ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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ゴブニュ・ファミリア

 

 

 突然だが【ロキ・ファミリア】において、自分の武器や防具は自己管理するのが暗黙の了解となっている。

 フィンやリヴェリアなどの首脳陣が、自分の命を預ける武具は自分で管理するよう常日頃言っているのもあり、己の装備を他人に任せる団員は一人も存在しない。

 そのため遠征から帰還すると、全ての団員達は武具の整備を行うために各々いつもの武具屋に向かうのである。

 

 例にもれず、アイズとティオナの二人も武器の整備を行うためにとある鍛冶系ファミリアの一つを利用している。 

 そして二人の強い推薦もあって、ベルはその鍛冶系ファミリア──【ゴブニュ・ファミリア】の武具店に武器の整備を依頼するため、アイズ達に案内される形で訪れるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 北と北西のメインストリートに挟まれた区画、その路地裏深くにお店を構える【ゴブニュ・ファミリア】のホームがある。

 ベル、アイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤの五人がごちゃごちゃと入り組んだ路地裏を進んだ先に見えたのは、石造りの平屋であった。

 工房でもあるこの広い平屋が【ゴブニュ・ファミリア】のホーム『三槌の鍛冶場』である。

 

「ごめんくださーい」

 

 お店の扉を開けて、薄暗い店内へと入るティオナ。

 ベル達もティオナの後に続いてお店の中に入っていく。

 

「いらっしゃい…って、げえぇ!?【大切断(アマゾン)】!?」

 

「もうっ、毎回私の二つ名で悲鳴を上げるのは止めてよ!後輩(ベル)があたしのこと勘違いしちゃうじゃんっ!」

 

「ひぃっ!?す、すみませんッ!!」

 

 何かしらの作業をしていた職人達は、突然現れた壊し屋(ティオナ)の顔を見て一様に慌て始める。

 

「大変です親方ッ!壊し屋が現れました!!」

 

「むぅ、壊し屋とは失礼なっ!あたしだって壊したくて武器を壊すわけじゃないんだからね!」

 

「それじゃあ今日は何しに来たんだよッ!?」

 

「ふふん、今日はあたしの可愛い後輩の防具を新調しに来たのっ!」

 

「そ、そうか…ふぅ、どうやら今回は大丈夫だったようだな」

 

 ティオナの言葉を聞いて、心底安心した表情をする男性職人達。

 

「後はね、また武器を作ってもらいたんだよ!」

 

 しかし、続くティオナの発言により店員達の顔は一瞬にして凍り付いた。

 

「…は?そ、それって後輩の方の武器だよな?」

 

「ううん、あたしの武器だよっ」

 

「ウ、ウルガはどうした!?あれは大量の超硬金属(アダマンタイト)を不眠不休で鍛え上げた最高傑作の専用武器なんだぞッ!?」

 

「それがね、刀身が溶けちゃったんだ」

 

「じょ、冗談だよな…?」

 

「むぅ、本当のことだよ!はい、これが証拠っ!」

 

「「「お、俺達のウルガがぁぁぁぁぁ──!?」」」

 

 溶解液を浴びてボロボロになってしまった大双刃を見て、不眠不休でウルガを作り上げた職人達は絶叫する。

 

「な、何だか大変そうですね」

 

「…うん」

 

「まったく、あの子は…」

 

「あはは…」

 

 ティオナと職人達が騒ぐのを尻目に、アイズ達は奥の部屋へと入っていく。

 部屋の中へと進んだアイズ達を出迎えたのは、老人の外見をした一柱の男神であった。

 白髪で白鬚を生やし、恰幅のいい身体は筋肉で引き締まっているその老人の名はゴブニュ──鍛冶を司る神様である。

 手元の短剣を丹念に磨いているゴブニュは、部屋に入って来たアイズ達に気付くと、作業を止めないまま口を開いた。

 

「そんな大所帯で来て、何の用だ」

 

「二人分の武器の整備を、頼みに来ました」

 

「ふむ、一人はお前として…もう一人はそこの小僧か?」

 

