ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
失った双刀の代わりに片手剣を装備し、再びミノタウロスと対峙したベル。
そしてベルは、勇猛果敢に怪物へと駆け出して行った。
それから少年と怪物による一進一退の攻防が続いた。
破壊力のある攻撃を繰り出すミノタウロスと、その攻撃を紙一重で避けながら剣を閃かすベル。
回避が間に合わない攻撃に対しては、アイズ直伝の受け流しを用いて見事に防いでみせる。
形勢こそ、終始攻め続けているミノタウロスの方が有利であったが、確かに勝負は成立していた。
―――互いの命を賭けた、真剣勝負。
しかし、ここで忘れてはいけないことがある。
人は戦いの中で成長していく―――そしてそれは、モンスターも例外ではないということだ。
互角に見える攻防戦…その均衡が今、崩れようとしていた。
*****
「アイズ、レフィーヤ、リヴェリア!」
「ベルは無事なの!?」
ベルとミノタウロスが熾烈な戦闘を繰り広げる中、フィン、ティオナ、ティオネの三人はようやく三階層へと到着し、戦闘を見守っているアイズ達の下へと駆け寄った。
「ティオナ達か…ベルは無事だ、あそこを見てみろ」
「あっ、ベルだ!…ってうそ!?何でミノタウロスと戦ってるのっ!?」
「っ!まさか今までずっとミノタウロスを相手取っていたの…!?」
「おそらくそうだろう。私達が駆け付けたときからずっと、ベルはミノタウロスと戦い続けている」
「―――本来なら新人がミノタウロスに挑んでも絶対に敵わない。でもどういうわけか、ベルはミノタウロス相手に一歩も引かずに戦っている。…ふむ、現段階において手を出すのは早計か」
(ひとまずベルが無事なのはよかった。…しかしベルはまだLv.1のはずだが、あの動きはどう見ても…)
フィンはベルの実力がLv.1のそれを超えていることに内心で驚愕する横で、ティオナは興奮気味にアイズへと詰め寄った。
「アイズがベルを指導していたんだよねっ?どんな特訓をしたらあんなに強くなるのっ!?」
「…私はただ、模擬戦闘を行っていただけだよ。それに今のベルは、私と訓練していたときよりも凄く成長している。正直、私も驚いている」
「ふむ、直接指導してきたアイズでも分からないとは…」
「ベルの急成長の謎はひとまず置いておくとして、今はミノタウロスとの戦闘の行方を見守ろう」
(見た限り、ベルはミノタウロスに対する決定打を持っていない。今は互角に渡り合っているけれど、長期戦ではベルが圧倒的に不利だ。―――圧倒的に不利なこの状況で、君はどうする?)
フィンが考えた通り、今のベルには決定打が欠けていた。
そしてそれは、ベル自身も気が付いていた。
(傷を負わせて、相手に魔力を使わせているけれど、自己治癒能力は未だ健在…。しかも、ミノタウロスの攻撃も段々と僕のことを捉え始めてきている。このままじゃ……)
この死闘の最中に、ベルの実力は確かに成長した。
しかしベル以上に、怪物は成長してしまった。
相手の動きを読むことを覚えたミノタウロスは、素早いベルの動きを捉え始めてきたのだ。
この戦いで先読みの技術を手に入れた怪物―――その技術を万全に使いこなすようになったとき、ベルの命運は尽きる。
(何か、何か起死回生の一手はないのかっ!?…っ!そういえば―――)
頭脳をフル回転して打開策を探すベルに、天啓が閃く。
(―――確かミノタウロスの魔石は、どの個体も胸部中央に存在しているとリヴェリアさんが言っていた。それなら剣で相手の皮膚を貫き、その奥にある魔石を砕けばミノタウロスを倒せるはずだ!!)
全てのモンスターに共通する特徴―――それは体内に魔石を有している点である。
魔石―――それはモンスターにとっての最大の弱点であり、冒険者にとって最大の有効打となる。
どんな屈強なモンスターでも、魔石さえ破壊すれば倒すことができる。
長期戦では圧倒的にベルが不利。こうなってしまえば、短期決戦でしかベルに勝ち目はない。
そして短期決戦で勝負を決めるならば、モンスターの核となる魔石を直接破壊するしかないのだ。
(隙を見て相手の懐に飛び込み、そして
このままではジリ貧になると思ったベルは、直接ミノタウロスの魔石を狙うことを決決心する。
ただしこれは大きな賭けだ。
なぜなら一撃で倒すことに失敗した場合、ベル自身は大きな隙をさらすことになる。
その隙を敵が見逃す道理はなく、無防備な状態ででミノタウロスの一撃を喰らったら、確実に勝敗は決してしまうだろう。
(―――それでも、やるしかないんだッ!!)
