ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
鬼のような形相をしたヒュアキントスが、リューに何度も斬りかかっていく。
だが一撃足りとも当たらない。
全力で放った無数の斬撃は虚しく空を斬るだけで、彼の攻撃がリューを捉えることはなかった。
(クソッ、奴は防具を着ていないんだ!たった一撃……一撃でも当たれば奴の動きは鈍るはずなのに…ッ!)
焦るヒュアキントスの心を見透かすように、リューは冷たく言い放つ。
「そのような半端な剣技では、私を捉えることは不可能です」
「っ!図に乗るなッ!」
リューの冷静な指摘にカッと頭に血が上ったヒュアキントス。そして怒りそのまま、大振りで放たれた雑な一撃をリューが見逃すはずなかった。
「フッ!」
雑になった攻撃を回避して懐に潜り込んだリューは、勝負を終わらせるため全力の蹴りを彼の腹に叩き込んだ。
「~~~ッッッ!?」
Lv.4の本気の蹴りが直撃し、ヒュアキントスの肋骨が音を立てて軋む。運が良くて骨に罅、最悪折れていることだろう。
「私はいつもやり過ぎてしまう。だが、貴方相手ならそれを気にする必要もない」
「ッッ…許さん…ッ!許さんぞ貴様ァ…!!」
「…思ったよりもタフですね」
普通ならすぐには立てないほどの激痛だが、ヒュアキントスは顔を真っ赤にして立ち上がる。その様子を見て腐ってもLv.3かとリューは感心していたが、それがまたヒュアキントスの怒りを加速させた。
「黙れッ!ここまで私を虚仮にした奴は貴様が初めてだ…!!絶対に、絶対に許さんぞッ!」
「それはこちらの台詞だ。私の友人をここまで侮辱し、傷付けた罪…今さら謝ろうと絶対に許しはしない」
怒り狂う傷だらけのヒュアキントスと、静かな怒りを身に纏う無傷のリュー。
誰が見てもヒュアキントスの敗北は明らかであったが、彼の仲間は助けに入ろうとしない。いや、できないと言った方が正しいか。
自分達の団長が手も足も出ないのを目の当たりにして、本能的に何人束になっても敵わないと悟ってしまったのだ。
これが苦戦程度なら彼らも団長を助けようと戦闘に介入したはずだが、あまりにも圧倒的なリューの実力を見て足が竦んでしまったのだ。
そしてベルは───。
(───強い。これが、リューさんの実力……)
彼女の圧倒的な強さを目の当たりにして、ベルの心は複雑であった。
もちろんリューが自分と同じように傷付かなかったことはホッとした。自分では敵わなかった相手を、簡単に翻弄する姿にはカッコイイと思った。自分のためにいつも冷静な彼女があそこまで怒ってくれたことに胸が熱くなった。
だけど同時に思ったのだ───僕は何て情けない存在なんだろう、と。
(あぁ僕は……あのミノタウロスに勝って、自惚れていたのかもしれない)
初めて『冒険』をしたあの日、強敵を自分の力だけで倒したことで弱い自分と決別した。
Lv.2になって、
しかし自信と過信は紙一重だ。
どんな高潔な人間でも、心の片隅に過信は存在する。
そしてベルにも、胸に抱いた自信の中に過信が混じっていた。
(もう僕は
Lv.2になったことで無意識に浮かれていた自分の心を叱咤する。そして、改めて強く願う。
(もっと強くなりたい。もう二度と、今日のような思いはしたくない…っ!)