 ゴブニュの言葉にアイズはうなずく。

 

「その依頼を受けるかは小僧の武器をこの目で見てから判断するが、いいか?」

 

「…はい」

 

「わかった。とりあえず、お前の武器から見るとしよう」

 

 アイズは帯刀していた(デスペレート)を手に取り、ゴブニュに渡す。

 手渡された剣をじっくりと眺めていたゴブニュは、すぐに瞳を細くした。

 

「これはまた、随分派手に使ったな」

 

「…すみません」

 

「刃がやけに劣化しているが、何を斬った?」

 

「その、何でも溶かす液を吐くモンスターを…」

 

 寡黙な鍛冶神(ゴブニュ)はより一層目を細め、刀身を観察し続ける。

 空気が重くなったのを感じたのか、今まで黙っていたベル達が二人の会話に参加する。

 

「そ、その…アイズさんの剣って不壊属性(デュランダル)ですよね?それなのに、劣化してしまうものなんですか?」

 

「あら、ベルはまだ知らなかったの?不壊属性(デュランダル)の武器であっても、切れ味は落ちるものよ」

 

「え、そうなんですか…?」

 

「ベルも知っての通り、不壊属性(デュランダル)の属性が付与された武器は絶対に壊れませんが、整備を怠ると武器としての性能は落ちてしまいます。そうですよね、アイズさん?」

 

「うん、レフィーヤの言う通りだよ」

 

「はぁ、普通に扱っていればここまで切れ味が低下することはないんだがな」

 

「…その、ごめんなさい」

 

「反省しているならいい。ただ、元の切れ味に戻すのは時間がかかる。代わりの剣を出してやるから、しばらくそれを使っていろ」

 

「…ありがとうございます」

 

「待って、アイズ。ホームに戻れば予備の剣もたくさんあるのだし、わざわざ武器を借りる必要はないんじゃない?」

 

「いや、半端な武器ではどうせすぐに使い潰す。別に金は取らんから、素直に受け取っておけ」

 

「ゴブニュ様がよいのなら、お言葉に甘えますが…」

 

「今代わりの剣を持ってくるから少し待っていろ」

 

 腰を上げたゴブニュが別室に入り、少しして代わりとなる武器を手に持って来た。

 

「レイピアだが、お前さんなら特に問題ないだろう」

 

 ゴブニュから細身のレイピアを受け取ったアイズは、鞘から刀身を引き抜く。

 引き抜かれた刃はうっすらと輝いており、素人であってもこのレイピアが業物であることが察することができた。

 

「わぁ…!とても綺麗な刀身ですね、アイズさん!」

 

「…うん、そうだね」

 

 キラキラと輝いた瞳で剣を見つめるベル。そんな子供っぽいベルの様子を微笑ましいモノを見るような目で見つめるアイズは、優しい声色で同意を示す。

 

「あまり剣には詳しくない私でも、かなりの業物であるのがわかります」

 

「へぇ、代わりの武器にするのはもったいないくらいの良い武器ね。今までレイピアで戦ったことはなかったけれど、私も一度使ってみようかしら?」

 

 ゴブニュから渡されたレイピアを見て、思い思いの感想を口にするベル達。

 そんなベル達の褒め言葉を聞いたゴブニュは特に表情を変えることなく、アイズに言葉を掛ける。

 

団員達(あいつら)には整備を急がせるが、お前さんの武器は少々特殊だ。元の切れ味に戻るまで五日はかかるぞ」

 

「…はい、それでも大丈夫です」

 

「そうか。それなら五日経ったら取りに来い」

 

「わかりました……ありがとうございます」

 

 無事に依頼を頼み終えたアイズはゴブニュにお礼を伝える。そして次はベルの番となった。

 

「さて、次はお前さんの武器を見せてみろ」

 

「は、はい」

 

 ゴブニュに武器を出すよう促されたベルは、片手剣(スノーライトソード)と二振りの短刀≪紅≫と≪蒼≫を手渡す。

 

