ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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豊饒の女主人

 現在位置はダンジョン一階層。

 そこでベルは二体のゴブリンを相手にしていた。

 

『グァッ!』『グアァッ!』

 

「ッ!」

 

 ゴブリンの攻撃を危なげなく避けるベル。

 一向に攻撃が当たらないことにゴブリンは怒り、爪を振るう速度をさらに上げた。

 しかしそれでも、ベルを捉えることはできない。

 

(動きが雑で遅すぎる…。これならッ!)

 

「―――ふッ!」

 

『『ギャアッ!!?』』

 

 爪を振りきったときに生じた隙を見逃さず、ベルはゴブリン二体に一瞬で距離を詰め、両手のナイフを振るって二体を同時に倒すのであった。

 

(あのときより、ゴブリンの動きが凄く遅く感じる。いや、僕が速くなっているのか…?)

 

 確かな成長を実感したベルは、次の相手を求めてダンジョンの奥へと歩き出すのであった。

 

 

***

 

 

『『『『『ギシャァァァッ!!』』』』』

 

「―――――」

 

 現在位置は二階層。

 あれから何度か数体のゴブリンと戦闘し、それらを全て無傷で勝利したベル。 

 そして彼は今、五対一という数字的には不利な状況で戦っていた。

 

 ゴブリン五体を相手取っているベルはというと―――

 

(五体もいれば少しは苦戦すると思ったけど、こんなものか)

 

 ―――この状況を不利とは全く感じていなかった。

 

 ゴブリンの動きを完全に見切り、五体の攻撃を難なく避けるベル。

 

 『ギギィッ!』『シャア!』

 

 自分たちの攻撃がベルにかすりもしないことに業を煮やし、二体のゴブリンの攻撃が大振りになった。

 その瞬間をベルは見逃さず、その攻撃をかいくぐりながらその二体に接近してナイフを振るった。

 

「―――そこっ!!」

 

『『グァッ!?』』

 

 致命傷を喰らった二体のゴブリンは、ばたりと地面に倒れて消滅するのであった。

 

『ギィッ!』『ギシャアッ!』『グアァ!!?』

 

「―――やぁっ!!」

 

『『『ギャァ…ァァ…』』』

 

 一瞬で仲間が倒されたことに動揺する残りのゴブリン。

 ベルはそんなゴブリンに一瞬で肉薄し、高速でナイフを振るう。

 二刀の短刀が朱と蒼の軌跡を描いた次の瞬間、ゴブリンたちの頭は地面に落ち、灰へと還るのであった。

 

「…よし、やっぱり強くなってる。これでもう、ゴブリンに怯えていたあの頃の僕はいないんだ」

 

 今の戦闘からも分かるように、ベルの実力は確実に上がっていた。

 アイズとの訓練により、全般的なベルの能力は格段に上昇したのだ。

 そして何より、ベルの【ステイタス】は想像を絶するほどの上がり方をしていた。

 

 ちなみにこれが現在のベルの【ステイタス】である。

 

 

************************************

 

 

ベル・クラネル

  Lv.1

 力:SS1003  耐久:S956  器用:SS1025  敏捷:SS1088  魔力:S942

 

 《魔法》【ウインドボルト】

     ・速攻魔法

 

 《スキル》【英雄熱望(ヒーロー・ハート)

     ・早熟する

     ・英雄を目指し続ける限り効果持続

     ・英雄の憧憬を燃やすことにより効果向上

     

       【命姫加護(リィン・ブレス)

     ・魔法が発現しやすくなる

     ・『魔力』のアビリティ強化

     ・運命に干渉し、加護の保持者に絶対試練を与える

     ・試練を乗り越えるごとに、加護の効果向上

 

 

*************************************

 

 

―――これが、『恩恵』を刻まれてわずか一週間の【ステイタス】である。

 

 これにはロキも酷く驚き、あやうくベルには秘密にしている『スキル』がバレてしまうところであった。

 しかし、ロキがそこまで取り乱したのも仕方がないことだろう。

 本来、ステイタスの上限はS999であり、その限界を越える者は今まで存在していなかった。

 しかしベルはその限界を越え、『力』『器用』『敏捷』の三つの項目においてSSであったのだ。

 神であっても、この異常とも呼べる現象には驚かずにはいられなかったのである。

 

