ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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久しぶりのベル君視点。


友という存在

 

 

 昼食を取り終えたベルは、武器や防具以外に必要となる道具をアイズやティオネ達の助言を聞きながら買い揃えていった。

 そして一通りの用事を済ませた後、西のメインストリートに個人的な用事があったベルは、アイズ達と別行動を取るのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 アイズさん達と別れた僕は、数日ぶりに『豊穣の女主人』に訪れていた。

 昼食を取るには遅く、夕食を取るには早すぎる時間帯のため、店内にいるお客は少ない。従業員の手が比較的空いている時間帯と呼べるだろう。

 僕がこの時間にお店に訪れたのは、シルさんやリューさんに話したいことがあったからである。

 夜になると冒険者が大量に訪れたるため店内が忙しくなり、二人を引き留めて会話するのは難しくなると思ったからだ。

 

「いらっしゃいませ…って、ベルさん?」

 

「あ、シルさん!その、お久しぶりです」

 

「ふふっ、お久しぶりです。でもベルさんがこの時間に訪れるのは珍しいですね」

 

「あはは、実は色々ありまして…。今日はダンジョンに潜らずに、武器の整備に訪れたり、必要となる道具や消耗品を買ったりしていました」

 

「まぁ、そうだったのですか。でも、本当によかったです。私はてっきり、ベルさんがダンジョンで何か危険な目に遭われたのではないかと思って心配しちゃいました」

 

「うっ…」

 

 す、鋭い…。

 つい最近、格上の相手であるミノタウロスと死闘を繰り広げた僕は、思わず変な声を出してしまった。

 

「…何か私に隠していませんか、ベルさん?」

 

「いえ、その……実は、シルさんとリューさんに伝えたいことがあるんですけど、今大丈夫ですか?」

 

 元々隠すつもりはなかったので、僕は早速本題に入った。

 

「この時間帯はお客さんも少ないですし、私とリューが抜けても大丈夫だと思いますよ。ふふ、ベルさんがどんな話をしてくれるのか今から楽しみです」

 

 その後、四人掛けのテーブルに僕のことを案内したシルさんは、リューさんを呼ぶために厨房へと入って消えて行くのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「───クラネルさん、もうLv.2にランクアップしたのですか?」

 

「はい、今朝【ステイタス】を更新したときに、Lv.2に上がっていると神様に言われました」

 

 テーブルを挟んで僕の対面に座ったシルさんとリューさんに、最初に僕はランクアップしたことを伝えた。

 うぅ、自分の口からLv.2になったことを伝えるのってやっぱり照れくさいな。自慢しているみたいで、正直身体がむず痒い…。

 

「わぁ、すごい!ベルさんったらもう一人前の冒険者様になってしまったんですね!」

 

「そ、そんなっ!僕はまだまだですよ」

 

「謙遜なさらないでください、クラネルさん。これほど短期間にランクアップすること自体、物凄い偉業だ」

 

「い、いえっ!これもシルさんやリューさんが相談に乗ってくれたおかげです」

 

「私は何もしていませんよ、全てベルさんの努力の賜物です!」

 

「ええと、そんなことは…」

 

 シルさんとリューさんは僕のことを手放しに褒めてくれる。

 だけど称賛されることに慣れていない僕は、情けない表情を浮かべて口籠るしかなかった。

 

「シルの言う通りです、クラネルさん。私はただ自分の経験談を語っただけ…これほど早く器を昇華できたのは、紛れなくクラネルさんの実力だ」

 

「そ、そんなことありません!僕だけの力ではLv.2になれませんでした。それに、ミノタウロスに勝てたのだって…」

 

「待ってください、クラネルさん。今、ミノタウロスと言いましたか?」

 

「は、はい。その、実は───」

 

 僕はランクアップをするきっかけになった冒険の内容──三階層で遭遇した黒いミノタウロスとの顛末についてリューさんとシルさんに話をした。

 

「ミノタウロスが三階層に進出したとは…それもクラネルさんの話ではその敵は『強化種』だったのですよね?」

 

「はい、フィンさん──えっと、ファミリアの団長からそう説明されました」

 

「詳しいことはわかりませんけど、『強化種』って普通より強いモンスターのことですよね?よ、よくそんな相手に勝てましたね、ベルさん」

 