強き意志が灯った紅の瞳が見つめる中、戦闘は今にも再開しようとしていた。
しかし、ここで誰もが予想していなかったことが起こる。
「───そこまでだ」
「「っ!?」」
ヒュアキントスとリューの間に音もなく一人の
「なっ、どうしてお前がここに…ッ!?」
突然現れた乱入者の顔を見て、ヒュアキントスは酷く驚いているようであった。
そんな彼の様子に疑問を覚えながらも、リューは警戒しながら突然現れた黒と灰の毛並を持つ
そしてリューも彼の正体に行き着き、驚愕から瞠目する。
(ッ!なぜ【
リューの記憶が確かなら、目の前の青年は都市最大派閥である【フレイヤ・ファミリア】の幹部の一人である。
Lv.はリューより二つ上のLv.6。もし戦闘になれば、ヒュアキントスとは違い厳しい戦いになることは明らかだ。
(一線を退いてしまった今の私では、相手になるかも怪しい…)
リューは瞬時に最悪な場合を考え、どう動くべきが最善であるのか冷静に考える。
そんなリューと対照的に、未だ怒りが冷めやまぬヒュアキントスは
「──答えろ、どうしてお前がここにいるんだ!?」
「雑魚が俺に指図すんじゃねぇよ。それより目的は既に達したんだ。テメェはさっさとホームに帰れ」
「ふざけるな!このまま引き下がったら私のプライドが───!」
「黙れ」
「っっ!」
「テメェの下らねぇプライドなんて知ったことか。そもそもこの女より弱いテメェが悪いんだろうが」
「違う…ッ!私はまだ負けていないッ!!このエルフとの勝負はまだついてな───」
「黙れ、敗者の言い訳に興味はねぇ。さっさとあのクソッタレな主神のところに帰れクズが」
「だが…!」
「何度も言わせるな。それとも、俺に潰されたいのか?」
「っ!…くそッ…この礼はいつか必ず晴らすからな、エルフッ!それと、ベル・クラネル!」
「!」
少し離れたところで戦況を見守っていたベルに、ヒュアキントスは視線を移す。
「お前は確かに私との決闘を承諾した。今更それを撤回することは許されない」
「っ!そんな、あれは…」
顔を青くしたベルが反論しようとしたが、ヒュアキントスは歯牙にもかけぬ様子で言葉を続ける。
「五日後の午後三時、闘技場にて決闘を行う。この決闘は
「も、
オラリオに来てまだ一月も経たないベルには、
だが、自分達の決闘が
「私と貴様との決闘が行われることは、もうすぐ民衆たちにも大々的に宣伝されるだろう。ハハッ、これがどういうことかわかるか!?」
そして、その不安は的中した。
「貴様はもう決闘から逃げることは許されない。もし私に負けることを恐れて決闘の場に現れなければ、観客達は大いに怒り、そして失望する。そして民衆の感情は貴様だけでなく【ロキ・ファミリア】にも向かうに違いない」
最高に邪悪な笑みを浮かべながら、ヒュアキントスはベルに言い放つ。
「───貴様のせいで【ロキ・ファミリア】の名声も堕ちることだろう」
「!」
悪意が込められたヒュアキントスの言葉を聞いて、ベルは顔色を一層悪くする。
ここにフィンやリヴェリアなど頭がキレる者がいれば違った展開になっていたが、残念ながらここにはいない。
この場にいる者でベルの味方になるのは二人のみ。しかしベルと同じ【ロキ・ファミリア】であるキースはヒュアキントスに受けた攻撃により気絶しているため実質一人だ。
この場で唯一のベルの味方であるリューは少年を守るため、そして事情を把握するために口を挟む。
「待ってください。どうして貴方とクラネルさんが決闘することになっているんですか?」
「フン、部外者に話すことは何もない。【ロキ・ファミリア】でいられる最後の日々をせいぜい楽しむといい、ベル・クラネル」
「待て!このまま逃がすと思って───」
捨て台詞を残し、仲間と共に離脱していくヒュアキントス。そんな彼を逃がすまいと地を蹴るリューだが、それは叶わない。
「止まれエルフ、一歩でも動いたらテメェの足を折る」
駆け出そうとするリューの前に、【
物騒なその台詞はただの脅しではないことをリューは肌で感じ、咄嗟に動きを止める。
明らかにヒュアキントスを逃がそうとする彼の行為に、疑問を抱いたリューは問い質す。
「【
「テメェの質問に答える義理はねぇ。俺から言えることは二つ…奴を追いかけるのは諦めろ。そしてこれ以上この件に首を突っ込むな」