『グオオオォォォ!!』
覚悟を決めたベルの眼前にミノタウロスの拳が迫る。
ベルはその拳を強引に前に出ることで避ける。
拳が腕にかすり吹き飛ばされそうになりながらも無事に敵の懐に侵入したベルは、即座に跳躍態勢に移る。
そしてベルは弱点の魔石がある胸の中央を狙い、全身のバネを活かし思いっきり跳躍する。
渾身の一撃、全身全霊を賭けた刺突をミノタウロスに放たれた。
白の刃がミノタウロスの胸部へと突き刺さり、厚い筋肉の装甲を穿ち、その奥に存在する魔石に―――、
「なッッ!?」
―――届かなかった。
ミノタウロスの厚い筋肉に阻まれ、剣の切っ先は魔石に届くことが叶わず、破壊することができなかったのだ。
弱点である魔石を直接狙うのは悪くない策だった。
ただしベルは致命的な過ちを犯した―――それは、敵のスペックを見誤ってしまったことである。
普通のミノタウロスであれば、今の一撃で刃が魔石まで届き、砕くことができたであろう。
ただしこのミノタウロスはただのミノタウロスではない。
より強力な存在である『強化種』だ。
眼前の敵は本来よりも高い『耐久』を持ち、筋肉の鎧も通常より硬い。
渾身の一撃なら筋肉を貫けるはずだとベルは考えたようだが、その見通しは甘かった。
(やばいッ、早く離脱しないと―――っ!?)
ミノタウロスの胸に剣を突き刺したまま、宙に浮いて無防備な状態をさらすベル。
そんな大きな隙を敵が見逃す訳もなく、ミノタウロスは右腕を大きく振りかぶって渾身の一撃をベルに繰り出す。
攻撃の予兆を感じたベルは急いでミノタウロスの胸に突き刺さった剣を引き抜こうとしたが、それは悪手であった。
「いけないベル!すぐに剣から手を離してっ!」
アイズの切羽詰まった声がベルに届いたときには、もう遅かった。
すぐに剣を抜いて回避すれば間に合うと考えたベルであったが、分厚い筋肉に突き刺さった剣を引き抜くことは叶わず、大幅に時間を無駄にしてしまったのだ。
アイズの切羽詰まった声を聞いて本能的に剣から手を離したベルであったが、その目の前にはもう巨大な拳が迫っていた。
咄嗟にベルは両腕を胸の前でクロスさせて防御したが、できたことはそれだけであった。
「―――がっっ!?」
ミノタウロスの強烈な一撃が炸裂する。
その一撃を喰らったベルは物凄いスピードで殴り飛ばされ、勢いよく壁に叩きつけられた。
「ッッッ~~~~!?!?!?」
途方もない痛みに、ベルは思わず声なき絶叫を上げる。
(全身が痛い…それに、眼を開けているはずなのに辺りは真っ暗だ。あれ、おかしいな?手足が動かない……そうか、僕はアイツに…負けたのか……)
―――そういえば、ミノタウロスの攻撃を喰らう直前、誰かの声が聞こえた気がした。
―――どうしてだろう、その声を思い出すだけで、身体の痛みが和らいでいく気がする。
(僕の名を叫んだ声の主は確か…あれ、誰だっけ…?)