「ふむ…お前さんもまた派手に使ったな。一体何を斬った?」

 

「その、ミノタウロスを…」

 

「ミノタウロスだと?それは本当なのか?」

 

「え…」

 

 ベルを言葉を聞いて、ゴブニュは険しい表情を浮かべる。

 ゴブニュに鋭い目つきで睨まれたベルは思わず狼狽えるが、そこですかさずティオネがフォローを入れた。

 

「それは私達が保証するわ。ただ、通常の個体よりも厄介な『強化種』だったけれどね」

 

「…そういうことか」

 

「その、何か問題があったのでしょうか…?」

 

「いや、ミノタウロスを斬ったにしては武器の損耗が激し過ぎると疑問に思っただけだ」

 

「えっと…ミノタウロスは耐久に優れたモンスターですし、それは仕方がないのでは…」

 

「確かにミノタウロスは硬いが、ここまで刃がボロボロになるのは普通では考えられない。だが、ミノタウロスの強化種を斬ったのならこの損耗具合も納得だ」

 

「あ、そうだったんですか」

 

 ゴブニュの説明を聞いて、ベルは納得の表情を浮かべる。

 

「ふむ…他には問題なさそうだ。わかった、お前さんの依頼を引き受けよう」

 

「ありがとうございます、ゴブニュ様!」

 

 ゴブニュの言葉に、ベルは嬉しそうな表情でお礼を伝える。

 側に控えるアイズ達も、無事に依頼できたことにほっとした表情を浮かべる。 

 

「それで、整備は急がせた方がいいのか?」

 

「えっと、特に急ぎではないので他の人の武器を優先させて頂いて構いません」

 

「そうか。それなら、お前さんも五日経ったら取りに来い」

 

「はい、本当にありがとうございます、ゴブニュ様。…あっ!」

 

「?どうした、やはり整備を急がせた方がよかったか?」

 

「い、いえ、そうではなく実は──」

 

 ベルは腰に携えていた『ミノタウロス角』を取り出すと、それをゴブニュに見せる。

 

「これは、お前さんが斬ったミノタウロスのドロップアイテムか?」

 

「はい、そうです」

 

 数日前、ベルとミノタウロスの死闘の後。

 フィンの指示で戦場に何か異変がないか調べたティオネとベートが灰の中から見つけたのが、この『ミノタウロスの角』であった。

 

「その、この角を材料に装備品を作れると聞いたのですが、強化素材として使うことも可能なのでしょうか?」

 

「ふむ、それは今の武器をそのドロップアイテムで強化したいということだな?」

 

「はい、そうです。…やっぱり、無理でしょうか?」

 

「いや、ミノタウロスから取れるドロップアイテムは何だって武具に活用できる」

 

「それじゃあっ…!」

 

「あぁ、もちろん可能だ。だが、それなりの技術と『鍛冶』のアビリティを持つ者でないと厳しいな。……少し待っていろ」

 

 数分後、ゴブニュはアイズと同じくらいの年齢であるヒューマンの少女を連れて戻って来た。

 

「えっと、この方は…?」

 

「こいつは『鍛冶』のアビリティ持ちで、腕もそれなりだ。まだ未熟な面もあるが、おそらくお前さんの希望に沿える武器を作れることだろう」

 

「ベル・クラネルです。その、よろしくおねが──」

 

「挨拶はいい。まずはそのドロップアイテムを見せて」

 

「えっ…」

 

「早く」

 

「ど、どうぞ」

 

 他人を寄せ付けない雰囲気を身に纏う青髪碧眼の少女は、冷たい口調でベルの挨拶を遮り本題へと入っていく。

 そんな少女の態度にベルは戸惑いを見せながらも『ミノタウロスの角』を手渡した。

 

「………」

 

 青髪の少女はベルから受け取った角を真剣な瞳で観察し始める。

 

「この『ミノタウロスの角』…普通のモノより黒いけど、どうして?」

 

「お、おそらくですけど、その角を残したミノタウロスが元々黒かったからだと思います」

 

「黒いミノタウロス……もしかして、強化種?」

 

