ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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ベル・クラネルの冒険 ②

 一定の距離を空けて対峙するベルとミノタウロス。

 ―――先に動きを見せたのは、ミノタウロスの方であった。

 

『ヴヴォオオオオオオッ!!』

「ッ!?」

 

 ミノタウロスは大きく息を吸い込み、ベルに向かって『それ』を放つ。

 『それ』はただの砲声ではなかった。

 原始的な恐怖で相手の行動を封じる砲声―――『咆哮(ハウル)』をベルに向けて放ったのだ。

 自分より実力が低い者なら問答無用で強制停止を引き起こす『咆哮(ハウル)』。

 

(か、身体が動かないッ!?)

 

 それをもろに喰らったベルは、何も行動をとれなくなってしまう。

 そして、そんな大きい隙を見逃すほど怪物は甘くない。

 ミノタウロスは硬直状態に陥っているベルめがけて突撃してきた。

 

(ヤ、ヤバい!?早く動け、僕の身体―――っ!!)

 

 ミノタウロスが間近に迫る中、ベルの思いが通じたのか身体の硬直が解け始める。

 

「―――ッ!」

 

 ベルは即座に回避行動に移り、何とかミノタウロスの突撃を紙一重で躱す。 

 

(あ、危なかった…。回避するのが後もう少し遅かったら―――)

 

『―――!』

「なっ!?」

 

 ミノタウロスは自身の攻撃を避けたベルに向かって、間を空かず攻撃を繰り出す。

 咄嗟に双刀を構えてその攻撃も防ぐも、突進の勢いを活かした剛腕による薙ぎ払いは凄まじい威力を秘めていた。

 

(くッ!?受け流せない!?)

 

 ベルは咄嗟にバックステップをとり衝撃を殺すが、それでも強烈な膂力により放たれた一撃を受けきれず、少年の身体はまるでボールのように跳ね飛ばされる。

 強烈な腕薙ぎによりベルの身体は、先程ミノタウロスが立っていた地点まで吹き飛ばされるのであった。

 

 一瞬の攻防で、両者の位置が入れ替わる。

 態勢を立て直したベルは、ミノタウロスから距離をとったまま今の状況を冷静に分析し始める。

 

(速さは互角…いや、ギリギリで僕の方が上のはず。だけどそれ以外は…)

  

 『咆哮(ハウル)』を受けたベルは数秒間であるが硬直状態に陥った。

 このことよりベルの実力がミノタウロスより劣っていることが証明されてしまった。

 しかし、それも仕方ないことだろう。

 相手はLv.2のモンスターの中でも最強と呼ばれるミノタウロス。

 Lv.1の冒険者の実力では『咆哮(ハウル)』を抵抗するのはほぼ不可能―――。

 昇華した器、または強靭な精神でなければミノタウロスの『咆哮(ハウル)』を防げないのだ。

 

(活路があるとすれば、相手を上回る『敏捷』しかない…。それなら自分の敏捷(あし)を信じ、相手の攻撃を上手く躱しながら反撃し、そして―――)

 

 ―――隙を見て逃げ出すしかない!!

 ひとまず戦闘の方針は決まった。

 自分の実力では眼前の敵を倒すことは絶対に無理。

 それなら相手を打破することは諦め、隙を見て逃走するのが最も正しい判断のはずだ。

 できることなら尻尾を巻いて逃げ出すなんてこと、本当はしたくない。

 だけど、リヴェリアさんはこう言っていたはずだ。

 

 ―――強敵から逃げずに戦う…勇敢な行動であるが、死んでしまったらその『勇気』は『蛮勇』となる。お前は決して『勇気』と『蛮勇』の意味を履き違えるなよ、ベル。

 

(ここでミノタウロスを倒そうとするのは蛮勇のはずだ。だから敵から逃げ出すことをためらうな、ベル・クラネルっ!!)

