ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
ベルが夜遅くに一人でダンジョンに潜り、ベートに助けられた日から一週間ほど経過した。
そして今日は【ロキ・ファミリア】遠征日であった。
空は青く晴れ渡り、まさに遠征日和だった。
ダンジョンに潜ったら地上の天候は関係ないように思えるが、遠征に出発するときに雨に濡れると士気は落ちてしまうので、天候は重要であったりするのだ。
そのため【ロキ・ファミリア】の団員は皆、士気が高まっているのであった。
雲一つなく晴れ渡った青空の下、黄昏の館前には【ロキ・ファミリア】の全団員が集まっていた。
これから遠征へと向かう攻略組と、そんな彼らを見送る待機組の二つに分かれている。
言うまでもないが、新人であるベルは待機組であった。
待機組はダンジョンへと向かう遠征組にある者は声をかけ、ある者は激励を送っていく。
そして待機組である一人の少年もまた、遠征に挑む一人の少女に声をかけるために近寄るのであった。
防具を装備し、愛剣を腰に携えたアイズはホーム前できょろきょろと誰かを探しているようであった。
「アイズさん!」
そんなアイズの背中から、探していた少年の声が聞こえてきた。
反射的に振り返ったアイズの視界には、自分に駆け寄って来るベルが映るのであった。
「…ベル」
アイズのもとにやって来たベルは、いつになく心配そうな顔をしていた。
「あの、もうすぐ『遠征』に行くんですよね…?」
「うん、そうだよ。…実はね、出発する前にベルに確認しておきたいことがあったの」
「ぼ、僕にですか…?」
「うん…ベルは今日から一人でダンジョンに潜るんだよね?…もう準備はできたの?」
「その…一応準備はしたんですけど、これで合っているのか自信がなくて…」
「…それじゃあ、もう少しだけ時間があるから私が見てあげるよ」
「す、すみませんアイズさん、遠征前だというのに…」
「私は大丈夫。…それじゃあまずは、装備する武器の確認から始めようか」
「はい、分かりました!」
その後、アイズは武器や防具などの装備や鞄に詰める回復薬などの道具をベルと一緒に確認するのであった。
そして一通り確認を終えた頃には『遠征』出発時刻五分前となっていた。
「…うん、これで準備は大丈夫だね。そろそろ時間だから私はもう行くね、ベル」
「ま、待ってくださいアイズさんっ!」
「…?」
立ち去ろうとしたアイズをベルは呼び止めた。
急に呼び止められたアイズは、不思議そうな顔をしてベルのことを見る。
咄嗟にアイズを呼び止めたベルはいつもより真剣な表情をして、アイズにとって思いもよらない言葉を告げるのであった。
「―――どうか無事に、帰って来てくださいねっ!」
「……!!」
アイズは顔に出さなかったが、酷く驚いた。
ベルと出会って何度目だろう、自分の気持ちがこんなに揺れ動いたのは…。
アイズが第一級冒険者になる頃には、そんな言葉を伝える者はいなくなっていた。
それも当然だ。強すぎる彼女に心配の声をかける必要はない。
そのためアイズにかけられる言葉の多くは、激励の言葉であった。
それでもやはり、自分を心配してくれる人がいるのは嬉しいことである。その人が自分にとって大切な存在ならなおさらだろう。
久しく聞いていなかった心配の言葉の温かさが、アイズの心に優しい波紋を生んだのである。
「…心配してくれてありがとうベル。絶対に無事に帰ってくるからね…それじゃあ行ってくる」
「はい、いってらっしゃい、アイズさん!!」
自分を笑顔で見送ってくれるベル。
次に会うのは遠征後…順調に進めば一週間も経たないうちにホームに帰って来れるだろう。
ベルとのしばしの別れを惜しみながら、号令をかけるフィンのもとへと歩き出すのであった。
***
アイズたち遠征組がダンジョン攻略へと出発した後。
ベルはホームの応接間にて、一人の青年と話していた。
「おいベル。もうダンジョンに向かうのか?」
赤みがかった茶髪に琥珀色の瞳をしたヒューマンである彼の名はキース・ライアン。
半年ほど前に入団した新人であり、ベルとの初顔合わせで率先して握手を交わし、「新人同士頑張ろうぜ!」と挨拶した気の良い青年である。
「おはよう、キース。うん、そのつもりだよ」
「そうか…なぁベル、本当に一人で潜るつもりなのか?前にも言ったが、俺らのパーティーに入ってもいいだぜ?」
