ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
殺意に満ちた瞳が僕を見下す。僕の身体は、氷ついたように固まってしまった。
「このくらいの殺気で怯えるとは、話にならんな」
恐いという感情が顔に出ていたのか、ヒュアキントスは僕のことを嘲笑ってきた。
僕は恐怖に震えながらも、口を開く。
「どうして、こんなことを…?」
「どうしてだと?それはお前がアポロン様に献上する酒を台無しにしたからだ」
ぶつかった僕が悪いのは確かだけど、ヒュアキントスの理屈は無茶苦茶過ぎる。
そのお酒がどれだけ大切なものかはわからないけど、ここまでしていい理由にはならないはずだ。
ぶつかった僕はともかく全く関係ないキースにまで手を上げるなんて、あまりにも理不尽過ぎる。
「…ぶつかったのは、本当に悪いと思っています。駄目にしてしまったお酒の代金も弁償します。だから、これ以上仲間を傷つけるのは止めてください!」
「そうだな…私も鬼ではない。きっちり弁償してくれるならこの怒りを鎮めるとしよう」
その言葉に、僕は両目を見開く。
「本当、ですか…?」
「あぁ、嘘は言わん」
瞳の奥に暗い感情があるのは気になったが、嘘は吐いていないと自分の直感が告げていた。
もうこれ以上友達が傷つく姿を見たくなかった僕は、彼の言葉に従うことにした。
「それで、いくら払えば…」
「一億ヴァリスだ」
「えっ…?」
聞き間違いだと思った。いや、聞き間違いだと思いたかった。
「お前のせいで落とした酒は『
「『
「本来なら手に入れることは不可能な品物だが、幸運なことに【ソーマ・ファミリア】から格安で譲ってもらったのだ。まぁ、それでも一億ヴァリスはしたがな」
【ソーマ・ファミリア】──確かロキ様から聞いたことがある。
ロキ様が大好きなお酒で、普通の商品とは比べ物にならないくらい値段が高いらしい。
だが、それでも常識の範囲内であったはずだ。一億ヴァリスもするなんて聞いたことが──。
「言っとくが、一般的に販売されている【ソーマ・ファミリア】の酒とは別物だぞ」
「っ!」
疑念が顔に出ていたのか、ヒュアキントスは『
「一般的に売っている酒は失敗品だ。全ては『
そんな、馬鹿な。お酒一本で本当に一億ヴァリスするというのか…?
一億ヴァリスなんて大金、僕なんかが払えるわけない。一体、どうすれば…。
「もちろん、払ってくれるだろう?」
嗜虐的な光が宿った瞳が、僕を冷たく見下ろす。
「そ、それは…」
「まさか払えないというのか?」
「…すみません。そんな大金、持っていません」
僕は震えながら、そう言うしかなかった。
「何だと?まさかこのまま責任逃れするつもりか?」
「そんなことは…!」
「ふん、どうだかな。だが【ファミリア】の権力を使われて踏み倒されるのも面倒だ。特別にこちらが譲歩してやろう」
譲歩───本来なら救いのある言葉だが、残虐性が帯びたヒュアキントスの顔を見る限り、そうは思えなかった。
「私と一対一で戦え、ベル・クラネル」
一対一で戦う…?彼の提案があまりにも突拍子過ぎて意味が解らなかった。
「その決闘で私に勝てたら今回の件は不問にしてやる」
「っ!本当、ですか…?」
「あぁ、何なら準備期間として数日くれてやる。どうだ、好条件だろう?」
確かに好条件だ。ヒュアキントスは強いが、アイズさんよりは弱い。それは少し戦っただけでもわかる。絶対に敵わない相手ではない…はずだ。
「わかりました。その提案、受け───」
「待て、ベル!」
僕がその提案に頷こうとしたとき、キースの叫び声が聞こえた。
振り返って見ると、お腹を押さえて立ち上がるキースの姿があった。
「キース、怪我は大丈夫なのっ!?」
「あぁ、何とかな。それよりもその提案は罠だ。絶対に受けるな、ベル」
「わ、罠…?」
「ふん、罠とはなんだ。こちらがこんなに譲歩しているというのに」
「それじゃあ聞くが、その決闘でお前が勝ったらベルに何を要求するつもりだ?」
「チッ…」
キースの言葉に、忌々しそうに舌打ちするヒュアキントス。
そうだ、僕が勝ったら今回の件は不問にしてくれると言ったけど、負けた場合どうなるかは何も言っていない。
気が動転していたせいか、そこまで気付かなかった。
「僕が負けた場合、一億ヴァリスを払えばいいんですか…?」
「それだけなら、あまりにもお前に都合が良すぎだろう。なぁ、ベル・クラネル?」
この人、どうして僕の名前を…?彼とは一度も会ったことはないのは間違いないはずなのに…。
何だか、凄く嫌な予感がした。
「俺が勝者になった暁には一億ヴァリスに加え、ベル・クラネル──お前の身柄を要求する」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「なっ、ベルを引き抜くだとっ!?まさかお前、最初からそれを狙って、この状況になるよう仕組んだのかッ!」
「っ!」
(まさか、あのときの不自然な行動は…!)
