ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
ティオナとティオネがベルの部屋を去った後。
それからしばらくして、またしても部屋の扉がノックされるのであった。
「お邪魔するね、アイズ」
「けっ…」
「…フィン、それにベートさん」
静かに開かれた扉から入って来たのは、知的な笑みを浮かべるフィンと機嫌が悪そうなベートの二人であった。
「ベルの見舞いに来たけれど、まだ目を覚ましていないようだね」
「…うん」
「ンー、それは心配だね」
「フン、傷はもう癒えたんだから心配する必要なんかねぇだろうが」
「…それは」
ベートの辛辣な言葉を聞いて、表情を曇らせるアイズ。
「―――心配する必要はない、か」
表情が暗くなったアイズと対照的に、ベートに対して意味深な笑顔を向けるフィン。
含みがあるフィンの様子に、ベートは怪訝そうな表情を浮かべる。
「何だよフィン、その気持ち悪い笑顔は。俺に何か言いたいことでもあんのかよ?」
「いや、特にないよ。ただ心配する必要がないはずなのに、どうしてベートはベルの部屋を訪れたのかなって思ってね」
「…フン、そんなのただの気紛れに決まっているだろうが」
「気紛れ、ね…。それじゃあ、昨日からベルの部屋近くを徘徊しているのも気紛れだったのかな?」
「…ベートさん、まさかベルのことを―――」
「なに気色悪い勘違いをしてやがる。俺がここに来たのはフィンからのしつこい誘いを断るのも面倒だっただけだ」
「ンー、確かにベルの様子を見に行かないかと誘ったけれど、強引な誘いではなかったはずだよ?むしろ僕から誘われるのを待っていたように…」
「フ、フンッ!俺は馬鹿みたいに眠っているコイツを嘲笑うために来ただけだ。それ以上でもそれ以下でもねぇ!」
不機嫌そうな顔でそう吐き捨てるベート…しかしその尻尾は落ち着きなく揺れていた。
他人の感情を読み取ることが苦手なアイズであっても、そんなベートの様子から彼の言葉が偽りであることに気付くのであった。
「…その、ベルのことを心配してくれてありがとうございます、ベートさん」
「チッ、勝手に勘違いしてろ」
「はは、今この部屋にロキがいなくて助かったね、べート」
「あん?それはどういう意味だ、フィン?」
「いや、人に変な属性を付けたがる
「ツ、ツンデレ狼だと!?フィン、テメェ―――ッ!!」
「すぐ側でベルが眠っているんだからそんな大きな声を上げては駄目だよ、ベート。それに今のは全て冗談だから安心してくれ」
「それで誤魔化せると思ったら大間違いだ!今すぐ表に出やがれッ!」
「あはは、ほどほどにしてくれよ。それじゃあアイズ、僕達はもう行くね」
「…もう行くの?」
「ベルの容態は確認できたしね。それに、僕の勘だともうすぐ彼は目覚めると思うよ」
「っ!!」
フィンの衝撃発言を聞いて、アイズは驚きから両目を見開く。
「…それは、本当ですか?」
「あくまでも勘だけどね。ただベルが目覚めたときに、僕やベートがこの場にいるのは具合が悪い。僕は空気を読めない団長になりたくないからね」
「…そ、そんなことは」
「別に隠さなくてもいい。彼が目覚めたら伝えたい言葉や聞きたいことが山ほどあるんだろう?」
「―――!どうして、それを…?」
「ベルが意識を失う直前のやり取り…そしてこの二日間のアイズの様子を見れば簡単に推測できるよ。僕だけでなく、ベートだって…」
「おい、いつまでごちゃごちゃと話しているんだ。早く行くぞ、フィン!…それと絶対にないと思うが、あまりにも暇なときはまた来るからな」
「本当にベートは素直じゃないね…。そうだ、アイズ。お節介だと思うけど、一つだけ助言しておくね」
「…助言?」
「ンー、助言というよりは確認かな。ときどきアイズは物事を複雑に考え過ぎることがあるから、これだけは伝えておこうと思ってね。いいかい、アイズ―――ベルは君のことを大切に想っている。それは君自身も気付いているだろう?」
「…うん、ベルは優しいから。私だけでなくレフィーヤやリヴェリア、そしてみんなのことも大切に想っている。ずっとベルを見てきたから、それはわかっているつもりだけど…」
「そう、ベルは僕を含めてみんなのことを家族のように思ってくれている。だけどね、アイズ。君はその中でも頭一つ…いや、三つくらい飛び抜けているんだ」
「…?」
「今はその意味がわからなくてもいい。ただ、ベルが君のことを心から想っていることをわかってくれたのならそれで十分だ」
「…わかりました」
「それじゃあ彼が目を覚ました後でまた会おうね、アイズ」
「フン、じゃあな」
そう言ってフィン達は部屋を後にするのであった。
(…フィンの言っていた助言、あれはどういう意味なんだろう…?)
