ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
―――ダンジョン十一階層。
「どうしてコイツがこんなところにいるんだよ!?コイツが出現するのは中層なはずだぞ!?」
「う、狼狽えるなジャック。こちらは四人に対し、向こうは一体のみだ。俺達四人で戦えば十分倒せる相手さ」
「そ、そうだよな!?」
「ビビり過ぎだぜ、ジャック。確かに俺達はLv.1だが、こっちにはLv.2のシュドルとコングがいるんだぞ」
「おいおい、俺はランクアップしたばかりなんだから、あんまり持ち上げるなよ」
「お喋りはそこまでだ、お前達。いつもの陣形で行くぞ―――かかれッ!」
「「「おうッ!!」」」
『―――』
―――人の数だけ『冒険』が存在する。
―――今まさに危険を冒している彼らだが、果たしてどのような『冒険』をするのだろう?
―――彼らの『冒険』の行方を知る者は、ただ一人しか存在しなかった。
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【ロキ・ファミリア】が遠征へと出発して、六日目の朝。
今日も朝早くからダンジョンに潜るつもりであるベルは、出発することを主神に伝えるため、ロキの部屋へと訪れていた。
「それではロキ様、今日もダンジョンに潜りに行ってきます」
「おお、ベルは今日も張り切ってるな~。今日から潜れる時間が長くなったのが、そんなに嬉しかったんかい?」
「はい!昨日までダンジョンに潜っていられる時間が三時間だけでしたので、その…少し戦い足りなくて…」
「確かに、ダンジョン探索がたったの三時間だけやと物足りなく感じるやろうな。…うちはてっきり、リヴェリア達との制約を破ると思ってたのにな~」
「や、破りませんよっ!?」
「この前は思いっきり破ったのに?」
「うっ、それは…その…」
「まぁ今回はきっちり守ってたみたいやし、これからも大丈夫やろ。どうやらリヴェリア達にはいい報告できそうや」
「よ、よかったです。もうリヴェリアさん達には怒られたくありませんでしたから…」
「うちは破って欲しかったのにな…。もっと破天荒なベルを見たかったわ~」
「ロ、ロキ様~!」
「冗談や、冗談。でもまぁ、今日からダンジョンに潜る時間が夕方まで延長されたんやからよかったやないかい!」
「それはまぁ、そうですけど…」
―――初日から五日目まではダンジョン探索を三時間で切り上げること。
―――六日目以降のダンジョン探索は夕方までとすること
この二つはベルが単独でダンジョンに挑むにあたり、リヴェリア達が課した条件である。
「―――それではロキ様、夕食の時間までには帰ってきますね」
「了解や。いつも言っているが、無事に帰って……」
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―――ダンジョン九階層。
「う、嘘…何で九階層にこんな怪物がいるの!?」
「ま、まずは落ち着け!ミリーは早く攻撃魔法の詠唱を開始しろ!」
「は、はいっ!」
「サリファは弓でヤツを狙え。僕とリグルは魔法が完成するまでヤツの注意を僕達に逸らすぞ!」
「お、おうよ、この大剣でぶったぎってやるぜ!!」
「確かに相手の方が強い。それでも僕達の力を合わせば倒せるはずだ!」
「ふふ、そうね。このパーティならどんな敵でも倒せるはずだわ」
「よっしゃ、根性見せてやるぜッ!!」
『―――』
―――多くの冒険者達はパーティを組んで、自分達より強大な敵を打ち倒してきた。
―――冒険者達は仲間と力を合わせることで、『冒険』を乗り越えてきたのだ。
―――弱者が強者を倒すための最も真っ当な方法だが、果たしてこの弱者達は強者を倒せたのだろうか?