「何度も誘ってくれてありがとう、キース。でも、僕は一人で大丈夫だよ」
「だが…」
「それにね、これは僕のわがままなんだ。どうしても…どうしても初めは自分だけでダンジョンに挑みたいんだ」
「………」
「だから、本当にごめん…キース」
僕の謝罪の言葉を聞いて。頭をごしごしと掻きながら何かを考えるキース。
そしておもむろに顔を上げて、僕の瞳を真っ直ぐ見据えた。
「…謝ることはねぇ、お前の気持ちは痛いほど伝わった!俺はお前のその意志を尊重するぜっ!」
「キース…っ!!」
「だが一人で潜ることに少しでも限界を感じたら、すぐ俺に声を掛けろよな!いいか、絶対だぞ!?」
「う、うん。心配してくれてありがとね、キース。でも突然入ったら、他のパーティーメンバーに迷惑がかかるんじゃ…」
「大丈夫だって!ベルならいつでも大歓迎だって仲間たちも言っていたと思うし、特に女性陣はお前のことを気に入っていたみたいだから、問題なしだぜ!」
そう言って快活に笑うキースは、年上の威圧感をまるで感じられず、面倒見のいい近所のお兄さんのように思えた。
「それ、全部キースの主観だから当てにならないような…」
「おっ、お前も言うようになったね~。数日前までは俺に対して一歩引いた感じだったのによ。これも俺の人徳かな!」
「あはは、そうかもね。…でも、そうだね。もしそのときが来たら、キースのパーティーに入れてもらうことにするよ。そのときは足手まといにならないように頑張るね」
「おうよ!いつでも待ってるぜ、ベル!」
自分のことをあれこれと心配してくれるキースに、僕は心の中で感謝を告げるのであった。
「―――それじゃあ行ってくるね、キース」
「おう、行ってこい!それとロキ様への挨拶も忘れるなよ~」
「もちろん、今から行ってくるよ」
こうしてベルはキースと別れ、応接間からロキの部屋へと向かうのであった。
【ロキ・ファミリア】ホーム、黄昏の館の最上階。
螺旋階段を上りロキの部屋へとやって来たベルは、ドアをノックした。
「ロキ様、ベル・クラネルです」
「ん、ベルか。入ってええで」
ロキ様の許可をいただいた僕は、部屋の扉を開けた。
入室した僕を待っていたのは、椅子に腰かけて書類に目を通しているロキ様だった。
「よし、これで一通り目を通し終わったで。それでうちに何のようかな、ベル?」
書類から顔を上げたロキ様は僕の顔を真っ直ぐ見据え、話し始めた。
「…ロキ様、今日から僕も冒険者としてダンジョンに挑みます。【ロキ・ファミリア】の名に恥じないよう、精一杯頑張っていく所存です」
「なんや、ずいぶん堅苦しい挨拶やな…リヴェリアの影響か?まぁ毎晩二人っきりで勉強していたら影響受けて当然かもな~」
「ロ、ロキ様ぁ…」
「冗談や、冗談!!」
(まったくベルはすぐに顔を赤くして可愛いなぁ…って今回はふざけている場合じゃないな)
「ごほん…さて、今日冒険者登録して正式に冒険者となるベルにうちから伝えることは特にあらへん。ベルを指導したアイズが『今のベルなら一人で潜っても、九階層までなら大丈夫』と保証してくれたんや。これなら、安心してダンジョンに送り出せるわ」
「その、ロキ様…今更ですが、一人で潜りたいという僕の身勝手な行動を許していただき、本当にありがとうございました」
自分のことを真に思いやる神の姿に、思わず感謝の言葉を口にするベル。
そんなベルに、ロキは意地悪そうな顔をしてある事実を告げた。
「実はな、ベル一人でダンジョンに潜るのを認めるのに色々と苦労したんやで~」
「えっ、そうだったんですか…?」
「ホンマに大変やったわ~。何せリヴェリアとレフィーヤから猛反対されたのやからな」
「リヴェリアさんとレフィーヤさんが…?」
「そうや…リヴェリアからは『いくら知識量が増えて来てもダンジョンでは何が起こるか分からない。圧倒的に場数が足りていない今のベルではパーティーを組ませるべきだ』と断固拒否されて、レフィーヤからは『一人で潜るのはベルにはまだ早すぎます!もう少し経験を積ませるべきですっ!!』と猛反対されたんやで」
「そ、そうだったんですか…リヴェリアさんとレフィーヤさんがそんなことを…」
「まぁあの二人は何かと過保護気味やからな…。手強い相手だったが、何とか条件付きで手を打ったから安心せいベル!これでいくつかの制約さえ守れば一人でダンジョンに潜れるで~」
「せ、制約ですか…。ち、ちなみにその条件とは一体…?」
