ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
プロローグ
温かな光に包まれた白い空間、そこに一組の男女が存在していた。
男性の方は白い髪に紅い瞳を持った少年であり、兎を彷彿とさせる中性的な外見をしている。
女性の方は少年の髪よりも透き通った色の白い髪を腰まで伸ばし、瞳の色も全てを見透かすかのように白である。
「ふふふ、まさか最初の試練がミノタウロスの強化種だなんて、本当に『僕』はツイていないな。君もそう思わないかい、◼️◼️◼️?」
「………」
まるで神が創った人形と言われてもおかしくないほどの容貌を兼ね備えた彼女に、少年は親しげ話し掛ける。
名前の部分だけノイズが走ったような音になっているが、彼は気にした様子はなかった。
「もう、無視するなんて酷いよ。これじゃあ僕が独り言を呟いているみたいじゃないか」
「………」
「返答なし、か。う~ん、もしかして『僕』が傷付いたことを気に病んでいるのかな?」
「…!」
「いや、そんなはずないか。だって今回の試練は君が『僕』の運命に干渉して与えたものなんだからね」
「…っ!」
少年の言葉を聞いた瞬間、今まで無表情であった女性の表情が歪む。
少年はそんな彼女の変化に気が付いているはずなのに、何事もなかったように話し続ける。
「己の加護を授けた者が無事試練を乗り越えた今の心境はどうだい?いや、聞くまでもなかったね。そんなの最高に決まって…」
「貴方は…ッ!!」
女性は鋭い声を上げ、少年の話を途中で遮る。
だが少年はどこ吹く風のように、笑みを浮かべながら問い掛ける。
「いきなり大きな声を出してどうしたのかな、運命を操る精霊さん?」
「…貴方は一体、何者なのですか?何故、『ここ』に存在しているんですか?」
「ようやく口を開いてくれたと思ったら、第一声から僕の存在否定か。流石の僕も傷付くな~」
口ではそう言いながらも、ニコニコと笑みを絶やさない少年。
そんな少年に対し、女性は責めるような口調で話す。
「…『ここ』はマスターの精神世界です。私のような契約した者を除いて侵入することはできません。それなのに何故、貴方のような異分子がこの場所に存在するのか聞いているのです」
「あはは、そんなの僕が『僕』だからに決まっているでしょ?本人を異分子呼ばわりとは酷いな~」
「…どうやら真面目に答える気はないようですね」
そんな少年の返答を聞いて、彼女は瞳を細めて睨みつける。
しかし残念ながら、敵意がこもった視線をぶつけても少年の不敵な笑みが消えることはなかった。
「失礼な。僕は真面目に答えているつもりだよ」
「それなら、貴方の真名を名乗ってください」
「だから言っているだろう、◼️◼️◼️──僕の名前はベル・クラネルだってね」
「……こうも堂々とマスターの名前を騙られると、これほど不愉快に感じるものなのですね」
「ふふふ、騙られる、か…どんな根拠があって僕を偽物だと思っているんだい?」
「まだ推測の域ですが、貴方の正体には見当がついています」
「へぇ、それは興味深い内容だね~」
彼女の言葉を聞いても、依然不敵な笑みを浮かべる少年。
しかし少年がそんな態度を保ってられていたのも、次の言葉を聞くまでであった。
「──貴方は我がマスターであるベル・クラネルの『スキル』ですね?」
「……へぇ」
ここで初めて、少年の顔から笑みが消えた。
能面のように無表情となった少年を見て自分の推測が当たっていることを確信した彼女は、言葉を続けるのであった
「正確には、中途半端に発現している『スキル』でしょうか。何故『スキル』に自我が存在しているのかは不明ですが、おそらくこの推測はそう外れていないはず」
「……」
「どうなのですか、マスターの『スキル』さん?」
「………」
「沈黙は肯定と見なしますよ?」
未だ無表情なまま沈黙を貫く少年に対し答えを迫る。
彼女の言葉を聞いて、ようやく少年は口を開いた。
「うーん、それじゃあ言わせてもらうけど君の答えは不明瞭過ぎる。もしこれがテストならその答えは三十点だよ。もちろん百点満点中ね」
「…私の推測のどの辺りが間違っているのでしょうか?」
自分の推測が三十点と聞いて不服そうな様子である女性に対し、少年は微笑みながら告げる。
