ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
【ロキ・ファミリア】ホーム、黄昏の館のとある女子塔の一基。
まだ館の周辺は薄暗い中、ある一人の少女が目を覚ますのであった。
目を覚ました少女は、どこかあどけなさを残している端麗な相貌をしている。山吹色の髪に碧色の瞳。そしてエルフの最大の特徴である、細く尖った可憐な耳。
そのエルフの少女の名は、レフィーヤ・ウィリディス――― Lv.3 の第二級冒険者で、彼女が有する魔法にちなみ【
(今日はこんなに早く起きちゃった…。そうだ!この時間なら、いつもアイズさんが訓練しているはずっ!)
レフィーヤが憧れているアイズは毎日朝早く起床し、ホームの中庭にて剣の素振りなどを行っている。それを知っているレフィーヤは、ときどき偶然を装って中庭に赴くのだ。
(いつも離れたところで眺めることしかできないけど、今日こそは…!今日こそはアイズさんに声を掛けるのよ、レフィーヤっ!そうすればきっと―――)
『おはようございます、アイズさん』
『あれ、レフィーヤどうしたの…? 』
『私も訓練しようかなって思いまして、ここに来ちゃいました』
『そうなんだ…偉いね、レフィーヤは』
『いえいえ、毎朝欠かさずに鍛錬してるアイズさんほどではないですよ~』
『…ふふ、そうだレフィーヤ。どうせなら一緒に鍛錬する? 』
『本当ですかアイズさん!?ぜ、是非お願いしますっ!! 』
「…ふふ、こんな素晴らしい展開になったりするかもっ!よし、そうと決まれば―――」
朝から幸せな妄想に浸りご機嫌になったレフィーヤは、すぐに身支度を整え自室を後にし、アイズがいるはずの中庭へと向かうのであった。
***
(アイズさん、もう鍛練始めちゃったかな?)
中庭へと向かう途中、レフィーヤは塔と塔の間を繋ぐ空中回廊で一旦立ち止まって中庭を見下ろしていた。
目的はアイズがいるかどうかを確認するためである。
そして空中回廊から中庭を見下ろしたところ、見覚えのある金色の髪がレフィーヤの目に映った。
(見つけたっ!あの後ろ姿はアイズさんで間違いないはず…。でもあれ?どうして芝生の上に座っているんだろう?アイズさんが鍛錬中に腰を下ろして休むなんて今まで見たことないのに…何かあったのか?)
レフィーヤは普段と違う行動をしているアイズに疑問を思いながらアイズの周辺も見渡すのであった。
(んん?あそこに立っているのってロキ様だよね?どうしてあんな離れた位置からアイズさんのことを眺めているんだろう?それに心なしか優しいお顔をされているような…)
エルフの視力はヒューマンよりも優れているため、遠くの距離にいる獲物も裸眼で見付けることができる。
そんなエルフのレフィーヤにとって、空中回廊から中庭までの距離でもアイズやロキを見付けることは容易であり、またこの距離からでもロキの細かい表情を読み取るのは造作のないことである。
しかしいくら目がいいレフィーヤであっても、背を向けて座っているアイズの表情まではわからないのであった。
実はこのときのレフィーヤは最高にツイていた。
なぜならレフィーヤのいる場所からではアイズの背中だけしか見えなかったからである。もしアイズがレフィーヤに対して正面を向いていたら、憧れの剣姫が頬を染めながら見ず知らずの少年を膝枕している姿を目撃することになっていただろう。
その点だけ考えれば、今日のレフィーヤは幸運だった。
(すごく気になるけど何だかアイズさんたちの邪魔しちゃ悪そうですし、ここは大人しく部屋に戻ろうかな… )
ここで自分の部屋に戻っていればアイズの膝枕という衝撃的な光景を目にしないで済み、レフィーヤの幸運は一日中続いていたに違いなかった。
だがしかし、人の運勢とは常に変化するものである。
何が言いたいかというと、もうレフィーヤの幸運は失われてしまったのだ。
「回廊から中庭を見下ろしてどうしたのだ、レフィーヤ?」
「リ、リヴェリア様…!?え、えっーと、それがですね…」
アイズ達のことを見下ろしながら考え事をしていると、背後から声が聞こえた。
高貴で気品が満ちた聞き慣れた声を聞いて、その声の主がすぐリヴェリアだと気付いたレフィーヤはすぐに畏まった態度を見せる。
(ど、どうしよう…!?まさかリヴェリア様にここからアイズさんを覗い…じゃなくて、見ていましたなんて言えない…!)