 文字通りの『限界突破』―――これはベルが持つスキル【英雄熱望(ヒーロー・ハート)】によるものであった。

 アイズたちと過ごすうちに、英雄を目指す思いが強くなったベル。

 【ステイタス】の限界超えてしまうをほどの強き思い―――絶対に英雄になりたいというベルの意志に、さすがの(ロキ)も戦慄を隠せずにはいられなかった。

 

 それでも神は神。

 すぐにいつもの余裕を取り戻したロキは、この規格外の成長をただの成長期だとベルに信じ込ませた。

 普通の者ならいくら主神の言葉でも少しは疑うものだが、素直なベルは主神(ロキ)の言葉を疑わない。

 そのため自分の【ステイタス】を見た感想が「成長期ってこんなに伸びるものなんだ…今のうちにどんどん伸ばさなくちゃ!」であった。

 

 流石のロキも純粋過ぎるベルを見て内心頭を抱えていた。

 

(その純粋さは美徳やけど、その純粋さにつけこむ奴はどこにでもいるからな…例えば娯楽に飢えている神とか)

 

 自分のことを棚に上げるロキであったが、やはり自分の眷族(こども)のことになると話は別である。

 ベルの【ステイタス】が他人に―――特に神々にバレないよう細心の注意を図るロキであった。

 

 こうしてロキの気苦労は増えていったのである。

 

 

 

*****

 

 

 

 ベルがダンジョンに潜ってから三時間が経過した。

 

 ベルはリヴェリアたちと約束とした時間通りにダンジョン探索を切り上げ、地上へと帰還していた。

 本日のベルの戦績はゴブリン百四体にコボルトが十六体―――。

 エイナに帰還報告をしたベルは、倒したモンスターから入手した魔石の欠片を換金所に持って行った。

 そこで二六〇〇ヴァリス(ゴブリンの魔石ばかりであったので思いの外安かった)に換金してもらったベルはエイナに別れを告げ、シルが働いているという酒場へと向かうのであった。

 

 

 ダンジョン探索を無事に終えた僕は、今朝シルさんと交わした約束を守るために彼女が勤めているという酒場を探していた。

 

(確か、シルさんが言ってた酒場ってこの建物だよね?)

 

 今朝シルさんに教えられたカフェテリアを見つけた僕は、その店頭で足を止める。

 二階建てで石造りの建物で、周りにある建物の中でも群を抜いて大きかった。

 

(ここがシルさんが働いている酒場、『豊饒の女主人』。…凄い名前のお店だけど、どういう意味なのかな?)

 

 店名が書かれている看板を仰ぎ見た僕は、そんなことを考えながら店内をそっと窺ってみた。

 最初に目に付いたのは今朝会ったシルさん……ではなく、カウンターの中にいる恰幅のいいドワーフの女性であった。

 

(あの人がこの酒場の女将さんかな…?ということは、店の名前の『女主人』という言葉ってあの人のことを指しているんだよね?)

 

 確かに女主人というイメージが似合う女性であった。

 

(えっと、他にはヒューマンの女性やキャットピープルの少女…エルフの店員までいるのか。でも、シルさんは見当たらないな……)

 

「来てくれたのですね、ベルさんっ」

 

「うひゃぁっ!?」

 

「そ、そんなに驚かれると私…けっこう傷付きますよ?」

 

「す、すみません!」

 

 音もなく僕の隣に現れたシルさんに驚き、思わず変な声を出してしまった。

 

(け、気配をまったく感じなかった…シルさんっていったい何者なんだ?)