 

 迷いを振り切ったベルは静かに双刀を構え、ミノタウロスを見据える。

 そして思いっきり地面を蹴り、敵に向かって駆け出した。

 

 真っ正面から向かってくるベルに対し、ミノタウロスは右腕を振り上げる。

 ベルがミノタウロスの射程圏内に入った瞬間、巨大な右腕が振り落とされる。

 恐るべき威力を秘めた拳が唸り、地面を陥没させる。

 しかし、その拳に地面以外の手応えはない。

 ミノタウロスの攻撃が当たる直前、ベルは横に跳躍してミノタウロスの攻撃を避けたのだ。

 ベルはそのまま体を捻り、双刀でミノタウロスの右腕を斬りつける。

 

(よしッ、まずは一撃ッ!!)

 

 紙一重で相手の攻撃を避けながら、一撃を入れたベル。

 今の動きは、アイズとの模擬戦で身に付けた技術の一つ『カウンター』である。

 攻撃に意識が回っている相手は、必ず防御への反応が鈍くなる。

 そこで攻撃を喰らわせれば、通常よりも大きなダメージを与えることができる。

 速さで相手を翻弄するベルの戦闘スタイルにとって、『カウンター』は必須な技術―――。

 そう考えたアイズが、『受け流し』と同時進行で教えた技でもあったりする。

 

 ベルが地面に着地するのと同時に、傷をつけたミノタウロスの右腕から紫色の血が少量だが流れ出す。

 

『ヴオォォォー!!』

 

 ミノタウロスは雄叫びを上げ、ベルに向かって左腕を横に振り抜く。

 しかし、またしても手応えはない。

 今度は真上に跳躍してまたしても敵の豪腕から逃れたベルは、そのまま空中で身体を捻り、ミノタウロスの左腕を短刀で斬りつける。

 カウンターを連続で決めたベル…彼の足が地面に着いた瞬間、即座にミノタウロスから距離をとるのであった。

 

(何とかミノタウロスに攻撃を入れることはできたけれど…)

 

 ミノタウロスは耐久が馬鹿のように高いため、ベルがつけた傷はとても浅い。

 それでも弱者(Lv.1)であるベルが、強者(Lv.2)のミノタウロスに傷をつけたことは称賛に値するだろう。

 

(―――Lv.1の僕ではコイツにまともなダメージを与えられない。それでも、速さだけなら僕の方が勝っている。これならタイミングを見て離脱できるはずだッ!)

 

 ベルが活路を見出す中、ミノタウロスが再び突撃して来る。

 その後も繰り出されるミノタウロスの攻撃を避けながら、ベルは逃げ出すタイミングを伺っていた。

 

(数日間ずっとこの階層に潜っていたおかげで、地上までの最適な逃走経路…敵を撒きやすい道をほぼ把握している―――っ!!)

 

 もしこれが進出したばかりの四階層や五階層でミノタウロスに遭遇していた場合、慣れない地形のため上手く逃走できず、敵から逃げ出せなかったかもしれない。

 しかしこの五日間、ずっと一、二、三階層で戦っていたベルは地上から三階層までの地形を完全に把握していた。

 リューの助言に従ったことが功を奏し、ベルがミノタウロスから逃走できる確率は限りなく高かったのだ。

 

 ―――ただしそれは、ベルが『逃げる』という選択をとった場合の話である。

 

「馬鹿なっ、ミノタウロスだと!?」

「うそ…ここは三階層のはずなのに!?」

「で、でもあれって絶対にミノタウロスですよね?」

 

 ベルの視線の先に現れたのは、四階層へ通じる階段から昇ってきたヒューマンで編成された小規模のパーティであった。

 

(四階層から戻ってきた冒険者ッ!?このままじゃ―――ッ!)

 

「早く逃げ―――っ!!」

『ヴヴォオオオオオオ!!』

 

 ベルの言葉を打ち消すタイミングで、ミノタウロスは新たに現れた六人の冒険者に向けて咆哮を放つ。

 

「ッ!?」

「か、体が…!?」

「不味いっ!!」

 

 ミノタウロスは標的を強制停止に陥っている彼らへと移し、突撃して行く。

 他人へ注意が逸れたことにより、逃げ出すには絶好のタイミングが生まれる。

 だがしかし、ベルは逃げ出せずにいた。

 

(―――どうする!?彼らを囮にすることで確実に逃走することができる。でも、本当にそれでいいのか?)