「あはは…正直、あのときは無我夢中で戦っていましたから。実際、僕は終始押されっぱなしでしたし…今でもあのミノタウロスに勝てたのが信じられないくらいですよ」

 

「…確かにLv.1の冒険者がミノタウロス──それも『強化種』を一人で打倒したなんて話、にわかには信じられないことです」

 

「あはは、やっぱりそうですよね」

 

「ですが、それはあくまで一般論の話です。私はクラネルさんの話を信じていますよ」

 

「えっ…」

 

「クラネルさんが物凄い速度で成長していっているのは、私も気付いていました。ですのでそう遠くない内に、Lv.2に昇華すると確信していました」

 

「そ、そんな…僕がランクアップできたのは、ただ運がよかったからで…」

 

「クラネルさん、貴方は自分を過小評価し過ぎです。前にも言いましたが、自分を貶めるような発言は控えてください」

 

「す、すみません…」

 

「クラネルさんの謙虚さは美徳ですが、あまり行き過ぎると人によっては不快に感じることもあります。以前からも言っていますが、出来るだけ気を付けた方がいい」

 

「リューの言う通りですよ、ベルさん。誰にでも自慢しろとは言うつもりはありませが、せめて私達には今回の偉業を素直に誇ってほしいです」

 

「リューさん、シルさん……そう、ですよね」

 

 そうだ、あの戦いの中で弱い自分に…何もできなかった過去の自分に打ち克ったばかりじゃないか。

 それなのに、こうして二人を気遣わせてしまう何て情けないにも程がある。

 

「僕は自分に自信を持つことが…自分の力を信じることができずにいました。でも、今は違います」

 

 昔の僕は弱かった。襲いかかる理不尽から目を背け、ただ泣くことしかできなかった。

 そんな自分が心底嫌で、だから自分と正反対の存在である『英雄』に憧れた。

 でも、今は違う。何もできなかった過去の自分はもういない。

 あの黒き猛牛との死闘で、僕は過去の弱い自分と完全に決別したのだ。

 

「僕はようやく、自分に自信を持つことができました。大切な家族(ファミリア)や友人の存在が、自分自身を信じる勇気を僕に与えてくれたんです」

 

「クラネルさん…」

 

「今まで自分に自信を持てていなかったので、すぐには素直に誇れないかもしません。でも、これからは胸を張って前に歩いて行くつもりです」

 

「…ふふっ、やっぱりベルさんは凄いです。まさかこんなにも早く証明してしまうなんて」

 

「えっ、証明ですか?」

 

「初めて出会ったとき、ベルさんが私に話してくれたことですよ」

 

「シルさんと初めて出会ったとき……あっ」

 

 シルさんのその言葉を聞いて、僕はあのときのことを思い出した。

 

 シルさんと出会う前の日の夜に【ファミリア】のみんなに隠れて夜中に一人でダンジョンに潜った僕は、魔法を連発したことでマインドダウンを起こしてしまい、意識を失ってしまった。

 いくらあのとき初めての魔法で心が躍っていたとはいえ、本当に僕は愚かなことをしてしまった。

 ダンジョンで意識を失うなんて普通ならあり得ないミスだ。

 もしベートさんが助けてくれなかったら、僕は間違いなくゴブリンに殺されていた。

 初めてシルさんと会ったときの僕は、そのときのことを思い出して酷く落ち込んでいたんだった。

 

「あのときのベルさんは私にこう言いました。『自分の力だけでダンジョンに挑み、そして勝利したい。もう、あのときの自分ではないということを証明したい』と…」

 

 そうだ、僕は確かにシルさんにそう言った。

 

「ベルさんは一人で強大な敵に挑み、そして勝利しました。もう以前のベルさんではないことを証明したんですね」

 

 ───あぁ、そうだったんだ。

 

 僕はあの黒きミノタウロスを倒したことで証明することができたんだ。

 

 もう僕は前に進んでいたんだ。

 

「うふふ、先程よりもいい表情をしていますね、ベルさん」

 

「そ、そうですか…?」

 

「はい、とても凛々しいです。もう完全に上級冒険者の顔つきですね」

 

「そ、そんな、僕は…」

 