「はい、そうだと思います」

 

「ということは、貴方がそのミノタウロスを倒したの?」

 

「は、はい、そうですけど…」

 

 少女は黒く染まった『ミノタウロスの角』をじっと観察しながら、矢継ぎ早に質問する。

 時折困った表情を浮かべながらも全ての問い掛けにベルは答えると、ようやく少女は腑に落ちたような表情を見せた。

 

「ふぅん……そういうことか」

 

「何か気が付いたことでもあるんですか?」

 

「うん。でも貴方には関係ないことだから、別に気にしなくていい」

 

「は、はぁ…」

 

 そうベルに冷たく言い放つと、彼女は『ミノタウロスの角』を机に置く。

 そしてその横に置いてあった武器に視線を向けた。

 

「どれが貴方の武器?」

 

「えっと、机の上に置いてあるのは両方とも僕の武器です」

 

「そう」

 

 ベルから確認を取った彼女は二つの武器を順に手に持って、観察し始めた。

 

「あの、ゴブニュ様…」

 

 自分のペースで進める少女にすっかり翻弄されたベルは、助けを求めるように彼女の主神であるゴブニュに視線を向けた。

 

「すまんな。こいつは鍛冶の腕は確かだが、少し変わった奴なんだ」

 

 そして彼女の主神であるゴブニュも、彼にしては珍しく困った顔をしていた。

 その表情から、ゴブニュも少し変わっている少女鍛冶師に手を焼いていることが伺える。

 

「まぁなんだ、お前さんが良ければこいつに依頼してくれ」

 

「その前に彼女に確認させて。貴女はベルの武器を強化することはできるの?」

 

 ティオネの質問を聞いて、女鍛冶師はベルの武器から目を離さないまま口を開く。

 

「片手剣は無理だけど、短刀なら可能」

 

「あら、どうして片手剣の方は無理なの?」

 

「素材同士の相性の問題」

 

「はぁ、貴女ねぇ…」

 

 全く理解させる気のない説明に、ティオネはピクピクと眉をひくつかせる。

 ストレスが溜まっている様子のティオネを見て、レフィーヤは慌てて会話に入る。

 

「つまり短刀に関しては二本とも強化できるんですね?」

 

「問題ない。この素材の大きさなら、短刀二本くらい十分に強化できる」

 

「本当ですか!」

 

「本当。それで、短刀の強化が私への依頼ってことでいいの?」

 

 少女の言葉を聞いたベルは心から嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「はい!ありがとうございます、えっと…」

 

(しまった。僕、まだ彼女の名前を知らないんだった…)

 

 依頼を引き受けてくれる少女にお礼を伝えようとしたベルだったが、彼女の名前をまだ聞いていないためどう呼んだらいいのかわからず困ってしまう。

 

「?」

 

 会話の流れを読めば自分の名前がわからずに困っているのは一目瞭然だが、残念ながら目の前の少女にはベルがどうして困っているのか見当も付いていないようである。

 

「はぁ…この小僧はお前の名前を知らないことで困っているんだ」

 

 その状況を見かねたゴブニュが、溜め息を吐きながらベルに助け舟を出す。

 

「そうなの?」

 

「は、はい。その、貴女のお名前は…」

 

「………リエル。ただのリエル」

 

(ただの…?)

 

 リエルと名乗った少女の言葉に少し引っかかりを覚えたベルであったが、お礼を伝えることを優先させた。

 

「依頼を引き受けていただきありがとうございます、リエルさん」

 

「別にいい。…ゴブニュ様、こっちの片手剣は誰が整備する予定でしょうか?」

 

「それなんだが、できればその剣の整備もお前に任せたい。頼めるか?」

 

「はい、大丈夫です。損傷は激しいですが、一日で仕上げられると思います」

 

「そうか、それじゃあ頼む」

 

(流石に自分の主神には敬語が使うんですね)

 

(自分が認めた相手には敬意を示す…まさに職人気質ね)

 