「ふふ、答え合わせは君が九十点以上の答えを導き出したときにしてあげるよ」
「…教える気がないのなら、そう言ったらどうですか?」
「それは誤解だよ、◼️◼️◼️。僕は必ず約束を守る男さ……でも、そうだね。これではヒントが少な過ぎる気もするし、特別に君が気になっていることを一つだけ教えてあげるよ」
「私が気になっていること、ですか…?」
「そう、例えば『二人の間に確立されたラインの不具合』についてとかね」
少年から告げられた言葉を聞いた女性は驚きから両目を見開く。
そして再び責めるような口調で少年に話しかけた。
「っ!ラインが結ばれているはずなのに、私とマスターの間で意思疏通ができないのは、やはり貴方の仕業だったのですね」
「あぁ、やっぱり君はその原因を中途半端に発現した『スキル』…つまりは僕のせいだと考えていたんだね」
「…違うのですか?」
「ううん、中途半端に発現した『スキル』っていうのは置いておくとして、僕が原因だっていうのは合っているよ」
あっけなく認めたことに不信感を抱きながらも、彼女は矢継ぎ早に問い掛ける。
「やはりそうですか。どうして私とマスターのラインを妨害するのですか?私とマスターの意思疏通を封じることで、貴方にどのようなメリットがあるというのですか?」
「もう忘れちゃたの、◼️◼️◼️?僕が教えるのは一つだけと言ったはずだよ」
「…わかりました。それでは、今すぐ私の視界から消えてください」
意地悪な笑みを浮かべる少年に対し、彼女は氷のように冷たい口調でそう告げる。
「いやぁ、これは酷い嫌われようだね。僕は君のこと結構好きなのにな~」
「…私は貴方のことが嫌いです」
「そう言わないで仲良くしようよ。ここにいる以上、僕達は長い付き合いになるんだから」
「いえ、それは絶対にありません。近い未来に貴方の正体を暴き、マスターの中から追い出してみせます」
「ふふ、それは楽しみだね」
強い意志を秘めた精霊の眼光を真正面から受け止める少年。
不敵に笑う少年の真っ赤な瞳は爛々と輝いており、どこまでも自信に満ち溢れているのであった。
**********
「ふふ、あの子は私が思った通りの…いえ、私の想像をはるかに上回るほどの存在だったわ」
「あの者はフレイヤ様の期待に応えたのですね」
「ええ、そうよ」
迷宮の真上に築かれたバベルの塔。
その最上階の部屋には、一柱の女神と一人の眷族が話をしていた。
「少し前からあの子には目をつけていたのだけれど、まさかここまで成長するなんて……本当に見違えたわ」
「あの者の魂はそれほどまでに輝いていたのですか?」
「ええ、この瞳が焼かれるほどの輝きを放っていたわ。しかも、それほどの輝きを放ちながら、その魂はどこまでも澄み切っている……あそこまで汚れも穢れもない綺麗な魂を見るのは初めてよ」
「まさか、そのような者がいるとは。それで、これからどういたしますか?」
「もちろん、絶対にあの子を私のモノにするわ──例えロキの
当然のことだが、すでに契約を結んでいる子供に手を出すのは褒められた行為ではない。
無理矢理奪い取ろうものなら、その主神や【ファミリア】が黙っているはずもなく、間違いなく諍いが起こる。
実際にこれまで少なくない数の問題をフレイヤは起こしてきた。
しかし、都市最大派閥の一つである【フレイヤ・ファミリア】の力を持ってすれば、中規模程度の【ファミリア】は泣き寝入りするしかない。
しかも多くの男神達はフレイアの魅力にやられているので、自身の子供を取られても文句を言えないのである。
そんな男癖の悪いフレイヤであるが、もちろん気に入った子供に全て手を出そうとするわけではない。
相手が規模の大きい【ファミリア】の場合、こちらにもそれなりの損害が出る。
いくらその子供を気に入っても、手を出すのがマズい相手であればフレイヤは絶対に手を出さないのだ。
それくらいの分別はフレイヤにもある……いや、あるはずであった。
しかし今フレイヤは『絶対にあの子を私のモノにするわ──例えロキの眷族であってもね』と告げた。
その言葉が意味するのは、すでにロキと契約しているベルを自分の眷族にするということ。
