ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
以前にもフィンがベルに告げた通り、朝夕の食べ始めは全団員(もちろん、ダンジョンに潜っている者や見回りの者たちはその限りではない)が揃ってから行う。
ベルにとっては初めての夕餉ということもあり、先輩たちからひっきりなしに話し掛けられ、ときには酒を勧められたりした(ただし、リヴェリアがまだベルには早いという理由で全て断った)。
そんな慌ただしい夕餉を取り終わった後。
大食堂から自室に戻って来たベルは、食後のせいか、あるいは今日一日の疲れが出たのか、一気に眠気が押し寄せてきた。
(な、何だか凄く眠い…。でも、まだ眠るには時間が早いな。どうしよう…)
眠気に耐えようと頑張っていたベルであったが、結局食後の眠気に逆らえず、無意識にベッドで横になってしまう。そして、たった数分で完全に寝息を立てるのであった。
――――草木も眠る丑三つ時、多くの人が夢の中にいる時間帯にベルは目を覚ました。
(…ん、いつのまにか寝ちゃっていたみたい。今何時頃だろう…?)
備え付けの時計に目を向けると、時間は二時を越えているのであった。
「やばっ、もうこんな時間ッ!?ど、どうしよう…?」
寝過ぎたせいか完全に目が覚めてしまったベル。
朝までどうするべきか腕を組んで思案するベルの頭に浮かんだのは、更新した自分の【ステイタス】についてだった。
(そうだ、僕は念願の魔法を手に入れたんだ。確か魔法名は【ウインドボルト】…。でも、具体的にどんな魔法なのかは名前しかわかってないんだよね)
ベルの思考はいけない方向へと流れていく。
(本当は今すぐ使ってみたいけど、ロキ様はアイズさんたちを同伴にしてダンジョンで試すように言われたんだよな…。で、でも、今ならロキ様たちも眠っているはずだし、こっそり向かえば問題ないよね?一階層くらいなら今の僕でも大丈夫そうだったし…。よし、そうと決まれば!)
アイズたちに買ってもらったばかりの武具を身に付け、ベルは音を立てずに部屋から出る。
(すみません…ロキ様、アイズさん。少しだけ、本当に少しだけ魔法を試すだけなので許してください!)
心の中で二人に謝りながら、出来るだけ気配を消してダンジョンへと足早に向かうのであった。
*****
あれから誰にも見付からずにホームを抜け出したベルは、バベルまで無事に辿り着いたのであった。
バベルに入り真っ直ぐ地下へ。取り付けられている螺旋階段を足早に下っていき、大穴の中心に飛び込む。
こうして僕は、ダンジョン一階層に降り立った。
やっぱりロキ様の言いつけを破ったことに罪悪感はあったが、それでも魔法という魅力には勝てなかった僕は、そのまま二度目のダンジョンへと足を踏み入れるのであった。
昼間では冒険者が数多く出入りするこの場所も、夜になるとその数はめっきりと減る。
(やっぱりこの時間帯だと潜っている人も少ないのかな?これなら誰にも会わずに魔法を試して帰れるかも…)
そのまま薄暗い通路を真っ直ぐ歩いていくと、前方に生き物の気配を感じた。
目を凝らして見ると、小汚ない格好をしたゴブリンが二体いるのが確認できる。
どうやらそのゴブリンたちは後ろを向いているため、ベルの存在にまだ気づいていないようであった。
(ゴブリンが二体か。的の大きさとしては十分だけど、距離が遠い…)
敵との距離は約五十メートル。
初めての魔法を使用するベルにとっては厳しい距離であった。
(ここは確実に当てるために、もう少し近づいた方がいいかな?でも、近づき過ぎて敵に気付かれるのも避けたいし…)
距離を詰めるか迷う僕の脳裏に、昨日見たレフィーヤさんの魔法が浮かび上がった。
(レフィーヤさんの放った魔法――『光の矢』はこれより離れた距離だったのに急所に命中していた。初心者の僕なんかがベテランのレフィーヤさんに挑むなんて、おこがましいのは理解している。だけど、自分の魔法の可能性に挑戦してみたい…ッ!)
心の中でそう結論を出したベルは、五十メートルも離れているゴブリンの一匹に狙いをつけ、右手を突き出す。
(思い出せ…レフィーヤさんが放った『光の矢』が敵の頭を貫いた光景を。イメージしろ…僕の魔法が敵の頭を撃ち抜く光景をッ!!)