 

 逃げ出すことを躊躇うベルの脳裏に、フィンと交わした会話が浮かび上がっていた。

 

『これからダンジョンに潜るベルに、ダンジョンでの暗黙の了解を教えておくね』

『暗黙の了解、ですか?』

『うん、それはね―――ダンジョンでは仲間以外の冒険者とは不干渉を貫くこと、だよ』

『え、他の冒険者とは関わってはいけないんですか…?』

『うん、基本的にはそうだね。例え自分の目の前でピンチに陥っている冒険者がいても、勝手に助けようとしてはいけない』

『そ、それは流石に薄情なのでは…』

『冒険者は自己責任の職業だ、その考えはダンジョンでは甘すぎる』

『で、ですが…』

『それにベルが善意で助けに入っても、相手が感謝するとは限らない。これ幸いと思いベルにモンスターを押し付け、自分だけ逃げるかもしれない』

『…すみません、フィンさん。それでも僕は、助けを求める人を見捨てることはできません』

『もちろん、余裕があるのなら助けても構わない。だけど、自分の身を危険にさらしてまで他人を助けるは愚か者のすることだ』

『フィンさん…』

『いいかい、ベル。君の優しさは美徳だが、ダンジョンにおいてその優しさは身の破滅へと繋がる』

『身の破滅…』

『良い人は先に死に、悪い人が生き残るとよく言われているけれど、その言葉はある意味で正しく、ある意味で間違っている』

『……』

『ダンジョンでは理性的に行動することだ。決して情に流されてはいけない…分かったかい、ベル?』

 

 ―――他人である彼らを見捨てるのが正しいと、僕の理性が告げている。

 ―――だけど、僕の心が彼らを助けたいと願っている。

 ―――それなら、僕が取るべき行動は……。

 

「【ウインドボルト】!!」

『―――!』

 

 一条の金色の風が、ミノタウロスの無防備な背中を襲う。

 ベルが放った【ウインドボルト】は敵に直撃こそしたが、厚い筋肉の鎧を貫くことはできなかった。

 それでも、敵の注意を再び自分に戻すことはできた。

 

 ―――ごめんなさい、フィンさん。

 ―――僕が取った行動は、とても愚かであるのは理解しています。

 ―――それでも…、

 

(目の前の彼らを見捨てて、自分だけ逃げ出すことはできないッ!!)

 

「お前の相手は僕だ、ミノタウロスッ!」

 

『ヴオォォー!!』

 

「コイツは僕が抑えます!だから早く逃げてくださいッ!!」

 

「で、ですが…」

 

「早く!!僕は大丈夫ですからっ!!」

 

「…行くぞ、お前達」

 

「待ってください、桜花殿!!それではあの冒険者が…!」

 

「何度も言わせるな、早く行くぞ!」

 

「お、桜花殿…」

 

「俺は見ず知らずの他人の命より、お前等の命を優先する。胸糞悪いと言うのなら、後で好きなだけ罵ってくれ」

 

「…わかりました」

 

 強制停止が解けた冒険者達は、怪物に出会った恐怖からか、焦った顔で四階層へと逃げていく。

 殿を務める黒髪の少女が泣きそうな表情でベルを見つめ、すぐに顔を背ける。

 そして六人の冒険者達は、四階層へと逃げ去っていくのであった。

 

 戦場は再び、ベルとミノタウロスの二人だけとなる。

 

(魔法でミノタウロスの注意を引きつけ、あの人達を逃がすことはできた。だけど……)

 

「【ウインドボルト】、【ウインドボルト】、【ウインドボルト】!!」

 

 迫り来るミノタウロスを狙い、連続して魔法を放つ。

 金色の風が炸裂し、ミノタウロスの身体を少しだけ後退させる。

 だが厚い体皮には軽い傷しか残っておらず、与えられたダメージは微々たるものであった。

 

(…ここで僕が逃げたら、このミノタウロスは彼らを追いかけるかもしれない。よって逃走するという選択肢はもうなくなった。残る選択肢は、僕自身の力でコイツを倒すのみ)

 

 ―――でも、僕の実力でそんなことが可能なのか…?

