ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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太陽は黒く輝く-前編-

 

 

 『豊饒の女主人』に訪れた翌日の朝。

 昨夜のお酒の影響で起きてしばらくは頭痛に悩まされていた僕は、朝食で多くの人に心配された。

 昨夜の記憶はおぼろげにしか覚えていないが、十五歳になるまでお酒を飲むことを禁止されたのだけは覚えている。はぁ、情けなさ過ぎるだろう、僕は…。

 

 話は変わり、毎日恒例のアイズさんとの訓練は武器が修理中なため今日は中止になった。

 凄く残念だったけど、明日から本格的に始めるから今日はゆっくり休むようアイズさんに言われたので、素直に身体を休めることにした。

 期せずして休養日になった僕は、同じ【ファミリア】の仲間に買い物に誘われ、一緒に出掛けるのであった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「キース、これで買い物は終わり?」

 

「あぁ、わざわざ付き合ってもらって悪いな、ベル」

 

「ううん、気にしないで。僕も楽しかったし」

 

 オラリオに来てまだまだ日の浅い僕にとって、キースとの買い物は純粋に楽しかった。

 【ロキ・ファミリア】の先輩方はみんな優しい人ばかりだけど、まだどうしても緊張してしまうときがある。

 もちろん、緊張せずに話せる人もいる。その一人が僕と同じ新人冒険者であるキースだ。

 入団して半年のキースとは、年齢が近いことや彼の兄貴分な性格のためか、僕達はすぐに打ち解けた。

 あまりオラリオを散策する機会はないので、こうして気の置けない友達と一緒に出掛けるだけで胸が躍る。

 

「ベルはオラリオに来たばかり知らないと思うが、この辺りに美味い料理屋があるんだぜ」

 

「え、そうなの?」

 

「あぁ、時には長い行列ができるほど美味しい店だ。どうだ、行ってみたいだろう?」

 

「うん、行ってみたい!」

 

「よし、それじゃあ急ごうぜ。この時間ならすぐに食べられるはずだ」

 

 こうして、僕とキースはそのお店に向かうことにした。

 

 太陽は真上に輝き、僕達を照らす。

 この時間帯は多くの冒険者がダンジョンに潜っているため人通りは少ない。いつも多くの人で混雑しているため注意して歩いている道も、今は少しくらいよそ見をしながら歩いても、問題ないはずだった。

 

 優しい日常は悪意という存在で簡単に崩れ落ちるのを、僕はまだ知らなかった。

 

「───」

 

「っ!」

 

 キースと話をしながら道を曲がろうとしたとき、いきなり僕の目の前に一つの影が現れた。

 

(危ない、避けなきゃ───!?)

 

 慌てて避けようとした僕だったけど、次の瞬間予期しないことが起きた。

 何と目の前の人影は、僕が避けようとした方に向かって足を進めてきたのだ。

 

「えっ…?」

 

 回避しようと強引に身体を動かしたが、完全に手遅れ。奮闘虚しく、目の前の人影にぶつかってしまう。

 ガシャンッ!と派手な音が鳴り、何かが割れる音が聞こえた。その音に反応して咄嗟に足元を見れば、濡れた地面に粉々になった酒瓶が転がっていた。

 

(まさか、今の衝突で…!?)

 

 僕がぶつかったせいで相手がお酒を落としてしまったことを理解した瞬間、顔が真っ青になっていくのを感じた。

 

「す、すみませんっ!あの、大丈夫で───」

 

 相手の行動に腑に落ちない所もあったけど、ぶつかった原因は注意不足だった僕にある。だからすぐに頭を下げてぶつかったことを謝った。

 そして怪我はないか尋ねようしたけど、それは叶わなかった。

 

 ───なぜなら、いきなり途方もない衝撃が僕の腹を襲ったからだ。

 

「ぐっ!?」

 

 突然のことに混乱したけど、腹に膝を打ち込まれたことだけは理解できた。

 

(どうしてっ!?)

 

 それ以上を思考することは許されなかった。

 地面に身体を浮かされた僕は、直感に従い両腕で顔をガードする。

 その一瞬後、顔面に向かって飛んできた拳がガードした両腕に叩き込まれた。

 

「ベル!?」

 

 キースの叫び声が聞こえたが、それに反応する余裕はなかった。

 衝撃に逆らわずに後ろへと跳んだ僕は、身体の体勢を崩さずに後方に着地する。

 顔を上げた僕の目の前に立っていたのは、冷ややかな笑みを浮かべる長身の青年だった。

 

「ふん…腐っても【ロキ・ファミリア】の一員か」

 

 そのヒューマンはエルフにも負けないくらい美青年で、金属のイヤリングを始めとした、様々なアクセサリーを派閥の制服の上から身に付けていた。

 一度見たら忘れることはないほど印象的に残る人物だけど、今まで会った記憶はなかった。

 

「貴方は、一体…?」

 

「お前は…【アポロン・ファミリア】団長、ヒュアキントス…ッ!!」

 

 ヒュアキントスという名前は初めて聞いたが、【アポロン・ファミリア】は知っている。昨日の話を聞いた限り、あまりいい印象は持っていなかった。

 