「その一、現段階では六階層までしか潜らないこと。その二、無理だと感じたらすぐにパーティーを組むこと。その三、初日から五日目まではダンジョン探索を三時間で切り上げること。その四、六日目以降のダンジョン探索は夕方までとすること」
「あ、あの…まだあるのですかっ!?」
「その五、勝手にホームを抜け出してダンジョンに潜らないこと」
「うっ…!?」
「まぁこれは完全にベルが悪いから仕方ないやろ。あの日、挙動不審なベルをレフィーヤが問い詰めたら速効でバレたからな~。その後アイズ、レフィーヤ、リヴェリアからなが~い説教をもらったんやから、さすがにもう懲りたと思うけど…」
「本当にあのときは勝手に約束を破ってしまいすみませんでした!もう二度とロキ様たちとの約束は破りません!絶対にです!」
「それはいい心掛けやな。まぁアイズたちは怒ってたけど、うちは別に怒ってへんよ。逆に感心したくらいや」
「えっ、感心ですか?」
「うちは従順な子より、破天荒な子の方が見ていて楽しいんや。…そういえば知ってるかベル?男の子は少しくらいヤンチャの方がモテるんやで~」
「ほ、本当ですかそれは…?」
「本当やで!規則通りに行動する男より、破天荒な男の方が女性にとって魅力的に映るんやっ!」
ニヤニヤと笑いながらベルに嘘を教えるロキ。
リヴェリアが聞いていたら何をデタラメをベルに吹き込んでいるんだと激怒しそうな内容である。
しかし、この場にはロキとベルしかいない。
(そういえば、お祖父ちゃんも「男ってのは女との約束を破る生き物なんだ!」って似たようなことを言っていたような…。あのときは意味がわからなかったけど、そういう意味だったんだ。ロキ様と同じくらい物知りなんて、さすがお祖父ちゃんだな)
したがってロキの発言を素直に信じてしまうベルであった。
やはり神様たちの価値観は偏っているのは間違いないだろう。
「ベルに課せられた制約は以上や。ちなみにこれを破ったらそれ相応の罰を与えるみたいやな。ほな、モテ男になるために早速破ってみようか?」
「や、破りませんよ!?絶対に破りませんからねっ!?」
「あはは、冗談や。…さて、話を戻すがうちが望むことはただ一つ―――無事に我が家に帰って来ることだけや」
「ロキ様…」
「いつもと違って傍にアイズたちはいないんやから、初日は無理しないようにな~。それじゃあ、いってらっしゃい!」
「はい、いってきますっ!」
こうしてベルはロキに見送られてダンジョンへと向かうのであった。
****
黄昏の館を出発したベルは今、メインストリートを歩いていた。
ちなみにそのメインストリートの続く先に白亜の摩天楼があり、その下にダンジョンが存在するのだ。
摩天楼を眺めながら歩くベルは、冒険者としてダンジョンに一人で潜ることに期待よりも不安を感じていた。
原因は一週間前の出来事にあった。
(あのとき僕は一人でダンジョンに潜り、魔法の使いすぎによって気絶してしまった。もしもベートさんがいなかったら、僕は死んでいたんだ…。魔法の使用回数には気を付けるけど、それでもやっぱり不安だな…)
思わず顔が暗くなり、うつむき気味になるベル。
そのためベルは目の前に人が立っていたことに気付かず、ぶつかってしまうのであった。
「わっ!?」「きゃあ!?」
そこまで激しい衝突でなかったため、両者ともふらつきはしたが転ぶまでには至らなかった。
(痛てて…ってしまった!?考え事に夢中で目の前に人がいることに気が付かなかったよ…)
ベルは自分の不注意でぶつかってしまった相手に向かって頭を下げて謝るのであった。
「ご、ごめんなさいっ!考え事をしていて、前をよく見てなくて…」
「い、いえ、私の方こそ前をよく見てなかったのでお互い様ですよ」
「そ、それでも僕がちゃんと前を向いて歩いていれば、ぶつかることはありませんでした。だからその、貴方のせいでは…」
慌てて頭を下げたベルに釣られるように、ベルがぶつかった女性も頭を下げる。
その女性はウエイトレスの格好をしたヒューマンの少女であった。
薄鈍色の髪と瞳をした可愛らしい少女は、必死に謝るベルのことを見て口元を手で隠しながら微笑んだ。
「ふふっ、それじゃあ両方とも悪いということで終わりにしましょう」
「えっ、でも…」
「そうですね…そこまで気にするのでしたら、今日の夜にあそこの酒場に来てくれませんか?」
「えっ、酒場ですか…?」
「はい、実はあそこの酒場は私の職場なんです。そこで晩御飯を召し上がって頂ければ、私のお給金が高くなること間違いなしです。それでどうでしょうか?」