 ゴブニュとリエルの会話の横で、レフィーヤとティオネは小声で話す。

 主神であるゴブニュには敬語で話すところを見ると、リエルは尊敬する相手にしか敬意を払わないタイプなのかもしれない。

 

「聞き忘れていたが、お前さんの防具は整備に出さなくていいのか?」

 

「防具、ですか?」

 

「そうだ。これだけ損耗した武器を見れば、件のミノタウロスとの戦闘が壮絶なものだったのは容易に推測できる。それなら防具の損傷も激しいはずなんだが、もう別の店に修理に出したのか?」

 

「いえ、それがその…」

 

「ベルの防具は戦闘中に全損してしまったのよ」

 

「あぁ、そういうことか。それでは修理も不可能なようだな」

 

「えぇ、その通りよ」

 

「…できればここで、ベルに合う防具を購入しようと思っています」

 

 アイズの言葉に真っ先に反応したのはゴブニュではなく、リエルの方であった。

 

「そういうことなら、私の防具を薦める」

 

「え、リエルさんの防具ですか…?」

 

「うん」

 

 突然のリエルの提案にベルは戸惑いを隠せない。今までの短いやり取りの中で、彼女が積極的な人間ではないと思い始めていたからだ。

 

(こういう職人は自分の腕に絶対的な自信を持っているから厄介なのよね)

 

 「はぁ~」と内心で溜め息を吐くティオネ。

 

(神ゴブニュの言葉を疑うわけではないけれど、この子の実力を見極める必要があるわ)

 

「へぇ、よほど自信があるのね。それじゃあ、ベルに合う防具を見せてもらえるかしら?」

 

 今までのやり取りからそう判断したティオネは、彼女の実力を見るためにも防具の提示を求めた。

 

「今は無理。二日待って」

 

「はぁ?何で二日も待つ必要があるのよ」

 

「今から作るから」

 

「えっと、リエルさんは何を言っているのでしょうか?」

 

「さ、さぁ…?」

 

 リエルの相手を理解させる気のない説明に、ティオネは付き合ってられないとばかりに首を振り、レフィーヤやベルも困惑の表情を浮かべる。

 そんな中、一人だけ彼女の言いたいことが何となく伝わったアイズはベル達に説明した。

 

「…私が作った防具は全て売ってしまい手元にない。今から彼専用の防具を作るから、それでいいでしょう…って言ってると思う」

 

「「今の言葉だけでそこまでわかったんですか、アイズさん!?」」

 

 これにはベルとレフィーヤも口を揃えて驚きの声を上げる。

 ティオネやゴブニュも、あれだけの説明で理解できたアイズに驚愕の視線を向ける。

 

「…うん、何となくだけど」

 

「それで合っている。私に依頼してくれるのなら、彼専用の防具を作る」

 

「僕専用の防具ですか!?あ、でも…」

 

 武器屋で販売している防具は不特定多数の冒険者を対象にしているので、サイズが微妙に噛み合わないことが多々ある。

 微妙なサイズの違いで少しでも動きが阻害されることを嫌う冒険者も多い。

 そのため、お金に余裕がある冒険者…特に上級冒険者は、自分の身体にフィットする防具を注文するのだ。

 

 リエルから専用防具オーダーメイドを作るかどうか尋ねられたベルは、一瞬顔を輝かせたがすぐに落ち込んだ表情をしてしまう。

 暗い顔をするベルの様子に疑問に感じたティオネとアイズは言葉を掛ける。

 

「あら、こんなに早く自分専用の防具を作ってもらえるのに、あまり嬉しそうじゃないのね?」

 

「…何か心配事?」

 

「実はその、あまり手持ちがなくて…」

 

「あぁ、そういうことね」

 

 オーダーメイドの装備は通常のモノよりも倍以上費用がかかるのは当然である。

 そして冒険者になったばかりのベルの所持金が、まだまだ少ないのも当然のことである。

 つまり今のベルには、自分専用の防具を買えるだけのお金を所持していないのだ。

 

 暗い顔をするベルのことをじっと見つめていたレフィーヤは、唐突に口を開く。

 