ジロジロと上から覗く行為はあまり品性が良いとは言えない。しかもレフィーヤは、不純な気持ちで鍛錬中のアイズに近付こうとしていたのだ。
そんなときに敬愛する存在であるリヴェリアに会ってしまった。厳格な親に悪さをする現場を見られた子供の気持ちになったレフィーヤの顔は、見る見るうちに青くなっていく。
「ふふ、そう慌てるなレフィーヤ。実は私も先程までアイズたちのことを見ていたから知っているさ。いつもと違うアイズの様子を疑問に思い、考え込んでいたのだろう?」
「は、はい、その通りです。それでリヴェリア様はアイズさんが何をしているのかご存知なのでしょうか…?」
「ああ、知っている。私もアイズがどのように指導するのか気になってな、上から二人のことを覗いていたんだ。…まぁ諸事情があって今は休憩しているがな」
(あ、あのアイズさんが誰かを指導しているっ!?一体その相手は誰ですか!?)
レフィーヤは思わず取り乱しそうになったが、崇拝するリヴェリアの前ということもあり何とか理性を保ったのであった。
(お、落ち着くのよ、レフィーヤ。まだティオナさんやティオネさんたちっていう可能性も残っているわ!)
「あ、あの、リヴェリア様…。その相手はティオナさんとかですよねっ?」
「相手がティオナなら指導とは言わないだろう。指導とは新人にすることくらいお前にもわかっているだろう?」
「やっぱりそうですよね…」
(まだよ、諦めるにはまだ早いわレフィーヤ。その新人は女の子という可能性も残っているんだから!)
「その新人ってもちろん女の子ですよね?そうですよねっ?」
「す、少し落ち着け、レフィーヤ。その新人の名はベル、昨日【ロキ・ファミリア】に入団したヒューマンの少年さ」
「…ということは、今アイズさんが指導しているのがその…ベルっていう少年なんですね?で、でも中庭にはアイズさんとロキ様しか見えませよ?」
「うん?そんなことは…ああ、そうか。ここの位置ではベルの姿が上手くアイズに隠れてしまって見えないな」
「姿が隠れている…?」
「ああ、今のベルはアイズの膝の上に寝かしているためこの位置ではアイズがちょうど重なってしまうのだ」
(…膝の上に寝かしている?…誰が?…誰のことを?)
レフィーヤはリヴェリアの言っている意味が理解できなかった。
あまりの衝撃の事実に自分の耳がおかしくなったのではないかと疑うレフィーヤ。
(そそそそれって、俗にいう膝枕じゃっ!? え、嘘!?あのアイズさんが膝枕しているの!? しかも昨日入ったばかりの新人にっ!?)