 

「うふふ、冗談ですよ。ベルさんが本当に来てくださったのが嬉しくて、つい驚かしちゃいました。それでは早速、席まで案内しますね」

 

「は、はい」

 

 笑顔で迎えてくれたシルさんに流されるまま、僕はカウンターの席へと案内された。

 

「ここはちょうど酒場の隅ですから、自分のペースで食事ができますよ」

 

「こんなにいい席を用意してくれてありがとうございます、シルさん」

 

「いえいえ、大切なお客様のためですから。それでは早速当店おすすめのパスタをご用意しますね」

 

 そしてそれから十分後。

 

「どうですか、ベルさん…私おすすめのミア母さんが作ったパスタのお味は?」

 

「その…凄く美味しいですけど、ちょっと量が多めな気が…」

 

「ボリュームがあるのが当店の売りですから」

 

「もちろん一番の売りは味ですけどね」と告げながら、シルさんは僕に微笑むのであった。

 

(値段は聞いてなかったけど、今日一日で稼いだ収入だけで足りるかな…だ、大丈夫だよね…?)

 

「大丈夫ですよ、ベルさん。このパスタのお値段は三〇〇ヴァリスですから、ベルさんの手持ちのお金で十分足りると思いますよ」

 

「あぁ、そうだったんですか。どうやら無事に払えそうで良かったです…って僕、口から考えが出ていましたかっ!?」

 

「うふふ、ベルさんは考えが顔に出やすい人ですからね。それに私、勘はいい方ですから」

 

「あはは、そうだったんですか」

 

(僕ってそこまで分かりやすい顔をしているのかな?う~ん…)

 

「私はそこがベルさんの美点だと思いますよ。ですから、そんなに悩まないでください」

 

「ま、また表情に出ていましたか!?」

 

「うふふ、さぁどうでしょうね」

 

 自分の考えが全て読まれたことに動揺した僕をシルさんは面白そうに見つめるだけで、その答えは言わなかった。

 そのときカウンターの奥からキャットピープルのウェイトレスがシルさんに声を掛けた。

 

「シル~お客が増えて来たから手伝ってニャ」

 

「うん、分かったよアーニャ。…それじゃあベルさん、私はそろそろ仕事に戻りますね」

 

「はい、お仕事頑張ってくださいね」

 

「ベルさんが応援してくれたおかげで、いつもより頑張れそうです」

 

「それでは失礼しますね」とシルさんは綺麗なお辞儀をして、厨房の中へと消えていった。

 

 去って行くシルさんを見送った僕はというと、地味に落ち込んでいた。

 

(結局答えをはぐらかされたけど、やっぱり僕の表情から考えを読み取ったってことだよね?僕ってそこまで顔に考えが出ちゃうのかな?うぅ…アイズさんやリヴェリアさんをもっと見習なくちゃ)

 

「それほどシルの言葉を気にする必要はありませんよ」

 

「えっ?」

 

 落ち込んでいた僕の後ろから突然、澄んだ声色をした女性の声が聞こえた。

 その声に反応して振り返ってみるとそこには、ウェイトレス姿であるエルフの女性が立っていた。

 驚くことにそのエルフの女性は、リヴェリアさんに匹敵するくらいの端麗な容姿であった。

 

(この人……入り口から覗いたときに見かけた、エルフのウェイトレスさんだ)

 

「シルは気に入った相手をからかう癖がありますので、あまり深くは考えない方がいいですよ」

 

 あまり深く考えなくていいと言われても、さすがに「はいそうですね」と納得できない。

 自分の考えていることが全て筒抜けなのは結構マズい問題である。

 

「で、ですが僕の考えていることは全てシルさんに筒抜けでしたし…」

 

「あれはシルの勘が鋭過ぎるのです。いくら表情が顔に出やすいからといって、普通の人ではあそこまで詳しくは読み取れませんよ」

 

「そ、そうですよね!」

 

 彼女の言葉を聞いてようやくほっと安心する一方、僕の中でシルさんに対する疑問が増えていく。

 

(でもそれができるシルさんは、やっぱり普通じゃないってことだよね。ほ、本当にシルさんって何者なんだろう…?)

 

 彼女について知れば知るほど、謎は深まるばかりだ。 

 シル本人に尋ねてみても、絶対に誤魔化されることだろう。

 とりあえずシルさんの素性は横に置いておくとして、今は親切に教えてくれたエルフの女性にお礼を伝えないと―――。

 

「あの、わざわざ教えてくだいありがとうございました!えっと…」

 

「リュー・リオンです。リューと呼んでくれて構いませんよ、クラネルさん」

 

「分かりました、リューさん…ってどうして僕の名前を?」

 

 リューさんとは初対面なので、僕の名前を知る由はないはずだ。

 それとも、僕が忘れているだけで、どこかで出会ったことがあったのかな?