そして思いっきり息を吸い込み、咆哮する。
「―――【ウインドボルト】!!」
魔法名を唱えた瞬間、構えた右手から
その風は高密度に凝集しており、空間を駆け抜けるそのエネルギーの奔流はまるでレーザーのようであった。
恐るべきエネルギーを秘めた金色の風は一瞬でゴブリンの頭を貫いた。いや、貫いたというよりも切り裂いていったと言った方が正しいだろうか。
『……ァ…』
『グギャアッ!?』
無事だった方のゴブリンは、先程まで健在だった相方がいきなり倒されたことに驚いているようである。
そして見事ゴブリンに魔法を命中させたベルはというと、その結果に目を見開いて驚愕したのであった。
(こ、これが僕の魔法…)
呆然と立ちつくしたベルは、まじまじと手の平を見つめる。
しかし、ベルが驚愕するのも当然であろう。何せ想像以上に、魔法の性能が高かったのだから。
五十メートルの距離を一瞬で駆け抜ける速度に、一撃で敵を倒せる威力、そしてイメージした通りに命中する正確さ。
相手がゴブリンであったため威力が高く見えただけかもしれないが、それでも詠唱は不必要だというのだから、これほど有能すぎる魔法はないだろう。
(やった、ついに僕は魔法を手に入れたんだっ!これで少しはアイズさんに近づけたはず…!)
今の戦闘で自分の魔法の性能を分析したベルは、念願の魔法がこれ以上ないほどの強さだったことに気付き、もの凄く興奮したのであった。
だがしかし、忘れてはいけないことが一つある。
それはベルの魔法で倒したゴブリンは一体だけであり、もう一体は健在ということだ。
『グギャアアッ!!』
突然の仲間の死に混乱していたゴブリンであったが、やっとベルの存在に気が付いたようである。
すぐにベルが仲間を倒した敵だと理解したゴブリンは怒りの声を上げ、ベルに向かって駆け出した。
「…やばっ、もう一体いたのを忘れてた!?う、【ウインドボルト】ッ!」
自分に向かって突撃してくるゴブリンに焦り、急いで右手を突きだし魔法を唱える。
再びベルの右手から【ウインドボルト】が発射されたが、先程とは違いゴブリンの右腕を軽く切り裂いただけであった。
『グギャアアアッ!!』
「嘘、頭を狙ったつもりだったのに!?」
焦っていたせいで狙い通りに命中せず、ベルが放った魔法はずれてしまったのである。
そしてベルの攻撃によってさらに怒りが増したゴブリンは、よりいっそう雄叫びを上げてスピードを上げるのであった。
「【ウインドボルト】!【ウインドボルト】!!【ウインドボルト】ッ!!」
ベルは先程よりも自分に近づいて来るゴブリンに本能的に恐怖を感じ、がむしゃらにに魔法を連射する。
放たれた三発の魔法――最初の一発は大きくはずれ、次の一発で敵の左腕を切り裂き、最後の一発で胴体を撃ち抜いたのであった。
『グ、グガアァァ…』
左腕が消滅し、胴体に穴を空けられたゴブリンは悲痛の叫びを上げながら倒れ、そのまま消滅するのであった。
「はぁ、はぁ、はぁ…やったんだよね?」
ゴブリンの消滅を確認した僕は、その場に座り込んで大きく息を吐いた。
「ゴブリン相手に焦って魔法を乱射するなんて、どんだけマヌケなんだよ僕は…」
あまりの醜態に顔を真っ赤にして恥ずかしがるベル。
不幸中の幸いは今の戦闘を誰にも見られていなかったことだろう。
(ダンジョンでは常に冷静でいることってアイズさんに教わったばかりなのに、何をやっているんだ、僕は!?…よし!僕にだって男として意地がある。今度こそ冒険者らしい戦闘をするぞッ!)
初めてモンスターを倒し、いつもよりもテンションが高くなった僕は、新たな得物を求めてダンジョンの奥へと進んで行くのであった。
「【ウインドボルト】!」
『グァアアアアア!?』
「【ウインドボルト】!【ウインドボルト】ッ!」
『グァアアアアア!?』『グァアアアアア!?』
敵と遭遇したらすぐに魔法を放つ。倒したのを確認したら新たな敵を探して駆け回る。そしてまた敵と遭遇したらすぐに魔法を放つ。倒したら新たな敵を探して再び駆け回る。
ひたすらこれの繰り返しであった。
そしてゴブリン二十匹目。
「【ウインドボルト】!【ウインドボルト】!!よし、これで終わりだ、【ウインドボルト】ッ!!」
『グァアア!?』『グァアアアア!?』『グァアアアアアッ!?』
「はぁ、はぁ…やったっ!三体を同時に相手にして完勝できた!!」
ベルはゴブリンとの戦闘を何度もこなしていくうちに、イメージ通りに魔法を放つことができるようになり、命中率は格段と上がったのである。
最終的にはゴブリン三体なら、たったの数秒で倒せるほどになった。
(魔法も狙い通りに放てるようになって来たし、もうそろそろ帰ろうかな…?)