その事実は、レフィーヤにとって到底受け止められないものだった。
残酷な現実を前にして取ったレフィーヤの行動は一つ―――逃避である。
「あはは…そうか、これはまだ夢の中なんだ…。だって膝枕なんて私にもしてもらったことがないのに、それをぽっとでの新人に先を越されるわけありませんもんね…。あぁ早くこの悪夢、覚めないかな~?」
「お、おいレフィーヤ、大丈夫か?目の焦点が合わない上に、ぶつぶつとつぶやいていて怖いのだが…」
おどろおどろしいレフィーヤの雰囲気に、流石のリヴェリアも若干引き気味であった。
「うふふ、やだな~リヴェリア様。これは夢なんですから、そんなに引かないで下さいよ~」
「…レフィーヤ、残念ながらこれは現実だ。だから早く正気に戻れ」
「…現実?いいえ、夢に決まってます…そうだっ、私の頬を思いっ切り叩いて下さい!夢なら痛くないはずですから、今が夢だと証明できます!!」
「…わかった。どうやらキツイ一発が必要なようだな」
錯乱状態にあるレフィーヤが、リヴェリアに右頬を突き出す。
小さくため息をついたリヴェリアはそのまま頬にビンタを一発…はさすがにせず、レフィーヤの額に強烈なデコピンを与えたのであった。
「…痛っーい!?え、何で夢なのに痛いの…?まさか、本当に現実…?」
「やっと目を覚ましたか、レフィーヤ。それともまだ夢の中だと言い張るのなら、今度はビンタを与えてもいいが?」
「い、いえ、完全に目が覚めました!!だからもう勘弁して下さい、リヴェリア様!」
こうして、レフィーヤはやっと過酷な現実と向き合うことにしたのである。
(リヴェリア様が嘘をつくとは思えないけど、勘違いしている可能性だってあるはず!こういうことはやっぱり自分の目で確認しなくちゃ!そうと決まれば…)
「リヴェリア様!急ぎの用事ができたので、失礼します!!」
「こらっ、レフィーヤ!まだ話は終わっていないぞ!」
後ろから呼び止めるリヴェリアだったが、レフィーヤは Lv.3 の脚力を存分に発揮し、すごい勢いでアイズたちがいる中庭に向かうのであった。
レフィーヤが現実と向き合うのはもう少し先のようである。
******
Lv.3の全力疾走により、すぐに中庭に辿り着いたレフィーヤ。
(アイズさん発見!って…あれはっ!?)
レフィーヤの瞳に映る光景――――――――
白髪の少年の頭を撫でながら幸せそうに膝枕しているアイズの姿をレフィーヤは見てしまった。
(ええええええええええええッ!?あ、あのアイズさんが本当に膝枕をしてるッ!?)
その光景を見たレフィーヤは特大の雷が落ちたかのような衝撃を受けた。
全身が硬直して頭の中が真っ白になったエルフの少女は、そのままベルの意識が戻るまで生ける石像と化したのだった。
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アイズがベルのことを膝枕して、けっこうな時間が経過した頃。
「んっ…」
ベルの瞼が震え、そのまま徐々に目を開けたのであった。
そんなベルの反応にびくっとしたアイズは、慌てて撫で続けていた手をさっと腰の後ろに隠す。
そして、ベルの意識が完全に覚醒するまで、アイズは寝ぼけ眼な深紅の瞳を真っ直ぐ見つめるのであった。
(…まだ心臓がドキドキしている。でも、喜んでもらえたかな…?)
そのまましばらくすると、ベルの深紅の瞳は覚醒の光を宿していく。
目を覚ましたベルは自分を見下ろしているアイズの金の瞳をぼんやりと見つめるのであった。
「…………って、どわぁっ!?」
アイズに膝枕されているという状況を理解した瞬間、ベルは顔を真っ赤にしてアイズの膝の上から飛び上がった。
すごい勢いで自分から距離をとったベルを見て、アイズは首をかしげた。
(…あ、あれ?どうしてロキの言う通り膝枕したのに、逃げちゃうんだろう?…あまり嬉しそうでもなさそうだし…)
実際のところベルは突然のアイズによる膝枕に驚いていただけで、嬉しくないわけではなかった。
ただ純情なベルにとって膝枕はいささか刺激が強すぎた。
その相手が出会ったばかりの
このときのベルは嬉しさよりも恥ずかしさの方が上回っていたため、慌ててアイズから離れたのであった。
