えてもらったから、そこに向かっている」
「ジャ、ジャガ丸くんですか…?」
「…ベルも気に入ると思う」
「アイズさんはジャガ丸くん、好きですもんね…」
こうして僕たちは、バベルから広く整然とした裏通りに抜け、とても賑わっている北のメインストリートに出たのであった。
真っ直ぐ歩くこと数分、アイズさんは目印を発見したのか、通りを折れて脇道に入る。僕とレフィーヤもアイズさんの後に続きと、そこには露店が立っていた。
「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりでしょうか、お客様?」
そこの露店の中にいたのは、とても可愛らしく…そしてどこか神々しい、ツインテールの美少女だった。
「ジャガ丸くんの小豆クリーム味、三つお願いします」
僕がその店員のことを見て固まっている横で、アイズさんは淡々と注文していた。
別の店員さんが衣をつけて揚げたジャガ丸くんを、その店員は丁寧に包装して、「はい、 百二十ヴァリスです」と笑顔で言って、アイズさんに差し出した。
「…うん?どうしたんだい、そこの君?ボクの顔をじっと見つめて固まっちゃったりして…ははぁーん、さてはこのボクに惚れたな!」
「い、いえ、そうじゃなくてっ!?な、なんだか女神様みたいだな~って思いまして…」
「それは当然さ!ボクは女神みたいではなく、正真正銘の女神なんだからね!!」
「ええぇーっ!?ほ、本物の女神様ですか!?」
「そう、これだよ、これっ!ボクはこの反応を待っていたんだ!!それなのにあの馬鹿どもは、このボクのことをロリ神とか言って馬鹿にして…っ!でも、やはり下界の子供はあいつらとは違うねっ!…よし、決めた!君の名前は何て言うんだい?」
「ベ、ベル・クラネルと言います、女神様…」
「うん、いい名前だね!それじゃあ、ベル君と呼ばせてもらうよ。僕のことも女神様じゃなくてヘスティアと呼んでくれたまえ」
「わ、分かりました、ヘスティア様」
「早速だがベル君。ボクは今、【ファミリア】の勧誘をやっていてね。ちょうど君みたいな子に入ってほしいなぁーなんて奇遇にも思っていたところなんだよ。その、うん、なんだ…もしよかったら、ボクの【ファミリア】に入らないかい?」
「えっ!ぼ、僕ですか…!?」
(確かに僕は、ロキ様以外の神様ともお会いしたいと思っていたけど、まさかその日に二人目の女神様にお会いし、しかもその女神から【ファミリア】勧誘されるなんて…!?)
「…ふんっ!」
「痛ぁっ!?」
顔を真っ赤にしてテンパっていた僕の右足を、隣にいたレフィーヤさんが思いっ切り踏みつける。
「…まさかとは思いますけど、女神の美貌に負けて【ファミリア】を鞍替えする、なぁーんて馬鹿なことはもちろんありませんよね、ベル?」
「…ベル?」
後ろに般若が見えるレフィーヤさんと、心なしか恐い顔のアイズさんを見て、僕は情けない悲鳴を上げてしまった。
「ひぃっ!?も、もちろんありませんっ!!」
「そうか、ベル君はもう【ファミリア】に所属しているのかい。それは悪いことをしたね。…安心していいよ、いくらボクでも、人様の子にちょっかいをかけるつもりはないから」
「す、すみません、ヘスティア様…」
「悪いと思うのなら、またジャガ丸くんを買いに来てくれよ、ベル君?」
「は、はい、もちろんです!!…そういえば、どうして神様がこんなところで働いているんですか?」
「うぐっ!?…ボクだって働きたくて働いているわけじゃないのさ」
僕の素朴な疑問を聞いて、ヘスティア様の雰囲気が一気に暗くなった。
「ボクの神友にヘファイストスっていう女神がいるんだけどね、彼女のところでボクは少しだけ厄介になっているんだ。ボクが【ファミリア】の勧誘を頑張っているのに、ヘファイストスはボクに『これ以上ニートを続けるつもりなら、この家から追い出すわよ?』とか言って、ボクが抗議したら『自分の食費くらい自分で払ってみせるというくらいの意志を見せなかったら、明日には追い出すわよ。いいから早く仕事を見つけなさい』って怒ったんだよ!?長年の神友なのに酷い話だと思わないかい!?そもそもだね…」