その後しばらくの間、意味深なフィンの発言について考えるアイズであった。
***
それから頭を働かせたアイズであったが、結局フィンが何を伝えたかったのかわからないまま時間だけが過ぎて行った。
そんなとき、ノックもせずにいきなり開かれた扉から彼女が入室して来るのであった。
「入るで~、アイズ」
「…ロキ」
「ようやく真打ちたるうちの登場やで、二人とも!」
「…ベルが眠っているので静かにしてください」
突然ベルの部屋に現れたロキはどうしてか異常にテンションが高く、アイズは心なしかうんざりした表情を見せる。
「スマンスマン、もうすぐベルが目覚めそうな予感がしたから、ついついテンション上がってしまったわ」
「…そうなんですか」
「ありゃ、てっきりもっと喜ぶかと思ったけど…はは~ん、さてはフィンから聞いたんやな」
「…はい、先程ベルの見舞いに来たフィンもロキと同じことを言っていました」
「やっぱりそうか~。まぁフィンの勘は
「…以前から思っていたんですけど、どうしてそんなことがわかるんですか?」
「ン~、このくらい勘が鋭い神なら簡単にわかるで。何て言うんか…こうピンと天啓のようなものが舞い降りるんや!」
「…そ、そうなんですか」
(フィンやロキの勘って、もう未来予知と変わりないような…?)
そんなことを考えるアイズに、ロキは気になっていたことを質問する。
「そういや、フィンの他に誰か来ていたんか?」
「…えっと、ベートさんも一緒に来ました。その前は―――」
アイズはベルのことを心配して訪れたレフィーヤ達のことをロキに伝える。
「ほうほう、エルフ師弟にアマゾネス姉妹、そしてイケメンコンビが見舞いに来たんか。ムフフ、ホンマにベルは愛されているな~」
(確かに、ロキの言う通りかもしれない。みんな、倒れたベルのことを心配して見舞いに来ていたし…)
リヴェリア達が訪れる前にも、多くの団員がベルの見舞いに訪れていた。
それも二日続いてベルの部屋に訪れる者が多く、アイズ自身も驚きを隠せずにいたのだ。
「…あの、わからないことがあるんですが」
「ん、何がわからないんや、アイズ?」
「…どうしてみんな、入団したばかりのベルのことをこんなに心配してくれるんですか?」
「ん~、確かにアイズが不思議に思うのもわかる。いくら同じ【ファミリア】に所属しても、全員が仲良く出来るとは限らへんからな。それにベルはまだ入団してから月日が浅いから、他の団員達との接点も薄い」
ロキの言う通り、入団したばかりのベルはアイズを含め数人以外の団員とは関わりが少ないはずである。
これが何年も一緒に歩んできた団員ならおかしいことではないが、ベルはそうではない。
それなのに多くの団員が二日連続でベルの見舞いに来たことは、アイズにとって不思議だった。
(みんながベルの見舞いに来てくれるのは嬉しいけど、入団したばかりの新人をここまで気に掛けるなんて…。こんなこと、今までなかったはずなのに…)
「どうやら随分と悩んでいるようやな。確かに、アイズには不思議に思えるかもしれん…アイズには、な」
「…私だけ、ですか?」
「そうや。…ベルが入団してからずっと二人で訓練していたやろ?それも実際に打ち合う本番形式で」
ロキの言葉を聞いて、アイズは黙って頷く。
「うちも中庭で行われていた二人の訓練を何度か覗いたんやけど、あれはヤバい。正直軽く引いたわ」
真面目なトーンで話すロキの言葉に、びくりとアイズの肩が震える。
「…え?あの、それはどうしてですか…?」
「いやどうしてって、流石にあれはやりすぎやろ。何度ベルの身体が棒切れのように吹っ飛んだことか」
「うっ…そ、それはその、力加減を間違えて…」
「自分が不器用なのは知っているけど、訓練であんなにボコボコにするのは流石にマズいやろう。ベル以外なら初日で逃げ出すレベルやで」
「うぅ…」
ロキが放つ言葉の刃に心を滅多刺しされたアイズは、思わずへこんでしまう。
そんなアイズを優しい表情で眺めながら、ロキは言葉を続ける。