ベルがそう考えた瞬間、突然それは訪れた。
ぐらり、と視界が揺れる。
(あれ、何だか目眩が…)
足がおぼつかなくなったベルは、思わず壁に手をついてしまう。
(これは、一体…)
突如自分の身に起きた現象について、ベルはそれ以上考えることはできなかった。
なぜなら次の瞬間には、ベルの意識は完全に消失し、ダンジョンの冷たい地面へと倒れ込んでしまったからである。
―――ベルの身に何が起こったのか?
―――答えは簡単。魔法初心者に陥りやすい現象、魔力の使い過ぎによる
マインドダウン自体はけっこう知られている常識であったが、不運にも冒険者に成り立てのベルは知らなかったのである。
本来であれば今日行われるアイズたちとの魔法訓練でマインドダウンの危険性について説明されるはずであった。
しかしベルが待ちきれずに単独でダンジョンに潜り魔法を連発してしまったことで起きた悲劇であったのである。
極度のマインドダウンに陥った者は例外なく気絶する。
そしてダンジョン内で意識を失うということは、安全地帯での気絶を除いて
しかも今のベルには無防備な彼を守ってくれる仲間もいない。
この絶好な機会を、ダンジョンは見逃すはずがない。
―――ピキピキ。
気絶しているベルのすぐ近くの壁から不吉な音が鳴り響く。
この音が意味すること、それは新たなモンスターが産まれ落ちるということだ。
『『『『『グギャアアアアアアアア!!!』』』』』
雄叫びを上げ産まれたのは五体のゴブリン。そのゴブリンたちは自分たちの目の前に無防備な敵がいることにすぐに気が付いた。
『グギャッ!!』
そして最もベルの近くにいた一体のゴブリンは、気絶している
『グギャアッ!!』
そのゴブリンは雄叫びを上げ、意識がないベルに近づき、その無防備な脳天へと攻撃を繰り出そうと飛び掛かった!
その光景を見ていた他のゴブリンたちは、確実に敵を仕留めたと思った。
―――だから、いきなりその仲間の姿がいなくなっているのを見ても、すぐにはその状況を理解できなかったのである。
『グギャ…?』
『グ、グギャ?』
『グギャアッ!?グギャッ!?』
『グギャア…ッ!?』
「――――邪魔だ雑魚共、さっさと消えろ」
『『『『グァアアアアアアアアアアアア!?』』』』
そして彼らは最後まで理解できないまま、認識できないほどの速さで強烈な蹴りを喰らい、一瞬で消滅するのであった。
窮地に陥っていたベルを救ったのは、剣姫と呼ばれる少女…ではなく、同じ【ロキ・ファミリア】に所属する狼人の戦士―――ベート・ローガであった。
「チッ、兎野郎のくせに世話をかけさせやがって」
実はベート、この夜中に一人でダンジョンに潜っていたのである。
いつも自己鍛練を欠かさないベートであったが、夜中に一人でダンジョンに挑むのは珍しいことであった。
普段なら潜らない時間帯に今日に限って潜っていたベートは自分で課したノルマを終え、いざホームへと帰ろうと下層から一階層まで上っていたところ、ベルがゴブリンに襲われている場面に遭遇したのである。
そして超高速で蹴りを放ちゴブリンどもを瞬殺したのであった。
ちなみにベートがこんな時間にダンジョンに潜るほど燃えている理由だか、時間は今朝(もう昨日だが)に遡る。
その日ベートは剣戟の音が気になって中庭を覗いてみたところ、何とアイズと初めて見るヒューマンのガキが打ち合っていたのだ。
その光景にベートは思わず目を疑った。アイズがいつも朝早くから中庭で自己鍛練をしているのはもちろん知っていたが、今まで誰かと一緒に鍛練しいるのは稀であったはずだ。
(一体何があったんだ…?それにあのガキは誰だ?どうしてアイズと戦っている…?)
