ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~   作:リィンP

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疾風vs太陽

 

「っ!?」

 

(馬鹿なっ、攻撃されたッ!?)

 

 突然の痛みが腕を襲う中、ヒュアキントスは本能的に何が起こったのかを理解する。恐ろしい速度で飛んできた何かが自分の腕に直撃し、木っ端微塵に砕け散ったのだ。

 

(クソ、油断したッ!)

 

 ヒュアキントスは痛みを無視してすぐにベルの頭から足を退けて、後ろへと跳ぶ。回避行動を取ったヒュアキントスに向かって、いくつもの真っ赤な砲弾が投擲させる。

 

「なっ!林檎だとッ!?」

 

 林檎で狙撃されていることに驚愕を隠せなかったヒュアキントスだが、身の危険を感じてすぐに迎撃態勢に移行した。後ろに飛びながらも短刀を構えたヒュアキントスは、自分に向かって恐ろしい速さで投げつけられる林檎を撃ち落としていく。

 

(一体誰だ!?まさか【ロキ・ファミリア】の連中かッ!?)

 

 襲撃者の姿を探すヒュアキントス。そして彼は見た───自分に向かって林檎を投げつけるウエイトレスの格好をした女性の姿を。

 その女性───空色の瞳を持つエルフは、ゾッとするほど冷たい表情をヒュアキントスに向けていた。

 

(このエルフ……初めて見るが、状況から察するに奴はベル・クラネルの仲間なのは間違いないはずだ)

 

 ヒュアキントスは高速で頭を回転させ、目の前のエルフの正体を考える。

 彼が秘密裏に調査した限り、標的(ベル)の側にいることが多いエルフの冒険者は二人のみ。第一級冒険者である【九魔姫(ナイン・ヘル)】と第二級冒険者である【千の妖精(サウザンド・エルフ)】だけだ。

 もちろん【ロキ・ファミリア】には他にも実力の高いエルフは存在する。ヒュアキントスも警戒対象となりうる者の顔と名前を覚えているが、どうしても眼前のエルフに見覚えがなかった。

 

(どういうことだ…?今の投擲を見た限り、少なくとも奴はLv.3のポテンシャルは持っているのは確かだ。だが、Lv.3以上の構成員は全て把握しているが、奴の正体に繋がる情報は一つもない…)

 

 一瞬の間にそこまで考えたとき、ヒュアキントスは重要なことを思い出した。

 

(いや、【ロキ・ファミリア】の団員がこの二人を除いて近くにいないことは仲間に見張らせて確認済のはずだ)

 

 ヒュアキントスを始め【アポロン・ファミリア】はこの作戦を確実に成功させるため、事前にいくつもの準備を行っていた。

 追跡が得意な仲間をベル・クラネルにつけ、彼が一人になるとき、また一人ではなくてもLvが低い相手と一緒になるときを見張っていたのだ。

 ヒュアキントスは傲慢であっても、馬鹿ではない。自分達の力量は弁えている。よって、第一級または第二級冒険者が近くにいる状況で、標的に手を出すのはあまりに無謀過ぎる行為だと自負していた。

 彼は狡猾にも、ベルの周りにアイズやリヴェリアなど高位の実力者がいない瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。

 

(配置した仲間達には【ロキ・ファミリア】の団員…特に上級冒険者が近くにいないことだけは入念に確認させた。つまり奴は【ロキ・ファミリア】の者ではない)

 

 自分にいきなり攻撃を加えてきたエルフが【ロキ・ファミリア】の団員ではないことがわかったのはひとまず僥倖である。 

 しかも自分が初めて見るということは、有名な【ファミリア】の団員ではない。おそらく【アポロン・ファミリア】よりも劣るところだろう。それなら奴を潰したことで相手の【ファミリア】の怒りを買っても問題はない。

 

(───つまり、目の前のエルフはそこまで高位の冒険者ではない可能性が高い)

 

 いきなりの不意打ちで、相手の力量を過大評価してしまったのだろうと当たりをつける。

 

(万が一自分と同程度のステイタスを持っていても、こちらは武器を持っているのに対し相手は見る限り丸腰だ。クク、ふざけた投擲が終わったときが奴の最期だ…ッ!)

 

 ヒュアキントスの考えが纏まったとき、リューの投擲が止んだ。彼女の手元を見れば、たくさんあった弾丸(リンゴ)のストックが切れてしまっている。 

 

(ようやく投擲が止んだ…これで近接戦闘に持ち込めば私の勝ちだッ!)