―――あんなに大切に思っていたはずなのに、どうしてか顔も名前も思い出せない。
―――でも、もういいか。だって僕はもう………。
(久しぶりに、お祖父ちゃんに会えるといいな…)
そんなことを思いながら、ゆっくりと瞼を閉じるベル。
ベルが全てを諦めかけたそのとき、
『もう諦めるのかい?』
(この声…?まさか―――)
ベルの頭に直接響いてきた
*****
―――場面は、ベルがミノタウロスの魔石を直接狙うことを決心した瞬間まで遡る。
「ふむ、ベルの顔つきが少し変わったな」
「そうだね、今から何か行動を起こすんじゃないかな」
「何かって何なの、フィン?」
「ンー、おそらくだけど、ベルは一撃必殺を狙っているんじゃないかな」
「何それ凄いっ!!ベルってばそんな凄い技を隠し持っていたの!?」
「はぁ、ティオナ…貴方は何年冒険者をやっているのよ…。団長が言う意味の一撃必殺とは、魔石を直接狙うっていうことよ?」
「あっ、そういうことね!」
「まったく、本当に貴女は…」
「あの、ミノタウロスの魔石って胸の中央にあるんですよね?」
「その通りだ、レフィーヤ。『強化種』でも魔石の存在する位置は変わらないはずだ」
「つまり隙を見て魔石を狙うってわけか~。でも、ベルはミノタウロスの魔石どこにあるのか知ってるの?」
「おそらく大丈夫のはずだ。以前に私が教えたことがあるからな。ベルならばしっかりと覚えているだろう」
ティオナの疑問にリヴェリアが答えた次の瞬間、戦況は大きく動いた。
ベルはミノタウロスの攻撃を強引に前に出ることで避けて、敵の懐に潜り込む。
「―――ッ!おい、強引に懐に飛び込んだぞ!」
「行っけええぇぇ、ベル!!」
ベルは全力で跳躍し、ミノタウロスの胸部へと剣を突き刺す。
その光景を見てレフィーヤは思わず歓喜の声を上げた。
「っ!やりました!やりましたよ!!」
「駄目だ!あれでは魔石まで届いていないッ!!」
「う、うそ…」
フィンの言葉通り、刃は厚い筋肉に阻まれ、魔石を破壊することができなかった。
そしてフィンの言葉を聞いたレフィーヤは、その顔を真っ青にする。
「クソ、予想以上に筋肉が厚過ぎたのかッ!?」
「これじゃあ、もう打てる手が…」
「―――ッ!!いけないベル!すぐに剣から手を離してっ!」
本来なら武器を捨ててその場から離脱するのが正しい。
しかしベルは、敵の胸に突き刺さった剣を引き抜こうとしてしまった。
その致命的な行動を見て、アイズは形振りも構わず叫んだ。
だがアイズの叫びも虚しく、ミノタウロスの渾身の一撃を喰らってしまったベルは、彼女の目の前で勢いよく壁に叩きつけられた。
「―――がっっ!?」
「「「ベルっ!?」」」
「い、今のはちょっとヤバくない!?」
「咄嗟に腕を差し込んで致命傷は避けたけれど、受けたダメージは大きいわね」
「チッ、馬鹿が…おいフィン、もういいだろう」
「何がもういいんだい、ベート?」
「今のミノタウロスの一撃は、Lv.1の『耐久』程度じゃあ耐えられねぇ…五体満足なのが不思議なくらいだ。だがもう、あのダメージではアイツが戦闘を続行することは不可能だ。なら、俺が手を出しても構わねぇだろう」
「―――駄目だ、まだ僕達が助けるときではない」
数秒の熟考の後、きっぱりとそう告げるフィン。
その言葉を聞いた団員達に緊張が走る。
顔を真っ青にしていたレフィーヤは、真っ先に悲痛な声を上げた。
「そ、そんな…!?」
「…おい、正気なのかフィン?」
「ねぇフィン、早く助けに行かないとベルが死んじゃうよっ」
「…お願いフィン、もう行かせて」
「私からもお願いします、団長。ベルは十分に頑張りました、だからもう…」
ベートは瞳を鋭くし、ティオネとアイズは悲痛な表情を浮かべ、ティオネは神妙な表情でフィンに進言する。
しかし、フィンの意志は変わらなかった。
「もう一度言う、ベルとミノタウロスの戦闘に介入することは絶対に許さない―――これは団長命令だ」
非情な命令を下すフィンであったが、彼はベルの命がどうでもいいからこんなことを言ったわけではない。
フィンもアイズ達と同じく、今すぐ傷だらけになったベルのことを助けに行きたい。
だけど同時に、勇者としての勘がまだベルを助けるべきではない、とフィンに告げているのだ。
―――ベル・クラネルの実力はこんなものではない。
―――彼なら必ず立ち上がり、あのミノタウロスを倒すことができるはずだ、と……。
親指が告げる勘が本当に正しいのかは分からない。
しかしフィンは、いつも通り己の直感を信じることにした。
そんなフィンの意志が通じたのか、アイズ達は不安そうな顔をしながらもフィンの言葉に従うことを決め、ベルが立ち上がることを祈るのであった。
(しかしあのミノタウロス…今なら止めを刺すことも容易なのに、それをしようとしない。まるでベルが立ち上がることを待っているかのように、その場から動こうとしない。まさかあのミノタウロス……いや、流石にそれは僕の考え過ぎか…)
***
最初にベルの変化に気が付いたのはアイズであった。
今まで閉じていたベルの瞼が、ゆっくりと開かれていくことに気付く。
「―――ッ!ベルっ!?」
「っ!おい、眼を開いたぞ!!どうやら意識はあるみたいだッ!」
「これならまだ戦えるかも!なぜかミノタウロスはその場から動こうとしないし!」
「そうね、どうしてベルを襲わないのか分からないけれど、今のミノタウロスの行動はこちらにとって好都合だわ」
「で、ですが、再び立ち上がることができたとしても、今の傷付いたベルではミノタウロスを倒すことは……ッ!」
「それは…」
「…ベル」
全身が傷だらけで、四肢がだらりとした状態で壁に半ば埋まりながら座り込む少年。
今すぐ彼を助けに行きたいという気持ちを何とか抑え込みながら、アイズはじっとベルのことを見つめる。
それから少しして、事態はアイズにとって思いもよらない方へと動き出すのであった。
*****
『もう諦めるのかい?』
―――この声…?まさか、僕の声なのか?