「あはは、それなら…って、しまった!?」
「ど、どうされましたか…?」
「あの…提案してもらって本当に申し訳ないんですが、その…」
「もしかして、先約でもあるのですか?」
「先約というか、僕が所属するファミリアには朝夕みんなで一緒に食べる決まりがあるんです。それなので夕食を食べに行きことができないんです…その、本当にすみませんっ!」
またしても勢いよく頭を下げるベル。
まだ【ロキ・ファミリア】に入団して日が浅いベルは知らないことであったが、事前に仲間にその旨を伝えておけば外に食べて行っても大丈夫なのであった。
ただし、ベルがその事実を知るのはもう少し先の話になる。
「私は全然気にしていませんので、頭を上げてください」
「で、ですが…」
「【ファミリア】のしきたりなら仕方ありませんよ。それに私のわがままを優先して【ファミリア】の決まりを破ってしまうのは、さすがに嫌ですしね」
「…お昼なら」
「えっ?」
「昼食なら大丈夫なはずです!だから今日のお昼に伺ってもよろしいでしょうか…?」
「私は構いませんがよろしいのですか…?見たところ貴方は冒険者のようですし、今からダンジョンに潜るんですよね?そうなると帰りは夕方を過ぎるのでは…」
「実はですね、一人でダンジョンに潜るにあたって守らなければならない約束事がありまして…。その内の一つ、『初日から五日目まではダンジョン探索時間を三時間で切り上げること』に従えばお昼くらいには地上に帰れると思います」
「初日から五日目まで…?まさか今日初めてダンジョンに潜るのですか?」
「いえ、今まで先輩たちの付き添いで何度か潜っていました。ただ冒険者として一人でダンジョンに挑むのは今日が初めてなんです」
「そうだったんですか。ですがダンジョンではパーティーを組んだ方が安全なのに、どうしてお一人でダンジョンに挑むのですか?パーティーを組む相手がいないようには見えないのですが…」
「あはは、確かにパーティーを組むのはダンジョン探索において常識ですよね。それでもどうしても…どうしても最初は一人でダンジョンに挑みたかったんです」
「…その理由をお聞きしても?」
「その…情けない話ですが、先日僕は【ファミリア】のみんなに隠れて夜中に一人でダンジョンに潜ったんです。そのとき魔法の連発によってマインドダウンを起こし、ダンジョン内で意識を失ってしまったんです。もしもそのときベートさん…【ファミリア】の先輩がいなかったら、僕は無事では済まなかったと思います」
「………」
「自分の力だけでダンジョンに挑み、そして勝利したい。もう、あのときの自分ではないということを証明したい。そうしないと僕は、先には進めない気がするんです…」
「…そうだったのですか」
「あの、さすがに呆れちゃいましたよね?」
「そんなことありませんよ。むしろその逆です」
「逆ですか…?」
「ええ、私はむしろ貴方のその行動に感心しました。過去の失敗を悔やみ、自分の力だけで乗り越えようとするその意志…それは誰にでもできることではありません」
「あ、ありがとうございます」
まさか褒められるとは思っていなかったベルは、顔を赤くしてお礼を伝えるのであった。
「ふふっ、それじゃあ正午からお店は開いていますので、ぜひいらしてくださいね」
「はい、絶対に行きますっ!」
「はい、お待ちしています」
「あっ、そういえばまだ名前を名乗っていませんでしたね。僕はベル・クラネルと言います」
「私はシル・フローヴァです。これからもよろしくお願いしますね、ベルさん」
こうして、ベルはダンジョンに向かう途中でシルに出会うのであった。
*****
バベル内に存在するギルド本部、その受付窓口にて。
シルと別れたベルはその後、冒険者登録を行うために十日ぶりにギルドへと訪れ、とある人物と再会するのであった。
「――えっ、ベル君っ!?」
「えっと…お久しぶりです、エイナさん」
「うん、本当に
久しぶりの部分を強調するエイナの迫力に、思わずベルは数歩下がった。
「あ、あのエイナさん…?僕、何かしちゃいましたか?」
その言葉を聞いてぷつんっとエイナの中で何かが切れる音がした。
「こっちは君がいつまで経っても顔を出さないから心配してたんだよっ!?【ファミリア】に入ったら連絡してねって伝えたのに今まで何の音沙汰もなかったから、もしかしたら路頭にでも迷っているんじゃないかってずっと不安に思っていたんだからねっ!!」