ベートはいくつもの疑問を抱きながらも、しばらくその戦いを見守ることにした。
どうやらヒューマンの少年は新人であるらしい、ということがアイズと実戦形式の訓練でわかった。新人と訓練するアイズのことを見て驚いたが、それよりも関心を引いたのはその新人の方だった。
その新人の第一印象はオスのくせに体は細くていかにも弱そうで兎みたいなヤツ、であった。
アイズの十分手加減した攻撃を防御し損ね、何度も吹き飛ばされる姿を見て、最初は失望と怒りが同時に沸き上がってきたものだ。
あの他人に興味がないアイズが訓練をつける相手―――。
どれ程の強者なんだと期待していたのに、蓋を開けてみればどう見てもただのド素人だったのである。
(クソ、何て無様な戦闘をしてやがる!どうしてアイズはこんな雑魚に構っているんだ…?)
その疑問に対する答えは、意外とすぐにわかるのであった。
アイズに攻撃をどれだけ喰らおうとも、諦めずに立ち上がる男の姿。
そして徐々にだが、確かに感じる成長の兆し。
(あの雑魚、少しずつだが動きがよくなってやがる…。それにボロボロになっても闘うことを止めないその根性…ちっとはやるようだな、あの
このときからベートはベルのことを雑魚とは呼ばなくなった。
ベートにしては珍しいことだが、素直にベルの実力を認め始めたのだ。
ただしベル本人にそのことを伝えることはないが。
こうしてベルという新しい刺激によりベートはいつもより燃え上がり、夜遅くまでダンジョンに潜っていたのであった。
そして帰路の途中でベルを助けたベートは、そのまま気絶しているベルのことを捨て置く訳にはいかず、ホームへと連れ帰ることにしたのであった。
意識がないベルのことを軽々と肩に担ぎ上げたベートは、忌々しそうに独り呟く。
「てめえがどこで野垂れ死ようが俺の知ったことじゃねぇ。…だが、それでアイズを悲しませたら俺はてめえを一生許さねぇ。アイズの隣にいる限り、絶対に死ぬんじゃねぇぞ、兎野郎」
そんな彼の呟きは、意識がないベルには届かない。
しかしベートがそう呟いた瞬間、ベルが身に着けている白い玉がまるで感謝を示すように発光するのであった。
今回ベルが無事で済んだのは本当に運がよかった。
たまたまベートがこの時間にダンジョンに潜っていて。
たまたまベルがゴブリンに殺されそうになったときに。
たまたまタイミングよく通りかかったのだから。
―――この出来すぎた偶然には些か作為を感じるだろうが、現時点ではこれ以上考えても仕方ないことだろう。
ただ一つ断言できることは、ベル・クラネルという冒険者がここで死ぬ運命ではなかったからこそ、こうして生き残れたということだ。
ベル・クラネル―――。
運命の加護の力をその身に宿す少年が、これからどのような冒険をしていくのかは誰にも…例え神や精霊であってもまったく予想できないことであった。
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ベルがベートに助けられるのを最後まで確認したリィンは安堵していた。
『ふぅ…。一時はどうなるかと思いましたが、私の力が無事に働いたようで安心しました。マスターの窮地を救ってくれたあの者には感謝しなくてはなりませんね。しかし…』
ベルの無事を喜ぶリィンであったが、同時に気掛かりなことがあった。
『私とマスターの間にはラインが結ばれています。それによりいつでも会話が可能となったはずなのに、私の「これ以上魔法を使うと危険です」という呼び掛けは、マスターには全く聞こえていませんでした』
無機質なリィンの声に、思わず感情が宿る。
『それに、マスターが私を忘れているままというのも本来ならあり得ないことです。これらは一体…?』
リィンは原因を探るため、ベルの身体と精神状態を分析していく。そしてついに、気になる反応を発見するのであった。
『――マスターの心の奥底に宿るこの不思議な反応は…何らかのスキルでしょうか…?』
そこから考えられるあらゆる可能性。その中から現段階で最も確立の高い、ある一つの可能性に辿り着く。
『――つまり、今のマスターは
―――こうして物語は新たな段階へと進んで行く。
この物語も今回の話で大きな区切りを迎えました。次回は時系列が進み、【ロキ・ファミリア】遠征当日からの話となる予定です。
余談ですが【ウインドボルト】は【ファイアボルト】と比較すると、威力はやや低く、速度はより速い感じです。そして何より【ファイアボルト】にはない特性が存在します。それはまたいずれということで…。