「リエルさん、オーダーメイドの値段はどのくらいなのでしょうか?」

 

「えっ、レフィーヤさん…?」

 

「それは防具の種類と元となる素材次第」

 

「ベルの戦闘スタイルなら、ライトアーマーを選ぶべきだと思うけれど、アイズはどう思う?」

 

「…うん、私もティオネと同じ考え。ベルもそれでいい?」

 

「ま、待ってください!僕、お金が…」

 

「はぁ、ベルの手持ちが心もとないくらい私達も知っていますよ」

 

「え、それじゃあ…」

 

 今の手持ちでは専用の防具を買えないことを知っているのに、自分の防具を購入する体で話を進めるアイズ達の様子に疑問に思うベル。

 ティオネは「実はベルに伝えていなかったことがあるの」と前置きしてから、ベルに事情を説明し始めた。

 

「私達は今朝、団長の部屋に呼ばれたのよ」

 

「フィンさんにですか?」

 

「…フィンは私達が部屋に入ると、百万ヴァリスを渡してきた」

 

「ひゃ、百万ヴァリスですか!?」

 

「はい、そのお金でベルの装備品を整えるよう言われました。だからお金の心配をする必要ありません」

 

「で、でもそんな大金を貰うのは…」

 

「遠慮しないで受け取ってほしいとフィンは言っていた」

 

「ベルの気持ちもわかりますが、ここで断る方が失礼に当たると思いますよ。ここは素直に団長達の厚意を受け取ってください」

 

「それでも納得できないのなら、今は借りるという形で考えなさい」

 

「借りる、ですか?」

 

「えぇ。頂いたお金は自分で稼いで返す…今の貴方の実力では時間はかかると思うけれど、団長はいつまでも待ってくれるはずよ」

 

「ティオネさん……はい、わかりました!その、本当にありがとうございます」

 

「お礼なら私達じゃなくて団長に伝えることね」

 

 ようやく明るい表情に戻ったベルを見て、ティオネ達は優しく微笑む。

 

「はい!…ってあれ?」

 

「…どうしたの?」

 

「その、さっきレフィーヤさんは団長『達』って言っていましたよね?」

 

「(ビクッ!?)」

 

 ベルの鋭い指摘を受けて、レフィーヤは「しまった!?」という表情を浮かべる。

 それが意味することは、ベルに百万ヴァリスもの大金を贈ってくれた人はフィンだけではないということだ。

 

「ということは、フィンさんの他にも……」

 

「いませんっ!」

 

「えっ」

 

「さっきのは私の勘違いというか言い間違いであっただけでベルに贈った百万ヴァリスは全て団長が出したのですいいですね?」

 

「え、ですが…」

 

「わ か り ま し た ね?」

 

「は、はいっ!」

 

 レフィーヤの有無を言わせぬ圧力に、ベルは必死に頷く。

 そんな二人を見て、ティオネは助け船を出す。

 

「話は戻るけれど、防具はライトアーマーでいい?」

 

「はい、僕もその…ライトアーマーがいいと思います」

 

「リエルさん、ライトアーマーだとどのくらいの値段になるでしょうか?」

 

「それは用いる素材による。素材に関して何か要望はある?」

 

「…ベルは何か希望ある?」

 

「えっと、特にありませんけど…」

 

「そうね。だったら、予算が五十万ヴァリスほどで収まる素材なら何でもいいというのはどう?」

 

「そうですね。他にも色々と装備を整える必要がありますが、そのくらいの予算が妥当だと思います」

 

「…素材はそちらに任せる」

 

「わかった。それじゃあ今から採寸を測るからじっとしてて」

 

「は、はいっ」

 

「俺はあいつらに指示を出す必要があるから席をはずす。何かあったらすぐに呼べ」

 

「わかりました」

 

 ゴブニュはアイズから預かった《デスペレード》を手に持つと、そのまま部屋を出て行く。

 ゴブニュが退室した後、リエルは採寸用の道具を取り出してベルの身体の寸法を測定し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 







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