「す、すみませんでしたっ!!」
烈火の如く怒り出したエイナに、ベルは物凄い勢いで謝るのであった。
場所は変わり、ギルド本部ロビーの面談ボックス。
先程窓口でエイナが怒鳴り声を上げてしまったため、あの場にいた全員から視線が集中した。
我に返ったエイナは、急いでベルの腕をを引っ張ってこの部屋に逃げ込んで来たのである。
冷静になったエイナはベルに謝罪してから、部屋に置いてある椅子にお互い対面になるよう座り、今までベルがギルドに顔を見せなかった理由について聞くのであった。
「―――つまり、慈悲深き神に拾われて【ファミリア】に無事入団できたけど、先輩方との訓練に忙しくて私に会いに行く時間がなかった、ってことでいいんだね?」
「は、はい…」
「ふーん、てっきり私のことをきれいさっぱり忘れていたと思ったよ」
「そ、そんなことありません!」
ジト目になったエイナの言葉を聞いて、ベルは慌てて否定するのであった。
「…今回だけはその言葉を信じてあげる。それで一体どこの【ファミリア】に所属したの?さっきの話し方だと、ダンジョン探索専門の【ファミリア】だと思うけど…」
「はい、実は【ロキ・ファミリア】に所属することになりました」
「…ごめん、聞き間違いだと思うからもう一度言ってくれないかな?」
「えっと、【ロキ・ファミリア】に所属することになりました」
「……ん、あの【ロキ・ファミリア】?」
「は、はい。たぶんあの【ロキ・ファミリア】です」
「………嘘なんかついていないよね?」
「はい!」
「………………」
「あの、エイナさん…?」
笑顔のまま固まったエイナを、ベルは心配そうに見つめる。
そしてエイナは勢いよく椅子から立ち上がり、爆発した。
「ロ、ロキ・ファミリア~~~~~~~~~~~っ!?」
その大声に、エイナの目の前にいたベルは思わず身を大きくのけぞらせるのであった。
不幸中の幸いであるが、面談ボックスは情報が他人に漏れないよう防音になっていた。そのため、エイナの叫び声はロビーに響き渡らずに済むのであった。
冷静になったエイナは二度も叫んでしまったことをベルに謝罪し、ベルから詳しく話を聞くのであった。
「えっと、これがロキ様から預かった証明書です」
「うん、ありがとう。…確かにベル君は【ロキ・ファミリア】に所属だとこれで証明されました。だけどまさか、ベル君が都市最大派閥の【ロキ・ファミリア】に入団したなんて、これを見ても信じられないよ」
「あはは、確かにそうですよね。僕も最初はこれって夢なんじゃないかと不安に思うときがありましたから」
「まぁ何はともあれ、無事【ファミリア】に入団できておめでとうベル君。それで、早速今日からダンジョンに潜るの?」
「は、はい。今日のところは二階層を目標にして、三時間ほど潜ってみます」
「…へぇ、最初に会ったときの常識知らずな様子からてっきり『一日中潜って中層を目指します!』とか言うと思ったけど、さすがに学習してきたようだね。うん、偉い偉い」
「さ、さすがにそこまで無謀のことは言いませんよっ!」
「ふふ、冗談だよ、ベル君」
「もう…からかわないでくださいよ、エイナさん」
「ごめん、ごめん。でもその感じだと、ダンジョンについての知識は私から教えなくても大丈夫そうかな?」
「はい、ダンジョンに関する一通りの知識はリヴェリアさん…ファミリアの先輩にこの一週間教えられましたから」
「そうなんだ、それなら安心だね」
(あれ…今、リヴェリアさんって言ったような…?ま、まさかあのリヴェリア様じゃないよね…?いくら同じファミリアでも新人のベル君にリヴェリア様自らご教授するなんてありえない…はず。うん、きっと私の聞き間違いだよね)
まさか入団してまもないベルがリヴェリアに師事されていると思わず、エイナは自分の聞き間違いだと考えるのであった。
実際はエイナの聞き間違いではなく、毎晩リヴェリアの部屋で『勉強会』を行っているのだが、その事実をエイナが知るのはずっと先のことであった。
「それじゃあベル君、ダンジョン探索頑張ってね。それと、くれぐれも無理だけはしちゃ駄目だからね!絶対に無事に帰って来ること、わかった?」
「はい、わかりました!」
「うん、いい返事だね。それじゃあ、いってらっしゃい」
「はい、いってきますっ!」
こうしてベルはエイナに見送られ、ダンジョンへと足を踏み入れるのであった。
次回の更新は来週の土曜日となります。