―――その答えは……
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「…ッ!!」
「…ロキ様?」
(―――何や、今一瞬感じた恐ろしく嫌な気配は…?どうにも胸騒ぎが止まらへん…)
―――嫌な予感がする。
これが一般人の台詞なら気のせいだろうと笑い飛ばせるが、神となると話は別だ。
―――神の直感はよく当たる。
ましてや、他の神よりも勘が鋭いと自負しているロキの直感が外れたことは、今までほとんどない。
「…ちょい待ち、ベル。久しぶりに【ステイタス】の更新しよか」
「…?はい、わかりました」
出発する直前に更新なんて珍しいな、と少し疑問に思うベルであったが、素直にロキの指示に従う。
そして滞りなく【ステイタス】の更新をさせたロキ、更新された内容を紙に書き写す。
「よし、【ステイタス】の更新終わったで~」
(新スキルや魔法の発現はなし。しかし、この数値は…)
「ありがとうございます、ロキ様。それでは、行ってきます!」
「…ん、いってらっしゃい、ベル」
自分の部屋から退出していくベルを見送ったロキは、書き写したベルの【ステイタス】にもう一度目を通すのであった。
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ベル・クラネル
Lv.1
力:SS1053 耐久:S960 器用:SS1085 敏捷:SSS1138 魔力:S982
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「SSS、か…」
そう呟くロキの表情は、いつになく真剣な表情をしているのであった。
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―――ダンジョン七階層。
「【火の矢よ、眼前の敵を焼き尽くせ―――フレイムアロー】!!」
「やったかッ!?」
「ッ!う、嘘だろ…」
「そんな馬鹿な!?あれを喰らって無傷だと…」
「話が違うじゃないかアゼン!?魔法なら倒せるって言ったのに、どうしてヤツは倒れないんだよッ!?」
「そんなの俺が知るかよッ!?愚痴を吐いてるいる暇があったら剣を構え―――」
「ア、アゼンッ!?」
「う、うわあああぁぁぁぁ!?」
「こ、この化け物がぁぁッ!アゼンの仇だッ!!」
「止せ、コギットッ!お前じゃ奴には敵わない!!」
『―――』
―――ダンジョンで冒険するのは、『偉業』を成し遂げるためである。
―――己自身よりも強大な相手を倒すことで、より高みへと至ることができるのだ。
―――ただし弱者が強者を倒すのは、そう簡単なことではない。
―――『試練』を乗り越えられない者の末路は、語るまでもないだろう。
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豊饒の女主人の店の前にて。
「おはようございます、リューさん」
「おはようございます、クラネルさん。今日もダンジョンに潜るのですか?」
「はい。今日は昨日よりも長くダンジョンに潜るつもりです」
「そうですか…。今のクラネルさんなら大丈夫だと思いますが、ダンジョンでは何が起こっても不思議ではありません。くれぐれも油断しないようにして下さいね」
「はい!そ、それで申し訳ないのですが、夕方まで潜っているので、その…」
「もしかして、クラネルさんは昼食を食べに来られないことを気に病んでいるのですか…?」
「は、はい、その通りです…」
「ふふ、本当にクラネルさんは面白い方ですね。そんなことを気にする必要なんてありませんよ」
「で、ですが…」
「それほど気に病むのでしたら、ダンジョンに潜らない日に寄って下さい。きっとシルも喜ぶでしょう」
「わかりました。ところでシルさんの姿が見当たりませんが、店の中にいるのですか…?」
黄昏の館からダンジョンに向かう途中にある『豊饒の女主人』の前を通るとき、店の外にいるシルさんとリューさんに挨拶を交わすのがこの五日間の日課だったりする。
いつもリューさんの隣にはシルさんが立っているはずだが、今日はリューさん一人だけでシルさんの姿は見えなかった。
「シルですか…。彼女はまだ来ていません」
「珍しいですね、この時間になってもシルさんが来ていないなんて…」
「……」
「あの、リューさん?」
僕の発言を聞いたリューさんは、なぜか気まずそうな顔をしていた。
「そうでもないニャ、白髪頭。シルはよく無断で仕事を休んでいるニャ」
「ア、アーニャさん…」
店の中から現れたアーニャさんが、押し黙ったリューさんの代わりに答えてくれた。
「まったく、シルには困ったものニャ。怒ると怖いリューだけど、シルには甘いから全然叱らないし」
「…きっとシルにもシルで事情があるのでしょう。それよりアーニャ、何か私に用があって来たのでは?」
「そうだったニャ、ミア母さんがリューのことを呼んでいるニャ」
「わかりました。…それではクラネルさん、ダンジョン探索頑張って下さいね」
リューさんは軽く会釈をして、アーニャさんと共に店の中へと入って行く。
(シルさん、何か用事でもできたのか…?)