 頭を悩ます僕を見てリューさんは、「実はシルから貴方のことを伺っていたのです」と驚くべき発言をした。

 

「シ、シルさんからですか…?」

 

「はい。今朝出勤するときにベル・クラネルという面白い少年に出会ったと言っていました。…シルは貴方がこの店に来られるのを大層楽しみにしていたようですよ?」

 

「そうだったんですか、シルさんがそんなことを…」

 

 このお店に訪れたときに、シルさん本人から自分が来るのを楽しみにしていたと聞かされていた僕であったが、てっきり冗談だと思い込んでいた。

 まさか職場の同僚にまで言っていたなんて…。

 僕は今頃になってシルさんのあの発言が冗談ではなかったと知り、むず痒い気持ちになるのであった。

 

 思わず照れてしまった僕であるが、今のリューさんの発言で一つだけ気になる所が存在した。

 

(『面白い少年』か…。僕ってそんなに変なことをシルさんにしたかな…?)

 

 今朝のシルさんとの出会いを思い返してみると、何個か思い当たる節が存在した。

 思わず頭を抱えてそのときの行動を省みる僕であったが、気が付くとそんな僕をリューさんはその空色の瞳で見つめているのであった。

 

「す、すみません!会話の途中なのに考え事をしまって…」

 

「いえ、構いませんよ。私も考え事をしていましたから」

 

「考え事ですか…?」

 

「そうですね……実はクラネルさんに尋ねたいことがあるのですか、よろしいでしょうか?」

 

「は、はい…大丈夫です」

 

「…クラネルさんは最近冒険者になったばかりなのですか?」

 

「えっと…最近というか今日なったばかりです」

 

「今日冒険者になったばかりですか。……なるほど、シルが貴方のことを面白いと言ったのも分かる気がします」

 

 リューさんは僕の回答を聞いて、何かを納得したように頷いた。

 

(リューさんにまで面白いって言われるなんて…。僕ってそんなに新人っぽいオーラが出てるのかな…?)

 

「あの、やっぱり一目見ただけで新米冒険者だって分かるんですか?」

 

「…どうやら誤解を与えてしまいましたね。紛らわしい言い方をしてしまい申し訳ありませんでした、クラネルさん」

 

 そう言ってリューさんは僕に向かって頭を下げた。

 

「そ、そんなっ!?頭を上げてください、リューさんっ!僕は全然気にしてませんから!!」

 

 深々と頭を下げて謝ってきたリューさんの生真面目過ぎる行動に、僕は慌てふためく。

 エルフという種族は誇り高く、滅多に頭を下げることはないと聞いていたけれど、リューさんは全然違っていた。

 レフィーヤさんやリヴェリアさんも礼儀正しい人だと思っていたが、リューさんの律儀さは彼女たちを越えているかもしれない。

 

「その、てっきり新人丸出しの雰囲気が僕から漂っているのかと……」

 

「そんなことはありません。それに大多数の方が貴方のことを新人だと気付くことはないと思いますよ」

 

「そ、それならよかったです。…ってあれ?それならどうして、リューさんは僕が冒険者になったばかりだと分かったんですか?」

 

 リューさんは僕の疑問にすぐに答えず、吸い込まれるくらい透き通った空色の瞳で僕の顔をじっと見つめてきた。

 

「あの、リューさん…?」

 

「……それは貴方から感じる強さが他の冒険者とは大きく異なっていたからです」

 

「えっ、僕って他の人とは大きく異なっているんですか…?」

 

「えぇ、ただし勘違いしないでください。貴方は強い……それも新人とは思えないほどの実力を持っている」

 

「ぼ、僕がですか…?」

 

「あくまで私見ですが、貴方の実力は間違いなく新人の域を脱していると思います。ただ他の実力者と比較すると、何かが足りない。…それが何なのか、クラネルさんの言葉を聞いてやっと分かりました」

 

 今日冒険者になったばかりという僕の発言から、リューさんは何に気が付いたのだろう?