 否定の言葉を発しようとしたとき、僕の顔をじっと見つめるリューさんの視線に気が付いた。

 リューさんの『謙遜しないでください』という意味を込めた眼差しに気付いた僕は、咄嗟に否定の言葉を飲み込んだ。

 そうだ、ついさっきあまり卑屈にならないでくださいって、言われたばかりじゃないか。

 リューさんの言葉を思い出した僕は、ぎこちなくシルさんに笑い返した。

 

「ふふっ、素直に上級冒険者になったことを認めてくれて嬉しいです」

 

「ぅぅ…」

 

 確かにLv.2にランクアップして上級冒険者──より詳しく言うなら第三級冒険者への仲間入りを果たした僕だけれど、正直なところ現実味が薄い。どう反応していいか分からないのだ。

 だからこうして面と向かって言われると、非常に照れくさいのである。

 

「クラネルさん、顔が赤くなっていますがどこか具合が悪いのですか?」

 

「い、いえ!大丈夫ですっ」

 

「そうですか、それならいいのですが…」

 

「そういえば先程ベルさんの言葉の中に出てきた大切な友人って、誰なんですか?」

 

「それはもちろん、シルさんやリューさんのお二人で……あっ」

 

 し、しまった!?シルさんの問いに、つい正直に答えてしまった。

 

「「………」」

 

 恐る恐るシルさんとリューさんの顔を見てみると、二人はぽかんと驚いた表情を浮かべていた。

 まだ会って二週間も経っていない相手から大切な友人だと思われているなんて、流石にひかれたはずだ。すぐに謝らないと…!

 

「す、すみませんっ!今のは、その…!」

 

「えっと、落ち着いてください、ベルさん」

 

「すみません、すみません!いきなり大切な友人だなんて図々しいことを言って……痛っ」

 

 何度も頭を下げて謝る僕の頭に、軽く衝撃が走った。

 顔を上げると、困った顔をして笑うシルさんと胸の前で拳を握っているリューさんが目に入った。

 今の頭への衝撃って、まさかリューさんの拳骨…?そ、そんなはずないよね。

 リューさんの瞳が怖いような気がするけど、き、気のせいだよね。

 

「クラネルさん、少し落ち着きましょう」

 

「は、はい。でも本当に図々しいことを…」

 

「そんなことはないですよ、ベルさん」

 

「でも、シルさん…」

 

「ベルさんの口から大切な友人だと言ってもらえて私、凄く嬉しかったです」

 

「ほ、本当ですか…?」

 

「もちろんですよ。けど控え目なベルさんが私達のことを大切な友人だと言ったときは流石に驚いちゃいました。ふふ、リューもそうよね?」

 

 そう言ってシルさんは隣に座るリューさんに笑いかけた。

 

「私は……いえ、そうですね。クラネルさんに大切な友人だと言われ、柄にもなく驚いてしまいました。もしこれを狙ってやったのなら、クラネルさんは人が悪いです」

 

「い、いえっ!つい思ったことを口にしてしまっただけで…」

 

「もちろん、クラネルさんがそのような方ではないのはわかっていますよ。今のはその…私なりの冗談です」

 

「あはは…リューさんの冗談なんて初めて聞きました」

 

「そうですね。私自身、あまり冗談の類いは好まないので滅多に口にしませんので」

 

「えっ、それならどうして…?」

 

 僕の問い掛けに、リューさんは唇を曲げて目を伏せがちにする。

 そして数瞬の空白の後、リューさんはゆっくりと口を開いた。

 

「……友の言葉を思い出したからでしょうか」

 

「リューさんの友達の言葉、ですか?」

 

「はい。このオラリオで初めて出来た友人に、私はもっと冗談を言った方がいいと言われたときのことを…」

 

 ──リオンの話し方は堅苦し過ぎるわね。そうだ、あたしとの会話だけでもいいから冗談を挟みなさいよ!