僕はシルさんのことを考えながらも、目的地に向けて歩き出す。
視線の先にそびえ立つのは、白亜の巨塔。
バベルをぼんやりと眺めながら、ダンジョンを目指す。
そして―――
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―――ダンジョン六階層。
「これは何の冗談だ!?ここは六階層だぞ!それなのに何でオマエがここにいるんだよッ!?」
「に、逃げるぞお前らッ!こんな化け物に俺らが敵うわけがない!」
「ま、待て、俺を置いて行かないでくれえぇぇ!!」
「うるせえッ!俺はまだ死にたくないんだよッ!!」
「おい、追ってくるぞ!?」
「なっ、もうこんなに近づかれて―――ッ!?」
「う、うああああああああっ!?」
『―――』
―――その怪物は、モンスターの代名詞と知られる存在。
―――その怪物は、Lv.1の冒険者を容易く打倒できる存在。
―――その怪物は、ギルドにてLv.2に分類され、『力』と『耐久』に特化した存在。
―――その怪物の名は……。
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リューと別れた後、ベルはダンジョンへと潜り、順調に一、二階層を突破していた。
そして、三階層に足を踏み入れるのであった。
「……?」
どうしてだろう。三階層に足を踏み入れたからというのも、ずっと首筋が疼く。
奥に進むに連れて、酷く不安な気持ちになっていく。
(この階層、いつもと何かが違うような…?)
この数日間ずっと三階層に潜っていたけど、階層に漂う空気がいつもと異なっているように感じるのだ。
三階層を探索してしばらく経つが、ダンジョンの中とは思えないほどに静か過ぎる。
いつもならゴブリンやコボルトと戦闘をこなしているはずなのに、三階層に降りてからまだ一度も遭遇をしていないのだ。
いや、一応コボルトには遭遇はしたけれど、僕のことなんて眼中にないかのようにどこかへ走り去っていった。
(あのコボルト…まるで何かから必死に逃げていたような…)
違和感に次ぐ違和感に、本能がここから立ち去るべきだと警鐘を鳴らす。
最大限に周囲を警戒しながらも、僕は三階層の深部へと足を進める。
何度も地上へと戻りたくなったけれど、ロキ様やリューさんに夕方まで潜ると宣言した手前、昼前に帰還するのは情けない…。
しかもダンジョンがいつもより静か過ぎるという漠然とした理由で引き返すなんて、冒険者として恥ずかし過ぎる。
(僕が臆病だからそう感じるだけかもしれない…。でも、三階層の終点についてもモンスターに遭遇しなかったらどうしよう…?)
そんな僕の考えは杞憂に終わった。
いや、杞憂に終わっていた方がよかったのかもしれない。
だって、四階層へと繋がる出入り口がある『ルーム』へと辿り着いた僕を待ち受けていたのは、
『ヴヴォオオオオオオ!!』
「―――ッ!?」
大砲声。
全身筋肉質でありながら、三メートルを越える巨躯。
黒紫色の体皮に、瞳は血のように真っ赤に染まっている。
―――その怪物の名は『ミノタウロス』。
モンスターの代名詞と呼ばれる怪物の中の怪物が、僕の目の前にいた。
(ま、まさか…ミノタウロスッ!?何て威圧感なんだ!?)
その圧倒的な重圧感に、思わず僕は押し潰されそうになる。
(Lv.2に分類されているモンスターが、どうして三階層に…ッ!?)
突然の事態に逃げることも脳裏に浮かばず、ミノタウロスから視線を逸らすことができない。
そんな僕と、ミノタウロスの目が合った―――。
その瞬間、僕は悟ってしまった。
(―――ああ、無理だ。これは、絶対に勝てない)
―――ベル・クラネルが経験する、初めての『冒険』。
―――
―――英雄を志す少年は『試練』を乗り越え、より高みへと至ることができるのか?
―――それとも……。