「あはは…」
どうやら僕は、ヘスティア様の地雷を踏んでしまったようだ。 僕は苦笑いを返すことしかできなかった。
それからヘスティアは次の客が来店するまでずっと、ベルたちに愚痴を吐き続けたのであった。
ベルは終始苦笑いで相槌を打ち、レフィーヤは困った顔をしながらも、女神の愚痴を真剣に聞いて、時には言葉を返し、アイズはいつもの感情の薄い顔をして黙って聞いていた。
自分の愚痴を真面目に聞いてくれたベルたち三人を、ヘスティアはとても気に入ったようで、その店を去る際には、とびっきりの笑顔でまた来てくれよ~とベルたちを見送ったのであった。
ちなみにベルたち三人が所属しているのが、ヘスティアの大っ嫌いなロキの【ファミリア】であるという事実を、ヘスティアはまだ知らない。
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ジャガ丸くんのお店でヘスティアに長い時間拘束されたベルたちは、女神の愚痴から解放された後、ジャガ丸くんを食べながらホームへと戻るのであった。
そして、三人ともジャガ丸くんを食べ終えたとき、【ロキ・ファミリア】ホームにちょうど到着し、現在はベルの訓練を行うため、中庭に集合していたのである。
「…それじゃあ、今朝の訓練の続きを始めるね」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「頑張って下さい、アイズさん!…ついでにベルも、アイズさんの期待に応えられるくらいには、頑張って下さいね」
「が、頑張ります!」
現在のベルは右手に≪紅≫、左手に≪蒼≫の短刀を装備し、俗に言う二刀流状態であった。
防具は先程レフィーヤに買ってもらったロングコートを着用しているため、今朝の訓練のときよりも様になっていた。
二刀を構えたベルと鞘を構えたアイズ。
両者の間に緊迫した空気が流れた。
そして、最初に動いたのはベルだった。
「うおおぉおおぉ!!」
雄叫びを上げ、姿勢を低くしてアイズに突進していくベル。
その突進の勢いのままアイズに向かってナイフを振り抜こうとしたが、ベルの考えは甘かった。
ベルがアイズの間合いに足を踏み入れた瞬間に待ち受けていたのは、鞘による高速の一閃だった。
「くっ!?」
ベルは咄嗟に右手のナイフでその一撃を防いだが、右手にとてつもない衝撃が響いた。 思わず痛む右手に意識がいってしまったベルだが、その一瞬の隙をアイズは見逃さない。
アイズはベルの無防備な左腹に向かって、鞘で二撃目を放った。 アイズの読み通り、ベルはアイズの二撃目に全く反応できず、そのままベルの左腹に鞘が食い込み、その衝撃を殺しきれずにベルは後ろに弾き飛ばされたのであった。
「ぐはぁっ!?…ま、まだだっ!」
アイズの攻撃をもろに食らったベルであったが、何メートルも弾き飛ばされながらもすぐに態勢を整え、またしてもアイズに突進してきた。
(…もう、痛みに怖がらないで、自分から攻めていけるなんて…)
そんなベルの成長ぶりを見て、アイズは密かに驚いていた。
ベルは先程のアイズの攻撃からアイズの間合いを読み取ったのか、アイズの間合いの手前で、右手のナイフを上段に、左手のナイフを下段に構え、全身を防御できるように構え直した。
ベルがアイズの間合いに足を踏み入れた瞬間、鞘での一閃がベルの頭上に向かって振り落とされた。 ベルは右手のナイフでその攻撃を受け止め、ナイフから伝わる衝撃に意識を向けず、次の防御に集中した。
ベルの右手がまだ痺れている状態のまま、アイズの二撃目がベルの右腹に向かって放たれた。 ベルはその攻撃に反応し、左手のナイフで二撃目を見事受け止めたのであった。
先程の二の舞にならなかったことを内心でほっとするベルであったが、そう悠長に喜んでいる暇はない。
なぜなら、アイズの鞘による二閃を防御したベルだが、むしろアイズの攻撃はこれからが本番だったからだ。