「でもな、そんな厳しい訓練にベルは泣き言も吐かず真剣に取り組んていたんや。アイズの攻撃を必死に捌き、ときには避け損なって派手に吹き飛ばされても、決して膝が屈することはなかった……そうやろ、アイズ?」
「…はい」
「それに最初は気を失うことも多かったが、訓練を続けるうちに気絶することも少なくなったようやしな。まぁ自分の攻撃を喰らって吹っ飛ぶのは多々あったようやけど」
「…それはその、ベルの実力が向上したことで力加減を見誤って…」
「ホンマに自分は…。ベルは何度ブッ飛ばされても一言も文句言わへんけど、今度からもうちょっと手加減してあげてな」
「…はい」
優しく語り掛けるロキの言葉を聞いて、アイズは申し訳なさそうに頷くのであった。
「少し話は脱線したけど、みんなが入団したばかりのベルを心配する理由はそこや。真摯に訓練に取り組むベルの姿を毎日見せつけられたら、情が湧いてしまうのも当然やろう?」
「…っ!まさか、みんな訓練を見ていたんですか?」
「そりゃあ、あんな壮絶な訓練が行われていたら見てしまうのが人の性ってもんやろ。中にはベルに悪感情を抱いている奴もいたが、訓練を見続けていく内に気持ちが変わったみたいやしな」
「…ベルに悪感情を抱いている人なんていたんですか?」
「ん、そこに反応するか?それはまぁ、もちろんいるやろう。入団したばかりの新人が皆の憧れであるアイズと四六時中一緒にいたら、どうなるのかは火より明らかやしな」
「…?」
「はぁ…ホンマにアイズの天然は筋金入りやな~」
女神にも劣らぬ美しい容姿、それと圧倒的な強さを兼ね備えるアイズに憧れを抱く団員は多い。
そんな憧れの存在から直々に戦闘指南されているとなれば、ベルに嫉妬する者が現れるのも当然のことであろう。
ただし、アイズ本人はそのことに気が付いていないようであるが。
「まぁアイズの天然は置いておくとして、そんな嫉妬に狂った団員達もベルの真摯な態度を見て、考えが変わったようやで。むしろあまりの訓練の苛烈さにベルを同情し、お前は本当に凄い奴だよと尊敬する者もいるとか小耳に挟んだりしたな~」
「…つまりベルはみんなに気に入られた、ということですか?」
「ン~、まぁそういう解釈で間違いではないかな?多くの団員がベルに好印象を抱いているのは確かやで」
「…そう、ですか」
ベルが多くの団員達に気に入られていることを知ったアイズの胸の内には、またしても複雑な感情が芽生える。
喜ばしいことであるはずなのに素直に喜べない……それは先程ティオナ達の言葉を聞いたときに抱いた感情と似ていた。
(…このままじゃ、みんなにベルを取られちゃう)
自分だけに懐いていた兎が他の人に奪われてしまう未来を想像したアイズは、彼女にしては珍しく不機嫌そうに頬を膨らませてしまう。
そんなむすっとした様子のアイズを見て全てを察したロキはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「はは~ん、さてはアイズ妬いているな?」
「…妬いて、いる…?」
「そうや、ベルが他の人に気に入られると聞いてモヤモヤとした気持ちが生まれたやろ?」
「…うん、そうだけど」
「それが嫉妬と言って、人にも神にもある当たり前の感情や。何もおかしなことではあらへん」
「…これが、嫉妬…?」
自身の胸の内に芽生えた嫉妬という感情に戸惑いを見せるアイズ。
そんな新鮮な表情をするアイズを見たロキは、ニタァ~と邪悪な笑みを浮かべるのであった。
「あのアイズが嫉妬するとは、ベルはやりおるな~。フヒヒ、うちのアイズたんを嫉妬させた罪は大きいで~ということで、ベルが起きる前に悪戯したるわ…!」
「ベルに変なことをしたら斬ります」
「えっマジで?」
「マジです」
「じょ、冗談や!冗談やから剣を取りに行こうとしないで!?」
眠るベルに悪戯しようとするロキに釘を刺すアイズ。仮に手を出したら本気で斬り捨てるのではないかと思わせるほど冷たい雰囲気を身に纏うアイズを見て、ロキは冷や汗を流すのであった。
「…先程も言いましたが、ベルが寝ているので大きな声を出さないでください」
