ロキ・ファミリアに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~リメイク版~ 作:リィンP
朝食の時間が終わりを迎えた。
団員の多くがダンジョンに潜りに行ったり、武具の整備や新調を行うために出掛けて行く。
そんな中食事を終えたベルは、リヴェリアに大切な話があると言われ、リヴェリアの部屋に連れられて来たのであった。
「あの、リヴェリアさん。僕に大切な話って何でしょうか…?」
「貴重な時間を割いてもらいすまなかったな。どうしてもベルに、アイズのことでお礼を言いたかったんだ」
「僕にお礼ですか…?」
「そうだ。アイズの厳しい指導を真摯に取り組んでくれてありがとうな」
「えっ、そんなっ!僕はただ当たり前なことをしただけですから!それにお礼を言うのは指導をつけてもらっている僕の方ですし…」
「ふふっ、そんな君の真っ直ぐな心にアイズも惹かれたのだろうな…。あのアイズがあそこまで生き生きとしている姿は、今まで見たことなかったぞ。それに最後までベルがアイズの攻撃に食らいついたとき、アイズは自分のことのようにすごく嬉しそうにしていたな」
「そ、そうだったんですか。訓練に集中していたせいか、全然気付きませんでした…」
「まぁアイズはあまり感情を顔に出すタイプではないからな。私たちみたいに何年も一緒に過ごしている者くらいにしか、アイズの感情は読み取れまい。まだ入団して日の浅い者ではわからないだろうがな」
「はぁ…そうなんですか」
「ベルは昨日所属したばかりだからわからないのも当然だ。だから気にすることはあるまい。でもな、ベル…私は君に期待しているんだよ」
「ぼ、僕に期待ですか…?」
「そうだ。ベルならアイズの支えになってくれる存在になってくれるのではないかとな」
「ぼ、僕なんかがあのアイズさんの支えですかっ!?逆に僕が支えてもらっているくらいですし、それは無理なんじゃ…」
「確かに戦闘面での支えは無理だろう。そうではなく、ベルにはアイズの精神的な支えになってもらいたいのだ」
「精神的、ですか…?」
「アイズは確かに強い。だが精神も強靭かと聞かれたら、実はそうでもないんだ…。彼女は身も心も限界まで削ってダンジョンに挑んでいる。肉体はそれで鍛えられているが、精神の方はそうではない。あれは鍛えているというよりも心を…感情を鈍くしているのだ」
「あのアイズさんが…」
「つまりな、アイズは本当の自分の感情をその心の奥底に封じ込めているのだ。そしてその心の封印は、ダンジョンに潜るごとにより強固へとなっていった。感情を擦り減らし、まるで人形のようだと周りから言われようともアイズはダンジョンに潜り続けた。…そして今の
「そ、そうだったんですか…」
「だけどな、私はそれを悲しく思う…。あの子にはもっと自分の人生を楽しんでもらいたいのだ。もちろんアイズがダンジョンに潜り続ける理由も知っているし、私もあの子の悲願を叶えてあげたい。だが同時に思うのだ。あの子にはダンジョンで強大なモンスターと戦うよりも、ずっと笑顔で家族や友と過ごしてほしい。もっと今の時間を楽しんでほしいと…」
「リヴェリアさん…」
「ふっ、つい余計なことまで言ってしまったな…。すまない、最後の言葉は忘れてくれ。要するに今のベルにしてほしいことは、できるだけアイズの傍にいてもらいたいということだ。それだけでアイズもいい方向に変化するだろう。頼まれてくれるか、ベル?」
「…はい、分かりました。こんな僕でいいのならアイズさんの傍にいさせてもらいます」
「そうか。ありがとうな、ベル」
「それと、最後のリヴェリアさんの言葉、絶対に忘れません」
「…ベル?」
アイズさんのこと語るリヴェリアさんの表情はどこか寂しそうに感じた。
僕はそんなリヴェリアさんの顔を、どうしても忘れることができない。
そんなことを思っていたらいつの間にか、僕の口から自然と言葉が出ていた。
「リヴェリアさんのアイズさんを大切に思う気持ちは痛いほど伝わりました。今の僕に、アイズさんを支えられるような力はまだありません。それでも僕は…アイズさんのためにも、そして…アイズさんを心から心配するリヴェリアさんのためにも精一杯頑張りたいんですっ!!だから、だから…!!」
「ベル…」
「そんな悲しそうな顔をしないで下さいっ!リヴェリアさんがそんな顔をしているのをアイズさんが見たら、きっと悲しむと思います。僕はアイズさんだけじゃなくて…リヴェリアさんにも笑顔でいてほしいんです!!」
気が付いたら、僕は自分の気持ちを包み隠さずリヴェリアさんに話していた。
リヴェリアさんは急に熱くなった僕の様子に驚いたようで、翡翠色の瞳を見開き、瞠目していた。