 ベルは間近に迫ったミノタウロスの攻撃を回避しながら、冷静に状況を分析する。

 

(いや、勝機は十分にあるはず…。このまま敵の攻撃を回避し、継続的にダメージを与え続ければ、いつかは倒せるはずなんだッ!)

 

 折れそうな心を鼓舞し、ベルはナイフを構える。

 ―――しかし、現実は残酷だ。

 ベルの甘い考えを嘲笑うかのように、ミノタウロスの体に変化が訪れる。

 短刀で斬りつけたミノタウロスの両腕…その傷が、徐々に塞がっていったのだ。

 

「なっ…!?」

(傷が治っていく!?そんな馬鹿なッ!?)

 

 その現象に気付いたベルは驚愕し、真っ先に己の目を疑った。

 リヴェリアからモンスターについて色々と教えられていたベルであったが、ミノタウロスが自己治癒能力を持っているなんて聞いたことがない。

 だが現実に、ベルの目の前でありえないことが起こっている。

 そして本来ならあるはずのない自己治癒能力を皮切りに、ベルは次々と敵の違和感に気付いた。

 

(そういえば、本来のミノタウロスの全長は二メートル強で、赤銅色の体皮のはずだ。それなのにコイツは三メートルを軽く越えていて、しかも黒紫色の体皮をしている…)

 

 リヴェリアから教わったミノタウロスと、目の前のミノタウロスの特徴が全然違い過ぎるのだ。

 そしてベルは、ある一つの可能性に思い至った。

 

(―――まさか、これがリヴェリアさんの言っていた『強化種』なのか!?)

 

 『強化種』とは、同じモンスターを殺し、その魔石を喰らい続けた存在―――。

 通常の個体よりも能力は軒並み高く、また本来なら持っていないはずの能力を発現させることもある厄介なモンスターだ。

 このミノタウロスの『強化種』は、通常の個体よりも力と耐久が飛び抜けて高く、そして本来なら発現しないはずの自己治癒能力を持っているという恐るべき怪物である。

 そして今、蒸気のようなうっすらとした紫色の粒子が傷の部分に集まり、ミノタウロスの身体を治癒していくのであった。

 

『ヴオォォ!!』

「―――ッ!」

 

 治癒している最中にも関わらず、ミノタウロスは弾丸のように地を駆け、ベルめがけて丸太のような腕を振り落とす。

 瞬時に回避は間に合わないと判断したベルは、ミノタウロスの攻撃を双刀で受け、その衝撃を後方へと流す。

 アイズとの訓練で身に付けた『受け流し』を用い、相手の一撃を防いだベル。

 彼は即座に身を翻し、ミノタウロスから距離をとった。

 

(やはり傷が…ッ!)

 

 今までベルが創った傷は、もう塞がりかけていた。

 

(紫色のもやみたいのが傷口を覆い始めた瞬間、傷が癒えていくように見えた。まさかこのミノタウロス、自分の魔力を燃焼させて傷を治癒しているのかッ!?)

 

 自身の魔力を燃焼させることにより傷を癒すモンスターがいると、リヴェリアが話していたことを思い出したベルは、即座にその現象に当たりをつける。

 しかし自己治癒能力の絡繰りを看破しても、ベルにミノタウロスの回復を止める術はない。

 相手の魔力が空になるしか、自己治癒を止める方法はないのだ。

 

(懸命にダメージを与え続けても、敵の傷は癒えてしまう…そんなのって、そんなのって―――ッ!!)

 

 相手の魔力を全て使い切らせるほど、自己治癒能力を使わせる―――それはあまりにも現実的な策ではない。

 理不尽な現実に、ベルは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。

 

「う、うおぉぉォォ!!」

 

 勝機が完全に潰えたことを認めたくないためか、ベルは雄叫びを上げて自分からミノタウロスに突っ込んで行く。

 ミノタウロスの懐に入り込んだベルは、朱の刃と蒼の刃を無我夢中で振るう。

 旋風を思わせる速度でミノタウロスの右足をズタズタに切り裂き、無数の斬撃の跡が刻まれる。

 

「うおおぁぁぁッ!!」

『―――!』

 

 ミノタウロスの攻撃を紙一重で避けながらも、ベルは果敢に攻撃を続ける。

 しかし、そんなベルを嘲笑うかのように傷口は回復していく。

 

(くそっ、もっと速く攻撃を―――ッ!?)