「えっ、うちが悪いんか!?」
「…ロキ」
「大きな声を出してすみませんでした」
責めるような視線をアイズから浴びせたらロキは、反射的に謝る。
ロキにしては珍しく、アイズの抑揚のない声を聞いて本気で怖気づいてしまうのであった。
(こ、これはマジであかん。今度からアイズがいるときにベルにちょっかいをかけるのはやめへんとな…)
「そ、そうや!ベルのことでアイズに伝えておきたいことがあったんや」
「…何ですか?」
またつまらない冗談かと思ったアイズであったが、真面目な雰囲気を纏い直したロキを見て身構える。
そんなアイズに対し、ロキは衝撃的な言葉を口にするのであった。
「実はな、アイズ―――単身でミノタウロスを撃破したことで、ベルの器は昇華したはずや」
「ッ!!」
「まだ【ステイタス】更新してへんけど、あれほどの『偉業』を成し遂げたんやから確実にランクアップしたやろうな」
「…それは、いくら何でも速過ぎるのでは…?確かベルが冒険者登録したのは一週間前ですよね?」
「アイズの言う通り、ベルが冒険者になったのは今日でちょうど一週間や。まさかアイズのLv.2最短到達記録を大幅に塗り替えるとは、うちでさえも驚きを隠せへんわ」
「…ロキは、ベルの強さの秘密を知っているですか?」
「そうやな…ベルが急成長を遂げた理由は知っているで」
「っ!それは一体…?」
「………」
「…ロキ?」
アイズの問い掛けに対し、黙りこくるロキ。
ロキは何かを考えるかのように視線を天井に向けた後、その視線を眠るベルの方へと向けるのであった。
「スマンが今は教えられへん」
「…それは、どうしてですか?」
「少し気になることがあってな。この懸念が晴れたときには教えるから、悪いけどそれまで待ってくれへんか?」
いつも見せる不真面目な態度は完全に鳴りを潜め、重い口調で話すロキ。
アイズはそんな主神の姿に何かを察したのか、神妙に頷くのであった。
「…わかりました」
「ホンマに悪いな、アイズ。…さて、そろそろうちはこれで失礼するわ。―――それと、ベルが起きたら聞いてみたらどうや?」
「…?何をですか…?」
投げかけられた言葉の意味がわからず、アイズは首をかしげる。
「ベルが何を求めてダンジョンに潜るのか―――アイズは今、それを知りたいのやろう?」
「っ!!ど、どうしてわかったんですか…?」
自分の内心を言い当てられたことに驚きを隠せない様子のアイズ。
そんなアイズの様子を見て、ロキはイジワルそうに笑う。
「ムフフ、それは企業秘密や!…と言いたいところやけど、ずっとアイズのことを見てきたから何となくわかっただけなんやけどな」
「…確かに私は、ベルがダンジョンに潜る理由を聞きたいです。ですが……」
「ん、アイズはベルの心の内に踏み込み過ぎることを恐れているんやな?」
「…はい、正直どこまで聞いていいのか私にはわからないんです」
「安心せい、アイズ。そのくらいの質問なら何も問題ないはずや。アイズが尋ねれば、恥ずかしがりながらもきっと答えてくれるはずやで」
「…えっと、どうしてベルは恥ずかしがるんですか?」
「フフフ、それは聞いてからのお楽しみや。ほな、さいなら~」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらロキは部屋を出て行くのであった。
嵐のような存在であるロキが立ち去った部屋には、ベルの寝息だけしか聞こえない。
そんな静かな部屋の中で、アイズは考え込む。
(…私がベルに伝えたいこと、そして聞きたいこと、か……)
そのまましばらく考え込むアイズだったが、中々ピンと来る言葉が浮かばない。
考えに煮詰まったアイズは、ベルのあどけない寝顔を眺めることにした。
(…そうだ。ベルを撫でていれば、自然と浮かんでくるかもしれない)
そう考えたアイズは、そっと手を伸ばしてベルの頭を撫で始める。
「んっ…アイズ、さん…」
「―――っ!」
優しく撫でていると、瞼が閉じたままであるベルの唇が開き、自分の名を呼んだ。
(ど、どうしよう…?まだ考えが纏まっていないのに…!?)