そのまま僕を真っ直ぐ見つめ、リヴェリアさんの口が開く。
「…やはり、私の目に狂いはなかったようだな」
「えっ?」
「いや、何でもない。ところでベル。君はアイズの弟になったと小耳にはさんだのだが、それは本当か?」
「えっと、その…畏れ多いですが本当です」
「そうか、あのアイズがな。ふむ…」
「あのやっぱりまずかったでしょうか…?」
「ふふ、そんなことはいない。ただ今の話を聞いて思うことがあってな」
「思うところですか…?」
「いやなに…私もベルと同じファミリアなのだから、私たちも家族だなと思ってな」
「えっ!?」
「ふふ、アイズが姉ということは、私は母ということになるな」
「ええぇっ!?リ、リヴェリアさんが僕のお母さんですかっ?」
「何だ、ベル…私が母親では不服か?」
「い、いえっ、そんなことはないです!ただリヴェリアさんのような凄い人が、僕なんかの母親になるなんて畏れ多くて…」
「なんだ、アイズが姉になるのは認めたのに私が母親になるのは認めないのか…。やはり私みたいな堅物エルフではベルも嫌か…」
「ち、違いますっ!嫌じゃなくて、その…リヴェリアさんみたいな素敵な女性が僕の母になってくれるなんて夢みたいだと思って…。えっと、そのつまり何を言いたいかといいますと……ぼ、僕なんかでよければリヴェリアさんの息子にさせて下さい!!」
「ふむ、私の提案を一度断り自分で頼み直すあたり、ベルにはその筋の才能があるな」
「えっと、その筋ですか…?」
「いや、今のは戯言だから忘れてくれ。どうやら私もロキに毒されていたようだ…。とにかく改めてよろしくな、ベル」
「はいっ!改めてよろしくお願いします、リヴェリアさんっ!」
こうしてベルに、初めての
*****
【ロキ・ファミリア】ホーム、応接間。
その広い室内は、暖色系で彩られており、テーブルやソファーなどがいくつも置かれている。
朝食を食べ終えたアイズは応接間に足を運び、いつも座っているアームチェアに膝を抱え座り込んでいた。
応接間にはアイズの他にもソファーでくつろいでいる者もいたが、いつもと違うアイズの様子を見てとても驚き、自分の目をこすっている者もいた。
応接間にいる者全員が、アイズのことを気にしてチラチラと見ている者もいたが、アイズはその視線に気づかないほど、ベルのご褒美を何にしようかを真剣に悩んでいたのであった。
(私のときと同じで、武器を買ってあげようかな?でも、確かベルは防具も持っていないはずだし、ここは防具の方がいいかな?う~ん、どうしようか…)
「あの、アイズさん。何をそんなに考え込んでいるんですか…?」
軽く膝に顔を埋め込み、頭を捻らせていたアイズのすぐ近くで、山吹色の髪を後ろでまとめたエルフの少女―――レフィーヤが不思議そうな顔をして立っていた。
「レフィーヤ…」
(そうだ、レフィーヤに相談してみよう。こういうことは私なんかより、レフィーヤの方が詳しいよね…?)
「あのね、レフィーヤ。少し相談したいことがあるんだけど、いいかな…?」
「は、はいっ!もちろんです!何でも相談してください、アイズさんっ!!」
「ありがとう、レフィーヤ。実はベルにご褒美で武器か防具をあげたいんだけど、どっちがいいと思う…?」
「ベ、ベ、ベルにご褒美ですかっ!?いえ、そもそもなぜアイズさんがご褒美をあげるんですかっ?」
「えっと…約束したから、かな?」
「約束ですか…?」
怪訝そうな顔をしたレフィーヤに、アイズは今朝の訓練でのベルとの出来事を伝えたのであった。
「そうだったんですか…。まったく、本当にベルは羨ましい…じゃなくてっ、真面目に訓練を頑張っていたんですね」
「…うん、あの子は本当に頑張っている。だから私もそんなベルに報いるために、真剣にご褒美を選びたいの」
(あのアイズさんがここまで他人のことを気にしているなんて…。以前の私ならベルのことを嫉妬していただろうけど、ベルのお姉ちゃんになった今の私は一味違う!さすがに姉が弟に嫉妬するのはカッコ悪い…ではなく、姉としての威厳を見せつけてあげましょう!)
「えっとその、アイズさんは今のところ武器か防具のどちらにするのかを迷っているんですよね?」
「うん、そのつもりだけど…」
「それなら、アイズさんは武器を買ってください。…防具は、その、私が買いますから!」
顔を仄かに赤くしたレフィーヤの発言に、アイズは思わず聞き返す。
「…いいの?今朝、ベルにすごく怒っていたのに…?」
「それはっ!その…何て言いますか、元はと言えば私の誤解だったわけですし、その謝罪ということで、私からもベルにご褒美をあげてもいいかな~なんて思いまして…」
(ここでしっかりベルに謝って、プレゼントも渡せば姉としての威厳を示せるはず…。年上の威厳というものを見せてあげるわ、ベル!)