 

「その、僕に足りないものとは一体…?」

 

「―――それは『経験』です」

 

「け、経験ですか?」

 

「はい、貴方にはその実力に見合うほどの『経験』が圧倒的に足りていないように思います。だから私は、貴方のことを最近ダンジョンに潜ったばかりの新人冒険者だと推察したのです」

 

「そうだったんですか…」

 

 ベルがオラリオに訪れたのは約十日前。

 そしてアイズとの訓練が始まったのは一週間前。

 それ以前―――つまりオラリオに訪れる前のベルは戦闘とは無縁な生活を送っていた。

 いくら【ステイタス】が急上昇しても、『経験』が急上昇することはありえない。

 経験とは日々の積み重ねで得られるものであり、どんな『スキル』でもその法則を破ることはできない。

 そのため他の冒険者と比べてベルは、踏んで来た場数が圧倒的に少ないのであった。

 

「冒険者になったばかりなら経験が少ないのも頷けます。ですが限られた経験でここまでの実力に至るとは…。本当にこの世界に居たのですね、『英雄』と呼ばれる存在が…」

 

「へぇ~そうなんですか…って僕が英雄ですかっ!?」

 

「私は出会ったことはありませんが、英雄と呼ばれる者の中では少ない経験で格段に力を伸ばす者も多いと聞きます。貴方もその一人だと考えればその強さも納得します」

 

「そ、それだけは絶対にありえませんよっ!?僕みたいな弱い人間がそんな立派な存在な訳がありません!!」

 

「クラネルさん…謙虚なのは美徳でもあるのでしょうが、あまり自分を貶めるような発言は…」

 

「別に謙虚でも何でもありません、今の僕はリューさんが言うような大層な人間ではないんですっ!だって僕は…」

 

 ―――守られてばかりのちっぽけな存在なんです、というベルの言葉はリューにより遮られた。

 

「クラネルさん…それ以上自分を貶める真似を続けるのなら、私は本気で怒りますよ」

 

 謙虚過ぎる…いや、この場合は卑屈過ぎるベル。

 本気で英雄を目指しているベルが、リューの発言を激しく否定したのには理由がある。

 彼は英雄に本気で憧れるからこそ、今の弱い自分が英雄と呼ばれることを認めるわけにはいかなかったのだ。

 【ステイタス】が上昇し確かに力がついたベルであるが、彼はまだ自分のことを弱い存在だと思い込んでいた。

 決して忘れることはない、自分がいかに無力な存在なのか痛感したあのとき―――その過去が枷のようにベルを縛り、彼の輝きを邪魔していた。

 

 そんなベルを見て、常に冷静なリューにしては珍しいことに怒りの感情を顔に出していた。

 

「で、ですが…」

 

「もう一度言いますが、それ以上自分を貶める真似を続けるのなら、私は本気で怒りますよ」

 

 先程より怒気が強くなったリューを見て、熱くなっていた頭が冷やされたベルは、急いで謝るのであった。

 

「あの、思わず意固地になってしまってすみませんでした…」

 

「…いえ、私の方こそ少し熱くなってしまいました。こちらこそ失礼なことを言ってしまいすみませんでした、クラネルさん」

 

「い、いえ、リューさんは悪くありませんよっ!…そうだ、リューさんはダンジョンに詳しいんですか?」

 

「…えぇ、まぁ。私は過去に冒険者を名乗っていましたので少しは詳しいです。それが何か?」

 

 ベルの質問を聞いて、思わず表情が固くなるリュー。

 ベルはリューの過去を詮索するつもりはないことを告げ、自身の悩みを打ち明けるのであった。

 

「ここに来る前にダンジョンの第二階層までに潜ってきたのですが、その…」

 

「戦ったモンスターが弱過ぎたのですね?」

 

「…はい、リューさんの言う通りです。思わず拍子抜けするほど相手にしたモンスターは弱かったんです。ゴブリン五体を一度に相手にしましたが、危なげもなく勝利しました。それで、その…」

 

「―――ふむ、クラネルさんが私に相談したいことはわかりました。つまり、階層をより深く潜るべきか悩んでいるんですね?」

 