ベルが目覚めようとしている事実にオロオロと狼狽えるアイズ。
しかしアイズにとっては幸運なことに、ベルが起きることはなかった。どうやら先程の呟きは寝言だったようである。
(あ、危なかった…)
先程までベルが早く目覚めることを願っていたアイズであったが、このときばかりは目を覚まさなかったことに感謝した。
(早くベルが起きる前に何を言うか決めないと…!)
そのとき、ふとある言葉がアイズの心に浮かんだ。
アイズがベルに一番聞きたいこと…それは―――。
「―――どうしてあれだけ傷付いても、諦めようとしなかったの…?君は何を思って戦っていたの…?」
アイズはベルの手を握りながら、そう問い掛けた。
寝ているはずのベルの口が開き、何かを呟いた。
「―――英雄に……」
「えっ?」
「…英雄に、なりたい……アイズさんを守れるくらい、強い英雄に……」
「ッ!!」
夢うつつであるベルの呟き、それは紛れもなく少年の本心だった。
ベルの口から飛び出した言葉を聞いた瞬間、アイズの脳裏には先程のフィンの言葉を思い返していた。
『ときどきアイズは物事を複雑に考え過ぎることがあるから、これだけは伝えておこうと思ってね。いいかい、アイズ―――ベルは君のことを大切に想っている』
そしてベルが呟いた『自分を守れるくらい強い英雄になりたい』という言葉。
今までのベルの言動などがアイズの頭の中でグルグルと渦巻く。そしてアイズの中でカチリ、と全てが噛み合った。
ベルがあれだけ傷だらけになっても、最後まで倒れなかった理由…それは―――。
(―――まさか君は、私のために戦ってくれたの…?)
激闘を終え意識を失う直前、私に『僕は強くなれましたか』と尋ねてきたベル。
それに対しアイズが肯定の言葉を返したとき、ベルは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてお礼を伝えてきた。
あのときはどうしてそんなことを聞くのかと思っていたが、今ならわかる。
ベルは強くなりたかったのだ…それも自分のためではなく、アイズを守るために―――。
普通に考えればアイズが守る側で、ベルは守られる側の存在だ。
それなのにベルは、アイズを守れる存在…強い英雄になりたいと願っている。
Lv.1の少年がLv.5の少女を守るなんて夢物語もいいことだ。そんな馬鹿げたことを言っても、多くの者は身の程を知れと笑うだろう。
無謀過ぎる願いを抱くベルの寝顔を見つめるアイズの表情―――感情を表に出さない彼女にしては珍しく、ある感情が強く浮かび上がっていた。
(こんな感情は初めて…。でも、どうしてだろう……この芽生えた感情を二度と手放したくないと思ってしまうのは……)
感情が希薄だと思っていた自分の胸の奥底から、強烈な渇望としか思えないほどの感情が生まれたことにアイズは驚いていた。
心の奥底から芽生えた温かな炎のような感情、その熱が氷のように冷たいアイズの心を少しずつ溶かしていく。
「…ふふ」
初めて生まれた温かな気持ち…そんな名付けられない一つの感情を宝物のように抱えながら、無意識にアイズは微笑みを浮かべていた。
その笑みは、どこにでもいる少女が浮かべる笑顔と何の遜色もないものであり、リヴェリアが望んでいた笑顔だった。
未だ繋がれた二人の手は、少女の気持ちを表すかのように固く握られているのであった。