「…そう。ありがとね、レフィーヤ」
(レフィーヤ、いつもより張り切っているような…?)
「念のため言っておきますけど、あくまで謝罪のためだけですからねっ!べ、別に、家族になった記念にプレゼントしようなんて思っていませんからっ!」
「………レフィーヤ?」
「はっ!?私ったら何を余計なことを…。ごほんっ!そ、それでいつ買いに行くのですか?」
「うーん、ベルが戻って来たらすぐ行く予定だよ…」
「そうなんですか。まったく、ベルはアイズさんを待たせてどこをほっつき歩いているんでしょうか」
「今ベルはリヴェリアに呼ばれているはず。もうそろそろ戻って来ると思うけど…」
レフィーヤとの会話を途中で止め、応接間の出入り口に視線を向けるアイズ。
そのときタイミングよく応接間の扉が開き、誰かが入室してきた。
アイズの金の双眸が見つけたのは、兎のように真っ白な頭髪をし、その深紅色の瞳で誰かを探しているベルであった。
きょろきょろと顔を動かしているベルのことをアイズがじっと見つめていると、アイズの視線に気付いたのかこちらを向き、ぱぁっと顔を輝かせアイズたちの方へと歩いて来た。
そんなベルの反応を見て、アイズは心の中でほっこりとするのであった。
「お待たせしてすみません、アイズさん…とあなたは今朝のッ!?」
アイズの側にいたレフィーヤを見て今朝の出来事を思い出したのか、ベルの顔が真っ青になる。
そして凄い勢いで頭を下げて謝るのであった。
「ほ、本当にっ、あのときはすいませんでしたっ!」
ベルがレフィーヤに土下座する勢いで謝ったのを見て、応接間にいた全員の視線がベルとレフィーヤに集まる。
いきなりベルに謝られたレフィーヤはというと、ベルに先手を取られてしまったので慌てていた。
(私から謝ろうと思っていたのに、まさかベルに先を越されるなんて…。「私が全面的に悪かったです、ごめんなさい。でもこれからは姉としてよろしくね」何て今さら言える訳がない。一体どうしよう…)
「あ、あの、許してくれるでしょうか…?」
いつまで経っても反応がないため、顔を上げて不安げな表情でレフィーヤの顔を見つめるベル。
そんなベルを見てレフィーヤは自分から謝ることは諦め、ここで優しくベルのことを許して
「今朝のことは私に非がありましたので、貴方が謝る必要はありません。だから顔をあげて下さい」
「で、でも…」
「私はもう怒っていないのに、いつまでも貴方にすまなそうな顔をされるとこっちが迷惑なんです!いいから顔を上げて下さい、ベル!」
「は、はいっ!ありがとうございます、えっーと…」
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私の名前はレフィーヤ・ウィリディス。レフィーヤと呼び捨てでいいですよ」
「分かりました。よろしくお願いします、レフィーヤさん」
「こちらこそよろしくです、ベル。(…そして今朝は本当にすみませんでした。これからは姉として弟にあのような身勝手なことをしないように心がけますね)」
「す、すみません、最後の方の言葉が小さくてよく聞こえなかったんですが…」
「もう二度は言いませんっ!こほんっ…話は変わりますが、もう武器や防具を買いに行くんですか、アイズさん?」
アイズはレフィーヤの端麗な顔が仄かに赤くなっていることに気が付いていた。
またベルにはレフィーヤの最後の言葉が聞こえていなかったが、アイズにはばっちり聞こえていた。
だが残念なことに、アイズは超ド級の天然であった。
レフィーヤが顔を赤く染めている理由は、少し熱でもあるのかなと考え、
最後の『姉』発言に関しては、レフィーヤも可愛い弟が欲しかったのかなと見当違いな考えをしていた。(さすがのアイズも謝罪の意味については今朝ベルにビンタしたことだとわかっていた)
「…そうだね。こういうのは早い方がいいと思うし、今から買いに行こうか」
「分かりました。それでは一旦部屋に戻って準備してくるので、十分後に正門の前で待ち合わせということでいいでしょうか?」
「…うん、それでいいよ。ベルもそれでいいよね?」
「はい、もちろん大丈夫です。…ってあれ?アイズさんたちの武器や防具を買うのに、僕って必要なんですか?」
レフィーヤとアイズはベルの肯定の返事を聞いた瞬間には、もう応接間から立ち去っていた。
そのためベルの疑問に答えてくれる者は誰も居らず、ベルは自分のご褒美を買いに行くことに気付かずまま、待ち合わせをした正門に向かうのであった。
ちなみにベルたちのやり取りを見ていた団員たちは、大体の事情は察していたがベルに真実を告げることはなかった。
それは何故か?
答えは簡単―――。
悪戯好きのロキを主神とする【ロキ・ファミリア】、そして悪神に毒された団員。
この一行に尽きるだろう。