 

 その焦りは、ベルの視界を狭くしてしまった。

 ミノタウロスはベルに攻撃されている右足で蹴りを放ってきたのだ。

 

(しまった―――ッ!?) 

 

 今まで攻撃パターンは両腕だけであったため、ベルは蹴りという当たり前の攻撃手段があることを失念していた。

 ミノタウロスの両手の攻撃だけを警戒していたベルに、その蹴りを避けることは不可能であった。

 しかも焦って攻撃の方に重点を置いてしまったため、防御反応が完全に遅れてしまったのだ。

 

「ッッ!?」

 

 ベルはミノタウロスの蹴りをもろに喰らい、そのまま高々と上空に蹴り上げられる。

 何とか両腕をクロスさせることだけは間に合ったが、あまりの蹴りの威力に防御した腕が痺れ、左手に持っている短刀を一本、手から滑り落としてしまった。

 

(短刀がッ!?)

 

 このときベルが真に心配すべきは己の武器ではなく、自分自身であった。

 なぜなら今のベルは宙に浮いているため、碌に回避行動を取らない状態であるからだ。

 ―――素早い相手を仕留めるのなら、これほど絶好的なタイミングはない。

 

『ヴヴォオオオオオオッ!!』

 

 ベルが宙を舞う間に、最大限まで力を溜めたミノタウロスは、思いっきり吠える。

 そしてどこにも逃げることができないベルめがけて、渾身の力を込めた一撃を放つ。

 

「がッ!?」

 

 三メートルを超える巨体から繰り出された拳を喰らい、ベルは思いっきり後ろへと殴り飛ばされる。

 あまりの威力にもう一本の短刀も落としてしまったベルは、武器の心配をする余裕などあるわけなく、そのままドゴンッと壁に叩きつけられるのであった。

 

「~~~~~~ッ!?!?!?」

 

 あまりの痛みに悶絶するベル。

 ミノタウロスが放った一撃は、死んでいてもおかしくはないほどの威力であった。

 痛みに苦しんでいるベルであるが、身体に残ったダメージは思いの外少なかった。

 その理由は、ベルが装備している防具にあった。

 

(≪妖精の抱擁(フェアリー・クロス)≫―――致命的なダメージを一度だけ大幅に減らしてくれる効果を持つ防具…。そうか、ダメージが思ったよりも少なかったのはこの防具のおかげだったのか…)

 

 本来なら即死してもおかしくないほどのダメージであったが、レフィーヤに買ってもらったロングコートの身代わり効果により、ベルは万死に一生を得たのだ。

 ただし、その効果を発動したら跡形もなく消滅してしまう防具のため、もう次はない。

 翠のロングコートが優しく発光し、光の粒子になって消滅していくのを見て、思わずベルは泣きそうになる。

 

(レフィーヤさん…助けてくれて本当にありがとうございました―――このお礼は、必ず生きて還って伝えます)

 

 ベルは心の中で自分を助けてくれたレフィーヤに感謝を告げながら、痛む体を起こす。

 

(体のあちこちが痛むけど、まだ戦える。短刀は二本とも落としてしまったから、もう二刀流は不可能。それなら―――)

 

 ベルは携行していた予備の装備―――片手剣(スノーライトソード)を手に取り、ミノタウロスを真っ正面から見据える。

 

『ォオオオオオオオオ!!』

 

 渾身の一撃を喰らわした敵が立ち上がったのを見て、ミノタウロスは獰猛に笑い、雄叫びを上げる。

 その姿はまるで、この戦いを心から楽しんでいるかのようであった。

 

 こうして、少年と怪物の戦いは次の局面へと移っていく。

 

 ―――果たして、勝利の女神はどちらに微笑むのだろうか?

 

 


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