その行為が意味するのは、都市最大派閥である【フレイヤ・ファミリア】と同等の勢力を有する【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売るということ。
そしてその先に待つ未来は、都市最大派閥同士により行われる前代未聞の抗争。
自分と同じ都市最大派閥である【ロキ・ファミリア】にベルが所属している時点で、フレイヤには彼のことを諦めるべきであった。
たった一人の男を手に入れるためだけに自分と同等の戦力を有するロキと事を構えることが、どんなに愚かなことであるのかフレイヤも十分に理解しているつもりである。
それでもフレイヤは、ベルを自分のモノにしたいという欲求を抑えることができなかった。
「流石の貴方も、こんな愚かな私に愛想を尽かしたかしら?」
頭でわかっていても珍しく本能に逆らえないフレイヤは、側に控えていたオッタルに尋ねる。
「滅相もありません。貴方様が望むのでしたら相手が【ロキ・ファミリア】であっても潰してみせましょう」
「ふふ、面白いことを言うわね、オッタル。貴方も知っての通り、ロキの眷族達は強敵よ。それでも貴方は私が命令したら実行してくれるのかしら?」
「愚問です。貴方様のご命令でしたら、例え相手が誰であろうと倒してみせます」
「うふふ、本当に貴方は頼もしいわね、オッタル」
「光栄の極みでございます」
「……でも、【ロキ・ファミリア】を潰すのはあくまで最後の手段よ。少し回りくどいけれど、こちらに被る損害が少ない方法を採るとしましょう」
「判りました。それで、その方法とは…?」
「そうね、貴方だけには教えておくわ。ロキの眷族である彼を手に入れる方法をね」
そして、フレイヤは自身が考えた策をオッタルに告げる。
「──以上が、こちらの被害をゼロに抑えながら
フレイヤからその策の全貌を伝えられたオッタルの表情には、珍しいことに困惑の色が浮かんでいた。
「フレイヤ様のお考えを疑うつもりではありませんが、不確定要素が多いのでは?私には【ロキ・ファミリア】を直接潰す方が確実だと思えるのですが…」
「貴方がそう思うのは仕方がないことだわ。なぜなら貴方は、ベル・クラネルという人間について何も知らないから」
「………」
「あの子は誰よりも純粋で優しく、そして強くなれる子よ。ベル・クラネルがベル・クラネルである限り、間違いなく彼は私のモノになる」
「フレイヤ様がそこまで仰るほどの人物像なのですね、ベル・クラネルという男は」
「ふふ、貴方も彼を見ていればいずれ解るはずよ」
そう言いながらフレイヤは羊皮紙とペンを取り出し、そこに何かを書き始める。
そして書き終えると、その紙を封筒の中に入れて封をしてオッタルに渡すのであった。
「オッタル、この手紙をアポロンに届けなさい」
「はっ、かしこまりました」
「ふふふ、悪いけれどアポロンには私の手のひらで踊ってもらうわ」
ベルはまだ知らない、フレイヤが自分を手に入れるために動き出したことを。
ベルはまだ知らない、フレイヤが企てた計略の全貌を。
ベルはまだ知らない、美の神と呼ばれるフレイヤの男に対する執念と、その恐ろしさを。
「あぁ、あの子が
瞳を細めてそう呟くフレイヤは、全ての男を魅了する妖麗な笑みを浮かべているのであった。
***********
ベルがミノタウロスを倒してから約一週間が経過した。
オラリオから遠く離れたとある都市の喫茶店に、二柱の神が赴いていた。
閑散としている店内の隅のテーブルに座ったその神達の手には、今朝発行されたばかりの情報誌が握られている。
二人が読んでいる情報紙の一面には、とある冒険者の公式昇格の報せが載っていた。
『所要期間、わずか一週間!?【ロキ・ファミリア】所属の新人ベル・クラネルがLv.2到達!!』
その記事に目を通していた老神は、顔を上げて鋭い瞳で対面に座る男神の顔を射抜く。
「…ヘルメス。まさかとは思うがベルのランクアップの件、お前が裏で手を引いたのか?」
「もしそうだとしたら、どうしますか?」
老神からの問い掛けに、ヘルメスと呼ばれた男神は満面の笑みを浮かべて逆に問い掛ける。
「………」
人を食ったような態度のヘルメスに対して、老神は無言の圧力を放つ。