 

「私に傷を付けるとは……貴様ァ、絶対に楽には殺さんぞ…ッ!」

 

 最初に投擲を受けた箇所を苦々しく見つめた後、ヒュアキントスは眼前のエルフを睨む。

 プライドを傷つけられ怒りに燃えるヒュアキントス。しかし、激怒しているのは相手も同じである。

 

「それはこちらの台詞だ、【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】。友を傷付けた罪、その身で償ってもらうぞ」

 

 冷徹な空色の瞳の中には、抑えきれない怒りの炎がはっきりと浮かんでいる。

 その迫力に、ヒュアキントスを除く【アポロン・ファミリア】の団員達が怖じ気付く。

 下級冒険者が本気で怯えるほど、今のリューは激怒していた。

 

(チッ、臆病者共め。このくらいで殺気で怯えては話にならないではないか。やはりここは私が出るしかないようだな)

 

「お前達は下がれ。このエルフの女は私が相手をする」

 

(絶対に取り逃がさぬよう団員たちには奴を取り囲んでもらいたかったが、こうなってしまっては仕方あるまい)

 

 そんなヒュアキントスたちの様子を黙って見ていたリューは、おもむろに口を開く。

 

「別に全員で挑んでも私は構わない。どうせ貴方達では束になっても、私に敵わないのだから」

 

「フン、粋がるなよエルフ。貴様など私一人で十分だ。今すぐそこの男と同じ運命を辿らせてやろう…ッ!」

 

 両者の殺気は痛いほど高まり、場は緊迫の雰囲気に包まれる。

 

「だ、駄目です、リューさん…!彼は……っ!」

 

 ようやく立ち上がることができたベルは、今にも戦おうとするリューを止めようと必死に声を上げる。

 

(彼は本当に強い……もしリューさんまでキースと同じ目にあったら…!)

 

 リューの身を案じるベルであったが、それが杞憂であることは彼女自身が知っていた。

 

「安心してください、クラネルさん。すぐに終わらせますから、貴方はそこで見ていてください」

 

 ヒュアキントスと向き合ったまま、リューは微塵も不安を感じさせない声音で答える。

 

「でも……ッ!」

 

 心配いらないことを伝えても、自分を止めようと声を上げるベル。自分の身を心から案じるベルに安心させるよう、リューは彼に優しい視線を向ける。

 

「大丈夫ですよ、クラネルさん。今は私を信じてください」

 

「リュー、さん…」

 

 冷たいながらもどこか優しさを感じさせる空色の瞳を見て、ベルの心から不安は消えていく。ベルは本能的に察したのだ───彼女の強さを。

 

「よそ見とは余裕だな、エルフ!」

 

 そんなリューとベルのやり取りを隙だと捉えたヒュアキントスは力強く地を蹴る。そして彼は地を駆ける中、武器を短刀から愛用の波状剣に持ち替える。

 

(まずは足を狙って機動力を削いでやろう。そうすれば奴も逃げられまい)

 

 残虐な笑みを浮かべ、波状剣を低く構えながら地を駆けるヒュアキントス。敵の動きに反応して、リューも無手のまま静かに構える。

 

(フン、武器なしで俺に挑むとは馬鹿なエルフだ)

 

 自信に満ち溢れた態度を見て暗器でも隠し持っているのではないかと警戒していたヒュアキントスからしたら、正直リューの行動は拍子抜けだった。

 そしてリューが自分の間合いに入った瞬間、ヒュアキントスは敵の足を狙って波状剣を斬り上げる。

 

(───その足、もらった!)

 

 斬撃を放った瞬間、そう確信したヒュアキントス。しかし、彼は大切なことを見誤っていた。

 

「──」

 

(なっ、避けられた!?)

 

 手応えはなかった。ヒュアキントスが放った斬撃をリューは危な気もなく避けたのだ。絶対に自分の攻撃が決まったと思っていたヒュアキントスは、その事実に一瞬思考が止まる。その致命的な隙を逃すほど、リューは甘くなかった。

 

「がっ!?」

 

 ヒュアキントスの懐に潜り込んだリューは、回し蹴りを放つ。恐るべき速度で繰り出された蹴りをヒュアキントスは避けることができず、そのまま後ろにブッ飛んでいく。

 

(くそ、油断した!?まさか奴がこれほどまでに強いとは…。だが、奴は丸腰だ。油断さえしなければ十分勝てる相手のはず──)

 

 後ろに吹き飛んだヒュアキントスは、地面に片膝を着いて慢心を消す。

 しかしその隙はリューに攻撃の機会を与えてしまっていることに、慢心しきっていたヒュアキントスは気付かない。

 

(なっ、はや──ッ!?)