ちなみに遠くから眺めていたロキはというと、そんなベルの心情を的確に見抜き悪戯が成功した子供のように爆笑していた。
しかしロキと違い他者の感情に疎いアイズでは、そんなベルの心情を読み取ることができなかった。
そのため「自分の膝枕のやり方が間違っていたのかな…?」と、アイズは勘違いしてしまったのである。
「あのね、さっきは気絶させちゃって、本当にごめん…」
「い、いえっ!?僕の方こそすぐに気絶してしまいすみませんでした!!そっ、それで、どうして膝枕をっ!?」
「膝枕をすればベルが喜んでくれるって、ロキが言っていたから…」
「アイズさんに何を吹き込んでいるんですか、ロキ様!!」
顔を真っ赤にしたベルが、いつの間にかアイズたちの近くに来ていたロキに向かって叫んだ。
「いやぁ~、朝からおもろいもんを見させてもらったわ!期待通りのリアクションをありがとな、ベル」
「ロ、ロキ様ぁ…」
「………?」
自分の
ただ、天然なアイズはロキに騙されていることに、未だに気付いていなかったが。
*************
「………っは!私は今まで何を!?」
今まで生ける石像と化していたレフィーヤであったが、ベルが目を覚ましてアイズと話し出したところで現実に戻ってきたのであった。
アイズの膝枕を存分に堪能していた少年(レフィーヤ主観)が、アイズの膝から転げ落ちるようにして離れたと思ったら、すぐにアイズやロキと楽しそうに話し出したのである。
そんな楽しそうな光景を見てレフィーヤは焦り出した。
(リヴェリア様のおっしゃっていたことは本当だったんだ…。あのアイズさんが膝枕していたなんて…何て羨ましい!!って、そうじゃないでしょレフィーヤ!?今もアイズさんと楽しそうに会話している無礼な新人に、身の程を教えてやらなければっ!!)
ベルを見つめる視線の鋭さが徐々に増していくレフィーヤ。
心の中で
だがしかし、今日のレフィーヤは途轍もなく不運であった。
「そこの新人!今すぐアイズさんから離れて下さいっ!!早く退かないと、実力行使をしまっ…きゃぁっ!?」
レフィーヤは焦り過ぎて思わず足がからまってしまい、芝生の上に転んでしまったのである。
「あの、大丈夫ですか?凄い転び方でしたけど怪我はありませんか…?」
いきなり現れ派手に転んでしまったレフィーヤを真っ先に心配して声を掛けたのはベルであった。
というのもアイズとロキは背中を向いていて、転んだ場面をちょうど目撃したのはベルだけであったのもあり、真っ先にレフィーヤのことを心配したのだ。
まさかレフィーヤがつい先程まで自分に対し呪詛を唱えていた相手だと知るよしもないベルは、レフィーヤのことを純粋に心配したのである。
そんな心優しき少年を嫉妬でボコボコにしようと考えていたレフィーヤに、神からの天罰が下るのは仕方がないかもしれない。
天罰―――具体的にはベルの目の前でレフィーヤのスカートが派手にめくれ上がる俗という『ラッキースケベ』が発生したのだ。
どうやら今回レフィーヤに天罰を下した神は、俗世に染まりきった神だったようである。
「いえ、大丈夫で……ッッ!?」
あどけなさを残した端麗な相貌をしているレフィーヤ。
そんな彼女のスカートがめくれ、小枝のように細いながらも健康的な太ももがあらわになった。派手に転んでしまったためか、太ももの付け根まで丸見えになるほどスカートがめくれ上がってしまい、レフィーヤが穿いていたピンク色のショーツまであらわになってしまったのである。
そしてそのことに気が付いたベルは、先程アイズに膝枕されたときよりも顔が真っ赤になってしまった。
「あっ、その僕、何も見てませんからっ!」
ベルが慌ててレフィーヤあら視線を逸らしたが、時は既に遅し。
自分の下着が丸見えになっていることに気付いたレフィーヤは、羞恥と憤怒でベルと同じように顔を真っ赤にするのであった。
「きゃあああああああああああああッ!?この、へんたぁ~~~~いッ!!」
「ご、ごめんなさぁあああああいっ!?」
ベルとレフィーヤ―――二人の出会いはこれ以上ないくらい最悪の形であった。
*****
その後の中庭にて。
憤慨しているレフィーヤ。どこか困り顔のアイズ。爆笑しているロキ。
そして――――――左頬に真っ赤な紅葉マークができた涙目のベルの姿が見られたのであった。