 

「…それから自分なりに努力しているつもりですが、あまり結果は芳しくないらしく、何度もその友人に呆れられました」

 

 そのときのことを思い出しているのか、リューさんは小振りな唇を綻ばしていた。

 オラリオに訪れたリューさんに初めてできた友達か。正直、凄く気になる。

 話を聞く限り、リューさんとは正反対な性格みたいだけど…。

 

「あの、リューさん…」

 

 僕はその友達についてもっと尋ねようと思ったけど、寸前で思い止まった。なぜならリューさんの表情が次第に曇ってきたからだ。

 先程の楽しそうな表情とは打って代わり、寂しそうな…悲しそうな表情をするリューさん。

 

「どうかしましたか、クラネルさん?」

 

「いえ、その…何でもないです」

 

「…?そうですか」

 

 リューさんのそんな表情を見てしまったら、聞けるわけなかった。

 それに僕の無遠慮な質問が、リューさんを傷付けてしまう気がしたのだ。

 そんなことを内心で考えていると、シルさんから温かい視線を感じた。

 そんな彼女と目が合うと、シルさんはまるで僕の内心を見透かしたように優しく微笑むのであった。

 

「ふふっ、ベルさんのような人が私とリューの友達で本当によかったです。ねぇ、リュー?」

 

「そうですね。クラネルさんのように心が真っ直ぐな人を友に持てて、心からよかったと思っています」

 

 そう言ってリューさんは笑った。いつも冷静然としたリューさんが浮かべた淡い笑みに、思わず僕は顔を赤くしてしまった。

 

「え、その、えっと…」

 

「クラネルさん?」

 

「うふふ、照れるベルさんも可愛いですね」

 

「…?どうしてクラネルさんは照れているのですか、シル?」

 

「それはリューの言葉のせいだよ」

 

「…?私はただ、素直な感想を口にしただけですが…」

 

「もう、リューは本当に天然なんだから」

 

「天然…?」

 

 シルさんの言葉を聞いて、リューさんは不思議そうに首を傾げた。

 この様子を見る限り、リューさんは天然だ。それもかなりのレベルの。僕は顔を真っ赤にしながら、心の中で戦慄していた。

 

「また顔が赤くなってますよ、クラネルさん。やはりどこか具合が悪いのでは…」

 

「え、いやそのっ、全然大丈夫です!」

 

「それならいいのですが……万が一のことがありますので、今日はしっかり休んだ方がいいですよ?」

 

「わ、わかりました。今日はいつもより早く寝ることにします」

 

 顔を赤くしている僕を見て、どこか具合が悪いのではないかと心配してくれるリューさん。

 実際僕が照れているだけだとわかっているシルさんは、面白そうに僕達の様子を眺めているだけであった。

 

「ふふっ、ねぇリュー。無意識で今の振舞いを続けていくと、そのうち女の子に愛の告白されちゃうかもよ?」

 

「いきなりどうしたのですかシル。後、その冗談はあまり面白くありません」

 

「あ、ひどい。そんなことないですよね、ベルさん?」

 

「えっと…」

 

「クラネルさん、気遣いは無用です。ここはシルのためにも、正直に答えるべきだ」 

 

 にこにこと笑うシルさんと、じっと僕の瞳を見つめるリューさん。

 両方から圧力をかけられた僕は、ただ困った顔をして笑うしかなかった。

 

 その後、ランクアップしたことが他の従業員にも伝わり『豊穣の女主人』は一時お祭り騒ぎになった。

 アーニャさんやルノアさん達にも祝われたり、初めてお酒に挑戦してみたりした。

 ただ、あまりにアーニャさんが騒ぎ過ぎてミア母さんの雷が落ちたときは正直肝が冷えたけど。

 こうして僕は、お店が混んで来るまで『豊穣の女主人』で楽しい一時を過ごしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、その後ホームに帰ったらお酒を飲んだことが一発でアイズさん達にバレた。

 自分では気が付かなかったが、お酒の影響で顔が赤く染まり、身体がふらついていたみたいだ。

 

 うぅ、あのくらいの量で酔ってしまう何て…。どうやら僕はお酒に弱い体質らしい。

 

 そんな落ち込み僕を見て、フィンさんは誰しも初めはそうなるよと優しく笑いかけてくれた。

 ガレスさんは、克服するためにはお酒を飲み続けるのが一番だと豪快に笑い、早速一緒に飲もうと誘ってくれた。

 まぁそのすぐ後に、リヴェリアさんからそれはドワーフの勝手な持論だとばっさり切られていたけれど。

 結局、子どもである僕にお酒はまだ早いということになり、十五になるまではお酒を飲むことを控えることになった。

 

 やはり僕にはまだ、お酒は早かったみたいだ。成長すればお酒に強くなれるのだろうか…?

 そんなことを最後に思いながら、全身に酔いが回った僕はいつの間にか深い眠りに落ちるのであった。

 

 


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