今の状況が全て仕組まれたことならば、あのときのヒュアキントスの行動も腑に落ちる。
彼とぶつかる直前、僕は咄嗟に避けた。だけど僕が避けた方向に、ヒュアキントスは突っ込んできたのだ。
(…あれは、偶然じゃなかったんだ!)
初めから僕と衝突することを狙って、わざとぶつかってきた。
そしてヒュアキントスはお酒を落とし、その責任を僕に擦り付けた。
全てはこの状況に持ち込むために──。
「憶測で物を言うな、三下。もう一度潰してやろうか?」
「くっ!」
ヒュアキントスに睨まれたキースは、悔しそうに声を漏らす。
彼の言う通り、証拠がない。悔しいけど、今のはあくまで僕達の推測に過ぎないのだ。
「それにお前は勘違いしているようだが、ベル・クラネルを移籍させるのは私にとっても不本意なことなのだぞ」
「それなら、どうしてベルを引き抜こうとするんだ!?」
「ふん、少しは足りない頭で考えてみたらどうだ?さて、貴様の答えを聞かせてもらおうか、ベル・クラネル?」
「そ、それは…」
この人に勝てる可能性はあると言ったけど、それはあくまで可能性の話だ。
一対一で戦った場合、おそらく僕は負ける。何回も、何十回も戦えば勝てるかもしれないが、勝負は一度きりだ。
アイズさんの強さは手が届かない強さ。そしてヒュアキントスの強さは手が届く強さだ。だが、どちらも僕より強いのは変えられない事実だ。
自分より強い相手に必ず勝てると断言できる人なんているはずがない。
そして、その一戦で負けた瞬間もう僕は【ロキ・ファミリア】所属じゃなくなる。
そう、アイズさん達と一緒に居られなくなるのだ。
そんなの…絶対に嫌だ…!!
「僕は…この決闘を…」
「あぁ言い忘れていたが、もしこの提案に乗らないようなら、今すぐ一億ヴァリスを払え」
「えっ…そ、それは無理です」
「そうか、ならば今から【ロキ・ファミリア】のホームに赴いて、愚かなる団員の代わりに一億ヴァリスを払ってもらうとしよう」
「それだけはっ!…それだけはやめてください」
「それが嫌なら、どうすればいいのかわかっているだろう?」
【ロキ・ファミリア】に居られなくなるのは嫌だ。アイズさん達と別れるなんてもっと嫌だ。
…でも、それは僕の我が儘だ。僕の身勝手な行動で、ロキ様やフィンさん達に迷惑を掛けるわけにはいかない。
それに元はと言えば、僕がもっと注意して歩いていればこんなことにはならなかったはずなのだ。
…今の僕に取れる行動は一つだけであった。
「…わかりました、その勝負受けます」
「早まるな、ベル!団長に事情を話せばきっとどうにかな──!」
「部外者は黙っていろ。私は今ベル・クラネルと話しているんだ」
「部外者じゃない!ベルは大切な俺の仲間だッ!」
「キ、キース…」
こんなときだけど……いや、こんなときだからこそ。
キースのその言葉は涙が出るほど嬉しかった。
「情けないかもしれないが、ここは団長達を頼るべきだ!団長達が出てくればこいつも今みたいなでかい態度を取れなくなる!」
「ふん、見下げた根性だな。虎の威を借りるなんて情けないと思わないのか?」
「あぁ、本当に今の俺は情けないさ。だが、友を失うよりマシだ!」
「キース、僕は…」
確かにフィンさん達に事情を話せば、どうにかなるかもしれない。
でも確実に【ファミリア】のみんなに迷惑をかけることになる。
フィンさん達に縋り付きたい気持ちと、迷惑をかけるわけにはいかないという気持ちが僕の心で激しくぶつかり合う。
だけど、僕が迷っていられるのも数秒だけであった。
「はぁ、茶番はもういい」
「茶番だと…?」
「あぁ、茶番さ。もうベル・クラネルから決闘の承諾はもらったのだ。【勇者】達が今更出て来てもどうにもならない」
「何を言ってやがる!さっきの承諾は無効に決まっているだろう!ベル、改めて決闘を拒否するんだッ!」
「だから言っているだろう───もう遅い、と」
そう言うと、ヒュアキントスは指を鳴らす。
すると僕達の前に、冒険者が十人ほど現れた。
「すでに言質は取った。そして証人は私以外にもこれだけいる。今更撤回するのはもう不可能ということだ」