 

 リューの姿が高速でブれ、ヒュアキントスの視界から消える。Lv.3である自分の動体視力でも捉えきれない速度に慄きながらも、ヒュアキントスは必死に喰らい付く。だが、Lv.4の敏捷(あし)を持つリューを捉えることは叶わなかった。

 

「ガッッ!?」

 

 完全に自分を見失っているヒュアキントスの背後に回り込んだリューは、再び回し蹴りを喰らわせる。

 もろに彼女の蹴りを背中に受けたヒュアキントスは、苦痛の声を上げながらまたしてもブッ飛んでいく。しかし、彼女の攻撃は終わっていない。飛んでいくヒュアキントスの行く手に先回りしたリューは、彼の腹に向けて再び蹴りを繰り出した。

 

「あがっ!?うぐ、ゲホッゲホッ!」

 

 地面の上で身体を丸め、リューに蹴られたところを手で押さえて嘔吐くヒュアキントス。

 彼はここに来てようやく、眼前のエルフが自分より強いことに気が付いた。

 

(くそっ、この強さ…奴はLv.4か!?だが幸い数の利はこちらにある。先程は奴の殺気で怖気づいているようだったが、それでも私自らが選んだ先鋭達だ。いくら奴がLv.4でも、この数で取り囲めば勝てるわけ───)

 

「一つ聞きます、貴方はクラネルさんに謝るつもりはありますか?」

 

「なに?」

 

 仲間を呼ぼうとしたヒュアキントスの行動を遮るように、リューは冷たく見下ろしながら問い掛ける。

 

「クラネルさんに心から謝罪する気持ちがあるのなら、これで手打ちとしましょう。私も弱い者いじめが好きな訳ではありませんから」

 

「なに…?弱い者、いじめだと…?」

 

 ───アポロン様の寵愛を受ける者は、絶対に強者でなくてはいけない。弱者はアポロン様の眷族として相応しくない。そう考えるヒュアキントスにとって、今のリューの言葉は彼の逆鱗に触れた。

 

「この俺が…アポロン様の寵愛を受けるこの俺が…弱い、だと…ッ!!」

 

 最大級の殺意に満ちた瞳でリューを睨みながら、ヒュアキントスは立ち上がる。あまりの怒りに身体の痛みが全て吹き飛んでいるのか、まったく痛みを感じなかった。

 

「舐めるなッ!まだ勝負は始まったばかりだ…ッ!!」

 

「そうですか、それは残念です。クラネルさんに謝るつもりもないのですね?」

 

「フン、誰があんな雑魚に謝るものか!貴様もアイツと同じように地べたに這いつくばらせて──ッ!?」

 

 ヒュアキントスの言葉を遮るように、殺気が込められた鋭い蹴りが顔面に放たれる。

 

(くっ、やはり速い…がもらったッ!)

 

 ヒュアキントスは必死に首を捻らせて避けながらカウンターで剣を振るう。

 しかしリューは蹴りを放った後、瞬時に身体を回転してその攻撃を避ける。

 虚しく空を切ったヒュアキントスの剣の一撃に対し、リューの蹴りの一撃はヒュアキントスの頬を掠め、パックリと切れた傷口から血が流れる。

 

(馬鹿な、今のはあえて顔を狙うよう誘導したのだぞ!?あらかじめ予測できた攻撃なのに完全に避けきれず、おまけに本命のカウンターは掠りもしないだとッ!!)

 

「はぁ…これほど簡単に相手の挑発に乗ってしまうのは冒険者として失格ですね」

 

(こいつ、私の狙いに気付いた上でわざと挑発に乗ってきたのか!?)

 

 内心で驚愕するヒュアキントスに、リューは冷たく言い放つ。

 

「しかし挑発とはいえ、これ以上友を侮辱する発言を許すつもりはない」

 

「く、クソが!」

 

「仲間を呼ぶのでしたらどうぞ。貴方程度の実力では絶対に私に勝てません」

 

「チッ、舐めるな──ッ!」

 

 リューの挑発に見事嵌まってしまったヒュアキントスは、自分から数の利を捨ててしまう。冒険者はどんなときにでも冷静であるのが鉄則。よって冷静さを失った時点で、ヒュアキントスに残っていた僅かな勝機も完全に潰えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、勝負に絶対という言葉はない。

 

「………雑魚が」

 

 その言葉を象徴するかのように、眼下の戦闘を見下ろしていた一つの人影が行動を開始するのであった。

 

 

 

 

 






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