『正解。こうして僕自身と語り合うのは、これが二回目だね。確か一回目は入団試験のときだったかな』
―――入団試験のとき…?それって…。
『まぁ、そんなことはどうでもいいじゃないか。問題なのは、今の状況さ』
―――今の状況…?
『なんだい、頭を強く打ちつけたせいで記憶が混濁しているのか?君は今の今までミノタウロスの強化種と戦っていたじゃないか』
―――ミノタウロスの強化種…ッ!そうだ、僕はアイツと戦っていたんだ!!
『やっと思い出したのか。それじゃあ、そろそろ戦線復帰してみたらどうだい?』
―――それは…不可能だよ。だって僕にはもう、立てるだけの気力もないから。
『そんなつまらない言い訳で、僕は戦うことを諦めるのかい?』
―――えっ…?
『聞こえなかった?僕はそんなつまらない言い訳で、戦うことを諦めるのかと質問したんだ』
―――言い訳じゃない。これは仕方がないことなんだ。だって僕はもう…。
『言い訳も泣き言も聞きたくない。聞きたいのは僕自身の本心だ。その上でもう一度だけ問うけど、本当に僕は戦うことを諦めるのかい?』
―――君が僕自身ならわかっているだろう!?僕だって本当は諦めたくない!!でも、身体に力が入らないんだから仕方がないだろう!?どうすればいいって言うんだよッ!!
『…眼を開けて、右を見て』
―――えっ?
『早く、もう眼は開くはずだよ』
自分の声に従って眼を開けたベルは、何とか右側に顔を向ける。
その視界の先に映ったのは、ぼやけた人影―――。
徐々に瞳のピントが合い、その人影が鮮明に見えたとき、ベルはようやく彼女達の存在に気が付くのであった。
(あれは、アイズさん達だよね…?どうしてここに…?)
混乱するベルの脳裏に、先程聞こえて来た女性の声を思い出した。
(そうか、あれはアイズさんの声だったのか。でも、今のアイズさんの表情…)
ベルの視界に映るアイズの表情…それはベルが見たこともないくらい悲痛な表情をしていた。
(あぁそうか、アイズさんは僕が弱かったせいであんな表情をしているのか…。アイズさんを笑顔にさせる…そう、リヴェリアさんに誓ったはずなのに)
―――それがどうだ、今のアイズさんは今にも泣き出しそうな顔をしている。僕が絶対に見たくなかった顔である。
『彼女を悲しませた原因は何?』
―――僕のせいだ。僕が弱いからアイズさんはあんな表情をするんだ。
『そうだね。それで、僕は彼女を悲しませたままでいいのかい?』
―――いいわけないに決まってるっ!僕はアイズさんのあんな表情を一度たりとも見たくなかったんだ!
『だけど僕が弱いせいで、現に彼女は泣きそうな表情をしているよ。さぁ、どうする?』
―――決まってるっ!アイズさんの笑顔を取り戻すために、自分の強さを証明するっ!
『強さの証明か…確かに僕が強いのなら彼女を悲しませずに済むだろうね。けれど、具体的にはどうやって強さを示すの?』
―――ちょうど打ってつけの存在が僕の目の前いるじゃないか。Lv.2に分類されるミノタウロス…この強敵を倒し、僕は自分の強さを証明してみせる!!