「お、お前ら…ッ!」
「感謝するぞ三下。もしベル・クラネルと一緒にいたのが【勇者】や【剣姫】だったらこうは上手くいかなかっただろうからな」
「…黙れ」
「アポロン様が考案された【ロキ・ファミリア】対策は完璧だ。一番の鬼門だったベル・クラネルの承諾を得ることができた時点で、もうお前達は詰んでいるのだ」
「…黙れッ!」
「お前のような雑魚と
「黙れぇぇッ!!」
「駄目だ、キースっ!?」
殴りかかろうと敵に向かってキースは駆け出して行く。
視界の揺れがようやく収まった僕は、すぐに身体を起こし駆け出そうとした。
「ふん、単調な動きだな…ハッ!」
「あぐっ!?」
しかし、そんな僕を嘲笑うかのようにヒュアキントスは既に動き始めていた。
キースの懐に潜り込んだ敵は、容赦なく彼を地面に叩き付けたのだ。
「さて、寝るのはまだ早いぞ三下」
「っ!?もう止めてくださいっ!」
地面に叩き付けられたキースに追撃しようとしているヒュアキントスを見て、僕は無我夢中で叫ぶ。だが、彼は止まらない。
「何を言っている、先に手を出したのはそちらの方だろう。私がお前の言葉に従う理由はどこにもない」
残虐な笑みを浮かべてそう言い放つと、地にうずくまるキースをまるでボールのように蹴って遠くに飛ばす。
「ガッッ!?~~~~ッ!?……う……あぁ………」
そして遠く離れた壁にぶつけられたキースは、その衝撃で意識を失ってしまったのかピクリとも身体を動かさない。
「キースッ!!」
「なんだ、あれくらいで気を失ったのか。だが私の気が済むまでお前にはまだ付き合ってもらうぞ」
(そんな、もうキースは気を失っているのに…っ!)
ヒュアキントスは、キースに向かってゆっくりと歩いていく。これ以上攻撃を加えられたらキースが本当に死んでしまうと感じた僕は、無意識のうちに叫んでいた。
「───絶対にっ!」
「ん?」
「絶対に先程の承諾を撤回したりしません!」
「ほう…」
「だからお願いします…!必ず決闘は受けますから、もうキースには手を出さないでください…っ!」
「…フン、いいだろう。だがお前の仲間が犯した無礼、きっちり償ってもらうぞ」
それでこれ以上キースが傷付かないで済むなら、もう何でもよかった。
「わかりました。それで、一体僕は何をしたら…」
「地面に頭を擦りつけながら謝罪しろ、ベル・クラネル」
「そ、それは…」
「どうした、こんなこともできないのか?言っておくが、私の気はあまり長くないぞ?」
ヒュアキントスはそう言うと、地面に横たわるキースを踏みつけようとする。
…もう、素直に従うしかなかった。
「…本当にすみませんでした」
僕は地面に座り、ヒュアキントスに向かって頭を下げた。
「それが謝罪か?私は地面に頭を擦りつけながら謝罪しろと言ったのだッ!」
「っ!?」
頭に手を置かれたと思ったら、思い切り地面に叩きつけられた。
痛い…それに、額から温かいものが流れていくのを感じる。どうやら今ので額から血が出てしまったみたいだ。
だけど、傷の心配をする余裕はなかった。
「どうした、早く謝罪をしろ!」
「っ…本当に、申し話ありませんでした…ぐっ!?」
「声が小さくて聞こえないなぁ、もう一度やり直しだ」
ゴシゴシと顔を地面に強く押し付けられる。苦しい、痛い。それでも今は従うしかない。
「本当に、本当に申し訳ありませんでした…!!」
「ふん、無様だな。だが、まだまだお前には───っ!?」
それはあまりにも突然だった。
頭上で何かが炸裂する音が聞こえた。
その音に続くように、青年の手が僕の頭の上から離れた。
「くそっ!」
初めてヒュアキントスの焦った声が聞こえた。
自由になった頭を上げると、彼が慌てた様子で後方へと跳んでいくのが見えた。
(一体、何が…?)
頭が上手く働かないまま、僕は辺りをぼんやりと眺める。
そんな僕の視界に映ったのは、大きな紙袋を片手に抱えたエルフの女性だった。
「リュー、さん…?」
いつもと違う雰囲気を身に纏っていているリューさんを見て、僕は戸惑いを隠せなかった。
憤怒に染まった空色の瞳は、敵を真っ直ぐ見据えているのであった。