「……もし私が従わないと言えば貴方はどうしますか?」
「───潰す」
短い宣言。だがその一言を聞いて、リューは死を覚悟した。Lv.4のリューがそう感じてしまうほどの殺気が、今の言葉に含まれていたのだ。
「…わかりました。彼を追うのは諦めます」
「ハッ、賢明だな。テメェはただ娘の遊びにでも付き合ってればいい」
「娘…?」
目の前の青年が溢した言葉の意味が気になり、聞き返すリュー。だがアレンはそれ以上何も語らず、リューに背中を向けると一度頭上を仰ぐ。
「待ってください、貴方は───」
もう一度問い質そうとしたリューであったが、その瞬間一陣の風が吹く。
思わず目を瞑ってしまうリュー。そして彼女が目を開けたときには、もう彼はどこにもいなかった。
(今から全力で追いかければ間に合うと思いますが、その場合【
状況を冷静に分析したリューは、ヒュアキントスを追うことを諦める。
もちろん彼がベルにしたことを許すつもりは毛頭ないが、怒りに我を忘れて今すべきことを見誤るのは最悪だ。
感情的になってしまう場面こそ、冒険者は冷静に行動しなくては生き残れないのをリューは身をもって知っている。
(もっとも私はもう、冒険者ではありませんが…)
そんなことを考えながら、リューは視線を意識を失っている
「あの、リューさん……僕は……」
「クラネルさん…ひとまず話は後にしましょう。先に治療を済ませます」
身体の傷が目立つベルの正面に立ったリューは、治療に取りかかる。
「あっ、治療するならキースを先に…!」
「彼はクラネルさんの仲間でしたか…ですがそう焦らなくても大丈夫です。意識はないようですが、見た限り命には別状ありません。クラネルさんの治療が済み次第、彼も治療しますから」
リューはそう言うと片膝をつき、右手を添えるようにベルの顔へ近付ける。そして、呪文を唱え始めた。
「【汝を求めし者に、どうか癒しの慈悲を───ノア・ヒール】」
魔法を唱えるとリューの手の平に木漏れ日を連想させる暖かな光が生まれる。
暖光が集まった手の平をベルの頭に当てると、額にできた傷や顔の擦り傷が徐々に塞がっていった。
「か、回復魔法……すごい……」
「いえ、この魔法はクラネルさんが想像するほど優れたものではありません。
リューは自分の魔法の欠点をベルに説明しながらも、怪我をしているところに手の平を当てていく。
そしてベルの怪我が全て治ったのを確認した後、リューは離れたところで気絶しているキースの治療を始める。
意識がないキースに回復魔法を当てるリュー。
ベルは心配そうにその様子を見守っていたが、ふと強烈な視線を感じた。
「───っ!?」
初めて味わったその感覚に、ベルはぞっと身体を震わす。
まるで心臓を鷲掴みにされたと錯覚させるほどの視線を受けて、ベルは辺りを見回す。
(だ、誰かに視られている…?でも、一体誰が…?)
辺りに不審な人影はない。だが、誰かに視られている感覚は止まらない。
ベルは無意識に、先程の
視線の先に見えたのは、強く輝く太陽と白亜の巨塔。
「………」
思わず目を細めてしまうほど眩しく輝く太陽と、巨大な
「あら、ようやく私の視線に気付いたのね」
バベルの塔の最上階。そこで銀髪の女神はベルを…ベルだけを見つめていた。
「ごめんなさいね、ベル。私だって貴方が傷付く姿は見たくないのよ?」
バベルの最上階から、彼女はベルに向けて語りかける。
「でも、これは貴方の魂をより輝かせる上で必要なことなの。だから私はアポロンを焚き付けて、貴方に試練を与えることにしたわ」
ここからではベルに彼女の声が届かないことは明らかだが、彼女は気にせず言葉を続ける。
「でも、勘違いしないでね。私は貴方がアポロンの謀略を打ち破り、この試練を乗り越えてくれることを心から願っているの。ふふっ、私がここまで願うなんて初めてよ」
恍惚とした表情をしながら、フレイヤは願う。
「もし力及ばなくても、私が貴方を見限ることはないから安心していいわ。アポロンが貴方に手をつける前に彼を潰して手に入れるつもりだから」
こちらを不安げな眼差しで見つめるベルを安心させるように、彼女は優しく語りかける。
「だけど叶うのなら、また私を魅了してくれるほどの魂の輝きを見せてほしいわ。ねぇ、ベル?」
美の女神は遠くに映るベルを瞳を細めて見下ろしながら、妖しく微笑むのであった。