右手を頭上、左手を右腹の前に構えたまま硬直しているベルに向かって、アイズは三、四、五撃目を放つ。 アイズの三撃目はベルの右手に、四撃目はベルの左手に当たり、ベルは手の痛みから思わずナイフを手放してしまった。
そして、五撃目は無防備なベルに向かって放たれたのである。
「ぐあっ!?」
ベルはその一閃を避けることができず、綺麗に食らってしまった。
「…私の間合いを正確に把握したところまでは、よかったよ。…ただ、その後の防御の仕方がなっていない」
「防御の仕方、ですか?」
「…ベルは私の攻撃を防御するとき、そのナイフで受け止めているよね?」
「は、はい、その通りですが…」
「…受け止めた後は、すぐに動ける?」
「い、いえ。その…アイズさんの攻撃を受け止めたときに手が痺れてしまって…」
「…攻撃を真っ正直に受け止めたら、自分に衝撃が伝わるのは当然。そしてその衝撃が伝わっている間は、さっきのベルみたいに次の行動に移るのが遅くなるの。だから、自分よりも強い敵からの一撃は、武器で受け止めたらダメ」
「は、はい、分かりました!…でも、それならどうやって防御すればいいんでしょうか?」
「…攻撃を受け止めるのではなく、受け流すの。一流の冒険者はみんなそうしている」
「受け流し、ですか…?」
「…実際に体験した方が分かりやすいと思う。ベル、私に攻撃してみて」
「わ、わかりました」
ベルは先程落としてしまった短刀を回収し、アイズと距離を少し空けて向かい合った。
「それじゃあ、行きます!!」
ベルは叫ぶと、猛然と地を蹴リ出す。
そんなベルを見つめるアイズは、鞘を構えたまま動かない。
ベルは瞬く間にアイズの間合いに踏み込み、アイズに向かって右手のナイフを降り下ろした。
対するアイズは、自分に向かって撃ち込まれてくる右のナイフの側面に、鞘をそっと合わせた。
ふわり…としか形容できない柔らかい手応え…まるで風に撃ち込んだような手応えを感じ、ベルは驚愕して目を見開いた。
「ふっ…」
ベルが驚くのも束の間、アイズはベルに向かって一歩踏み込みながら、鞘を握っている右手を後ろに振り抜いた。
「うわぁ!?」
ベルが声を上げたときには もうベルの体はアイズの後方へと吹き飛ばされていた。
芝生の上に転がっていたベルだが、ふらふらしながらもすぐに立ち上がる。
「い、今のが受け流しなんですかっ!?」
「…そう、これが受け流し、だよ」
「アイズさんの受け流しは、本当に凄い技術ですね。私には到底真似できません…」
アイズの受け流し身をもって体験したベルはもちろんのこと、見学していたレフィーヤも、その技術の高さに改めて驚いていた。
「こんな途轍もなく凄い技が、僕なんかに使えるでしょうか…?」
「…今のベルには力が足りないから、今の受け流しを真似することはできないと思う」
「で、ですよね…」
「…でも相手の攻撃による衝撃を、ある程度受け流すだけなら、今のベルにもできるはずだよ」
「ほ、本当ですか…!?」
「…うん。もちろん、君の努力次第だけどね」
「わかりました!一刻も早く、その受け流しをできるよう頑張ります!!」
「…それじゃあ、訓練の続きを始めようか」
「はい!お願いします!」
こうして、ベルとアイズの模擬戦は再び行われた。
アイズの鞘による高速の一撃を受け流すのは容易なことではなく、ベルは何度も防御に失敗し、その度に吹き飛ばされた。
しかし、ベルは絶対に諦めず、何度も立ち上がってはアイズに挑んでいく。
何回も吹き飛ばされるベルを見て、レフィーヤは凄く心配そうな表情をしながらも、ベルに励ましの言葉を送り続けた。
そして、アイズに挑む回数が増えるごとに、ベルがアイズの攻撃を受け流す回数も徐々に増えていき、アイズが休憩を入れるまでには、十回ほど連続で防御が成功したのであった。
ちなみに、十回という数字をベルは情けなく思っていたが、アイズはベルの成長速度に瞠目し、ベルの成長を自分のことのように嬉しく感じていたのであった。
次回の更新は来週となります。