「そんな恐い目で睨まないでくださいよ。今回の件に関しては、俺は何も手を出していませんから」
重い気配を纏い出した相手を見て、流石にマズいと思ったのかヘルメスは浮かべていた笑みを消して真面目に答えるのであった。
「今回の件に関しては、か…。お前が手を出していないのなら、ベルがLv.2最速到達記録更新という偉業を達成できたのはどうしてだ?」
「おっと、貴方の目は曇ったのですかゼウス?これほどの偉業を成し遂げるとこができたのは、ベル君にとびっきりの才能があるからじゃないですか──英雄になれるほどの才能がね」
真剣な表情でそう告げるヘルメスに対して、ゼウスは何やら深刻そうな表情を浮かばせていた。
「…ヘルメス、前にも言ったと思うがあの子には冒険者としての才能がない。ただ誰よりも心が優しく、他人を思いやれる子なんだ。決して英雄と呼べるほどの器ではないのだ」
「ふむ、貴方のお孫さんが英雄になるかもしれないというのに随分な言い種ですね」
「儂はお前と違って、あの子に英雄になってほしいわけではない。儂がベルに望むのは、大切な人と共に幸せな人生を送ることだ。たとえ弱くてもあの子が幸せならそれで十分だ」
優しい表情でそう語るゼウス──その言葉からわかるように、彼がベルのことをどんなに大切に想っているのかヘルメスにも痛いほど伝わった。
「貴方が彼を大切に思っているのはわかっています。しかし、彼に英雄の素質があるのは紛れもない事実です」
「…なぁヘルメス、英雄になれる人物などあの子の他にも存在するだろう。それなのに、何故お前はそこまでベルに執着するのだ?」
「確かに仰る通り【勇者】や【剣姫】、そして【猛者】などは英雄と呼べるほどの器を備えています。しかし、『彼女』が選んだのは彼らではなくベル君でした。このことが何を意味しているのかは、聡明な貴方ならお分かりですよね?」
「運命の精霊を祀るために『古代』に建てられた神殿…今では建物の原形をとどめていないその神殿の中でお前が見つけた黒い宝玉──その中に封印された精霊のことか」
「いやぁ、まさか完全に廃れてしまったあの場所で、あんな掘り出し物があるとは思いませんでしたよ。『彼女』を見付けたときは嬉しさのあまり、大声で叫んでしまいましたね」
すこぶるご機嫌な表情で語るヘルメスのことを、ゼウスは冷めた表情で見つめていた。
「精霊の隣には必ず英雄がいる、か。お前はあの精霊を使って英雄を…『
「えぇ、全ては貴方のご想像通りです。最も、元々俺はベル君に当たりをつけていましたけどね」
「それで、あの精霊をベルに渡したのか?」
「それがですね、俺の
「………」
「その後『彼女』を落としたお店にベル君が訪れて、どんな因果か『彼女』を拾ったんですよ。いやぁ、こんな素晴らしい偶然があるんですね~」
白々しい口調で語るヘルメスを見て、ゼウスの機嫌は目に見えて悪くなっていく。
「…ヘルメス、儂相手に白々しい芝居は止めろ。全て貴様が仕組んだことだろうが」
「ハハハ、俺はヘルメスなんですからこのくらいは許してくださいよ。…さて、本題に戻りますが、貴方のお察し通り『彼女』はベル君を選び、『加護』を授けたようです。最も、大部分の力を失っている今の『彼女』ではそれほど強力な恩恵はもたらさないと思いますが」
「だがベルに『加護』を与えたということは、件の精霊との間で契約が結んだことは確かだ。ベルが成長するにつれ、精霊も力を取り戻していくだろう」
「そして取り戻した力の分だけ、ベル君にもたらす恩恵はより大きくなる。ハハハ、古代において英雄と精霊はお互いになくてはならない存在とされてきた理由もわかりますね」
「…お前はもう、オラリオに戻るのか?」
「ええ、そのつもりです。ですが安心してください、これからも定期的に報告には伺いますから」
「わかっていると思うが、ベルに対する行き過ぎた干渉は許さんからな」
「もちろん、心得ているつもりです。それではまた三ヶ月後に会いましょう、ゼウス」
そう言って椅子から立ち上がったヘルメスは、机の上に二人分のお代を置いて恭しく一礼する。
「──あぁ、早く未来の英雄さんに会ってみたいものだ」
軽やかな足取りで喫茶店から出て行くヘルメスは、誰にも聞こえない声量でそう呟くのであった。