『言い訳ばかり並べ、戦うことを諦めかけていた先程までとは大違いだね。確かに、Lv.1の新人がミノタウロス…しかも強化種を打倒することができれば、十二分に強さを証明できる。だけど、僕にそれほどの
―――それは……
『泣き虫な僕が…祖父に守られてばかりだった弱い僕が、
―――確かに以前の僕なら不可能だ。でも、今の僕なら絶対に成し遂げられるッ!!
『へぇ、凄い自信だね。いつもの僕では考えられない宣言だ。…一体その自信はどこから来るんだい?』
僕は【ロキ・ファミリア】に入団してからのことを思い出す。
入団した翌日からずっと行われたアイズさんとの模擬戦闘。
アイズさんとレフィーヤさんによる魔法の披露。
ダンジョンを深く知るために行われたリヴェリアさんとの勉強会。
フィンさんやティオナさん、他にも多くの先輩方からたくさんのことを教えられた。
【ロキ・ファミリア】の実力者達に鍛えられた今の僕が昔と変わらず弱いまま…?
―――ふざけるなッ!いつまで自分は弱者だと思い込んでいるつもりだ、ベル・クラネル!!
―――世界に名を轟かすほどの冒険者達…そんな彼らに鍛えられた僕が、以前の弱い自分と同じであるはずないんだろう!?
―――昔の自分はもう死んだ。ここにいるのは、【ロキ・ファミリア】に所属する一人の冒険者だ。
『【ロキ・ファミリア】に所属していることを心の底から誇りに思い、そして自信が生まれたのか…。ふふ、これで最後のピースが揃ったことだし、今の僕なら
―――真の実力…?僕は本気でミノタウロスと戦って…。
『本気ではあったが、全力ではなかったということさ。自分を弱者だと思い込んでいた僕は、その思い込みのせいで己の実力を低く見積もっていた。自分の限界を勝手に決めつけてしまった故に、実力の全てを発揮することができずにいたんだ』
―――さっきまでの僕は、全力を尽くしていなかったのか…。
『その通りだ。今まで守られてばかりだった僕は、自分に自信を持つことはできずにいた。でもそれは過去の話だ、自信に満ちた今の僕なら実力を全て発揮できるだろう』
―――僕は……。
『そうだな…最後に僕からの助言を一つしよう』
―――助言…?
『いいかい、ベル・クラネル―――絶対に自分の限界を決めつけるな。余計なことは考えず、己の力を信じ、眼前の敵を倒すことだけに集中するんだ』
―――そうだ、余計なことを考えず、どうすれば目の前の強敵を倒せるのかを考えろ。
―――今度こそ絶対に、自身の全てを賭してミノタウロスを倒してみせるんだッ!!
『それじゃあ英雄の真似事…怪物退治と行こうじゃないか!今こそ君だけの
*****
「―――おおおおおッッ!!」
今まさに、アイズの目の前で信じられない光景が広がっていた。
ミノタウロスの一撃を受け、戦闘不能に陥ってもおかしくなかったはずの少年が、雄叫びを上げながら立ち上がったのだ。
「―――っ!」
少年の身体はもうボロボロで、立ち上がることだけさえも辛いはずだ。
それなのに、少年の真っ赤な瞳は死んでいなかった。
闘志は衰えておらず、むしろ先程までより強い意志を感じる。
今の少年から感じる気迫は、Lv.2…いや、Lv.3の冒険者に匹敵する程のものだ。
再びミノタウロスに対峙する少年の顔は、先程よりも凛々しく見える。
今の少年を見ると、どうしてだろう……父親の姿と重ねてしまう。
(どうしてそんなに傷だらけなのに、君は立ち上がれるの…?)
「ベル―――」
『グオォォォォォ!!』
呟かれたアイズの言葉は、ミノタウロスの砲声によりかき消された。
今まで微動だにしなかったミノタウロスは、雄叫びを上げながら立ち上がったベルの姿を見て獰猛に笑い、負けじと雄叫びを上げ返す。
ベルが立ち上がるまで決して攻撃を加えず、ベルが立ち上がった現在、嬉そうに砲声を上げるミノタウロスの姿は本物の
己の殻を破った少年と理性を兼ね備えた怪物の決戦―――その決着は、近い。