「そう大声で叫ぶな。品性を疑われるぞ?」

 

「お前ぇ…!いきなりベルを殴って、どういうつもりだ!?」

 

「殴った?馬鹿を言うな、まだ軽く撫でただけだ」

 

「お前ぇ…ッ!!」

 

 怒りで身体を震わすキースを見て、ヒュアキントスは冷ややかな笑みを浮かべた。

 その笑みのあまりにも冷たさに、ビクッと僕の身体は震えてしまう。

 

「勘違いしているようだが、こうなった責任の所在はそちらにある」

 

「なに?」

 

「先程の衝突でアポロン様に捧げる大切な酒瓶が駄目になってしまった。あぁこの罪は重いぞ、三下共」

 

 細められた碧眼の奥で、嗜虐的な光が浮かぶのを僕は確かに見た。

 

「酒瓶一つ割れたくらいで何を言ってやがる。そんなに大切なものならしっかり持ってろッ!」

 

「ふん、どうやら頭が悪いらしいな。面倒だが仕方あるまい、ここは冒険者の先輩として教育を付けてやろう」

 

「ッ!?キース、逃げて!!」

 

 悪寒を感じた僕はそう叫んだが、遅かった。

 キースが全く反応できないほどの速さで接近したヒュアキントスは、流れるような動きで彼を地面に投げ付けたのだ。

 

「がっっ!?」

 

「キースッ!?」

 

 思いっきり地面に叩き付けられた仲間の姿を見て、カッとなった僕は相手に向かって駆け出す。

 こちらに背中を向けるヒュアキントスに突っ込んだが、その背が突然ブレた。

 

(躱された──ッ!?)

 

 あっさりと突撃を躱された僕は、怒りで沸騰した頭が一瞬で冷えていくのを感じた。

 

「遅い」

 

「っ!」

 

 回避してすぐ僕に向かって鋭い蹴りが飛んできた。致命的な隙を狙って繰り出された攻撃を避ける術はない。

 無防備な横っ腹に蹴りを入れられた僕は、そのまま蹴り飛ばされた。

 

「~~~ッッ!?」

 

 何とか受け身はとったが、すぐには立ち上がれないほど痛みが走る。

 そんな僕を見て、彼は鼻を鳴らして嘲笑っていた。

 

「ふん、弱いな。どうしてアポロン様はこんな奴を…」

 

「ベルッ!?くそっ、よくもやりやがったな!」

 

 怒声を上げながら立ち上がったキースは、敵に向かって何発も拳を繰り出した。

 だが、当たらない。敵との実力差は明らかだった。

 

「こんなものか───ふッ!」

 

「がっ!?」

 

「キースっ!?」

 

 強烈な回し蹴りを喰らったキースは、そのまま吹き飛ばされた。

 

「ぅっ、ぐっ…」

 

「何だ、まだ意識があるのか。これは教育し甲斐があるな」

 

「っ!止めろッ!?これ以上キースに手を出すなッ!」

 

「…手を出すな、だと?」

 

 次の瞬間、先程以上の速度でヒュアキントスの姿が霞んだ。

 一瞬で僕の前に移動した彼は、恐るべき速度で拳を繰り出してきた。

 

「くっ!?」

 

 アイズさんとの訓練の成果が出たのか、紙一重でそれを避ける。

 だが、敵の攻撃は止まらない。呼吸するのを忘れるほど回避に意識を割くが、それも長くは続かなかった。

 顎への一撃を躱し切れず、視界が揺れる。やばっ、と思ったときには勝負はついていた。

 

「がっっ!?」

 

 腹に一撃喰らって前のめりになった僕の頭に、容赦なく踵を落とされる。

 それをもろに喰らった僕は、顔面から地面に叩き付けられた。

 激痛が走ったけど、動けないほどのダメージではない。

 すぐに立ち上がろうとしたけど、何故か地面が揺れているため、上手くいかない。

 

(違う、地面が揺れているんじゃない。僕の視界が揺れているんだ) 

 

 さっきの一撃が頭に響いているのか、視界の揺れが酷い。悔しいけど、それが収まるまでは起き上がれそうになかった。

 

「その程度で吠えるな。思わず殺したくなる」

 

 憎悪がにじみ出た言葉を頭上から投げ掛けられる。

 痛みで表情を歪ませながらも何とか顔を上げると、今までに見たことのないほど冷たい瞳が目に入った。

 

「あ───」

 

 僕はオラリオに来て、多くのモンスター達と戦ってきた。初めはモンスターが発する殺気に恐怖を感じるときもあったけど、今は恐怖を感じることはなくなった。

 敵から殺意を向けられることに慣れた僕は、相手が僕のことを殺そうとしていても怯むことはなくなったのだ。

 そのときは心が強くなったんだと思い、凄く嬉しかった。

 

 でも僕は、本物の殺意がどういうものなのかを全く知らなかった。

 

(───恐い)

 

 初めて本物の殺意を向けられた僕の身体は、恐怖という感情に支配されるのであった。

 

 

 

 


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