 リューの言葉に頷くベル。

 そのままベルは話を進めた。

 

「はい、そうなんです。冒険者になったばかりの新人は、探索範囲を三階層までにするのが常識だとよく言われてます。なぜなら三階層まではゴブリンとコボルト――この二体しか出現しませんので、新人にとっては最も危険が少ない階層だからです」

 

「確かにゴブリンとコボルトの強さはモンスターの中でも最底辺に位置しますからね。ダンジョンの中では最も安全な階層でしょう」

 

「はい、リューさんの言う通りです。…ですが四階層からはそれまでとは大きく違ってきます。まず出現するモンスターの種類が増え、そしてそれらのモンスターが出現する間隔も三階層までと比べものにならないほど一気に増加します」

 

「…三階層でダンジョンはこんなものかと舐めてしまった新人が存在するのは確かです。そしてその新人達は間違いなく全員が痛い目に遭います。中には地上に帰還出来なかった人もいるでしょう。新人にとって最初の難関は第四階層をいかに油断せずに挑めるかに尽きると私は思います。そしてクラネルさんもそう思われているのですね?」

 

「はい、僕もリューさんと同じ考えです。だから凄く迷ってしまうのです。今の自分の実力なら四階層に降りても大丈夫なはず―――だけどそれはただの油断ではないのか、と……」

 

 このまま三階層を中心に活動していくか、それとも四階層に進出していくか。

 ベルはその二択で迷っているのであった。

 

「とりあえずクラネルさんは明日、三階層に挑むということで合っていますか?」

 

「はい…ですが難易度的には二階層と三階層はそれほど差がないと教わりましたから、たぶん今日の感じだと…」

 

「今のクラネルさんなら三階層はまず余裕でしょう。しかし、これはまた難しい問題ですね…」

 

 思いの外真剣に悩んでしまったリューに、ベルは慌てて告げる。

 

「あ、あの、今さらですがやっぱり…」

 

「遠慮なさらないでください、クラネルさん。シルの友人である貴方が悩んでいるままだと私も困ります」

 

「リューさん……」

 

 律儀なリューはベルの悩みに対し真摯に答えるために、真剣に考え始めた。

 そしてしばしの熟考の後、リューはベルに自分の考えを告げるのであった。

 

「―――四階層に進出せずに三階層で経験を積むことを、私はクラネルさんに勧めます」

 

 リューがベルに示した回答は三階層で経験を積む…つまり現状維持であった。

 

「今の貴方の実力なら三階層は物足りないと思うでしょう。ですが冒険者にとって本当の意味で無駄で無価値な経験など存在しません。そしてそれらの経験は、いつか貴方の身を救うことでしょう」

 

「僕の身を救う、ですか…?」

 

「はい。恐らくですが、貴方が目指す場所に辿り着くためには、そのような経験も必要なのだと思います」

 

「リューさん…」

 

「…いえ、あまり気にしないでください。私の勘はよく外れる」

 

 リューはふっと笑い、ベルの目の前に置いてある料理を見た。

 

「クラネルさん、料理が冷めてしまうから早く食べた方がいい」

 

「は、はい」

 

「それではお客が増えて来たようなので、私は業務に戻りますね」

 

「あのっ、リューさん!」

 

「何でしょうか、クラネルさん?」

 

「―――相談に乗ってくれてありがとうございましたっ!その…明日もお昼を食べに来てもよろしいでしょうか…?」

 

 ベルの言葉を聞いたリューは、彼女にしては珍しく笑みをこぼすのであった。

 

「…ふふ、別に私に許可を取る必要はありませんよ。ぜひ明日も入らしてください、クラネルさん」

 

「はいっ、ありがとうございます!」

 

「それでは私はこれで」と告げてベルに告げ、リューは入店して来たお客の方へと向かうのであった。

 

 

 リューの助言が正しかったのかは今の時点では分からない。

 ただし、これだけは断言できる。

 今回のベルの選択がどういう結果を導くのかは、今から五日後に判明するのであった。

 

 ―――五日後、ベルにとって最初の試練が幕を上げる。

 

 

 




次回はベル視点からアイズ視点へと話が変わります。

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