ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
【ロキ・ファミリア】遠征の前日。ホームの中庭にて。
ベルとアイズの二人は日が暮れても、訓練を続けているのであった。
【剣姫】と呼ばれている少女は間断なく攻撃し、同じファミリアの先輩達からは最近【白兎】と呼ばれ始めている少年は、その攻撃を必死になって防御していた。
アイズが高速で振るう鞘を、ベルは両手に構えた短刀で受け流す。
たまに防御を超えて一撃を喰らうこともあったが、反射的に後ろに跳んでダメージを軽減し、以前のように倒れることはなくなったのである。
紅に染まる空の下、少年と少女の攻防が繰り広げられる。
ベルに鞘を振るうアイズは、自分の攻撃を確実に防いでいくことに内心驚いていた。
(私の攻撃を上手く受け流している。まさか、こんな短期間でここまでの練度に仕上がるなんて…)
以前のように、自分の攻撃を真正面から受け止めようとせず、横や斜めから短刀を打ち込んで方向をずらし、受け流している。
アイズが教えてきた防御方法の一つ、受け流し。
実戦で通用するのには最低でも三ヶ月はかかると思われた『技』を、ベルはたったの一週間でものにしたのだ。
(…ベル。君は本当にすごいね)
鞘を振るいながら、アイズは思わず微笑んでしまった。
(まさか他人の成長をこんなに嬉しく思うなんて、一週間前の私では想像もできなかっただろうな…)
そんなことを考えながら、アイズは鞘を振るう速度を少し上げる。
「―――ッ!?」
より苛烈になった攻撃に、ベルは両目を見開く。そしてよりいっそう真剣な顔つきへと変貌するのであった。
その顔つきは、まぎれもなく冒険者の顔つきであった。
(ベル…こんな表情もできたんだ)
ベルの新しい一面を知り、内心嬉しく感じるアイズ。
そのとき、ほんの一瞬であるがアイズの攻撃に隙が生まれた。
そしてこの一週間、ずっとアイズの攻撃を受け続けてきたベルはその一瞬を見逃さない。
「―――やぁッ!!」
アイズの攻撃を強引に避けながら、ベルは初めて反撃した。
ベルは鞘が頬を掠めるのを気にせず、ありったけの力を込めてアイズへと短刀を振るう。
「……!」
一瞬の隙を突いたといっても、そこは第一級冒険者のアイズ。
迫りくる刃を難なく鞘で弾いて防御するのであった。
だが次の瞬間、アイズにとって予想だにしないことが起きた。
アイズがベルの短刀を弾く瞬間、なんとベルは
短刀は軽々と弾かれ、回転しながら宙に舞う。
ベルは弾かれた短刀の行方を見向きもせず、振るう右腕の速度を落とさないままアイズの胸当てへと拳を打ち込むのであった。
ゴン、と拳と防具が衝突した音が鳴る。
Lv.5のアイズにとって今の攻撃によるダメージは皆無であった。
それでも確かに、ベルの一撃はアイズに届いた。
今この瞬間、ベルがアイズに一撃入れたのはまぎれもない事実であった。
以前リヴェリアが、ベルがアイズに一撃入れるのは数年後だと予想していたのを覚えているだろうか。
そのときにも述べたが、リヴェリアの予想は大きく外れることとなった。
リヴェリアの数年という予想を裏切り、一週間という短い期間でベルはある種の偉業を達成したのだ。
「…!!」
「はぁ、はぁ…」
自分に一撃入れた右腕をだらりと下げて呼吸を大きく乱すベルの姿に、アイズは思わず双眸を見張る。
(…確かにあの一瞬、自分は油断してしまった。けれど、それはあくまでも一瞬だけ。武器を捨てて素手で攻撃してきたベルの行動は、私の想定を完全に超えていた。…これは、完全に私の負けだ)
完敗だった。Lv.5の自分がLv.1のベルに一撃もらったなんて夢にも思わないことであった。
このことをレフィーヤやティオネに伝えても、きっと信じてくれないだろう。
フィンやリヴェリアに伝えても、やはり初めは疑うことだろう。
いつも飄々としているロキでも、大声で驚くかもしれない。
しかし、それも仕方がないことだ。
それほどまでに、新人のベルが【剣姫】と呼ばれるアイズに一撃入れたのは、ありえないことなのであった。
(でも何でだろう…悔しいという気持ちが湧いてこない。むしろ、喜びの気持ちの方が強い…。ベルは、こんなに成長していたんだね)
「あ、あの、咄嗟に素手で殴ってしまいすみませんでしたッ!」
「…ベルは何を謝っているの?」
「えっ、だっていきなり素手で攻撃を…」
「…この模擬戦には、素手で戦ってはいけないというルールはなかったよ?」
「そ、そうですけど…」
「…それならベルは、何も謝る必要はない。むしろ誇るべきだと私は思う。武器による攻撃を囮にして、本命は拳による一撃…無意識に素手という攻撃手段を除外していた私の意表を突く、とてもいい作戦だったよ」
「い、いえ…作戦というか、気付いていたら無我夢中で行動していただけですよっ!」
「…それでも君は、私に一撃を入れた。きっと今のベルなら九階層まで一人で潜っても、十分通用するはずだよ」
「ア、アイズさん…!!」
アイズに実力を認められたベルは、あまりの感動で泣きそうになるのであった。
そんなベルをアイズは微笑ましそうに見つめるのであった。
「…明日から私が側にいなくても、今の君の実力なら何も不安に思うことはない。だから自信を持ってダンジョンに挑むといいよ。…ベルは自分を過小評価しがちだから」
「はい、わかりました!あの、アイズさんも明日からの遠征…頑張ってくださいねっ!」
「…うん、頑張る」
少年は少女の隣に立つために、そして彼女を守れる存在になるために成長していく。
少女は少年の成長を喜び、そして少年と過ごすうちに失った感情を取り戻していく。
現段階でのベルとアイズの関係は『姉弟』―――しかし、そんな二人の関係は近いうちに変わっていくのかもしれない。
それでも、これだけは断言できる。
―――二人の関係がどれだけ変化しようと、お互いを大切に思う気持ちだけは絶対に変わらないのである。